ベッドを取り囲む室内温室の壁が、僕らの熱気で曇っていた。
ユノとくっ付いたまま眠りにつきたいけれど、それはできない。
時計を見るとあと十数分後にはスタッフの見回りがやってくる。
ユノの素晴らしい身体と僕のランジェリー姿はパジャマの下に隠れてしまった。
僕はお茶道具を携えてベッドから立ち上がった。
「おやすみ」
「おやすみ。
また明日ね」
名残惜しい僕らはしばし見つめ合った。
見送りのためユノも室内温室から出てくると、オゾン発生器の電源を入れた。
僕がネガティブな意味にとってしまう前に、「切ってたらスタッフが変に思う」と説明してくれた。
ドアを数センチ開け、暗い廊下の先の煌々と明るいスタッフステーションが無人であることを確かめた。
僕は振り返ってもう一度「おやすみ」を告げると、するりとユノの部屋を抜け出した。
幸運なことに老朽化がすすむLOSTでは、フロア内すべてに監視カメラなど設置されていない。
そうであっても、コソコソ後ろめたい気持ちがある僕だから、自然と忍び足になってしまった。
「ふう...」
室内に戻るなりお茶道具はデスクに置き、スリッパを脱ぎ捨てベッドに飛び込んだ。
頭のてっぺんまで布団にもぐり込んだ。
両腕で自分自身を深く抱きしめた。
パジャマの襟元からユノの香りがする。
「はあぁぁ」
僕とユノ...えっちしたんだ。
僕のあそこにユノのあれが入ったんだ。
気持ちがよかった。
その事実を噛みしめる。
ホントのことなのに信じられなくて、火照った顔を両手で覆った。
でも、これは現実だ。
全身ユノとえっちな匂いに包まれている。
ゴーグルマスク男だったユノと初対面した日には、まさか僕らが深い仲になるとは思いもしなかった。
あの日の僕は、ユノのインパクトある見た目に興味をそそられて、ちょっかいを出したくなったんだよなぁ。
初対面なのにもかかわらず、部屋を訪ねていったりして...強引だった僕。
「...頑張らないと」
ユノと一緒にいられるために、僕は頑張らないと。
興奮で寝付けそうにないのに肉体は疲労していて、ギラギラとヘトヘトが攻防した末、ヘトヘトが勝ってしまった。
だって、全力疾走なえっちだったんだもの。
・
LOSTを出るには2つの手段がある。
1つ目は最も穏便なものは、退所手続きを済ませ正々堂々正門から出るというもの。
これが2週間後の僕が辿る道。
2つ目は、突如ふいにいなくなった入所者...例えばラムネの元の持ち主...がとった手段になる。
LOSTは閉鎖病棟を改築した建物だ。
フロア入り口とエレベーターホールを仕切る壁は透明アクリル製で、椅子を叩きつけても割ることはできない(実行に移した入所者が過去にいた。僕ではない)
開け放つことのできないはめころし窓、フロア入り口ドアは夜間、施錠される。
スタッフステーションの中には、猿股が置いてあることを僕は知っている。
入所者を易々と逃がしてしまったら、LOSTの名が廃るのだ。
僕にできるだろうか?
・
ユノと結ばれた夜の翌日、LOST側からのお達しは予想通りの内容だった。
前回のように奇声をあげて大暴れはしなかった。
告げるスタッフを真っ直ぐに見、「はい」と優等生の返事をした。
・
朝食の前に昨夜の下着を洗濯しようと、洗濯室へと向かった。
僕のランジェリーには、昨夜のユノと僕のあれこれが付着しているからだ。
シンクにぬるま湯を張り、専用洗剤を溶かした中へランジェリーを沈めて、やさしく押し洗いした。
ユノってすごいなぁ...ブラとパンティを付けた僕を抱くことができたんだもの。
見た目にとらわれず、ありのままの僕を好きになってくれたってことだよね。
お腹の底から湧き上がる幸福感で、ニマニマしていた。
「あてっ!」
僕の頭に何かがパシッと振り下ろされた。
ふり返ると背後にユノがいて、僕の頭を叩いたのはいつもの教鞭棒だ。
「いったいなぁ。
何だよ」
ユノの登場のおかげで、昨夜のことで気まずい雰囲気にならずに済んだ。
「棒を使うなんて...僕はばい菌じゃないよ。
今さら何だよ。
あんなことしたのにさ」
ぷりぷりする僕に、
「いつも通りにしてろといったのは、チャンミンじゃないか?
『あんなこと』って...何のこと?」と、ユノはニヤニヤした。
「うるさいなぁ」
マスクに隠れているけれど、ユノがどんな笑顔でいるのか、僕にはちゃんと分かっている。
僕はユノの笑顔が好きだ。
離れたくない。
・
決心してからの僕は、天井や壁すみずみまで視線を巡らすようになっていた。
「どうした?」
挙動不審な僕に、ユノが気になっても仕方がない。
「ちょっとね...」
僕の視線を追って上下左右を見回すユノに、「ユノは僕に構わず、普通にしていて」とお願いした。
「変なヤツ」
そう呆れるユノも、見た目だけは十分変なヤツだ。
今日のユノも透明ゴーグルとマスク、手袋マスク、教鞭棒を手にしている。
僕にだけ素顔を見せてくれるけど、その他大勢の前では潔癖スタイルなのだ。
潔癖の度合いについては問わないと、僕は決めていた。
「それはお互い様」
何かを探していることを、スタッフたちに気取られたらいけないのだ。
・
LOSTからの脱出を検討していた。
前例があるから不可能ではない。
ただ、出口が見つからない。
昨夜のユノの様子では、僕の提案に乗り気になってくれると思う。
...でも、躊躇がある。
慌てていないだろうか。
離れたくない気持ちを優先させて、ユノの心の傷が癒えるのを待たずに、彼をここから連れ出してもいいのだろうか。
その迷いから、脱出作戦についてユノに話すのは、もうしばらく後にしようと思った。
待てるほど時間の余裕はないんだけどね。
(つづく)
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