(62)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

「チャンミン!?」

「ユノ!?」

 

俺とチャンミンは顔を見合わせ、互いを指さした。

 

直ぐには誰か分からなかったが、目を真ん丸にしぽかんと口を開けた顔はまさしくチャンミンのもの。

 

俺たちは「なんでここに?」「それは俺の台詞だ」と口だけをパクパクさせた。

 

男は浅い笑みを浮かべただけで、何も言わない。

 

(くっそ~、こいつの仕業だな。

俺たちを鉢合わせようと思ったわけか)

 

事態を呑み込んだ俺は「ちょっと失礼」と、男にひとこと断った。

 

「こっちに来い」とチャンミンの二の腕をつかみ、レジカウンター脇まで引っ張っていった。

 

(こういうパターン、以前にもあった。

チャンミンの職場で再会した時のことだ)

 

「どうしてあいつと一緒にいるんだよ?」

 

「それは俺の台詞だよ」

「それは僕の台詞!

あいつと何してるの?」

「チャンミンこそ何してるんだよ」

 

険しい表情でコソコソ身振りだけは大きく、顔付き合わせている俺たちを、店員さんが遠巻きに見ている。

 

俺はチャンミンから一歩身を引き、彼の全身を眺めた。

 

「チャンミン...一瞬誰か分からなかったよ」

 

「どう、似合う?」

 

チャンミンのヘアスタイルが変わっていた。

 

髪色は黒に、襟足の髪は生え際ぎりぎりまで切られているため、長い首がより目立った。

 

「髪が傷みまくってたから。

僕のは人工的なものだからさ。

ユノが羨ましい」

と言いながら、チャンミンは前髪を人差し指にくるくる巻き付けた。

 

「気分一新、リフレッシュさ」

 

「いいんじゃね?

長いのもいいけど、短いのも似合ってる。

黒も似合ってる」

 

「ホントに?

よかった~」

 

前髪がつくっていた影が無くなったことで水商売風なイメージが薄まり、チャンミンの今の職業に相応しい見た目となった。

 

しかし、“そういう目”で見れば、“そういう男たち”に誘われそうな妖しい雰囲気は抜け切れていない。

 

つまり、ヘアスタイルとファッションを変えようと、男を引き寄せてしまうチャンミンの美しさは変わっていない、ってことだ。

 

「あいつに言ってやりたいことがあって、呼び出したんだ。

チャンミンの電話に出ちゃったって言っただろ?

あん時に、決着をつけようぜ、って。

それが『今』なわけ」

 

会計の客の邪魔にならないよう、俺たちは一旦店の外に出た。

 

「チャンミンがここに来た理由は何?」

 

「あいつに電話をしたんだ。

もう連絡してくるな、って。

そしたら、最後に会いたいっていうからさ」

 

「モヤモヤするくらいなら直接会ってしまえ、ってやつ?

ガツン、と言ってやろうと思ったんだ。

チャンミンに構うなって」

 

チャンミンは「まあ...」と口を覆った。

 

感激しているらしく、細められたまぶたはニコニコご機嫌そうだった。

 

「場所と時間は?」

 

「あいつが指定してきたんだ。

何としても会いたかったから、従ったまでさ。

チャンミンは?」

 

「できるだけ早く決着を付けたかったから、今日にしてもらった。

具体的な場所と時間はあいつが決めた」

 

「ってことは、チャンミンと約束した後に、俺と約束したってわけか。

俺たちを鉢合わせにしたかっただろうな」

 

「何のために?」

 

「単に面白がりたいだけじゃねぇの?」

 

状況把握が済んだ俺たちは、男が待つ席へと戻った。

 

 

男は操作していたスマートフォンから顔を上げ、「打ち合わせは終わったかい?」と笑った。

 

そして、並んで席に着いた俺たちを交互に見比べながら、「ビジュがいいね」と、ニタニタいやらしい。

 

「だろ?」

 

肯定した俺の脚を、チャンミンが蹴った。

 

「君たちは私になんの用があるのですか?

ユノさんもチャンミンも、私に関わりたくないから近づくな、と仰りたいのでしょう?」

 

隣のチャンミンは頷いた。

 

「あいにくですが...」

 

男は種明かしをするかのように、両手の平を見せた。

 

「私は何もしていません。

チャンミンに電話をかけただけです」

 

「何の理由で?」

 

チャンミンの初体験の話や突然のチャンミンの登場に心かき乱され、そっちのけになっていた重要な質問を今になって投げかけた。

 

きっと無害な言い訳...例えば、「食事に誘いたくて」だとか、「昔のことを謝りたくて」だとか...をつくんだろうと予想していた。

 

「分かっているくせに。

もちろん、チャンミンと久しぶりにセックスをしたかったからですよ」

 

「このやろっ!」

 

一気に沸点まで達した俺は、男の胸倉をつかもうとテーブル越しに身を乗り出した。

 

その時、グラスが再び倒れ、こぼれた水がざ~っと男の方へと流れていった。

 

「あ...」

 

男のズボンのシミは、さらに大きくなってしまった。

 

俺は手近のおてふきを投げてやったが、チャンミンは一切手を貸すつもりはないようだ。

 

男は店員からお手拭きを受け取ったが、グラスの交換は断っていた。

 

チャンミンは「そんなことだろうと思ったよ」と言った。

 

「!」

 

男の下心に嫌悪感を見せなかったチャンミンに、俺は驚いた。

 

「ひどい、不潔!」とか言って、グラスの水をぱしゃっとぶっかけるのかと思っていた。

 

「あんたは前と変わっていないんだね」

 

チャンミンは大きくため息をつき、ほとほとあきれ果てたといった風に首を振った。

 

「奥さんは元気?」

 

「え゛」

 

男の頬はひくついた。

 

チャンミンの耳元に顔を寄せ、「マジか!?」と問うと、彼は「最悪なことに、そうだったんだよねぇ」と苦笑した。

 

この男が既婚者だったことに頭にきたが、それ以上にチャンミンのしんと醒めた態度の方が感動が大きかった。

 

ふにゃふにゃ甘ったれていて、ちゃらちゃらしていたチャンミンが見せるシリアスな表情...悪くないねぇ。

 

「それから...。

これを返そうと思ったんだ」

 

そう言いながら、チャンミンはポケットに伸ばしかけたのだが、俺はその手を素早く押さえた。

 

「何だよ?」

 

「ストップ、だ」

 

俺はチャンミンの手を握ると、彼を立ち上がらせた。

 

「いいから、こっちに来い」

 

「何だよ?」

 

男をそのまま席に残し、チャンミンをレジカウンター脇まで引っ張っていった。

 

「僕はあいつにこれを突き返してやりたいんだ」

 

キラキラ煌めくアクセサリー。

 

チャンミンは俺の鼻先に、例のブツを突き出した。

 

「ずっと大事にしちゃってさ、馬鹿みたいでしょ?

もう持っていたくないから、あいつに返すんだ」

 

既にピアスは売り払ってしまった後だと、男にホラを吹いたばかりだった。

 

「返す必要ない」

 

言い切る俺に、チャンミンは口を尖らせた(この表情はいつものチャンミンだ)

 

「え~!?

やだよ、もう持っていたくないんだけど?

捨てるの?」

 

「売る」

 

「嘘っ!?」

 

俺の回答にチャンミンは素っ頓狂な声を上げた。

 

慌ててチャンミンの口を押さえたが、近くの客たちの注目をやや浴びてしまった。

 

「売っちゃうの!?」

 

「うん。

こいつはチャンミンの物だ」

 

「うっわ~、ドライだね」

 

「返してしまったら、あいつが得するだけ。

楽しいことに使おう。

慰謝料代わりだよ」

 

「それいい考えだね」

 

俺たちはすっかり前日の喧嘩を忘れていた。

 

衝立の端から男が待つ席をうかがった。

 

見れば見るほど、普通の男だった。

 

「なんかさぁ。

面倒くさくなってきたよな」

 

「うん...確かに」

 

「なあ、チャンミン。

あんな奴にかかずりあってるのって、勿体なくない?

せっかくここで会ったんだから、どっかに遊びにいこうよ?」

 

「放っておくの?」

 

「どうせあいつは、あと1時間は席を立てないさ。

股間があれじゃあ、ねぇ」

 

チャンミンはぷぷっと吹き出した。

 

「あれで2度目なんだ。

1度目はわざと。

2度目もわざと。

ホントは金玉握りつぶしてやりたかったんだけどさぁ」

 

「暴力はだめだよ」

 

「マジで握りつぶすわけないじゃん。

ぎゅって握ってやるだけ。

不能にしてやろうと思って。

だってさ、こいつのチンコがチャンミンの...」

 

「やめて〜」

 

チャンミンは俺に飛びつき、口を塞いだ。

 

「言わないで~!」

 

「ははは。

ジョークだよ。

んなことするわけないじゃん」

 

「まるでお漏らししてるみたいだね」

 

「ああ。

可愛い仕返しだと思わないか?」

 

俺たちは男を置いて店を出た。

 

(つづく)

 

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