(10)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

 

「どうしてですか!?」

 

「こういうの...今夜は止めておきましょう」

 

ユノの顎を押しのけたチャンミンの力は案外強く、ユノは傷ついた気分で顎をさすった。

 

「なんで?」

 

「今は駄目です」

 

「なんでですか?」

 

掴まれた両肩が自由になったためチャンミンは起き上がり、唇の端に付いたデミグラスソースを手の甲で拭った。

 

「『恋人ができれば、裸で抱き合いたいと望む男です』って言ってたのは‘せんせ’じゃん」

 

「覚えてましたか?」

 

「忘れられるわけないっすよ」

 

「そうですね。

ユノさんを煽るようなことを言ったのは僕でした。

あの時はあなたを傷つけてしまいましたね」

 

不貞腐れて頭をくしゃくしゃ掻くユノに、チャンミンはなだめるように言った。

 

「ユノさんは知っているかどうか...。

アソコには直ぐに挿れることは出来ないのです。

そのぉ...慣らさないといけなのです」

 

「ならす?」

 

男女間でも行われているプレイのひとつではあるが、その経験がないユノには知識が足りないことも多い。

 

きょとんとしたユノを前に、チャンミンは「無知なユノに呆れた顔をしたらいけない。彼を傷つけてしまう」と、表情に気をつけた。

 

「あそこはアレを挿れるには、とても狭いのです。

だから、前もって拡げておかないと...」

 

「そうなんすか!?」

 

ユノのきょとんとしていた表情がふむふむと、まるで教習中のような真剣なものに変化した。

 

「そりゃそうですよ。

普通はこれくらいの狭さです」

 

と言いながら、チャンミンは指で輪っかを作ってみせた。

 

丸めた指の間には隙間はない。

 

「これを最低でもこれくらい拡げないと」

と、チャンミンは輪っかをひと回り大きくした。

 

「拡げるには時間がかかります」

 

「拡げないと?」

 

「‘ぢ’になります」

 

ユノの顔がゆがんだ。

 

「でも...せんせはその~、あの~...経験があるんでしょ?

挿れられる側だって、言ってたじゃないっすか?」

 

自分で言っておきながら、チャンミンの顔がボンっと真っ赤になった。

 

「そうでしたね」

 

毎日のように慰めている後ろ...いつでも受け入れることが出来るのに、「今すぐはできない」と断ってしまったチャンミン。

 

ユノには、花火大会という名の合コンに参加したかもしれない疑惑がある。

 

(疑惑が晴れないまま、ユノに抱かれるのはなぁ...イヤだ。

それからもうひとつ、心配なことがある。

いざ、僕の身体を目の当たりにした時、それまでイキっていたユノのものがしぼんでしまったら...!

しぼんでしまったことに焦るユノを目にしたら...男である自分が嫌になる)

 

自信喪失してしまう心情を想像してみて、チャンミンは心の中で青ざめるのだ。

 

恋にのめり込むハズのチャンミン、今回の恋はいつもの調子になれずにいる。

 

(不安の根源はユノがノンケであることだ。

それから、年の差!

ちっぽけなことを気にしてしまう僕を、嫉妬深く心が狭い奴だと、いつ軽蔑されてもおかしくない!)

 

ユノとチャンミンは分かったことがある。

 

「自分たちの間には、まだまだ距離がある」ことを。

 

チャンミンの場合、ゲイである自分と付き合わせてしまっているユノへの負い目が作っている距離だ。

 

そしてユノは、チャンミンが負い目を抱いていることに気づいている。

 

ところが、どういう言動がチャンミンを傷つけてしまうのか分からず、まるちゃんに教えを請わないといけない自分を情けなく思っていた。

 

(ひとつ分かったのは、女子がらみのことはNGだということだ)

 

涙付きでドラマティックに結ばれた2人だが、交際スタートしてみたら現実はぎこちないものだった。

 

特に、「先生と生徒」の関係であったから、普段着の付き合い方がイマイチよく分からないのだ。

 

ユノはユノなりに、チャンミンと過ごす時間を増やそうと、積極的になってはいるのだが...。

 

ユノの懐っこさは真のものなのか、それとも自分を気遣っているのか、どちらなのかはかれずチャンミンはモヤモヤしていた。

 

...浴衣女子の手をひき、鼻緒で血がにじむ小さな白い足、彼女をおんぶしてやったり、イチゴ飴を仲良く2人で...。

 

(きき~~~!)

 

心の中で、チャンミンはバリバリと頭をかきむしっていた。

 

チャンミンの想像の暴走は止まらないのだった。

 

「せんせ、すんません。

俺、気が急いちゃって...」

 

「いえいえ。

僕も驚いてしまって...。

今夜は体調があまりよくなかっただけです。

だから、ユノさんが嫌、とかじゃないのです」

 

そう言ってチャンミンは、しゅんと肩を落とすユノを慰めた。

 

「それなら、いいんすけど」

 

「今夜が『駄目』というだけですから。

ね?

元気出してください」

 

「はい」とユノは頷くと、勢いよく立ち上がった。

 

「せんせ、トイレ借ります」

 

「どうぞ」

 

 

トイレのドアが閉まる音と共に、ユノは深いため息をついた。

 

(はあぁ...。

どうしよう)

 

ユノはショックを受けていた。

 

それは、チャンミンを押し倒した時の自分の感情と身体の変化についてだ。

 

(あれは勢いでしかなかった。

モヤモヤ消えるかもなんて、ちょっと思ってしまった。

もぐもぐせんせが可愛かったってのもあるけど)

 

ユノは便座に腰掛けた。

 

(途中でフリーズしてしまったのは、こういうことなんだ。

せんせを前に勃つだろうか?

ちらっと不安がよぎったからなんだ)

 

「......」

 

便座シートに蓋カバー、ペーパーホルダーカバーにマット...すべてにバンビのシルエットがプリントされている。

 

(めっちゃ可愛いんですけど)

 

ユノは清潔そうなトイレの個室内を見回した。

 

(勃つかどうかを今は心配しなくていい。

その時はその時だ。

その時になれば、勃つ!

ゲイ同士じゃなくてもアレする奴らはいる、ってどこかで聞いたことがある)

 

自信を取り戻したユノは用をたし、手を洗おうと洗面所まで移動した。

 

(トイレも洗面所も何度か借りたことがある為、動線は覚えている)

 

(さっすが、せんせ)

 

洗濯機に洗い物が山になどなっていないし、鏡に歯磨き粉が飛び散った跡のない、几帳面らしい洗面所。

 

ユノの視線が洗面台に映った時、彼の切れ長の目が大きく見開かれた。

 

「!!!!」

 

そこでユノが見つけたものと言えば...!

 

(これって、これって...!!)

 

 

(つづく)

 

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