(2)チャンミンせんせ!

 

 

「今日の教習がうまくいかなければ、次の見極めには進めません」

(※見極め・・・検定を受ける直前の最後の教習のこと。

担当指導員以外の指導員が行う。

見極めに合格してはじめて卒業検定を受けることができる。

また、見極めを担当した指導員は、その教習生の検定員になることはできない)

 

習得に時間がかかる教習生は、指導員のこの台詞を受けて、自信を無くしたり焦りを感じたりする。

 

「免許を取るまでに時間がかかった人ほど、丁寧な運転をするので、結果的に無事故無違反な方が多いそうですよ」

 

と、チャンミン教習指導員は、担当教習生を慰め、「最後まで全力でサポートします」と励ますのだった。

 

補習の宣告に、追加費用の計算で上の空な教習生が多い中、ユノは「俺、バイトのシフト増やして補習代稼ぎますね」と嬉しそうに言うのだ。

 

さらには「チャンミンせんせに会える日も増えるわけですね」と付け加えた。

 

「何言ってるんですか!?

遊びじゃないんですよ?

ユノさんがお金を払って買っている時間です」

 

ユノ青年はチャンミンが担当する者の中で、1、2を争うおちこぼれ教習生のひとりだった。

 

場内練習の頃から、急発進急加速、エンストと内輪差を無視した左折と脱輪、は日常茶飯事。

 

坂道発進に失敗して坂を転げ落ち(チャンミンが補助ブレーキを踏んで、周回する教習車との衝突をぎりぎり免れた)、駐車練習のポールとの接触、周回コースの暴走と信号無視。

 

仮免許の学科試験は1度でパスした一方、実地試験は3回受験した。

 

AT(オートマ)に変更するよう勧めたが、「男たるもの、MT(マニュアル)で免許をとらねばならぬ」と、プライドを優先させたままだった。

 

自分の教え方が悪いのではと、気に病んだチャンミンは胃薬がかかせなかった。

 

先輩教習指導員にアドバイスを仰ぎ、指導員資格取得の際使用した教本を読み込み、休日は、運転が下手な妹の車に同乗して、ユノがつまづいているポイントを探ったりしていた(妹へは報酬として、有名コスメブランドの化粧水を買ってあげた)

 

今この時も、チャンミンはどんな教え方をすればいいのだろうと思いを巡らせ、サイドミラーとバックミラーに注意を払い、同時にユノの手元足元の動きをチェックしていた。

自動車教習指導員はただ座っているだけの、楽な職業ではないのだ。

 

法定速度60キロの道路を、30キロ~50キロと安定しない速度で走る教習車。

 

大目に見ていられなくなった後続車が、次々とユノたちの車を追い越していった。

 

 

 

天気のよい午後、日光がまぶしくてチャンミンはサンバイザーを調節した。

 

運転席のユノは、ハンドルを教科書通りの位置で握り、背筋を伸ばし、シートの位置も完ぺきだった。

 

(チャンミン先生は細かいところまで厳しいんだ)

 

「車線変更しましょうか。

次の次の交差点で右折です」

 

「はい、チャンミンせんせー」

 

元気よく答えたユノは、助手席のチャンミンを脇見してにっこり笑った。

 

「こら!

よそ見しない!」

 

「ごめんなさ~い」

 

コチコチ鳴るウィンカーの音、教習車に容赦ない車のクラクション、早い鼓動。

 

「怖いです」と口に出すユノに、「僕も怖いですよ」とチャンミンはグリップを握る手に力を込め、足元の補助ブレーキの存在を強く意識した。

 

(この子の指導中、僕はなんだか落ち着かない。

彼の運転が下手過ぎることもあるけれど、彼が人懐っこ過ぎるんだ。

最初はうるさくて、うっとおしかった。

...いつの間にか、気付いたら、彼の教習を楽しみにしている自分がいた。

...なんて綺麗な横顔なんだろう)

 

「チャンミンせんせー、車線変更うまくいきました~」

 

透けるような色白の肌の持ち主であることも、単なる男子学生とは一線を画していた。

 

まぶしげに細めた眼に、尖った鼻先、ピアスは4個、楽し気に口角は上がっている。

 

気づけばチャンミンは、ユノの横顔に見惚れていた。

 

「30メートル前でウィンカーを...」とつぶやく、男性にしては紅い唇から目が離せなかった。

 

「在校中は駄目だけど、彼が卒業したら...」などと、想像することもあった。

 

ユノから惜しげなく向けられる好意を、まともに受け取ってしまいそうになる。

 

その都度チャンミンは、自身の本心にブレーキをかける。

 

休憩時間や登下校の際、いつもユノの隣にいる女学生の存在を意識する。

 

(ユノは女の子が好きな普通の男子だ。

しかも大学生だ。

僕は何を考えているんだ?)

 

「信号!」

 

チャンミンが踏んだ補助ブレーキで二人はがっくんと前のめりになり、教習車は停止線ぴったりに停車した。

 

「...ユノさん。

とてもとても、見極めには出せません。

補習決定!」

 

チャンミンは胸ポケットからペンを出し、教習簿を膝に広げる。

 

ユノは「ええ~」と口を尖らせているが、実のところ嬉しくてたまらない。

 

(やったね。

チャンミンせんせと一緒に居られる)

 

私情を挟んだらいけないと分かっていたが、チャンミンも安堵している自分を否定できなかった。

 

早く免許を取得すれば、指導員と教習生の関係からも卒業できて、正々堂々とチャンミンに接近できるようになるのに。

 

ユノがこのことにようやく気づいたのは、数日後だった。

 

チャンミンのために支払った馬鹿にならない金額と、ユノに免許を取らせてあげたくて思い悩み服用した馬鹿にならない錠数の胃薬。

 

好意を示しているのに、あっさりスルーされてしまうユノ。

 

チャンミンがユノからの好意を素直に受け取れないのは、二人の年齢差だった。

 

 

(つづく)

 

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