(36)チャンミンせんせ!

 

 

後日、ユノはまるちゃんから“こってり”と絞られた。

 

「アホか!」「アホって何がだよ!?」

 

まるちゃんの大声にユノは両耳を押さえた。

 

「今すぐその考えをあらためろ!」

 

 

まるちゃんにど叱られるまでの経緯はこうだ。

 

チャンミンの部屋に招かれた翌々日、ユノは学校帰りにまるちゃんの部屋に寄った。

 

まるちゃんはお譲りするグッズの梱包中だった。

 

(「お譲り」とは、ブラインド商品で推し以外のものやダブってしまったものを、同様の目的を持ったファンとの間で、推しグッズを交換し合うことを言う。

 

まるちゃんはコミュ障であるため、自分から話しかけないし、誰からも話しかけて欲しくない。

 

イケメンを隠すために、瓶底眼鏡をはめ、留年ギリギリの必要最低限の講義を受けた後は、逃げるように帰宅している。

 

まるちゃんはノンケで、ゲームの世界では百戦錬磨のプレイボーイなので、ユノの恋路のよきアドバイザーを務められる。

 

非常に興味深い男だがこのストーリーの主役はユノであるため、人物描写はこの程度にしておく)

 

『先生に恋をしている生徒とは俺のことです』と白状しようと心に決めたユノはこうして、まるちゃんの部屋にやってきたのだ。

 

数週間にわたり、『友人から恋の相談を受けている俺』を装い続けたが、いい加減面倒になったのだ。

 

現状報告も兼ねて、ぼろが出る前にカミングアウトしてしまおうと(既にぼろは出ていたが、ユノは気づいていない)

 

「そんなことだろうと思ったよ」と、まるちゃんはふふんと笑った。

 

「えっ!?

バレてた?」

 

「バレてたさ、思いっきし。

バレてないフリの大変だったことよ」

 

ユノはまるちゃんにはとうの昔に見破られていた事実に、「マヂかよ...」と万年コタツの天板に突っ伏した。

 

(俺ってカッコ悪い...ああ、穴があったら入りたい。

だがしかし、穴に入るわけにはいかない。

俺には相談したいことがある)

 

と、ユノはいきなり本題に入ることにした。

 

「俺...せんせに告白しちまった」

 

「...は?」

 

封筒のあて名書きをしていたまるちゃんのペンが止まった。

 

「告白したって、前も言ってなかったっけ?」

 

ユノは以前、連絡先を教えて欲しいとチャンミンにお願いしたことを、『告白したこと』としてまるちゃんに話していたのだ。

 

ユノにとって連絡先を尋ねることは告白と同レベルに勇気が必要なため、敢えて大袈裟に伝えたのだった。

 

「あの時は告白とまではいかなくて...。

でも、今回のやつは正真正銘の告白だ」

 

「ふ~ん。

『正真正銘』...ね。

ふ~ん。

そん時の台詞を教えろよ」

 

「ズバリ聞いちゃうんだ?」

 

「人の惚気話をわざわざ聞いてやるんだ。

有難く思え」

 

(どうせユノのことだ。

『自分の告白内容はマズくなかったか?』

『告白した相手の反応を予想して欲しい』

『俺のことをどう思っているのだろう?』

...こんなところを教えて欲しいのだろうな)

 

ユノがここを訪ねてきた理由など、まるちゃんじゃなくてもお見通しだ。

 

「しょうがね~な、教えてやるよ」

 

ユノは一昨日の夜、どのような言葉を使ってチャンミンへ想いを伝えたのかを、可能な限り正確に説明をした。

 

「『好きだ』って告白した」

 

「ほぉ~。

シンプルだからこそ、相手の心に刺さる愛の言葉」

 

まるちゃんは冷凍庫から氷を出すと、グラスの縁いっぱいに氷を入れ、濃い目に淹れた紅茶を注いだ。

 

「レモン?

牛乳?」

 

「牛乳とガムシロップ」

 

「ガムシロップはない。

砂糖で我慢しろ」

 

まるちゃんはグラスと砂糖、スプーンを手渡すと、自身はレモンティーを持ってコタツに戻ってきた。

 

「『好きです』の後は?」

 

「『いいでしょう、付き合いましょう』とまでの言葉はもらえなかったけど...そこまで要求するには急過ぎるだろ?

だから、『俺と付き合えるかどうか、まずは検討して欲しい』みたいなことを言ったんだ。

...せんせの返事を聞く限り、OKだと思うんだ」

 

「その根拠は?」

 

「『まずは卒業しましょう。すべてはその後の話です』って言ってくれた。

卒業したら、付き合えるって意味だろ?」

 

「どうかなぁ。

俺が先生だったら、ばっさり断ったりしてさ、卒検を控えてる生徒をどん底に突き落としたくない。

希望を持たせられるよう、前向きな返事を匂わせておいて、卒業後に『やっぱり、ごめん』って断るなぁ...」

 

「え゛...」

 

スプーンをくるくる回していたユノの手が止まった。

 

「これは、あくまでも俺の場合の話だし、お前の『せんせ』がどうなのかは分からねぇ。

俺が『それはOKサインに決まってる、よかったよかった』って、お前を有頂天にさせてしまった時、実は駄目だったらどうする?

お前のショックを軽くしてあげたいから、最悪の可能性を示してあげただけ。

俺の親切心だよ」

 

「いやいや。

あの感じだと、高確率でOKだって。

せんせが即答できなかったのは、遠慮があるのだと思う。

ほら...分かるだろ?」

 

「分かるって...『男』ってとこか?」

 

「ああ。

せんせにも伝えたんだ。

せんせが男が好きな人で助かった、って。

そのおかげで、俺は好きの気持ちをだだ洩れに出来たって。

ゲイってだけで、オープンにできなかったところがあると思うんだ。

でも俺は、せんせがゲイだからってそんなの全然気にしないし...気にしないでいられる奴の存在ってレアだと思う。

俺は幸いにも男だ。

男から告白されて、せんせは悪い気はしなかったと思うんだ」

 

ユノが話し終えるやいなや、まるちゃんは両拳を天板に振り落とし、

 

「アホか!」

 

と恫喝した。

 

「アホって何がだよ!?」

 

「お前、先生にそんなこと言っていないよな?」

 

「言ってない言ってない。

ちらっとそういうことを、俺が思ったってだけの話...。

似たようなことを言っちゃったかもしれないけど、ほとんどは俺が思ったこと。

...ったくこぼれちゃったじゃん」

 

ユノは台ふきんを取ってくると、紅茶で濡れた天板を拭いた。

 

「その考え方をあらためろ。

じゃなきゃ、幸いにも付き合えるようになっても、うまくいきっこない。

すぐにフラれるぞ」

 

「...どういう意味だ?」

 

まるちゃんが何に腹をたてているのか、ユノは理解できずにいたため、「フラれる」の言葉は聞き捨てならなかった。

 

「まるちゃんに何が分かるんだよ」

 

「『男が好きな貴方を、男の俺が好きだと告白しているのだから、OKして当然』

そういう考え方がダメなんだよ。

ノンケの学生が『俺は男なのに、どうして付き合ってくれないんですか?』って、ゲイの先生を責めるんだ。

先生は傷つくねぇ。

上から目線だし、先生にすげぇ失礼だぞ?

先生をなんだと思ってるんだ?」

 

「......」

 

まるちゃんの指摘の何割かは図星で、ユノは黙り込んでしまった。

 

「そこまでは...思ってない」と、ぼそりと言い訳するのがやっとだった。

 

「先生をどう思ってるんだ?」

 

「...素敵な人だよ。

あんな人、他にはいない」

 

まるちゃんは乗り出していた上半身を戻すと「だろうね」と、声のトーンを落として言った。

 

「正直言うと、俺には男を好きになる心理は全く理解できねぇ。

ユノの言う通り、お前の恋愛はレアケースだよ」

 

「そのレアケースが俺の身に起こるなんてさ。

せんせを初めて見た時、『男同士なのに恋ができるんだ』ってびっくりしたんだ。

気持ち悪い、っていう意味じゃないぞ。

俺も男でよかった、って思ったんだ。

せんせをひとめ見て、俺が女だったら相手にされなかっただろうって、すぐに分かったんだ。

男にフラれて泣いてるせんせを見て、俺にもチャンスがあるって嬉しかったんだ」

 

「ほらな。

ユノだって、男なら誰でもいいわけじゃないんだろ?

先生オンリーだろ?」

 

「うん」

 

「例えば、俺相手ならどう?」

 

まるちゃんの問いに、ユノは身をぶるぶる震わせた。

 

「おえぇぇぇ!

ぜってー、無理!」

 

「ふん、俺だって『おえぇぇぇぇ』だ」

 

まるちゃんは嘔吐のモノマネを止めると、「それと一緒だ」と言った。

 

『男だから』好きなんじゃない、『先生だから』好きなんだよ。

だろ?」

 

「うん...」

 

「好きな人を傷つけたくないだろ?

考え方を振り返ってみな」

 

例えば、ゲイとは男と見れば見境なしに好きになる、と思いがちなのも。

 

レンタルショップで、一緒にいたまるちゃんを「恋人だと勘違いされたら困る」と、とっさに思ってしまったのも。

 

チャンミンとの距離がぐんと近づき、交際できる可能性が高まった今、浮かれていた自分。

 

(ああ、俺って馬鹿で無神経だ。

せんせのことを知らず知らずのうちに、傷つけてたかもしれない)

 

ユノは深く深く、地底深く反省した。

 

 

(つづく)

 

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