スタッフの計らいで、ユノは一番風呂だ。
ところがその日は、入所者の1人が騒ぎを起こしたせいで、入浴時間が15分押していた。
ここでは入浴時間はひとり20分と厳格に決められている。
その時間を守ろうとすると、ユノの持ち時間はわずか10分で、綺麗好きの彼には甚だ都合が悪い。
ユノの次は僕の番だ。
この世の終わりかのように固まってしまったユノに、「僕と一緒に入る?」と提案したのだ。
「そうすれば30分になるよ」
「お前と?」
ユノは眉根を寄せて難しい顔をしている。
「嫌?
僕が湯船に入っている間に、ユノはシャワーを済ませればいい。
ユノはシャワーだけでしょ」
落としきれなかったばい菌が、お湯の中を漂っているかもしれないからね。
(ユノが湯船に浸かれる時といえば、消毒液のお風呂だろうなぁ...こんなこと言ったら、ユノは怒るだろうなあ)
脱衣所の床にタオルの道をつくるユノに、タオルを山と抱えていた理由が分かった。
僕だって多少の抵抗がある脱衣所の床だ。
タオルが敷かれていない隙間をつま先立ちで歩く僕に、「お前ものっかっていいぞ」と言ってくれた。
「いいの?」
「その前に...」と、僕の足裏をびしょ濡れになるまで消毒スプレーを吹きつけた。
パジャマのボタンを外しながら、僕はドキドキしていた。
...だって、ユノの前で裸になるのは初めてだったから。
「......」
互いに背中を向けて、衣服を脱いでいた。
そうっと後ろを振り返ると、ユノの背中が。
へぇ...ユノは着やせする質なんだ。
肩幅は広いし、背筋が素晴らしいんだ、ウエストはきゅっと引き締まっていて...。
パンツの下のお尻を想像してドキドキした。
最後の1枚をいつ脱ごうか、もじもじしていると...。
「先に行ってるぞ」
ユノはすれ違いざま、ユノ専用洗面器で僕の頭をこつん、とした。
「...なんだ。
パンツは普通に男ものなんだな」
「あのね、僕には女装趣味はないの!」
「ワンピース着てるのに?
てっきりブラジャーもつけてるかと思った」
「う...」
かあっと熱くなった顔を隠そうとうつむくと、飛び込んできたもの。
うわあぁぁ...ますます顔が熱くなった。
僕の視線がそこに釘付けになっていることに、ユノは気づかなかったみたいだ。
ユノはかかかっと笑うと、僕の鼻先でぴしゃっとドアを閉めてしまった。
「ええい!」
僕は勢いよくパンツを引き下ろした。
時間は限られている、急いで入浴を済ませないと!
ゴム手袋をはめたユノは、シャワーのお湯をまき散らしていた。
ユノの堂々とした立ち姿、片手は腰に添えている。
目を反らせずじぃっと凝視していると、シャワーをまともにぶっかけられてしまった。
「『そこ』ばかり見るんじゃない!」
「だってさ...だって」
「チャンミンこそ、手で隠すなよ。
恥ずかしがられると、俺の方まで恥ずかしくなる」
ユノのものと比べるのは止そう。
「チャンミンのものは細くてピンクで可愛い」と言っていたあの人の言葉を思い出したけど、すぐに意識の外へ押し出した。
ええい、とそこを覆っていた手を除けた。
・
「お前...どうして剃刀を持ってるんだよ?」
真っ白い泡をなすりつけたすねを剃り出した僕に、ユノは驚いたようだった。
ユノの言う通り、ここでは刃物の所持は禁止されている。
(電気髭剃りシェーバーは許されている)
必要な都度(例えば入浴前)にスタッフから借りるのだ。
いちいち貸出帳に記入したり、ステーションの中で忙しくしているスタッフに、声をかけることに遠慮してしまう。
「ここに入所する時に、ガムテープで足首に貼って持ち込んだの」
「すげぇな」
「言っとくけど、それ用じゃないよ」
「分かってるよ」
「俺には疑問なんだが...どうして剃る?」
「決まってるでしょ。
スカートからすね毛ボーボーはマズいでしょ」
つるつるになったすねに満足する僕に、ユノは呆れ顔だ。
「チャンミンはどういう時にワンピースを着るんだ?
今のところ、初日しか見ていないなぁ」
「見てみたいんだ?」
ユノは3度目のシャンプーをしている。
(髪の毛が傷まないか心配だ)
「いや。
興味があるだけ」
「僕がワンピースを着るのは、着たいと思った時だよ。
見たいのなら散歩の時、着てきてあげようか?」
ユノは泡だらけの頭を濯ぎ中で、僕の声が聞えていないみたいだった。
僕は一方的に、無言なのは同意とみなした。
・
5人同時に入ることが出来そうな大きな湯船だ。
僕は縁に両腕と顎を預けて、ユノの背中を見つめていた。
案の定、備え付けの椅子に腰掛けていない。
ユノは指の1本1本、念入りに洗っている。
(肌がすりむけないか心配になる)
正面の鏡にユノの大事なところが映っていて、ドキドキしていた。
(ユノは気づいていないみたい)
「ねえ、ユノ。
亡くした人の話を聞かせてよ。
出会いのエピソードとかさ。
でも...辛かったらいいよ」
「面白くもなんともないぞ。
代わりにチャンミンも聞かせろ」
ユノは向こうを見たまま答えた。
「へえぇ。
僕の話、聞きたいんだ」
「そりゃあ、こんなところにいるんだ。
いつも一緒に行動してさ。
事情に触れずいるのってさ、余計に神経使うだろ?」
「確かにそうだね」
元々はユノの話を先に聞き出すつもりでいたけれど、予定変更だ。
「もうすぐお風呂の時間が終わっちゃうよ。
散歩の時に話してあげる」
僕はざぶりと、湯船から出た。
何色のワンピースを着ようかなぁ。
(つづく)
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