次の教習開始まであと8分。
(何を話そうか?
え~っと、ユノに質問したいことは何かな?
何かないかな?
何か面白いネタはないかな?)
チャンミンは頭フル回転で話題を探す。
ユノが卒業してしまった今、2人の間にこれといった話題がないのは事実なのだ。
ここに12歳の年齢差も加わるので、話題探しに脳内を奔走することになる。
実際彼らの場合、どんな話も面白いネタとなり、ポンポンと会話が弾む相性のよさがあるのだが、チャンミンはそれに気づけていない(同様にユノも)
『ユノさんは、何してますか?』
「俺っすか?
今...歩いてます」
『でしょうね』
ユノの乱れた呼吸が、チャンミンのスマホの受話口から聞こえてくる。
「せんせ、もうすぐ休み時間、終わるんじゃないすか?」
チャンミンは腕時計に目をやった。
「そうした方がいいっす。
ちょっと早いけど、切った方がいいですよね?」
『......』
「せんせ...あの...」
『はい、何でしょう?』
「来週の約束...すげぇ楽しみっす」
『ぼ、僕も...。
...楽しみです』
「楽しみです」の部分は消え入りそうだったため、チャンミンは「楽しみです!」と、ボリュームを上げて言い直した。
「せんせからそう言ってもらえると、ますます楽しみになってくるっす。
あ...。
もう切ります。
せんせも次の教習の用意もあるでしょうから...」
『えぇっ!?
もう?』
そのまま、電話を切ってしまいそうなユノの言いぶりに、チャンミンは慌てた。
今夜の約束をしないまま電話を切ってしまうのは寂しかったのだ(自らは誘わないという...)
『まだ...6分あります』
「そうすけど。
ホントに大丈夫っすか?」
ユノは我慢していた。
本日の教習もあと1時限、時刻はまだ20時で、仕事終わりのチャンミンと途中で落ち合うことも可能だ。
しかしユノは、恋人が『社会人』であることを、異常なまでに特別視していた。
(せんせは仕事でお疲れなんだ。
お気楽大学生の俺のペースを求めたらいけない!)
学生気分でホイホイと社会人を振り回したらいけないと、お利口さんモードを心がけていた。
数カ月近く「好き好き」アピールをしてきたのにもかかわらず、いざ夢が叶ってみると、どう関わり合ったらいいのか途方にくれてしまったユノであった。
(せんせの邪魔をしたらいけない。
ガキ臭く我が儘言うとか、絶対にNOだ!)
「切りますね。
せんせも...」
その直後、ユノの背後彼方でパッと閃光がひらめいた。
振り向く間もなく、ドーンと轟音が鳴り響いた。
(花火だ...)
街の人工照明で空の裾はぼんやり明るいが、花火の明るさの方が断然勝っており、目が眩んで夜空が見えなくなった。
超高層ビルはない地方都市。
丸ごとの花火が建物の輪郭をくっきり照らし出した。
(わあ...)
『その音は何ですか?』
「あ゛っ...」
ユノはチャンミンの問いかけにギクリとした。
これは、後ろめたいと思っている証拠だ。
チャンミンと電話中であることを一瞬忘れ、花火に感動してしまいそうになっていた。
自分は今、チャンミンに内緒で花火大会に来ていることを今さら思い出したのだ。
花火会場はユノの家からも大学、自動車学校からも、遠く離れたところにあり、これほどの大音量の花火の音は聞こえるはずはない。
つまり、ユノは現在、花火会場の近くに居るということ。
花火はボンボン打ち上げられ、とても誤魔化せるものではない。
「えーっと...」
嘘はいけないと思い、ユノは「花火大会に来てるんす」と答えた。
『1人で行っちゃうほど、花火を見に行きたかったんですか?』
「そう!」
(ちょっとだけ違うけど、認めてしまえ!)
「そんな感じです」
『よほど行きたかったんですね』
疑いをもたないチャンミンに、「せんせ、ごめん」と心の内で謝った。
『お友達と一緒じゃなくて、“1人”なんですか?』
チャンミンにしてみたら、若者がたった1人で花火を見に行くことが珍しいと思っただけなのだが、ユノの耳には念を押したように聞こえてしまった。
後ろめたい気持ちがあった証拠である。
ユノは考える。
(今はひとりでいるし、そもそもあの集まりには俺はほとんど参加していなかった。
あいつらの後ろを付いて歩いただけだったから...)
「はい、1人っす」
『そうですか...。
今夜、一緒に行かれなくてすみませんでした』
「いや!
謝らないでくださいよ。
仕事なんすから」
本来の予定では、今夜の花火大会はチャンミンと行くはずだったのだ。
チャンミンの同僚Kが夏風邪をひいてしまったため、チャンミンがKのシフトを受け持ったのだ。
「来週の予行演習のつもりっす。
せんせと夜店で何を食べようかなぁ、とか。
下見っす。
来週の会場とは場所が違いますけどね、あは」
ユノの可愛い行動に、チャンミンの心はキュンとする。
「じゃあね、せんせ。
お仕事頑張ってください」
『はい。
ユノさんも、気を付けて帰ってくださいね』
「はい」
通話を切るなり、ユノのスマホは着信音を鳴らした。
「あっれ~、せんせ?
どうしたんすか?」
相手はチャンミンだった。
『忘れ物をしました』
「忘れ物...?」
すぅっと息を吸う音が聞こえる。
『今夜、会いませんか?』
「せんせ...」
『仕事の後、会いましょう』
思いがけないお誘いに、ユノは心の内で号泣していた。
(せんせ、好きぃ~~~~!!)
(つづく)
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