待ち合わせのカフェには、既にNは来ていた。
正面の席に座って、オーダーを済ませる。
「白状しなさい」
単刀直入さは、いかにもNらしい。
Nは30代後半のスレンダー美人で、縁なし眼鏡の下の眼は鋭い。
「ここだけの話にしてあげるから、正直に言いなさい」
昨夜の電話相手は、Nだ。
Nは鋭い。
「報告書に書いてないことが、本当はあるんでしょう?」
「うーん...」
「ユノ!」
テーブルに伏していたユノは、顔を上げる。
「わかったわかった!」
Nににらまれたら、逃げられない。
渋々ユノは、話し出した。
・
「彼は...そろそろだと思う」
「予定より、早かったわね。
頭痛が始まって...半年ほどだっけ?」
ユノは頷く。
「徐々に酷くなっていったでしょう、もたないかと心配してたわ」
「ふらついてるとこも見かけたし、連れ出さないといけないかと...」
「医療記録を見せてもらったわよ。異常なしだったから安心した。
あなた、どんな口実作って彼を連れて行ったわけ?」
「彼、風邪で熱出してさ、倒れちゃったから、やむを得なく」
ユノは、手首のリストバンドをくるくる回しながら答える。
「薬は飲んでる?」
「彼は...よっぽど頭痛が辛かったみたいだぞ。
昨日確認したけど、きっちり飲んでた」
「ほら、やっぱりー!
あなた、ゆうべ彼の家にいたでしょう?」
ユノは慌てて口をおさえる。
「1年の間、きちんきちんと事細かに報告してきたあなたが、急に曖昧な内容を提出するようになったから、おかしいと思ってたのよ」
「...彼の、変わりように驚いただけだよ」
「ふふふ、あれが本来の彼の姿だからね。
どう、彼は?」
ユノは空になったグラスの中の氷を、ストローでかき回す。
「なかなか興味深い人格だと思うよ」
「そんなこと聞きたいんじゃないわよ」
Nは眼鏡を押し上げ、ユノを上目遣いで見る。
「いつの間に、彼の家を出入りするような関係になっちゃったの?」
「そんなんじゃないって!
彼から食事を誘われて...」
「まぁ!
彼ったら、そんなことまでするようになったんだ!」
「早いだろ?」
「確かに、平均より少し早いわね。
条件がいいからかしら」
「そうかもね」
「...あなた、彼のことを好きになっちゃったでしょ?」
「ちょっ!」
一気に赤くなったユノの顔を見て、Nはピュゥっと口笛を吹くと、不敵な笑いを浮かべた。
「好きになっちゃう人って多いのよ、ほら、ギャップが大きいでしょ。
そういうのに萌えちゃうんだなー、大抵」
「そういうもん?」
「あなたが担当するのは、彼で3人目でしょ?
経験なかっただけのことよ」
「そういうもん?」
「被験者と恋愛するのは自由だけど...いろいろと面倒よ」
「そんなことわかってるよー」
ユノは再びテーブルに伏せる。
「どこかで恨まれることになるんだろ?」
「揺るがない愛に育てればいいことじゃないの」
「Nはどうなのよ?」
「フフフ。
今の夫がそうだもの」
「えええー!?
そうだったんか!
知らんかった!」
「ユノに初めてカミングアウトしたんだから。
知らなくて当然よ」
「どううまいことやったのさ?」
「おいおいレクチャーしてあげるわよ。
彼がそこまで進んでるのなら、あなたの任務ももう少しね」
Nの言葉に、ユノはシュンとなる。
「そうなるよねー」
(チャンミンの変化は嬉しい。
でも、彼の感情が豊かになることはイコール、彼の側にいられる時間が短くなることを意味する)
「上にはありのままに報告するのよ!
隠していたって、いつかはバレるんだから」
「チャ、チャンミンには?」
「許可が出るまでは、黙ってなさい!」
Nはユノの手の甲をポンポンと叩いた。
「いずれ、彼も知ることになるんだから。
今、教えたりなんかしたら、混乱させて余計に苦しめることになるわよ」
「...そっか。
そうだよなぁ...」
(つづく)
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