(32)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

ユノの愛撫はどこまでも優しい。

物足りないくらいのタッチであるにもかかわらず、指が触れたその一点から下半身をおかしくさせるしびれが走る。

 

「女の子相手でもこうだったのだろうか?」

 

チャンミンの思考はそこに及んでしまう。

喘いでしまいそうになるのを耐えながら、嫉妬の念が我を忘れるのを邪魔していた。

チャンミンが知っている行為とは、相手の身体を撫でまわす間もなく、一刻も早く繋がろうとする性急なものばかりだった。

例えば、首筋を噛みつかれ、卑猥な言葉を投げかけられ、下着をはぎ取られ、押し倒されてすぐに指の数を1本2本と増やされている。

ところが、ユノの唇も指も優しい。

まるで女性のように扱われていると、チャンミンは思った。

不思議なことにそれを不快に思わなかった。

それどころか、次はどんな風にされるのだろうと期待してしまうのだ。

 

(ユノ...触り方がいやらしい)

 

ユノは相も変わらず...多くの男性がそうであるように、チャンミンの胸先を味わっていた。

 

(せんせ...すご)

 

膨らみのない胸であっても乳首は存在していて、刺激してやると固く尖ることに感動していた。

チャンミンの身体は確かに反応しているのに、かすかな喘ぎ声程度ではユノは物足りなくなった。

 

(胸は気持ちよくないのかな...。

男ってそういうもん?)

 

見当違いなところを攻めていたのかもしれないと、不安になったユノはチャンミンの表情をうかがってみた。

 

「せんせ?」

 

チャンミンは手首を噛んでいた。

ユノはチャンミンの手首を退けると、耳元で囁いた。

 

「声、我慢しないでください。

せんせの声、聴きたいっす」

 

「声なんて...出てなん...し」

 

チャンミンはぷいっと顔を背けてしまった。

 

「出てますって」

 

ユノは乳首を甘噛みしてみた。

 

「あっ...は...!」

 

ピリッとした痛みが快感となって、チャンミンの中心を刺激する。

さっきより激しく...マットレスが揺れるほど、チャンミンの身体が跳ねた。

 

「せんせって...“ここ”が好きなんすね?」

 

「そういうこと、言わないで...」

 

チャンミンは顔を覆ってしまった。

両耳は真っ赤だ。

 

「ホントのこと言ってるんすよ。

せんせのここ...すごいことになってる」

 

「...ここって?」

 

「ここっす」

と、ユノはチャンミンの固く尖った先端を、指の腹で転がした。

 

「...っふっ!」

 

チャンミンは手の甲を噛んだ。

 

「せんせって...もしかして、すごい感じやすいんすね」

 

ユノの声はどこか楽し気だ。

 

「そんなこと...っ」

 

「だってさぁ...すごい勃ってる。

 

チャンミンは「そういうことは口にしないでくれ~!」と内心悲鳴をあげていながらも、だんだん胸だけでは物足りなくなってきた。

 

「そんなに噛んだら痛いでしょ?

ほら...歯形がついてる」

 

ユノはチャンミンの手を取り、赤い点々が付いてしまった手の甲にキスをした。

手の甲に押し当てられた唇はぽってりと柔らかく、熱を帯びていた。

 

(どき)

 

優しく扱われているうちに、チャンミンはふわふわ酔った気分になっていく。

俯瞰で見るユノの直線的な眉と伏せた目、通った鼻筋に、チャンミンは見惚れてしまう。

ユノはぽぉっと呆けたチャンミンに気づくと、ふっと優しい微笑みを見せた。

 

(いつもと違うせんせ。

すごく、可愛い)

 

難しい顔をして助手席に座っていた姿とのギャップに、くらくらしてしまう。

ひととおり乳首を味わったユノは、次にチャンミンの耳たぶをしゃぶった。

 

(今のところ順調だ。

OK。

ちゃんと勃っている)

 

ユノはチャンミンの首筋を吸いながらさりげなく、確認のため自身の下半身に触れてみた。

 

(せんせは気づいているはずだ)

 

ユノの先がチャンミンの脚の付け根に押し付けられている。

ユノが抱こうとしている恋人の身体は、自分並みに大きく、体温が高く 柔らかさに乏しく、ちくちく触れるのはすね毛か...そして何よりも、アレがついている。

ユノの太ももや腰骨にくっきりと、反応したそれが押し当てられている。

 

(せんせ...やっぱし男なんだな)

 

チャンミンのものを触るか否か、ユノは迷いだした。

20年の人生のうち、自分以外のものに触れる機会など皆無。

 

(憧れのせんせのブツに触るなんて...!

なんだか、怖いなぁ。

でも、ここは触るべきなんだろう)

 

チャンミンの股間に向かいかけたユノの手は一度背筋へ戻り、そのくぼみをたどって腰へと下りてゆき、割れ目に到達した。

ユノはチャンミンの腰回りを覆うタオルをはぎ取るかどうかを迷い出した。

すると...。

 

「はうっ!」

 

主導権を握っていたはずのユノが、声をあげる番だった。

 

「せんせ、何する...ん!」

 

(俺のものがせんせの手の中に...!)

 

バスタオルの合わせから顔をのぞかせていたユノのものを、チャンミンが握ったのだ。

チャンミンの手の中に、熱く固く太いものがある。

 

(ドキドキ...)

 

チャンミンは枕元に置かれたリモコンを手探りで取ると、照明を消した。

室内の唯一の明かりは、隣室の居間から差し込む光だけで、互いのシルエットがやっと分かる程度。

聴覚が鋭くなり、互いの吐息がずっと大きく聞こえる。

 

「せんせ...暗くて見えない」

 

「恥ずかしいから...」

 

チャンミンは、バスタオルから顔を出している自身のものに気づいた途端、しり込みする気持ちが芽生えてしまった。

 

(Tシャツを着ておけばよかった)

 

男の証を目にした時のユノの反応が怖くなったのだ。

チャンミンの身体は仰向けにひっくり返された。

 

「あっ...!」

 

「せんせの顔が見たい。

真っ暗はなんか、不安っす」

 

「ユノさんは、暗いところが苦手なんですか?」

 

チャンミンの問いを無視して、ユノはの手はいよいよ、チャンミンの腰に巻かれたバスタオルにかかった。

チャンミンはそれより先に、ユノのバスタオルを取り去った。

2人は一糸まとわぬ姿になった。

 

 

(つづく)

(31)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

(せんせは『受け』の方だから、いろいろ準備がいるんだよな)

 

脱衣所から寝室に戻ったユノは、背中からベッドに倒れこんだ。

 

(どうか俺のムスコよ。

怖気つかないでくれ)

 

ユノは目をつむり、チャンミンの姿を思い返していた。

 

出逢いの日から想いが成就した日までを順に、頭の中でプレイバックしていた。

 

(泣き顔も笑い顔も、怒った顔も、せんせの顔は全部好きだ。

せんせは男だけど、なんでか知らないけど、めちゃめちゃ惹きつけられた。

見た目だけじゃないんだ)

 

チャンミンのどんなところに惹かれたのか、ひとつずつ挙げていった。

 

(神経質そうだし、仕事に一生懸命だし、真面目だし、堅苦しい人なんだけど、そういうとこが可愛いし。

...すげぇ優しいし。

からかいたくなるし、甘えたいだけだったけど...そろそろ頼ってもらわないとな。

俺、せんせの『彼氏』なんだから。

それなのに、繊細なせんせを早速傷つけちゃったし。

平気そうな顔してたけど、絶対に嫌な思いをさせちゃった)

 

「くそっ」

 

雨降りの夜、前彼に振られてボロボロ涙を流していたチャンミンを思い出した。

 

(俺はせんせを泣かせちゃダメなんだ。

せんせは直ぐに泣いちゃう人だから。

やべ...俺も泣きそう)

 

熱い涙がつーっと、耳の中へ零れ落ちた。

 

ユノは「俺、めっちゃせんせが好きじゃん」とつぶやいた。

 

(せんせ...まだかなぁ)

 

エアコンから吹き付ける冷風が身体を冷やし、鳥肌が立ち始めていた。

 

「さむっ」

 

ユノは夏掛布団の中にもぐりこんだ。

 

冷えた身体が徐々にぬくもってきた。

 

(せんせ...早く来てください)

 

と、うとうとしかけた時、マットレスが沈んだ。

 

その後、温かく湿った空気がふわっと、ユノの鼻先に触れた。

 

「ユノさん?」

 

「あ...すんません。

寝ちゃってました」

 

目を開けたすぐ側に、チャンミンの顔があった。

 

ユノの感情は、チャンミンへの想いで盛り上がったままだった。

 

わずか10分のうたた寝の間、チャンミンの夢を見ていたのだ。

 

(チャリンコでせんせに会いに行った夜。

せんせは感激して泣いていた。

思い出すだけでマジ泣ける)

 

ユノは腕を伸ばすと、チャンミンを布団の中へ引っ張り込んだ。

 

「ユノさっ...!」

 

背丈は同じくらいでも、力はユノの方が上だった。

 

ユノはチャンミンの首にかじりつくように抱き付いた。

 

照れ隠しに、「せんせ、ぎゅー」と言いながら。

 

チャンミンの湯上りの生肌が、ユノの腕に胸にと直に密着した。

 

チャンミンもユノと同様に、タオルを腰に巻いただけの姿だった。

 

「せんせ。

やっとここまできたっすね」

 

「そう...ですね」

 

顔と顔を見合わせて語るのは恥ずかし過ぎて、互いの首筋に頬を押し当てていた。

 

「変な感じ」

 

ふっと鼻から漏れ出た息が、チャンミンの肩に吹きかかる。

 

「ユノさん...。

気持ち悪くないですか?」

 

「何がです?」

 

「男と抱き合ってて...気持ち悪くありませんか?」

 

「男と抱き合うことは、気持ち悪いっすよ。

これまで、抱き合いたいとも思ったことはなかったっす」

 

「...っ」

 

身体を離そうとするチャンミンを逃すまいと、ユノはチャンミンの両腿に脚を巻き付けた。

 

「話は途中です。

俺が今、抱いているのはせんせ

せんせは男だけど、『別口』なんすよ」

 

「『別口』...」

 

「『別口』って言い方はぬるいっすね。

え~っと、『特別席』って言い方が近いかも。

前から何度も言ってるかもしれないっすけど、なんでか分からないんすけど...俺、せんせがいい」

 

ユノはチャンミンの背を抱きなおした。

 

「せんせじゃなきゃダメなんだけど。

『性別を無視できるか』と問われたら、迷いなく『できる』と答えられない、微妙なスタンスなんすよ...今のところ」

 

「そうでしょうね。

分かりますよ」

 

チャンミンはかつて、どのような誘い文句でノンケの彼氏を『その気』にさせたのか、思い出そうとしてみた。

 

(彼の場合は、アルコールの力を借りたんだっけ?

体の関係から始まったんだっけ?

同じ高校に通っていた子だった。

彼は男同士のそれに興味津々だったなぁ。

長くは続かなかった。

なんせ田舎だったからなぁ...)

 

チャンミンは、ユノの『今』に嫉妬するくせに、自分こそ経験値が高い故に過去の恋を引き合いに出してしまう癖があった。

 

「さっきは乱暴なことをしてしまって、申し訳ありません」

 

「ううん。

あれくらいしてくれなきゃ、いつまで経ってもせんせに手を出せずにいたかも。

やってみないと分かんないし」

 

「男ですみません」

 

「俺こそ、ノンケで面倒くさくてすんません。

せんせと抱き合ってて、俺...すげぇ幸せっす。

あ~、せんせって生きてるんだな、って」

 

「何ですか、それ?」

 

「ははっ。

せんせって、身体デカいんすね」

 

セミダブルのベッドは、長身の男2人が並んで寝転ぶには少々狭かった。

 

あと十数センチでつま先が飛び出てしまう。

 

「それじゃあ...やってみましょうか?

リードしてくれるんでしたよね?」

 

「...そんなこと...言いましたっけ?」

 

とぼけてみたけれど、チャンミンの顔も心も大赤面でその効果は薄い。

 

(僕ったら、なんとクサいことを口走ってしまってたんだろう)

 

きっとユノは男の身体を前にして怯んでしまうだろうから、チャンミンは力づくでコトを進めるつもりでいた。

 

シャワータイムの間、ユノは覚悟を決め、チャンミンは我に返り、めり込むほどにユノに抱きしめられたチャンミンは、雄の顔をはぎ取られてしまっていた。

 

ユノは熱気がこもった肌掛け布団をベッド下へ蹴飛ばした。

 

「リードはいりませんよ」

 

自身のそれが役に立つかたたないかが心配事として、ユノの心をずっと占めてきた。

 

チャンミンを抱きたいか抱きたくないか否か。

 

(俺は抱きたい!)

 

「せんせ」

 

チャンミンの耳たぶに唇を触れんばかりに囁いた...もちろんわざと。

 

チャンミンの首筋が粟立った。

 

ユノはチャンミンの耳下を軽く吸うと、彼の顎を伝って唇へ移動した。

 

すると待ち構えていたチャンミンの舌が絡みついてきた。

 

「んん...」

 

顔の傾きを2度3度変えては口づけ直し、唇が十分熱く火照った頃、ユノの唇がチャンミンから離れた。

 

ユノは、膨らみのないチャンミンの胸に舌を這わせていった。

 

「んっ...」

 

ジグザグと、胸先に向かう柔らかくて温かく濡れた感触は、身体の中心をむずがゆくさせる。

 

つい声が漏れてしまう。

 

ユノの舌先がつん、と触れた。

 

「んっ」

 

チャンミンの腹が痙攣した。

 

この小さな一粒とあの場所は、1本のコードで繋がっているのだろう。

 

勃ちあがりかけていたチャンミンのものが、瞬時に天を向いた。

 

にもかかわらず、チャンミンの意識の半分は冷静だった。

 

(ユノは僕の身体をどう思っているのだろう...)

 

ユノはチャンミンの胸先を味わっている。

 

ユノの髪を梳きながら、彼の頭を押しのけようか迷っていた。

 

「あっ...」

 

空いていた片方の先を、ユノはもてあそび始めたのだ。

 

2本の指でつまみ、指の腹でころころと転がしている。

 

チャンミンの中心と後ろの間が、きゅんきゅんと切なくしびれてきた。

 

ユノはチャンミンの胸先を吸いながら、余分のない胸板をさするように揉み上げている。

 

(気持ちいい。

気持ちいけれど、ユノは無理をしているんじゃないだろうか?

きっと、ぺたんこの胸に幻滅しているに違いない)

 

(つづく)


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(27)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

気まずそうなユノとチャンミンの顔を交互に見ていたQはにっこり笑い、ユノの肩を力一杯叩いた。

 

「いたっ!」

 

「どうせ私 邪魔者だし。

喧嘩でもしたの?」

 

「違うよ」

と否定してみたが、ユノとチャンミンのきまずそうな空気感は明らかに普通ではなかった。

 

「行ってらっしゃいよ」

 

「いいの?」

 

まるで小さな子供がママからお許しを貰ったかのようなユノの表情を見て、Qは、「こんなユノは見たことない」と思った。

 

(私はユノに甘えるばかりだった。

ユノは甘えられる人が欲しかったのもしれない。

私じゃもう、太刀打ちできない)

 

「じゃ、またな」

 

「じゃあね」

 

Qは小さく手を振ると、友人たちが待つテーブルへと戻って行ってしまった。

 

ユノは深呼吸をして固い表情をほぐすと、チャンミンの方を振り返り、「いらっしゃいませ」と声を張り上げて言った。

 

「接客代わります」

 

ユノは店長に目配せし、チャンミンの前へ出た。

 

店内に響き渡る大声にギョッとしたチャンミンは、途端に恥ずかしくなり、店内をキョロキョロ見回した。

 

窓際の遠くのテーブルにQが居ることを見つけて、チャンミンの気持ちはストン、と落ちてしまった。

 

(あの子は確か...)

 

ユノはチャンミンの渋い表情に気付く。

 

「たまたまっすよ。あいつは俺のバイト先知らないから」と言って、チャンミンを安心させた。

 

「せんせ、こんばんは」

 

「こんばんは」

 

チャンミンの声は消え入りそうに小さい。

 

(まさかここがユノのバイト先だったとは...)

 

発散しきれなかった熱のやり場 終夜営業している店を求めて車を走らせていたところ、たまたま目に付いた店にユノがいた。

 

チャンミンはユノに案内された席に腰を下ろすと、そそくさとメニュー表に視線を落としてしまった。

 

まともにユノの顔を見られなかったのだ。

 

2人はお互いに気まずい思いでいることに気付いていた。

 

気まずさの要因が何なのかは、概ね合致していると言ってもいいが、2人はそのことを知らない。

 

「ドリンクバーとサラダですね」

 

「はい。

......ユノさん!」

 

チャンミンは注文を受け付け厨房へと踵を返したユノを呼び止めた。

 

「まだ注文ありましたか?」

 

「いいえ。

あの...あの...」

 

ユノは、気恥ずかしさと緊張のあまりどもってしまうチャンミンを急かすことなく待った。

 

「バイトの後...僕んちに来ますか?

ちょっと早いけれど」

 

日付が変わった今日、夜勤明けのユノとチャンミンは『デート』をする予定だったのおれ

 

「喜んで!」

 

当然ユノはチャンミンからの誘いに即答した。

 

ユノの弾ける笑顔に、チャンミンはホッと、安堵のため息をついた。

 

「待ってますよ、ここで」

 

「ここでっすか!?」

あと4時間もありますよ?

暇っすよ?

いいんすか?」

 

ユノはレジカウンタ―上の時計を見て言った。

 

「本を読んで待ってます」

 

チャンミンはバッグをポンポンと叩いた(チャンミンは読書家なのだ)

 

「分かりました!

俺、仕事頑張るんで、せんせも頑張って待っててください!」

 

こうしてバイト終了時間までの間、ユノはチャンミンのテーブルへせっせと料理を運んではサービスをしたのだった。

 

「ユノさん...いいのですか?」

 

「へーきっす」

 

「在庫が合わなくなりませんか?

怒られないのですか?」

 

「怒られます」

 

「ユノさん!

駄目ですよ!」

 

「んなこと言って、せんせ、全部食べちゃったじゃん。

せんせって大食いなんすね。

新発見だ」

 

「...全部払います」

 

「俺オリジナルメニューもあるんで、値段がつけられません」

 

「そういうわけにはいきません!」

 

「俺の驕りっす」

 

2人の会話は、遠慮するチャンミンとそれを押し切るユノとの間で、どうしても押し問答になってしまう。

 

結局今回もユノの押しが勝ち、チャンミンはあきらめることにした。

 

Qたちは帰ってしまった店内は、チャンミンひとりだけだった。

 

休憩時間をたっぷり2時間オーバーで取ってしまった店長は、押し問答する2人を放っておくことにした。

 

 

チャンミンは車で、ユノは自転車だった。

 

愛車を駐車場に置いておくわけにはいかないため、チャンミンのマンションで集合となった。

 

先に到着したチャンミンは、こもった空気を入れ替えるため、窓を開け放った。

 

そして、大急ぎで部屋の片づけを開始した。

 

当初の予定よりずっと早くユノが訪れることになり、室内には見られたくないものがそのままになっている。

 

つまりそれらは、乾燥中のアレとか、ぬるぬるした液体が入ったボトルとか、散乱した丸まったティッシュペーパーとかいったものだ。

 

モヤモヤの発散方法といえばアレしかない。

 

ユノと『アレをする!』と、心を決めたことによる前準備を兼ねてもいた。

(ユノに発見されて相当恥ずかしい思いをしたにもかかわらず、懲りずに使用してしまうチャンミン)

 

チャンミンはゴミ箱を空にし、目を細めてソファの座面によからぬものが落ちていないかチェックをした。

 

それから、洗面所で乾燥中だった例のブツのやり場に、しばし考えを巡らせた。

 

(これはどこに隠そう...。

浴室だと、ユノが入浴するかもしれないから駄目だ。

やっぱりクローゼットか)

 

タオルにくるんだそれを携えたチャンミンが、洗面所を出たところでチャイムが鳴った。

 

(ユノだ!)

 

ユノがチャンミンに会いたい一心で愛車を爆走させた結果、予想より早い到着となったのだ。

 

洗面所から玄関まで数歩の距離。

 

「!」

 

鍵を外し玄関ドアを開ける直前、今自分が何を携えているかに気づいた。

 

チャンミン宅は、玄関から短い廊下を経てリビングが、リビングの隣に寝室がある間取りになっている。

 

「ユノさん!

ちょっ、待って...」

 

クローゼットのある寝室へと向かいかけた時、背後の玄関ドアがそっと開いた。

 

ドアの隙間から、汗だくのユノが顔をのぞかせている。

 

「せんせ?」

 

「ユ、ユユノさん!」

 

チャンミンはさっと、タオルにくるんだそれを背中に隠した。

 

「は、早かったですね」

 

「そりゃあもう...せんせに会いたいからに決まってるっすよ」

 

ユノはニコニコ顔でスニーカーを脱いだ。

 

「せんせ?

どうしたんすか?」

 

「いえいえ、別に」

 

ユノに背中を見せるわけにはいかないため、リビングへと後ずさりしてゆくしかない。

 

「せんせ...何か隠してます?」

 

ユノに背後を覗き込まれそうになり、チャンミンは「もう隠しきれない!」と諦めかけたが...。

 

「ユノさん!

鍵、鍵を締めてください!

ドアチェーンも閉めてください!」

 

「あー、すんません」

 

ユノが引き返すやいなや、チャンミンはリビングへと走った。

 

そして、チャンミンは何を思ったのか、タオルにくるんだそれを、開け放った窓ガラスの向こうへと放り投げた。

 

寝室は遠すぎると判断したのだろう。

 

それはサンダルを乗り越え、ベランダに置いた鉢植えに受け止められて止まった(ベランダの柵を超えて落下してしまったら、犯罪行為になる)

 

「鍵締めたっすよ」とユノがリビングに現れるのと、チャンミンがカーテンを閉めたのは同時だった。

 

(セーフ!)

 

ユノはチャンミンの挙動不審さには慣れているため、先程のチャンミンの不審な様子の件など忘れていた。

 

(つづく)

 

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(25)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

ユノが年上の、それも男性と恋愛関係にあることは、学校関係やバイト先も含めて誰も知らない。

 

ユノにしてみたら、内緒にしているつもりはなく、尋ねられていないから答えていないだけだ。

 

唯一気付いていそうなのはQだった。

 

Qの鋭い女の勘は、ユノとチャンミンの関係性は単なる教師と生徒間のドライなものを超えていて、2人の間に意味ありげな空気があることを察していた。

 

あれだけチャンミンに金魚のフンのように付きまとっていたユノだ。

 

女の勘がなくとも、ただならぬ想いを抱えているのだろうと疑うことは出来ただろう。

 

彼女とは自動車学校を卒業して以来、学校が違うこともあり、会う機会も動機も無くなってしまった。

 

(Qについては放置で構わない。

でも、友達にはどこかで話しておかないとなぁ...。

俺には付き合ってる奴がいるって。

だから、合コンには行きたくないって。

合コンを全て断るわけにはいかないけれどさ。

あいつらのことだから、「どんな子?紹介してよ?写真見せろよ」としつこいに決まってる。

そん時は、嫌だと断ればいいことだ。

わざわざ、恋人が『男』だと説明する必要はないのか、そうかそうか)

 

未だチャンミンにバレているのかいないのか、確信が持てずにいることに考えが及ぶと...。

 

(もしバレているのなら、せんせは嫌な思いをしていると思う。

こうやって思い悩んでいる俺自身も嫌だ。

はっきりとカミングアウトした上で、事情を話して誤解を解かねば。

それから、俺とせんせの付き合いは、周囲に内緒でコソコソとしたものじゃないことを証明するために、どこかで友人たちにはカミングアウトした方がいい。

俺の両親やせんせのご実家に挨拶に行くのは...まだまだ早すぎるな。

あとは~、そうだ!

せんせ相手に勃たなかった問題だよ!

きっと、俺が緊張しまくってたせいだと思うけど、もう一度確かめてみないと。

ああ~!

俺には課題がいっぱいある。

ひとつひとつ解決してゆかないと!」

 

と、ユノの思考は忙しい。

 

 

客の波が落ち着いたところで、夕方から働きっぱなしだった店長が休憩に入った。

 

この間、ユノひとりで厨房とフロアをカバーする。

 

フロアは無人だった。

 

大きなガラス窓に、天井からぶら下がる照明と、フキンでテーブルを拭いて廻るユノが映りこんでいた。

 

低価格を売りにしたこのファミリーレストランに、モデル級イケメンの深夜バイトスタッフがいる。

 

厨房スタッフのユノがフロアに出ているのはこの時間帯くらいだから、とても貴重な光景だ。

 

そして、この店の前を通りかかった多くの女性たちは(年齢は問わない。それから何割かの男性も)、もっと間近でユノを眺めたくなって吸い寄せられるように入店するのだ。

 

全てのテーブルを拭き終えた時、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 

「いらっしゃませぇ」

 

新規客は女子大生風3人組だった。

 

新規客に対応しようとエントランスに歩み寄ったユノは、目を丸くした。

 

彼女たちのうち1人も、元から大きな眼をもっと大きくした。

 

「ユノ!

久しぶり!」

 

Qだった。

 

 

Qは相変わらずセンスのよい洋服を身にまとい、可愛いらしい顔をしていた。

 

卒検の前日以来だった為、約2週間ぶりだった。

 

「3名様ですね」と、店員の顔をしたユノの眼は、まん丸にしたものから通常モードの切れ長なものに戻っていた。

 

「やだなぁ、他人行儀なんだから。

私と会えて、嬉しくもなんともないの?」

 

ユノはQから目を反らすと、メニュー表3冊脇に挟んだ。

 

「いや...久しぶりだなぁって思って。

えーっと、お好きな席にどうぞ」

 

(なぜだろう。

胸がドキドキしている。

あの時のことを気にしているんだろうか)

 

『あの時』とは、ユノとチャンミンが一緒にいたところを、Qから嫌悪感ある視線を向けられた日のことだ。

 

Qの友人2人は、ユノの顔とスタイルの良さを目の当たりにして、興味しんしん表情を輝かせている。

 

ユノはメニュー表とお冷をテーブルに置くと、「ご注文が決まりましたら、ボタンでお呼び下さい」と、そそくさとその場を去った。

 

「知り合いなの?」「まあね」と、彼女たちがヒソヒソ話す声を背に、ユノはため息をついた。

 

(まさか、俺とせんせのことを、面白おかしく話してはいないだろうけど...さ)

 

その後オーダーを受けたユノは厨房に引っ込み、調理台に伏せて仮眠を取っていた店長を揺り起こした。

 

客はQたち3人組だけだ。

 

(おかしいな)

 

ユノが料理を運び終えるまで、ちょっかいを出してこないQが怪しかった。

 

「ユノ!」

 

オーダーの料理を全て運び終えた時、Qの手がユノの肘を捕らえた。

 

「いよいよきたな」とユノは思う。

 

大人しくしていられるQではないと、覚悟していたからだ。

 

「ユノ。

どう?」

 

Qの言う『どう?』は、ユノの体調や暮らしぶりを訊ねていないことは明らかだ。

 

ユノの恋愛事情を訊ねているのだ。

 

「『どう?』って...」

 

ユノはこの場でチャンミンとの関係について、正直に話してしまおうか迷った。

 

ユノもチャンミンに負けず劣らず、この恋についてグズグズと思いつまずいているが、不思議なことに後ろめたさは無かった。

 

(でも...)

 

眉をひそめたり面白がる者たちに、これは真剣な恋なのだと説明することが面倒なだけだった。

 

ユノはちらりとQの連れ2人を見た。

 

「仕事中なんだけど?」

 

つっけんどんな対応でもQは気にしない。

 

「休憩はいつ?」

 

フロアの壁かけ時計を見上げると、あと数分で休憩時間だった。

 

(以前、Qから『ホモなの?』と訊かれた。

その口ぶりに悪意があったけれど、Qを責められない。

これまでの俺はズルかったからだ。

Qの気持ちを知っていながら、のらりくらりとかわしてきた。

ある日突然、俺はせんせに夢中になった。

野郎に夢中になった。

Qが驚いて当たり前なんだ。

...よし。

今夜はっきりさせてやろう)

 

「分かった」

 

ユノは頷いた。

 

(つづく)

 

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(24)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

(ユノの運転テクニックの話よりも...)

 

「一人暮らし」ワードを手掛かりに、ユノの交際範囲(特に女子)を探ろうとしていたチャンミンは、会話の軌道修正をはかった。

 

「...今どきの子は...どういうところでデートするの?」

と、質問してしまった直後、ストレート過ぎる内容だったことにチャンミンは気づいた。

 

「すみません!」

今の質問、セクハラでしたね」

 

慌てたチャンミンは、両手をバタバタと振った。

 

「忘れてください!」

 

昨今、この手の話題は要注意だ。

 

チャンミンが勤務する自動車学校では、職員間は当然、教習生相手にセクハラまがいな話題はNGだ。

 

U君は正面を向いたままだったから、隣で大汗をかいているチャンミンに気付かずに済んだ。

 

「いや...別に構いませんよ。

人気のスポットに行って、流行りのもの食べたり、買い物したり...互いの部屋に行ったり...そんなもんじゃないですかねぇ」

 

「例えば、どんなところに?」

 

「そうですねぇ...」

 

U君は最近注目を集めているスポットを複数挙げてゆき、チャンミンはそれを脳みそに叩きこんでいた。

 

チャンミンは翌日ユノとのデートを控えていたため、ちゃっかり情報収集を兼ねることにしたのだ。

 

「そういう先生こそ、彼女さんとデートはどうなんです?」

「え゛?」

 

「絶対にいるでしょう?

先生はイケメンだから、モテるでしょう?」

「ぼ、僕がですか!?」

 

チャンミンはこれまで、男女問わずモテたという認識がなかった。

 

女性教習生たちがチャンミンを遠目に、「あの先生、かっこいいよねぇ」と噂していることに気付いていない。

 

チャンミンの恋愛対象が男性ということもあるが、彼の眼には「好きな人」しか映らないからだ

 

若者の恋愛事情を探ろうとしていたのに、自身の方に話を振られ、言葉が詰まってしまった。

 

しかも『彼女さん』とは!

 

「い、いませんよ。

フリーです、フリー!

寂しいもんですよ、はははは」

 

ムキになって否定するチャンミンに、U君は「本当ですか~?」と怪しげに目を細めた。

 

「自動車学校の先生って、出逢いがごろごろ転がっていそうなんですけどね~」

 

「ここは免許を取りに来る場所ですから。

そんな余裕は指導員にも教習生さんにもありません」

 

大嘘をつくチャンミン。

 

「こっそり付き合ってる人たち、いそうなんですけどねぇ...」

 

(どきぃ)

 

疑わし気につぶやくU君に、チャンミンは滝汗をかいていた。

 

「いるでしょ?」

「いないですよ!」

「そっかぁ、恋愛禁止でしたよね、この学校?」

 

これ以上、自身の恋愛事情を追求されたくない。

 

「まあまあ...

ほら、信号が青になりました。

発進しましょう」

 

「はい」

 

「セクハラですね」と言ったそばから、「今どきの大学生の子たちの出逢いの場所って...やっぱり合コン?」と、チャンミンは諦めず質問した。

 

「妙に食い気味の質問だなぁ」とU君は思う。

 

「どうかなぁ...。

出会い系のアプリもよく使いますよ。

コンパのメンバーもそれで募ったりするんですよ」

 

「そうなんですか...」

 

「ユノを合コンに出すと、女子の食いつきがいいから」

 

「駄目です!」

 

「え?」

 

チャンミンの大声に、U君は目を丸くしている。

 

「その気になっていない者を参加させて、もし彼のことを好きになってしまう子がいたらどうするんですか?」

 

「その時はその時で。

ユノは上手にあしらっているんで...あしらってるなんて言い方は失礼ですね。

女の子たちを傷つけないよう、やんわりとね」

 

「そうだとしても、女の子たちに失礼です...だと思います」

 

「ずいぶん、ムキになってるなぁ...」と、U君は思う。

 

「合コンにガチを求めていませんよ。

気軽な飲み気分です。

女子も怒りませんよ。

盛り上がらなければ、そのまま解散にすればいいことですし。

いい感じの子が見つからなかったら次の合コンへ期待すればいい、って感じです」

 

「なんだかスミマセンでした。

僕の時代の頃は、合コンとは本気モードだったので。

ははっ」

 

「あの~。

これで何周目ですか?

まだ廻るのでしょうか?」

 

外周コースをぐるぐる回り続けていた教習車。

 

 

デート前日、23時のユノ。

 

(今夜のバイトが終われば、せんせに会える)

 

バイト先のファミリーレストランの更衣室。

 

(ごたごたと段ボール箱が積み重り、ペーパータオルやハンドソープのストックで更衣ロッカー内のいくつかを埋めている。

小さな窓があるきりの薄暗い小部屋だが、エアコンを新調したばかりで快適だ。

制服はコックコートタイプで、厨房担当は黒の、フロア担当は赤のエプロンをする...制服に憧れて就職を希望する者はいそうにない、ありふれたデザイン)

 

制服に着替えたユノは、紙製キャップとマスクを手に厨房へのスイングドアをくぐった。

 

「ユノ君!

シフトに入ってくれて...ホント、助かるよ」

 

店長はユノの顔を見るなり、心底安心した表情になった。

 

この店はただでさえ人員不足な上、数日前にホール担当の深夜担当バイト生が辞めてしまったのだ。

 

次の新人が入るまでの穴を、ユノが埋めることとなった。

 

店長がホール全般を、ユノが調理と配膳の両方を担うこととし、2名でモーニングタイムまで踏ん張らねばならない。

 

店長は、頭の回転が速くきびきびと働くユノを大きく買っていた。

 

「卒業後はうちに就職して欲しいくらいだよ」と勧誘する店長に、ユノは曖昧ににごして逃げていた。

 

(学校を卒業したら...俺は何をしたいのだろう?)

 

自身のビジョンが明確ではないからといって、就職活動を放棄してこの誘いに甘えたくなかったからだ。

 

「困った人は放っておけない」信念が強いユノだったから、可能な限りは協力してやりたいと思うのだ。

 

店長は呼び出しベルに対応するためフロアへ、手洗いを済ませたユノは冷凍庫からミックスベジタブルの袋を取り出した。

 

ユノの勤務は、明日の早朝までだ。

 

モーニングタイムに合わせて出勤してくる者とバトンタッチしたら、店を出て向かわねばならない所がある。

 

チャンミンと駅前のカフェで合流する予定になっていた。

 

そのカフェで一緒にモーニングセットを摂ることから、2人の初デートはスタートする。

 

これから休憩時間を含めて9時間勤務。

 

客が多ければてんてこ舞いになるだろうが、その後の楽しみを思うと頑張れる。

 

(チャンミンせんせー。

楽しみです)

 

熱した鉄板の上でミックスベジタブルを炒めるユノは、ひとりくすくすと笑っていた。

 

(つづく)

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