(4)ユンホ先輩

 

ユンホ先輩とのやりとりで、強烈に印象に残っている出来事がある。

ユンホ先輩に対して抱いていたイメージが、吹き飛んでしまった日でもあった。

豪快に見えるユンホ先輩の正体...実は脆く繊細な一面があったことを知ってしまったのだ。

ちょっぴりであっても、ユンホ先輩のことを小馬鹿にしていた自分を恥じた。

 

 

入社6年目、コンビニエンスストアでアイスクリームを物色中のユンホ先輩と遭遇した、夏の日のことだ。

冷凍庫に色とりどりのアイスクリームが詰め込まれていた。

ユンホ先輩は僕に発見されてぎくり、ともせず、「よぉ」と片手をあげ、爽やかな笑顔を見せた。

 

「...先輩...サボりですか?」

 

ユンホ先輩の担当地区は、ここから50kmは離れたところだった。

 

「いや、休憩中」

「休憩ばかりじゃないですか...」

「新規開拓中」

「嘘ばっかり」

 

アイスクリームを買ったユンホ先輩と連れだって店を出ると、店前に設置されたベンチに腰掛けた。

蒸した熱気に全身が包み込まれ、僕の頭にユンホ先輩のこめかみから顎、喉元をあせがしたたり落ちる映像が浮かんだ。

 

「俺ってね、身体が弱いの。

いつもいつも休みながら仕事をしているの」

 

「...え?」

 

初耳だった。

ユンホ先輩は嘘をつく人じゃない。

 

「身体...弱いんですか?」

 

「そうだよ~。

早退や欠勤が多いのもそのせいだ。

それ以外の理由の方が多いけどね...あはははは」

 

つい先週は、玄関ドアが開かないから出社できないと連絡があった。

(本当の話。鍵穴に接着剤を埋められる悪質ないたずらに遭ったらしい)

 

「えっと...どこか悪いんですか?」

 

胸の奥がもわり、と嫌な感じがせりあがり、ドキドキ鼓動が早くなった。

ユンホ先輩は、僕の質問に答えずにこう言った。

 

「会社はね、俺をクビにできないの。

病気や障害を理由に解雇なんかしたら、大変だ。

会社には恩があるから、頑張って仕事をとってくるんだよ」

 

「...そうなんですか...」

 

ユンホ先輩は毎日ペースで僕を昼食に連れ出すけれど、そういえば、飲みに連れていってくれることはほとんどなかった。

きっと、身体を休めるために、早く帰宅したいんだ。

遅刻早退、欠勤も体調不良が理由の時も多かったのでは?

そういう目であらためてユンホ先輩を見ると、細身の身体つきや青白い肌が、病弱そうだ。

 

「だからチャンミン君、これからもっと先輩を労わるんだよ」

「はい。

あ...アイス溶けちゃいますよ?」

 

ユンホ先輩は10本入りの箱アイスを購入していた。

きっとアイスクリームが好きなんだろうけど、今は勤務中だ、10本もひとりで食べるのだろうか、と疑問に思っていた。

 

「あちぃなぁ。

涼しいところで食べたいなぁ」

 

「車に戻ります?

先輩の車で食べましょう」

 

「車ん中は狭いから嫌だ。

チャンミン、今から俺んちに来い。

ここからすぐにそこだ。

俺んちでアイスを食おう」

 

「え、え、え?

待ってください。

家?

仕事中なんですけど?」

 

「気にするな。

今日のチャンミンは十分、仕事をした。

明日の分まで仕事をした。

午後からのお前は仕事をさぼってもよい。

サボれ。

俺が許可する」

と、僕の異論を差し込む隙なくまくしたてた。

ユンホ先輩は僕の手首を握ると、自身の社用車に僕を引っ張っていった。

振り払ってもよかった。

でも、ユンホ先輩は身体が弱いと知ってしまった今、乱暴なことは出来るはずがなかった。

 

(つづく)