(49)麗しの下宿人

 

毎週月曜と木曜日の5時限目と6時限目、僕ら生徒たちは性教育を受ける。

性教育とはつまり、オメガの身体の仕組み、アルファとの関係性、社会的地位の変化と歴史、日常生活での注意点...それから、今後僕らの身体に訪れる変化。

学校ではそれはもう、沢山のことを学ぶ。

 

スライドを見せられたある日、僕は衝撃を受けた。

アルファに襲われたオメガの人数を、年度別にグラフに現したものだった。

幸いにも未遂で終わった事例もあれば、行為の結果、命を宿すこととなった事例は全体の90%を占めていた。

教師はスクリーンに映し出された棒グラフのてっぺんを指示棒の先で叩き、こう言った。

 

「当校でも毎年10人以上の生徒が被害に遭っています」

 

教室内はざわついた。

女子生徒たちは前後左右の者たちと、悲劇的な表情で顔を見合わせている。

中には机に顔を突っ伏してしまった生徒もいた。

彼女は怖い思いをした経験があるのかもしれない。

男子生徒たちは皆、うつむいている。

 

当校は1学年につきたったひとクラスしかなく、男女比は10対1。

圧倒的に男子生徒が少なかった。

男性のオメガはとても珍しいのだそう。

自分と同じ属性を持つ仲間たちと交流を持つ中で気づいたことがある。

どの生徒たちも揃って...女子も男子も、容姿が優れていることだ。

アルファのユノも美しく整った顔立ちをしているが オメガのそれとはまた違う。

アルファの美しさには鋭さがある。

一方で、オメガたちは色素が薄く、淡く儚ない雰囲気をまとっている。

女子たちは精巧なフランス人形のよう、男子たちは中性的で性別の見極めが難しい。

 

「アフターピルは常に持ち歩くこと。

万が一の時は、1秒でも早く主治医に診てもらうこと。

それが難しければ、ここに来てください」

 

恐ろしい目に遭わないために注意を怠らないだけでは足りず、被害に遭ってからの対処方法を指導された。

アルファに襲われたオメガの大半は、同意を得ない行為による妊娠を余儀なくされていると、主治医から聞かされていた通りだった。

僕はそっと、下腹に手をやった。

この奥に、アルファやベータの男性には無い臓器が存在する。

世の性行為には、繁殖目的のものもあれば快楽目的のもの、その両方を目的としたものがあるが、アルファとオメガが肉体的に繋がることは、イコール生殖行為なのだ。

所有物だと言わんばかりに、アルファはオメガの身も心も、遺伝子レベルで支配しようとしている。

 

教師は続けて言った。

「危ない目に遭わないようにする最強の方法が1つあります」

教師は生徒たち一人ひとり目を合わせながら、教室内を見渡した。

「知っている人もいると思うけど、アルファと『番(つがい)』になることです」

教師の言葉に、僕の首筋が粟立った。

 

番!

 

気になっていたワードだった。

再び教室内がざわついた。

 

「『番』が何なのか、知ってる人はいますか?」

僕がびっくりしたのは、数人の生徒が手を挙げたことだ。

「『番』とは、アルファとオメガの関係性を言います」

教師は黒板に『番』と書いた。

 

「『番』を見つけたオメガは、恐ろしい目に遭う確率がぐんと下がります」

僕はポケットの中の布切れを意識した。

 

「あなたたちは13歳だから、『番』と出会うには未だ早いわね。

でも、『番』を見つけられなくても、身近に『アルファ』が“もし”...“もし”いるのなら、彼ら彼女らの私物を身に付けることも、襲われる危険性が減ります」

と、教師は『もし』を強調して言うほど、アルファの近くにいること自体が危険で、オメガに対して親切なアルファの存在が珍しいのだろう。

 

チャイムが鳴った。

「今日の授業は終わりにします。

次回は『番』について詳しく学びましょう。

デリケートな話だから、不安なことがあったらいつでも相談してね」

カウンセラー兼教師はそう言って、この日の授業を締めくくった。

 

 

久しぶりにユノを伴って診察を受けていた。

僕らがいるのは保健室(僕の主治医は、学校医でもあるのだ)ではなく、例の病院の地下診察室だ。

アルファのユノは、オメガ学校に入ることが出来ない。

診察が終わった頃を見計らって、僕は訊ねた。

 

「先生。

『番』って何ですか?」

 

処方箋を書いていた女医は、くるりと椅子を回転させて僕と対面した。

確信に迫る質問を投げかけた僕は、どんな回答がなされるのか期待と不安でドキドキしていた。

緊張した面持ちで身を乗り出した僕を見て、彼女はほほ笑んだ。

 

「チャンミン君だけのアルファ、という意味です」

「...僕だけの、アルファ?」

僕は当たり前のように、斜め後ろを振り返った。

ユノも微笑んでいた。

 

「その逆も然り。

『番』を結んだアルファとオメガの仲は、誰も引き裂くことは出来ない」

「なんか、凄いですね」

 

僕は授業で習った内容を思い出しながら、質問を重ねた。

「ってことは、『番』になったアルファが僕を護ってくれるってこと?

他のアルファたちは絶対に寄ってこなくなるの?」

彼女は申し訳なさそうに「残念だけど、“絶対”と言い切ることは出来ない」と言った。

 

「でもね、あなたと『番』になったアルファが、あなたを護ってくれるわ」

ユノは“フリー”のはずだ。

だって、僕を護ってくれるし、恋人だったオメガの人とは会っていないと言っていたから、その恋人はユノにとっての『番』ではない、と言えるからだ。

 

「アルファは一生のうち、何人もののオメガと出会う。

オメガも一生のうち、何人ものアルファと出会う」

 

それまで黙って話を聞いていたユノが、口を開いた。

「たった一人の『アルファ』、唯一の『オメガ』と出会える確率は低いらしい。

先生、合ってますよね?」

と、ユノは医師に同意を求めた。

「その通りよ、

だから、出会えた奇跡は宝物なのよ」

奇跡かぁ。

宝物かぁ。

いいなぁ。

 

『僕とユノは『番』になる可能性が高いですか?』

と、質問しようかどうか迷った。

 

僕を護ると言ってくれたけれど、僕と『番』になったわけではなさそうだ。

可能性が”低い”と言われたらどうしよう!

 

(つづく)

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