翌日。
ユノはまるちゃん宅を訪れていた。
暑さに耐えかねた2人は肌の露出多めの恰好になり、涼を求めてアイスキャンディーを舐めていた。
ちなみに、この2人にBL要素は皆無である。
そのアイスキャンディーは歯が折れそうなほど固く、まるちゃんは口内と舌の体温で溶かしつつ時間をかけて、一方ユノは頑丈で真っ白な前歯でかじりついていた。
ユノは何の目的をもってここに居るのか。
ヲタ活助っ人のためまるちゃんに呼び出されたこともあるが、本命はアレだ。
その相談ごとに移る前に、ユノは『今夜、会いませんか?』と初めてチャンミンから誘われたことを惚気た。
「でさ、せんせの邪魔をしたらアカンと思って、電話を切ったんだ。
そしたら、直ぐにせんせから電話があって、『忘れ物をした』って言うんだ。
電話で喋ってたのに、忘れ物って何だ?って思うよな?」
「へーへー」
アイスキャンディーを食べ終えたまるちゃんは、万年コタツに置いたノートPCのディスプレイを睨みつけている。
「...あと5分だ。
お前も構えていろよ」
「そうだったな」
ユノはスマホを操作し、指定のサイトにアクセスした。
今日はまるちゃんの推しのキャラクターの7周年記念グッズ発売日だった。
(大人気キャラクター、かつ個数限定。
争奪戦間違いなし。
あらかじめログインを済ませておき、発売開始と共にカートに入れる。
アクセスが集中して接続できなくなる前に、決済画面までたどり着きたい。
まるちゃんは当選確率を上げるための要員として、ユノに協力を仰いだのだった)
この時のまるちゃんの鋭い眼光といったら!
睨まれたら石になるかもしれない。
引きこもりでぼんやり暮らしているまるちゃんも、推しごととなると目付きが変わる。
その後、ユノのID(無理やり取得させられた)の注文も成功し、まるちゃんはホクホク顔だ。
「アイスティでも飲むか?」
「いいね!」
まるちゃんは冷蔵庫からアイスティの入ったピッチャーと、食器かごからグラスを2つ取ってユノに手渡した。
ユノはガムシロップを3つ入れたアイスティを一気飲みする。
「ぷは~、うまいねぇ」
「さっきの話の続き。
『忘れ物』って、何だったんだ?」
まるちゃんに促され、注文作業の為中断していたユノの惚気話が再開された。
「俺を誘うことを『忘れてた』ってことだよ。
『忘れ物』って言っちゃうあたり、大人だよな~」
「俺には『キザ』としか思えんけど?」
「せんせの悪口は許さん。
せんせはね、ロマンティストなんだって」
「あ~。
分かる気がする。
恋人のために一生懸命になっちゃうタイプ」
まるちゃんはつい先月、レンタルDVDショップで声をかけてきたチャンミンを思い出して言った。
(ユノのバッグを胸で抱きしめちゃったりしてさ)
まるちゃんは、ユノの空になったグラスにお代わりを注ぎ足しながら、話の続きを続けるよう目頭で合図した。
「仕事帰りのせんせの車に乗って、1時間ほどドライブしたのさ。
どこかに寄るでもなし、ずーっと喋ってた」
「ふ~ん」
まるちゃんは髭の伸びかけた顎をさすり、「今日こそ髭を剃らねば」と面倒くさいリストに『髭剃り』を加えた。
「花火大会で通行止めになってて 花火帰りの人たちで道は大混雑。
全然、前に進まなくて...」
「花火大会なんて、あったっけ?」
「×〇川のとこのやつ。
夜店が充実しててデートスポットで有名なとこ」
と、ユノは説明したが、外界のイベントごとはまるちゃんの興味の対象外だ。
「×〇川って、超遠いとこじゃん。
渋滞するって分かっててそこまで向かったのか?」
「車で行くわけないじゃん。
俺がその辺にいたから、仕事帰りのせんせが迎えに来てくれたんだ。
花火は終わってるし、駐車場もなかったから...」
「お前、花火観に行ってたわけ?
デートスポットに『1人』でか?
せんせは仕事だったんだろ?」
「グループデートに付き合わされていたんだ。
頭数合わせだけどな」
マウスをカチカチさせていたまるちゃんの指がピタっと止まった。
「...デート?」
「グループデート。
4対4の大人数。
引っ張り出されたのに、実際は3対4になってて俺は必要なかった」
「野郎だけじゃないのか!?」
「そうだけど...。
1対1じゃねーし。
俺は頭数合わせだよ、単なる...」
「馬鹿たれ!」
まるちゃんに一喝され慣れているユノは、「ひぃっ!」と大袈裟に驚いてみせた。
「ふざけんなよ。
ユノ...お前は馬鹿たれだ」
「『馬鹿たれ』ってなぁ...ひどい言い方」
「ったく。
お前ってのびのびとさせておくと、石橋を渡る手前で爆破しそうな奴だなぁ。
...違うな...石橋すら建設せんかもしれん」
「何だそれ?
それって、俺が後先考えずに行動してるって言いたいのか?」
「まあ、そんなところだ」
「ちっ。
相変わらずまるちゃんは口が悪いぜ」
ここで断っておくが、ユノは男女関係について全く疎いわけではない。
昨夜の自分の行動が、恋人がいる者としてはあまり褒められたものじゃないこと位、分かっていた。
1対1じゃなければ許容範囲内と許す者も、ひと言言葉を交わすのすら許せない者もいたりと、人それぞれである。
どの辺りまでが許容範囲なのか、交際2週間のユノには分からなかったこともあり、後ろめたさと悪気のなさの半々といったところだった。
「2人きりじゃないからセーフだと思ってるだろ!?」
「思ってるさ!
セーフだと思ってたけど...やっぱ...NGだったのかなぁ、と思ったり思わなかったり...」
ユノは花火大会会場に居たことをチャンミンに知られて、ヒヤリとしたことを思い出していた。
「ユノや~。
お前のそういうスタンスがいけないんだ。
身を滅ぼすぞ」
「『身を滅ぼす』ってなぁ...大袈裟だなぁ...」
「『せんせ』はそういうのを許しそうじゃないキャラだぞ、きっと」
「まるちゃんは、せんせの何を知っているんだよ」
ユノはムッとして、キツめの口調で言い返した。
「そうさ。
何も知らないよ」
言い返してくるかと思ったら、あっさり認めたまるちゃんにユノは拍子抜けしてしまった。
「じゃあ、判断基準は何だよ」
「第一印象。
レンタル店で会った、って言っただろ?
そんとき、『あ~、なんか束縛きつそうな男だなぁ』って思ったなぁ。
見た目はチャラい奴でも偉そうな奴でもなくて、誠実そうな奴に見えた。
切羽詰まった必死な顔してさ、ユノのバッグを大事そうに持ってんだぞ?
迷子になった5歳の坊やを探してるパパ、みたいな感じ。
ユノのことを子供扱いしてる感じ、っていうの?」
「そうさ、俺は子供だよ」
ユノは不貞腐れた風に言い、ピッチャーの中身を全部グラスにあけた。
「...でもないか。
先生が子供っぽい、っていうのかなぁ」と、まるちゃんはブツブツ言っていたが、考えがまとまらなかったらしい。
「うまく言えないが、バッグを抱きしめて持ってるとこが不安げだったんだよ。
そうだ、そうそう!
あの人は不安症なんだって!」
まるちゃんはピシッと、自分の膝ではなくユノの太ももを叩いた。
「ってえな!」
「分かるだろ、俺の言いたいこと?」
ユノは内心、「分かる」と即答していた。
「それから、ユノはもう気付いていると思うんだけど...」
まるちゃんはすん、と真顔になった。
(つづく)
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