~ユノ~
「風邪ひくぞ!」
うつ伏せで息も絶え絶えなチャンミンの尻をパシッと叩いた。
「うう~ん...もうちょっと休ませて」
チャンミンは突っ伏したままで、起き上がれる状態じゃないようだ。
俺にはよく分からないが、とんでもなく気持ちいがいいスポットを刺激してしまったらしい。
喉をのけぞらせ腰をガクガクと痙攣させ、泡でも吹くんじゃないかと心配になるくらいの様態だった。
俺に満足してくれてるんだ、と悦に入ってしまう。
1か月前まで童貞だった俺でも、回数を重ねれば多少は上手くなる...多分、上手くなっていると思う。
すべて、チャンミンのリードのおかげだ。
チャンミンは俺の下や上で次々と体勢を変え、俺のものを前から斜めから後ろからと全方向から突き立てられたがった。
抱き合っている間のチャンミンは、俺の動きに身を任せ、なんなら自らどん欲に俺を求め、快楽に我を失っている。
俺の方も、快感に任せてチャンミンを玩具のように揺さぶってしまわないよう、セーブするのに必死だ。
我慢もむなしく、獣になった腰の動きを止めることができなくなる。
ホースを抱えて天国までの階段を無酸素状態で駆け上がり、最上段でホースの蛇口を全開。
1滴残らず放出し終えると、俺はその場で崩れ落ちる。
虚脱感から徐々に理性が戻ってくると、いいようのない違和感が気になる時がある。
今こうやって、俺の肩に顎をのせて「もう一回しようよ」とチャンミンは甘えているけれど、鵜呑みにできないと警戒してしまうのだ。
「チャンミンは心からリラックスしていないのか?」という疑いだ。
どこか緊張しているような気がする。
なぜだろう...?
過去の恋愛の詳細を訊ねられたくないから、とか?
あいまいににごした回答が気に入らなかった俺から、突っ込んだ質問をされるのが困る、とか?
誰だって、好きな奴には恥ずかしい過去を知られたくないものだ。
...違うか。
チャンミンの交際人数がとんでもなく多かったことは、既に知っている。
でもそれは身体だけの付き合い重視のもので、心の繋がりが伴う交際ではなかったってことも知っている。
「ユノの童貞を奪っちゃったじゃん。
責任を取らなきゃね」
と、どこまで本音の言葉なのか判断に迷う軽口を叩くらいなのだ。
徐々に化けの皮が剥がれていったのではなく、出逢った時から既に、チャンミンはちゃらちゃらとした態度でいた。
さらに、過去の男も登場したくらいだ。
何を今さら取り繕う必要がある?
「あ~あ」
心の壁を感じてしまうんだよなぁ。
さあ軽蔑してくれといわんばかりに、自分がいかにナンパな男だったかを、自虐的に 「それでもいいか?」と俺を試していたのかもしらない。
「はあ...」
深読みし過ぎているのだろうな、そうだな。
「ちゃんと楽しんでいるか?」
「俺は重すぎやしないか?」
俺の方こそ、チャンミンの様子うかがいなところがあるかもしれないなぁ。
チャンミンは一人の男と腰を据えて付き合った経験がないようだから、要は恋愛に慣れていないのだと思う。
だからこそ、俺は昔の男たちとは違う、ってところを証明しないと!
「...あ!」
俺は怖いことを考えてしまった。
チャンミンは他の男と寝ていないだろうな?
二股三股は当たり前だって、本人が言っていたじゃないか。
H初心者の俺じゃ満足できなくなって、身体だけの男を作るかもしれない。
過去の男たちや行きずりの男の身体の下で、喘いでいたらどうしよう。
胸が痛い!
嫉妬だ。
「くそっ」
俺は頭を振り、汚い妄想を追い払った。
「ちょっと、ユノ!
さっきからブツブツと、気持ち悪いんだけど?」
スマホをいじっていたチャンミンは、眉間にしわを寄せて俺を睨みつけた(いつの間にか虚脱から復活していたらしい)
「ごめん、独り言」
チャンミンは「シャワー、先に入っておいで」と、俺をベッドから追い出した。
「へーへー」
...そういえば。
俺と初めてHをした翌日には、チャンミンの耳からダイヤモンドのピアスが消えている。
~チャンミン~
「髪の根元、黒く戻ってきてるぞ」
隣の席の男が、僕の髪に手を振れた。
「そう?」
ここは僕みたいな男たちが集う店だ。
過去に関わりを持った男たちと顔を合わせる可能性はあるが、彼らが互いにけん制しあってくれるおかげで、衝突することは少ない。
高値の花をきどる僕を狙うより、ボーイに近づいた方がプライドに傷がつくことは少ない。
最近、この店は女性客も受け入れるようになったことで、僕に注ぐ飢えた眼も減ったような気がする。
今僕に声をかけてきた男とは、ありがたいことに寝たことはない。
理由は単純で、彼はウケなのだ(ついでに言うと、僕の好みの顔立ちではない)
男は「見てみろよ」と、コンパクトミラーをポケットから出した。
「あ~、ホントだね。
そろそろ行かなくっちゃ」
薄暗い店内でも分かるくらい、地肌から5ミリほどが黒くなっていた。
銀髪もさび色に色褪せてきていて、美容院に行かねばならない時期が過ぎていた。
ユノと付き合うようになってから、身だしなみに隙が出来てきた。
ピチピチのパンツやシャツの胸元を開ける機会も減った。
男をハントする必要が無くなったからだ。
多分、ユノで満たされているのだろう。
申し分のないルックスを持つ恋人との相性は抜群で、毎度腰が溶けるようなHをしている。
ちょっと抜けていて、お人好しで、無神経なところもあるけれど、優しい性格の持ち主だ。
厄介なことに、最高の恋人を持つ満足感よりも、「これでいいのかなぁ」といった迷いのような感情が巣食っていて、この恋にどっぷりつかることの邪魔をするのだ。
このモヤモヤの根っこが何なのか、ちゃんと知っている。
「いつかユノが離れていってしまうかもしれない」という恐れだ。
僕はユノに相応しい人間じゃないんだよね。
・
僕が軟派な男に転じてしまった理由は、よくありそうな話だ。
中学生の時、童貞を失うより先にお尻バージンを奪われ、そいつに開発された。
そいつは男とヤルことが好きなストレートの男で、僕は彼のことが本気で好きだった。
今思えば、快楽を与えられ支配されていることを、愛されている証だと錯覚していた。
そいつは僕の身体を作りかえてゆく過程そのものを楽しんでいたフシもある。
そいつとの別れで絶望のどん底に落ちた僕は、恋心の扉を閉ざすことを心に決めた。
10代のハートはナイーブだったのだ。
それ以降、警戒心の塊だった僕がユノと出逢ってしまったことで、閉めていた恋心の扉をフルオープンさせてしまったのだ。
厄介なことに、ユノならば僕のすべてを認めて欲しい欲が出てきた。
僕の恋愛観を塗り替えた例の過去を、暴露すべき否かを迷っている。
ユノならば真剣に耳を傾けてくれ、一緒になって憤ってくれるって分かってる。
でも、そこまでユノに甘えてしまってよいのかなぁ?
「お先~。
湯船に湯を溜めておいたぞ」
「ありがと」
先にシャワーを浴びたユノとバトンタッチで浴室へ向かう。
だから、今みたいにスマホをベッドに置きっぱなしのまま浴室へ行くこともある。
盗み見して欲しいなぁ、なんて思ったりして。
(つづく)
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