ユノの唇をかたどる僕の指。
何も触れていないのに、指先がじんじんと温もってきた。
マスクの下で、ユノの口はきっと開いている。
唇を愛撫され、息を乱している。
マスクに遮られているはずのユノの吐息が、僕の指先を湿らせた。
僕らの視線は太い1本となり、合図を待っていた。
さざ波が荒波 たぷたぷと水面を揺らしていて、間もなく溢れ出そうだった。
ユノの唇を邪魔するマスクはむしり取ってしまおう、と心を決めた時。
ユノの方が一寸早かった。
外したマスクは、洗剤の粉と埃で汚れた灰色の床へと落ちた。
血色がよくなった肌といい、紅く潤った唇といい、僕とのキスを期待した結果だと思っていいよね?
「...っ」
ユノの震える指が...ラテックス製の手袋をはめた...僕の頬に触れた。
眉尻をわずかに下げた、色気ある切ない表情だった。
直に受けたその感触に、マスクをしていない自分に思いいたる。
(しまった...)
ユノと洗濯室で鉢合わせになるとは予想していなかったから、マスクも手袋も部屋にあった。
ユノの洗濯バスケットに替えはないか、きょろきょろと目で探した。
焦りだす僕に、ユノは小さく首を振って「いいさ」と言った。
ユノの半分開いた唇が僕に近づいてくる。
僕も待ちきれなくて、ユノの方へと身を乗り出した。
唇同士がぶつかるより先に、僕らの舌が着地した。
「...あ...」
その瞬間、僕の股間が重く痺れた。
ユノの粘膜に僕は触れている!
舌先同士で突き合い探り合い、重ね合わせて相手の口内へとスライドさせていく。
ここで初めて唇を重ね合わせた。
ああ...柔らかい。
唇を外して「いいの?」問う。
ユノは喉奥で「うん」と唸った。
それまで緊張していたせいか、僕らの中は潤いが足りなかった。
けれども、互いの舌を味わううちに潤いは増してゆき、顎までしたたり落ちるほどになる。
マスク越しのキスとは、全然比べ物にならない。
その気持よさに、顎の骨まで溶けてしまいそうだった。
一か月以上、触ったらダメだと規制し合っていたから余計に、敏感に感じ取れる。
「...んっ...」
唇をついばまれて、股間の一点へと痺れが走った。
「はぁ...ゆの...っ」
厳格なルールを無視してしまうほど求められていることに、じんときた。
椅子に座り、身を乗り出した僕らは口だけで繋がっている。
僕の両手は椅子の座面をつかんだままで、ユノにいたっては太ももの上でこぶしを握っている。
思い切ってユノにしがみついてしまおうか迷っていた。
「...あっ...!」
突然、僕は引っ張り起こされ、引き寄せられて、「あっ」という間にユノの太ももの上に跨っていた。
(なんと...!)
大胆なポーズに、顔から火が出そうだ。
照れて視線を落とすと、僕を見上げるユノとまともに目が合ってしまい、ますます照れて前を向くしかなくなる。
洗濯機の丸窓の中でぐるぐると、ユノのシーツが洗われている。
「チャンミン、こっちを見て」
僕の両手はユノの肩に置いていいものやら、ユノの上から落っこちないようバランスをとろうと、宙でふらふらとさせていた。
僕は今、ユノの上に跨っているのだ。
今夜の僕はパジャマだ...ああ、残念。
下着はラベンダー色だ...ああ、よかった。
僕は持ち上げていた顔をゆっくりと俯いた。
蛍光灯の光は部屋のすみずみまで照らしている。
こんなに明るい場所で、産毛が見えるほど間近に...それも、鼻のてっぺんがくっ付くほど接近したことは初めてだった。
ユノのまつ毛の生え際も見えた。
密度の濃い漆黒のまつ毛だ。
「気になっていたことがあるんだ」
「?」
「ワンピースの話。
チャンミンが今着ているワンピースは、元婚約者のものだって言ってたよね」
「うん」
「と言うことは、彼もワンピース男?」
「うん。
言わなかったっけ?」
「チャンミンがワンピース男になったのは、彼が出て行ったのがきっかけ?」
「実は...それよりも前なんだ。
彼のワンピースを脱がせるのが好きだった」
僕の性癖をユノにバラしてしまおう。
「僕もワンピースを脱がされたい...って思うようになったんだ。
彼のワンピースをこっそり着ることもあった。
...彼が出て行く前の話だ」
キスをしておいて今さらなカミングアウト。
今夜はパジャマだけど、次はワンピース姿でユノとキスをしたいからカミングアウトしたんだ。
気持ち悪いと引かれるかな...?
潔癖のユノと女装の僕とはいい勝負、釣り合ってるんじゃないかな?
ユノの反応を待っていたところ、彼の第一声はこうだった。
「ひとつ確認なんだが...つまり...チャンミンはそっち側なのか?」
(つづく)
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