(57)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

中庭を見渡せるホールは談話室兼リクリエーション室となっており、今日のメニューは風船バレーボールだった。

 

歓声が上がる一団から離れたテーブルでは、集団行動を好まない人たちが塗り絵に勤しんでいた。

 

僕はそれすらも億劫がった入所者の一人...ウメさんの車いすを押していた。

 

中庭をコの字型に囲むコンクリート製の通路を、さっきから行ったり来たりしていた。

 

「あっちの東屋まで行ってみます?」

 

ウメさんは足腰が弱っているだけで、決して歩けないわけじゃない。

 

頷くウメさんの手を取って、ゆっくりゆっくり亀の歩みで東屋まで中庭を突っ切っていった。

 

今日は曇天で気温低め、日差しも弱くてウメさんの老体には負担がかかりにくいとみた。

 

「涼しくなってきましたね」

 

僕の問いかけに無言のウメさんは、恐らく何も考えていないだろう。

 

尖った小ぶりの鼻先が、ユノによく似ていると思った。

 

僕は目をつむって、そよぐ風に額を晒した。

 

「ユノはいい旦那か?」

 

「はい?」

 

「いい旦那やってるか?」

 

「そりゃあ、もちろん

くっくっくっくっ...」

 

肩を揺らして笑い出した僕に、ウメさんは「幸せそうでばあちゃんも幸せだよ」と言った。

 

「で、腹が減ったのだが?」

 

「もうすぐ昼ごはんですよ~」

 

ユノのことをムコだとか、僕をヨメだとか、ウメさんを混乱させた犯人は僕だ。

 

入所者の人たちには、努めてやさし~い声音で接するようにしているし、女言葉は使っていなくても、どこか女性的な雰囲気は漏れてしまっていると思う。

 

自分で言うのもなんだけど、僕は童顔で可愛い顔立ちをしているし、髪を縛っていることもあって、「男のくせに」と嘆かれることも多い。

 

昔の人だから仕方がないけれど、嫌悪感むき出しの人もいるにはいる。

 

ユノの偏見は彼らとは性質が違っていて、彼のものは純粋な好奇心からくる疑問や感想がそのままぽろっと出ただけのものだ。

 

偏見からくる嫌悪感は無いようで、僕から回答を得られると、すとんとストレートに受け取ってくれる。

 

気持ち悪いと思えば、オブラートに包まず「気持ち悪い」とはっきり答えるユノに、初対面の頃はムカついた。

 

入所初日に、ウメさんから「あんた、女か?」とストレートに訊ねられた。

 

いつもなら、「男です」と答えるのだけど、ウメさん相手には「さあ...どちらでしょう?」と質問をし返したら、

 

「わしにはあんたが男か女か、別にどっちでも構わないわ」と、さらりとかわされた。

 

「年をとると、男か女か見分けがつかなくなるから、一緒のことだ。

...で、腹が減ったんだが?」

 

この時「このばあさん、好きだな」と思った。

 

「ご飯はさっき食べたばかりですよ~」と言いながら、こういう時のために避けておいた夕食のヨーグルトを与えたのだった。

 

ユノ家族から提出された問診票には、ウメさんの基本データが事細かに記載されていて、介護の参考になった。

 

週に1、2度のペースで必ず、孫であるユノが訪れる。

 

大ボケをかますウメさんに対し、ユノは「はいはい」と上手く受け流していた。

 

貰ったお金を、さりげなくウメさんの財布に戻している光景を何度か見かけた。

 

「ユノっていい子なんだな」と、こういう細かいところからも、彼の育ちの良さが垣間見えた。

 

クリーンさの面で僕とユノとの間で、大差があることに僕は哀しくなった。

 

ふしだらだった過去を自虐ネタとして持ち出してきたけれど、徐々にそれが辛くなってきた。

 

ユノの隣に立つに相応しい男になりたいと思った。

 

その矢先に、昨夜の出来事が起きたのだ。

 

昨夜の自分を思い返した。

 

昨夜の僕はよく頑張った。

 

今日は仕事帰りにユノと会うことになっている。

 

もうひと踏ん張り頑張らないといけない。

 

ブブブとポケットのスマホが震えた。

 

(ユノからかな?)

 

ポケットの隙間から覗きこみ、ディスプレイに表示された名前を確認した。

 

「ちっ」

 

束ねていたゴムを解き、長く伸びた前髪をかき上げ、再び縛り直した。

 

短く切ってしまおう、黒髪に戻してしまおう。

 


 

ふり返ってみよう。

 

目の前に立つ初恋の男への恨み言は沢山あるはずだった。

 

けれども、その時、何も出てこなかったのだ。

 

「僕の初恋を返せ!」とか「こんな僕になってしまったのはお前のせいだ!」とか。

 

彼と別れて以降、僕はトラウマを抱えた男がとりがちな生き方をしてきた。

 

ユノの前では、易々と消せないトラウマを抱えた元遊び人のように振舞っている。

 

それから、気安く身体を許すことに全く抵抗がない代わりに、心は決して許さない人間だったのが、ユノならば心を許しかけている。

 

...と、ユノに思わせている。

 

(その通りに捉えたユノは、僕に優しくしてくれ、下手なことを口にしないよう気を遣ってくれている)

 

ところが、そのトラウマの源を前にしても、出てくるべき台詞が無いことに気付いた瞬間、「実はトラウマでも何でもないのでは?」と分かってしまったのだ。

 

フラれた腹いせに復讐したやろうなんて、これまで思いつきもしなかった。

 

はっきり言ってしまおう。

 

僕の初恋は身体だけの恋愛だった。

 

つまり、彼のことを愛していなかったのだ。

 

彼を追いかけた挙句、玄関ドアの前で締め出しを食らった時点で僕らの関係はジエンドを迎えた。

 

失恋初日に別の男に抱かれるという暴挙に出られたのは、心の傷を誤魔化すためではなく、身体が寂しかっただけのことだった。

 

僕って単純。

 

僕ってタフ。

 

だって、誰かと深いかかわり合いを持つのは、この男が初めてだったのだから、この空虚感が失恋だと錯覚してしまってもおかしくない。

 

初恋とは、10代まで経験するものだという常識にとらわれていたこともある。

 

彼に仕込まれた技と持ち前のルックスのおかげで、遊び相手には不自由しなかった。

 

適当な付き合いをしていたワケが、関係を持ち続けた末の修羅場を避けたくて、早々ととんずらしていただけだったことだ。

 

本気の恋愛が怖かったのではなく、ユノ曰く『運命の男』に出会っていなかっただけだったのだ。

 

身体は満たされても、心は満たされていないのだから、空虚な思いをずっと抱えてきて当然だ。

 

ユノから「チャンミンは恋を知らないだろ」と言われたことがあり、ムッとした覚えがあるけれど、その通りだった。

 

僕の今カレユノは、正真正銘、僕の初恋の君なのだ。

 

僕はトラウマがあった故の遊び人でなくて、単なるH大好き男に過ぎなかったと知ってしまったことに、落ち込んでしまった。

 

ユノにはさんざん気を遣わせてしまっているから、誤解を解かなければならない。

 

僕には深刻な過去などないし、人一倍快楽に弱い男に過ぎない。

 

ユノがチェリーだったのは、心の繋がりを大事にするあまり、身体同士の繋がりに慎重になっていたからだ。

 

そして、僕はその逆だ。

 

似た者同士じゃないか。

 

僕は、腰を抱く男の手を払い除けた。

 

「キモイから離して」

 

「怒っているのか?

あの時は悪かった...」

 

「『悪かった』って何のこと?」

 

彼は「あの時はそうするしかなかったんだ」とかなんとか謝りながら、恨み言を吐く僕を後ろから犯すつもりでいたのではないだろうか。

 

彼のことを引きずってもいないし、抱かれたいとも露ほども思わない。

 

予想外の僕の反応に、彼はあっけにとられているようだった。

 

「まだ禿げてなくてよかったじゃん」

 

男はさっと、額に手をやった。

 

「あははは。

元気そうでよかったよ。

じゃあね」

 

僕はひらひらと手を振って男をあしらい、カウンターへ酒を買いに行った。

 

僕の背中には、彼からの物欲しげな視線をビシバシ注がれていた。

 

 

(つづく)

 

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(56)ぴっかぴか

~チャンミン~

 

僕は完全に油断をしていた。

 

「...チャンミン?

チャンミンだよ、な?」

 

聞き覚えのある声に振り向くと、『が~~ん』と、この時に相応しすぎる効果音が頭の中で鳴り響いた。

 

僕の目の前に、二度と会いたくない男...同時に忘れられない男がいた。

 

ノンケの男。

 

僕が初めて好きになった男。

 

僕のお尻バージンを奪った男。

 

「元気そうだね」

 

「......っ」

 

元凶の方から近寄ってきてくれるとは、なんてタイミングいいんだろう。

 

...と言いたいところだが、心の用意が出来ていない状態を襲われたせいで、バッドタイミングと言ってよい。

 

「大人っぽくなった」

 

準夜勤明けの僕は、1杯飲みたくて早朝4時まで営業している例の店へふらりと寄ったのだ。

 

「チャンミン?

もう忘れてしまったのか?」

 

ずいっと1歩近づいた男から逃れようと、1歩下がってしまいそうになるを僕は堪えた。

 

(お前なんか怖くないし、覚えていない)

 

ぷいっと顔を背けたくなるのも耐えた。

 

(号泣して、こいつにすがりついてしまった過去を消し去りたい!)

 

彼の見た目は中の中、ありふれた30代男性。

 

全身から男の色香をプンプンとさせたような逞しい肢体の持ち主でもないし、サイズの合ったスーツに身をまとった金の匂いをプンプンとさせた成功者でもない。

 

記憶にある数年前より、しわと体重が増えたように見える。

 

分かりやすいいい男に捨てられたのならまだしも、係長クラス程度の男に弄ばれたのだ。

 

でも、分かる人には分かる色気を彼は放っていた。

 

その点が悔しい。

 

「あれは、どうしたの?」

 

「っ!」

 

僕の耳に添えられた彼の手を振り払った。

 

「触るな」

 

「いいものだったのに...。

どうした?」

 

「...捨てたよ」

 

嘘だった。

 

「酷いなぁ。

アレを買うのにどれだけ苦労したか

高かったんだ。

知っているだろう?」

 

知っていた。

 

ぶわっと全身に汗が噴き出し、Tシャツにできた汗じみが彼にバレないでくれ、と心の中で手を合わせていた。

 

確かに僕は、彼に捨てられた被害者かもしれないが、捨てられる原因を作ったのは僕だ。

 

相手に注ぐ愛情の比重は、僕、彼、僕の順で変化していった。

 

彼に襲われる恰好で関係を持ち、次に彼自身が僕との行為に夢中になり、後半では僕の方が欲張りになっていた。

 

実は愛情の証としてねだったダイヤのピアスは、彼に無理をさせて手に入れたものだった。

 

思い返せば、若かったとはいえ僕も随分と酷い男だった。

 

好きになり過ぎて夢中になって、大学を辞めて追いかけて、押しかけたら彼には家族がいた。

 

『俺は男が好きなんじゃない。

男とヤるのが好きなだけだ』

 

この言葉はグサリと、当時ピュアだった僕の心に突き刺さった。

 

...これが、大したことのない僕のトラウマ。

 

ピュアだった僕の身体は短期間のうちに大人にさせられ、それに追いつけなかった心は折れてしまっていた。

 

ガチ恋はマジ勘弁だ、と心底疲れてしまった。

 

足を引きずりながらこの店に飛び込み、初めての酒を飲み、初めて初対面の男と身体を合わせた。

 

以降、僕の性生活は爛れたものとなる。

 

(真っ直ぐ帰宅すればよかった...。

今はまだ、会いたくない奴だった)

 

僕の手はとっさに後ろポケットへ向かった。

 

ユノにSOSの電話をしようとしていたのだ。

 

ユノならば颯爽と現れて、この場をおさめてくれるはずだ。

 

(...あ~、駄目だ)

 

今夜のユノは、仕事帰りに実家に寄ると言っていたから、ヘルプミーの電話をかけるわけにはいかない。

 

(ユノに頼ったらだめだ。

自分の尻ぬぐいは自分でする、ユノの助けは要らないと宣言していたのは僕の方だったじゃないか!)

 

今こそ、記憶の精算をすべき時ではないかと、決断を迫られた。

 

彼は必ず今夜、僕を誘う。

 

爪を短く切った彼の指がどれだけエロい動きをするのか、僕は知っている。

 

この店にやってきている時点で、一度限りの男を漁る目的がありありだ。

 

彼の趣味は未だに変わっていない、ということか。

 

僕が大騒ぎすることなく引き下がったおかげで、家族崩壊の危機を免れたというのに、性懲りもない。

 

(こいつにも痛い思いをさせてやりたい。

でも、どうすれば...?)

 

ユノとの交際にイマイチ集中できずにいる。

 

元凶はこの男だ

 

性癖を晒すぞと脅したところで、そういうことの出来ない僕の性格を知っている彼は、「どうぞお好きに」と、僕の脅しに怯みもしないだろう。

 

彼の中での僕は、未だに世間知らずで恋が全ての子供のままなのだろう。

 

男の腕が僕の腰に回された。

 

今夜の僕は、タイトなパンツを穿いてもいないし、髪も無造作に後ろで束ねているだけだ。

 

これが僕のナチュラルな姿だ。

 

そうさせてくれたのは、僕の今カレ。

 

その大事なカレのために、僕は忌々しい過去を清算させなければならない。

 

これは僕の気持ちの問題なのだ。

 

(どうやって復讐しようか?

プライドをずたずたにするのはどうだろう?)

という考えが浮かんだ直後、「待て」と僕の心の一部が襟首をつかんだ。

 

(思い出せ)

 

一度どん底に落ちてからの僕は、なかなかのタフさを発揮したんだっけ。

 

ちゃらんぽらんな私生活の真逆をゆこうと、資格をとってまっとうな仕事に就いた。

 

僕の職業を知ったユノの驚いた顔といったら...!

 

「なに笑ってるんだ?

思い出し笑い?」

 

「!」

 

いつの間にか彼の手が僕のお尻にまわっていたようだ。

 

「...っ!」

 

彼の指が僕のお尻の谷間で遊んでいる。

 

彼を見下ろしながら、僕の頭は「こいつをどうしてやろう?」でいっぱいだった。

 

(つづく)

 

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(55)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

昨夜は徹夜だった。

 

(...やべ)

 

ショーケースを埋め尽くす、総菜たちの色とりどりの洪水に呑み込まれる感覚に襲われた。

 

眩暈で身体が傾いだ。

 

隣で補充作業中だったパートのお姉さん(勤続30年のベテラン)に寄りかかってしまう羽目になったが、彼女の豊かなお尻にボインと跳ね返された。

 

「すみません!」

 

「ユノ君、大丈夫?

目が真っ赤」

 

「昨夜、ゲームをやり過ぎたみたいっす」

 

(ある意味ゲームと言えなくもない。

朝日が昇るまでチャンミンとプレイを楽しんだから。

にしても、無茶し過ぎた。

今度からはセーブしよう)

 

「徹夜?」

 

「はあ。

そうっすね」

 

目頭を揉む俺に、お姉さんは「ふ~ん」と訝し気な表情を見せている。

 

「友達も一緒だったから、余計夢中になってしまって...」

 

「友達...ね」

 

適当に嘘をつけない質の俺は、意味深げなお姉さんの視線に耐えられず、そそくさと作業に戻ることにした。

 

「はい、友達っす(それ以上の関係です)」

「年は近い?」

「同い年です(これは本当)

学校が同じだったんで(これは嘘)」

 

俺たちはワゴンにぎっしり乗せられたおにぎりや日替わり弁当を、もくもくとショーケースに並べていった。

 

「恋をしてるわね」

 

消費期限を確認していた俺の手が止まった。

 

「え゛っ!?」

「ユノ君、彼女できた?」

 

お姉さんの顔の半分はマスクで隠されているけれど、目は糸のように細められていた。

 

「ど、どうして?」

「フラフラしてるのに、肌つやがいいんだもの」

「え゛」

 

反射的に頬に手をやってしまった行動が、彼女の質問に「YES」と言っているようなものだった。

 

「カマかけてみたら、普通に引っかかってくれるんだもの~」

「...っ」

「ユノ君って、可愛いわねぇ」

 

お姉さんは吹きだしそうになるのを、必死で堪えているようんだった。

 

「残りは俺がやるんで、××さんはゴミ出しに行ってきてください」

 

そして、品出しに精を出すスタッフたちに向けて声をはりあげた。

 

「...あと5分で開店ですよ!

急ぎましょう!」

 

 

客足が途切れた頃を見計らって、俺たちは作業台の下にしゃがんで束の間のお茶休憩中を取っていた。

 

俺はチョコレート菓子を皆に振舞った(休憩用にさっと口にできる菓子を用意するようにしている。もちろん自腹だ)

 

案の定、俺の話はデリカ部門に広がってしまっていた。

 

「雰囲気が浮ついていたのよねぇ」

「休み時間はずっとスマホを見ているし」

「若いっていいわねぇ」

「目がキラキラしてるし。

でも、たまに充血してるし」

「段取りがよくなって、みんなが時間通りに帰れるようになったし」

「前の日と同じ恰好してる時あるし」

「お洒落になってきたし」

 

(最後の言葉には、ちょっと傷つく。

洋服選びの際、チャンミンのアドバイスを参考にするようになったからかな)

 

彼女たちの冷やかしの視線に耐えられず、俺は目を伏せちびちびと茶を飲んでいた。

 

どうせバレてしまったのだ、今さら否定の声をあげても彼女たちをヒートアップさせてしまうだけだ。

 

「はぁ」とか「まぁ」とか、適当に相づちを打つだけにとどめておくことにした。

 

「良かったじゃないの~」

「そうですかね」

 

日課となるつつある、チャンミンにメッセージ(内容は他愛のないものだ)を送りたいところだったが、厨房中にバレてしまった今、彼女たちの前でそれがしにくくなってしまった。

 

席を外したりなんかしたら、俺の恋バナで花盛りになってしまうことは想像に難くない。

 

「ユノ君に春が来たわね~」

「いつ彼女ができるか、おばちゃんたちみんな心配してたのよ」

 

(ということは...これまでの恋愛では、恋人がいる気配をさせていなかったんだな。

でも、チャンミンとの交際では、ウキウキがにじみ出てしまってるのかぁ)

 

「ユノ君って25歳よね?」

「はあ、そうっす」

「うちの娘と一緒よ」

「わっかいわねぇ。

あたしん時は、旦那と結婚したのが23だったから...」

「あんたの話はいいのよ。

いっつも聞かされてるから。

イケメンの話が聞きたいのよ」

「イケメン...っすかねぇ...」

 

すると、突然。

 

「...ユノ君」

 

さっきまでの浮ついた雰囲気からうってかわり、すっとこの場の空気が引き締まった。

 

「は、はぁ。

なんでしょう?」

 

皆の表情がマジなものに変わっていた。

 

「どうしたん...ですか?」

「ユノ君を泣かす子は、うちらおばちゃんたちが許さないからね」

「何かあったら言いなさいね」

「皆で懲らしめてやるから」

 

冷やかしの次は、俺を心配する親心の発動だ。

 

「それは...やめてください。

マジでやめてください」

 

まさか俺の恋人が男だとは、誰にも想像はつくまい。

 

「やるわけないでしょう」

「よく知らないおばちゃんたちが押しかけてきたら、怖いわよえぇ」

「代わりに私が立候補しちゃおうっかなぁ?」

「今の旦那はどうすんのよ?」

「どうしようかしら」

 

彼女たちはゲラゲラ笑って、俺の背中をバンバン叩いた。

 

「頑張ってね」

「は、はあ」

「徹夜は駄目よ」

「セクハラ発言セクハラ発言!」

「だってぇ、そういうことしか思いつかないのよ」

 

(もう勘弁して...)

 

冷凍庫のデジタル画面がちょうど目の前にある。

 

10分休憩の時間をとうに過ぎていることに気付いた。

 

 

デリカ部門での社員は俺だけで、パートタイマーの女性たちをとりまとめる役割を担っている。

 

男も俺だけで、かつ最年少だったりするから、彼女たちからかわれる対象となっている。

(嫌われるのではなく、可愛がられているのだから幸いと思ってよい。

1歳上の鮮魚コーナーの先輩は、女性スタッフたちにめちゃめちゃ嫌われている)

 

(今日は会えないけど、あと3日勤務すればチャンミンと会える)

 

なんだかんだ言って、彼女たちにひやかされて緩んだ頬を叩いた。

 

「休憩終わりです。

持ち場に戻りましょう」

 

(つづく)

 

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(54)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

「無茶苦茶に抱いて欲しい」

 

「どうしたどうした?」

 

今夜のチャンミンは乱れに乱れた。

チャンミンを『滅茶苦茶に』抱いたのは、俺がチェリーを捨てた日のみ。

あの日は余裕がなさ過ぎて、かつ気持ちが良すぎて、アホみたいに腰を振ってしまった。

俺は足を引きずりながら出勤したっけ。

以来、我を失うようなHはしないと、アホになりそうになるのを堪えていたんだ。

いかにチャンミンを満足させてやれるかを考えながらの拙い俺の技術じゃ、不足に思っているかもしれないと、自信を失いそうになっている。

 

 

俺たちは唇を重ね合わせたまま、服を脱ぎ捨てた。

ベッド下に転がっていたローションを、チャンミンの尻にぶっかけた。

チャンミンの腰を抱き、彼の穴をほぐした。

すぐに俺の指を受け入れたあたり、昨夜も自身でいじっていたのだろう。

 

「あんたってホント、エロが好きなんだな。

ほら。

すぐに2本も挿っちまった」

 

「ふん。

ユノこそ好きなくせに」

 

「俺はあんたとスルのが好きなだけ。

じゃなきゃ、男とするかよ」

 

「...オトコとする...かぁ。

ユノはやっぱりノンケのままなんだね」

 

「そこにこだわるんだ?

あんたのことが好きだから、ヤる相手が男だなんて気にしてないってこと」

 

スライドを大きくしたら、チャンミンは顔をゆがめた。

 

「俺がノンケかそうじゃないかは関係ない。

好きかどうかが大事なんだ。

あんただからいいんだよ」

 

俺は腰を動かしたままだ。

仰向けになったチャンミンは、局部が丸だしになるよう膝裏を支え開脚の姿勢でいた。

 

「ユノってプライドが高いよね。

『俺様に見合う奴はそうそういない。

俺様とヤるなら、心も人生も捧げる覚悟でいたまえ』って感じ?」

 

「ふん。

あんたの方こそ、斜に構えた気取り屋、キザ野郎。

ホントの恋も知らないナンパ野郎のくせに」

 

Hの最中、頭のネジが外れかかっている今ならば、素面だったらキレられるであろう暴言を吐いてもギリギリセーフ。

 

「知ってるさ。

ユノこそあるのかよ?」

 

俺を睨むチャンミンの眼に、怒りの炎を見つけてしまったかもしれない。

 

「その議論は止めにしよう。

今は気持ちよくなろう」

 

俺はチャンミンの両足首をつかむと、高々と掲げ、局部をむきだしにした。

 

「そうだよ。

ほらほら、疲れてきたんでしょ?」

 

互いの肌がぶつかりあう破裂音が部屋中に響く。

互いの睾丸がぺちぺちとぶつかりあう音は 女子相手では聞かれない特殊な音。

チャンミンのチンコは快感が増すほどに硬度を失ってゆき、そいつはだらしなく粘液を垂れ流しながら、下腹の上で揺れている。

のけぞった喉に噛みつくようなキス。

乳首は噛んでくれと言わんばかりにつんととがっている。

俺はチャンミンを膝の上に乗せ、鼻先に迫った乳首をつまんだりひねったりした。

 

「あ、ああ...っ」

 

チャンミンの喘ぎは甲高く掠れていて、もっと喘がせたくて彼の乳首に歯を当てた。

コリっと芯がある。

 

「ん...ふっ!」

 

既にチンコの根元まで挿入されていたけれど、チャンミンの腰を抱えて、ずん、と真下に引き落とした。

その先端が、チャンミンの奥の奥にあるカーブに引っかかり、苦痛を伴うほどの快感が弾けた。

 

「あああぁっ...ああああ!

死ぬ、死ぬ...!」

 

「いいじゃん、イケよ。

とっととイケよ」

 

「やだぁ!

ユノが先!」

 

チャンミンが両脚を踏ん張り、自ら腰を振り出したりなんかするから、脳に激震が走る。

 

「やめろっ!」

 

「やだね。

ユノ、いっちゃいな!」

 

「くそっ!」

 

力任せにチャンミンを四つん這いにさせ、深々と突き刺して激しく腰を振る。

同時にチャンミンのチンコを乱暴気味に扱いた。

 

「やめやめやめ!」

 

「イケよ。

あ、くそっ、締め付けんな!」

 

「もういいや、一緒に...イこ?」

 

俺はチャンミンの腰をつかみ直し、彼は両肩をマットレスに押し付けるように上半身を完全に伏せた。

 

「わかった、遊びは終わりだ」

 

チャンミンお気に入りのスポットばかりを狙い、ゴムが破れる勢いで腰を叩きつけた。

お互い頭のネジがすっとんでしまっているから、呻き声も喘ぎ声も忘れ、室内には粘っこい破裂音のみ響き渡っていた。

つけっぱなしのピンク照明のおかげで、結合部分がよく見える。

チャンミンの両手首をつかみ、ラストスパートをかけた。

今日のプレイは、先にイッた方が負けルールだった。

ラブホテル仕様のチャンミンの部屋は、ボリューム大きめでも多少許される。

 

「ああああああああああ!」

 

俺もチャンミンも多分、白目を剥いている。

 

...チャンミンとのHは、毎度死にそうになる。

 

(つづく)

 

(53)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

ユノとの付き合いは、順調といえる。

 

ユノは僕のことをれっきとした恋人として扱ってくれているし、僕の気持ちも同様だ。

 

若干の尻込みはあるけどね。

 

ユノに謝らないといけないことがある。

 

「俺と付き合ってみて、どう?」と訊ねられたら、「悪くないね」って答えられる。

 

...その答え方は曖昧でズルいかも。

 

今のところその機会を与えられていないから、その答えすら口にできていない。

 

未だにきちんと気持ちを伝えられずにいることが、申し訳ないなぁと思っている。

 

「いいね。そういうとこ、好きだよ」って、ライトな感じに口にしたことはあるけれど、それもズルいかも。

 

ユノにしたって『運命だ』を連呼していたのは初めての夜だけで、それ以降の彼は大人しくなってしまった。

 

きっとユノは、はっきり訊ねることを遠慮しているんだと思う。

 

『俺のこと、どう思ってる?』と。

 

軽い付き合いしかしてこなかった僕に、恋人関係を強要したらいけないって思ってるんだろうな。

 

ユノの童貞を奪った夜から、僕はそれとなくユノの表情をうかがっていた。

 

「男とヤッてしまって後悔していないかどうか?」とか、「将来を見据えた交際を望んでいるのに、とてもクリーンとは言えない僕の過去に引っかかるものがあるんじゃないか?」、とか。

 

これで何度目になるんだろう、タクシードライバーの元カレ(前カレ?)の台詞がよみがえる。

 

『一度ヤッたら捨てられる』

 

ユノだけじゃなく、僕をも苦しめる言葉だ。

 

ユノの脳裏にちらつく恐れを取っ払う為、「僕はそんなことしないよ」と宣言してやればいいことだ。

 

でも、自ら想いを告げる経験が薄弱な僕だから、そのすらできずにいる。

 

「捨てられるのは僕の方だ。僕に呆れないで」と、ユノに訴えることも難しい。

 

僕にだって、好きで好きでたまらない男...例の男...が過去に1人いた。

 

今現在、好きで好きでたまらない男はユノで、大事にしたい人なんだけど、そんな彼だからこそ、触れて欲しくないコトがあり、その人物こそまさに『例の男』なんだ。

いつだっけ、ユノの言葉に凍り付いたことがあった。

 

コトの後の雑談で、僕のナンパ癖の要因に話題がそれかけてきた時だった。

 

話の発端は、ダイヤモンドのピアスの行方についてだったと思う。

 

「ダイヤくれた男はどうなった?」

 

「さあ...知らない」

 

「そいつとは恋愛してたのか?」

 

僕が嫌いな言葉だ。

 

「は?

「恋愛なんてこりごりなんだよ!」

 

「...やっぱり。

チャンミンもちゃんと恋愛してた経験があるんじゃん。

あんたは全く恋を知らない奴かと思ったんだ」

 

「僕はそういう話は好きじゃない。

話題を変えよう」

 

その時こそ、「今こそ、ちゃんとした恋愛をしている」とユノに伝えられる機会だったのに、図星を指されて動揺するあまり、それを逃してしまった。

 

「分かった」

 

ユノはあっさり引き下がった。

 

 

ユノは恋人としてまっとうな男だった。

 

男の僕が、ユノのぴっかぴかを奪ってしまった。

(お互いチェリー同士だったからちょうどいいじゃん、とポジティブな見方もできなくはないけれど...)

 

やたら眩しすぎるユノの笑顔を前にするたび、彼の曇った表情を見たくないと真に願うのだ。

 

「...あ」

 

怖いことを考えてしまった。

 

僕から距離を取るべきなのでは?

 

僕は逃げ足の速い男だから、得意な行動だ。

 

あ~あ、こんな気持ちになってしまうなんて、好きにならなければよかった。

 

恋って怖い。

 

よりによってお相手は『運命』を連呼した、大袈裟で重たい男。

 

すたこらさっさと、いたずらに感情をすり減らす必要のない、以前の居心地の良い暮らしに戻ればいい。

 

(それはしたくない!)

 

だって、僕に“捨てられた”ユノはどうなる?

 

ここは踏ん張りどころだ。

 

自分に発破をかけても、どうしても気持ちが沈み込んでしまう。

 

僕を憂鬱にさせているのは、ユノの優しさや愛情を重荷に感じるせいだけじゃないのだ。

 

僕のちゃらついていた過去を知られることだけじゃない。

 

僕をちゃら“つかせた”過去邪魔をするんだ。

 

あ~あ。

 

軟派野郎に成り下がった元凶とトラウマから、完璧に解き放たれなければならないんだよね。

 

「はあ...」

 

僕はぱさついた前髪をかきあげた。

 

いい加減、サロンに行かなくては。

 

(つづく)

 

 

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