(16)会社員-情熱の残業-

 

 

 

 

俺にぐたりと全体重を預けて、眠りの世界へと誘われてしまわれたチャンミン様。

 

チャンミンの柔らかな髪(整髪料で固めていたのが、すっかり取れてしまっている)が顎をくすぐる。

 

まぶたを縁どるまつ毛が扇型に広がって、その毛先が震えている。

 

むにゃむにゃとうごめく唇は、吸い付きたくなるくらい、可愛い。

 

ずっと眺めていたい寝顔だが、さすがに重い。

 

チャンミンこそ、センターコンソールを越えて助手席へ身を乗り出しているのだから、腰を痛める恐れがある。

 

「よっこらしょ」

 

運転席に身体を戻し、ワイシャツのボタンを留め、ファスナーを上げ、ベルトを締め直してやる。

 

チャンミンのア〇コは、通常モードに戻っていた(ちょっぴり残念)

 

最後に、スーツの上着とコートで身体を包んでやれば、オーケーだ。

 

「ん?」

 

荷台から聞こえる音は、俺のスマホの着信音だ(虎になったチャンミンが放り投げた)

 

「ウメコからの電話だ!」とシートの隙間に肩をねじこみ、腕を伸ばしてなんとか回収した。

 

『ユノ!

遅くなってごめんなさい!』

 

「遅い!」

 

『結論から言うわね。

呪文を解く呪文はないの』

 

「やっぱりな...」

 

『ユノの言い方が気に入らないけど、ま、いいわ。

それがない訳は、必要がないからなの。

あれを渡す時言ったでしょ?』

 

「ああ、俺も思い出したんだ。

効果は6時間だって。

それ以上効き目があると、抜け殻になってしまうって、言ってたよな」

 

『ええ。

しんどいかもしれないけど、呪文が切れるまで頑張って』

 

「まだ2時間くらいしか経っていないけど、チャンミン途中離脱してしまったぞ?

只今、おねんね中だ」

 

『それはきっと、チャンミン君の身体がもたなかったのねぇ...。

日頃、枯れた生活をしているせいかしら...』

 

「え!?

そういうものなの?」

 

『ユノみたいに潤った生活していれば、耐性があるけど、チャンミン君みたいな純粋な子だとねぇ。

 

世俗の汚れに慣れたユノとは違うの、純粋培養なの。

 

水槽しか知らない金魚を、釣り堀の池に放り込んだ感じ?

 

木の芽しか食べてこなかった鹿に、血がしたたるステーキを食べさせた感じ?』

 

「...なるほど。

ウメコ...お前の言い方は棘だらけだな。

俺の私生活だって、そうそう潤ってなんかいねーよ」

 

「まあまあ。

チャンミン君ったら、可哀想に...。

メーターが振り切れてしまったのね』

 

「そんな感じだな」と、深いキスと胸の先を舐められただけで、全身を痙攣させていたチャンミンを思い出してみた。

 

『ユノったら...うっふっふっふ。

これいい幸いだって、チャンミン君に突っ込まれたんでしょ?』

 

「突っ込まれてなんていねーよ!

あのな、どうして俺がそっち側になってるんだ?」

 

『ジョークよジョーク。

あたしが見るところ、チャンミン君は...。

あたしが言わなくても、ユノは分かってるでしょ?』

 

「......」

 

『目が覚める頃には、呪文は切れてるでしょうから』

 

ウメコとの通話を切った俺は、深々とシートにもたれ、ため息をついた。

 

チャンミンはすやすやと気持ちよさそうに眠っている。

 

崩れた前髪が額を覆い、幼い見た目になっていた。

 

渋滞はまだまだ解消される気配はないから、このまま寝かしておいても大丈夫そうだ。

 

チャンミンが目を覚ましたら、席を交代してやるか。

 

チャンミン...運転の交代要員として期待していたが、この大渋滞、運転席に座ってるだけで終わってしまったな。

 

それにしても、なんて濃密な時間だったんだろう。

 

くるくると表情を変えるチャンミンに、俺はもうお腹いっぱいだ。

 

鬱陶しいという意味じゃないぞ。

 

ここまで強烈な魅力を発散させる奴は、他にはいない。

 

このキャラクターを前面に出していたら、オフィシャルな場では浮きまくって、『変な人』のレッテルが何十枚も貼られてしまう。

 

だからこその、カチコチのクソ真面目君のモビルスーツが必要なんだな。

 

仕事上のトラブルに意識を向けると、腹立たしいことこの上ない。

 

でも、「ま、いっか」と思った。

 

チャンミンと一緒の、出張兼超過勤務、深夜残業は楽しかった。

 

そして、チャンミンのことがより一層好きになった。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

ユンホさんを助けたくてついていったのに、役に立てなかった

 

ユンホさんといると、どうしても口が軽くなって、どうでもいいこともぺらぺらと喋ってしまう。

 

ユンホさんはくだらない僕の話でも、ちゃんと最後まで聴いてくれる。

 

ハンドルを握り、前方に注意を払いながら、相づちを打ちながら、要所要所で質問をはさんで、僕の話を遮らずに聴いてくれた。

 

驚いたり、呆れた顔をしたり、笑ったり。

 

興味がある姿勢をちゃんと見せてくれるから、僕は安心して会話に集中できるのだ。

 

ブレーキのタイミングが遅れて急ブレーキになりそうになった時、ユンホさんの片腕がさっと僕の前に差し出された。

 

そういうところに、キュンとしてしまう。

 

ユンホさんと濃密な半日を過ごせて、仕事中なのに僕は楽しくて仕方がなかった。

 

僕はいつの間にか眠りこけてしまったみたいで、目が覚めたら朝だった。

 

助手席のユンホさんも眠っていた。

 

「あ...」

 

ユンホさんは、自分のコートまで僕にかけてくれていたから、両腕で肩を抱きしめるようにして、縮こまっていた。

 

じん、と感動していると、真っ白な山陰からさっと朝日が差し込んできた。

 

雪景色がその光をもっとまぶしくさせて、ユンホさんの寝顔をキラキラと照らしていた。

 

濃いまつ毛がきめ細かい白肌に影を作っていて、少しだけ開いた唇が赤くて、とても綺麗だった。

 

ユンホさんを起こさないように、僕はそうっと彼にキスをした。

 

ドキドキ。

 

柔らかい唇の感触に、ぞくりとした。

 

もう1回くらい、いいよね?

 

さっきより、押しつける唇の圧を込めたキスをした。

 

ドキドキ。

 

これ以上は、恥ずかしいから我慢しておこうかなぁ。

 

「へっくしょん!」

 

ユンホさんったら、自分のくしゃみで目を覚ますんだもの。

 

(僕の方もびっくりした。だって、もう1回キスしようかなぁ、って思ってたから。うふふ)

 

一瞬、自分がどこにいるか分からなかったみたいだ。

 

きょろきょろと周囲を見回している。

 

僕と目が合った時、切れ長の目が真ん丸になり、それから笑った形に変わった。

 

その瞬間、僕は何万回目になるんだろう、ユンホさんにひと目惚れをした。

 

 

 

 

スリップして立ち往生したトレーラーで、道路が塞がれてしまったのが渋滞の原因だった。

 

僕らが件の荷物を南工場に配達できたのは、朝8時のこと。

 

真っ直ぐ会社に戻ってもお昼頃になるから、僕は遅刻確定だ。

 

「どうしよう」と半泣きの僕のために、ユンホさんが考えてくれた台詞通りに、会社に遅刻の旨の連絡を入れたんだ。

 

任務を終えたら温泉に行こう、と約束していたのに、ユンホさんに仕事の連絡が入ってしまて、温泉行は延期になってしまった。

 

ユンホさんの裸が見たかったのに...。

 

見たかったのに...。

 

がっくり肩を落とす僕に、ユンホさんは僕の頭をくしゃくしゃと撫ぜながらこう言った。

 

「今週末は、デートするんだろ?

映画観たり、買い物したり、カップルっぽいことしような」

 

「はい!」

 

嬉しくて、僕ははきはきと、優等生みたいな返事をしてしまった。

 

「へっくしょん!」

 

「ユンホさん、風邪ですか?」

 

「大丈夫だと思う...へっくしょん!」

 

僕にコートを分けてくれたりしたから、ユンホさんは風邪気味なんだ、ごめんなさい。

 

「風邪薬持ってますよ」

 

「さすが!」

 

「今回の温泉は諦めますけど、再来週には行けますね」

 

「再来週?」

 

「ほらぁ、社員旅行があるじゃないですか!」

 

「そういえば!」

 

「温泉ですよ!

ユンホさんの浴衣姿...ぐふふふふ」

 

 

 

 

ユンホさんには恥ずかしくて言えないんだけど、僕の身体が変なんだ。

 

妙に身体がだるい。

 

そして、おっぱいの先がムズムズするんだ。

 

あまりにもヒリヒリ、ちりちりするから、サービスエリアのトイレで、件の箇所を確認してみた。

 

「どうして...!?」

 

赤く、ぷっくりと腫れていて、びっくりだ。

 

触れてみると、熱をもっていて、とても敏感になっていた。

 

おっぱいの先が腫れるようなことは何もしていないのに。

 

虫に刺されたのか?それとも、寝ている間に無意識で、自分で触っていたのかなぁ、などと首をひねっていたら、

 

「チャンミン!

行くぞ!」

 

と、僕を呼ぶ声。

 

「行っきまーす!」

 

僕は元気よく答えて、大きなストライドで歩くユンホさんを追った。

 

 

『情熱の残業編」おしまい

(次編につづく)

 

 

 

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(15)会社員-情熱の残業-

 

 

 

「とんでもないものを渡しやがって!」

 

『あたしが見るところ、ユノとチャンミン君は揃ってモジモジ君。

そんなんじゃいつまでたっても前には進めないでしょう?

背中を押してあげたわけよ』

 

「背中を押すどころか、崖に突き落としてどうすんだよ?

仕事中に唱えたりしたら大変なことになるじゃないか!」

 

『その時はトイレでも給湯室ででもヤッちゃえばいいじゃないの』

 

「できるかー!」

 

ウメコの奴、他人事だと思って面白がっている。

 

「ウメコ...実はな、その呪文のことだけど、俺じゃなくてチャンミンに効いてしまったんだ。

あいつ...虎になっちまった」

 

『あのバンビちゃんが虎に?

うふふふ、狙った通り、大成功ね』

 

「はあぁぁぁ!?」

 

『ユノのことだから、バンビちゃんを前にして勃たなくなるかもしれないでしょ?

困ったあなたがあの呪文を唱えると、目の前にいるバンビちゃんに呪文がかかるのよ。

するとね、バンビちゃんが繁殖期の雄シカに成長する...ってわけ。

バンビちゃんにしか効かない呪文なの...凝ってるでしょ?』

 

「いや...それが...唱えたのはチャンミンなんだ...」

 

『うっそぉ!

どうしてそうなっちゃうのよ!』

 

「成り行き上、そうなっちゃったんだから仕方がないだろう?

雄シカどころか、発情した虎みたいになっちまって...。

どうすればいいんだ?」

 

『それは...マズイわ、一大事だわ』

 

「チャンミンに食われそうになってるんだ」

 

『その場から離れなさいよ。

猛ダッシュで逃げればいいじゃないの』

 

「それが出来ないから困ってるんだ。

俺たちはな、車ん中に閉じ込められてるんだ...話すと長くなるから、説明はしないぞ」

 

そっと視線を後ろにやると、チャンミンはスマホゲームに夢中になっている。

 

(股間は?と確認してみると...相変わらずの膨張率だ)

 

『想定外だわぁ...どうしたらいいかしら。

本人が唱えたりなんかしたら...効き目は倍以上よ!』

 

「あいつを落ち着かせる呪文はないのかよ?」

 

『あったかしら...。

探してみるから、時間を頂戴。

電話で教えたら、ユノが呪文にかかってしまうから、後でメールしたげる』

 

「ユンホ!」

 

「うわっ!」

 

肩に手が乗ったかと思うと、ぐいっともの凄い力で運転席に引っ張られる。

 

耳に当てたスマホを奪われた。

 

そして...。

 

「オレたちの邪魔するんじゃねー!

お前...ユンホのスケじゃないだろうな?

失せろ、ユンホはオレの女だ!

はっ!」

 

(女!?)

 

電話向こうのウメコに罵声を浴びせて通話を切ると、チャンミンの奴、俺のスマホを荷台にぽーいと投げてしまった。

 

「はあはあはあはあ...」

 

熱くてしかたないのか、ジャケットを脱いでワイシャツ1枚だけになったチャンミン。

 

「ユンホ...ズボンを脱げ」

 

「わっ!」

 

チャンミンの遠慮のない手が、俺のスラックスの前から突っ込んできた。

 

「なんだなんだ、お通夜みたいなち〇ち〇は?」

 

(この状況で勃つわけないだろう!)

 

いっちゃってる目とニタリと笑った口が不気味でいやらしいが、色っぽくも見えた。

 

「咥えてやろうか?」

 

「いえいえいえいえいえいえ!

チャ、チャンミン様のお口にそんなことさせられません!」

 

俺の股間に屈むチャンミンの頭をつかんで、ええいとばかりに彼の口を塞いだ。

 

(こうするしかない!)

 

ぶちゅり。

 

「...んっ...ん、んー!」

 

顎の力を抜いた途端、チャンミンの熱い舌が挿入してきた。

 

喉奥まで届くほど長いチャンミンの舌に、上顎、歯茎、舌の根元をねぶられる。

 

「ん、んん...っん」

 

口の中じゅう、チャンミンにかき回される攻めのキスが、俺の欲を刺激する。

 

(ヤバ...変な気持ちになってくる)

 

俺の頭は、チャンミンの両手でがっちりとホールドされていて、彼にされるがまま右へ左へと傾けさせられた。

 

(強引にされるキスって...いいかも...)

 

ボタンを外した胸元から、チャンミンの男くさい濃い匂いが、ふわっとたちのぼる。

 

(堅物チャンミンのくせに...やたらとキスが上手いんですけど!?)

 

「ふぅ、ふっ...ん...ふう」

 

チャンミンの熱い鼻息が、俺の頬を湿らす。

 

狭い車内。

 

シートを目いっぱい下げていても、ハンドルやセンターコンソールが邪魔をしていて、身動きがとりづらい。

 

チャンミンとはいずれ深い関係になるだろうけど、呪文でおかしくなっちゃった彼と、ハプニングの最中に初めてをいたすのは、嫌だ。

 

(興奮を煽る舞台設定であることは認める)

 

互いにリラックスした時と場所で、前戯にたっぷりと時間をかけて愛し合いたいと望む俺は、ロマンティストだろうか?

 

でも。

 

このまま先に進みたい!

 

俺の股間はGOサインを出しているけれど、俺の理性は「待った」をかけている。

 

今は嫌なのだ。

 

「ぷはっ」

 

チャンミンの肩をつかんで、引きはがした。

 

唾液の糸が引き、虚をつかれた風のチャンミンの顎を濡らして、いやらしい光景だ。

 

「はあはあはあはあ」

 

肩で息をして、チャンミンは濡れた唇を手の甲で拭った。

 

「オレを拒むのか?

怖いのか?」

 

「はい。

なんせ俺は、『バージン』ですから、緊張しているのです。

ガチガチに緊張しているのです。

これをほぐさないことには...。

そうそう!...ほら、あの人!

彼らの歌を聴かせてくださいよ」

 

(適当に思いついたことに過ぎないが、チャンミンの気を反らせる作戦だ)

 

「歌?」

 

チャンミンはペットボトルの水をイッキ飲みし、くしゃっと握りつぶし、ぽいっと荷台にそれを放り投げた。

 

「お前も飲むか?」と、買い物袋から新しいものを取り出した。

 

「チャンミン様が追っかけ...じゃなくて応援しているという地下アイド...じゃなくてアーティストの?

チャンミン様のお気に入りの...えーっと、『さくらんぼちゃん』!

『さくらんぼちゃん』の写真も見せてほしいなぁ?」

 

チャンミンの動きが、ぴたっと止まった。

 

「......」

 

「?」

 

「さくらんぼじゃねぇ!

『いちごちゃん』だあぁ!!」

 

「す、すみません!」

 

「...さくらんぼって、さくらんぼって...。

ユンホ!

オレを馬鹿にしてるのかぁ?

生涯かけて愛し抜くと誓う運命の男の為に、純潔を守ることのどこが悪い?」

 

(え?

え!?

えーーー!?

今の言い方だと...もしかしてチャンミン...チェリー?)

 

「......」

 

「......」

 

(か、可愛い!!)

 

たまらなくなって、チャンミンの唇を再び覆う。

 

(こうなれば、成り行き任せだ!)

 

ひとしきり唇を重ね、舌を絡めた流れで、首筋を吸った。

 

「...あぁ...」

 

さっきまでのどすをきかせた声から一転、チャンミンはかすれた甘い声をあげるのだ。

 

欲が煽られてしまって、チャンミンのワイシャツの下に片手を忍ばせる。

 

当たり前だけど、固くて平べったい男の胸だった。

 

膨らみなんてないのに、慎ましい2つの突起は柔らかいから、そこをいじりたくなってしまうのだ。

 

「あぁ...あん」

 

指先で転がすと、きゅっと硬度を増すところは女性と同じ。

 

喘ぐ声質も、女性とほぼ同じ。

 

(チャンミンの声が可愛い!

興奮するじゃないか)

 

チャンミンは俺の肩に顎を預けて、俺が与える刺激に合わせて呼吸を乱す。

 

ピンッと弾いた時には、「ああんっ」とびっくりするくらい大きな声で反応した。

 

もっともっと刺激してやりたくなって、ワイシャツの裾から頭を突っ込んだ。

 

真っ暗で何も見えないが、指先と舌先でその箇所を探りあてた。

 

「あ...ひゃ...あん...ダメぇ」

 

いちいち反応してくれるのが嬉しくて(同時に面白くて)、しつこくしつこく愛撫した。

 

舐めたり吸ったり、歯を当てたり。

 

俺の人生史上、最長記録かもしれない。

 

「ダメっ...ユンホ...ダメ...それ以上...っあ」

 

なあんて、言われたら、もっといじりたくなるだろう?

 

空いていた片手を、チャンミンの股間へと移動させると、予想通りぎっちぎちになっている。

 

窮屈そうだったから、引っ張り出してやろうかな。

 

この先、どっちがどうなるとか何も考えていなかったけれど。

 

「ん?」

 

もっと舐めろという意味なのか、チャンミンは胸を俺に圧しつけてくる。

 

それにしても強引過ぎるなと思った。

 

「んぐっ!

チャンミン!」

 

チャンミンの胸と背もたれの間に、俺の頭が挟まれてしまった。

 

びくびくと震わせていた肌が、弛緩している。

 

完全に体重を俺に預けている。

 

すーすーと寝息が聞こえる。

 

「嘘だろ?」

 

チャンミンの胸の下から抜け出て、彼の横顔を覗き込んだ。

 

「はあ...」

 

チャンミンの奴、眠り込んでしまったのだ。

 

 

 

(つづく)

 

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(14)会社員-情熱の残業-

 

 

「何、ボーっとしてんだ?

とっととオレにキスをしろ!」

 

シートに横たわったチャンミンは、俺をギロリと見ると目をつむってしまった。

 

俺からのキスを待っているらしい。

 

真一文字に引き結ばれたチャンミンの唇を前に、俺は「うーむ」と悩んでいた。

 

チャンミンの急変についていけなくて動揺していたのもそうだし、「伸るか反るか」激しく迷っていたのだ。

 

なぜなら、チャンミンのアソコに俺の視点が数秒間、ロックオンされてしまったからだ。

 

(俺は、チャンミンに食われてしまうかもしれない...!)

 

頼りないルームランプの下でもよく分かる。

 

チャンミンの細身のスラックスの...あの辺り...盛り上がっている...アレの形まんまに。

 

俺はゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 

どうやらチャンミンは、性的に興奮しているらしい。

 

ちょいダサで真面目で、ちょっとズレてるけど頭の良い、ヲタ気味の実は美青年の、元気なアソコを目にするのは感慨深いものがある。

 

「まだか!?」

 

鋭い声にビクッとした俺は、チャンミンの股間から彼の顔に視線を移した。

 

俺をギリリと睨みつけている。

 

丸いカーブを描いたまぶたと、濃いまつげ、ふっくらとした涙袋。

 

なるほど、チャンミンを可愛らしく見せているのは目の形なんだな、と心のチャンミン録にメモをした。

 

見た目は可愛いのに口調だけが乱暴で、なかなかキスをしようとしない俺に焦れて、口を尖らせた様子はいつものチャンミンだ。

 

眉根を寄せて俺を睨んでいるけど、全然怖くないわけでして。

 

(ヤバイ...可愛いんだけど!)

 

こみ上げる笑いに耐えきれなくなって、「ププー!」と吹き出してしまう。

 

「オレを馬鹿にしとるんかぁ!?」

 

キレたチャンミンにシャツの衿をつかまれて、上下にシェイクされた。

 

「してませんしてません」

 

チャンミンとしては、もっと乱暴なことをしたいんだけど、根の優しさがそれを邪魔しているんだろう。

 

そんなチャンミンが愛おしい。

 

「キスしろ!」

 

俺はチャンミンにのしかかられた格好になっている。

 

「ユンホ!

ズボンを脱げ!」

 

「わっ!

待て!」

 

俺のベルトを外そうとするチャンミンの手を、全力で阻止する。

 

「離せ!」

 

「チャンミン...一度、落ち着こうか?」

 

「ああん?」

 

ギロリと睨まれ、「チャ、チャンミン様!」と言い直す。

 

「お前...バージンか?」

 

(バージン?

男の俺が、『バージン』?)

 

「!!!」

 

チャンミンの言う『バージン』が、何を指すのか分かって、真っ青になった。

 

「...はい」

 

俺の返事に、チャンミンはなぜか安心したようで、俺のベルトから手を離すと自分のシートに戻った。

 

「ユンホはバージンか...ぐふふふ」

 

ひとり気持ちの悪い笑みを浮かべるチャンミンに、冷や汗が流れた。

 

ズボンを脱げ発言といい、バージン発言といい...。

 

「社用車の中で、チャンミンはコトを成そうとしているのでは!?」の予感しかしない。

 

これまで恋愛関係になったのは女性とばかりだ。

 

そんな俺がチャンミンと出逢ったことで、相手の性別にこだわらなくてもいいのでは?と思うようになった。

 

前にも言ったことだけど、綺麗なものは綺麗だ。

 

綺麗なものに惹かれる気持ちに、ブレーキはかけられない。

 

チャンミンの場合、ユニークなキャラクターが俺の好き度を上昇させるのだ。

 

とは言え、恋人同士になった大人がハグとキスだけで満足していられるわけがない。

 

俺だって人並みに性欲はあるし、好きになった奴の裸を見てみたいし、触りたいし、俺の身体を触って欲しい。

 

アソコとアソコを繋げたいなぁ、と望んでしまう。

 

困ったことに俺もチャンミンも男だから、女性相手のようにはいかないのだ。

 

ちらりと隣のチャンミンの様子を窺うと、買い物袋の中を漁っている。

 

(腹が減ったのか?股間は相変わらず逞しくさせている...この後の為にエネルギーチャージしているのか?)

 

俺の『バージン』は、チャンミンに捧げることになるのだろうか?

 

いや...待てよ...?

 

チャンミンが話を持ち出してくれて助かった。

 

チャンミンと恋愛するにあたっての重要事項、つまり...チャンミンには男との経験があるのかどうか?

 

たまにカマっぽい言動をすることがあって、それがよく似合っているが、それイコール『経験有』と言いきれない。

 

(ずっと気になっていたんだよなぁ)

 

「あのー、チャンミン様。

ひとつお尋ねしたいことがありまして...」

 

「ああん?」

 

ポテトチップスをむしゃむしゃ食べるチャンミンは、ぎゅっと眉間にしわをよせて俺を横目で見た。

 

油でてらてらとさせた唇の端に、ポテトチップスの欠片を付けている。

 

(か、可愛い...)

 

「何ぼーっとしてんだ。

質問するのなら、早うせい!

とろくさい奴は嫌いなんだ!」

 

「へ、へい(お前は岡っ引きの手下かよ...)

チャンミン様の方こそ、『バージン』なんですか?」

 

「......」

 

チャンミンは、次のひと口を放りこむ格好のままフリーズしている。

 

固唾を飲んでチャンミンの回答を待っていると...。

 

薄暗い車内でもはっきりと分かるほど、チャンミンの顔が一瞬、青くなったかと思うとみるみる赤くなってきた。

 

(ん?)

 

「ざけんな!

オレ様にしていい質問と、絶対禁止の質問があるんだ!」

 

興味津々な俺は、もう一度尋ねてみる。

 

「チャンミン様は...バージンなんですか?」

 

「ノーコメント!」

 

チャンミンの動揺から判断する限り...駄目だ、ア○ル経験有りとも無しともどっちでもとれる。

 

もう一歩踏み込んでみよう。

 

「俺には経験がありませんので...。

チャンミン様に是非、ご教授いただければと思いまして...」

 

「ふっ。

オレ様の身体で教えてやるよ」

 

チャンミンは唇をべろりと舐めると、ベルトを緩めファスナーを下ろし始めた。

 

(しまったー!

スイッチを入れてしまった!)

 

「チャチャチャンミン様!

ここは車の中です!

思い出してください、今は勤務中、残業中、出張中ですよ!

チャンミン様はその辺、けじめをしっかりとつけてらっしゃるお方だと思っていましたが」

 

外は氷点下。

 

窓ガラスは白く曇っている。

 

全身からかっかと熱を発散するチャンミンによって、車内は蒸し風呂のようだった。

 

なんだよ、この滅茶苦茶な展開は...。

 

(そうだ!)

 

 

「お!

電話だ、こんな時間に何だ何だ?」

 

鳴ってもいないスマホを耳に当てた。

 

邪魔が入ってムッとしたチャンミンに、片目をつむって謝ってみせた。

 

俺はチャンミンに背を向け、スマホを素早く操作してウメコへ電話をかけたのだ。

 

俺たちの任務が完了するまで、熱くなったチャンミンとの2人きりは辛すぎる。

 

チャンミンを虎にする呪文があるのなら、それを解く呪文もあるはずだ。

 

「ウメコ、俺だ、ユノだ」

 

『ユノォ、今夜は暇なのよ。

ただ酒飲ませてやるから飲みに来ない?

面白いアクセサリーを作ったから、ユノに試してもらいたいのよぉ』

 

「アクセサリーとか酒とか、今はそれどころじゃないんだ!

お前のみょうちきりんなもののせいで、こっちはエライことになってるんだ!」

 

『あらあら』

 

「この前、俺を元気づけるとか、癒すとかいうおまじないを俺に教えただろ?

紙に書いて渡してくれたヤツ」

 

『試してみた?

効果抜群だったでしょ?』

 

「効果があったのかなかったのかを確認する前に...結局アレはどういった類のおまじないなんだ?」

 

『元気付けて、同時に癒してくれる、と言ったら、アレしかないじゃないのよ』

 

「俺になぞなぞはいいから、ズバリ教えてくれよ」

 

『いちいち教えなくても、身体の変化で分かるでしょ?

ユノのセックスライフを充実させてあげる呪文よ』

 

「はあぁぁぁ!?」

 

 

 

(つづく)

 

 

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(13)会社員-情熱の残業-

 

 

俺たちは「なぜ」、「今」、「ここ」で、「こんなこと」をしてるんだ?

 

シートをリクライニングさせ、頭の後ろで腕を組み、目をつむっていた。

 

南工場へ納品すべき商品が、北工場へ納品されてしまった。

 

こういうミスは往々にしてあるものだが、今回に関してはあってはならない一件だった。

 

原因追及、犯人捜しは後回しにして、俺たちは北工場へ納品されたものをピックアップし、南工場へ運送中に、猛吹雪の中、真夜中、大渋滞に閉じ込められているのだ。

 

「からくりを教えてくれよ」

 

「手口はシンプルです。

南工場に送る荷物に送り状伝票が貼ってあります。

南工場行きと印字されていて、これを伝票Aとします。

配送業さんが来るまで、荷物は出荷場に置きっぱなしですよね。

そこへ、ユンホさんの美貌と名声に嫉妬したブラック氏が、やってきます」

 

「ふむふむ」

 

「ブラック氏はニタリ、と笑うのです。

『へっへっへ...ユンホめ...』って」

 

「!!」

 

急に声音を変えたチャンミンの語り口調に、ぎょっとする。

 

(『へっへっへっ』なんて、悪代官に耳打ちする悪徳商人の親父みたいじゃないか)

 

「『ユンホめ、ちょっとばかし仕事ができるからって、調子にのりやがって。ユンホが来るまでは俺がナンバーワンだったのに...。ムカついたから、大事な大事な契約書、隠してやったぜ、へっへー。ユンホは大事なものをぽいっと置いとくから、楽々ポンだったぜ』」

 

「え!?

そうだったの?」

 

「はい。

僕がシュレッダー行きの書類箱から発見した『アレ』です。

『それを、インテリ男め...ご丁寧に見つけ出してくるとは!あの男...やるな』」

 

「インテリ男って、チャンミンのことだろ?」

 

「はい。

実際は違いますけどね。

『キモ男』か、『ヲタ男』と呼ばれているのは承知してます」

 

職場でのチャンミンの扱いはさんざんだ。

 

表立ってイジめる奴はいないが、陰口が凄かった。

 

「じゃあ、見積書の計算で、掛けるを足すにしちゃってたアレは?

得意先から『計算を間違えていませんか?』って連絡があって、ミスが判明したあの件は?」

 

どれだけドジっ子なんだと、異常なほど湧いてくるミスのあれこれが、いくつも思い浮かぶ。

 

「それは、ユンホさんのミスです。

全てをブラック氏の仕業にしたらいけませんよ。

電卓を使うアナログなユンホさんがいけないんです。

社が導入した優秀なソフトがあるのに...。

はいはい、ユンホさんの言い訳は分かってます。

時代の流れです、慣れてください」

 

「...何も言い訳していないだろ」

 

「すみません。

ユンホさんが言いそうなことを先回りしてしまいました。

『超絶カッコいいからっていい気になりやがって。俺が目をつけていたA子ちゃんに手をつけるとは、許さねぇ』」

 

「手なんかつけてねーよ!」

 

「まあまあ、ユンホさん。

これは、ブラック氏の心のつぶやきですからね、僕の気持ちじゃないです。

『飲みに誘ったり、昼飯を奢ったりしてやったのに、礼を言うだけでちっともなびかねぇ。やっぱり女がいいのか?いいんだな?』」

 

「ブラック氏が誰なのか、見当がついたけどさ。

チャンミンの言い方だと、まるでブラック氏が俺のことを好きみたいじゃないか?」

 

「その通りですよ。

ユンホさんが鈍いんですって。

狙われていたのに全然、気が付かなかったんですか?」

 

チャンミンに問われて振り返ってみたが、心当たりのある気配は何もなかった。

 

「全然」

 

「ユンホさんが心配です。

僕の目からは、彼の『その気』は駄々洩れです。

気をつけて下さいよ!

ユンホさんは、老若男女、みんなから愛される人なんです。ユンホさんという蜜に、わらわらと群がってくるんです。どうしよう!僕は大忙しです。見張っていないと!殺虫剤を持って、ハエたたきを持って、始末していかないと!

おっと...話が反れましたね。

話を戻しますね。

出荷場に現れたブラック氏は、荷物に貼られた伝票Aを剥がします。

そして、北工場の宛名の書かれた伝票Bを貼ります。

出荷を待つ荷物は既に検品を終えてますから、配送業者さんは何の疑いもなく持っていきます」

 

「配送業者さんは伝票の一枚目を置いていくだろ?

そこで、行き先がバレないか?」

 

「そ~んなの、くしゃくしゃぽい、です。

だから、送り状伝票箱になかったんですよ」

 

「運賃の請求の時、内訳と齟齬が出ないか?」

 

「そ~んなの、いちいち照らし合わせません。

今の課に来る前は、経理にいたから知ってるんですが、わが社は『ザル』なんです。

特にB社の納品については、チャーター契約なので内訳までは余程のことがない限り、ノーチェックです」

 

「からくりも何も、単純な手口だったんだなぁ...。

ひとつ気になったことがあるんだけど?

ブラック氏の口調...俺の言い方まんまじゃないか」

 

「え...だって、マンツーマンでこんなにおしゃべりするのって、ユンホさんくらいしかいないから...つい...。

僕にも気になることがありますよ。

ブラック氏にハメられたって知って、ユンホさんたらケロッとしてるんですね」

 

「平気なわけないだろう?

今はとにかく、この問題を解決することが先決だ。

そいつの始末をどうするかは、解決してから考えるよ。

...ん?」

 

「...好きです」

 

真顔になったチャンミン。

 

「ユンホさんのそういうところ...僕、好きです」

 

全身からぼっと汗が噴き出た。

 

反則だ...ここが車の中じゃなければ、押し倒していた。

 

照れ隠しに、俺は荷台に放ってあったコートをとって、チャンミンの肩にかけてやる。

 

「寒いだろ?」

 

ヒーターのメモリを最大にしてあっても、底冷えのする車内だ。

 

万が一、朝まで立ち往生だとなれば、燃料が尽きてしまう。

 

「でも、ユンホさんが寒いでしょう?」

 

「平気」

 

実際、相当寒かったが、好きな人の前では強がるのが男という生き物(チャンミンも男だけど、こいつは俺の中では乙女なわけ)

 

「ユンホさんの匂いがします」

 

チャンミンの奴、肩にかけたコートを胸に抱きしめて、頬ずりを始めるんだから。

 

「ユンホさん、落ちましたよ」

 

「ん...なになに...?」

 

ポケットからひらりと落ちた紙片をキャッチしたチャンミン。

 

ルームランプを付けて、チャンミンは手にしたものを、子細に観察している。

 

「!」

 

ウメコの呪文が書かれているノートの切れ端だ。

 

『お疲れユノを元気にしてあげる』

 

「チャンミン、それは...っ!」

 

「うーんと...『アブラカタブラ』...?

なんですかこれ?」

 

「......」

 

俺とチャンミンはしばし、見つめ合っていた(愛くるしい丸い眼に見惚れてしまったりして...)

 

変化は...ない。

 

あるわけないか。

 

子供じみた呪文を最初目にした時、ウメコにからかわれた、と思ったんだ。

 

クスッとすることで、張り詰めていた緊張が解ける...そんなウィットに富んだ、ウメコのお遊びなんだろうな、って。

 

「仮眠をとろう。

あっちに着くのは朝になるだろうから」

 

この渋滞が解消されれば、の話だが。

 

「...おい」

 

「?」

 

「ユンホ」

 

「!」

 

運転席の方をそうっと見ると、ハンドルに伏せたチャンミンが、横目で俺をじろっと睨んでいた。

 

(呼び捨て...?)

 

低い声といい、鋭い眼光といい、「チャンミンを怒らせることを何か言ったっけ?」と、俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。

 

「寝てられるかよ」

 

「!!」

 

「オレとお前と2人きり。

深夜の密室。

妙齢の漢2人。

寝られるわけがないだろう?」

 

「わっ!」

 

俺の顔はチャンミンの両手でホールドされ、もの凄い力でぐいっと引き寄せられた。

 

「!!」

 

ぶちゅりと、粘度の高いキスをされてしまった。

 

(チャチャチャチャチャチャンミン!!!!)

 

急展開についていけなくて、キスを受け入れる姿勢とか感じるとか、そんな余裕はないわけでして。

 

(これまでチャンミンのキスをバカにしてきて悪かった)

 

「エロい顔しやがって...オレを煽ってるのか?」

 

「いや...その...そんなつもりは滅相もなく...」

 

助手席ドアまで身を引く俺を、チャンミンの長い腕が追いかけてきて、再び捉えられてしまった(日頃鍛えているだけあって、力が凄いのだ)

 

「チャンミン!

どうしたんだよ!?」

 

「誰が呼び捨てを許可したぁ!?」

 

(ひぃぃぃぃぃ!!!)

 

「『チャンミン様』、だろう?

お前、いつからオレより偉くなった?」

 

「...チャ、チャンミン...様」

 

バンビみたいな見た目なのに、口調と目の色だけは虎になってしまったチャンミン。

 

「それでいい」

 

チャンミンは満足そうに頷くと、運転席を深く倒した。

 

「ユンホ!

オレにキスしろ!」

 

「!!!!!」

 

ウメコの呪文に、チャンミンがかかってしまったんだ!

 

 

 

(つづく)

 

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(12)会社員-情熱の残業-

 

 

 

30分経っても、一向に車列が前進する気配がない。

 

大粒だった雪が、粉雪に変わっていた。

 

気温が下がってきた証拠だ。

 

ワイパーが雪をかく度、フロントガラスが凍り付いて視界が遮られていく。

 

数分おきに、チャンミンはサイドウィンドウを開けて、伝票ばさみで氷をこすり落とすが追いつかない。

 

「さっき給油して正解でしたね」

 

「ああ。

チャンミンのおかげだ、ありがとうな」

 

「夜道、雪道、知らない道の3悪路、何があるか分かりません!」と譲らないチャンミンの言う通りにして助かった。

 

「雪崩で通行止め、とか?」

 

「うーん、情報がないから、分かりませんねぇ」

 

サイト検索をかけているが、リアルタイムな情報がヒットしない。

 

「はぁ」

 

どっと疲れが出た。

 

俺はギアをパーキングに入れ、ハンドルに突っ伏した。

 

昼間は営業活動で駆けずり回り、謎の人物の陰謀(大げさに言うと)にハメられ、雪道の長距離運転...疲労のあまり、頭の芯が痺れている。

 

「運転、代わります」

 

「今、外に出たら凍死するぞ?」

 

窓の外の猛吹雪を指さした。

 

運転席と助手席を入れ替わるには、大柄の男同士、スペース的に無理がある。

 

(まて...互いの身体が密着しまくりじゃないか!

俺が下になるから、チャンミンは上だ。

もっと腰を上げろよ。俺の肩を持て。

「ユンホさん!どこ触っているんですか!」

尻をスライドさせるんだ。

「あん、ユンホさんのが当ってます!」

っておい!

何、想像してるんだ!)

 

「いっせーのせ、で外に出て、交代しましょう!」

 

俺のピンクな妄想なんか知る由もないチャンミンは、荷台からコートを引きずり出した。

 

「ん...?」

 

コートのポケットの中で触れる紙切れ。

 

つまみ出したそれは、ノートの切れ端を破り取ったものだ。

 

「...あ...!」

 

『お疲れユノを元気にしてあげる』

 

ウメコの呪文が書かれている。

 

『ここぞというときに、唱えると実力以上のことを成し遂げられるのよ』

 

今こそ、その時じゃないか!?

 

待て、慌てるな。

 

大雪に閉じ込められて、大渋滞にハマってる時に、元気になっても何の役にも立たないぞ。

 

これは最後の最後に、とっておこう!

 

「ユンホさん、行きますよ!

サン、ニ...」

 

「待て、チャンミン!」

 

「イチ!」

 

俺がコートを羽織る前に、チャンミンはとび出していってしまった。

 

「あー、もー!!」

 

俺も慌ててチャンミンを追う。

 

体温が一気に奪われ、吹きすさぶ風で髪はもみくちゃに、顔面を叩く粉雪は痛いくらいだった。

 

俺たちの車の前方には、赤いテールランプが数珠つなぎに、後方には白いヘッドライトが同様に連なっている。

 

バンの後ろですれ違いざま、チャンミンとハイタッチする(チャンミンがさ、両手を掲げてきたんだから、応えるしかないだろ?)

 

2人同時に席におさまり、同時にドアを閉め、揃って「ふう」とため息をついて、大笑いした。

 

「真っ白だぞ」

 

全身雪まみれで、俺たちは互いの雪を払い合う。

 

「ユンホさん...素敵です」

 

ルームライトの下、チャンミンは両手をお祈りポーズにして、眼をキラキラとさせていた。

 

「...どこが?」

 

「ユンホさんの髪の毛が濡れていて...お風呂上りみたいで...。

ドキドキします」

 

「そ...そうか?」

 

「はい。

僕がユンホさんのおうちにお泊りして、ご飯を食べて...僕がユンホさんちのキッチンを借りて、僕が作ったご飯です。次のお休みに、デートする約束をしたでしょう?その時を、想像してみたんです。ユンホさんと映画を観た帰りです、『俺んちに来るか?』ってユンホさんが誘うんです。観たのがえっちな映画だったんです。ユンホさんったら、喉仏をごくってしちゃって、僕も恥ずかしくって目を反らしちゃって。でも、音は聴こえてくるから、ドキドキするんです。ユンホさんと手が繋ぎたいなぁって思ってたら、ユンホさんは僕の手を握ってきたんです。恋人繋ぎですよ?僕は恥ずかしくって、顔面、アツアツです。

ふう...。

お風呂上がりに話を戻しますね。

ご飯の後、ユンホさんが『チャンミン、先に風呂に入って来いよ』なーんて、言うんですよ!もしかして、もしかして!って期待するでしょう?『でも、着替えがありません』ってちょっと迷ってみせたら、ユンホさんったら『何も着なくていい。裸で出てこいよ』なーんて、言うんですよ。ぼ、僕の、生まれたままの姿を、ユンホさんに見せちゃうなんて...!僕はね、ユンホさんちのお風呂で、ピカピカに身体を洗うんです。

...ところで、ユンホさん?」

 

チャンミンの独白タイムが始まったと、気長にしていたら、彼の質問が降ってきた。

 

トンデモ質問だろうなぁ、と予想しながら「何?」と答える。

 

「毛深い男は好きですか?」

 

(毛の話か?)

 

「うーん、見ていて暑苦しいかもね」

 

営業部長の出張に同行した際、サウナでとぐろを巻いた胸毛に度肝を抜かれたことを思い出していた。

 

それから、同課の後輩君が最近、髭の永久脱毛を始めたと言っていたっけ?

 

「最近は、毛が薄い男の方が好まれる傾向にあるんじゃないかなぁ...ん?」

 

チャンミンを見ると、両眉も口角も目いっぱい下げて、目なんかウルウルさせて泣き出しそうだったんだ。

 

何か、マズいことを言ってしまったっけ...?

 

「ユンホさんはきっと...僕のこと嫌いになります」

 

飛躍した内容に、「はあ?」となってしまう。

 

「チャンミンを嫌いになるって...どうして?」

 

チャンミンに手招きされて、耳を貸す(ここには俺たちしかいないのにさ)

 

「ヒソヒソ...」

 

「ん...?」

 

「ヒソヒソ...」

 

「...そんなに凄いのか?」

 

「はい

見てみます?」

 

「ここでか!?」

 

「はい。

ユンホさんには、ありのままの僕を見てもらいたいのです」

 

「今?」

 

「はい。

これを見て、ユンホさんに嫌われたら、そこまでです」

 

「毛深いくらいで嫌わねーよ!」

 

「でも、薄い方が好みなんですよね?

安心してください。

ユンホさん好みに、処理しますから」

 

そう言って、スラックスのベルトを外そうとするチャンミンの手を、全力で阻止した。

 

「待て待て待て待て!」

 

「離して下さい!

僕の生まれたままの姿を見せる前に、不安要素は1つでも潰しておきたいんです!」

 

「わかった、わかったから!

荷物を届けたら温泉に行くんだろう?

その時に見せてくれ」

 

「ユンホさんも見せて下さいよ?」

 

「裸にならなきゃ、風呂に入れないだろうが?」

 

「ぐふふふ。

ユンホさんの裸...」

 

恋の媚薬を飲まされた晩、薄手のインナーシャツから透けたチャンミンの半身を思い出していた。

 

ふにゃふにゃと緩んだ顔して、天然街道を独走中のチャンミン。

 

7:3分けのダサヘアに、紺のスーツ、黒の腕抜きをしたチャンミン。

 

実は、休日はジム通いをして肉体を鍛えているらしいのだ。

 

それがどれほどのものなのか、見てみたい(チャンミンは自身のへそ毛を気にしているみたいだが)

 

男の裸を見て、果たして「その気」が湧くかどうかは、今のところ不明だ。

 

でも、チャンミンのことは大好きだし、変な奴だけど俺は彼に夢中なのだ。

 

「ユンホさんとお風呂...楽しみです」

 

「俺の湯上りの話の続きは?」

 

「鼻血ものですから、内緒です」

 

「あっそ。

ならいいや(鼻血ものか...想像がつくよ)」

 

「えー、知りたくないんですかぁ?」

 

チャンミンといると、ハプニングが全部、面白事になるから不思議だ。

 

 

 

(つづく)

 

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