(20)チャンミンせんせ!

 

 

チャンミンの追跡模様を覗いてみよう。

 

歩道を歩く者はおらず、前方を歩く二人と、彼らから一定距離を保って後をつけるチャンミンのみだった。

 

声をかけるタイミングなどとうに失い、尾行の止め時が分からなくなってしまっていた。

 

(ユノの友人の家に向かっているんだろうな)

 

教習簿に記載されている住所から、ユノの自宅がこの辺ではないことは知っている。

 

 

教習中の会話から、大学で専攻している科目、二つ掛け持ちしているバイト先名、昨晩食べたメニュー、最近感銘を受けた本のタイトル、家族構成...日ごとチャンミンの中で、ユノの情報が増えてゆく。

 

「はいはい。

今は教習中です。

運転に集中しましょう」

 

と言って嘆息ついてみせているくせに、実はひと言も漏らさず聞き取っていた。

 

(ユノのことを知りたい。

でも、知ったところで、発展させられるだけの勇気も甲斐性も僕にはない)

 

チャンミンの対応は職業人として当然のことなので、相手がユノだからとそっけない対応をしているわけではないが...。

 

とは言え、ユノから話が振られても指導員という立場上、当たり障りのない答えしか返せないことを残念に思っていた。

 

ユノは、すぐ隣に好きな人...チャンミンが座っている現状にテンションが上がり、自分のことを知って欲しくてたまらなくて、おしゃべりになってしまっていた。

 

そして、自分ネタをオープンにすることで、チャンミンも踏み込んだ内容を教えてくれるかも...という期待もあった。

 

話に夢中になるあまり、前方不注意(チャンミンの方を見る)で何度チャンミンから注意されたことか。

 

 

「!!」

 

前方を歩く二人が立ち止まったのに気づくのが1歩遅れ、チャンミンは彼らと接近し過ぎてしまった。

 

とっさに、横にすっ飛んで街路樹の陰に隠れた。

 

(あぶなかった...見つかるところだった)

 

チャンミンは深呼吸をした。

 

長身をかがめ、抜き足差し足歩く姿からして不自然で、見咎められた際、何と言い訳するつもりだったのか。

 

彼らの動きに注意を払い、少しでも後ろを振り返りそうな気配を感じると、電柱や看板の裏に隠れたり、靴の紐を結ぶ真似(チャンミンはサンダル履きだ)をしてやり過ごした。

 

幸い会話に夢中になっている二人は、チャンミンに気づいていない。

 

(何を話しているんだろう?

どうせ馬鹿話だろうなぁ...)

 

コンビニエンスストアの照明で辺りは明るいのに、大胆になったチャンミンは距離を縮めていた。

 

「!!」

 

コンビニの看板裏に駆け込むことで、今回も難を逃れた。

 

夜空にはか細い三日月、星々は雲に半分隠れている。

 

街路灯の灯りを受けた電柱と街路樹が、濃くて長い影を歩道に作り、いい塩梅にチャンミンを隠してくれた。

 

声をかけることはとうに諦めた、どうせ追跡するのなら、住まいを目にしたい欲ができてきた。

 

(ユノの友人宅を見たって、だからどうする?状態だが...。

それにしてもあの2人...大荷物だな。

何だろう)

 

直進すれば自宅マンションへ帰れる交差点では、2人を追って左折した。

 

数十メートル歩いてさらに左折すると、センターラインのない狭い道路になった。

 

寝静まった住宅地では、距離をとらないと足音が聞かれてしまいそうだった。

 

「せんせはそんなんじゃねーよ!」

 

ユノの大声にチャンミンは飛び上がった。

 

(せんせ!?

せんせ、って言った?

言ったよね!)

 

突然、二人の姿が消えた。

 

見失ったかと焦って駆けつけるとそこは一軒のアパートだった。

 

(ここか...。

2階建て...。

自転車の多さから、学生が中心なのかな...。

...あのさ、チャンミン。

ユノの友人のアパートを知って、君は何をしたかったんだい?)

 

と、自分で自分に突っ込みながら、門柱から目だけ覗かせて建物と敷地を観察した。

 

アパートの外灯が逆光となり、二人の姿はシルエットになっている。

 

ビニール袋のガサガサ音もあり、耳をすませても会話の中身までは聞こえない。

 

(さっきの『せんせ』って...勘違いじゃなければ...僕のこと?)

 

チャンミンは「チャンミンせんせ!」と手を振るユノの呼び声を思い出した。

 

(『せんせ』って『チャンミンせんせ』のことだよね?

『せんせ』の何を話してるんだろ?)

 

チャンミンが門柱から身をのり出しかけたその時、こちらを振り返ろうとするまるちゃんの動きに気づいた。

 

(やばっ!)

 

チャンミンは頭を引っ込めたが、その素早い動きの残像が、まるちゃんの目にとまった。

 

「どうした?」

 

「いや...何かが通り過ぎたような...視線を感じたような...」

 

「猫か?」

 

(猫...!?

猫の鳴き声!)

 

そうしようにも、緊張でからからの喉に鳴き真似声が引っかかってしまった。

 

たたたっとこちらに向かってくる足音に、チャンミンの身体に緊張が走る。

 

ゴミ収集ボックスの裏に隠れたチャンミンは、両膝を引き寄せ限界まで長身を折りたたんだ。

 

「......」

 

ユノから3メートルの距離に、チャンミンがいる。

 

バクバクいう心臓の音がうるさい。

 

ユノの初路上教習の時以上の冷や汗が、Tシャツを濡らした。

 

チャンミンの脳裏に、『担当教習生をストーキングした末、懲戒免職』の新聞の見出しが浮かんだ。

 

(どうか見つけないで...!)

 

「何もいないぞ」

 

「気のせいか」

 

ユノとまるちゃんが立ち去った後、チャンミンは安堵のあまり、アスファルトの地面にごろんと横たわった。

 

(あっぶね~)

 

真面目一徹のチャンミンにここまでのことをさせるとは...いかにユノに参っているかの証拠である。

 

 

 

本日の教習は晴天の下、行われた。

 

「次の信号を右折したら、車を停めます」

 

チャンミンは前方を指さした。

 

「あそこです、広くなっているところ。

あそこに停めてください」

 

「は~い」

 

幹線道路を反れた先は、片側1車線のゆったりとした通りで交通量が格段に減った。

 

マンションの他、小規模病院、オフィスにブティック等が並び、飲食店はほとんど無い静かな通りだ。

 

樹齢の経った街路樹が延々と続き、風にあおられてザワザワ揺れる緑が清々しい。

 

「方向指示器を出して...そうそう。

左後方を確認して...そうそう...うまいうまい」

 

チャンミンの優しい声に導かれ、ユノのブレーキペダルの踏み加減は完璧で、教習車はノッキングすることなくなめらかに停車した。

 

見覚えのある風景に、ユノは「あれ?」と思った。

 

「!!!!」

 

(こ、ここは!

せんせのマンションの前じゃないですか!!)

 

 

 

(つづく)

(19)チャンミンせんせ!

 

 

ユノとまるちゃんはレンタルDVD店にいた。

 

二人は一番くじで獲得した賞品を両手に下げている。

 

外に停めたユノの自転車に置いておけないからだ。

 

ここはまさしく、ユノが恋に落ちた場所だ。

 

商品受け取りに手間取っているようで(新人スタッフが届いているはずの予約品を見つけられずにいる)、その間ユノは店内をぶらつくことにした。

 

「せんせにばったり会っちゃったりして...」と、淡い期待とともに。

 

深夜という時間帯もあり、店内は音と色の洪水なのに客はほとんどいない。

 

貸し切り状態だ。

 

(せんせが任侠コーナーにいたりして...萌える...居なかった。

アニメコーナー?...せんせってそんな感じ...居なかった。

アニマル系記録映画だったら...せんせ、疲れているんですね...居ないなぁ。

青春ドラマコーナー...これこそ“ボーイズラブ”ってやつっすね?

俺もボーイズラブものを観て勉強した方がいいのかなぁ...ここにも居ない)

 

店内を徘徊していたユノは、そろそろまるちゃんの用事は終わった頃だとレジカウンターの様子をうかがった。

 

まだ時間がかかりそうだった。

 

(スタッフが副店長を放送で呼び出したが、当人が行方不明。夜間は少人数体制で、新人スタッフが頼れるのは、副店長だけなのだ)

 

その時、自動ドアが開いた。

 

入店してきたのはTシャツとハーフパンツ姿のチャンミンだった。

 

(チャンミンせんせ!!!)

 

ユノの切れ長な眼はまん丸になった。

 

もの凄いスピードで、新作コーナーの棚の裏手に引っ込んだ。

 

(俺はなぜ、隠れた?)

 

会いたくて仕方がない人物が不意打ちに現れた時、実は心の準備が全くできていなかった現実。

 

チャンミンは手にとった新作映画のパッケージ裏を読んでいる。

 

二人を隔てているのは棚ひとつ。

 

ユノの心臓はドクドクと速い。

 

(話しかけようかな。

『せんせ、偶然っすね。

この辺に住んでるんすか?(知ってるけど)

何借りたんすか?

それ、俺も観たかったんすよね...えっ!?

いいんすか!?

じゃあ、せんせんちに行っちゃおうかなぁ...』

...な~んて)

 

ユノは息を整え、髪を整えた。

(よし!

声をかけよう!)

チャンミンの前に姿を現わそうと決心した時だった。

 

「お~い!

済んだぞ!」

 

(まるちゃん!!)

 

この声は、会計が終わりユノを探すまるちゃんのものだ(商品はカウンター下にあった)

 

まるちゃんという邪魔者はいるが挨拶だけはしようと、棚の陰から姿を現わしかけた時、ユノは気づく。

 

(せんせに見られたら困る!

誤解される!)

 

『誤解される』とは、一体何のことだろう。

 

まるちゃんは上下くたびれたスウェット姿だが、ユノ以上のイケメンだ。

 

(せんせは男が好きな男だ。

真夜中に寝巻みたいな恰好をした男といる俺!

まるちゃんを恋人だと勘違いする!

それは困る!!)

 

ユノは、両手に下げている手荷物のヲタク感についてはノーマークだった。

 

袋からフィギュアの箱が頭を出している。

 

一般的な感覚の者からすると、『キモイ』と引かれがちな恋愛攻略ゲームの幼顔・巨乳キャラだ。

 

まるちゃんとの付き合いが長いユノは、耐性がついていて抵抗感が全くなかったため、心配事はよそに向いたのだ。

 

実際にこれを目にして、チャンミンがどんな反応を示すのかは想像するしかない。

 

美少女フィギュアよりも、チャンミンと偶然出くわした喜びで、五感の全てを持っていかれたのでは?と想像できる。

 

新作コーナーはレジカウンターと同じ通路にある。

 

(チャンミンせんせに、まるちゃんと一緒にいるところを見られるわけにはいかない。

ここは退散するに限る)

 

ユノは新作コーナー裏の通路をダッシュした。

 

レジカウンター前でユノを探していたまるちゃんが、ふっと消えた。

 

ユノによってまるちゃんは、レジ真向いの棚裏へと引きずり込まれたのだ。

 

この時、新作コーナーにいたチャンミンは準新作コーナーへ移動したようで、目撃されずに済んだ。

 

「何だよ!?」

「帰るぞ」

ユノはまるちゃんを引っ張って、チャンミンがいるらしいエリアを避けるように、遠回りコースをとって出入口に向かった。

 

「おい、何だよ!?

どうしたんだよ、急に!?」

 

「しっ!」

 

「ユノ」と口にしかけたまるちゃんの口を覆った。

 

そして2人は、チャンミンに見つかることなく無事に店外へ出ることに成功した。

 

ユノは荷物を自転車の前カゴに入れ、両ハンドルに引っかけた。

 

「ずらかろうぜ」

 

「ずらかる!?

お前っ、何かパクったのか?」

 

「パクるかよ!

早く帰りたいだけさ。

早くグッズを見たいじゃん」

 

いつチャンミンが店から出てくるか知れない。

 

ユノはまるちゃんを急かした。

 

この場は早く立ち去るべきだ。

 

「珍しいことを言うなぁ。

分かったよ」

 

二人はまるちゃんのアパートへ向けて歩き出した。

 

「今回はついてたな。

A賞もB賞も押さえちゃったよ」

 

「押さえて当然。

あれだけ注ぎこんだんだ、捕れなかったら泣くよ」

 

「なあ。

まるちゃんって、誰かに告白したことってある?」

 

「は?」

 

ユノの質問は脈絡無視だ。

 

「どんな風に告白した?」

 

「それ、俺に訊くの?」

 

二次元ラブ、コミュ障なまるちゃんにすべき質問ではなかった。

 

「生身と経験がなくても、まるちゃんは恋愛の達人じゃん。

駆け引き上手だし、女子の気持ちにも詳しいじゃん」

 

ユノは決して、恋愛攻略ゲームをマスターしているまるちゃんをからかってはいない。

 

至極まじめに尋ねているのだ。

 

「誰かに告白する予定でもあるのか?

例の彼女にか?

そっか、あの子には興味がないんだったな。

他に好きなヤツがいるなんて、初耳だぞ」

 

「いや...俺じゃなくて、クラスにいるんだよ。

好きな子がいて告白したいんだけど、どうしたらいいか分かんないって、相談を受けたんだ」

 

自分のこととして相談できない照れが、ユノにはあった。

 

「そんなもの、自分の体験談をもとにアドバイスしてやればいいんじゃないの?」

 

「経験していないからアドバイスできないんだよ。

俺、誰かに告白したことなんてねぇもん」

 

「お前、告白されたことはあるもんな~」

 

「ああ」

 

ユノの恋は相手からのアプローチで始まるものがほとんどだった。

 

それプラス、「恋をすると胸が苦しくなる」などとチャンミンに語っていたが、その経験もなかった。

 

今の恋を除いて。

 

 

深夜の道路を走る車はない。

 

赤信号でも構わず横断しようとするまるちゃんは、スウェットの裾を後ろから引っ張られた。

 

「えっ、渡らないの?」

 

「赤信号だから駄目だ」

 

「あっそ。

自動車学校に通うと、交通ルールに敏感になるもんなんだな」

 

二人の男は、信号の赤ランプが緑に変わるのをじっと待った。

 

 

 

チャンミンが散歩のついでで寄ったレンタルショップ。

 

会計前に財布を忘れてきたことに気づき、レジスタッフに照れ笑いをして手ぶらで店を出た。

 

あの最悪な夜から2か月半が経っていた。

 

恋人抜きの夜に慣れてきた頃で、ようやく気持ちに余裕が出てきた。

 

今夜は気候もちょうどよく、ぶらぶらと散歩でもしようかと外出し、たまたまレンタルDVD店に寄ったのだ。

 

チャンミンはレンタルビデオ店前の交差点で、信号待ちの2人組に気づいた。

 

(あれ...?

今のユノだよね)

 

遠目ではっきりしないが、全身のシルエットに見覚えがあったし、白のパーカー、淡色のボトムスは、今日(日付が変わったから昨日)教習で着ていたファッションと同じだ。

 

チャンミンは一瞬迷った。

 

声をかけて振り返ってもらうには距離があることと、ユノが1人ではなかったことだ。

 

(友達...かな?)

ここでユノの心配は杞憂に終わった。

 

ユノは隣にいる同性イコール恋人と捉えてしまっていた。

 

相手がまるちゃんで助かった。

 

もしここで、ユノが女子(例えばQ)と一緒にいたりなんかしたら、チャンミンは諦めてしまっていたかもしれない。

 

それくらいチャンミンのユノに向ける想いは、センシティブなものだ。

 

信号が青になり、2人は横断歩道を渡り始めた。

 

このままでは見失ってしまうと、チャンミンは駆け出した。

 

(近づいて声をかけるべきか。

でも近づき過ぎたら気付かれてしまうし)

 

チャンミンは「どうしようどうしよう」と迷っているうちに、2人を尾行していた。

 

 

(つづく)

 

 

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(18)チャンミンせんせ!

 

 

ユノとまるちゃんはレンタルDVD店にいた。

 

二人は一番くじで獲得した賞品を両手に下げている。

 

外に停めたユノの自転車に置いておけないからだ。

 

ここはまさしく、ユノが恋に落ちた場所だ。

 

商品受け取りに手間取っているようで(新人スタッフが届いているはずの予約品を見つけられずにいる)、その間ユノは店内をぶらつくことにした。

 

「せんせにばったり会っちゃったりして...」と、淡い期待とともに。

 

深夜という時間帯もあり、店内は音と色の洪水なのに客はほとんどいない。

 

貸し切り状態だ。

 

(せんせが任侠コーナーにいたりして...萌える...居なかった。

アニメコーナー?...せんせってそんな感じ...居なかった。

アニマル系記録映画だったら...せんせ、疲れているんですね...居ないなぁ。

青春ドラマコーナー...これこそ“ボーイズラブ”ってやつっすね?

俺もボーイズラブものを観て勉強した方がいいのかなぁ...ここにも居ない)

 

店内を徘徊していたユノは、そろそろまるちゃんの用事は終わった頃だとレジカウンターの様子をうかがった。

 

まだ時間がかかりそうだった。

 

(スタッフが副店長を放送で呼び出したが、当人が行方不明。夜間は少人数体制で、新人スタッフが頼れるのは、副店長だけなのだ)

 

その時、自動ドアが開いた。

 

入店してきたのはTシャツとハーフパンツ姿のチャンミンだった。

 

(チャンミンせんせ!!!)

 

ユノの切れ長な眼はまん丸になった。

 

もの凄いスピードで、新作コーナーの棚の裏手に引っ込んだ。

 

(俺はなぜ、隠れた?)

 

会いたくて仕方がない人物が不意打ちに現れた時、実は心の準備が全くできていなかった現実。

 

チャンミンは手にとった新作映画のパッケージ裏を読んでいる。

 

二人を隔てているのは棚ひとつ。

 

ユノの心臓はドクドクと速い。

 

(話しかけようかな。

『せんせ、偶然っすね。

この辺に住んでるんすか?(知ってるけど)

何借りたんすか?

それ、俺も観たかったんすよね...えっ!?

いいんすか!?

じゃあ、せんせんちに行っちゃおうかなぁ...』

...な~んて)

 

ユノは息を整え、髪を整えた。

 

(よし!

声をかけよう!)

 

チャンミンの前に姿を現わそうと決心した時だった。

 

「お~い!

済んだぞ!」

 

(まるちゃん!!)

 

この声は、会計が終わりユノを探すまるちゃんのものだ。

(商品はカウンター下にあった)

 

まるちゃんという邪魔者はいるが挨拶だけはしようと、棚の陰から姿を現わしかけた時、ユノは気づく。

 

(せんせに見られたら困る!

誤解される!)

 

『誤解される』とは、一体何のことだろう。

 

まるちゃんは上下くたびれたスウェット姿だが、ユノ以上のイケメンだ。

 

(せんせは男が好きな男だ。

真夜中に寝巻みたいな恰好をした男といる俺!

まるちゃんを恋人だと勘違いする!

それは困る!!)

 

ユノは、両手に下げている手荷物のヲタク感についてはノーマークだった。

 

袋からフィギュアの箱が頭を出している。

 

一般的な感覚の者からすると、『キモイ』と引かれがちな恋愛攻略ゲームの幼顔・巨乳キャラだ。

 

まるちゃんとの付き合いが長いユノは、耐性がついていて抵抗感が全くなかったため、心配事はよそに向いたのだ。

 

実際にこれを目にして、チャンミンがどんな反応を示すのかは想像するしかない。

 

美少女フィギュアよりも、チャンミンと偶然出くわした喜びで、五感の全てを持っていかれたのでは?と想像できる。

 

新作コーナーはレジカウンターと同じ通路にある。

 

(チャンミンせんせに、まるちゃんと一緒にいるところを見られるわけにはいかない。

ここは退散するに限る)

 

ユノは新作コーナー裏の通路をダッシュした。

 

レジカウンター前でユノを探していたまるちゃんが、ふっと消えた。

 

ユノによってまるちゃんは、レジ真向いの棚裏へと引きずり込まれたのだ。

 

この時、新作コーナーにいたチャンミンは準新作コーナーへ移動したようで、目撃されずに済んだ。

 

「何だよ!?」

 

「帰るぞ」

 

ユノはまるちゃんを引っ張って、チャンミンがいるらしいエリアを避けるように、遠回りコースをとって出入口に向かった。

 

「おい、何だよ!?

どうしたんだよ、急に!?」

 

「しっ!」

 

「ユノ」と口にしかけたまるちゃんの口を覆った。

 

そして2人は、チャンミンに見つかることなく無事に店外へ出ることに成功した。

 

ユノは荷物を自転車の前カゴに入れ、両ハンドルに引っかけた。

 

「ずらかろうぜ」

 

「ずらかる!?

お前っ、何かパクったのか?」

 

「パクるかよ!

早く帰りたいだけさ。

早くグッズを見たいじゃん」

 

いつチャンミンが店から出てくるか知れない。

 

ユノはまるちゃんを急かした。

 

この場は早く立ち去るべきだ。

 

「珍しいことを言うなぁ。

分かったよ」

 

二人はまるちゃんのアパートへ向けて歩き出した。

 

「今回はついてたな。

A賞もB賞も押さえちゃったよ」

 

「押さえて当然。

あれだけ注ぎこんだんだ、捕れなかったら泣くよ」

 

「なあ。

まるちゃんって、誰かに告白したことってある?」

 

「は?」

 

ユノの質問は脈絡無視だ。

 

「どんな風に告白した?」

 

「それ、俺に訊くの?」

 

二次元ラブ、コミュ障なまるちゃんにすべき質問ではなかった。

 

「生身と経験がなくても、まるちゃんは恋愛の達人じゃん。

駆け引き上手だし、女子の気持ちにも詳しいじゃん」

 

ユノは決して、恋愛攻略ゲームをマスターしているまるちゃんをからかってはいない。

 

至極まじめに尋ねているのだ。

 

「誰かに告白する予定でもあるのか?

例の彼女にか?

そっか、あの子には興味がないんだったな。

他に好きなヤツがいるなんて、初耳だぞ」

 

「いや...俺じゃなくて、クラスにいるんだよ。

好きな子がいて告白したいんだけど、どうしたらいいか分かんないって、相談を受けたんだ」

 

自分のこととして相談できない照れが、ユノにはあった。

 

「そんなもの、自分の体験談をもとにアドバイスしてやればいいんじゃないの?」

 

「経験していないからアドバイスできないんだよ。

俺、誰かに告白したことなんてねぇもん」

 

「お前、告白されたことはあるもんな~」

 

「ああ」

 

ユノの恋は相手からのアプローチで始まるものがほとんどだった。

 

それプラス、「恋をすると胸が苦しくなる」などとチャンミンに語っていたが、その経験もなかった。

 

今の恋を除いて。

 

 

 

深夜の道路を走る車はない。

 

赤信号でも構わず横断しようとするまるちゃんは、スウェットの裾を後ろから引っ張られた。

 

「えっ、渡らないの?」

 

「赤信号だから駄目だ」

 

「あっそ。

自動車学校に通うと、交通ルールに敏感になるもんなんだな」

 

二人の男は、信号の赤ランプが緑に変わるのをじっと待った。

 

 

チャンミンが散歩のついでで寄ったレンタルショップ。

 

会計前に財布を忘れてきたことに気づき、レジスタッフに照れ笑いをして手ぶらで店を出た。

 

あの最悪な夜から2か月半が経っていた。

 

恋人抜きの夜に慣れてきた頃で、ようやく気持ちに余裕が出てきた。

 

今夜は気候もちょうどよく、ぶらぶらと散歩でもしようかと外出し、たまたまレンタルDVD店に寄ったのだ。

 

チャンミンはレンタルビデオ店前の交差点で、信号待ちの2人組に気づいた。

 

(あれ...?

今のユノだよね)

 

遠目ではっきりしないが、全身のシルエットに見覚えがあったし、白のパーカー、淡色のボトムスは、今日(日付が変わったから昨日)教習で着ていたファッションと同じだ。

 

チャンミンは一瞬迷った。

 

声をかけて振り返ってもらうには距離があることと、ユノが1人ではなかったことだ。

 

(友達...かな?)

 

ここでユノの心配は杞憂に終わった。

 

ユノは隣にいる同性イコール恋人と捉えてしまっていた。

 

相手がまるちゃんで助かった。

 

もしここで、ユノが女子(例えばQ)と一緒にいたりなんかしたら、チャンミンは諦めてしまっていたかもしれない。

 

それくらいチャンミンのユノに向ける想いは、センシティブなものだ。

 

信号が青になり、2人は横断歩道を渡り始めた。

 

このままでは見失ってしまうと、チャンミンは駆け出した。

 

(近づいて声をかけるべきか。

でも近づき過ぎたら気付かれてしまうし)

 

チャンミンは「どうしようどうしよう」と迷っているうちに、2人を尾行していた。

 

 

(つづく)

 

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(17)チャンミンせんせ!

 

 

「せんせはどんな恋をしますか?」

 

「!」

 

チャンミンの答えを待つユノの顔は、正面からの日光を受けてますます白く輝いていた。

 

その眩しさにチャンミンは言葉を失う。

 

そして、ユノとの交際の可能性を探っていた時だったことで、自分の気持ちを見透かされていたのかと冷や汗が出た。

 

ユノの口調は軽くても、ユノの目は本気(マヂ)だ。

 

そこに気づかない程、チャンミンは若くはない。

 

一切気持ちを悟られないようさりげなく質問できるようになるには、ユノは若すぎた。

 

(ユノはもしかしたら僕と同類なのかもしれない。

初対面の時から、凄い目で見ていたから。

...いや、そんな都合のよい展開になるはずがない。

そうだったらいいな、という話だ。

年上の男に憧れているだけだ、うん、それだけに過ぎない。

危ない危ない。

ユノのキラキラな眼にのせられて、本気になってしまうところだった。

彼は『生徒』だ。

20歳の学生だ。

僕とは大違いだ)

 

「せんせ!

俺の質問、聞こえてます?

せんせは...どんな恋がお好みですか?」

 

声が震えないようにするのに、ユノは必死だった。

 

(せんせは激しい恋がしたい人なんだと思う。

だって...だって、雨の中、号泣していたんだ。

とぼとぼと歩くあの背中が心配で、放っておけなくて後ろから見守った。

うーむ...あれは尾行、まさしくストーキング行為だったけど、それは脇に置いておいて...。

抱きしめてあげたかった。

せんせ、俺がせんせを守ってあげる、って。

激しい恋なら任せてください。

せんせの理想の恋を教えてください)

 

「ユノさん、教習に集中しましょうか?

恋バナはお終いです」

 

「え~」

 

ユノは口を尖らせた。

 

質問に答えられないチャンミンは、この話題を打ち切ることにした。

 

本心を誤魔化した、適当な返事をしたくなかったのだ。

 

チャンミンにとって恋愛とは、教習中に語れるほどの軽いものではないのだ。

 

「あ~あ。

せんせの恋愛観を知りたかったのに。

...恋愛相談にものってもらいたかったのに...」

 

ユノはぼそりとつぶやいた。

 

ユノにはプランがあったのだ。

 

1.チャンミンの恋愛観を知る

2.理想の恋愛を知る

3.恋人に求める条件を知る

4.過去の恋愛を知る

5.現在の恋人の有無を知る(既に知っているが、ここはとぼけておく)

6.恋の相談にのってもらう(ここで自分の気持ちを忍ばせる)

(テンパったユノは、2から5をすっ飛ばしてしまっている)

 

6については、意中の相手ご本人に恋の相談をするといった、回りくどいアプローチ方法なのだ。

 

『片想いの相手(=チャンミン)に近づくためにはどうしたらいいのか、その人(=チャンミン)がこんなことを言ったのだが、前向きな意味で捉えていいのか?』...などなど、片想いされているご当人(=チャンミン)に相談をする。

 

その人(=チャンミン)はユノと共に考え、アドバイスしてくれる。

 

例えば...「サプライズをしてみたら?

花を贈るとか?

花束に想いを込めるんだ。

分かりやすく...薔薇とかさ。

花言葉が『あなたを愛しています』っていうから」と、アドバイスしてくれたとしよう。

 

そしてある時、ユノは薔薇の花束を片想いの相手(=チャンミン)に贈るのだ。

 

「俺が片想いしていたのって...実はせんせなんだ」と告白。

 

「チャンミンせんせ!」と明るく元気に正々堂々じゃれついて、好きの気持ちをだだ洩れにさせているのに、「好きです」が言えずにいるユノ。

 

能天気に見えてユノは案外、自分に自信がないのだ。

 

チャンミンに断られるのが怖かったのだ。

 

「!!」

「!!」

 

クラクションの音に、二人は飛び跳ねた。

 

信号が青になっても発進しようとしない教習車に、後ろの車がしびれをきらしたのだ。

 

ここで恋の話題は終了となってしまった。

 

チャンミンはユノの最後の言葉を聞き逃していなかった。

 

(恋の相談、って言っていた。

それってつまり、ユノは恋をしているってことだよね。

僕のこと...まさか!

本人に相談してどうする!

...一緒にいた女子についての相談なんだろうか)

 

「......」

 

自動車学校に到着するまで、チャンミンは指示と注意以外の言葉は発せず、ユノも口を閉じて運転に集中していた。

 

 

「美味いものを食わせてやるから、今すぐ来い」

 

その夜ユノは、まるちゃんに呼び出された。

 

思い切ってした質問にまともに答えてもらえず、ユノはもやもやと不完全燃焼な心情を抱えていた。

 

ユノはチャンミンと出会ってから恋愛至上主義になりつつあった。

 

もしかしたら有益なアドバイスや励ましが貰えるかもしれないと、バイト後で疲れた身体に鞭打って、マルちゃん宅にはせ参じたのだ。

 

男友達には馬鹿話は出来ても、ガチな恋バナなんてとんでもないが、まるちゃん相手ならそのハードルが下がる。

 

 

「来てやったぞ」

 

ユノが訪れた時、まるちゃんは推しの誕生日を祝っていた。

 

万年コタツの天板上は、推しの好物イチゴづくしなのに、まるちゃんはイチゴにアレルギーがあって食べられない。

 

そこで毎年、ユノはイチゴ消費を担当している。

 

ウサギの着ぐるみをまとった推しのぬいが、ティッシュケースにもたせかけられている。

 

まるちゃんはぬいにイチゴケーキを食べさせたり、写真を撮ったりと楽しそうだ。

 

推しの儀式が済むまで、ユノは時間つぶしにスマホの通知を確認していた。

 

Qとクラスメイトからのメールが数通、母親からの着信が1件あった。

 

ユノはここで、チャンミンの連絡先を知らない自分に気づくのだ。

 

チャンミンの住まいを知っているだけで大満足。

 

教習中は胸いっぱい、それ以外は学校とバイトで忙しいけれど、教習中の余韻で胸いっぱい。

 

連絡先を尋ねる行為が頭になかったのだ。

 

知り合いレベルの者同士でも、気軽に連絡先交換をするキャンパスライフ。

 

近づきたい一心なのに、メアドすら知らないとは何たることだ、と。

 

「OK。

もう食べていいぞ」

 

まるちゃんから許可が出て、やっと料理に箸をつけることができる。

(今夜のメニューは全てスイーツ、箸は不要だが...)

 

まるちゃんは別メニューで、レトルトカレーだ。

 

「イチゴのピザって珍しいな。

へぇ...カスタードクリームか、デザートだなこれは」

 

「イチゴと言えば、スイーツにしかならんだろう。

なあ、ユノよ。

イチゴサラダっちゅうもんがあるらしいが、愚行だと思わないか?

イチゴの白和えとか、イチゴの冷製パスタとか...食える気がしない」

 

「まるちゃんはそもそもイチゴが食えないじゃん」

 

「じゃあ、想像してみ。

缶詰のみかんがサラダに入ってたらどうよ?

あるだろ、そういうんが?

缶詰のみかんの白和えって食えるか?

パスタはどうよ?」

 

「苦手かも。

まるちゃん、俺にもカレー食わせて。

口の中が酸っぱくなってきた」

 

テーブルの上のものをあらかた食べ尽くした二人は、コタツにごろりと横になった。

 

時間つぶしをしていたのだ。

 

 

「ユノ、そろそろだ」

 

まるちゃんは、いつの間にか寝入ってしまったユノの肩を揺すった。

 

まるちゃん宅に招集されたのは、イチゴ消費の他、0時解禁、推しの一番くじ引きの要員のためだった。

 

おひとり様5回まで、ユノと一緒なら1軒あたり10回引ける。

 

当選グッズはかさばるため、ユノの自転車があると助かる。

 

「フライングする店があるから、そこから廻ろう」

 

二人は食べ散らかした天板の上を片付け始めた。

 

「コンビニが終わったら、レンタルDVD店でピックアップしてゆきたいものがあるんだ。

予約注文してたやつの発売日なんだ」

 

「いつものドラマCD?」

 

「全部で7形態。

予約特典のクリアファイルが付いてくるんだ。

ユノ、行くぞ」

 

(レンタルビデオ店はせんせの家の近くにある。

せんせとばったり会っちゃったりして...)

 

ユノは部屋を飛び出していったまるちゃんを追いかけた。

 

 

(つづく)

 

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(16)チャンミンせんせ!

 

 

夜間コースの教習生たちで混雑してきたため、Qの悩み相談は自動車学校の待合所からファミレスへと場所を移すことにした。

 

担当指導員なのだから合否はとっくに知っているだろうが、ユノは自分の口から合格を報告したかった。

 

翌日の教習でどうせ顔を合わせるからいいかと、チャンミンを待つことを渋々諦めて 学校を出た。

 

席に案内されるなり、Qのお悩み相談が始まった。

 

「ユノ、聞いてよ」

 

その内容は相談ごとと言うより、自身の担当女性指導員...B指導員への悪口に近いものだった。

 

QはB指導員のことを「ババア」と呼び、言い方に棘があるだの、視線が冷たいだの、気分屋だのと、具体的な例をあげながら愚痴っている。

 

半分ほど残ったパスタをフォークでぐちゃぐちゃと、腹立たし任せに刺している。

 

「チャンミンせんせも、言い方に毒があるし、はしゃぐ俺を冷めた目で見る時もあるし、機嫌が悪い時は、指示しかしないし...似たようなものじゃん」と、ユノは思った。

 

ここで口を挟むと激しい反撃を食らうため、ユノは黙っていた。

(ユノは見た目通り、女子の扱いに長けている)

 

「ユノはいくつだと思う?」

 

Qが尋ねているのは、B指導員の年齢だ。

 

「28か29歳?」

 

「そんなに若いわけないじゃん。

あれは35か6はいってるよ。

シワもあるし、化粧も濃いし」

 

「どうだろうね。

見た目10代なのに、30超えてたパターンもあるからなぁ...見た目で分かんないんじゃない?」

 

ユノは答えながら、チャンミンの顔を思い浮かべ、彼の年齢を予想していた。

 

(落ち着いているからなぁ...若くて20代後半?

せんせは童顔だから、若く見えるだけで30を超えてるのかも。

そうなると、10歳差かぁ...。

...俺は年の差なんて、気にしない!!)

 

「指輪してないから、絶対に独身だよ」

 

「仕事中は指輪しないようにしているんじゃねぇの?」

 

「知らない、そんなの。

若い女子見るとムカついてるんだと思う。

嫉妬してんの。

だから彼氏がいないんだわ」

 

「彼氏がいないって、誰が決めたんだよ~」

 

Qはお洒落で可愛い顔をしていて、隣を歩いていても悪い気はしなかったが、彼女の口の悪さが彼女を恋愛対象として見られない理由のひとつだった。

 

ユノは全てにおいて可もなく不可もなく、好き嫌いの意志表示もはっきりと表には出さない生き方をしてきた。

 

特定の相手が居たことはあった。

 

しかし、現在進行形の恋と比較すると、ユノの交際経験はゼロと言ってしまっていいかもしれない。

 

Qとの付き合い方に関しては特に、鈍感な男を演じ、あいまいににごして、一定の距離を保っていた。

 

B指導員への悪口は、第3周目に突入した。

 

料理を食べ終えたユノは、ドリンクバーでお代わりしてきたコーラを飲んでいる。

 

「そんなに辛いのなら、指導員を変えてもらえばいいんじゃないの?」

 

「え...?」

 

的を得すぎたユノの回答に、Qの口は止まった。

 

「話を聞く限り、B先生の教え方が嫌っていうより、先生の悪口の方が多いよね。

つまりさ、Qは嫌いな人に習うのがキツいんだろ?

担当を変えてもらいなよ」

 

「...別に、大袈裟にしたいわけじゃない」

 

女子のQはただ、話を聞いて欲しかっただけで、アドバイスは必要なかった。

 

一緒にB指導員の悪口を言い合い、腹立たしい気持ちを共感して欲しかったのだ。

 

「あ~あ、指名制の学校にすればよかったぁ。

ユノがこんなとこを選ぶからさ...」

 

ユノはイライラしてきた。

 

「ついてきたのはQじゃないか?

ここは遠いし高いし、止めておけって言ったじゃん、俺」

 

「...だってぇ」

 

「通学できない程辛いんだろ?

違う先生に変えて下さいって、相談すべきじゃないのかな?」

 

「......」

 

Qは席を立つと、荷物をまとめだした。

 

「Q?」

 

機嫌を損ねてしまったようだ。

 

食べかけのパスタとユノを残し、さっさと帰ってしまった。

 

「...ったく」

 

二人分の食事の注文伝票が、透明の伝票立てに丸めて入れてある。

 

Qはいつもユノに奢ってもらっており、今日も当たり前のように会計を任せて去っていった。

 

(何やってんだ、俺?

求められれば断り切れず、ほいほいと相手をしてしまっているところ...直さないと)

 

数日もすれば、機嫌を直したQから電話やメールがあるはずだ。

 

恋愛感情を抱かれていると気付いていても、告白されてもいないうちから「その気はない」と断るのは変だよなぁと、ユノは思うのだ。

 

...チャンミンにも同様のことが言える。

 

ユノの好意大爆発の気持ちはバレバレだ。

 

チャンミンにしてみたら、告白されていない現段階、どう対応すればいいか困っていた。

 

(実際に告白されても、僕は困ってしまっただろう。

ここは職場だし、ユノが教習生だ。

なによりも、ユノには彼女がいるし、ノンケだ。

僕は真剣な交際がしたい。

男と付き合うってどういうことなのか、ユノは分かっていなさそうだ。

いざとなった時、我に返って引かれたりしたら、傷ついてしまう)

 

 

路上教習5時間目。

 

場内コースを出たことでドライブ感が増し、ユノはウキウキだった。

 

ハンドルのふらつきや信号待ちの際のエンスト、のろのろ運転と、ユノの運転は不安定なままだった。

 

しかし、公道を走行できるまで成長したのは、チャンミンの熱心な指導のおかげである。

 

「せんせ...恋って苦しいっすね」

 

「ええっ!?」

 

唐突なユノの質問に、チャンミンは素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

「好きな人を想って、ウキウキして...。

胸がこう、きゅ~っと」

 

ユノはトレーナーの胸元を握りしめた。

 

「ユノさん!

ハンドルから手を放したらいけません!」

 

「あ、すみません。

でね、せんせ。

恋がすすむと、ヤキモチ妬いたり、喧嘩したりするじゃないすか?

そう言う時も、胸がきゅ~っと苦しくなるんす」

 

「だ~か~ら、手を放したらいけません!」

 

「じゃあ、手を放さないように、せんせが俺の手を押さえててくださいよ?

前みたいに?」

 

チャンミンはユノの手をとっさに見た。

 

(いけないいけない!)

 

「せんせから手取り足取り、教えてもらったじゃないすか。

ギアチェンジがまあまあ上手くなってしまって、つまんないくせに。

もっと手を握ってくれてもいいっすよ?」

 

「こらっ!」

 

「『こらっ』だって。

チャンミンせんせ、超可愛いんですど?」

 

「こら!」

 

「『こら!』だって。

可愛い~」

 

(僕の下心...まさか、見透かされていないよね)

 

チャンミンはこれ以上ユノにからかわれまいと、咳ばらいをした。

 

「それじゃあ、左車線に移動してください」

 

「は~い」

 

ユノはバックミラー、サイドミラーを目視した後、左ウィンカーを出した。

 

「怖いよ~」

 

「僕も怖いです」

 

一瞬、ぐらっと蛇行してしまった後、ユノが運転する教習車は車線変更に成功した。

 

「やった~!」

 

途中で恥ずかしくなって話をそらしてしまったが、ユノは「恋」というワードを使って、チャンミンに探りをいれてみたのだ。

 

一方、チャンミンも「ユノさんも、恋に苦しんだことがあるのですか?」と尋ねてみたかった。

 

(...ユノと同じくらい若い頃、僕も恋に夢中になるあまり、苦しむことも多かったなぁ...。

見返りを求めない純粋な恋だ。

でも...大人になって経験した恋はどうなんだろう?)

 

と、チャンミンが思っていたその時。

 

「せんせはどんな恋をしますか?」

 

ユノから尋ねられた。

 

身構えていなかったチャンミンは、うろたえてしまった。

 

 

(つづく)

 

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