(4)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

見ず知らずの男に、俺の恥ずかしい秘密を暴露しようとしている。

 

どうせこの場限りの仲だ。

 

恥をさらしたって、構いやしない。

 

とは言え、『例』のワードを口にするには勇気が必要だ。

 

脇に押しやっていた、濃い目のハイボールをぐびぐび飲んだ。

 

銀髪の男...チャンミンは「無理したら駄目だよ」と、ジョッキをあおる俺の腕を押しとどめた。

 

客たちでぎっしり席を埋めた周囲を見渡して、「よし」と気合を入れた。

 

チャンミンに手招きする。

 

身を乗り出したチャンミンの、目鼻口が正しい位置に正しいサイズでおさまった顔が近づいた。

 

ふわっといい香りがして、最初の印象通り、きざったらしい男だなぁと思ったけれど、イヤな香りじゃない。

 

ん...?

 

イヤな香りじゃないけど...これは、多分女もの(後輩の女の子も似たような香りを漂わせていたから)

 

攻めた格好をしているわりに、香りといい優し気な話し言葉といい、つかみどころがない男だ。

 

近すぎるだろ...吐息がかかるくらい距離を詰めてくる。

 

「俺さ、チェリーを大事に守ってるんだ。

そうそう簡単に、えっちしたくない」

 

チャンミンの頬がぴくっと震えた。

 

「ホント?」

 

俺はこっくり頷いた。

 

『この子だ』と思える子じゃなければ、大事に大事に守ってきたアソコを捧げるつもりはないのだ。

 

「俺の主義を受け入れられなかったから、彼女は俺をフッたんだ。

...彼女の言い分はわかるけど...。

つまり、俺が悪いんだ」

 

男のくせに何言ってるの、と馬鹿にしたければすればいい。

 

男友達にも白状したことのない、俺の信念。

 

「『この子』だと心から思える子としたいんだ」

 

チャンミンは乗り出した半身を起こす。

 

「そうなんだぁ」

 

「え...?」

 

思いっきり馬鹿にするかと思ったのに、予想に反してチャンミンは腕を組んでしみじみと、うんうんと頷いている。

 

「そうなんだぁ」

と繰り返したチャンミン、なんだか嬉しそうだぞ。

 

「笑わないのか?」

 

「笑うもんか。

これまで、『この子だ!』と思えた子はいたの?」

 

俺は首を左右に振った。

 

「君は童貞君なんだ」

 

恥ずかしくて口に出来なかったワードを、目の前の男はズバリ言う。

 

俺は首を縦に振った。

 

「そうなんだぁ...へえぇ...」

 

「感心するようなことじゃないと思うけど?」

 

「僕らは『同士』だね」

 

「同士?」

 

「僕もね、童貞君なの。

だからユノと一緒、チェリー仲間だよ」

 

チェリー...?

 

「ええぇぇ!?

嘘だろう?」

 

派手な髪色、キザなファッション、女ものの香水...それなのに童貞...!?

 

チャンミンに手招きされて、今度は俺の方が身を乗り出した。

 

ずいっとチャンミンは顔を寄せてくる。

 

近い近い!

 

「僕ね、女の人とヤッたことないの。

したいとも思わない」

 

「!」

 

俺の片手が、チャンミンの両手で包み込まれた。

 

「...え~っと。

こ、これは、どういうつもり...なの...かな?」

 

手を握られて、ぐんと体温が上がった。

 

重ねられた下の手を動かせずにいた。

 

「女の人を見ても、ぜ~んぜん興奮しないの。

だから、女の人とヤッたことないの。

ユノと同じ童貞なの。

男の人が好きなの」

 

「うっわ~。

モテそうなあんたが、俺とおんなじ...ど、どーてぃ...。

ん?」

 

この男...聞き逃せないことを言ったぞ。

 

「ええぇぇっ!?

...あんた、『ゲイ』なのか?」

 

さっき摂取したアルコールが、俺を大胆にした。

 

「ストレートに言っちゃうんだねぇ。

...好きだよ、そういうとこ」

 

チャンミンはとろんとした眼差しで、俺を見る。

 

こ、この目は...「眠たいんだ」の目じゃない!

 

「待て待て待て待て!

俺はそういうつもりは、全然ないんだ!」

 

チャンミンの両手の下から手を抜いて、身を乗り出した彼の肩を押した。

 

「...僕のこと、気持ち悪いって思った?」

 

上目遣い。

 

「い、いや...」

 

「僕は、気持ち悪い?」

 

「いや...えっと...」

 

チャンミンの両眉が下がった。

 

そして、大きな目が潤み、ぽろりと涙を流したのだ。

 

女の子にフラれて泣いていた俺が、初対面の男を泣かしてしまった!

 

 

(つづく)

 

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