(5)チャンミンせんせといちご飴

 

(ユノに触れたい...でも、触れるまでに勇気がいる。

少しでも触れるだけで、ドキドキしてしまう。

まるで、思春期の気持ちになる。

どうしてだろう。

押し倒したいのに躊躇してしまう。

あの頃の僕は、どうだったかなぁ...。

クラスメイトのノンケの男子が好きだった...

騎馬戦で、僕は騎手で彼は騎馬役だった...僕の股間に彼の腕があって...むずむずしてしまって...反応してしまいそうになって...。

でも、隠さないといけなかった。

...なぜなら彼はノンケだったから...。

僕が男が好きな奴だと知らないから。

チャンミン、何を思い出してるんだ!

仕方ないよ。

ユノといると、僕は思春期に戻ってしまうんだ。

だって、ユノは僕がゲイであることを、全然頓着していない男だから。

だから余計に、手を出しずらい。

...でも、身体の欲求には逆らえない。

ユノに触れたい、触りたい。

抱きしめたい抱きしめられたい。

キスしたいされたい。

でも...今は駄目だ。

慌てたら駄目だ)

...と、心の中で葛藤していると、肩を揺さぶられ、自分を呼ぶ声が不意に耳に入ってきた

 

「お~い、せんせ~!

こっちに帰還してきてくださ~い」

 

「はっ!!」

 

チャンミンは我に返った。

 

「せんせったら。

事故りますよ。

運転に集中してくださいよ」

 

ユノは、チャンミンの取り扱いに慣れつつあった。

 

「すみません...」

 

「せんせ、腹減ってません?」

 

「そうですね...そういえば」と、チャンミンは下腹を撫ぜた。

 

(腹が出てきたかもしれない...)

 

2人とも試験に合格したおかげで、チャンミンの胃痛はおさまり、栄養不足気味だったのを取り戻すかのように、食欲が増していた。

 

「減ってますけど...。

ユノさんはどこか寄りたいところはありますか?」

 

「せんせが行きたいところでいいっすよ。

俺はどこでもOKです」

 

「ユノさんが行きたいところにしましょう」

 

「いやいや、俺はせんせについてゆきますって」

 

「僕こそ若者の店は詳しくないので、ユノさんにお任せしたいのです」

 

「俺だって詳しくないっすよ。

ファミレスとかファストフードとか、そういうとこばっかっす」

 

「長い間ハンバーガーを食べていませんねぇ」

 

「ハンバーガーがいいんすか?」

 

「いえ。

ハンバーガーは久しぶりだなぁと思っただけです」

 

「じゃあ、何が食べたいです?

ハンバーガーでもいいっすよ?」

 

「いえ。

ユノさんは何がいいですか?」

 

「せんせが決めてくださいよ。

俺はさっき食べたんでそれほど腹は減ってないんすよ。

せんせ優先です」

 

「困りましたね...」

 

「さっぱり系?

こってり系?

辛い系?」

 

「そうですねぇ...」

 

「せんせって、もしかしてメニューをなかなか決められない系の人です?」

 

「あ...そう...かもしれません」

 

歴代の彼氏たちに、「早く決めろよ!イライラする」と、急かされた時のことを思い出して言った。

「僕は自分で決められないので、ユノさんが決めて欲しいのです。

ユノさんが今、食べたいものは何ですか?」

 

「食べたいもの...何だろ。

う~ん...ホルモン焼き...かなぁ」

 

ユノは祭り屋台の鉄板で、じゅうじゅう油をはじいて焼かれるホルモンを思い出しながら言った。

 

「ホルモン焼き!?」

 

何でもいいと言っておきながら、ヘヴィな料理名が出てきて、チャンミンは焦った。

 

「ホルモン焼きはちょっと...。

もう少し、軽いものが...」

 

「ほ~らね。

やっぱ、せんせ基準がいいんすよ」

 

チャンミンはこっそりと、脇腹をつねってみた。

 

(中年にさしかかった僕...早めに手を打たないとみっともない身体になってしまう。

ユノの若い身体の隣に僕の身体。

裸になった時、ユノはどう思うのだろう?

男の身体である上に、腹が出ている。

ああ!

僕の思考はどうしていつも、エロへと行きついてしまうんだ!)

 

「せんせー?

意識どっかに行っちゃってます?」

 

チャンミンの太ももに、ユノの手が乗せられたのだ。

 

「ひっ!」

「危ねっ!」

 

車はぐらっと一瞬蛇行した。

 

前を走る車に追突しそうになったのを、急ブレーキで回避できた。

 

「び、びっくりした!」

 

「俺の方こそ、びっくりっすよ。

自動車学校の先生が事故起こしてどうするんす?」

 

「すみません...」

 

「せんせ、疲れが溜まってるんっすね?

今夜は真っ直ぐ帰りましょうか?」

 

「は、はい。

そうですね」

 

ユノに触れられた箇所から、ぞくぞくと甘い痺れが件の箇所へと走っていた。

 

(まずい...)

 

チャンミンは、その痺れを反芻させて味わいたいところだったが、件の箇所が反応しそうだった。

 

「はあ...」

 

気を静めようとチャンミンがついた深呼吸を、疲労によるものだと、ユノは受け止めた。

 

「ほらぁ、やっぱり。

なんでしたら、俺、運転変わりましょうか?」

 

「......」

 

「せんせの沈黙...なんかムカつくっす」

 

「運転は昼間にしましょうか?

片側2車線の広い道路で」

 

ユノの眼がすっと、細くなった。

 

「俺の運転は信用ならん、と言いたいのですね」

 

「(そうだけど)違いますよ。

初心者マークが無いから駄目、ってことです」

 

「ふん、そういうことにしておきますよ」

 

その後しばらくの間、チャンミンは運転に専念し、ユノはサイドウィンドウの外の景色を眺めていた。

 

車はユノのアパートへと向かっていった。

 

(つづく)

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