(29)チャンミンせんせ!

 

 

「...イヤよ。

イヤ...イヤ!」

 

Qはぶんぶん首を振った。

 

「イヤと言われても...。

Qのことは妹みたい 友達としか思っていなかったよ」

 

「でも私たち、すごく仲いいじゃない。

私の友だちも、『付き合ってるみたい』って言ってたのよ?」

 

「飯や飲みには一緒に行っていたから、そう見られていても仕方がないさ」

 

「海にも行ったし、買い物にもしょっちゅう一緒に行ったし!」

 

「う~ん。確かに、付き合っているのと変わらないよな」と、Qの挙げる例を聞きながら、ユノは心の中で頷いていた。

 

「ユノんちに泊まったこともあったじゃない!」

 

「あれは、部屋の鍵を失くしたからだろ?」

(実は、ユノとQとの間でそういう出来事があったのである)

 

「泊まっただけじゃん。

何もなかったじゃん」

 

ユノの言う通りである。

 

その夜、何かがあったのだけど、ユノは酔っ払っていてそれを覚えていないわけではない。

 

男と女が狭い部屋に2人きり...何が起こるかはご存知の通り。

 

でも、何もなかった。

 

下戸に近いユノは完全なる素面で、その夜のことははっきり記憶している。

 

Qを自身のベッドに寝かせ、自分は壁にもたれてゲームに没頭することで朝まで過ごすことにした。

 

ユノの方に向けたQの背中から、自分を襲って欲しい期待がびんびん伝わってくる。

 

ユノをベッドに引きずりこむだけの強引さは持ち合わせていなかったQも、そうそう悪い子ではない。

 

男だもの、多少のムラムラはあった。

 

(付き合ってもいないのに手出しするわけにはいかない。

関係を持ったから付き合うことになるとか御免だ)

 

指一本触れなかったユノもよく頑張った。

 

「何もなかったから、友達止まりって言いたいんでしょう?」

 

Qの低くて、押し殺した声。

 

「......(そうです)」

 

待合室に居合わせた教習生たちは、居心地が悪くなって部屋を出ていた者もいれば、野次馬根性で居続ける者もいた。

 

注目を浴びていることなど気にならないほど、二人の空気は緊迫していた。

 

「...ユノは私をコケにした」

 

「えっ、何だって?」

 

Qの声は小さくて聞き取れず、ユノは訊き直した。

 

「私を馬鹿にしてたってことよ!」

 

「馬鹿になんてしてないよ。

ごめん...Q。

曖昧にしてきた俺が悪いんだ」

 

「私をその気にさせておいて!

もぉ、知らない!」

 

Qはくるっと踵を返し、待合室から走り去っていった。

 

ユノはエントランスの自動ドアが閉まるまで見送るだけにとどめ、Qを追いかけなかった。

 

追いかけて引き留めて、慰め言葉はQに期待を持たせるだけだからだ。

 

そこまで考えが及ぶのに、チャンミンに対しては、恋の初心者になってしまうのだ。

 

「はあ...」

 

待合室の方へ向き直ると、二人の様子をヒヤヒヤワクワク盗み見していた者たちは、慌てて目を反らした。

 

(修羅場だった...。

でも、俺が全部悪い)

 

今すぐ学校を出たら、途中でQに追いついてしまいそうだったため、しばらくここで時間を潰すことにした。

 

目の前の掲示板に、検定日程表が貼り出されている。

 

(“見極め”が済んだら、いよいよ検定かぁ。

実地と学科を通過すれば、先生と生徒の関係からも卒業だ。

せんせと別れるのが嫌で、引き延ばし作戦をとってきた俺...アホだ。

ただの男と男になった時、俺がやらねばならないこととは...ムフフ)

 

チャンミンを想うと、すぐに気持ちを切り替えられるユノだった。

 

何の気なしに、視線を階段の方へ向けた。

 

待合室と階段に繋がる廊下はガラス窓が仕切っていている。

 

「!」

 

そのガラス窓から、階段をゆっくりと下りてくるチャンミンが見えた。

 

(せんせ!)

 

この時限は、チャンミンは検定前の模擬テストの試験官だった。

 

試験中の50分間、事務所で書類仕事をしようと下りてきたのだ。

 

(あ...これはもしかして)

 

ガラス窓越しでも、ユノの視線はチャンミンに届いていた。

 

斜め下に、にっこにこのユノの笑顔が待っていた。

 

「ユノさん!?」

 

夜間教習時間中の廊下は静かで、階段を駆け下りるチャンミンの靴音がよく響いた。

 

心の底から喜んでいる自分がいることを、チャンミンははっきりと自覚した。

 

「せんせ!」

 

ユノは待合室を飛び出し、チャンミンと合流する。

 

「せんせは今夜、暇ですか?」

 

「暇...暇ですけど...」

 

これはお誘いだと、チャンミンはすぐにピンときた。

 

「俺...今夜は23時にバイトが終わるんす。

その後、あのコンビニに行こうかなぁ、って思ってて。

で、その時間、せんせは暇してるかなぁ、と?」

 

好き好きアピールだけでは何も進まないことを悟ってからのユノの行動は、目的を伴ったものとなっていた。

 

「それは...」

 

チャンミンは頷きたかった。

 

(でも...)

 

指導員と教習生は、学校を離れた場所で、個人的に会ってはいけない規則になっている。

 

「せんせの予定を訊いちゃってすみません。

聞き流して下さい」

 

「......」

 

(やっぱりね)

 

断られることは予想していても、それなりにがっかりしてしまう。

 

ユノはそれを誤魔化そうと、うなじや二の腕をしきりと撫ぜていた。

 

「俺はバイトの後に『あの』コンビニに寄ろうと思ってるって。

ただそれだけを、言いたかっただけです」

 

「ユノさん...」

 

「それだけです。

前みたいに電話番号を聞くとか、せんせを困らせたくないんだけど...」

 

「......」

 

無言で俯くチャンミンを前に、ユノは耐えられなくなった。

 

(せんせ、困ってる)

 

『それはできません』の断りの言葉は聞きたくなかった。

 

「じゃあ、せんせ。

お疲れ様で~す」

 

ユノはさっきのQのように、勢いよく踵を返すと正面玄関へと走り出した。

 

「ユノさっ!」

 

ユノはチャンミンの呼び声が聞こえていない様子で、すっかり日の暮れた外へ飛び出して行った。

 

と、その足に急ブレーキをかけた。

 

(ダメ元で、もうひと押ししよう)

 

これまでユノは、チャンミンへの気持ちをオープンにしてきたつもりだった。

 

より分かりやすく、行動を伴ったプッシュをしないといけないと決意した、最初の一歩が連絡先の交換だ。

 

あいにくそれは、拒まれてしまったが、指導員と教習生の関係がNGなだけで、ユノ自身が否定されたわけじゃない。

 

まるちゃんの言葉を思い出した。

 

チャンミンの部屋(があると思われる辺り)を、見上げるだけじゃ我慢できない。

 

(俺はせんせを落としてやる!)

 

ユノは引き返すと、閉まる間際の自動ドアからひょこっと顔を出した。

 

「おっと!?」

 

チャンミンが自動ドアのすぐそこに立っていたのだ。

 

どうやら、ユノを追いかけてきたようだった。

 

「ユノさん」

 

「せんせ」

 

いい年をした男ふたり、てへへと照れて頭をかいた。

 

「あのコンビニは僕の行きつけのところでして...。

夜食を買いに、毎日のように行ってます」

 

毎日とまではいかないが、最寄りで行きつけの店であることは確かだった。

 

「そうなんですか!」

 

チャンミンの言葉に、ユノの顔がぱあぁぁっと輝いた。

 

ユノに恋するチャンミンは、その光の眩しさに目を細めないといけないくらいだった。

 

「俺も、そのコンビニはバイト先に近いし、しょっちゅう寄るんですよ」

 

ユノの言葉も、「しょっちゅう」とまではいかなくても、嘘は言っていなかった。

 

「俺のバイト、23時に終わるんで、コンビニへは23時15分になりそうです」

 

(せんせを困らせたくない。

俺は今夜の予定を言っただけだ。

せんせを誘ったわけじゃない。

せんせはセーフだ)

 

「あの~、すいません」

 

教習本を胸に抱えた教習生が、おずおずと声をかけてきた。

 

見つめ合う2人がドアの前で立ちんぼしているせいで、通行人の邪魔をしていたのだ。

 

「ごめん」

「すいません!」

 

ユノとチャンミンは、脇に飛び退いた。

 

「じゃ、俺。

バイトがあるんで!」

 

ユノはトートバッグを肩にかけ直すと、チャンミンにぺこりと頭を下げた。

 

チャンミンはわずかに上げた手を、小さく振った。

 

(今から23時までどうやって時間つぶそう)

 

Qとの約束のために、ユノは予定を空けていたのだった。

 

 

(つづく)

 

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(29)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「せんせ、怒ってませんか?」

 

「いいえ

僕は怒ってませんよ」

 

「嘘だ。

ちょっとはムカついたでしょう?」

 

「そうですねぇ...」

 

図星をつかれたチャンミンは、ユノから目を反らした。

 

「...ユノさんが女の子と会ったと聞いたら、面白くないですよ」

 

「...うっ...ですよね」

 

ユノは顔を覆った。

 

「やっぱり女の子がいいのかもしれないと、不安になります」

 

「そんなことっ...ありませんと言いたいところですけど...否定できません」

 

「正直でいいですね」

 

そう言ってチャンミンは、しょんぼり俯いてしまったユノの肩を抱いた。

 

ユノはここで、「女の子なんて全く興味ありません」と言い切るべきだったかもしれない。

 

しかし、まるちゃんとした『好きと好きの嗜好の違い』についての会話を思い出したのだ。

 

現段階のユノの中では、2つの『好き』の距離が離れていた。

 

心が求めるものと身体が求めるものが合致しないことに、ユノは戸惑いと焦燥感を抱いていた。

 

素肌が触れ合っていない状態で、その答えを出せとユノに求めるのは性急だった。

 

「俺の恋愛対象は女子っす。

だからどうしても、もし露出高い女子なんかとすれ違ったら、目で追ってしまうと思うんす。

今のところ、そういうのは全然ないんで分からないけど。

それはそれで...別口っす」

 

「ぷっ。

『別口』ですか」

 

ユノの言葉選びが面白く、チャンミンは思わず吹き出してしまった。

 

「せんせだって、めっちゃ好みの男がいたら、『美味そう...』って視線奪われません?」

 

チャンミンは「否定できませんね」と答えたが、それはユノの為についた優しいウソだった。

 

(他の男に目を奪われることはなんてあり得ない。

僕はユノに夢中だ。

この想いをまっすぐ、ユノにぶつけたらいけない。

ユノにとって、僕らの恋が重荷になる。

ユノを縛ってしまう)

 

別れ際に「重い男だ」と捨て台詞を吐かれてしまった苦い思い出があった。

 

(だからと言って、前の恋愛がそうだったように、恋人の行いをなんでも許してしまうような関係性は二度とごめんだ)

 

ユノに悪気や下心が一切なかったとしても、『交際間もないにも関わらず、恋人に内緒で合コンに参加していた』ことを後に知らされて、笑って許せる者は少ないだろう。

 

しかしチャンミンは、スルーすることにした。

 

関係を深めよう、2人で過ごす時間を増やそう、前に進もうと、心に決めたのだ。

 

「そうっすね。

もし俺の彼女が他の男とデートしてたら、ショックっす。

せんせが男だからって油断してました」

 

「そうですよ。

僕は男です」

 

「あははは」

 

「ユノさんはまだ大学生で、これからの人です。

のびのびとしたユノさんが好きなので、今まで通りの人付き合いをして欲しいのです」

 

チャンミンの言葉は、まるちゃんのアドバイス通りの内容だった。

 

「ひとつ僕からのお願いがあります」

 

「はい!」

 

ユノは背筋を伸ばした。

 

真っ黒な目をキラキラさせ、どんな命令でもお任せくださいと、尻尾を振る優秀な猟犬のようだった(例えば、ビロードタッチの短毛種で毛色は黒、尖った耳にしなやかに引き締まった身体、伸びやかな長い脚を持つ大型犬)

 

切れ長アイズの効果で、思考回路や言動も冷静なイメージを持たれがちだった。

 

実際は外交的で懐っこく、ユノの笑顔は周囲をたちまち明るくさせる。

 

恋愛に関しては、幻想を抱いていないため、淡白なところがあるきらいがあった。

 

チャンミンこそがそんなユノを蕩けさせ、忠実なワンコ化させてしまう唯一の人物だった。

 

「許可を取る必要はありませんが、バレないようにお願いします」

 

「んなことしませんよ!

せんせに全部、報告します!」

 

ユノはチャンミンの手をとり、両手で包み込んだ。

 

「そこまでして欲しくないですよ」

 

「あ~、そうっすね。

やり過ぎは重いっすね」

 

2人は顔を見合わせ、手を握りあったままくくくっと笑った。

 

雰囲気が和んだところ、ユノはコホンと咳ばらいをすると、再び姿勢を正した。

 

「せんせに打ち明けたいことがあるんす」

 

「?」

 

何を言い出すのか、チャンミンは身構えた。

 

「昨日、せんせを押し倒したでしょ?

いろいろと勝手が違っててテンパっちゃったけど。

まさか、せんせを好きになるなんて想像もつかなかったし。

え~っと...すんません。

俺はいろいろと初心者です」

 

「僕もユノさんみたいな人と付き合うのは慣れていません。

すれ違いが起きそうになったら、その都度お話をすればいいでしょう」

 

「その通りなんすけど、俺言ってるのはもうちょっと深いことでして。

せんせをもっと知りたいんすよ。

恋人ってそういうもんでしょ?」

 

「はい。

今朝のように、正直に気持ちを打ち明けましょう」

 

「いいえ。

話し合いじゃなくて、もっと大人なことです」

 

(大人...)

 

ユノが何を言おうとしているのか、チャンミンはすぐには理解できなかった。

 

もじもじ恥ずかしそうにしているユノを見てようやく、『もしかして、アレのことを言っているのか!?』と。

 

色白だったユノの頬が、赤く染まっている。

 

「せんせの期待に応えてあげたいんすけど...」

 

チャンミンの胃袋のあたりが、きゅ~んと締め付けられた。

 

長らく押されていなかった、とあるボタンが押された。

 

これまで何度か述べてきたが、恋愛中のチャンミンは身も心もどん欲な男だ。

 

温厚そうに見えて、実は我が強く、快楽に弱かったりする。

 

チャンミンの穏やかそうなこげ茶色の眼に、ポッと欲望の炎がともった。

 

それまで「せんせってやっぱり可愛いなぁ」と呆けていたユノは、急に真顔になったチャンミンの変化に気づいた。

 

「あれ?」と思う間もなく、ユノはソファに仰向けに押し倒されていた。

 

「!!」

 

驚いたユノは反射的に身を起こそうとしたが、両肩を押し付けるチャンミンの腕の力はあまりにも強かった。

 

微笑みをたたえていたチャンミンの表情が「雄の顔」になっていた。

 

「せんせっ!

ちょっ!」

 

チャンミンの指が、ユノのズボンのボタンにかかった。

 

そして、ボタンが外され、次にファスナーが引き下ろされた。

 

「せんせ!

ちょっ、ちょっと待って下さい!」

 

チャンミンは腕に体重をかける。

 

「今!?

今っすか?」

 

「はい。

『今』です」

 

ユノはチャンミンの豹変についてゆけず、目を白黒させていた。

 

「僕も正直になることにしました。

ユノさんに抱かれたいです」

 

「だからぁ!

俺...そういうの知らないっって言ったでしょう?」

 

「僕がリードします」

 

(男前...!)

 

股間をさらされようとしているにも関わらず、チャンミンが初めて見せた漢らしさに、ユノの胸は高鳴る。

 

(可愛いだけだったせんせが、かっこいい。

俺ってすげぇ。

...男相手に萌えている!)

 

この一瞬の油断を狙って、チャンミンはユノの下着をめくった。

 

「せんせ!」

 

ユノは目をむいた。

 

「何すんすか!?」

 

チャンミンの顔が、まさに己の股間に近づこうとしていたのだ。

 

(つづく)

 

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(28)チャンミンせんせ!

 

 

『連絡先の交換をすること』

 

親友まるちゃんのアドバイス通りに行動を起こした。

 

ここでようやく、冒頭のシーンに戻る。

 

ユノは勇気をふり絞り、タイミングを見計らってチャンミンへ連絡先を尋ねたシーンのことだ。

 

結果といえば、連絡先を教えられないと断られ、用意していたメモも渡せなかった。

 

(チャンミンは規則に従ったに過ぎないが、説明が下手過ぎた)

 

チャンミンに拒絶されたと落ち込んでいたユノは再び、まるちゃんに泣きついた。

 

『自動車学校の指導員に恋する教習生』の相談にのっていることとして、まるちゃんに相談したのだ。

 

大学の先生と自動車学校の指導員は同一人物なのに、とっさに別個の相談ごとのように扱ってしまったのは、まるちゃんに悟られたくなかったためだ。

 

「最初からストレートに打ち明けていればよかった」と、ユノは後悔した。

 

何でも相談しているくせに、今回の相談事に限っては、『友人の恋の相談にのっている』といったまわりくどいことをしていたせいもあって、いまさらカミングアウトしにくい。

 

結果、まるちゃんは別個の相談事として扱ってくれたうえ(ユノはそう認識している)、「自動車学校の指導員はグラマー美女だろ?」と、ユノをからかった。

 

バレなくてよかった、とユノは胸を撫でおろしたのだ。

 

(あれ?

『バレなくてよかった』と思ってしまったのはなぜだろう?)

 

ユノはバイト先のファミリーレストランからの帰路の途中、定例のチャンミン宅参りを済ませた。

 

深夜シフト開けであるのに頭はクリアで、自転車のペダルを漕ぎながら思いにふけっていた。

 

(やっぱ俺、チャンミンせんせが男だってことを気にしてるのかな?)

 

赤信号に捕まり、青信号まできっちり待った。

 

(女の子とばかり付き合ってきたけれど、イマイチ真剣になれなかったのは、俺は男の方が向いているんじゃないか?って、思ってたくらいだ。

だから、平気なつもりでいたけど、どこか無理をしていたのかな?)

 

ユノはあの冷たい雨の夜に受けた衝撃を思い出してみた。

 

(凄い綺麗な横顔だった。

感情むき出しのせんせに心動かされた。

男同士でも恋ができるんだと感激した。

俺も男であることに感謝した)

 

ユノは心の中でぎゅっと拳を握った。

 

(あの夜の感情を思い出せ。

これまでのせんせを思い出せ。

まんざらでもない感じだったじゃないか!

いちいちビックリして、照れちゃって、かぁいいんだから(クスクス))

 

自転車のペダルは羽のように軽く感じられ、ひと漕ぎで驚くほど前に進んだ。

 

親友のアドバイスで目が覚めた。

 

ユノにとってこの恋の障壁とは、『先生と生徒の関係性』に尽きる。

 

その障壁を無くす方法は簡単だ...とっとと学校を卒業すればよいこと。

 

(チャンミンせんせ!

俺、大急ぎで卒業しますよ。

卒業したら、せんせに告白します!)

 

 

(なるほどね)

 

まるちゃんはドラマCDを聴きながら、ユノに関する振り返りをしていた。

 

『連絡先の交換をすべし』とユノにアドバイスをした後の結果が、『告白してしまったけど、どうしよう!』にまで発展してしまっている。

 

(なるほどそういう訳ね)

 

お互い鼻たれ小僧だった頃からユノの相談事にのり続けてきただけはある...まるちゃんにはお見通しだった。

 

(ユノは自動車学校の先生に片想いをしている。

先生は35歳くらいで、ユノは20歳。

まあまあな年の差だな)

 

まるちゃんはさらに、数週間にわたってユノから受けていた相談内容と照らし合わせてみた。

 

(『先生』という点が共通している。

学校の先生は『男』で学生も『男』

すぐに思いつくケースじゃないから、恐らく真実)

 

まるちゃんは仮定を立ててみた。

 

(ユノの片想いの相手は、自動車学校の指導員で、35歳くらいの男性だ。

これが正解だ)

 

(「連絡先の交換をしろ」とアドバイスはしたけれど、「告白をしろ」とまでは言っていないんだけどなぁ...。

そういうところがユノらしいのだが...。

なんでまた男を好きになってしまったんだか。

あの様子だと、ユノはガチだ。

...何かあったら報告を兼ねて相談してくるだろうから、それまで放っておこう)

 

 

ユノがお次にやるべきことは、Qとの関係にけじめをつけることだ。

 

自動車学校の教習が終わった後、行きつけのファミリーレストランに場所を移し、Qには恋愛感情はないことをはっきり伝えようと思った。

 

来週、卒業検定だというQの最後の教習が終わるのを、ユノは待っていた。

 

何も知らないQは、滅多にないユノからの誘いに喜んだ。

 

ユノへの恋愛感情の有無は、Qの主観的な想像に過ぎないが、誰が見ても明らかだった。

恋愛感情を抱いていることは見え見えなのに、Qはユノに対してそれらしいことをほのめかしたことはあっても、はっきりと告白をしたことがない。

 

この点が厄介だった。

 

ユノからの告白を待っていた可能性も捨てきれない。

 

Qは気が強く、自身が平均以上の顔立ちをしていることを知っている。

 

ある日突然呼び出されたかと思えば、「俺を諦めてくれ」と告げられる。

 

プライドを傷つけられたQは、

「ユノのことは只の友だちだと思ってたんだけどな。もしかして、好かれてるって自惚れてた?」と言い出しそうだった。

 

(曖昧な態度を取り続け、誘われれば応じていた俺が悪いんだ。

罵られても受け止めよう)

 

「ユノからの誘いなんて珍しい」と嬉しそうに言われたら、罪悪感でその笑顔を壊す言葉を引っ込めたくなる。

 

ユノのように、恋における修羅場に身を置いた経験はなくとも、誰かに「NO」を突きつける前は緊張してしまうだろう。

 

Qを待ちながら、ユノはやはりあの冷たい雨の夜を思い出してみるのだ。

 

(せんせは泣いていた。

恋人を責めたら、捨て台詞を吐かれていた。

『ユノさん!もっと手前からブレーキを踏みましょう』なんて言ってるせんせが、『ユノ、次の休みはどこへ行こうか?』なあんて言い方でさ。

呼び捨てかぁ...いいなぁ。

敬語じゃなくなるって...いいなぁ。

いや...さん付けに敬語も...悪くないねぇ)

 

「お待たせ、ユノ!」

 

ユノの隣で空気が動き、甘い香りが漂った。

 

「あ、ああ」

 

「手を振ったのに全然、気付かないんだもの」

 

Qは口を尖らせ、白くてすんなりした両脚を、プラプラとさせた。

 

こういった類の、ある一定数の男子たちをキュンとさせられる仕草が、ユノには通用しない。

 

「夕飯にはちょっと早いけど、行こうか?」

 

ユノはベンチから立ち上がった。

 

「...どうした?」

 

Qはベンチに腰掛けたまま、立ち上がろうとしない。

 

「...ユノ、なんか変」

 

「変...かな?」

 

「忙しい忙しいって言って、電話に出てくれないし、そっけなかったのに、急にご飯に行こう、なんて...変!

何か悪い事考えてるでしょう?」

 

「...うっ」

 

恋の修羅場未経験のユノは、嘘をつき慣れておらず、女の勘を甘く見ていた。

 

ぎくりとしたユノの反応を見て、Qの心中は不安なもので満たされてしまった。

 

「ここじゃなんだから、とりあえずファミレスに行こう」

 

ベンチに腰掛けたままのQに、ユノは手を差し伸べた。

 

この行動もとても珍しいもので、不安感でQの鼓動は早まった。

 

「ここじゃなんだから、って何よ?

ここじゃ駄目なの?」

 

「Qに話があるんだ」

 

レストランで食事を済ませた頃になって、そう切り出す予定だったのが、前倒しになった。

 

「ここでしてよ」

 

「それはちょっと...」

 

ユノは待合室を見回すと、ただならぬ二人を遠巻きに見ている教習生が数人いる。

 

「話を聞くまで、ここから動かないから!」

 

Qは頑としてでもここを動かないぞ、の意味を込めてユノを睨みつけ、腕と足を組んでふんぞりかえった。

 

困り果てるユノの姿はまるで、『彼女に内緒で参加した合コンが後日バレてしまい、ガンガンに責められている彼氏』...のようだった。

 

「わかった」

 

ユノはため息をつきそうになったのを耐え、渋々Qの隣に腰掛けた。

 

「頼むからボリュームを落としてくれよ」

 

「ヒソヒソ声じゃ言えないようなことなの!?」

 

「だから!

声を落として欲しい、って頼んだろう?

無理ならば、今日話すのは止しておくよ」

 

「...分かったわよ」

 

渋々頷くQに、ユノは深呼吸をし、乾いた唇を舐めて湿し、咳ばらいをしたのち、結論から口にした。

 

「Q、ごめん。

俺、好きな人がいるんだ」

 

「...え」

 

Qの表情は力の抜けた無になった。

 

「...好きな人がいるから、これまで通りに会うことは出来ない」

 

(言った!

言ったぞ!)

 

バクバク打つユノの心臓は、口から飛び出しそうだった。

 

 

(つづく)

 

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(27)チャンミンせんせ!

 

 

チャンミンは同僚のKと居酒屋に来ていた。

 

「乾杯!」と、生ジョッキをガチンとぶつけ合った。

 

きんきんに冷えたビールが旨い季節、チャンミンもKもワイシャツの腕をまくり、ネクタイを緩めていた。

 

注文した料理が届くまで、お通しの小鉢をつつきながら、アイドリング代わりに世間を騒がせた事件についての見解を述べ合った。

 

Kに誘われた形で決まった飲みの席だったが、チャンミンの方こそ近いうちにKを誘うつもりでいた。

 

特に本日の高速教習は、物足りなさと焦りを抱いただけに終わってしまった。

 

ユノが入学してきた春から芽生えていたモヤモヤ感は、とうとう心の内に仕舞い込みきれなくなってきた。

 

だからこそ、Kから有益なアドバイスを貰えないかと期待していた。

 

同僚Kとは同期入社。

 

資格取得の時から同じ官舎で寝泊まりし、共に励まし合い、指導員試験合格の喜びを分かち合った仲だ。

 

Kに心を許しかけていたチャンミンは、かなり早い段階で自分はゲイであることを打ち明けていた。

 

Kに対して『その気』は全く持っていなかった故の、打ち明け話だった。

 

ゲイとはいうのは、男と見れば見境なく好きになってしまう者だと、誤解されがちの人生だった。

 

いずれ自身の傾向を知られる時が来るだろうし、その時のKの反応を想像してみてはビクビクしていたくなかった。

 

打ち明けた際のKの反応はこうだった。

 

「俺に『その気』を出してもらっても困るからな。

俺は女が好きだ」

 

Kはチャンミンの鼻先に人差し指を突きつけ宣言すると、「わかってるよ」とチャンミンの肩を叩いた。

 

チャンミンは「救われた」と思った。

 

Kの反応の仕方次第で、チャンミンは傷ついていただろう。

 

「へえ...そうなんだ...」などと、可もなく不可もなく曖昧で中途半端な反応や、チャンミンを安心させるためではなく、理解ある自分を見せたいだけの回答もある。

 

例えば、訳知り顔で「友情があれば、チャンミンがゲイかどうかは関係ない」や「今の世の中、ゲイだからと特別視しなくてもいいよ」などと言いながら、本音では全く違うことを考えている。

 

最悪なのは、信頼して打ち明けたことがいつの間にか周囲に広がっていて、物珍しい視線にさらされたり、噂話の種になってしまうのだ。

 

チャンミンが何度も経験してきたことだった。

 

(分かってるけどさ、分かってるけどさ。

皆を責めることはできないのだけどさ)

 

その時は理解ある人物を装っていたのに、共にいるうちついつい警戒してしまい、ぎくしゃくとした関係になってしまうことも経験してきた。

 

Kの回答は、チャンミンに気を遣わせないように口にしたものだ。

 

チャンミンは「僕にだって好みがある」と笑った。

 

職場の者はチャンミンの傾向は知ってはいても、そのことに触れることはほとんどない。

 

何でもハラスメントになってしまう時代だからだ。

 

チャンミンの傾向に限らず、老若男女問わず、発言に気を付けないといけないのだ。

 

(以前の職場では不快な思いをすることが多かった)

 

ところがKはあけすけな男だった。

 

飲みの場になると「今彼氏っているの?」...からの「チャンミンはどっち側?」...さらには「尻ってどうなの?」と、常識的な者なら躊躇してしまう質問を浴びせるのだった。

 

(それらの質問にまともに答えられるほど、チャンミンは突き抜けていないため、彼氏の有無以外は「ノーコメント」を貫いていた)

 

チャンミンはKの恋愛相談にのってやることもあった。

 

そこで毎回思うのは、「男も女も相手がどちらであれ、恋の悩みは同じだなぁ」ということだ。

 

寡黙に淡々と、凡庸に生きている風に見えていて、恋愛依存度は実は高め。

 

大人しく冷静な面をかぶったチャンミンが、いざプライベートの場で恋人を前にすると 甘々に変身してしまう。

 

溢れる恋心を持て余し、誰かに話したくて仕方がない。

 

悶々と心の中でこねくり回した挙句、負のループにハマってしまい、自力では抜け出せなくなっていた。

 

背中を押してもらいたい。

 

当たって砕けろなのか、諦めるのか。

 

「黙って身を引くことも覚えた方がいいのでは?」という考えが何度も浮かんでいた、それでは不完全燃焼で終わりそうだ。

 

(駄目なら駄目で、けじめをつけよう。

それに、勝率は0%じゃない。

僕が見るところ、70%?

...自惚れかなぁ?)

 

『70%』の根拠はある(チャンミンの恋愛遍歴と主観によるものだが)

 

ユノの全身から『せんせが好き!』がゆらゆらと立ち昇っていて、彼はそれを隠そうとしていない。

 

無言の告白だとチャンミンは受け取っていた。

 

チャンミンが渋っている点とは、自分がそれにこたえるかこたえないか。

 

自分から仕掛けるか、相手からの仕掛けを待っているか。

 

 

「痩せすぎだぞ」とKは、料理が届くたびチャンミンの小皿によそっていった。

 

「確かに...」と、チャンミンはペタンコの腹(ベルトの穴が1つ詰まった)を撫ぜた。

 

恋煩いと仕事の悩みが、チャンミンの体重を減らしていた。

 

「チャンミン...男と別れたのか?」

 

Kはいきなり本題に入った。

 

「ああ」

 

「今...好きな奴いるだろ?」

 

「......」

 

チャンミンはその問いに答えられず、うつむいておしぼりをいじくっていた。

 

「...教習生だろ?」

 

ビクンと肩が震えそうになるのを、チャンミンはぐっと堪えた。

 

「ユノって子だろ?」

 

「!!」

 

ガバッと顔を上げたチャンミンは、ニヤニヤ笑いのKと目が合った。

 

「やっぱりね。

気になって仕方がないよなぁ。

あの子こそ、チャンミンに夢中じゃないか」

 

じとりとKの反応を窺うようなチャンミンの上目遣い。

 

「バレてた?」

 

「分かりやすいくらいに」

 

チャンミンは額から滴り落ちた汗をおしぼりで拭うと、「お恥ずかしい限りです」とぼそりとつぶやいた。

 

「その話、詳しく聞かせろよ?」

 

「聞きたい?」

 

「聞かせたいくせに」

 

二人は互いのグラスに酒を注ぎ合った。

 

「...馬鹿みたいだよね」

 

「どこが?」

 

「教習生だよ?」

 

「そんなの...よくある話だ。

俺の嫁さんも教習生だったんだし」

 

「まあ、そうだけど。

...まだ20歳だって...」

 

チャンミンはグラスを両手で包み込むように持ち、アルコール度数35%の中身をちびちびとすすった。

 

「年齢よりも気にしてることがあるんだろ?」

 

「...うん」

 

「こだわる必要ないんじゃないの?

向こうだって『好き』って言ってるんだし」

 

「実際、言われたことないよ!」

 

「告白してるようなものじゃないか。

お前にべったりで、じゃれつくワンコになってる。

チャンミン...気付いていないのか?

あの子はお前ば~っかり、目で追ってるんだぞ?

俺に気づかれそうになると、ひょいって隠れるんだ。

学科なんて要領よくポンポン取ってゆけばいいのに、お前の学科担当に合わせてるんだ。

午前の実車が終わったら、一旦帰って、夜にまた来るんだぞ?

お前の学科を受けるためだけに。

可愛いじゃないか」

 

「...気付いてるよ。

分かりやす過ぎて、痛々しい程だよ」

 

「早く楽にしてやれよ」

 

Kは大皿の中身をチャンミンの小皿によそい、空いた皿を店員に返した。

 

「チャンミンはユノが好きなんだろう?」

 

チャンミンは頷いた。

 

「両想いじゃないか。

悩む要素がどこにある?

あとは、それを言葉で確認し合えばいいじゃないのか?」

 

(そんなこと分かってる。

分かってるけどさ...)

 

午後10時を過ぎ、盛り上がりのピークを迎えた店では、酔いの回った客たちで騒がしく、額に汗をにじませた店員たちが店内を走り回っていた。

 

チャンミンはペーパーナプキンで折り紙を始めた。

 

「ユノが『教習生』ってとこに引っかかるけど、それは卒業させてしまえば解決する問題だ。

そうだろ?」

 

「まあ...そうだけど」

 

「他にも引っかかっているところがあるだろう?」

 

「...まあ、ね」

 

「こればっかりは、ユノ次第だな。

昔の彼氏はこうしたから、ユノも同じようなことをするだろう、って考えてしまっても仕方がないけどさ」

 

チャンミンは「そうなんだよ~!」と、ボリューム高めで言うと、テーブルに突っ伏した。

 

「捕まえてもいないうちから、離れてしまう心配をするなって」

 

「そうだね。

そうだよね!」

 

と、チャンミンは勢いよく頭を上げた。

 

Kはチャンミンの額にくっ付いたおしぼりの袋を取ってやった。

 

「ユノが登場してくれたおかげで、チャンミンの仕事に対する意欲も湧いてきたんじゃないかな?

ヤル気を感じるよ。

でも、ユノ限定というところは褒められないけどね」

 

「気を付けます。

そうだ!

Kも僕に相談ごとがあるって言ってなかったっけ?」

 

「チャンミンが元気になってくれて何よりです」

 

「へへっ。

今夜は僕が奢ります」

 

チャンミンは店員を呼び、会計を済ませた。

 

「貢くんから卒業できてよかったな」

 

「全くだ」

 

前の恋人は、チャンミンの部屋に棲みつき、金の無心をすることも頻繁な男だった。

 

(ユノを食事に誘ったら...例えば、この店だとか...とても喜ぶだろうなぁ)

 

「ムフフ」と顔を緩ませるチャンミンを、Kは「やれやれ」と呆れながら眺めたのだった。

 

 

(つづく)

 

 

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(26)チャンミンせんせ!

 

 

午後から降り出した雨の中、3時間にわたる高速教習(自動車専用道路走行実習)が行われた。

 

ユノとチャンミンが、コンビニエンスストアで遭遇した日の翌日にあたる。

(チャンミン宅を眺めに来たユノを見つけたチャンミンがユノを追いかけた日)

 

この教習では自動車専用道路(例えば高速道路)を、80㎞/時走行体験をする。

 

(第1走者は高速道路EC入口を通過し、約20Km先のサービスエリアまで走行する。

そこでバトンタッチした第2走者はしばらく走行し、一旦ECを出たあと、Uターンして再びECに入る。

先ほどの逆方面のサービスエリアで休憩したのち、バトンタッチした第3走者は、ECを出て学校まで走行する。

...このような流れで実施される。

ちょっとしたドライブ気分を味わえるため、人気の教習だ)

 

1台の教習車につき3名の教習生が乗車し、他の指導員担当の教習生が加わることがあるため、男女混合になってしまうことも多い。

 

ユノは当然、チャンミンが担当する日に予約を入れたのだが、他の参加者は彼のスケジュールに合わせたQと50代半ば男性(免許の取得し直し)だった。

 

予約次第ではマンツーマンになる場合もあるらしく、ユノは非常に残念がった。

 

当日の朝、予約表を確認したチャンミンは「よかった...」とつぶやいた。

 

前夜、財布を忘れるというこっぱずかしい姿を見せてしまっていたせいで、ユノと1対1になるのは気まずかったのだ。

 

(借りたお金を返さないといけないんだけどさ)

 

でも、わずかだけど残念がってもいたりして。

 

 

 

教習車は順調に走行していた。

 

Qは運転が上手かった。

 

チャンミンが指導すべきポイントは特に見当たらず、車内はとても静かだった。

 

ユノの隣に座った男性教習生は、無表情にフロントガラスを洗うワイパーを目で追っている(免許更新を忘れた自分を悔いている)

 

ユノは後部座席から、雨粒が教習車のボディを叩く音、追い越す車の水しぶきや轍に溜まった水をかき分ける音をBGMに、ムカムカイライラ...嫉妬の嵐だった。

 

湿度が高いせいで、車内が蒸してきた。

 

そこでQは「せんせぇ、エアコンいれてください」と頼んだ。

 

「気付かなくてごめん」

 

ユノは、頼んだというよりおねだりに近いQの口調よりも、自分に対するより断然優しい指導をするチャンミンに腹を立てていた.。

 

(俺の時は、ビシッと厳しいのにさ)

 

「緊張します~」とぶりっ子ぶるQに、「上手いですよ」と勇気づけるチャンミンせんせ。

 

(俺の時は、『僕も緊張します』って、俺の運転は信用ならぬといった風なのにさ)

 

イケメン先生に、ポッと頬を赤らめるQ。

 

もし、Qがユノ自身の彼女だったとしたら、目の前の光景にヤキモチを妬いていた。

(ユノの彼女Qを誘惑しようとする男チャンミンと、それがまんざらでもなさそうなQ...といった風に)

 

「肩に力が入ってますね。

リラックスしてください」

 

「はい」

 

(なんだよ...ドライブデートじゃないか)

 

イライラするユノの気持ちも分かるが、Qを責められない。

 

ずっと女性スパルタ先生に指導を受けてきたQが、イケメン指導員が隣に座り、優しく指導してもらえて、テンションが上がってしまったのだろう。

 

チャンミンの恋愛対象が同性だと分かってはいても、ユノは非常に面白くなかった。

 

(待てよ。

せんせは女性もいける“バイ”の可能性もある!

いつも野郎とばかり密室に閉じ込められてるから、久しぶりの女子に浮かれているんだ!

なんだかんだ言ってもせんせは男だ。

女子に惹かれてしまうものなのだ!)

 

ユノの妄想は悪い方悪い方へと落ちてゆき、教習中であることもすっかり忘れていた。

 

実は、Qがチャンミンに甘えた態度を見せたのは、ユノにヤキモチを妬かせたかったのだ。

 

そして、ユノはそのことに気づいていない。

 

チャンミンは後部座席からのユノの視線光線に、うなじをじゅうじゅう焼かれていた。

 

「......」

 

チャンミンは、ユノがヤキモチを妬いていることを分かっていた。

 

「!」

 

「!」

 

バックミラー越しにユノの視線とぶつかった。

 

その瞬間、バチっと火花が散った。

 

(ユノ...怒ってる?)

 

(当ったり前だ!)

 

 

 

2番走者の男性の番が終了し、一行はサービスエリアで15分の休憩をとることとなった。

 

「休憩しましょう。

15分後に出発します」

 

二人きりになりたいユノは、ぐずぐずと車内にとどまっていたが、

 

「ユノ、行こ!」

 

Qによって教習車から引きずり下ろされた。

 

Qに二の腕をとられたユノは、強引に売店へと連れていかれながら、助手席に残ったチャンミンを何度も振り返った。

 

「おい!

離せよ!」

 

「ソフトクリーム、食べよ」

 

「遊びに来てるんじゃないんだ!

雨なのに、アイス気分じゃない!」

 

ユノの表情はQに言いなりになって申し訳ないと言っているように、チャンミンの目に映っていた。

 

(ちょっと嬉しかったりして...)

 

「はあ...」

 

緊張で凝った首と肩を揉んだ。

 

(何やってんだろ、僕)

 

立て替えてもらったお金を返す口実と、2人きりになれる時間を、ユノなら作ってくれるだろうとチャンミンは期待していた。

 

二人きりは怖いけど、二人きりになりたい複雑な男心。

 

小銭程度のやりとりくらい、休憩時間に人に見られないよう、素早く行えば済むことだ。

 

「せんせ、ジュース飲みましょうよ」「連れションしましょうよ」ってな具合に、ユノなら誘ってくれそうだ。

 

でもチャンミンは、それでは物足りなかった。

 

プライベートに踏み込んだ2人きり...例えば、コンビニエンスストアで落ち合う約束をする...そんな計画をユノが立ててくれていたらいいなぁと、チャンミンは期待していた。

 

(2人きりになりたい...僕から動けばいいんだろうけど...)

 

ユノの電話番号は教習簿に載っているから、いくらでも彼に連絡を取ることは可能なのだ。

 

ただし、ルールを破れば...の話だが。

 

それをチャンミンができるかどうかだ。

 

 

30余年も生きてきていると、凡庸な生活を送ってうち、一片ひとひらと積み重ねられてゆく欲求不満。

 

恋愛への期待値が高いチャンミンだ。

 

欲求不満の行き先が恋愛になってしまってもおかしくない。

 

さらにチャンミンは、恋センサーの感度が高め。

 

チャンミンは恋愛相手(男である自分を好きになってくれる男)を見つけるのが難しいゲイということもあり、恋愛センサーの感度はより高まる。

 

ストレートの男を好きになってしまうことも多々ある。

 

さらに恋愛対象が男だと知られないよう、片想い相手に恋心を隠すことも大変うまい。

 

その結果、指導員だから、ユノは20歳だから、教習生だから、ここは職場だから...あれこれと言い訳して気持ちにセーブをかけようとした。

 

チャンミンが過去の恋愛で何度も経験したパターンだ...ゲイが「ノンケに」恋をする。

 

その逆パターンが今現在、既に成立している...「ノンケが」ゲイに恋をする。

 

いい加減くっ付いてもよさそうなのに、未だ実現していない。

 

ユノの周りでちらちらするQの存在が、2人の関係を進展しづらくさせている。

 

外野で見守る者がユノにできるアドバイスは、「早急にQとの関係をはっきりとさせましょう」だ。

 

 

(つづく)

 

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