(2)別れられるかよ

 

 

二人の行為は激しく濃密だった。

ベッドのスプリングが馬鹿になってしまうくらいの荒々しさだった。

一般的に交際期間が長くなればマンネリに陥りがちで、恋人を見ても触れても、性欲自体が湧いてこないカップルもいるだろう。

ところが二人にとって、マンネリや性欲減退など無縁だった。

身体の相性が抜群に良く、深く愛しあっており、浮気をしたことなど一度もなかった。

ベッドにもつれ転がると、一刻も早く繋がりたくて欲情ばかり先走る。

10日ぶりだ。

ユノは前をチャンミンは後ろだけをぺろんと出した。

拡げる必要ないほど柔らかくほぐれたチャンミンのそこに、ユノはにたり、と笑う。

そして、ベッドに両手をついて待機するチャンミンに尋ねるのだ。

 

「俺がいない間毎日やってたのか?

ここに来る前に用意してきたのか?」

 

「その両方だよ!

どうせユノだって、自分でしてたくせに」

 

「まあな。

チャンミンにどエロいことさせて、抜いてたよ」

 

「僕だって!

...うっぷ!」

 

ずん、と突かれて、チャンミンは口を押さえた。

先ほど食べた焼うどんが、口から飛び出しそうだったのだ。

 

「ぼ、僕だっ...って...凄かったん...だっ、からっ!」

 

ユノはチャンミンを表に裏にとひっくり返して攻め立てる。

ギブアップしてたまるかと、チャンミンは歯を食いしばって失神しそうになるのを堪えた。

負けず嫌いのチャンミンを前にして、ユノの悪戯心は煽られる。

チャンミンを焦らそうと、ユノは腰をぴたりと停めた。

 

「やめちゃうの?」

 

後ろから繋がるユノを振り返り、ピストンを乞うチャンミンの可愛らしさに、胸がつまる。

チャンミンはとうとう強がるのをやめ、快楽に身を任せた。

ユノもチャンミンを試す余裕が無くなって、昇天を目指して律動運動を再開した。

 

 

「はあはあはあはあ...」

 

「...凄かった」

 

「うん、凄かった」

 

「やっぱ、チャンミン最高」

 

「ユノのも最高」

 

その後、二人は息が整うまで全裸のまま寝転がっていた。

設定温度20度にしたエアコンのおかげで、汗はひいていった。

肌寒くなった二人は仲良くシーツの中にもぐりこんだ。

 

「素肌ってあったかくて気持ちいいね~」と、チャンミンの頬はつやつやで、幸せいっぱいだ。

 

しっとりと濡れたユノの前髪が額にはらりと落ちて、とても色っぽい。

チャンミンの首筋には、ユノが吸い付いた痕がいくつも散っていて、ユノの肩には、チャンミンが噛みついた歯型があった。

 

「...考えてみたんだけど...」

 

ふいにユノは話し出した。

 

「やっぱ、俺の方が悪かったかも」

 

「へ?」

 

チャンミンは身を起こすと、肘枕をしてユノを見下ろした。

 

「最初にさ、誤解を生むようなことしたのは俺だったじゃん?」

 

「まあ...そうかもしれないけど...。

嫉妬深い僕の方が悪かったんだ」

 

「嫉妬深いのはいつものことじゃん。

それなのに、逆ギレしちゃった俺がやっぱり悪いんだ」

 

「もうさ、おあいこでいいんじゃないの?」

 

「うん、そういうことにしよう」

 

ユノはにっこり笑った。

 

「ニ段構えの喧嘩はきつかったね~」

 

「ホントだよ~。

特に一回目のは、アホらしい」

 

 

10日前、喧嘩第一弾が起こった。

発端は女子が絡んでいる。

その女子とは、ユノが勤めている居酒屋にやって来たグループ客のひとりだ。

酔いつぶれてしまった彼女は、閉店時間になってもテーブルに伏せたままで、店を出ようとしない。

グループのメンバーたちは、彼女を残して帰ってしまったのだ。

なんて薄情な奴らなんだと、店のスタッフたちは呆れ、施錠して帰宅したいのに目覚めない彼女に困り果てていた。

 

後になってスタッフたちは、

「あれはユノさんを狙った作戦ですよ。

メンバーはグルです。

わざとあの子を残していったんです。

彼女に頼まれたのかもしれません」と推理してみせた。

 

以前からユノに絡んでくる客だったから、「そうだろうな」と、ユノは思った。

店長は公休日で、この日はユノが責任者。

必然的に、彼女の面倒はユノがみるしかない。

終電はとっくに行ってしまった。

店の前でいつまでもいるわけにはいかない。

とりあえず、最寄り駅まで移動した。

 

「さて、どうしたらよいものか」

 

ユノは頭を抱えた。

この時、スッと半眼になったチャンミンが、氷の視線を送る光景がユノの頭に浮かんでいた。

彼女の肩に手を置くことがはばかれて、肩を揺するユノの手は遠慮がちになり、当然彼女は眠ったままだ。

業を煮やしたユノは、彼女のバッグを漁らせてもらい、財布も開けさせてもらい、免許証を確認させてもらった。

捕まえたタクシーに彼女を押し込め、ドライバーに住所を伝えてドアを閉めた。

ところが、タイミングが悪いことが起こった。

気紛れに、駅までユノを迎えにきたチャンミンに、一連の出来事を目撃されてしまったのだ。

彼女の身体を支えて、駅に向かって来るあたりからだ。

ユノがその女子と一緒にいる事情をチャンミンは知らないため、あれこれと誤解してしまった。

ユノはその場で事情を説明し、チャンミンは一旦は納得した風だったが、実は納得など全くしておらず、怒りの炎を揺らめかせていたのだ。

道中ひと言も口をきかず、むすりと膨れているチャンミンを、ユノは持て余していた。

そこでユノは、チャンミンを強引に押し倒した。

二人にとって、ご機嫌とりだったり、仲直りの儀式はアレすることだ。

下になったチャンミンも、「仕方がない」とユノに身をまかせようとしたのだが...。

あれっぽちのことで、腹を立てるチャンミンの狭量さに、ユノの心の奥底に怒りの火種がくすぶっていた。

情熱的でロマンティックなアレにしたかったのに、相手を屈服させようとしたものとなり、いつしか取っ組み合いのようになっていた。

 

「このっ!」

 

性欲は徐々に失われてゆき、気付けば萎えていた。

チャンミンの嫉妬深さを責める代わりに、ユノが言い放ったのがこうだ。

 

「俺じゃ勃たねぇのかよ!」

 

「ユノこそ勃ってないじゃんか!」

 

「その気にならないんだよ!」

 

「ふ~ん。

じゃあ、僕以外だったら勃つのかよ!」

 

「かもね。

カリカリカリカリ怒りっぽいチャンミンを見て、勃つかよ」

 

「うーーー」

 

ここでチャンミンは、ユノにダメージを与える台詞を吐いたのだ。

 

「僕だって浮気してやる!」

 

「はぁぁぁ?」

 

怒りとはエネルギーを消費するから、無関心な人物相手にここまでの暴言は吐けない。

ユノはこの手のチャンミンの台詞に慣れていた。

ユノのキャラクターは大らかで真っ直ぐ、チャンミンはやや神経質で天邪鬼だった。

チャンミンの一筋縄ではいかない小難しい性格によって、悪態も本心の真逆を突いている場合が多いのだ。

それから、ユノのことを信頼しきっているから、『浮気してやる』だの『別れてやる』だの、禁忌の言葉を吐けるのだ。

ところが、この日のユノは勃たなかった情けなさから、いつものように寛大でいられなかった。

 

「おー、そうかそうか。

浮気すればいいさ。

浮気しようにも、相手なんていないくせに。

ははは!」

 

むぅっとしたチャンミンの眉間にシワが寄り、顔が紅潮した。

 

「うるさいうるさい!

売りを買うなり、ハッテンに行くなりしてやる!」

 

そう叫んでチャンミンは、ユノと同棲する部屋を飛び出していってしまった。

 

「チャンミン!」

 

...このように、喧嘩第一弾は、やりとりは激しいものの、きっかけ自体はこのように大したことのない内容だった。

チャンミンは5日間帰ってこなかった。

ユノもチャンミンに電話を一切かけず、探さなかった。

このことが、喧嘩第2弾の発端となってしまったのだ。

 

(つづく)

(1)別れられるかよ

 

 

「いらっしゃいませぇ」

 

新規客が通された席まで、おしぼりとお通しを運んだ店員はユノといった。

 

ここは人気居酒屋店。

 

開店間もない店内は既に7,8割方埋まっていた。

 

頭にバンダナを巻き、Tシャツの袖は肩までまくしあげられ、逞しい二の腕が露わになっている。

 

ユノが通り過ぎると、女性客たちが色めき立った視線を彼に注ぐ。

 

ここ数日、ユノの気持ちは塞いでいた。

 

気持ちが下向きになると視線も下向きになり、ユノの目には客の顔など映っていない。

 

でも、長らくこの仕事を勤めてきただけあり、威勢のよい声かけでそれを補っていた。

 

ユノは新規客におしぼりを渡すと、「本日のおすすめは...」と、メニュー表を広げてみせた。

 

その手がびくっと止まった。

 

「...チャンミン...何しに来た?」

 

チャンミンと呼ばれた客は、ゆっくりと顔を上げ、

 

「ユノ...捕まえた」

 

と、言った。

 

 

「店には絶対に来るな、と何度も言っているだろう?」

 

「怒りたいのは僕の方だよ。

5日もどこをほっつき歩いていたんだ?

ずっと待っていたんだ」

 

チャンミンはユノをキッと睨みつけた。

 

「仕事中だ。

マジで困るんだよ」

 

「待ってたんだよ?

ユノに迷惑をかけるから、職場に来るのだけは控えようと思ったんだ。

だけどもう...耐えられなかった」

 

ユノもチャンミンを睨み返したが、すぐに視線を反らした。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのスイッチでお知らせください」と、店員の顔に戻った。

 

「待って」

 

回れ右したユノの肘を、チャンミンは素早くとらえた。

 

「何だよ!?」

 

店内は歓声と笑い声、油の匂いと人いきれでむっとしており、ユノの額のバンダナは汗でにじんでいた。

 

「ユノが終わるまで待ってる」

 

時刻はまだ18時で、閉店まで7時間もある。

 

「家で待っていても、ユノは帰って来ない。

今日はユノを逃がすつもりはないから。

ユノに逃げられないように、『ここ』で待ってる」

 

ユノはチャンミンの性格...「待つな」と言っても、言うことをきかない頑固さと根性のある性格...を知り尽くしている。

 

二人の付き合いは長いのだ。

 

「好きにしろ」

 

ユノはチャンミンの手を振りほどくと、厨房カウンターへと戻っていった。

 

注文ボタンを押す前に、チャンミンのテーブルにビールジョッキが届いた。

 

ユノ自身ではなく、他のスタッフにそれを運ばせた意固地なところに、チャンミンは呆れた。

 

チャンミンは立ち働くユノを常に目で追っていた。

 

 

 

 

片手にジョッキ4本、もう片手に料理のトレーを運ぶユノの二の腕は、太く盛り上っている。

 

ユノの耳の下から鎖骨へ流れる汗を見つけ、その首筋に舌を這わせた先々週を思い出していた。

 

ユノの視界の隅には、常にチャンミンの姿があった。

 

わいわいと賑やかなテーブル席がほとんどの中で、背中を丸めてひとり飲みする客は目立った。

 

チャンミンのオーダーを取ってくるのは、ユノではなく他のスタッフだ。

 

ユノは率先してドリンク担当となって、レシピよりうんとアルコール度数低めのドリンクを作って、スタッフに運ばせた。

 

グラスだけ重ねるチャンミンのオーダーを、ユノは心配していたのだ。

 

店内はどんどん混雑してゆき、23時半を境に客数が引いていった。

 

チャンミンはこれで何杯目になるだろう、氷で薄まったカクテルを持て余していた。

 

「食えよ」

 

「!」

 

目の前にさっと出された料理に、チャンミンは顔を上げた。

 

その表情は明らかにホッとしたものだった。

 

「サービスだ」

 

「あ...ありがと」

 

「あと1時間で終わる。

メシ食って待ってろ」

 

チャンミンはこくり、と頷いて、湯気がたつ焼うどんに箸をつけた。

 

「...おいしい」

 

 

 

 

たまに台所に立つユノが作ってくれるものと味が似ている。

 

チャンミンに食べさせたくて、店で習った味を自宅で再現したのだろう。

 

チャンミンのまぶたの奥がじわっと熱くなった。

 

勢い込んで閉店まで粘ると言い放ったが、話し相手のいない数時間は辛かった。

 

冷たい飲み物で冷えた身体に、熱々の料理はありがたかった。

 

 

チャンミンがユノの仕事場まで乗り込んできた目的は、ユノを捕獲するため。

 

 

 

 

10日前に喧嘩を、5日前により激しい喧嘩をした。

 

激怒したユノは、チャンミンと同棲している部屋を飛び出していってしまった。

 

同様にチャンミンも怒りの興奮状態で、ユノを追いかけるどころか、手にしていたしゃもじを投げつけた。

 

「ふん、勝手にしろ」

 

怒りに支配されているのに後悔で寒々とした気持ちで、チャンミンは床に転がり落ちたしゃもじを拾い上げた。

 

翌日になっても帰宅しないユノに電話をかけることは出来たのに、先に歩み寄った者が負けになるからと、チャンミンはだんまりを決め込んだ。

 

その夜ネットカフェに泊まったユノは、電話1本かけてよこさないチャンミンに腹を立て、3日続けて延泊した。

 

4日も音信不通となると、にわかに不安になり出した。

 

「このまま、ユノが戻ってこなかったらどうしよう」

「チャンミンが迎えに来なかったらどうしよう」

 

こじらせてしまった二人は、仲直りの方法も機会も見失い、にっちもさっちもいかなくなってしまったのだ。

 

 

ラストオーダーを過ぎ、閉店時間が近づくにつれ客たちが1人、また一組と退店していった。

 

会計の後、「一緒に飲みに行きましょうよ~」としなだれかかる女性客の背中に、チャンミンの氷の視線が刺さっている。

 

この手の本気ともつかない誘いはよくあることで、「飲みに行くなら、彼氏と行ってください」とユノは笑顔で流した。

 

ところが、チャンミンの目には、ユノの態度がまんざらでもない風に映っていて、チャンミンの視線の棘はユノに移った。

 

居残るチャンミンに不審がるスタッフに、ユノは「俺の連れだから」と知らせた。

 

「ありがとうございっしたー」

 

入り口ドアは施錠された。

 

ユノの立ち居振る舞いを凝視するチャンミンに、ユノのテーブルを拭く手が緊張した。

 

「見るなよ」と睨みつけると、チャンミンは「いいじゃん、見ていたいんだから」と答える。

 

チャンミンと恋愛関係にあることを、スタッフたちは全く知らない。

 

「余計のことを言うなら、ひとりで帰れ」

 

彼らの耳を気にしたユノは、声を殺した鋭い声でチャンミンの耳元で囁いた。

 

「やだね」

 

チャンミンは席を立つと、スタッフたちを手伝って椅子をテーブルに上げ始めた。

 

5日ぶりにユノの顔を見られて嬉しいのに、どうしてもユノを煽る言動をしてしまうチャンミンだった。

 

 

ユノとチャンミンは揃って店を出た。

 

店じまいした店舗もあれば、早朝まで営業する店の電飾で、夜の街はまだまだ明るい。

 

「何しに来た?」

 

チャンミンは早歩きするユノに追いついた。

 

「何って...ユノを捕まえに来たんだ」

 

「ふ~ん」

 

ユノは立ち止まると、チャンミンを振り返った。

 

勤務中バンダナを巻いていたせいで、ユノの前髪は後ろに撫でつけられている。

 

ユノのすっきりとした顔立ちにチャンミンは見惚れた。

 

チャンミンのヘアスタイリングは完璧で、装いもよそゆき仕様だった。

 

惚れ直させるくらいの勢いでいかないと、ユノを説得し、自宅に連れ帰られないと考えたからだ。

 

「捕まえにくるって言ってるけどさ。

お前さ、俺に何を言ったか覚えてるわけ?」

 

「...覚えてる」

 

「今、ここで言ってみ?」

 

「...っ...それはっ...」

 

ユノに求められたその言葉は不吉なもので、チャンミンはしばらく言い淀んでいた。

 

上目づかいになったチャンミンだった。

 

ユノは内心で、

「可愛い顔をしても無駄だ。

俺は負けない」と、チャンミンへの責め立てを緩めてしまいそうになるのを堪えた。

 

「...『別れて...やる』って言いました」

 

「あれは本気か?

絶対に口にしたらいけない言葉なんだぞ?

決定的で究極で、壊滅的な言葉なんだぞ?」

 

ユノはつんと顎を上げ、目を細めた。

 

「ユノだってっ...言ったじゃん。

『別れてやるよ!』って」

 

「先に口にしたのはチャンミンだ!」

 

「そうだけどっ!

今回は51対49で僕の方が悪かったから...謝りに来たんだ」

 

「...え?」

 

つにない素直な言葉に、ユノはこれ以上険しい表情をしていられなくなった。

 

「1%だけ?」

 

「うるさいなぁ、1%も譲ったんだから許してよ。

店にまで迎えに行くなんて非常識だけど。

そうでもしないとユノのことだから、いつまでも帰って来られないんじゃないと思ってさ。

今回は僕が折れてあげたんだ」

 

「...チャンミン...お前」

 

チャンミンは「ごめん」のひと言が恥ずかしくてたまらず、負けを認めてしまう悔しさもあった。

 

火照った顔面が熱かった。

 

「あっ...」

 

口を尖らせて顔を背けたチャンミンは、ぬっと伸びた両腕にかき抱かれた。

 

ユノに抱きしめられたのだ。

 

「ユノっ...人!

人がいるから!」

 

ふらふら千鳥足の酔っ払いなど外野のうちに入らない。

 

「俺だって1%悪い」

 

チャンミンは力を抜き、油と煙の匂いがしみついたユノの肩に顎を預けた。

 

「それだけ?」

 

「うん」

 

「許す?」

 

「うん、許す」

 

「よかった」

 

「行く?」

 

「?」

 

ユノに尋ねられて、チャンミンは後ろを振り返った。

 

斜め前方に注がれたユノの視線の先を知って、にたり、と笑った。

 

「うん、行く」

 

チャンミンはユノに軽く口づけると、腰に腕をまわした。

 

二人が向かったのはもちろん、あそこだ。

 

仲直りするとといえば...あれしかない。

 

 

エントランスからエレベータ、最上クラスの部屋までの間、二人は無言だった。

 

室内に転がり込んだ二人のキスは貪り合い。

 

衣服を脱ぐのも惜しい。

 

チャンミンの整えられた前髪は、ユノの手にかき乱された。

 

喧嘩の原因になった例の件ともうひとつの件についての振り返りは、コトの後に回すことにした。

 

 

(つづく)

 

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(65.最終話)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

ユノは僕を抱きしめていた腕をほどくと、泡をすくっては僕の頭に乗っけ始めた。

 

「ユノに伝えたいことはまだあるんだ」

 

「え~、何だよ~。

やっぱ、こえぇなぁ」

 

「ユノ。

僕と一緒に住まない?」

 

ユノの手がぴたっと止まった。

 

「僕と一緒に暮らそう」

 

密かに温めていた計画を打ち明けた。

 

思いついたのはいつだっけ?

 

ユノの部屋を飛び出した昨夜のことだ。

 

喧嘩して部屋を飛び出したとしても、僕が帰るのは僕の部屋だ。

 

その日のうちに仲直りしたい。

 

頭が冷えるまで時間潰しをして、最終的には恋人と住む部屋に戻る...これが理想。

 

ユノに伝えたい話のメインディッシュがこれなのだ。

 

「...毎日やり放題じゃん」

 

ユノの第一声に、僕は吹き出した。

 

「ユノにはエッチィ技をいっぱい教えてあげる。

ねえ、返事は?」

 

「賛成に決まってるじゃん」

 

僕はユノの両脚の間でUターンし、彼と対面した。

 

胸の内で喜びが弾け、盛大に泡と水しぶきが辺りに散った。

 

...イメージで言うと、黄色い光の粒がパ~ン、って弾け、欠片がキラキラと空に散ったかのよう。

 

「よし!

そうしよう」

 

ユノの声があまりに大きかったものだから、隣のあんあん声がぴたっと止んだ。

 

「とにかくあんたは危なっかしい。

いつもどことなく不安げだった。

俺が叩き直してやる」

 

「何だよ、それ~」

 

「あとは、モテまくるのも心配だ。

これからもぞろぞろと昔の男が出てきそうだ」

 

「あのねぇ。

恨まれるほど深い付き合いをしてきた奴はほとんどいないから、その心配は要らないよ」

 

ユノは疑わし気に目を細めた。

 

「...わかったよ」

 

「ねぇねぇ。

どんな部屋にしようか?

最低でも1LDKがいいよね」

 

僕らは「ねー?」と、思いっきり破顔したお互いを指さした。

 

玉の汗をかいたユノの顔は茹でだこのように真っかっかだ。

 

他人とひとつ屋根の下で暮らすなんて、これまでの僕だったら信じられないことだ。

 

「でもなぁ...」

 

ユノは濡れた金髪をかき上げながら、「先月、アパートの更新したばっかで余裕がない」とボヤいた。

 

「金貯めないとな」

 

「心配には及ばないよ!」

 

僕はユノの肩を揺さぶった。

 

「アイツを売ったお金で支払おうよ」

 

「...アイツって...ダイヤのこと?」

 

「ピンポン。

売ろうって言ったの、ユノじゃん」

 

「そりゃまあ、そうだけど...。

昔の恋人から貢がれたものを、今の恋人との楽しみに使っちゃっていいのか?」

 

「僕のモノなんだから、僕が好きに使っていいんだ。

僕が一番欲しいものを手に入れるんだから、ダイヤも喜んでくれるさ」

 

「あんたって...タフだよなぁ。

切り替えが早いというか、ドライと言うか。

何年もあいつを引きずってたことが信じられねぇ」

 

ユノは珍しい生物を見る目になって、しみじみと言った。

 

「...さすが数多の男を転がしてきた男」

 

ユノがぽつりとこぼす本音は、頭にくるけれど面白い。

 

 

「ユノや、来たのか?」

 

ウメさんは眠っていたようだが、僕らの気配を察したのか目を覚まし、「よっこらせ」と半身を起こした。

 

「嫁さんも一緒に来たのか?」

 

ウメさんが言う「嫁さん」とは僕のことらしい。

 

ユノは「嫁さんじゃないよ、チャンミンさんだよ」と訂正したが、ウメさんは「うちの孫はいい旦那をしているか?」と、僕に笑顔を向けるのだ。

 

ムキになって否定する理由はないから、ユノより先に「もちろん」と答えてしまった。

 

続けてユノも、ちょっと困った表情で「まあね」と答えていた。

 

「ばあちゃん、ちゃんとメシ食ってるか?」

 

ウメさんは「昼も夜も食べていない。誰も食わせてくれない」と文句を言った。

 

「お腹、減ってますか?」と尋ねてみると、ウメさんは胃袋の具合をスキャンしているかのように目をつむりお腹に手を当てた。

 

昼食から時間が経っていないから、ウメさんの不満はすぐに消えてしまったようだ。

 

今日僕らは、ユノのお母さんから預かった着替えを届けにホームに寄ったのだ。

 

用事を済ませた僕らは暇を告げ、ウメさんの部屋を出た。

 

ユノと手を繋ぎたい欲求はあるけれど、昼間の今は無理だと最初から諦めていた。

 

本音は手を繋いで、素晴らしい恋人を見せびらかしたい。

 

ユノが恋人になってから抱けるようになった欲求だ。

「チャンミン...ごめんな。

今日のばあちゃんにとって、俺には嫁さんがいて、それがチャンミンってことになってるみたいだな。

チャンミンを女だと勘違いしてるかもしれない。

それか、チャンミンが嫁さんってことと、チャンミンが男ってことが結びついていないかもしれない。

でも、その勘違いは訂正しないでおくよ。

ばあちゃんには嘘つきたくないし、俺のすることに笑顔でうんうん、って見守ってくれる人だけど、なんだかんだ言って昔の人だ。

俺が男と付き合ってるって知ったら、腰抜かすよ。

上手に嘘をついてやるのも、ババ孝行かなぁ、って思うんだけど...どう?」

 

「僕は全然かまわないよ」

 

ユノは気にするんだろうなぁ、と思った。

 

ウメさんを誤解させておかないといけないことへの負い目だ。

 

『運命』だなんだと悩み浮かれていた僕らだけど、今後たくさんの難題に立ちふさがれ、その都度衝突するんだろうなぁ、と思った。

 

 

「女子相手だったら、俺はチェリーのまんまだよ」

 

僕んちの最寄り駅で降りた僕らは、並んで歩いていた。

 

「『女子相手』?

男ならいいってわけ?」

 

「チャンミン...。

俺がノンケだってこと知ってるだろ?

仕方がないじゃん。

俺の性的関心は女子にあるんだ」

 

「...知ってるさ」

 

ユノの言う通り、彼は男としか経験していない。

 

挿入する穴が、アソコかソコかで童貞の価値が変わるとなると寂しい気持ちになる。

 

ヤリまくってた僕には、寂しがる資格はないんだけどね。

 

ユノと出会ってから、身体と身体が繋がることについて、もっと慎重になろうと思ったんだ。

 

愛情の有無で、僕の意識が変わったってこと。

 

これからずっと、僕はユノがノンケであることを不安に思い続けるんだろうなぁ。

 

「こればっかりはしょうがないさ」

 

「心配だなぁ」

 

「俺がゲイやバイだったとしても、俺はあんた以外とはヤラないよ。

俺がチェリーだった理由を知ってるだろ?

俺は身体の結びつき以上に、心の結びつきを大事にしてるんだ。

心が伴わないHは絶対にしない」

 

ユノの気持ちは分かっているけれど、言葉にしてもらうととても嬉しい。

 

出会った時からユノにはブレがない。

 

「俺...チャンミンとヤッてから分かったことがあるんだ」

 

ユノの手が伸びてきて、僕の手を握った。

 

「身体の結びつきも、いいもんだな」

 

「でしょう?」

 

僕とユノは身体と心を別個に考えていたんだと思う。

 

あれこれ理由を付けてみては、相手に心と身体両方を預けることを渋っていたんだ。

 

ユノは身体を、僕は心を差し出すことに躊躇していた。

 

僕らが出会ったとき、心と身体のいずれかがぴっかぴかの新品だった。

 

そして、相手の初めてをかっさらったのだ。

 

暦では初秋であっても外気温は高く、斜めに射す西日が首筋を焼いた。

 

ちょっと髪を短くし過ぎたみたい。

 

ユノはうなじを気にする僕に気づいたようだ。

 

「また伸ばせば?

髪も好きなように染めなよ」

 

ユノの指が僕の髪に触れた。

 

頭皮を伝って首筋が粟立った。

 

いいねぇ。

 

僕はとってもエロいから、その指でいっぱいかき混ぜられたいと思ってしまったのだ。

 

(おしまい)

 

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(63)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

あの後、俺たちはラブホテルへ直行し、シャワーを浴びる間もなく、下を出しただけで貪るようなHをした。

 

「ユノっ、ギブ、ギブアップ!」

 

おらおらとねじ込む俺の腰を、チャンミンは平手打ちをした。

 

「俺たちがあいつをどう責めようと...うっ...チャンミンに電話をかけた程度のことだからな」

 

「うんっ、んっ」

 

「俺の予想通りっ...久しぶりに1発やりたかった、だけっ...だった」

 

「ユ、ノ...ヤリながら話するの...止めにしない?

頭に入んない」

 

「チャンミンっ。

悪いけど、Tシャツ脱いでくれないか?」

 

「前に借りたやつじゃん」

 

チャンミンのTシャツが目に入るたび、下腹の力が抜けて仕方がなかったのだ。

 

店でチャンミンが登場した時、髪型の変化の次に彼が着用していたTシャツに目がいってしまった。

 

あの時はそれどころじゃない状況だった為、スルーしてしまった。

 

普段、チャンミンは俺んちに泊まって着替えがないと、俺のTシャツを着て帰ってゆく。

 

いつ貸したのか覚えていないが、今日のデザインは『I LOVE SAVA」とある。

 

自分のTシャツながら、字面と魚のイラストに吹き出してしまいそうになるのだ。

 

「しょうがないなぁ」

 

チャンミンは俺と繋がったまま器用にTシャツを脱ぎ捨てた。

 

これでチャンミンは全裸になった。

 

チェリーだった俺の方が上手(うわて)で、先にダウンするのはチャンミンだ。

 

俺はチャンミンの腰を抱え、彼の身体を壁に押し付けるとラストスパートをかけた。

 

チャンミンはずり落ちないよう、俺の首に腕を、腰に足を巻き付けている。

 

くっくっと2人の腰が痙攣し、果てた俺たちは息も絶え絶え壁床へと崩れ落ちた。

 

「あの男だろうと他の男だろうと、あんたを誘う奴全員嫌なんだ。

俺ってかなり嫉妬深いみたいだ」

 

「僕のことを心配してくれてるんだよね?」

 

「ああ。

あんたが前に言ってたじゃん。

俺は『運命の相手』と付き合っている自分に浸っているんじゃないか、って

...否定しないよ。

浸ってる自分はあったかもしれない」

 

「昨日はひどいこと言ってごめん」

 

「俺も悪かった」

 

「気にしてないから。

お互いの気持ちを確かめたかったんだよね?

本音とは反対のことを言っちゃうってやつ」

 

俺たちはフローリングの床に寝っ転がったままだ。

 

(今ここで、玄関のドアを開ける者がいたとしたら、真っ先に目に入るのは俺たちのむき出しの股間になる)

 

「初めての喧嘩かぁ...」

 

「あんたは俺の初めてをあげた奴なんだぜ?

しかも男だぜ?

心の底から『運命』だと思ってなければ、付き合っていないって。

だから、あんたと一緒にいるのは自己満じゃない。

誰かと真剣に付き合う楽しさを、あんたに知ってもらいたいなぁ、って」

 

「うん。

そうだよ。

昨日、言ったでしょ?

ユノの大事な初めてを貰ったんだよ?

適当に付き合っているわけないじゃん」

 

「ああ、分かってる。

ちゃんと聞いていたよ」

 

チャンミンはぐずぐず泣き始めたものだから、俺は彼の頭を胸に引き寄せ撫ぜてやった。

 

「あんたがそのつもりはなくても、その見た目じゃホイホイ男共が寄ってくるんだろうなぁ...」

 

俺にじぃっと見つめられて、チャンミンは「何だよ?」と警戒したように言った。

 

「貞操帯...穿くか?」

 

「ユノ!

僕を何だと思ってんだ?」

 

「ジョークだよ。

アハハハハハ!」

 

チャンミンは、腹を抱えて笑い転げる俺に軽くパンチを繰り出すと、立ち上がった。

 

すると突然、身体が宙に浮いた。

 

「おっ!?」

 

俺はお姫様抱っこされていた。

 

これまで抱っこするのは俺の役目だった。

 

「どうした、チャンミン?」

 

俺の問いを無視して、チャンミンは浴室へと俺を運んでいった。

 

「重いだろ?

俺、歩けるんだけど?」

 

「お風呂に入ろ」

 

途中、よろける場面もあったが、そう体格の変わらない男を運べるチャンミンに、「やっぱり男なんだなぁ」と再認識したのだった。

 

チャンミンは空っぽの浴槽に俺を下すと、レバーを調節しながら、指先で湯温を確かめている。

 

「これくらいかな」

 

満足ゆく湯温になったようだ。

 

最後にバスバブルのカプセルを投入すると、俺の膝の間に腰を下ろした。

 

 

~チャンミン~

 

泡立ったお湯の水位が徐々に上がってゆく。

 

僕はパネルを操作して、湯船底に仕込まれたライトを点灯させた。

 

お湯を透かし屈折した光はオーロラのように色を変えて、浴室の壁と天井を隅々までなめている。

 

僕の背中はユノの身体にすっぽりと収まっていた。

 

「ユノにずっと言えていなかったことがあるんだ」

 

「俺に話?

暴露もの?

怖いなぁ...」

 

「暴露することなんて、もうないよ。

ユノが全部、暴いてくれたから」

 

「あの優男の件か?」

 

「そう。

あいつが諸悪の根源さ。

僕の初体験の男まで見られちゃったんだ。

今さら、暴露することはないよ」

 

浴室内はバスバブルの安っぽい香りが充満していた。

 

僕はユノの肩に後頭部をもたせかけた。

 

「ユノに伝えたいことっていうのはね...」

 

ユノをものにしようと誘っていた時は、ぽんぽん言葉が出てきたというのに、本物の告白となるととても恥ずかしい。

 

「僕の初めては...ユノ...なんだ」

「『初めて』って...何が?

チンコの方か?

俺は尻を開放した覚えはないんだが?」

 

「違う。

そっちじゃない!」

 

すくった泡をユノにかけた。

 

「ユノが初恋の相手なんだ。

初めて恋愛しているって思えたのが、ユノが初めてなんだ」

 

「嬉しいことを言ってくれるんだなぁ。

じゃあ、あの男は?」

 

「身体の初体験があいつだっただけ。

あいつとの別れで、僕は猛烈な喪失感に襲われた。

その喪失感を勘違いしてただけなんだ」

 

「勘違い?」

 

「濃い関係はあいつが初めてだったからさ、「身体が寂しい」と「心が寂しい」とを間違えてたみたいなんだ。

あいつと再会した時に分かった。

恨む気持ちも懐かしい気持ちも何も無かった。

心動かされなかった」

 

「そっか...」

 

しばし沈黙が訪れた。

 

壁1枚挟んだ隣室も浴室になっているようだ。

 

壁に耳を押し当てなくても、ゴトゴトと湯船に何かがぶつかる音と、反響するあんあん言う甲高い声が聞こえてくる。

 

「あいつとは、まさしく身体だけの関係だったんだ。

ご存じの通り、僕は快楽に弱いからさ。

そういうわけで...」

 

僕の膝小僧に置かれたユノの片手をとり、指を絡めた。

 

「僕は失恋していなかったわけだ。

気付くの遅すぎ」

 

と言い終える前に、力一杯抱きしめられた。

 

ユノの身体は熱く、湯船に浸かっていることと相まってのぼせそうだった。

 

僕の話はまだ途中...。

 

(つづく)

 

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