変わり映えのしない、ゆるりと平和な暮らし。
何のイベントも行われないここでは、一昨日と昨日との区別がつかない。
季節を感じたければ、食堂の窓から見下ろせる街並木の葉の色を見ればよい。
中庭に面した自室の窓からは、荒涼とした景色しか望むことができない。
食堂の献立表が一新されたことで、ユノがやってきて1か月...マスク越しのキスの日だ...が経ったことに気づいた。
いつ呼び出され、LOST退所を促されるか緊張の日々。
引き延ばしたとしても、あと2,3か月が限界だろう。
僕なんか3年かかったんだ。
死別を経験したユノだ、僕の退所までに回復できる可能性は低い。
僕とユノが揃ってここを出る方法は...ないことはない。
それについて、本気で考えないといけない。
「新しい恋...かぁ...」
先ほどから僕は食堂のテーブルに片頬をくっつけて、ある一点を睨みつけていた。
ユノを待っていたのだ。
ユノは今、スタッフステーション隣の面談室にいる。
早く立ち直って欲しい僕は、渋るユノを無理やり連れていったのだ。
面談室の効果と併せて、荒療治だけど、新しい恋で上書きされたと錯覚させて、退所の日を早めるのだ。
「上書き...かぁ」
記憶とは上書きできるものなのだろうか。
僕だって、忘れてしまうことが怖い。
だから、自ら小箱を揺らしていたのかもしれない。
小箱の中の住人のお尻を叩いて、ほら、暴れろと煽っているのだ。
「はあ...」
自分のことしか考えていないじゃないか。
・
僕らは入浴中だった。
二人まとめて入浴すれば、入浴時間を30分近く確保できる。
時間の問題よりも、裸の付き合いって言うのかなぁ...ユノの裸を見たかっただけだ。
ユノも満更じゃない証拠に、「風呂の時間だ、早く食え!」と、のんびり朝食を摂る僕を急かすのだ。
僕は身体を洗いながら、ユノの裸を横目で観察していた。
仁王立ちしたユノはゴシゴシと、全身の窪み、シワの間まで念入りに洗っている。
白い泡が、ユノの首から胸、胸から下腹、へそから両脚の付け根と滑らかに落ちてゆく。
(...ゴクリ)
アレは泡に包まれ、てっぺんだけがのぞいている。
視線がそこにいかないようにするには努力が必要だった。
「思い出の品って、どうした?」
僕からの唐突な質問に、ユノはしばし空を睨んだのち、首を振った。
「あー、どうしたんだっけなぁ。
記憶にない」
「そうだよねぇ」
ユノは足の親指まで洗い終えると、身体洗いの2クール目のため、新しいタオルにたっぷりボディソープを追加した。
ユノの肌は白い。
天を仰いで首筋を洗うユノの、顎から鎖骨までのラインが美しかった。
(...ゴクリ)
ユノの肉体を、僕はうっとり眼差しで愛でていた。
近頃の僕はおかしくなっていて、ユノの全てからエロスを感じてしまうのだ。
僕が同性愛者だと気付いたのは、いつ頃だったのか。
以前も思ったこと...ユノはおそらく違う。
なぜなら、僕の裸にこれっぽっちも興味がなさそうだから。
突然、いいことを思いついた。
「背中の真ん中...ちゃんと洗えていないよ。
貸して」
ユノの手からタオルを奪い取った。
「どう?
もうちょっと強くこすろうか?」
「え?
あ、うん...ああ、ちょうどいい」
僕の突然の行動に驚いて、ユノはどもってしまっている。
ユノの広い背中をこすりながら、僕の胸はきゅうっと切なく痛んだ。
タオル越しであっても筋肉の凹凸を手の平に感じ、少し視線を落とせば固く引き締まった二つの丘。
僕の邪な思いなんて露知らず、ユノは無防備に背中とお尻をさらしている。
触れたい...でも我慢だ。
「一切合切置いてきてしまった。
それとも、業者が全部、処分してしまったかもしれない」
「住んでたところは?
ユノは帰る所、ないの?」
「賃貸だったからね。
つまり俺は、家無しだ。
チャンミンとこは?」
「僕も賃貸。
トランクルームを借りて、家具を預けてる」
ユノと会話しながら僕は、泡まみれの身体なら、僕らは抱き合えるかもい...なんてことを考えていた。
「婚約指輪は結局、どうしたんだ?
捨てたのか?」
家財の話から飛躍して、指輪の話になり、僕はドキッとした。
僕は左右に首を振った。
「売ったとか?」
「ううん」
「まさか、今も後生大事に仕舞ってるんじゃないだろうな?」
「指輪はね...僕のお腹にある」
「...は?」
「彼の婚約指輪は僕のお腹の中にまだある。
飲み込んだんだ」
(つづく)
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