(7)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

「う...ん。

気持ち悪い...」

 

「大丈夫か?」

 

席を立ったユノはテーブルを回って、僕の側にしゃがみ込み背中をさすってくれる。

 

「...大丈夫じゃない。

きもち...悪い」

 

僕は「うっぷ」と口を押さえて、呻いて見せる。

 

「便所に行くか?」

「あっ...!」

 

僕の肩を抱くユノの腕を、どさくさ紛れてつかんだ。

 

「大丈夫か!?」

 

ついでにと、よろめいてユノの胸に抱きとめられた。

 

この弾力...いい感じに筋肉がついている。

 

「...トイレはいい。

ここは空気が悪い...外に出たい...」

 

「よし!

外の空気を吸えば、気分はマシになるかもしれないぞ」

 

そう言ってユノは、僕の脇に腕を差し込んで、僕を立ち上がらせた。

 

並んで立ってみて初めて知った。

 

ユノって僕並みに背が高いみたい。

 

ますますこの男が欲しい、と思った。

 

 

僕らがいた店は、片側2車線の道路沿いにあり、大衆居酒屋というよりは、デート用にセレクトしたくなるようなところだった。

 

酒の種類は豊富、料理も美味しい、客層も若い、テーブル数も多く、適度に騒がしく、品定めする場所としては最適なのだ。

 

今夜の僕は本気モードで来店していたため、食べるつもりのないピザをとり、あとはアルコールをスローペースで摂取しながら店内を見回していたのだ。

 

そこでユノを発見した、というわけだ。

 

どこの店でも今が一番大盛況の時間帯で、店の品定めしている者や二次会へ向かう者たちで歩道は混雑していた。

 

ユノに肩を抱かれ歩く僕。

 

どさくさに紛れて腰に腕を回してみたりして...。

 

...拒否されない!

 

「どっかに座って休むか?」

 

今のタイミングで『ホテル』...なんて言ったら、下心がもろバレてしまうから口をつぐむ。

 

この後の展開を頭の中でおさらいする。

 

ホテル案は×...となると僕の部屋かユノの部屋の二択しかないが、自分の部屋にお相手を連れ込むのは好きじゃない。

 

目覚めた朝、隣で一夜お供した男のだらしない寝顔を見てしまうと興ざめだ。

 

「朝ごはんは何?」なんて恋人きどりなことを言われた日には、「僕はお前のカノジョじゃねぇよ」と鬱陶しく思う。

 

そもそも、自分のテリトリーに他人を入れることに抵抗感がある。

 

他人の私生活は知りたくないし、僕も見せたくない。

 

他愛のないトークも時間の無駄、僕をいい気分にさせてくれる身体が欲しいだけなんだから。

 

「...んっ、平気」

 

「無理するなよ。

便所にいかなくていいか?

水か何か、飲んだ方がいいぞ。

ウコンとか...気持ち悪くて飲めないか」

 

前方に目をこらし、ユノはコンビニか自販機を探しているようだ。

 

そっか...僕を介抱するのに必死で、腰に回された下心100%の僕の腕に気付いていないんだ。

 

互いに飲酒で体温が上がっていたせいで、2人分の濃い体臭が混ざり合い、それを嗅ぐだけでくらくらする。

 

ユノの横顔をそうっとうかがった。

 

参ったなぁ...なんて綺麗な横顔なんだろう。

 

顔の小ささときたら!(僕のこぶしくらいじゃないだろうか)

 

...それなのに、チェリー君だったなんて...。

 

「やった、自販機があるぞ」

 

横を向いたユノと鼻先が触れそうな距離で目が合った。

 

看板灯の五色の灯りが、ユノの白い顔と黒目を照らす。

 

視界がぐらりと揺れた。

 

「あそこに座って、ちょっと休もうか?

もっと俺にもたれていいぞ」

 

僕を覗き込んだユノの顔が、ぐるりと回転した。

 

(...あれ?)

 

「おい!」

 

突如立っていられなくなって、ユノに脇を支えられていなければ、アスファルトに顔面衝突するところだった。

 

ユノに正面から抱きつく格好になったけれど、これはお触りしたいからじゃない。

 

ホントのホント、平衡感覚がおかしくなって身体が傾いてしまうのだ。

 

地面と空が上下逆さまになる、目をつむってもその残像がぐるぐる回る。

 

「あ~あ...ったく。

ベロベロじゃん。

家に帰って寝るしかないな。

あんたんちはどこだ?」

 

「...う、う~ん...」

 

頭を少しでも動かすとこのぐるぐるが酷くなるから、呻くのがやっとだ。

 

ユノは僕を自動販売機にもたせかけるように座らせた。

 

僕はユノの肩に全身を預け、目をつむっていた。

 

「おい!

起きろ!」

 

「...う...ん」

 

ユノが僕の頬をぺちぺちと叩いているのは分かったけれど、僕は「う...ん」と唸るばかり。

 

ユノに介抱されたくて、酔いつぶれたフリをしているわけじゃなく(当初の予定ではそうだった)、ホンモノの酔っ払いになってしまったのだ。

 

焼酎三本はさすがに多すぎた。

 

僕がつぶれてどうするんだよ...。

 

いつも通りにうまくいかないことに焦れ、まるで水のようにハイピッチに飲んでしまったせいだ。

 

その間、グラスを口に運んでいた動作すら覚えていない。

 

なんとしてでもベッドに連れ込む算段に、頭をフル回転させていたせいだ。

 

それだけじゃないな...。

 

ユノは僕の好み的中過ぎて、舞い上がっていたせいもある。

 

「参ったな...」

 

ユノのつぶやき声は聞こえる。

 

僕だって「参ったな」だよ。

 

今はただ、静かなところで横になりたかった。

 

みっともない姿を見られ、お世話されている僕...カッコ悪い自分を恥ずかしがる余裕ゼロだった。

 

 

(つづく)

 

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