(後編)距離感

 

寝込みを襲う形になってしまうけれど、後先のことは...後になって考えればいい。

僕の軽はずみな行動は、浴びるほど摂取したビールと焼酎のせいにすればいい。

 

 

シャツをたくしあげ、引き締まった下腹をひと撫ぜした。

そして、彼のものに顔を寄せぺろり、と先端を舐めてみた。

つるりとした舐め心地で、汗の香りがした。

頭を垂れていたものが、そのうち歯を当てたら弾けそうなほど張り詰めていった。

僕は頭を上げ、ユノの様子をうかがった。

 

彼は眠ったままだった。

 

僕は続きに戻った。

僕の唾液ととめどなく湧くそれとが混ざり合い、口を離すと糸が引くのが分かった。

ユノは呻き膝を立て、身をよじる。

下腹部の違和感の正体を探ろうと伸ばされたユノの手を、僕は払いのけた。

眉間にしわを寄せ、切なさげな表情を見ていると、僕も興奮してくる。

パンツのジッパーを下げ下着をずらすと、むき出しにしたそれをしごいた。

寝返りを打たれても、僕はコバンザメのように彼のそこに吸い付いたままでいた。

自分がされて気持ちがよいと思う動きを、口と喉、指を使って再現した。

イカれた行為にふける自分を軽蔑し、卑しい自分に興奮した。

 

あ~あ、やっちまった。

 

ぬるま湯とはいえ、長年保ってきた良好な距離感をぶち壊している。

信頼を損なう手段などいくらでもあるけれど、僕の願望も同時に叶えられる手段はやはり、性的なこと。

僕だけの秘密、ユノの内ももの柔らかない皮膚をきつく吸い付いた...付けられた本人はまさか鬱血痕だとは思いもしないだろう。

開けた窓から侵入した蚊でも刺された程度に思うはずだ...ここが超高層で超ラグジュアリーな空間で、不快害虫が入り込む隙などない点を無視した場合の話だが。

いよいよ彼のものが爆ぜた。

続けて僕のものも爆ぜて、放たれたものは手の平で受け止めた。

 

「はあはあはあ...」

 

彼の下着を汚すわけにはいかなくて、僕は全部を飲み干した。

美味くはないが、不味くもなかった。

相方の精液を飲むとはぶっ飛んだことをしたものだ。

 

 

僕は部屋を出た。

僕の背後で、カチリとドアが施錠される電子音がした。

明日も...日付が変わってしまったから今日...ユノと顔を合わせるスケジュールになっている。

口淫されても目覚めないほどユノはぐっすりと眠っていたし、濡れた箇所は綺麗に舐めとったから、気づかれていないはずだ。

僕はタクシーで帰宅し、缶ビールを1本飲んだのちベッドに入った。

ぬるいビールはユノの精液よりも不味い、と思いながら。

 

 

昨夜の行為は現実のものだと信じられないほど、健康的な青空だった。

僕は口内に残る、ユノの形と固さ、熱さと味を思い返していた。

寝込みを襲うという犯罪行為を犯しながら、罪悪感が無いことが不思議だった。

為すべきことを為した満足感が強い。

これが吉と出るか凶と出るか...ぬるま湯に大量の氷をぶち込んだのか、もしくは熱湯を注いだのか、僕らの仲はどう変化するのだろう。

昨夜の行為にまったく気づかれなくても寂しいし、バレてしまったことで「変態」だと避けられてもショックを受けるだろうな。

 

 

二日酔いのユノは真っ青な顔色で、水ばかり飲んでいた。

ぷんとアルコールのすえた匂いをまとっていたが、午後を過ぎた頃になって元気を取り戻したようだった。

休憩時間、ユノはスタッフたちと談笑し、僕は彼らから離れてスマートフォンをいじっていた。

 

「チャンミン」

 

ちょいちょいと手招きされ、トイレに引きずり込まれた。

 

「な、何するんだ!?」

 

ユノは意味ありげに目を細め、ずいっと僕に顔を寄せた。

 

「...凄いなお前」

 

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 

「なんの...こと?」

 

「とぼけるなよ。

昨夜のことだよ」

 

「ああ~。

『あのこと』ね」

 

ここは目を泳がすなり、動揺する場面のところなのに、全く隠すつもりがなかった僕は真っすぐユノの目を見つめ返した。

ユノの瞳孔が一回り縮み、すぐに元通りになった。

僕の態度が堂々としているものだから、ユノは動揺したようだった。

 

「気づいてたんだ?」

 

「あ、あれだけのことされて、気づかないなんておかしいだろう?」

 

ユノは僕から身を引くと、施されたメイクを気にもせず、すくった水で顔を洗った。

 

「寝てたふりをしてたんだ?」

 

「半分夢見心地だった」

 

「じゃあ、べろんべろんに酔ったのはフリだったの?」

 

「ああ...3割増し」

 

「どうして?」

 

ユノはペーパータオルを乱雑に2、3枚引き出すと、濡れた顔の水気を取った。

 

「最近、なんだかダルいな、って思っててさ。

身体がダルい、っていう意味じゃない」

 

「仕事?」

 

「違う。

...お前との関係」

 

ユノは洗面カウンターにもたれかかった。

鏡にはユノの背中と、彼と色違いのスーツを着た僕が映っている。

 

「お前に近づくための口実」

 

「いつも一緒にいるじゃないか」

 

「オフィシャルな場ではね。

そういえば、プライベートでお前と遊んだことないな、って思ったわけ。

今さらだけどな。

周りのやつらはどんどん身を固めてゆくし、今の生活に満足はしてるんだけど...。

してるんだけどさ。

たまに、こんなんでいいのか、って思うわけ。

何か足らないって思うわけ」

 

ユノは立てた親指で自身を指さした。

 

「こう見えて、俺って本命を前にするとかっこつけてしまって、言いたいことが言えないんだ。

そんなわけで、酒の力を借りてみた」

 

「軽蔑したか?

僕がしたこと。

...変態だろ?」

 

「ああ、変態だな」

 

「だろ?」

 

「でも、悪くない。

どうせなら、素面んときがよかった」

 

ユノはペーパータオルをくしゃくしゃに丸め、ゴミ箱に投げ捨てた。

 

「何言ってんだ?」

 

「素面んときがよかった、ってこと。

酔っぱらってたら、感覚が鈍くなる。

夕べ、イクのに時間がかかっただろ?」

 

ユノは片脚を伸ばすと、つま先を僕の股間に添えた。

 

「!」

 

ラインストーンが全面に縫い付けられ、つま先がとがった靴だ。

足の甲で、僕の股間を撫ぜた。

 

「...っ」

 

「次の休み...チャンミンちに行ってもいい?」

 

「え?」

 

「酒は禁止。

素面で。

いいか?」

 

僕は、こくりと頷いた。

 

そういえば...ユノを招いたことがなかった。

 

僕の部屋に。

 

(おしまい)

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