(8)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

翌日。

 

ユノはまるちゃん宅を訪れていた。

 

暑さに耐えかねた2人は肌の露出多めの恰好になり、涼を求めてアイスキャンディーを舐めていた。

 

ちなみに、この2人にBL要素は皆無である。

 

そのアイスキャンディーは歯が折れそうなほど固く、まるちゃんは口内と舌の体温で溶かしつつ時間をかけて、一方ユノは頑丈で真っ白な前歯でかじりついていた。

 

ユノは何の目的をもってここに居るのか。

 

ヲタ活助っ人のためまるちゃんに呼び出されたこともあるが、本命はアレだ。

 

その相談ごとに移る前に、ユノは『今夜、会いませんか?』と初めてチャンミンから誘われたことを惚気た。

 

「でさ、せんせの邪魔をしたらアカンと思って、電話を切ったんだ。

そしたら、直ぐにせんせから電話があって、『忘れ物をした』って言うんだ。

電話で喋ってたのに、忘れ物って何だ?って思うよな?」

 

「へーへー」

 

アイスキャンディーを食べ終えたまるちゃんは、万年コタツに置いたノートPCのディスプレイを睨みつけている。

 

「...あと5分だ。

お前も構えていろよ」

 

「そうだったな」

 

ユノはスマホを操作し、指定のサイトにアクセスした。

 

今日はまるちゃんの推しのキャラクターの7周年記念グッズ発売日だった。

 

(大人気キャラクター、かつ個数限定。

争奪戦間違いなし。

あらかじめログインを済ませておき、発売開始と共にカートに入れる。

アクセスが集中して接続できなくなる前に、決済画面までたどり着きたい。

まるちゃんは当選確率を上げるための要員として、ユノに協力を仰いだのだった)

 

この時のまるちゃんの鋭い眼光といったら!

 

睨まれたら石になるかもしれない。

 

引きこもりでぼんやり暮らしているまるちゃんも、推しごととなると目付きが変わる。

 

その後、ユノのID(無理やり取得させられた)の注文も成功し、まるちゃんはホクホク顔だ。

 

「アイスティでも飲むか?」

「いいね!」

 

まるちゃんは冷蔵庫からアイスティの入ったピッチャーと、食器かごからグラスを2つ取ってユノに手渡した。

 

ユノはガムシロップを3つ入れたアイスティを一気飲みする。

 

「ぷは~、うまいねぇ」

 

「さっきの話の続き。

『忘れ物』って、何だったんだ?」

 

まるちゃんに促され、注文作業の為中断していたユノの惚気話が再開された。

 

「俺を誘うことを『忘れてた』ってことだよ。

『忘れ物』って言っちゃうあたり、大人だよな~」

 

「俺には『キザ』としか思えんけど?」

 

「せんせの悪口は許さん。

せんせはね、ロマンティストなんだって」

 

「あ~。

分かる気がする。

恋人のために一生懸命になっちゃうタイプ」

 

まるちゃんはつい先月、レンタルDVDショップで声をかけてきたチャンミンを思い出して言った。

 

(ユノのバッグを胸で抱きしめちゃったりしてさ)

 

まるちゃんは、ユノの空になったグラスにお代わりを注ぎ足しながら、話の続きを続けるよう目頭で合図した。

 

「仕事帰りのせんせの車に乗って、1時間ほどドライブしたのさ。

どこかに寄るでもなし、ずーっと喋ってた」

 

「ふ~ん」

 

まるちゃんは髭の伸びかけた顎をさすり、「今日こそ髭を剃らねば」と面倒くさいリストに『髭剃り』を加えた。

 

「花火大会で通行止めになってて 花火帰りの人たちで道は大混雑。

全然、前に進まなくて...」

 

「花火大会なんて、あったっけ?」

 

「×〇川のとこのやつ。

夜店が充実しててデートスポットで有名なとこ」

と、ユノは説明したが、外界のイベントごとはまるちゃんの興味の対象外だ。

 

「×〇川って、超遠いとこじゃん。

渋滞するって分かっててそこまで向かったのか?」

 

「車で行くわけないじゃん。

俺がその辺にいたから、仕事帰りのせんせが迎えに来てくれたんだ。

花火は終わってるし、駐車場もなかったから...」

 

「お前、花火観に行ってたわけ?

デートスポットに『1人』でか?

せんせは仕事だったんだろ?」

 

「グループデートに付き合わされていたんだ。

頭数合わせだけどな」

 

マウスをカチカチさせていたまるちゃんの指がピタっと止まった。

 

「...デート?」

 

「グループデート。

4対4の大人数。

引っ張り出されたのに、実際は3対4になってて俺は必要なかった」

 

「野郎だけじゃないのか!?」

 

「そうだけど...。

1対1じゃねーし。

俺は頭数合わせだよ、単なる...」

 

「馬鹿たれ!」

 

まるちゃんに一喝され慣れているユノは、「ひぃっ!」と大袈裟に驚いてみせた。

 

「ふざけんなよ。

ユノ...お前は馬鹿たれだ」

 

「『馬鹿たれ』ってなぁ...ひどい言い方」

 

「ったく。

お前ってのびのびとさせておくと、石橋を渡る手前で爆破しそうな奴だなぁ。

...違うな...石橋すら建設せんかもしれん」

 

「何だそれ?

それって、俺が後先考えずに行動してるって言いたいのか?」

 

「まあ、そんなところだ」

 

「ちっ。

相変わらずまるちゃんは口が悪いぜ」

 

ここで断っておくが、ユノは男女関係について全く疎いわけではない。

 

昨夜の自分の行動が、恋人がいる者としてはあまり褒められたものじゃないこと位、分かっていた。

 

1対1じゃなければ許容範囲内と許す者も、ひと言言葉を交わすのすら許せない者もいたりと、人それぞれである。

 

どの辺りまでが許容範囲なのか、交際2週間のユノには分からなかったこともあり、後ろめたさと悪気のなさの半々といったところだった。

 

「2人きりじゃないからセーフだと思ってるだろ!?」

 

「思ってるさ!

セーフだと思ってたけど...やっぱ...NGだったのかなぁ、と思ったり思わなかったり...」

 

ユノは花火大会会場に居たことをチャンミンに知られて、ヒヤリとしたことを思い出していた。

 

「ユノや~。

お前のそういうスタンスがいけないんだ。

身を滅ぼすぞ」

 

「『身を滅ぼす』ってなぁ...大袈裟だなぁ...」

 

「『せんせ』はそういうのを許しそうじゃないキャラだぞ、きっと」

 

「まるちゃんは、せんせの何を知っているんだよ」

 

ユノはムッとして、キツめの口調で言い返した。

 

「そうさ。

何も知らないよ」

 

言い返してくるかと思ったら、あっさり認めたまるちゃんにユノは拍子抜けしてしまった。

 

「じゃあ、判断基準は何だよ」

 

「第一印象。

レンタル店で会った、って言っただろ?

そんとき、『あ~、なんか束縛きつそうな男だなぁ』って思ったなぁ。

見た目はチャラい奴でも偉そうな奴でもなくて、誠実そうな奴に見えた。

切羽詰まった必死な顔してさ、ユノのバッグを大事そうに持ってんだぞ?

迷子になった5歳の坊やを探してるパパ、みたいな感じ。

ユノのことを子供扱いしてる感じ、っていうの?」

 

「そうさ、俺は子供だよ」

 

ユノは不貞腐れた風に言い、ピッチャーの中身を全部グラスにあけた。

 

「...でもないか。

先生が子供っぽい、っていうのかなぁ」と、まるちゃんはブツブツ言っていたが、考えがまとまらなかったらしい。

 

「うまく言えないが、バッグを抱きしめて持ってるとこが不安げだったんだよ。

そうだ、そうそう!

あの人は不安症なんだって!」

 

まるちゃんはピシッと、自分の膝ではなくユノの太ももを叩いた。

 

「ってえな!」

 

「分かるだろ、俺の言いたいこと?」

 

ユノは内心、「分かる」と即答していた。

「それから、ユノはもう気付いていると思うんだけど...」

 

まるちゃんはすん、と真顔になった。

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]