ユンホ先輩とのやりとりで、強烈に印象に残っている出来事がある。
ユンホ先輩に対して抱いていたイメージが、吹き飛んでしまった日でもあった。
豪快に見えるユンホ先輩の正体...実は脆く繊細な一面があったことを知ってしまったのだ。
ちょっぴりであっても、ユンホ先輩のことを小馬鹿にしていた自分を恥じた。
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入社6年目、コンビニエンスストアでアイスクリームを物色中のユンホ先輩と遭遇した、夏の日のことだ。
冷凍庫に色とりどりのアイスクリームが詰め込まれていた。
ユンホ先輩は僕に発見されてぎくり、ともせず、「よぉ」と片手をあげ、爽やかな笑顔を見せた。
「...先輩...サボりですか?」
ユンホ先輩の担当地区は、ここから50kmは離れたところだった。
「いや、休憩中」
「休憩ばかりじゃないですか...」
「新規開拓中」
「嘘ばっかり」
アイスクリームを買ったユンホ先輩と連れだって店を出ると、店前に設置されたベンチに腰掛けた。
蒸した熱気に全身が包み込まれ、僕の頭にユンホ先輩のこめかみから顎、喉元をあせがしたたり落ちる映像が浮かんだ。
「俺ってね、身体が弱いの。
いつもいつも休みながら仕事をしているの」
「...え?」
初耳だった。
ユンホ先輩は嘘をつく人じゃない。
「身体...弱いんですか?」
「そうだよ~。
早退や欠勤が多いのもそのせいだ。
それ以外の理由の方が多いけどね...あはははは」
つい先週は、玄関ドアが開かないから出社できないと連絡があった。
(本当の話。鍵穴に接着剤を埋められる悪質ないたずらに遭ったらしい)
「えっと...どこか悪いんですか?」
胸の奥がもわり、と嫌な感じがせりあがり、ドキドキ鼓動が早くなった。
ユンホ先輩は、僕の質問に答えずにこう言った。
「会社はね、俺をクビにできないの。
病気や障害を理由に解雇なんかしたら、大変だ。
会社には恩があるから、頑張って仕事をとってくるんだよ」
「...そうなんですか...」
ユンホ先輩は毎日ペースで僕を昼食に連れ出すけれど、そういえば、飲みに連れていってくれることはほとんどなかった。
きっと、身体を休めるために、早く帰宅したいんだ。
遅刻早退、欠勤も体調不良が理由の時も多かったのでは?
そういう目であらためてユンホ先輩を見ると、細身の身体つきや青白い肌が、病弱そうだ。
「だからチャンミン君、これからもっと先輩を労わるんだよ」
「はい。
あ...アイス溶けちゃいますよ?」
ユンホ先輩は10本入りの箱アイスを購入していた。
きっとアイスクリームが好きなんだろうけど、今は勤務中だ、10本もひとりで食べるのだろうか、と疑問に思っていた。
「あちぃなぁ。
涼しいところで食べたいなぁ」
「車に戻ります?
先輩の車で食べましょう」
「車ん中は狭いから嫌だ。
チャンミン、今から俺んちに来い。
ここからすぐにそこだ。
俺んちでアイスを食おう」
「え、え、え?
待ってください。
家?
仕事中なんですけど?」
「気にするな。
今日のチャンミンは十分、仕事をした。
明日の分まで仕事をした。
午後からのお前は仕事をさぼってもよい。
サボれ。
俺が許可する」
と、僕の異論を差し込む隙なくまくしたてた。
ユンホ先輩は僕の手首を握ると、自身の社用車に僕を引っ張っていった。
振り払ってもよかった。
でも、ユンホ先輩は身体が弱いと知ってしまった今、乱暴なことは出来るはずがなかった。
(つづく)