~ユノ~
見ず知らずの男に、俺の恥ずかしい秘密を暴露しようとしている。
どうせこの場限りの仲だ。
恥をさらしたって、構いやしない。
とは言え、『例』のワードを口にするには勇気が必要だ。
脇に押しやっていた、濃い目のハイボールをぐびぐび飲んだ。
銀髪の男...チャンミンは「無理したら駄目だよ」と、ジョッキをあおる俺の腕を押しとどめた。
客たちでぎっしり席を埋めた周囲を見渡して、「よし」と気合を入れた。
チャンミンに手招きする。
身を乗り出したチャンミンの、目鼻口が正しい位置に正しいサイズでおさまった顔が近づいた。
ふわっといい香りがして、最初の印象通り、きざったらしい男だなぁと思ったけれど、イヤな香りじゃない。
ん...?
イヤな香りじゃないけど...これは、多分女もの(後輩の女の子も似たような香りを漂わせていたから)
攻めた格好をしているわりに、香りといい優し気な話し言葉といい、つかみどころがない男だ。
近すぎるだろ...吐息がかかるくらい距離を詰めてくる。
「俺さ、チェリーを大事に守ってるんだ。
そうそう簡単に、えっちしたくない」
チャンミンの頬がぴくっと震えた。
「ホント?」
俺はこっくり頷いた。
『この子だ』と思える子じゃなければ、大事に大事に守ってきたアソコを捧げるつもりはないのだ。
「俺の主義を受け入れられなかったから、彼女は俺をフッたんだ。
...彼女の言い分はわかるけど...。
つまり、俺が悪いんだ」
男のくせに何言ってるの、と馬鹿にしたければすればいい。
男友達にも白状したことのない、俺の信念。
「『この子』だと心から思える子としたいんだ」
チャンミンは乗り出した半身を起こす。
「そうなんだぁ」
「え...?」
思いっきり馬鹿にするかと思ったのに、予想に反してチャンミンは腕を組んでしみじみと、うんうんと頷いている。
「そうなんだぁ」
と繰り返したチャンミン、なんだか嬉しそうだぞ。
「笑わないのか?」
「笑うもんか。
これまで、『この子だ!』と思えた子はいたの?」
俺は首を左右に振った。
「君は童貞君なんだ」
恥ずかしくて口に出来なかったワードを、目の前の男はズバリ言う。
俺は首を縦に振った。
「そうなんだぁ...へえぇ...」
「感心するようなことじゃないと思うけど?」
「僕らは『同士』だね」
「同士?」
「僕もね、童貞君なの。
だからユノと一緒、チェリー仲間だよ」
チェリー...?
「ええぇぇ!?
嘘だろう?」
派手な髪色、キザなファッション、女ものの香水...それなのに童貞...!?
チャンミンに手招きされて、今度は俺の方が身を乗り出した。
ずいっとチャンミンは顔を寄せてくる。
近い近い!
「僕ね、女の人とヤッたことないの。
したいとも思わない」
「!」
俺の片手が、チャンミンの両手で包み込まれた。
「...え~っと。
こ、これは、どういうつもり...なの...かな?」
手を握られて、ぐんと体温が上がった。
重ねられた下の手を動かせずにいた。
「女の人を見ても、ぜ~んぜん興奮しないの。
だから、女の人とヤッたことないの。
ユノと同じ童貞なの。
男の人が好きなの」
「うっわ~。
モテそうなあんたが、俺とおんなじ...ど、どーてぃ...。
ん?」
この男...聞き逃せないことを言ったぞ。
「ええぇぇっ!?
...あんた、『ゲイ』なのか?」
さっき摂取したアルコールが、俺を大胆にした。
「ストレートに言っちゃうんだねぇ。
...好きだよ、そういうとこ」
チャンミンはとろんとした眼差しで、俺を見る。
こ、この目は...「眠たいんだ」の目じゃない!
「待て待て待て待て!
俺はそういうつもりは、全然ないんだ!」
チャンミンの両手の下から手を抜いて、身を乗り出した彼の肩を押した。
「...僕のこと、気持ち悪いって思った?」
上目遣い。
「い、いや...」
「僕は、気持ち悪い?」
「いや...えっと...」
チャンミンの両眉が下がった。
そして、大きな目が潤み、ぽろりと涙を流したのだ。
女の子にフラれて泣いていた俺が、初対面の男を泣かしてしまった!
(つづく)
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