(52)虹色★病棟

 

 

「ナマでやっちゃったね」

 

「ああ。

でも、中出しはしなかったからな」

 

「してもよかったのに」

 

僕の中に注いで欲しかったと残念がる僕は、好きな人に汚されたい人種なんだなぁ。

 

「ばあか、出来るかよ。

チャンミンの身体が心配だ。

どうだった?

無理させてなかったよな?」

 

「処女を奪った男みたいな台詞だね、それ」

 

「『みたい』じゃなくて、そのまんまじゃん。

チャンミンのお尻バージンを奪っちゃったなぁ...俺」

 

「その言い方、ウケる」

 

このやり取りが面白すぎて、くすくす笑いが湧いてくる。

 

「今夜は無理だった。

チャンミンの指輪、取れなかった」

 

ユノは悔しそうだった。

 

「そうそう簡単には回収できないかぁ...」

 

ユノはティッシュボックスを引き寄せ数枚を雑に抜き取ると、僕のお腹に放たれた二人分の白いものを拭いとってくれた。

 

その優しい手つきにじん、としてしまう。

 

「チャンミンの後ろを突くだろ。

そうすると、チャンミンの口からポン、って出るんだ。

それとも、チャンミンのあそこからほじくり出すとか?」

 

「え~」

 

僕らは全裸のまま毛布にくるまり、向かい合わせに横になった。

 

「僕の血肉の一部になっていたらどうしよう...」

 

もしそうならば、元婚約者と過ごした日々や喪失の痛みも含めて、懐かしく思い出す程度を超えて、刻印となって僕を今後苦しめるのでは...と怖くなった。

 

今はユノとの恋に浮かれているだけで、その実心の小箱は昂った感情が収まるのを待ち構えているのかもしれない。

 

例えば...LOSTを出た後、元婚約者に捨てられた記憶が色濃く蘇り、苦しみの日々に逆戻りしてしまうとか。

 

ユノがLOSTに現れた頃、僕の傷はほぼ癒えてはいても完全ではなく、新しい恋にうつつを抜かして、最後の仕上げをするべきタイミングを逃してしまったのでは?

 

駄目だ駄目だ、この恋のせいにしたらいけない。

 

「大丈夫さ。

もしそうならば、チャンミンは俺とセックスはしていない」

 

「あ...確かに」

 

「俺たちは手放さざるを得なかった過去を、打ち明け合った仲だ。

俺の話を聞かされたチャンミンは、俺よりも俺に詳しいよ」

 

「僕らは過去の話ばかりしてるね。

...なんか、ごめん」

 

「どうして謝る?

今さら。

俺たち、過去の話をするしかないだろう?」

 

「そうだね、うん」

 

これからの話をしたくても、僕らを隔てる大きな壁がある。

 

その壁はここ、LOSTだ。

 

LOSTでは僕らの仲は褒められたものじゃない。

 

僕はLOSTを間もなく出てゆくし、ユノは僕を追うことは出来ない。

 

「俺は...過去は消し去りたい

忘れたくないのに、消し去りたい。

そう思っていた」

 

「思い出とは消せないものなんだよなぁ」と心の中でつぶやいていたら、ユノはこう話し出した。

 

「大事な人を亡くしたばかりなのに、チャンミンに注目するようになった。

これは現実逃避なのだろうか、と最初は思ったよ。

そうやって気持ちを誤魔化すことも、心を守るためには大事なことなんだろう。

退屈しなかったし、チャンミンのことで気が反れているうちに、負った傷が癒えた感覚を覚えた」

 

「むぅ。

気を反らす?」

 

膨れた僕はユノの頬をつねった。

 

(変な顔にならないことが悔しい)

 

「それは最初の時だけだよ。

気を反らすどころか、のめり込むようになったよ。

チャンミン...分かってるだろ?」

 

「はい...。

はっきり言われると照れます」

 

「これってさ、古い池を修理するみたいだなぁ、って思った」

 

「?」

 

ユノの言う『古い池』の例えの意味が分からず、首を傾げた。

 

「底に穴が開いた池があって、その穴をふさぐ修理しないといけなくなった」

 

「穴って、喪失感のことだよね?」

 

「ああ。

水が入ったままじゃ修理できないから、その水を別の池に移すんだ。

空になった池の底を修理する。

穴を塞いだら、水を戻してやる...そういうイメージ」

 

ユノの例え話がどこに繋がるのか、やっぱり分からない。

 

「ハテナ?」な表情の僕に、ユノはふっと微笑んだ。

 

「つまりね。

ショックが大き過ぎるあまり、彼のことを一度、俺の心から抜き出して遠くへ飛ばしたんだ。

ほら、俺って大泣きもせず、平気そうな顔していただろ?

たまに涙を流すことはあっても、四六時中打ちひしがれているわけじゃない」

 

「あー、確かに」

 

中庭を初めて案内した日にほろりとこぼした涙と、ベッドに丸まって嗚咽していた姿くらいしか目にしていない。

 

「抱えるには重すぎたんだ。

だから、そいつを外に出して心を空にした。

そうしたらチャンミン、お前の存在が入り込んできた。

誤解するな。

彼の代わりの存在という意味じゃないぞ」

 

ユノは僕の考えを先回りして読んで 僕を安心させてくれた。

 

「すると、彼の存在が戻ってこられる隙間が無くなってしまった。

過去の恋を忘れるには、『時』と『新しい恋』だって、使い古された言葉があるだろう?

まさしくその通りのことが、俺に起こったわけ」

 

もともと満たしていた水とは『彼』のことで、ユノは辛さのあまりその水を抜いて、池を空にした。

 

傷心という穴を塞ぐ作業の最中に、僕が現れた。

 

穴が塞がってから、僕という水が戻されたとユノは言っていたけれど、実際は穴が塞がる前にユノの池に僕が注がれたと思う。

 

穴から漏れ出るペースよりも、注がれる僕の方が多いから、ユノという名の池は枯れないのだ。

 

 

「付けていい?」

 

「えっ、何を?」

 

「キスマーク」

 

「え...それはちょっと...見つかったらマズいよ」

 

「だいじょーぶ」

 

ユノはクスクス笑い、僕の内股に唇をつけた。

 

「そこ?」

 

きゅっと痛みが走った。

 

「ここと...ここ」

 

おへその横、乳首の横...ユノの唇はつつっと横に脇の下に移動した。

 

「んんっ」

 

ちゅうっと吸われて、全身敏感になっているせいで、びくんとはねた。

 

「ユノ...僕も付けてもいい?」

 

「いいよ」

 

ユノは「さあ、どうぞ」と、僕に向けて喉をさらした。

 

僕は鎖骨の下に3つ、マークを付けた。

 

「見えないとこだよな?」

 

「大丈夫」

 

「喉乾いたな」

 

「お茶飲む?」

 

毛布にくるまったまま目一杯手を伸ばし、トレーを引き寄せた。

 

「冷めてしまってるけど」

 

ユノはマグカップの一つをとるとぐびりと煽り、うつ伏せていた僕をひっくり返した。

 

「なになに!?

...んんー!」

 

ユノに唇を割られ、生温いものが口内へと流れ落ちた。

 

「もっと飲む?」

 

「うん」

 

「次はチャンミンがやって」

 

「いいよ」

 

両手で包み込んだユノの頬を斜めに傾けて、ぴったりと唇を重ね合わせた。

 

待ち構えていたユノの唇が開いて、僕はそこに紅茶を注ぎ入れた。

 

こんな感じに口移しを延々と繰り返した僕らだけど、これってキスより深い唾液の交換だよね。

 

 

(つづく)

 

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