(9)ユンホ先輩

 

ユンホ先輩とセックスをしてしまった日のことを語ろうと思う。

 

入社7年目の冬のことだ。

 

凍てつく寒さの倉庫で、僕はやはり一人で棚卸を行っていた。

 

ジャージの上にジャンパーを、ニット帽をかぶり、ポケットにはカイロを仕込んでと、防寒対策は万全だった。

 

それでも、かじかむ指からペンを取り落しそうになった。

 

終業2時間前、ユンホ先輩はすまなさそうに僕に会釈をした。

 

体調が悪いのだろう、その笑顔も口角だけをわずかに持ちあげたささやかなものだった。

 

僕は「分かってます、お大事に」の気持ちをこめて頷いてみせた。

 

僕はユンホ先輩の秘密を知っているのだ。

 

自分だけが知っている優越感に浸っていた。

 

 

ここ1か月間、ユンホ先輩は絶好調だった。

 

遅刻早退欠勤なし、声も大きくはきはきとしていた。

 

大きな商談をあっという間にまとめ、3カ月連続で昨対を割っていた僕らの部署を数字から救った。

 

調子がよい時期のユンホ先輩は突っ走ってしまうから、僕はそばで見ていてヒヤヒヤしていた。

 

薬名を頼りに調べなくても、ユンホ先輩を注意深く観察していれば、彼が常人以上にエネルギーを使って生きていることが分かった。

 

僕の乏しい知識から、ユンホ先輩が抱える病気...障害について、なんとなく分かりかけていた。

 

1年前の夏以来、ユンホ先輩は僕の前ではより自由に振舞っているように見えた。

 

強がっていない、っていうのかな?

 

「ユンホ先輩、ちゃんと寝ています?」と尋ねると、「そうだなぁ...1時間は寝てるよ。眠くならないんだ」と正直に申告してくれた。

 

明らかに塞ぎ込んでいる時は仕事どころじゃないようで、「先輩、心配されたくなければ早く帰ってください」と、会社から追い出した。

 

4日連続欠勤した時はさすがに心配になって、食べ物を差し入れにアパートを訪れた。

 

ドアを開けたユンホ先輩は、ボサボサ頭で眼は半分しか開いていなかった。

 

僕は靴を脱ぎ、室内へとユンホ先輩の背中を押した。

 

室内を埋め尽くしていたぬいぐるみが消えていた。

 

「あ...れ?

ぬいぐるみは?」

 

「...捨てた」

 

「そう...ですか」

 

代わりに室内は、このアパートの外観にふさわしいカントリー調のインテリアにまとめられていた。

 

ぬいぐるみを押し込んだゴミ袋を、収集ステーションに運ぶユンホ先輩。

 

こうと決めたら自分を止められないと、ユンホ先輩は言っていた。

 

いくらでも手伝ってあげたのに...代わりに僕が貰ってあげられたのに。

 

ユンホ先輩は僕だからこそ、打ち明けてくれたんだ。

 

先輩と後輩関係でいた6年間で、ユンホ先輩は秘密を打ち明けてもいいくらい、僕を信頼してくれたと思いたい。

 

実のところ、打ち明けずにはいられないほど辛くなっていたんだったとしても、出来る限りサポートしてあげたいと思うようになった。

 

意気地なしから突っぱねてしまった後悔を消したい自分のためでもあるし、後輩として好きだったし、ひとりの男性として好きだったからだ。

 

 

通常より在庫を多く抱えていたこともあり、棚卸作業は終業時間を過ぎても終わらない。

 

僕は端の端まで手を抜きたくない固い男だから、余計に時間がかかっていた。

 

倉庫内は暗闇に沈み、いよいよボードの文字が読みにくくなってきたし、鉄製階段のステップを踏み外したら危険だ。

 

両手に息を吹きかけながら、電源スイッチのある入り口ドアまで向かった時だ。

 

突然鉄製ドアが開き、倉庫に入ってきた人物が、シルエットだけでユンホ先輩だと分かった。

 

「...先輩?

帰ったんじゃなかったんですか?」

 

「可愛い後輩がいるのに、帰るわけないだろ~」

 

ユンホ先輩は分厚いコートに、ぐるぐる巻きにしたマフラーに顎を埋めていた。

 

「ふふふ。

明日は吹雪になるかもしれませんね。

建物の中なのに、マイナス2℃ですよ」

 

僕はドア横の気温計を指さした。

 

「ああ、降るかもね。

もうチラつきだしてるよ、風も強い」

 

「ここは僕ひとりで大丈夫です。

もう少しで終われそうです」

 

ユンホ先輩は僕からボードを取り上げると、ペーパータオルの段ボールの棚をちらりと見、さらさらっと数字を記入した。

 

「先輩!

適当な数字を...」

 

手を高くかかげて、ボードを取り上げようとした僕を阻んだ。

 

「1箱2箱違ってても、分かんないさ。

最近の俺は冴えているんだ。

だいたい合っているよ」

 

調子が悪いと言っていたくせにけろっとしている風に見えたけれど、暗がりのせいで表情と顔色を確かめられない。

 

毎度腹をたてていたら、ユンホ先輩の隣にはいられない。

 

「これから夕メシを食いにいこう」

 

「ええっ!?」

 

夕飯を誘われたのは初めてだった。

 

「いいんですか?」

 

「ああ。

外は落ち着かないから、俺んちでいいか?」

 

「かまいません...けど」

 

カントリー調インテリアの部屋から、今はどんな部屋に様変わりしているだろう?

 

 

この後、僕はユンホ先輩の部屋に行き、夕飯を食べ、それから...。

 

どういう流れでセックスをすることになったのか、どんな風だった詳細を書いてもいいのかな。

 

ショックがダイナマイト級で、僕の頭も身体もくらくらしてしまったし、僕とユンホ先輩の関係が決定づけられた出来事でもあるから、説明した方がいいのかな。

 

 

(つづく)

 

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