(23)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

午後。

 

この日、学科教習を1時限受け持てば、早上がりのチャンミンはこれにて勤務終了となる。

 

終了チャイムが鳴り響き、チャンミンが第1教室を出た時、ちょうど隣の教室から出てきたU君と顔を合わせた。

 

「チャンミン先生、こんにちは~」

 

今日もU君は風変わりなファッションをしている(股の位置が膝辺りにあるだぶだぶのパンツ...いわゆるボンタンズボンにTシャツ、その上に花柄のベストを重ねている。さらに、大玉の数珠状ネックレスをぶらさげている)

 

チャンミンは、「どこがいいのか分からない...。古着屋で目をつむって選んだ洋服を着たかのような...」と、「Uさん、こんにちは」と挨拶を返しながら思った。

 

「U君はこれから帰り?」

 

「いえ。

キャンセル待ちが出ないか待ってみようと思います。

構いませんよね?」

 

U君はチャンミンの受け持ち教習生だが、全てチャンミンのスケジュールに合わせる必要はなく、空車があれば他の指導員の教習を受けてよいのだ。

 

「もちろん。

早く卒業したいですよね」

 

チャンミンの脳裏に、ひとつの考えが浮かんだ。

 

「U君。

1時間でよければ、僕が教習するよ」

 

「いいんですか!?」

 

「ええ。

1時間だけですけど」

 

チャンミンの本日の勤務はこれで終了のはずだったが、「1時間残業して、その分をどこかで代休で取ればいい」と、頭の中で素早く計算していた。

 

そして、自分に言い聞かせる。

 

(これはU君を特別扱いしてるわけじゃない!

明後日の教習の振替だと思えばいいんだ)

 

ユノのこととなると、「どの教習生も平等に」のモットーがグラグラになってしまうのだった。

 

公私混同甚だしい自分に呆れてしまうし、ひとり反省会で悶々と自身を責めるだろう。

 

さらに、過去の言動を振り返るあまりに、くるりと360度、結局元の場所に戻ってしまうチャンミンだ。

 

だから今のように、開き直ってしまう狡さを発動できるようになったのは、新しい恋人のおかげである。

 

 

チャンミンがなぜ、U君の実車教習をしたがったのか。

 

Kとの会話のおかげで、こんがらかっていた悩みの糸も少しはほぐすことができたが、根本的な解決には至っていない。

 

知りたくないことだから、敢えてもっと知りたい。

 

疼く傷口は、ツンツンいじってみたくなる。

 

チャンミンは、花火大会に行った時のユノの様子を、U君に訊ねたくて仕方がなかった。

 

今日のU君は、周回コースとS字、クランクコースを延々と走るだけという教習内容だった。

 

U君の運転センスは抜群で、一度指導すればすぐにマスターしてしまい、教習時間の大半は復習だけで消費された。

(「U君には無免許で車を乗り回していた経験があるのでは?と」、チャンミンは疑っていた。しかし、U君のハイセンス過ぎるファッションはヤンキー色から程遠いため、その疑いは忘れることにした)

 

場内をぐるぐると周回し続ける教習車の中で、おしゃべり好きなU君は子供の頃に負った怪我の話題を滔々としている。

 

唐突にユノの話題を出すのは 不自然過ぎた。

 

(大学とか、夏のイベントとか、恋愛とか...早く、そういう話題になってくれ!)

 

通常のチャンミンは、交通ルールやマナー、運転テクニック以外の話題は相手にしないが、今は「くそくらえ」だ。

 

(ユノの話題を出しても不自然にならない、とっかかりが欲しい!)

 

「U君は何人家族なのですか?」

 

「両親と僕と弟の4人です。

弟はまだ中学生です」

 

「そうなんですか」

 

チャンミンは頭の中で、ゴールである花火大会の話題にたどり着くまでのルートを計算した。

 

(家族ネタからどう誘導してゆけば...)

 

「Uさんのご実家はどちらにあるのですか?」

 

「すぐ近所です」

 

「えっ!?」

 

「実家暮らしなんですよ、悲しいかな。

一人暮らし、憧れますよね~」

 

(よっしゃ!)

 

ひとり暮らしをしているユノの話題への道筋が立ち、チャンミンは心の中でガッツポーズをした。

 

「Uさんのお友達たちは、ひとり暮らし率は高めですか?」

 

「半々ですかね」

 

「溜まり場になっちゃってる子の部屋もあるでしょう?」

 

人当たりのよいユノのことだから、彼の部屋は訪れる友人たちで賑やかなイメージがあった。

 

「ありますあります」

 

「そういえば!」

 

たった今思い出したかのように、チャンミンは手を打った。

 

「ユノさんは?

確かユノさんは独り暮らしをしている、と話していました。

彼の部屋なんかたまり場になっていそうですね。

人懐っこい方でしたし。

...次は坂道発進してみましょう」

 

「ユノは一緒に居て楽しい奴ですからね」

 

「ええ」

 

(ユノはウンウンエンジン音を吹かしていたなぁ。

エンストなんてしょっちゅうだったし、何度補助ブレーキを踏んだことか)

 

U君は「ふふふ」と思い出し笑いをするチャンミンを横目に、「先生にとってよほどユノは印象深い生徒だったんだなぁ」とぼんやり思う。

 

「ユノは運転、上手かったでしょ?」

 

「え゛?」

 

チャンミンは不意打ちの地雷に近い質問に、「はい」と即答しそうになってヒヤッとした。

 

ユノの運転テクニックを問われたチャンミンは、きっかり1秒間フリーズした。

 

半泣きのユノとの教習光景を思い出して、「苦戦を強いられた教習生でした」と答えそうになったが、恋人のマイナス点を挙げるわけにはいかない。

 

だからと言ってチャンミンは、話を振られて直ぐにすらすら嘘が言えるほどの器用さを持ち合わせていない。

 

「え、ええ。

お手本通りの運転ができる方でしたね」

 

落ちこぼれ教習生だったが、卒業検定で満点を叩き出したユノだ。

 

(嘘はついていない)

 

「そうだろうなぁ...あいつは優秀だから」

 

チャンミンは恋人を褒められて、こそばゆい気持ちが溢れ出しそうになり、ニヤついてしまうのをぐっと堪えた。

 

U君は難なく坂道発進をクリアすると、坂を下り停止線ぴったりに停車して左右確認、そして滑らかに発車した。

 

 

(つづく)

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