入社3年目の夏だったかな。
まるで蒸し風呂の倉庫で、ピッキング作業を行っている時のことだった。
「先輩って、どこを見ているか分からないことがあります」
「ん?
視線がうつろってことか?」
唐突な発言に、ユンホ先輩は手を止めて僕の方を振り返った。
Tシャツが汗で肌に張り付いていたため、後ろを振り向くときの、筋肉の動きをたどれるほどだった。
いかがわしい気持ち抜きで、いい身体だと思った。
ユンホ先輩は、首にひっかけたタオルで、顎から滴り落ちる汗を拭き取った。
「目がイっちゃってるってことか?
俺はそこまでイカれてないぞ」
「へぇ...自覚はあるんですね」
ユンホ先輩は腹を立てる風でもなく、唇の片端だけ上げた笑いには面白がる余裕があった。
似たような台詞をさんざん投げつけられてきたからだろう。
「俺がちょっと変わってることは、重々承知だ。
じゃなきゃ、単なる馬鹿だろ?」
「コンタクトレンズしてますか?」
「裸眼だ」
「そうですか...天然ものですか...。
先輩の眼って...黒目を大きくするコンタクトレンズってあるでしょう。
あんな感じなんですよ。
黒目が大きくて、白目の範囲が狭いんです」
「へぇ」
「そのせいで、どこに焦点を合わせているのか分かりづらいんです」
ユンホ先輩の視線に射られそうになったことが、たびたびあることは黙っておいた。
「褒め言葉だと受け取っていいんだな?」
歯ブラシのCMに出られそうに真っ白な歯を見せて、ユンホ先輩は笑った。
「はい、そうです。
先輩、こちらに来てもらえますか?」
僕はユンホ先輩を窓際へと手招きした。
ユンホ先輩の瞳の微細なところまで、見てみたくなったのだ。
深い角度で差し込む真夏の日光に、ユンホ先輩は目を細める。
「まぶしかったですね、すみません」
「くそっ...見えない。
真っ暗だ。
え~っと、これは明順応って言ったっけ?」
「逆です、これは暗順応です。
先輩、目を見せてください」
目をしょぼしょぼさせているユンホ先輩の顔を覗き込んだ。
僕はユンホ先輩の黒目に興味津々で、彼の唇まで10㎝の距離まで接近してしまっていることに気づかなかった。
もし影から覗き見する者がいたとしたら、キスする寸前に見えたと思う。
ユンホ先輩はじっとしていた。
目がくらんだことで瞳は潤み、薄暗い倉庫内に戻ったことで、瞳孔が大きくなっていた。
だから余計に、どこを見ているのか分からなくなった。
熱っぽく僕を見つめているのでは?と、錯覚しそうだった。
でも、入社3年目の僕は、彼の本質的な美しさを見逃してばかりいた。
違う。
ユンホ先輩の勤務態度の悪さに意識がもっていかれていたため、僕の中で芽生えていたものは、心の奥底に隠してしまっていた。
「ピュアっピュアな眼ですね」
男相手に「綺麗な眼です」とストレートに褒めるのは、さすがに気持ち悪い。
冗談めかして感想を述べるしかなかった。
ユンホ先輩は、「ふぅん、意識したことないなぁ」と、首にかけたタオルでゴシゴシ目元を擦った。
照れているな、と可笑しくなった。
(つづく)