(22)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

Kはドリンク剤をチャンミンに放り、ベンチに座ると自分用の缶コーヒーの封を開けた。

 

「暗い顔してるぞ」

「お前の方こそ、病み上がりのくせに」

(花火大会の日、チャンミンは病欠したKのシフトを代わりに受け持った経緯がある)

 

「今じゃぴんぴん、家族の献身的な看病のおかげさ。

...で、今度は何があった?」

 

「『今度は』って...僕がしょっちゅう問題を抱えているみたいじゃないか?」

 

「その通りだろう?

悩み無き時なんてほとんど無いんじゃないのか?」

 

「僕はそこまで悲観論者じゃないよ」

 

チャンミンは食べかけの弁当を膝から下ろすと、差し入れされたドリンク剤のキャップを開けた。

 

「彼は若い」

「若い」

 

チャンミンは正面を向いたまま、Kの言葉を繰り返した。

 

「気になることがあるんだろ?」

「ああ」

 

「ノンケの男と付き合ったこと...あるのか?」

「...ある。

思いっきりフラれたけど」

 

「辛いな」

 

「昔の話だよ。

もう忘れた」

と、強がってみたけれど、当時のことを思い出すと未だに少しだけ呼吸がしづらくなる。

 

「ユノ君と付き合い始めたのはいいけれど、チャンミンの経験値が邪魔をしてるんじゃないのか?

チャンミンはおじさん、ユノ君は若者、ア~ンド異性愛者...いわゆるノンケ!」

 

「...おじさんって...そこまではいっていないよ」

 

「おじさん域に片足を突っ込みかけてるじゃないか」

 

「それは否定できない」

 

チャンミンは、ひと口だけ飲んだドリンク剤を手の中でもてあそぶ。

 

「付き合う前は、ユノ君の若さに恐れを成しているだけでよかった。

だって、恋愛対象の性別の壁なんて、ユノ君がどしょっぱつからぶち壊してくれたからな。

...けど、それよりもっと悩ましいことがあるんだろう?

付き合い始めたことで、いよいよ現実味を帯びてきたことが?」

 

「さあね」

とぼけるチャンミンに、Kは話題をずらすことにした。

 

「俺はお前たちのキューピッドなんだぞ」

「え?」

 

驚いたチャンミンは、Kの方を勢いよく振り向いた。

 

Kはチャンミンがゲイであることも、チャンミンとユノの関係も知っている。

 

2週間前、チャンミンはユノのバッグをKに託して試験会場に向かった。

 

後日、今日と同様のニヤニヤ顔のKに「もしかして...そうなったのか?」と問われ、「そういうこと」とあっさり認めた。

 

「K...。

ユノさんに変なことを吹き込んだんだろう?」と、チャンミンはKを睨みつけた。

 

「酷いなぁ。

バッグと一緒にチャンミンの電話番号と、研修所の場所を教えてあげただけ」

 

「...なんだ」

 

チャンミンは前のめりの半身を戻すと、ベンチの背にもたれかかった。

 

「そうだ...その通りだよ。

Kのおかげだよ。

ユノさんからの電話で、全部が決まったんだ...」

 

「そりゃ光栄です」

 

2人はしばし無言で、揃って窓の向こうの空を眺めていた。

 

場内コースに侵入した大学生の一軍がはしゃぐ声が、下から聞こえてくる。

 

 

「俺は男同士の恋愛がどんなものなのか想像すらできないけど...さ」

 

「僕も女の人と恋愛したことが分からない。

...ふっ。

こんな会話、ずっと前にしたことあるな。

入社したばかりに」

 

「覚えてるよ。

ユノ君は男も女も関係なく、何の抵抗もなく恋愛できてしまってる子なんだな」

 

チャンミンは以前、男と恋愛することとはどういうことなのか、ユノに脅しをかけたことがあった。

 

その時ユノは、『俺は“せんせ”がいいんだ!』と叫んでいた。

 

「あの子自身が、対象の性別にこだわっていないんだ。

...っていうと、バイみたいだけど、その辺はよく分からない」

 

「バイではないような気がする、なんとなく」

 

「じゃあ、俺は先に戻ってる。

俺の教習車、午後から車検に出すんだ」

 

「ああ」

 

「2週間も経っていないのに、な~にウジウジしてるんだ?」と、Kはチャンミンの肩を突いた。

 

「チャンミンの方こそ、経験値を利用してガンガンにリードしてやれよ。

『女より男の方がいいだろ?』精神でさ?」

 

「なっ!」

 

「女に遠慮していないで ガンガンに『男』で攻めていけよ。

じゃあな」

 

「K!」

 

ドアを閉めかけたKを、チャンミンは呼び止めた。

 

「僕...どうしたら?」

 

Kは呆れ顔で答えた。

 

「気になってることを、ユノ君に質問してみればいいじゃないか?

簡単なことだろ?」

 

「いや...だって、こんなちっぽけなことを気にしているなんて、軽蔑されるかも。

器の狭い男だって...」

 

「ユノ君はチャンミンにべた惚れだから、軽蔑するとかってことはあり得ないと思うけど?

とにかく!

チャンミンがひっかかっているものの正体を整理してみな」

 

「わかった」

 

チャンミンはやっと、笑顔を見せた。

 

「あ~あ、全く。

30のおっさんたちが、お昼休みに恋の相談だぞ?

普通するか~?

くくっ...可愛らしいことで」

 

「わ、悪かったな!」

 

「いいさ。

そういう可愛らしいところがチャンミンにある、ってこと。

チャンミンのおかげで俺も若返るわ」

 

Kは笑いながら監視棟を出て行った。

 

「......」

 

Kが去り、ドアが閉まったのを合図に、止まっていた箸を動かし始めた。

 

モヤモヤ気分で弁当を食べる羽目になった原因を、チャンミンはもぐもぐ咀嚼しながら考えた。

 

(僕の心をチクチク刺している最も大きな棘は...嫉妬心だ。

女の子に嫉妬している!)

 

箸が止まった。

 

(Kの言う通り、ウジウジしていないでユノさんを押し倒そう!

身体の繋がりで心の不安を打ち消そうとするのはズルいけれど、綺麗ごとを言っていられない。

決行は明日!)

 

(つづく)

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