(13)会社員-情熱の残業-

 

 

俺たちは「なぜ」、「今」、「ここ」で、「こんなこと」をしてるんだ?

 

シートをリクライニングさせ、頭の後ろで腕を組み、目をつむっていた。

 

南工場へ納品すべき商品が、北工場へ納品されてしまった。

 

こういうミスは往々にしてあるものだが、今回に関してはあってはならない一件だった。

 

原因追及、犯人捜しは後回しにして、俺たちは北工場へ納品されたものをピックアップし、南工場へ運送中に、猛吹雪の中、真夜中、大渋滞に閉じ込められているのだ。

 

「からくりを教えてくれよ」

 

「手口はシンプルです。

南工場に送る荷物に送り状伝票が貼ってあります。

南工場行きと印字されていて、これを伝票Aとします。

配送業さんが来るまで、荷物は出荷場に置きっぱなしですよね。

そこへ、ユンホさんの美貌と名声に嫉妬したブラック氏が、やってきます」

 

「ふむふむ」

 

「ブラック氏はニタリ、と笑うのです。

『へっへっへ...ユンホめ...』って」

 

「!!」

 

急に声音を変えたチャンミンの語り口調に、ぎょっとする。

 

(『へっへっへっ』なんて、悪代官に耳打ちする悪徳商人の親父みたいじゃないか)

 

「『ユンホめ、ちょっとばかし仕事ができるからって、調子にのりやがって。ユンホが来るまでは俺がナンバーワンだったのに...。ムカついたから、大事な大事な契約書、隠してやったぜ、へっへー。ユンホは大事なものをぽいっと置いとくから、楽々ポンだったぜ』」

 

「え!?

そうだったの?」

 

「はい。

僕がシュレッダー行きの書類箱から発見した『アレ』です。

『それを、インテリ男め...ご丁寧に見つけ出してくるとは!あの男...やるな』」

 

「インテリ男って、チャンミンのことだろ?」

 

「はい。

実際は違いますけどね。

『キモ男』か、『ヲタ男』と呼ばれているのは承知してます」

 

職場でのチャンミンの扱いはさんざんだ。

 

表立ってイジめる奴はいないが、陰口が凄かった。

 

「じゃあ、見積書の計算で、掛けるを足すにしちゃってたアレは?

得意先から『計算を間違えていませんか?』って連絡があって、ミスが判明したあの件は?」

 

どれだけドジっ子なんだと、異常なほど湧いてくるミスのあれこれが、いくつも思い浮かぶ。

 

「それは、ユンホさんのミスです。

全てをブラック氏の仕業にしたらいけませんよ。

電卓を使うアナログなユンホさんがいけないんです。

社が導入した優秀なソフトがあるのに...。

はいはい、ユンホさんの言い訳は分かってます。

時代の流れです、慣れてください」

 

「...何も言い訳していないだろ」

 

「すみません。

ユンホさんが言いそうなことを先回りしてしまいました。

『超絶カッコいいからっていい気になりやがって。俺が目をつけていたA子ちゃんに手をつけるとは、許さねぇ』」

 

「手なんかつけてねーよ!」

 

「まあまあ、ユンホさん。

これは、ブラック氏の心のつぶやきですからね、僕の気持ちじゃないです。

『飲みに誘ったり、昼飯を奢ったりしてやったのに、礼を言うだけでちっともなびかねぇ。やっぱり女がいいのか?いいんだな?』」

 

「ブラック氏が誰なのか、見当がついたけどさ。

チャンミンの言い方だと、まるでブラック氏が俺のことを好きみたいじゃないか?」

 

「その通りですよ。

ユンホさんが鈍いんですって。

狙われていたのに全然、気が付かなかったんですか?」

 

チャンミンに問われて振り返ってみたが、心当たりのある気配は何もなかった。

 

「全然」

 

「ユンホさんが心配です。

僕の目からは、彼の『その気』は駄々洩れです。

気をつけて下さいよ!

ユンホさんは、老若男女、みんなから愛される人なんです。ユンホさんという蜜に、わらわらと群がってくるんです。どうしよう!僕は大忙しです。見張っていないと!殺虫剤を持って、ハエたたきを持って、始末していかないと!

おっと...話が反れましたね。

話を戻しますね。

出荷場に現れたブラック氏は、荷物に貼られた伝票Aを剥がします。

そして、北工場の宛名の書かれた伝票Bを貼ります。

出荷を待つ荷物は既に検品を終えてますから、配送業者さんは何の疑いもなく持っていきます」

 

「配送業者さんは伝票の一枚目を置いていくだろ?

そこで、行き先がバレないか?」

 

「そ~んなの、くしゃくしゃぽい、です。

だから、送り状伝票箱になかったんですよ」

 

「運賃の請求の時、内訳と齟齬が出ないか?」

 

「そ~んなの、いちいち照らし合わせません。

今の課に来る前は、経理にいたから知ってるんですが、わが社は『ザル』なんです。

特にB社の納品については、チャーター契約なので内訳までは余程のことがない限り、ノーチェックです」

 

「からくりも何も、単純な手口だったんだなぁ...。

ひとつ気になったことがあるんだけど?

ブラック氏の口調...俺の言い方まんまじゃないか」

 

「え...だって、マンツーマンでこんなにおしゃべりするのって、ユンホさんくらいしかいないから...つい...。

僕にも気になることがありますよ。

ブラック氏にハメられたって知って、ユンホさんたらケロッとしてるんですね」

 

「平気なわけないだろう?

今はとにかく、この問題を解決することが先決だ。

そいつの始末をどうするかは、解決してから考えるよ。

...ん?」

 

「...好きです」

 

真顔になったチャンミン。

 

「ユンホさんのそういうところ...僕、好きです」

 

全身からぼっと汗が噴き出た。

 

反則だ...ここが車の中じゃなければ、押し倒していた。

 

照れ隠しに、俺は荷台に放ってあったコートをとって、チャンミンの肩にかけてやる。

 

「寒いだろ?」

 

ヒーターのメモリを最大にしてあっても、底冷えのする車内だ。

 

万が一、朝まで立ち往生だとなれば、燃料が尽きてしまう。

 

「でも、ユンホさんが寒いでしょう?」

 

「平気」

 

実際、相当寒かったが、好きな人の前では強がるのが男という生き物(チャンミンも男だけど、こいつは俺の中では乙女なわけ)

 

「ユンホさんの匂いがします」

 

チャンミンの奴、肩にかけたコートを胸に抱きしめて、頬ずりを始めるんだから。

 

「ユンホさん、落ちましたよ」

 

「ん...なになに...?」

 

ポケットからひらりと落ちた紙片をキャッチしたチャンミン。

 

ルームランプを付けて、チャンミンは手にしたものを、子細に観察している。

 

「!」

 

ウメコの呪文が書かれているノートの切れ端だ。

 

『お疲れユノを元気にしてあげる』

 

「チャンミン、それは...っ!」

 

「うーんと...『アブラカタブラ』...?

なんですかこれ?」

 

「......」

 

俺とチャンミンはしばし、見つめ合っていた(愛くるしい丸い眼に見惚れてしまったりして...)

 

変化は...ない。

 

あるわけないか。

 

子供じみた呪文を最初目にした時、ウメコにからかわれた、と思ったんだ。

 

クスッとすることで、張り詰めていた緊張が解ける...そんなウィットに富んだ、ウメコのお遊びなんだろうな、って。

 

「仮眠をとろう。

あっちに着くのは朝になるだろうから」

 

この渋滞が解消されれば、の話だが。

 

「...おい」

 

「?」

 

「ユンホ」

 

「!」

 

運転席の方をそうっと見ると、ハンドルに伏せたチャンミンが、横目で俺をじろっと睨んでいた。

 

(呼び捨て...?)

 

低い声といい、鋭い眼光といい、「チャンミンを怒らせることを何か言ったっけ?」と、俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。

 

「寝てられるかよ」

 

「!!」

 

「オレとお前と2人きり。

深夜の密室。

妙齢の漢2人。

寝られるわけがないだろう?」

 

「わっ!」

 

俺の顔はチャンミンの両手でホールドされ、もの凄い力でぐいっと引き寄せられた。

 

「!!」

 

ぶちゅりと、粘度の高いキスをされてしまった。

 

(チャチャチャチャチャチャンミン!!!!)

 

急展開についていけなくて、キスを受け入れる姿勢とか感じるとか、そんな余裕はないわけでして。

 

(これまでチャンミンのキスをバカにしてきて悪かった)

 

「エロい顔しやがって...オレを煽ってるのか?」

 

「いや...その...そんなつもりは滅相もなく...」

 

助手席ドアまで身を引く俺を、チャンミンの長い腕が追いかけてきて、再び捉えられてしまった(日頃鍛えているだけあって、力が凄いのだ)

 

「チャンミン!

どうしたんだよ!?」

 

「誰が呼び捨てを許可したぁ!?」

 

(ひぃぃぃぃぃ!!!)

 

「『チャンミン様』、だろう?

お前、いつからオレより偉くなった?」

 

「...チャ、チャンミン...様」

 

バンビみたいな見た目なのに、口調と目の色だけは虎になってしまったチャンミン。

 

「それでいい」

 

チャンミンは満足そうに頷くと、運転席を深く倒した。

 

「ユンホ!

オレにキスしろ!」

 

「!!!!!」

 

ウメコの呪文に、チャンミンがかかってしまったんだ!

 

 

 

(つづく)

 

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(12)会社員-情熱の残業-

 

 

 

30分経っても、一向に車列が前進する気配がない。

 

大粒だった雪が、粉雪に変わっていた。

 

気温が下がってきた証拠だ。

 

ワイパーが雪をかく度、フロントガラスが凍り付いて視界が遮られていく。

 

数分おきに、チャンミンはサイドウィンドウを開けて、伝票ばさみで氷をこすり落とすが追いつかない。

 

「さっき給油して正解でしたね」

 

「ああ。

チャンミンのおかげだ、ありがとうな」

 

「夜道、雪道、知らない道の3悪路、何があるか分かりません!」と譲らないチャンミンの言う通りにして助かった。

 

「雪崩で通行止め、とか?」

 

「うーん、情報がないから、分かりませんねぇ」

 

サイト検索をかけているが、リアルタイムな情報がヒットしない。

 

「はぁ」

 

どっと疲れが出た。

 

俺はギアをパーキングに入れ、ハンドルに突っ伏した。

 

昼間は営業活動で駆けずり回り、謎の人物の陰謀(大げさに言うと)にハメられ、雪道の長距離運転...疲労のあまり、頭の芯が痺れている。

 

「運転、代わります」

 

「今、外に出たら凍死するぞ?」

 

窓の外の猛吹雪を指さした。

 

運転席と助手席を入れ替わるには、大柄の男同士、スペース的に無理がある。

 

(まて...互いの身体が密着しまくりじゃないか!

俺が下になるから、チャンミンは上だ。

もっと腰を上げろよ。俺の肩を持て。

「ユンホさん!どこ触っているんですか!」

尻をスライドさせるんだ。

「あん、ユンホさんのが当ってます!」

っておい!

何、想像してるんだ!)

 

「いっせーのせ、で外に出て、交代しましょう!」

 

俺のピンクな妄想なんか知る由もないチャンミンは、荷台からコートを引きずり出した。

 

「ん...?」

 

コートのポケットの中で触れる紙切れ。

 

つまみ出したそれは、ノートの切れ端を破り取ったものだ。

 

「...あ...!」

 

『お疲れユノを元気にしてあげる』

 

ウメコの呪文が書かれている。

 

『ここぞというときに、唱えると実力以上のことを成し遂げられるのよ』

 

今こそ、その時じゃないか!?

 

待て、慌てるな。

 

大雪に閉じ込められて、大渋滞にハマってる時に、元気になっても何の役にも立たないぞ。

 

これは最後の最後に、とっておこう!

 

「ユンホさん、行きますよ!

サン、ニ...」

 

「待て、チャンミン!」

 

「イチ!」

 

俺がコートを羽織る前に、チャンミンはとび出していってしまった。

 

「あー、もー!!」

 

俺も慌ててチャンミンを追う。

 

体温が一気に奪われ、吹きすさぶ風で髪はもみくちゃに、顔面を叩く粉雪は痛いくらいだった。

 

俺たちの車の前方には、赤いテールランプが数珠つなぎに、後方には白いヘッドライトが同様に連なっている。

 

バンの後ろですれ違いざま、チャンミンとハイタッチする(チャンミンがさ、両手を掲げてきたんだから、応えるしかないだろ?)

 

2人同時に席におさまり、同時にドアを閉め、揃って「ふう」とため息をついて、大笑いした。

 

「真っ白だぞ」

 

全身雪まみれで、俺たちは互いの雪を払い合う。

 

「ユンホさん...素敵です」

 

ルームライトの下、チャンミンは両手をお祈りポーズにして、眼をキラキラとさせていた。

 

「...どこが?」

 

「ユンホさんの髪の毛が濡れていて...お風呂上りみたいで...。

ドキドキします」

 

「そ...そうか?」

 

「はい。

僕がユンホさんのおうちにお泊りして、ご飯を食べて...僕がユンホさんちのキッチンを借りて、僕が作ったご飯です。次のお休みに、デートする約束をしたでしょう?その時を、想像してみたんです。ユンホさんと映画を観た帰りです、『俺んちに来るか?』ってユンホさんが誘うんです。観たのがえっちな映画だったんです。ユンホさんったら、喉仏をごくってしちゃって、僕も恥ずかしくって目を反らしちゃって。でも、音は聴こえてくるから、ドキドキするんです。ユンホさんと手が繋ぎたいなぁって思ってたら、ユンホさんは僕の手を握ってきたんです。恋人繋ぎですよ?僕は恥ずかしくって、顔面、アツアツです。

ふう...。

お風呂上がりに話を戻しますね。

ご飯の後、ユンホさんが『チャンミン、先に風呂に入って来いよ』なーんて、言うんですよ!もしかして、もしかして!って期待するでしょう?『でも、着替えがありません』ってちょっと迷ってみせたら、ユンホさんったら『何も着なくていい。裸で出てこいよ』なーんて、言うんですよ。ぼ、僕の、生まれたままの姿を、ユンホさんに見せちゃうなんて...!僕はね、ユンホさんちのお風呂で、ピカピカに身体を洗うんです。

...ところで、ユンホさん?」

 

チャンミンの独白タイムが始まったと、気長にしていたら、彼の質問が降ってきた。

 

トンデモ質問だろうなぁ、と予想しながら「何?」と答える。

 

「毛深い男は好きですか?」

 

(毛の話か?)

 

「うーん、見ていて暑苦しいかもね」

 

営業部長の出張に同行した際、サウナでとぐろを巻いた胸毛に度肝を抜かれたことを思い出していた。

 

それから、同課の後輩君が最近、髭の永久脱毛を始めたと言っていたっけ?

 

「最近は、毛が薄い男の方が好まれる傾向にあるんじゃないかなぁ...ん?」

 

チャンミンを見ると、両眉も口角も目いっぱい下げて、目なんかウルウルさせて泣き出しそうだったんだ。

 

何か、マズいことを言ってしまったっけ...?

 

「ユンホさんはきっと...僕のこと嫌いになります」

 

飛躍した内容に、「はあ?」となってしまう。

 

「チャンミンを嫌いになるって...どうして?」

 

チャンミンに手招きされて、耳を貸す(ここには俺たちしかいないのにさ)

 

「ヒソヒソ...」

 

「ん...?」

 

「ヒソヒソ...」

 

「...そんなに凄いのか?」

 

「はい

見てみます?」

 

「ここでか!?」

 

「はい。

ユンホさんには、ありのままの僕を見てもらいたいのです」

 

「今?」

 

「はい。

これを見て、ユンホさんに嫌われたら、そこまでです」

 

「毛深いくらいで嫌わねーよ!」

 

「でも、薄い方が好みなんですよね?

安心してください。

ユンホさん好みに、処理しますから」

 

そう言って、スラックスのベルトを外そうとするチャンミンの手を、全力で阻止した。

 

「待て待て待て待て!」

 

「離して下さい!

僕の生まれたままの姿を見せる前に、不安要素は1つでも潰しておきたいんです!」

 

「わかった、わかったから!

荷物を届けたら温泉に行くんだろう?

その時に見せてくれ」

 

「ユンホさんも見せて下さいよ?」

 

「裸にならなきゃ、風呂に入れないだろうが?」

 

「ぐふふふ。

ユンホさんの裸...」

 

恋の媚薬を飲まされた晩、薄手のインナーシャツから透けたチャンミンの半身を思い出していた。

 

ふにゃふにゃと緩んだ顔して、天然街道を独走中のチャンミン。

 

7:3分けのダサヘアに、紺のスーツ、黒の腕抜きをしたチャンミン。

 

実は、休日はジム通いをして肉体を鍛えているらしいのだ。

 

それがどれほどのものなのか、見てみたい(チャンミンは自身のへそ毛を気にしているみたいだが)

 

男の裸を見て、果たして「その気」が湧くかどうかは、今のところ不明だ。

 

でも、チャンミンのことは大好きだし、変な奴だけど俺は彼に夢中なのだ。

 

「ユンホさんとお風呂...楽しみです」

 

「俺の湯上りの話の続きは?」

 

「鼻血ものですから、内緒です」

 

「あっそ。

ならいいや(鼻血ものか...想像がつくよ)」

 

「えー、知りたくないんですかぁ?」

 

チャンミンといると、ハプニングが全部、面白事になるから不思議だ。

 

 

 

(つづく)

 

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(11)会社員-情熱の残業11-

 

 

標高が高い地に北工場は位置している。

 

俺たちは、ふくらはぎまで積もった雪に苦労しながら、件の物を車に積みこんだ。

 

守衛さんに熱い茶をふるまわれたが、雑談も早々に切り上げて車に乗り込んだ。

 

吹雪だ。

 

ヘッドライトに照らされた雪のつぶてで、視界が悪い。

 

行きに俺たちの車がつけた轍を頼りに山道を下り、幹線道路にたどり着いた時は、2人して安堵のため息をついた。

 

「ユンホさん、大変です!」

 

「ああ?」

 

スマホを操作していたチャンミンが、大声を出したのだ。

 

ディスプレイが放つ光が、チャンミンの端正な顔を照らしていた。

 

「高速道路...大雪で通行止めだそうです...」

 

「マジかよ...」

 

「一般道を行くしかないですね。

1時間は余分にかかりそうです」

 

そうなるんじゃないかと予想していた。

 

そのルートは高速道路を最寄りのICで下ろされた車が合流したせいで、大渋滞が始まっていた。

 

車列の最後尾につけた俺は、暗澹たる気持ちになってしまった。

 

俺たちはこの後、荷台の物を南工場へ届けなければならないのだ。

 

「徹夜だな...」

 

「ユンホさんと一夜を過ごすのですね」

 

「チャンミンは楽観主義だなぁ」

 

「そうでもないですよ」

 

ぼそっと低い声に、「あれ?」と思った。

 

「僕は物事を悲観的に見る人間です」

 

チャンミンはフロントガラスの向こうを見据えたままで、これまでとはうって変わって、笑みを消していた。

 

「思考が先へ先へと、進むんです。

ばばばっと頭の中に何パターンも浮かぶんです、悪いパターンばかりが。

それは困るから、そこへたどり着かないように、危険を避ける手段を考えます。

でもね、悪いことばかり考えているわけじゃないですよ。

こうありたいっていう良いイメージはちゃんとあります。

理想の姿に近づけられるように、僕は努力します。

一直線です」

 

「そうなんだ」

 

「ユンホさんとのことも、そうです。

ユンホさんに近づきたくて、知恵を絞ったんですが、人間相手ですから、頭で考えてどうなるものじゃありません。

僕って、思考と行動がちぐはぐになってしまうんですよねぇ。

心は笑っているのに、顔はしかめっ面なんです」

 

「あー、そうかもね」

 

「ふふふ、でしょ?

でもね、ユンホさんといると、僕の石頭と気分が一致してくるんです。

感じたことをそのまま、ユンホさんに見せられるんです。

ユンホさんは、僕をリラックスさせてくれます。

僕...嬉しくって。

そんなユンホさんだから、惹かれたんだと思います」

 

「...チャンミン...」

 

「理詰めのジャッジなんて一切無視して、僕はユンホさんに近づきたいと思いました。

ユンホさんを初めて見た時...考えるより前に、ハートが反応しました。

つまりですね...ああ、もう!

僕の話は、前置きが長いですね」

 

「いいさ、気にするな。

チャンミンの話は全部、意味があるものだ。

ゆっくりでいいから」

 

チャンミンの話は、うんざりするほど長い。

 

「チャンミンの話の行方は一体いずこ?」と苛つく時もあるが、彼の話のオチは予想外なものが多く、ワクワクしている自分もいる。

 

端折らず全てを伝えようと、一生懸命な姿に萌えてしまう時もある。

 

だから、チャンミンの話は遮らず、最後まで聞いてやるんだ。

 

俺はチャンミンに甘いからなあ。

 

そして、俺はチャンミンの職場での姿を知っている。

 

業務連絡は、要点を的確にまとまっている。

 

相手の頭脳に合わせた説明ができる、配慮もある。

 

先の先まで見越す頭の回転のよさに、何度助けられてきたことか。

 

単なるぽわぽわの天然ちゃん、ではないのだ。

 

「ユンホさんといると、僕のハートの中身を全部、ぶちまけてしまうのです。

へへっ。

以上、僕の愛の告白でした」

 

「『いちごちゃん』と俺と、どっちが好きだ?」

 

「もお!」

 

チャンミンのこぶしが飛んできた。

 

ジョークのつもりだろうが、俺のみぞおちにヒットして、一瞬息が止まった。

 

チャンミンとのじゃれあいは要注意、と心のチャンミン録にメモ書きが加わった。

 

「ユンホさんったら、嫉妬深い男ですねぇ」

 

ジョークで訊いているのが、なぜ分からない?

 

そうだった...チャンミンにはジョークは通じない。

 

「嫉妬深い男...嫌いじゃないです...ぐふふふ」

 

面倒くさくなって「そうだよ、悪いか?」と答えて、チャンミンを喜ばせてやった。

 

「どれくらい好きかと言いますとね。

『イチゴちゃん』が1だとして、ユンホさんは2です」

「それだけ!?」

 

「冗談ですよ。

それっぽっちなわけないでしょう。

19,860,206足す19,880,218倍です」

 

「は?」

 

「はい、ユンホさん、いくつでしょう?」

 

「分かるわけないだろう!?」

 

「答えは、39,740,424です」

 

「...え、もしかしてチャンミン、今の暗算した?」

 

「まさか!

さっき、電卓で計算してみたんです」

 

「へ?」

 

「19,860,206足す19,880,218の答えは何かなぁ、って、さっき計算してたんです」

 

「ほら」と言って、胸ポケットから電卓を出して、計算してみせるチャンミン。

 

「ホントだ」

 

「19860とか、218とかって、何の数字なの?」

 

「ユンホさんと僕の誕生日です」

 

なぜ、チャンミンが俺の誕生日を知っているんだ?

 

「ユンホさんが入社した時、運転免許証のコピーを取ったでしょう?

その時に見ました」

 

「そう、なんだ...」

 

「僕らは誕生月が同じなんですよ。

お!

ユンホさんのお誕生日会を開かなくっちゃ!」

 

「楽しみにしてるよ」

 

「お任せあーれ。

『イチゴちゃん』の39,740,424倍、ユンホさんのことが好きです」

 

「...嬉しいよ...」

 

「ユンホさんと一夜を過ごして、39749424の二乗になっちゃうかも、です。

うふふ」

 

分かりにくい...チャンミンの愛の告白は複雑すぎて...。

 

いや。

 

チャンミンらしいか。

 

 

(つづく)

 

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(10)会社員-情熱の残業1-

 

 

C社の終業直後の18:30に、納品とサンプル品を届け、挨拶もそこそこに車に乗り込む。

 

雪の降りっぷりが尋常じゃなくなってきたからだ。

 

その後、北工場に到着し、件の物をピックアップして元来た道を引き返す予定だ。

 

あそこは24時間稼働しているから、時間が遅くなっても構わない。

 

そうは言っても、除雪が始まっていない道路、スリップ事故を恐れた車列はのろのろ運転で、予定が大幅に遅れていた。

 

「運転...変わりましょうか?」

 

「今はいいや。

帰り道にお願いするよ」

 

俺はハンドルを抱きしめ、前の車のテールランプを睨みつけていた。

 

チャンミンは、鼻歌を口ずさみながら買い物袋の中から取り出した物を、楽しそうに披露してくれる。

 

「TVで紹介されていたメロンパンでしょ。

焼きそばと巻き寿司と...あんこたっぷりのおはぎもあります。

ケバブとヨーグルトと、スパイシーチキン、フライドポテト...厚切りで美味しそうです。

焼きイカと牛串焼きと、フルーツサンドもあります」

 

買い過ぎだろ...口は2つしかないんだぞ?

 

どうりで買い物に時間がかかってたはずだ。

 

「フランクフルト食べます?

ケチャップは?」

 

「脂っこいものは、今はいいや」

 

「そうですか...。

じゃあ、僕が頂きます」

 

「!」

 

ちらっとチャンミンの様子を窺った時、巨大フランクフルトを食すチャンミンに目が釘付けになってしまった。

 

かけ過ぎたケチャップを、チャンミンの舌がぺろりと舐めとっている。

 

チャンミンの大きな口に、油でてらてらとした、皮がはち切れそうに身が詰まった太くて長いモノが挿入される(っておい!『挿入』って言い方はおかしいだろう!この光景はまさしく...まさしく...!っておい!何を想像しているんだ!)

 

「おっと!」

 

よそ見のせいで、もう少しで前の車に追突するところだった!

 

「フルーツサンド、食べますか?

イチゴが丸ごと入っています」

 

「ああ」

 

「あーん」

 

(『あーん』?)

 

俺の口までチャンミンは食べ物を運んでくれる。

 

「あーん」

 

甘いものの後には、しょっぱいもの。

 

途中でお茶を挟むあたり、気がきいている。

 

「美味しいですか?」

 

「まあまあかな。

チャンミンの弁当の方がよっぽど美味い」

 

さりげなく愛の言葉を織り交ぜてみたんだけど、チャンミンは気づいたかな?

 

残念ながら、前方から目を離せない俺は、チャンミンの表情を確かめられない。

 

たっぷり5秒の間をおいて...。

 

「もお!」

 

照れたチャンミンの張り手をくらって、ハンドルを大きく切ってしまい、車がぐらりと蛇行した。

 

「あっぶねーな!」

 

「ユンホさんのせいですよ」

 

「ホントのこと言っただけ」

 

「ユンホさんったら...。

そんなに僕のことが好きなんですか?」

 

「......」

 

「......」

 

「...ああ」

 

「...え...」

 

「俺は、チャンミンが好きだ」

 

勢いにのって、言ってしまった...!

 

「......」

 

「......」

 

「僕も好きです...」

 

運転中じゃなければ、今すぐチャンミンをかき抱いてキスの雨を降らしたかった。

 

俺は助手席へ手を伸ばし、チャンミンの手を握った。

 

「僕は、ユンホさんが好きです」

 

チャンミンも俺の手を握り返す。

 

「俺も。

...ここで高速を下りるんだよな?

北工場までもうすぐだ」

 

「...ユンホさん...照れてますね?」

 

「悪いかー?」

 

「うふふふ」

 

 

 

 

「ユンホさん。

飴ちゃん、いります?」

 

(飴ちゃん!?)

 

「イチゴ味とピーチ味があります。

どっちがいいですか?

それとも、ミント味の方がさっぱりしますかね?」

 

「じゃあ、イチゴで」

 

唇の隙間に、とんとキャンディが押し入れられた。

 

チャンミンの指までしゃぶってしまいたいくらいだ(しないけど)

 

「ところでさ、なんでイチゴなの?」

 

「へ?」

 

「弁当箱、イチゴ柄だろ?

なんで?」

 

イチゴは好きな食べ物にランクインするけど、チャンミンに話した覚えはない。

 

「あー、それは...。

聞かない方がいいです」

 

「なんで?」

 

「ユンホさん、きっとヤキモチ妬いちゃいます」

 

「イチゴでか?」

 

「はい。

もし僕がユンホさんの立場だったら...ジェラ男になります」

 

「ヤキモチ妬いてもいいから、教えてよ」

 

「仕方がないですねぇ。

そこまでねだられたら、ユンホさんに弱い僕は口を割るしかないですね。

おほん。

僕には崇拝しているアーティストがいるって、お話しましたよね」

 

「お前がヲタ活してる地下アイドルのことか?」

 

「なっ、なんてこと言うんすかー!

ひどいですね、ヲタ活だなんて...うーん...そうかもしれませんね。

認めます。

彼らはもっとスターダムにのし上がってもおかしくないんです。だから僕らの応援が必要なんです!出待ちをした時、一緒に写真を撮らせてもらいました。ユンホさん、見ますか?あー、駄目です。きっとユンホさん、ヤキモチ妬いちゃいます。僕の肩を抱いてくれたんですよ。いい匂いがしました」

 

「イチゴの話!」

 

「話が反れましたね、僕の悪い癖です。

いつも友達に言われるんです。お前の話は前置きが長いって。友達ってのは、ヲタ活仲間です。本題の背景をまず説明しないといけないと思って、詳細を述べているうちに、前置きが本題になってしまうんですよねぇ...」

 

「イチゴ!」

 

「失礼しました。

彼らにはひとりひとりイメージカラーが決まってるんです。戦隊もののようにね。ヘルメットかぶって、ぴったぴたのスーツは着てませんよ。でも...それも...悪くないですねぇ...ぐふふ。おっと、また話が反れました。イメージカラーに合わせて、メンバーにはニックネームがあるんです。公式のものじゃなくて、僕らファンが勝手に名付けたものです。

僕のお気に入りのメンバーは、『レッド』なんです。でね、愛称が『イチゴちゃん』なんです」

 

「イチゴ...ちゃん...?」

 

その『イチゴちゃん』と苺の弁当箱がどう繋がるんだろう?

 

チャンミンの話のオチは、俺の予想を超えるものだから、ワクワクする。

 

「『イチゴちゃん』とユンホさんが...似てるんです」

 

「...へぇ...」

 

喜んでいいのか返答に困る。

 

「その『イチゴちゃん』と恋がしたい代わりに、俺にしたのか?」

 

「ほら、やっぱり!

ヤキモチ妬きますよ、って前もって忠告したでしょう?」

 

「ヤキモチかなぁ?」

 

「うふふ、そうですよ。

ヤキモチを妬いてもらえて、僕は嬉しいです。

『イチゴちゃん』を応援し始めたのは、ユンホさんを好きになった後のことです。

ステージの『イチゴちゃん』を見てると、ユンホさんの顔が浮かぶんです」

 

「...それで、あの弁当箱なのか...」

 

チャンミンの説明を聞かない限り、絶対にたどり着けない連想だった。

 

「ユンホさん!

帰りは温泉に寄っていきましょうよ!

ほら、あそこ!」

 

「しょうがないなぁ。

北工場行った後だぞ?」

 

「ラジャー!

そうそう!

こんなことになるかと思いまして、パンツも買ってきました。

歯ブラシと剃刀も買ってきました。

ユンホさんの分も、ちゃ〜んとあります。

僕とお揃いです...ぐふふふ。

それから~、靴下と...」

 

くそ真面目なだけに、抜かりがない。

 

どんな状況でも楽しんでしまえる太い神経の持ち主である、と心のチャンミン録にメモ書きを加えた。

 

ダッシュボードのデジタル時計は21:00を表示している。

 

俺はチャンミンに気付かれないよう、深いため息をついた。

 

長い夜は始まったばかり。

 

 

 

(つづく)

 

 

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(9)会社員-情熱の残業-

 

 

席について食事をする間も惜しくて、片手で食べられるものを適当に買い込んで車に戻った。

 

気をつけないと、積もった雪で足を滑らせてしまう。

 

「まずいな...」

 

車を離れた十数分のうちに、バンの屋根とフロントガラスに雪が降り積もっている。

 

「...遅いなぁ」

 

俺はイライラとハンドルを指で叩きながら、チャンミンの戻りを待っていた。

 

自動ドアから背の高い男が飛び出してきて、周囲をキョロキョロしている。

 

俺を探しているんだな、ワイパーを動かして雪をかき、運転席から手を振った。

 

「お!」と言った感じにチャンミンの顔が輝き、両手に下げたビニール袋を持ち上げて何かをアピールしている。

 

早く戻ってこいと手を振ると、チャンミンは大きく頷いた。

 

待てチャンミン...無防備に駆けだしたりしたら...。

 

「あ!」

 

すってんころりん。

 

だから言わんこっちゃない。

 

アニメのような、見事なコケっぷりを披露してくれた。

 

チャンミン...すまん...笑ってしまった。

 

「コケちゃいました」

 

てへへと後頭部をかく仕草に、か、可愛い...と胸がきゅんとする。

 

地面にちらばった買い物袋を両腕に抱きしめ、今度は転ばないようすり足で車まで戻って来た。

 

「お待たせしました!」

 

チャンミンは助手席に飛び乗ると、パンパンに詰まった買い物袋を俺におしつけ、コートに付いた雪を払っている。

 

転んだ拍子に乱れたチャンミンの髪にも、雪が積もっていた。

 

それを払ってやろうと手を伸ばしたら、チャンミンは首をすくめた。

 

暑いくらいに暖房をきかせていたから、頭の上の雪なんかすぐに溶けてしまう。

 

チャンミンは首をすくめたまま、目もつむっちゃって、あまりにも可愛かったから、彼の髪を梳く手を止められない。

 

前を通り過ぎた車のヘッドライトが、チャンミンの見開いた眼を舐めていった。

 

俺の手は自然とチャンミンのうなじに移り、その手に力がこもり、自分の方に引き寄せてしまっても仕方がない。

 

チャンミンの唇から5センチの距離で、「嫌?」と尋ねた。

 

「い、嫌じゃ...ないで...す」

 

チャンミンの返事を確かめて、俺は頬を伏せた。

 

一度口づけて、次はチャンミンの唇全体を食むように覆いかぶせた。

 

もう一度離して、チャンミンの上唇を、そして下唇を食む。

 

チャンミンの唇は引き結ばれたまま、固まっている。

 

チャンミンの指がかぎ型に曲げられ、そのまま静止している。

 

緊張しているのか?

 

「キャッ」という悲鳴に顔を起こすと、フロントガラスの向こうで女三人組の視線とぶつかった。

 

男同士のキスの何が悪い。

 

ワイパーを切って、雪が降り積もるままに任せた。

 

チャンミンの唇をこじあけて、舌を入れようか迷ったが、この様子じゃまだ早いかな。

 

きっと、歯を食いしばっているだろうしね。

 

チャンミンはキスの経験がないのだろうか...上手いとか下手のレベルじゃない、キスを受け入れる体勢になっていない。

 

「出発しようか?

時間がない」

 

チャンミンの上に伏せた上半身を起こし、シートベルトを締めた。

 

「ん?」

 

金縛りにあったかのように静止したままのチャンミン。

 

シートに深くもたれたチャンミンの視線は、ぽぉっとあらぬところに向けられている。

 

「おい!」

 

ぐらぐらと肩を揺すったら、「ああ!」と正気を取り戻し、落ち着かなさげに髪を梳き始めた。

 

こりゃ照れてるな、とくすっとしてしまう。

 

「向こうに着くまでノンストップだ」

 

「はい」

 

サービスエリア内を慎重に徐行し、雪が斜めになって降りしきる本線へ合流する。

 

「ユンホさん」

 

「ああ?」

 

「僕たち...キスしちゃいましたね」

 

口に出して言うか、普通?

 

仕掛けた俺の方が、照れてくる。

 

「...したな」

 

「キス...しちゃいました」

 

「ああ」

 

「ユンホさんから、キスしました」

 

「ああ」

 

「僕とユンホさん...2度目のキス...」

 

「ああ」

 

「キスしちゃいましたね」

 

「ああ」

 

「ふふふ。

ユンホさんからキス...」

 

「ああ」

 

「ユンホさん、僕とのキスどうでした?」

 

「いい感じじゃなかったかなぁ」

 

「よかったですか?」

 

「ああ」

 

「僕も...いい感じでした。

ドキドキしました」

 

「そりゃ、よかった」

 

「ふふふ。

キス...しちゃいました...ぐふふふ」

 

チャンミン...しつこい。

 

しつこいけど、乙女のように嬉しそうだし、俺も嬉しいよ。

 

「キス...ふふふ」

 

「おい!

俺たち仕事中なんだぞ?」

 

「わかってますよ。

只今、休憩中なのです」

 

 


 

 

サービスエリアを出て1時間ほど、ぺらぺらとチャンミンは饒舌だった。

 

へぇ...チャンミンはおしゃべりなんだと意外に思って、心のチャンミン録にメモった。

 

話の内容は大したことないが、チャンミンにしてみれば大事件らしく、事細かに説明してくれるのだ。

 

一応、どんな内容だったかをここでプレイバックしてみる。

 

「僕の趣味を披露しちゃいますね」

 

「いいねぇ。

教えてよ」

 

「僕、追っかけしてるんです」

 

「へぇぇ(そんな感じがしたから、意外じゃない)」

 

「追っかけしててハプニングに遭っちゃったんです。

 

誰の追っかけをしてるのか、って訊かないでくださいね。恥ずかしいですから。恋人のユンホさんにも内緒です。秘密がある男って魅力でしょ。だからっていう意味じゃありませんが、いくらユンホさんでも、引いちゃうと思うのでシークレットです。ただのミーハーじゃないですよ。アーティスト性が素晴らしいのです。おっと、こんな話がしたいわけじゃなくて、僕のハプニングです。その追っかけをしてるアイドルのライブがあったんです。あ!アイドルって言っちゃいました。そのアイドルの名前は秘密ですね。言っても多分、ユンホさんは知らないと思います。すごいんですよ、彼らは...あ!アイドルが男ってバレちゃいました。ユンホさん、引かないで下さいね。僕は男だから好きっていう意味じゃなくて、純粋に素晴らしいと思ったから、ファンをしているだけであって、誤解しないでくださいね。彼らとどうこうなりたいなんて、よこしまなことは妄想していませんからね」

 

「前置きはいいからさ、そのハプニング話ってのを教えてくれよ」

 

「おー、そうでした!

先週、ライブがあって行ってきたんです。アイドルとファンとの距離がすごいんですよ。団扇にねメッセージを書くんです。今回は縁に白いファーを付けました。冬ですからね。雪っぽくしてみたんです。彼らはちゃんと見てくれて、目立てば目立つほど見てくれて、指さしてくれるんです。でね、そんな時嬉しくって。次は何を作ろうかなぁって楽しいんです」

 

「で、ハプニングは?

うわ~、降るなぁ」

 

ワイパーを最速にしてもかき切れないべた雪で、前方の視界が悪い。

 

前のめりになっての神経をつかう運転と、一向に本題に入らないチャンミンに若干苛ついていた。

 

「前置きが長くてすみません。

地下鉄の乗り換えの時、バッグを落としてしまいまして、その時トートバッグだったのですが、中身をぶちまけてしまって...。

僕の恥部をさらしてしまったのです」

 

「チブ?」

 

「渾身の団扇を、公衆の面前にさらしてしまったことです」

 

「うわぁ...。

そりゃ、恥ずかしいね」

 

「僕のやってることが、世間一般的に恥ずかしいことだって認識してますからね」

 

「で、ハプニング話って...このこと?」

 

「はい

ユンホさん、ヤキモチ妬かないで下さいね」

 

「ヤキモチを妬く必要が、どこにある?」

 

「彼らもカッコいいですが、ユンホさんの方がカッコいいですからね」

 

「...なるほど...」

 

北工場まで、残り200㎞。

 

 

(つづく)

 

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