(33)虹色★病棟

 

作戦開始。

 

ひとり早朝散歩へとユノは出かけて行った。

 

ドアがパタンと閉まると、僕はほっと息を吐いた。

 

いかに自分が緊張していたかを知るのだ。

 

僕の部屋にユノといると、とても緊張する。

 

不用意に身体を動かしたら、ユノの清潔な身体にうっかり触れてしまいそうだし、息を荒げてしまったら、僕の吐息がユノに吹きかかってしまう。

 

部屋の間口を挟んで会話することはあっても、ユノは滅多に僕の部屋へ入ってこない。

 

ばい菌に満ちた僕の部屋に身を置くよりも、室内温室が設置されたクリーンな自分の部屋に居た方が落ち着くから。

 

それから、ユノ自身の呼気や身体で、僕の部屋を汚したくないと思っているから。

 

なぜ、自分自身の身体を汚く思うようになったのか、「トラウマに繋がるようなことがあったの?」と尋ねたことがある。

 

潔癖な人は元々の要因もあるけれど、潔癖にならざる得なかったエピソードがあるものらしい(僕の乏しい知識によると)

 

「俺は手ばかり洗っているガキだった。

母親がやたら清潔好きだったってのもあったけど、決定的なのが中学生の頃だったかな。

好きな子がいたんだ。

その子の手が俺の口にぽん、と当たったんだ。

当時の俺はマスクなんてしていなかった。

その子は即行、手洗い場に走っていったんだ。

授業中だったんだぞ?

ショックだった。

ああ、俺って汚いんだ、って初めて知った瞬間だった。

今思えば、その子も潔癖気味だったんだろうなぁ。

たったこれだけのこと」

と、あっけらかんと教えてくれた。

 

「それだけで...?」

 

「俺は常日頃、清潔であろうとしてきた。

自分こそ不潔であることがバレないよう、不潔だと思われないように気を遣ってきたから大ショックだよね。

即、重度の潔癖になったわけじゃなく、引き金がその出来事だったんだ」

 

「徐々に酷くなっていったの?」

 

「酷い、って言うか、より徹底的になってきた、って言い方が正確かな。

知識が増える度、俺の中の許容範囲が狭まるんだ。

平気だったものが恐怖に変わる」

 

「生きづらくない?」

 

「さあ...。

これが俺のライフスタイルで人生だ。

これが当たり前なんだよ。

でも...今ほど酷くなかった時期を知っているから、その頃と比較すると確かに不都合だね。

事前準備と事後片付けが大変過ぎて、時間と労力を無駄にしているから」

 

ユノがくつろげる場所とは、アクリル板とビニールシートで囲われた2立方メートル内だけ。

 

その空間へ入れてもらえるようになった僕だけど、何か間違いを犯しているみたいな気持ちになる。

 

いいのかなぁ?って。

 

ユノを騙しているみたいな気分になる。

 

「でも、窮屈なことは確かだ。

訓練が必要だろう。

それから...」

 

ユノにまっすぐ見つめられると、背筋を正したくなる。

 

「愛情と信頼感だ。

心を許せるか許せないかで、潔癖度合いに差が出てくる。

信頼できる人がたった一人でもいてくれたら、潔癖を治す必要はないと俺は思っているんだ」

 

「...前にも言っていたよね」

 

「...チャンミン。

お前のことだ」

 

「!」

 

「分かってるんだろ?」

 

...こんな具合にユノは、頻繁に好意を見せてくれる。

 

猫みたいなユノ...眼の形が猫の眼に似ているからなのかな...なのに、実際は犬みたいに懐っこくて。

 

亡き人の前でもこうだったのかな、と想像すると呼吸が苦しくなった。

 

それ以上に、ユノの信頼に応えなければ。

 

気安く近づいたらいけない人だったんだ。

 

 

僕の急変にスタッフたちは即気づき、僕を観察する目も厳しくなった。

 

その態度の変化に、僕の出所の日程が決まりつつあったことが分かった。

 

仮病のおかげで僕の出所は延期決定だ。

 

新たに危惧しなければならない件は、精神的に不安定になってしまった原因にユノが関わっていると、施設側に思われることだった。

 

だから余計に、ユノにはあっけらかんと平静に過ごしてもらう必要があった。

 

食事は部屋までスタッフに運ばせ、ユノの部屋の出入りも控えた。

 

一日中、僕は自室に閉じこもって過ごした。

 

就寝前の数分だけ、顔半分ドアを開けて、ユノと言葉を交わした。

 

僕がいなくてつまらない、と、ユノははっきり口にした。

 

僕は「あともう2,3日だ。待っててね」となだめた。

 

焦れた熱い眼差しを浴びて、やっぱり僕は困惑していた。

 

「お前を抱きたい」

 

ユノの眼がそう訴えていた。

 

僕もユノと同じ気持ちだよ。

 

LOSTに入所して初めて、僕は前を慰めた。

 

3年ぶりの性欲だった。

 

ユノに抱かれたかった。

 

実際、ユノに可能なことかどうかは、脇に置いておいて。

 

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