「誘いの全てを跳ね退けてしまったら、ユノの交友関係にヒビを入れてしまう可能性があるなぁ、って思ったんだ。
『断りなさい!』と強制できない。
だってお前...友達とワイワイやるのも好きな方だろ?」
「う...ん。
まあな」
社交的なユノは、友人知人は多い方だった(自宅にまで上がり込んで、共に冷やし中華を調理するまでの仲はまるちゃんだけだが...)
まるちゃんの指摘通り、チャンミンに夢中になって以来、友人たちとの付き合いが二の次になっていた。
大学バイトチャンミン、バイトチャンミン大学、チャンミン大学バイト...この3つを行き来するだけの生活が、数カ月続いている。
友人からの誘いを断り続けるものだから、「付き合いが悪い」と文句を言われっぱなしだった。
花火大会という名の合コンについても「たまには顔を出してやらないと」と、放置してきた野郎友だちへの罪滅ぼしの意味もあった。
軽はずみにホイホイと参加したわけではないのだ。
まるちゃんが卵焼きを短冊切りする隣で、ユノは中華麺を皿に盛りつけた。
「それってさ、『恋人と友人、どっちが大事?』って話じゃねぇの?
ほら。
彼女がさ、男友達と遊んでばっかの彼氏に問い詰める典型的なやつさ。
『せんせと友だち、どっちを大事?』ってことを、まるちゃんは問題にしてるのか?」
「違う」
「違う?」
2人は冷やし中華をコタツに運ぶと、「いただきます」と手を合わせた。
ずるずると麺をすする音がしばらく続いた。
「まるちゃんの言いたいこと、俺には理解できん。
恋人の方を優先しろ、っていう話じゃねぇの?」
「違う。
デキる男とは、そのどちらでもない。
3つ目の選択肢があるわけさ」
ユノはまるちゃんの皿からキュウリを奪っては口に運んだ。
「その3つ目って何なのさ?」
「恋人も友人も両方大事にするんだ。
...その両方ともいない俺が言うのもなんだが」
「え~。
俺って『友人』じゃないんだ?」
「ユノは親友」
照れもせず、さらっと言うまるちゃん。
「どうも」
ユノも平然としている。
「友人関係重視でいくか恋人関係重視でいくのか...どちらに重心を置くべきかを決めることではないってこと。
友だちと一緒に遊べばいいし、恋人と会いまくるのもよし」
まるちゃんは皿の底に残った麺をきれいにさらった。
「両方の誘いに全部応えるってこと?
両方にいい顔しろってこと?
それが『いい男』?
どこが?」
(人付き合いの仕方が、せんせと出逢う前の俺と変わらないじゃないか)
ユノは複雑な表情をしている。
予定が空いていれば広く浅く、男女問わず誘いにのってきたユノだったからだ。
「これまでのユノでいいんだよ」
「?」
「『これまで』って言うのは、先生と会う前のユノのことだぞ。
ユノはいろんな奴らとそれなりに付き合ってきたじゃん」
「まあね」
「ユノは無理してる感じはないし、俺はいつも感心してたんだ。
バランスとるのがうまいんだよ。
多分、先約があった時、うまいこと断ってたと思うんだ。
そうじゃね?」
ユノはチャンミンを知る前の交友関係を思い出してみた。
相手が嫌な思いをしないよう、上手に断り、上手に嘘をつき、上手に代替案を挙げて、人間関係を壊さずにこられた。
チャンミンと出逢ってから、ユノの行動パターンが変わったのだ。
「もともとバランスよかったのに、先生を知って以来ユノのバランス感覚はガタガタだ。
先生が一番大事。
でも、友だち付き合いもそろそろ、見直さなきゃならない」
「そうだな...。
半年近く、せんせだけに意識を向けていた。
例の花火大会に誘われた時、友達の存在を思い出してさ。
女の子がいるから嫌だったけど、『友達付き合いも復活せんと駄目だ』って思ってさ」
「一方的に責めてしまって悪かった」
まるちゃんが洗って濯いだ食器を、ユノはフキンで拭いてシンク下に収納した。
「謝らなくていいさ」
ユノはモテる男だが、恋愛の達人とまでは言えなかった。
まるちゃんは「同性との恋愛は初というから、高度なバランス感覚をユノに求めるのは早計なんだけど...」と思った。
「先生を裏切るようなことはしたらいけない。
でも、どーしても断れない誘いもある。
その誘いが先生には内緒にした方がいいような内容だった時、どうすればいい?」
ユノは昨日の花火大会と、迎えに来たチャンミンの笑顔を思い出した。
「『内緒ごとは徹底的に隠し通せ』ってことか?」
「そういうこと。
追加すると、嘘がバレそうになった時に備えて、フォローする嘘も用意しておけよ、ってこと。
先生を傷つけないために、うまいこと立ち回れるような『デキる男』にならないとあかん、ってことさ」
滔々と話すまるちゃんを、ユノは「あのさ~」と遮った。
「まるちゃんが言ってること、めっちゃ当たり前の話じゃね?
俺だって知ってるさ」
まるちゃんは、「ふん」と鼻を鳴らした。
「当たり前なことが難しいんだよ。
無防備にほいほいと出掛けやがって。
今回のことだって先生が気付かなくて幸いだったな。
いつどこでバレるか分からないんだぞ?
ちゃんと言い訳を...先生を傷つけない言い訳を考えておけよ」
(つづく)
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