(2)奥さま手帖-10月-

 

<10月某日>

 

雨のち晴れ

H回数:1,993回

(昨夜、1回

濃度、ノーマル)

 

【昨夜のこと】

海外ドラマ『ゴシップ・ボーイ』を観る。

ユノのひとこと

「出てくるメンズはなんでマッチョばっかりなんだ?

高校生なのに、身体、仕上がり過ぎてるだろ?」

(確かに)

 

【男子高校生Qと教諭Zの禁断の恋について】

ユノのアドバイスは以下の通り

・何が何でも、男子校設定にすること。

(”だんしこう”の響きが既にいやらしいから)

 

・交わりを目撃してしまったのは、教諭Zの恋人である養護教諭(♀)にすること。

(女性を登場させると、ストーリーが引き締まるから)

 

・交わりの場所は、保健室のベッド(こういう王道の設定が、読者を萌えさせる)

このアドバイスを参考に、執筆すること。

※( )内はユノの注釈

 

 

ユノの寝顔を眺めるのが好きだ。

寝顔が可愛すぎて、マジックペンでいたずら書きしたくなる(我慢する)

 

【5:30】

起床

股関節が痛い

(昨夜のせい)

 

【7:00】

ユノ起床

朝食

トースト、スクランブルエッグ、コーヒー牛乳

ユノ、トーストを持ったまま居眠りしていた。

 

【8:00】

ゴミステーション当番

Uさん、いつものようにゴシップ好き。

隣家の娘さんが夫婦喧嘩をして帰ってきているそう。

(旦那さんの浮気疑惑が原因らしい)

 

【9:30】

お仕事スタート

教諭Zは男子高生Qと身体の関係がある。

ところが、教諭Zには養護教諭(♀)の恋人がいる。

最悪なことに、

教諭Zと男子高生Qがヤッているところを、養護教諭(♀)が目撃してしまう。

ベッドの上がいいか?

体位をどうすればいいのか?

服は着たままがいいのか?

※覚え書き・・・夜、ユノの意見をきくこと

 

【ネット通販リスト】

・ローション

アダルト通販サイト『マーベラス・LOVEハンター』10%OFFクーポンの期限が明日まで

 

【17:00】

スーパーで買い物

 

【買ったもの】

・アジフライ3尾入り

(半額シール)

・豚の細切れ400g

(30%割引シール)

・野菜いろいろ

・ひと口バームクーヘン

(明日のおやつ)

・低脂肪牛乳

(お腹がぽっこりしてきたから、ダイエットしなければ)

・ポン酢しょうゆ

・トイレットペーパー12ロール

(ユノはダブル派)

※給料日まであと4日。

(スーパーに行く日を減らすこと)

 

【覚え書き】

一昨日から「大」が出ていない。

今夜、イチヂクすること。

 

【19:15】

ユノ帰宅

最近のユノは、なんでもポン酢をかけて食べるのにハマっている。

(僕はソース派だ)

 

(1)奥さま手帖-10月-

 

これは僕らの日常を綴った記録だ。

結婚祝いに妹Xから日記帳を贈られた。

「なんでもかんでも記録するの、好きでしょ?」って。

(その通りだ)

かなり値が張っただろう、布張りの表紙に、鹿の親子が刺繍された豪華な造りだった。

(300年前の西洋のどこかのお嬢さんが持っていそうな日記帳だ。

住み込みの家庭教師に片想いをしていて、その恋心を綴るのだ)

独身時代に使用していた日記帳も残り数ページになっていたことだし、新しい生活、新しい日記帳でスタートをきるのも素敵だろうなぁと思った。

隠居の身となった時、このノートを開き、旦那さんとお茶でも飲みながら、思い出話をするのも素敵だろうなぁと思った。

奥さまにあたるのは僕、旦那さんにあたるのはユノだ。

これは日記だから、小説じゃない。

退屈で面白くないだろうから、あらかじめお断りしておきます。

僕だけ目線だとフェアじゃないから、週に1度はユノにも書いてもらうことにします。

 

 

<10月某日>

雨。

H回数:1,992回

(※ユノと出会ってからの回数をカウントしている)

昨夜はナシ

(夕飯のメニューが超激辛麻婆豆腐だったから)

 

ユノ、7時45分起床。

15分で身支度して出勤する。

家を飛び出していくユノに、朝ご飯を投げる。

(目玉焼きを挟んだトーストを二つ折りして、アルミホイルで包んだもの)

ユノ、キャッチ成功。

 

【9:00】

お仕事スタート

主人公Qが理科準備室で、教諭Zに押し倒されるシーン。

カーテンは開けたままにするか悩んでいる。

誰かに覗き見された方が、話は盛り上がるから開けたままにしておく。

そうなると、理科準備室は1階設定にしなければならない。

現在の設定では3階設定。

団地の住人が「たまたま」双眼鏡をのぞいていた時に、男性教諭と男子学生の交わりを「たまたま」目撃してしまった...という設定も無理がある。

覚え書き・・・今夜、ユノに意見をもらうこと

 

【12:00】

昼食、カニチャーハン。

(ユノの弁当と同じ)

 

【13:00】

お仕事再開。

理科準備室は1階設定にする。

目撃してしまうのは、Z教諭に片想いしている女子高生にする。

紺色のスカーフのセーラー服。

ここで悩む。

現在の設定では、男子高校。

覚え書き・・・今夜、ユノに意見をもらうこと。

 

【17:00】

雨降りなので買い物に出かけない。

餡かけチャーハンにする。

(今朝作り過ぎたカニチャーハンのリメイク)

テレビ番組の罰ゲームで『餡かけ砲』というのがあるが、ぐつぐつに煮えた餡を前にゾッとした。

とろみのせいで、いつまでも冷めないのだ。

 

【19:00】

ユノ帰宅

※ゆっくり日記帳に向かえるのは夕方まで。

特にユノがいると、落ち着いて書いていられないので、夜に起こったことは翌日にまわすことにしている。

 

保護中: 奥さま手帖

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(64)オトコの娘LOVEストーリー

~チャンミン~

 

タクシーの中でのことを思い出していた。

「僕とキスできますか?」とユノさんに質問した。

YUNさんは「出来る人」なんだろうな。

それができちゃうYUNさんが大人っぽくて、悪い男の人みたいで、カッコいいなぁなんて矛盾した思いも抱えている。

でも、ユノさんには「恋人や好きな人がいながら、他の人とキスなんて出来ないよ」と言ってもらいたかった。

勝手でしょう?

僕からキスをおねだりされたと捉えたユノさん。

ユノさんの顔が近づいてきて、「くる!」ってすぐに分かった。

キスする場所がホテルでの時と同じように、口じゃなくて首だった。

今夜のキスは、あの日のもののパワーアップ版だった。

僕の思考はストップしてしまって、全神経は耳の下に集中していた。

ユノさんの体温が伝わってきて、唇の濡れた感触にぞくぞくっとした。

ちょっとだけ、変な声が出てしまった。

この感覚って、もしかして...「感じる」ってやつですか?

ユノさんったら、舐めるんだもの。

汗をかいてたから、しょっぱかったかなぁ。

お風呂に入ったばかりだから、臭くはなかったはず。

あー、どうしよう。

今思い出しても、ドキドキする。

でも。

僕の反応を楽しんでたら嫌だな、って思った。

だから、唇へのキスは「駄目です」って拒んだ。

だって、ユノさんの真意が分からない。

男の人に相手にされない僕を憐れんで、「代わりに俺がキスしてやろうか」みたいなノリなんじゃないかって、卑屈になった。

「駄目」って断っておきながら、本当は嬉しかった。

余程なことがないとキスなんて出来ないでしょう?

僕を味わうようなキスで...うん、素敵だった。

僕は『女』になってた。

ユノさんは誤解しているだろうけど、僕は女の子になりたいわけじゃない。

ユノさんのことを兄の友人、と慕うだけではいられなくなってきたのだ。

ユノさんは僕のことを、どんな風に見ているのか知りたくなった。

「そろそろ、嫁さんの様子を見に行ってくるよ。

ガキどもを頼んだぞ」

お兄ちゃんはカップの中のコーヒーを飲み干すと、僕の肩を叩いた。

「うん。

任せておいて」

お兄ちゃんの背中を見送った僕は、靴を脱いでベンチに長々と横になった。

僕は背が高いから、足首から先が飛び出している。

「はぁ...」

YUNさんに続きユノさんと...今夜の僕はキスめいている。

人生初だ。

ユノさんにメールを送ろうと、ポケットの中を探った。

 

 


 

~ユノ~

 

俺は大胆なことをしてしまった。

彼の首にキスをしてしまった。

唇にするやつよりも、うんと大胆でいやらしいキスだ。

彼の匂いや皮膚の感触、伝わる体温や震えに、俺は猛烈に「感じて」しまった。

あんなに可愛らしい声を漏らすとは。

あそこがタクシーの中じゃなかったら、本気で押し倒してたかもしれない。

異性に対して魅力に感じるところとは、性格や交わす会話の内容も大事だが、見た目や触り心地も重要だと思う。

女性らしい部分...丸みやくびれ、柔らかさなどに。

ところが、彼にはそれがない。

目の高さが俺と同じで、ぺたんこのお胸に小さなお尻、骨ばった手足。

チャンミンは男だ。

それなのに、彼から女の色気を感じるんだ。

さっきから手の中でもて遊んでいたものに、視線を落とす。

黒色のスマートフォン。

マンションに到着し、降りようとしたタクシーのシートに、緑色に点滅する光を見つけた。

チャンミンがメールを送信し終えた時、俺は彼の手を握ったり、キスをしたりしたから、驚いた末ぽろりと落としてしまったのだろう。

仕事帰りに届けてやろう。

困っているだろうから。

「ユノ先輩!」

後輩Sに肩を叩かれ、飛び上がった。

「いでっ!!」

弾みでデスク天板の裏にしたたか打ち付けた膝をさすった。

プリント用紙を抱えたSが呆れた顔で俺を見下ろしていた。

「先輩...。

いい年して『それ』はないっすよ」

「へ?」

「もしか気付いてないんすか?

これから会議があるんすよ。

『それ』はまずいですって!」

「なんだよ!

はっきり言えよ」

Sは顔をしかめて、囁いた。

「...キスマーク」

「!!!」

俺はトイレまで駆けて、鏡に映る自分に仰天した。

耳の後ろ。

昨夜のシャワーはぼーっとした頭で浴び、目覚ましで浴びた今朝のシャワーも、ぼーっとしていて気付かなかった。

犯人はリアだ。

キッチンの床でもつれあっていた時、そういえば強く首筋を吸われた。

彼に気付かれたか...?

大丈夫。

バルコニーもタクシーの中も、暗がりだった。

多分、見られていない。

「あ!」

自分の方こそ、彼に付けてやしないだろうな?

目をつむってあの時のことを思い出す。

強くは吸ってはいないはず。

終業時間が待ち遠しかったが「よし」と声に出し、気持ちを切り替えてSの元へ戻った。

「せんぱーい、絆創膏もらってきました!」

Sが戻ってきた。

 

(つづく)

 

(63)オトコの娘LOVEストーリー

~YUN~

 

サイドテーブルに置いた携帯電話が通知ランプを点滅させていた。

ブラインドの隙間から、夜明け前の白んだ光がぼうっと差し込んでいる。

いつもだったら無視するところだが、眠気が一向にやってこない今夜に限っては、スマートフォンに手を伸ばした。

時刻は4時。

作品制作を始めるには早いが、寝付けそうにないから起きてしまうことにした。

俺の隣で寝息をたてている女を起こさないようにベッドを抜け出し、スマートフォンの通知内容を確認する。

チャンミンからメッセージが届いていた。

「義姉の出産に伴う手伝いがあるから仕事を休ませてほしい」という内容だった。

「残念」

昨夜、食事に誘い、帰りの車中で唇を奪ってしまった。

カチカチに緊張したチャンミンの幼さっぽさには、今思い出しても笑みがこぼれる。

成熟しきっていない華奢な身体をワンピースで包んで、ユニセックスな妖しい雰囲気にやられてしまった。

からかう気持ちでチャンミンに口づけた時、触れた唇からびりっとした刺激が走った。

次はこの子だ。

すぐにでも、チャンミンをモデルにした作品作りに取り掛かりたかったから、非常に残念だ。

ベッドに残した、横顔を長い髪で隠した女を振り返った。

彼女もいいモデルだった。

目鼻立ちがくっきりとした、典型的な『美人』だ。

作品の人体部分の無名性を保つことに成功し、周囲を彩る草花を主役に表現することができた。

どんなポーズをとらせても安定感のある顔かたちのため、お手本のような人体像に仕上った。

その反動でか、危うさを漂わせたチャンミンに目がいった。

次の作品は人体部分を主役にしたい。

男と女の間をさまよう揺らぎのようなものを、写し取ることができたら最高だ。

「身も心も」の言葉通り、相手の全てを手中におさめていく過程と並行して、作品も完成に向かっていくのだ。

俺に観も心も奪われ突き放され、涙をたたえた透明な瞳を早く目にしたい。

久方ぶりに、闘志のようなものがみなぎってきた。

面白くなりそうだ。

シャワーを浴びて寝室に戻ってみると、女は未だ眠っていた。

チャンミンとのキスで欲に火がついた俺は、深夜過ぎにも関わらず彼女を呼び出した。

この女は俺が欲しい時に呼び出せば、いつでも尻尾を振って駆けつけ、激しく抱かれる。

よく勘違いされるのだが、俺は遊び人じゃない。

恋人に対しては細やかな気配りを欠かさないし、彼らが欲しがる言葉もふんだんに与えてやる。

いい顔をしていてもらわないと困るからだ。

俺が恋人に求めるものはただ一つ。

作品制作にインスピレーションを与えてくれるか否かだ。

熱っぽい目で見つめられながら、俺は作品を作り上げる。

俺にとことんのめり込ませた挙句、彼らから引き出せるものが枯れたら、残念ながら終わりの時だ。

切れ味よいナイフのようにスパッと切り捨てる時もあれば、彼らに期待を持たせたまま時間をかけて引きちぎる時もある。

チャンミンという次のモデルを見つけてしまった俺は、目の前の女と終わりにしなければならない。

その予感を察したのか、俺に刻印を残すかのように激しく吸い付きやがって。

子供っぽい行為に走る彼女が不憫になった。

恐らくチャンミンは、このキスマーク見つけてしまっただろう。

一瞬の間に見せたショックを受けた表情に俺はほくそ笑んだんだ。

酷い話だが、泣きわめいてすがりつく姿からインスピレーションを得る時もあった。

ひと悶着ありそうな予感がしたが、それもいいスパイスになりそうだ。

さて、あとでチャンミンに電話をしてやろう。

男にしてはやや高い、弾んだ声で電話に出るだろう。

君が俺に夢中になっていることなんて、お見通しなんだよ。

 


 

~チャンミン~

 

お兄ちゃんは産科待合室のベンチの間で行ったり来たりしていた。

僕を一目見て絶句する。

「...!?」

自分の髪が真っ白だってことを忘れていた。

甥3人はベンチに寝転がって眠っている。

「予定より早いね」

「そうなんだって。

予定通りにはいかないものだな」

困った顔をしていながらも、嬉しそうだ。

「仕事は大丈夫なのか?」

お義姉さんが入院している間、家のことを任されているのだ。

「大丈夫。

理解ある上司なんだ。

そんなことより、お兄ちゃんこそ立ち会うんでしょ?

いかなくていいの?」

「俺にうろちょろされると気に障るらしい」

「駄目だよ、行ってあげなくっちゃ。

僕ちゃんたちは僕が連れて帰るから」

「助かる。

登園グッズは玄関にあるからさ」

「お兄ちゃん...すごいねぇ...4人だよ?」

「ホントだよ。

3つ子も予定外だが、4人目も予定外だ。

稼がなくちゃなぁ...」

お兄ちゃんは、両腕を上げて大きく背伸びをすると立ち上がって自販機で買ったコーヒーを僕に手渡してくれる。

柔道部員だったお兄ちゃんは僕の肩までの背で、がっちりとした肩と太い首をしている。

「こっちでの生活は、どうだ?」

「ぼちぼち」

僕とお兄ちゃんは血の繋がりはない。

僕のお父さんとお兄ちゃんのお母さんとが再婚した結果、僕たちは兄弟になった。

「俺んとこに呼べなくて悪かったな。

ユノに可愛がってもらってるか?」

ユノさんの名前が出てドキリとした。

「うん」

「腹いっぱい食べさせてもらってるか?」

「うん」

「あいつは優しい奴だからなぁ」

そうそう、ユノさんは、優しいんだ。

「ねえ、お兄ちゃん。

ユノさんって、大学生の時どんな人だったの?」

「モテてたな」

「やっぱり?」

「女子たちにキャーキャー言われてたけど、根が照れ屋な奴だから、居心地悪そうだったなぁ」

「へぇ...。彼女は?」

さり気なさを装って質問した。

「いっぱいいた?」って。

「モテてたわりに、彼女はそう何人もいなかったなぁ。

俺が知っている限りでは...1、2...3人...くらいか?

彼女一筋なんだって。

今の彼女が4人目になるかな、多分。

二股かけてなければ、の話だが」

「ふ、二股!?」

「冗談だよ。

あいつはそういう奴じゃない」

よかったー。

心の中で、深い安堵のため息をついた。

「ユノと同棲してる彼女はどんな子だ?

邪魔していないか?」

「凄い綺麗な人だよ。

ほとんど留守にしているみたい」

「兄貴がもう一人増えたみたいでよかったじゃないか?

ユノにお前を見てもらってるから、俺は安心だよ」

リアさんといちゃいちゃしているのを見てモヤモヤした感情は、愛情を横取りされてヤキモチを妬いた弟みたいなものだろうって。

今の僕は、それとは少し違ってきた。

 

(つづく)