ユノとチャンミンは分かってしまった。
「自分たちの間には、まだまだ距離がある」ことを。
チャンミンの場合、ゲイである自分と付き合わせてしまっているユノへの負い目が作っている距離だ。
そしてユノは、チャンミンが負い目を抱いていることに気づいている。
ところが、どういう言動がチャンミンを傷つけてしまうのか分からず、まるちゃんに教えを請わないといけない自分を情けなく思っていた。
(ひとつ分かったのは、女子がらみのことはNGだということだ)
涙付きでドラマティックに結ばれた2人だが、交際スタートしてみたら現実はぎこちないものだった。
特に、「先生と生徒」の関係であったから、普段着の付き合い方がイマイチよく分からないのだ。
ユノはユノなりに、チャンミンと過ごす時間を増やそうと、積極的になってはいるのだが...。
ユノの懐っこさは真のものなのか、それとも自分を気遣っているのか、どちらなのかはかれずチャンミンはモヤモヤしていた。
...浴衣女子の手をひき、鼻緒で血がにじむ小さな白い足、彼女をおんぶしてやったり、イチゴ飴を仲良く2人で...。
(きき~~~!)
心の中で、チャンミンはバリバリと頭をかきむしっていた。
チャンミンの想像の暴走は止まらないのだった。
・
「せんせ、すんません。
俺、気が急いちゃって...」
「いえいえ。
僕も驚いてしまって...。
今夜は体調があまりよくなかっただけです。
だから、ユノさんが嫌、とかじゃないのです」
そう言ってチャンミンは、しゅんと肩を落とすユノを慰めた。
「それなら、いいんすけど」
「今夜が『駄目』というだけですから。
ね?
元気出してください」
「はい」とユノは頷くと、勢いよく立ち上がった。
「せんせ、トイレ借ります」
「どうぞ」
・
トイレのドアが閉まる音と共に、ユノは深いため息をついた。
(はあぁ...。
どうしよう)
ユノはショックを受けていた。
それはチャンミンを押し倒した時の、自分の感情と身体の変化についてだ。
(あれは勢いでしかなかった。
モヤモヤ消えるかもなんて、ちょっと思ってしまった。
もぐもぐせんせが可愛かったってのもあるけど)
ユノは便座に腰掛けた。
(途中でフリーズしてしまったのは、こういうことなんだ。
せんせを前に勃つだろうか?
ちらっと不安がよぎったからなんだ)
「......」
便座シートに蓋カバー、ペーパーホルダーカバーにマット...すべてにバンビのシルエットがプリントされている。
(めっちゃ可愛いんですけど)
ユノは清潔そうなトイレの個室内を見回した。
(勃つかどうかを今は心配しなくていい。
その時はその時だ。
その時になれば、勃つ!
ゲイ同士じゃなくてもアレする奴らはいる、ってどこかで聞いたことがある)
自信を取り戻したユノは用をたし、手を洗おうと洗面所まで移動した(トイレも洗面所も何度か借りたことがある為、動線は覚えている)
(さっすが、せんせ)
洗濯機に洗い物が山になどなっていないし、鏡に歯磨き粉が飛び散った跡のない、几帳面らしい洗面所。
ユノの視線が洗面台に映った時、彼の切れ長の目が大きく見開かれた。
「!!!!」
そこでユノが見つけたものと言えば...!
(これって、これって...!!)
ユノはゴクリと唾を飲みこんだ。
(初めて見る)
ユノの視線を釘付けにしたものとは、いわゆる『大人の玩具』だ。
几帳面かつ清潔好きのチャンミンにより綺麗に洗浄された玩具が、洗面ボウルの縁に置かれていた。
直置きせず、玩具の下にきちんとタオルが敷かれている。
「......」
形状はグロテスクだが、透明でピンク色をしているため、ぱっと見はいかがわしい物だと分かりにくい。
(なるほどね。
せんせは...これを使ってるんだよな)
チャンミンが裸のお尻を突き出して、そのピンク色のものを埋めている姿を想像した。
(せんせは挿れられる側だって言ってたけど...。
俺のMAXサイズよりデカくね?)
まじまじと眺めることすでに1分以上。
そしてユノは気づく...これを発見してしまったがために、面倒な状況に立たされていることに...。
(やべやべ、どうしよう!
せんせは絶対に、ここにブツを置きっぱにしてること忘れてるんだろう。
後になって、俺に見られたことを知ったとき、せんせ、恥ずかしいだろうなぁ...。
穴が合ったら入りたい、ってやつ?
せんせの場合、穴に入ったまま永遠に出てこなかったりして)
ユノはじわりと額にうかんだ玉の汗を拭った。
さっさと手を洗ってチャンミンの元へ戻るべきなのに、好奇心を押されられないユノの手はそろりと、ピンク色のブツへと伸ばされた。
(よくこんな物が入るよなぁ~)
持ち手のところにスライド式のスイッチがあり、『バイブ』『ウェーブ』『バイブ+ウェーブ、一番端が『MAX』とあった。
ユノの親指がスイッチにかかった時...。
「ユノさん?」
リビングの方から名前を呼ばれて、ユノは飛び上がった。
水洗の音の後、一向に戻ってこないユノを心配してチャンミンが声をかけたのだ。
「は~い」と、とりあえず良い返事をしておく。
「タオルはありますか?」
「え~っと」
洗面シンク下のタオルハンガーは空だった。
この時チャンミンは、洗面所に“ブツ”を放置していたことを完全に失念していた。
ユノの花火大会という名の、合コン参加疑惑に気をとられていたせいだ。
「ユノさん?」
洗面所の様子をうかがいに、チャンミンは立ち上がった。
(つづく)
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