自動車学校とは指導員にとって出会いの多い場だ。
週に1度行われる入校式の度、1~3人の担当教習生が新たに加わる。
チャンミンが勤めている自動車学校では、男女関係トラブルを避けるため、男性教習生には男性指導員を、女性教習生には女性指導員が担当するルールになっている。
この週の入校式では、チャンミンに1人の教習生がついた。
20歳男子の大学生U君だ。
ルックスは中の中だが、ファッション雑誌から抜け出したかのように、お洒落上級者だった。
(そのセンスはエッヂがきき過ぎていた。
U君の開襟シャツの袖口がほころびており、裾も擦り切れているように見えた。
『この子は経済的に苦労しているのかな』と、心配してしまったチャンミンだった)
(へぇ...ユノと同じ大学なんだ)
たったそれだけで、ユノと繋がっている感がしてチャンミンの気分が上がるのだった。
・
今日はU君の実車教習第2時限目。
U君は、ユノとは別のタイプのおしゃべりな男子学生だった。
(もしかしたらU君は、ユノのことを知っているかもしれない)
2人は同じ大学に通っている...共通項を見つけたチャンミンは、ユノの違う顔を知りたくなった。
第3者の口から聞かされる恋人情報...こそばゆく、恋人のことがもっと好きになったりもして。
普段、滅多に教習生と雑談をしないチャンミンなのに「つい少し前まで、僕の担当にユノさんという子がいたのですが...」と、U君に話を振った。
「U君はまさか、僕とユノが恋人同士だなんて想像つかないだろうな」と、くすぐったい気持ちになった。
「Uさんと同じ学校の学生なのですが...?」
U君は助手席のチャンミンを向いて、目を丸くしている。
(彼はユノと違って、運転センスが抜群によかった)
「ユノ!?
俺の友だちですよ!」
「ホントですか!」
教習中であることを忘れ、チャンミンの興奮ボルテージが一気に上がった。
「Uさん、よそ見運転になってますよ」
「あー、はいはい」
チャンミンにはうすうす気づいていたことがあった。
ユノほど口うるさく指導をしていた教習生が、これまでいなかったということに。
(キング・オブ・下手っぴ...)
教習生ごとに差はつけないモットーでいたくせに、ユノが卒業してしまった今になって、彼にだけ手厳しい指導になっていたことに気づいたのだ。
今の場合など、「ユノさん!僕ら2人ともあの世ゆきですよ?」と、冷たく言い放っていただろう。
指導においてユノだけを贔屓してはいけない、と意識し過ぎた結果である。
「あいつ。
カッコいい奴でしょ?」
「ええ、そうですね。
イケメンでしたね」
恋人を褒められて、チャンミンは嬉しかった。
「でも、自分のカッコよさに気づいてないんですよ、あいつ」
「そうだろうなぁ」と、チャンミンは思った。
(ユノはそんな感じの男だ。
自分がどれだけいい男なのかを自覚しているのなら、わざわざ僕を好きになるはずがない)
ユノの学生の顔はもちろん、プライベートについても、まだまだ知らないことばかりだ。
「あれだけのイケメンだったら...やっぱり、モテますよね?」
まずは、一番気になっていることを訊ねた。
「そりゃモテますよ」
U君はさらりと認めた。
(!!!)
「...そうですか。
ですよね...」
「ですよ~」
教習車は場内コースを出、車庫前の乗降場所で停車した。
その直後、車庫に取り付けたスピーカーから教習終了のチャイムが鳴り響いた。
「お疲れ様です。
Uさんはこの調子で頑張ってください」
チャンミンはスタンプを押すと、教習簿をU君に手渡した。
「そうだ!
昨日だっけな、ユノと遊びましたよ」
「へぇ...」
(昨日といえば、花火大会で渋滞に巻き込まれてしまった日だ)
「一緒に遊ぶの、凄い久しぶりだったんですよ。
あいつ、ずーっと付き合いが悪かったから」
U君の言う事は、チャンミンにとって身に覚えがあった。
「僕と出会ってからのユノは、ずっと僕にかかりっきりだったから...」と、申し訳ない気持ちになった。
U君はバッグからスマートフォンを取り出し、すらすらと操作をすると、チャンミンに差し出した。
「花火大会に行ってきたんですけど...」
「花火大会...?」
「☓○川のやつです」
このところ、チャンミンの頭の中は来週の花火大会で占められていたため、昨日の花火大会の話を出されてもピンとこない。
「そんときの写真です。
SNSにあげました」
浴衣姿の女子3人、4人いる男子のうち1人はU君、もう1人はユノだった。
「男4人は同じ学校。
女の子たちは××短大の子です。
それなのに、ユノの奴、途中で行方不明。
後ろを振り向いたらいないの」と、U君は笑った。
チャンミンは、喉が詰まったかのように息苦しくなった。
「先生?」
スマホ画面が滲んでくるし、耳鳴りがし始めた。
様子のおかしいチャンミンを呼ぶU君の声が聞こえない。
(女子!?
それって合コンじゃないか!?)
真っ青な顔色をして黙り込んでしまったチャンミン。
「先生...どうかしたんですか?」
ショック状態から回復するにつれ、徐々にU君の声が耳に届いててきた。
「あっ...すみません。
写真、ありがとうございます。
皆さん、楽しそうですね。
次の教習が始まってしまいますね」
校舎に戻るU君の後ろ姿を眺めながら、チャンミンはぼんやりとしていた。
ワクワクとした気分は一瞬でしぼんでしまっていた。
(つづく)
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