「どうして?」
ユノの告白に、僕の声は喉に張り付いたままだった。
僕はユノが好き、ユノも僕が好き。
自分の思惑通りになったのに、僕はとても困惑していた。
そんなだから、「どうして?」なんてマヌケな問いをユノに投げかけてしまうのだ。
「『どうして』って...?
理由が必要なのか?」
「...そうじゃなくて」
僕はうつむいて、気持を落ち着かせようと、ワンピースの生地を握ったり離したりを繰り返していた。
ワンピースは皺くちゃになってしまった。
「チャンミンといると楽だし、気持ちがしゃん、とするんだ。
俺はこんな風だけど、チャンミンとなら触れ合えるんじゃないか、って。
...こんな風に」
そろそろと、ユノの手が僕の方へと伸びてきた。
ラテックスに包まれた指が、僕のマスクにそっと触れた。
「!」
息を止めてしまった後、マスクをしていることを思い出し、安心した僕はふぅっと息を吐いた。
ユノは...本気だ。
「近づきたい、触りたいと思えるのは...チャンミンが好きだからだろう?
恋愛感情のことだよ」
「でも...」の言葉を僕はぐっと飲みこんだ。
「でも」の後に続く言葉とは、「亡くした人のことは忘れてしまったの?」だったから。
今のユノに、絶対に言ってはいけない言葉だ。
ユノは僕と目を合わせたまま、マスクを外した。
やつれた顔をしているのに、両目だけはらんらんと光っている。
ユノの眼差しに射竦められそうだった。
ぱさついた髪と荒れた肌...瑞々しい眼とふっくら柔らかさそうな唇 。
この日のユノは白いシャツに濃灰のパンツを身につけていた。
無色彩の部屋と装いの中、そこだけ紅く色づいた唇を見ていると、すうっと吸い寄せられてしまいそうになる。
僕の唇を重ねたくなってしまう。
「結婚指輪だけど...」
『指輪』のワードに、今更だけどハッとした。
「厳重に収納しているのは、『思い出を大切に扱っている自分』と意識するためなんだ」
ユノにつられて僕も、クローゼットの方を振り向いた。
「本当はあんなもの...モノに過ぎないから、捨ててしまいたい。
でも、辛いからって捨ててしまったら、感情のやり場が行方不明になってしまいそうなんだ」
ユノの言葉の意味が分からず、首を傾げた。
「つまりだな。
目の前に実体がないと、何に対して悲しんでいるのか分からなくなるってことだ。
ちっぽけなモノだけど、あれは象徴なんだ。
ああ...俺は何が言いたいんだか...。
意味不明だろ?」
「ユノが言いたいことは、なんとなくは分かるよ」
ユノは僕のマスクから指を離すと、腰掛けた椅子ごと1歩、前に近づいた。
ガタガタっと椅子を引きずる音が、部屋に大きく響いた。
僕もマスクを外そうとしたら、「止せ」とユノに制された。
「古い恋を克服するには、新しい恋だとよく言われているだろう?
実はそうでもないらしい。
俺はちっとも回復していない。
新しい恋を得ているはずなのに、心が寒い」
「寒くて...当たり前だよ」
僕を好きだとユノが言っている。
「それじゃあ、チャンミンへの恋はまやかしのようなものなのか?
どう思う?」
僕はユノの言う通りだと思っていたけど、「...どうだろ...分からない」と曖昧に答えた。
「俺はホンモノなのか試してみたい。
お前相手なら抱き合えるかもしれない」
「!」
「前...俺に近づいたのは下心があったって、話してたよね?
あれは今も有効?」
「...うん」
「してもいいか?」
僕は頷いた。
僕は目を伏せて、傾けたユノの頬が近づくのを待った。
・
ああ、どうしよう。
僕は気づいてしまったのだ。
結婚指輪のサイズだ。
どちらがユノのものなのか、判別がつかなかった。
導かれる答えは、ユノの結婚相手は男だった、ということだ。
マスク越しにユノの唇を味わいながら、僕は喜んでいた。
前回のキスよりも温かく柔らかなキスに、腰の奥がうずいていた。
(つづく)