(14)虹色★病棟

 

 

僕はユノによって部屋へと運ばれていった。

 

しゅん、と大人しくなった僕に安心したスタッフたちは、ステーションへと戻っていった。

 

ここは病院じゃない。

 

余程の問題行為(他人に危害を加えなければ)を起こさなければ、追い出されることはない(入居費の支払いが滞った場合は、この限りではない)

 

開け放つことのできない嵌め込み窓や、鍵のかかるエントランスドア。

 

入所者の大半は大人しく、静かにここでの時を過ごしている。

 

時折、絶望に耐えかねたり、なき人への憎しみのあまり暴れたり泣き叫んだりする光景は日常茶飯事とまではいかないが、スタッフたちにとって大した事件ではない。

 

だから、今回の僕の大暴れも事件のうちに入らない。

 

苦しい苦しいと訴えても、当事者以外の者にはこの痛みは理解できない。

 

僕は斜め上にあるユノの顔をを見上げていた。

 

彼の歩みごとに身体が揺られて心地よかった。

 

バクバクいう心臓の音も次第に落ち着いていった。

 

ゴーグルの下の穏やかな表情に、僕は平静を取り戻していった。

 

どさくさに紛れて、ユノの首に腕を絡めた。

 

消毒薬の匂いがした。

 

「着いたぞ」

 

ベッドに下ろされた時、僕は重要なことを思い出した。

 

ばい菌!

 

僕に用事がある時は、大声で呼ぶか指示棒で突いていたくらいの男だ。

 

ゴーグルと手袋、マスクはしていても、べったり身体を密着させ、僕の手やほっぺがユノの素肌に触れてしまっていた。

 

「...ユノ。

僕はもう大丈夫だから、ユノこそ、ほら。

洗濯しないと。

シャワー浴びないと。

除菌しないと」

 

こう言いながら、僕は泣きそうだった。

 

重大事項である「NOばい菌」を放っぽり出して、僕を助けようとしたユノ。

 

自身の潔癖を守ることよりも、僕を優先してくれたことは、涙が出そうになるくらい嬉しい。

 

けれど、平静に戻ったユノにとって、僕はばい菌に他ならないのだ。

 

悲しくなったのだ。

 

僕と密着していたことに気付いて、血相変えて部屋を出て行く姿を見たくなかった。

 

「ごめん...僕、汚くて」

 

「...え?」

 

ユノは僕を抱き上げていた両腕を見下ろし、そこで初めて一連の自身の行動に思い至ったようだった。

 

僕から飛び退くかと思った。

 

緊急事態で、自分が超潔癖症だということを忘れているんだ!

 

「後で洗えばいい。

そんなことより...チャンミン、大丈夫なのか?」

 

なんて言うんだから、僕はびっくりだよ。

 

どうってことないって風なんだ。

 

びっくり眼の僕に、ユノは微笑した。

 

「お前をなんとかしないと、と必死だった。

...俺が頑なに守り続けてきたルールなんて吹っ飛ぶものなんだなぁ。

俺の方がびっくりだよ」

 

僕が起こした一件が、ユノのこだわりに...たった1mmでもいい、ヒビが入ってくれたらいいなぁ、と思った。

 

だって...退所を突きつけられ、そこではっきりと自覚した。

 

ユノが好き。

 

出逢ってまだそれほど日にちが経っていない。

 

だから、勢いに任せて気持ちを伝えたりしたら駄目だ。

 

ユノはLOSTに来たばかりだ。

 

本人は気づかないふりをしている喪失感にいつかは立ち向かわないといけない。

 

ばい菌も恐れないといけない。

 

心が多忙なユノに「ユノが好きだ」なんて告白したりしたら...。

 

ユノを混乱させてしまう。

 

「待ってろ」

 

ユノは一旦僕の部屋を出ると、引き返して来た。

 

そして、消毒液のスプレーを、僕の部屋中に噴霧し出した。

 

「ユノ、僕んとこはいいよ」

 

ラテックス製の手袋をはめた手で、僕の手を取った。

 

除菌ウェットティッシュで 僕の指1本1本丁寧に拭いだした。

 

「僕は平気だって。

ほら、部屋に戻って」

 

「チャンミンこそ風呂に入れ」

 

「どうして僕が風呂に入らなくちゃいけないの?」

 

「......」

 

ぷいと顔を背けてしまったユノの扱いに困って、僕はマスクと手袋を装着し、彼の手の甲に触れた。

 

一瞬ぴくっと震えたユノの手だけれど、僕の手の下から引き抜くことまではせずじっとしていた。

 

「ユノ...ありがとう」

 

「......」

 

「暴れてしまって...びっくりしたでしょう?

たま~にああいうことがあるんだ。

堪え性がないんだね。

僕の精神はとっても弱っちいんだ。

別れの痛みは薄まっていったのに、僕の小箱の中は未だにぎゅうぎゅうでね」

 

「チャンミンの小箱ってのはどれくらいのサイズなんだ?」

 

「へ?

えーっと、これくらい」

 

それはメレンゲの箱より二回り小さい。

 

「ちっちゃいな。

鍵の方が大きいんじゃないのか?

俺はてっきり、海賊船の宝箱サイズかと思った。

金貨が詰まってるあれだ」

 

「あははは。

2年前はそれくらいだったね。

3年前は、象の檻くらいのサイズだった」

 

「お前の身体より大きくないか?」

 

「あくまでも僕の中でのイメージの話。

 

 

小箱の鍵を壊したのは、あのどす黒い感情ではなかった。

 

 

完全に無くなった訳じゃないけれど、月日の経過が風化させていってくれたから。

 

僕は自ら鍵を壊したんだ。

 

大人しくうずくまっていた絶望の闇のお尻を叩いて、暴れさせたんだ。

 

なぜ?

 

僕は立ち直りつつあり、まだまだ血のにじむ生傷に顔をしかめるユノ。

 

このギャップに気が重くなった。

 

自分がどれだけ傷ついているかを知らんぷりしているユノ。

 

狂ったように大暴れした結果、僕の退所の日程は延期となった。

 

計画的な行為じゃなかったけれど、退所を告げられた時、僕の頭は鋭く冴えていたのだ。

 

ショックを受けている一方で、ここに留まるにはどうしたらいいか考えを巡らしていたのだ。

 

もし、ここで暴れたら...?

 

...僕ってずるいよね。

 

好きな人から離れたくなくて、僕は駄々をこねたんだから。

 

 

(つづく)

 

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