(11)会社員-情熱の残業11-

 

 

標高が高い地に北工場は位置している。

 

俺たちは、ふくらはぎまで積もった雪に苦労しながら、件の物を車に積みこんだ。

 

守衛さんに熱い茶をふるまわれたが、雑談も早々に切り上げて車に乗り込んだ。

 

吹雪だ。

 

ヘッドライトに照らされた雪のつぶてで、視界が悪い。

 

行きに俺たちの車がつけた轍を頼りに山道を下り、幹線道路にたどり着いた時は、2人して安堵のため息をついた。

 

「ユンホさん、大変です!」

 

「ああ?」

 

スマホを操作していたチャンミンが、大声を出したのだ。

 

ディスプレイが放つ光が、チャンミンの端正な顔を照らしていた。

 

「高速道路...大雪で通行止めだそうです...」

 

「マジかよ...」

 

「一般道を行くしかないですね。

1時間は余分にかかりそうです」

 

そうなるんじゃないかと予想していた。

 

そのルートは高速道路を最寄りのICで下ろされた車が合流したせいで、大渋滞が始まっていた。

 

車列の最後尾につけた俺は、暗澹たる気持ちになってしまった。

 

俺たちはこの後、荷台の物を南工場へ届けなければならないのだ。

 

「徹夜だな...」

 

「ユンホさんと一夜を過ごすのですね」

 

「チャンミンは楽観主義だなぁ」

 

「そうでもないですよ」

 

ぼそっと低い声に、「あれ?」と思った。

 

「僕は物事を悲観的に見る人間です」

 

チャンミンはフロントガラスの向こうを見据えたままで、これまでとはうって変わって、笑みを消していた。

 

「思考が先へ先へと、進むんです。

ばばばっと頭の中に何パターンも浮かぶんです、悪いパターンばかりが。

それは困るから、そこへたどり着かないように、危険を避ける手段を考えます。

でもね、悪いことばかり考えているわけじゃないですよ。

こうありたいっていう良いイメージはちゃんとあります。

理想の姿に近づけられるように、僕は努力します。

一直線です」

 

「そうなんだ」

 

「ユンホさんとのことも、そうです。

ユンホさんに近づきたくて、知恵を絞ったんですが、人間相手ですから、頭で考えてどうなるものじゃありません。

僕って、思考と行動がちぐはぐになってしまうんですよねぇ。

心は笑っているのに、顔はしかめっ面なんです」

 

「あー、そうかもね」

 

「ふふふ、でしょ?

でもね、ユンホさんといると、僕の石頭と気分が一致してくるんです。

感じたことをそのまま、ユンホさんに見せられるんです。

ユンホさんは、僕をリラックスさせてくれます。

僕...嬉しくって。

そんなユンホさんだから、惹かれたんだと思います」

 

「...チャンミン...」

 

「理詰めのジャッジなんて一切無視して、僕はユンホさんに近づきたいと思いました。

ユンホさんを初めて見た時...考えるより前に、ハートが反応しました。

つまりですね...ああ、もう!

僕の話は、前置きが長いですね」

 

「いいさ、気にするな。

チャンミンの話は全部、意味があるものだ。

ゆっくりでいいから」

 

チャンミンの話は、うんざりするほど長い。

 

「チャンミンの話の行方は一体いずこ?」と苛つく時もあるが、彼の話のオチは予想外なものが多く、ワクワクしている自分もいる。

 

端折らず全てを伝えようと、一生懸命な姿に萌えてしまう時もある。

 

だから、チャンミンの話は遮らず、最後まで聞いてやるんだ。

 

俺はチャンミンに甘いからなあ。

 

そして、俺はチャンミンの職場での姿を知っている。

 

業務連絡は、要点を的確にまとまっている。

 

相手の頭脳に合わせた説明ができる、配慮もある。

 

先の先まで見越す頭の回転のよさに、何度助けられてきたことか。

 

単なるぽわぽわの天然ちゃん、ではないのだ。

 

「ユンホさんといると、僕のハートの中身を全部、ぶちまけてしまうのです。

へへっ。

以上、僕の愛の告白でした」

 

「『いちごちゃん』と俺と、どっちが好きだ?」

 

「もお!」

 

チャンミンのこぶしが飛んできた。

 

ジョークのつもりだろうが、俺のみぞおちにヒットして、一瞬息が止まった。

 

チャンミンとのじゃれあいは要注意、と心のチャンミン録にメモ書きが加わった。

 

「ユンホさんったら、嫉妬深い男ですねぇ」

 

ジョークで訊いているのが、なぜ分からない?

 

そうだった...チャンミンにはジョークは通じない。

 

「嫉妬深い男...嫌いじゃないです...ぐふふふ」

 

面倒くさくなって「そうだよ、悪いか?」と答えて、チャンミンを喜ばせてやった。

 

「どれくらい好きかと言いますとね。

『イチゴちゃん』が1だとして、ユンホさんは2です」

「それだけ!?」

 

「冗談ですよ。

それっぽっちなわけないでしょう。

19,860,206足す19,880,218倍です」

 

「は?」

 

「はい、ユンホさん、いくつでしょう?」

 

「分かるわけないだろう!?」

 

「答えは、39,740,424です」

 

「...え、もしかしてチャンミン、今の暗算した?」

 

「まさか!

さっき、電卓で計算してみたんです」

 

「へ?」

 

「19,860,206足す19,880,218の答えは何かなぁ、って、さっき計算してたんです」

 

「ほら」と言って、胸ポケットから電卓を出して、計算してみせるチャンミン。

 

「ホントだ」

 

「19860とか、218とかって、何の数字なの?」

 

「ユンホさんと僕の誕生日です」

 

なぜ、チャンミンが俺の誕生日を知っているんだ?

 

「ユンホさんが入社した時、運転免許証のコピーを取ったでしょう?

その時に見ました」

 

「そう、なんだ...」

 

「僕らは誕生月が同じなんですよ。

お!

ユンホさんのお誕生日会を開かなくっちゃ!」

 

「楽しみにしてるよ」

 

「お任せあーれ。

『イチゴちゃん』の39,740,424倍、ユンホさんのことが好きです」

 

「...嬉しいよ...」

 

「ユンホさんと一夜を過ごして、39749424の二乗になっちゃうかも、です。

うふふ」

 

分かりにくい...チャンミンの愛の告白は複雑すぎて...。

 

いや。

 

チャンミンらしいか。

 

 

(つづく)

 

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(10)会社員-情熱の残業1-

 

 

C社の終業直後の18:30に、納品とサンプル品を届け、挨拶もそこそこに車に乗り込む。

 

雪の降りっぷりが尋常じゃなくなってきたからだ。

 

その後、北工場に到着し、件の物をピックアップして元来た道を引き返す予定だ。

 

あそこは24時間稼働しているから、時間が遅くなっても構わない。

 

そうは言っても、除雪が始まっていない道路、スリップ事故を恐れた車列はのろのろ運転で、予定が大幅に遅れていた。

 

「運転...変わりましょうか?」

 

「今はいいや。

帰り道にお願いするよ」

 

俺はハンドルを抱きしめ、前の車のテールランプを睨みつけていた。

 

チャンミンは、鼻歌を口ずさみながら買い物袋の中から取り出した物を、楽しそうに披露してくれる。

 

「TVで紹介されていたメロンパンでしょ。

焼きそばと巻き寿司と...あんこたっぷりのおはぎもあります。

ケバブとヨーグルトと、スパイシーチキン、フライドポテト...厚切りで美味しそうです。

焼きイカと牛串焼きと、フルーツサンドもあります」

 

買い過ぎだろ...口は2つしかないんだぞ?

 

どうりで買い物に時間がかかってたはずだ。

 

「フランクフルト食べます?

ケチャップは?」

 

「脂っこいものは、今はいいや」

 

「そうですか...。

じゃあ、僕が頂きます」

 

「!」

 

ちらっとチャンミンの様子を窺った時、巨大フランクフルトを食すチャンミンに目が釘付けになってしまった。

 

かけ過ぎたケチャップを、チャンミンの舌がぺろりと舐めとっている。

 

チャンミンの大きな口に、油でてらてらとした、皮がはち切れそうに身が詰まった太くて長いモノが挿入される(っておい!『挿入』って言い方はおかしいだろう!この光景はまさしく...まさしく...!っておい!何を想像しているんだ!)

 

「おっと!」

 

よそ見のせいで、もう少しで前の車に追突するところだった!

 

「フルーツサンド、食べますか?

イチゴが丸ごと入っています」

 

「ああ」

 

「あーん」

 

(『あーん』?)

 

俺の口までチャンミンは食べ物を運んでくれる。

 

「あーん」

 

甘いものの後には、しょっぱいもの。

 

途中でお茶を挟むあたり、気がきいている。

 

「美味しいですか?」

 

「まあまあかな。

チャンミンの弁当の方がよっぽど美味い」

 

さりげなく愛の言葉を織り交ぜてみたんだけど、チャンミンは気づいたかな?

 

残念ながら、前方から目を離せない俺は、チャンミンの表情を確かめられない。

 

たっぷり5秒の間をおいて...。

 

「もお!」

 

照れたチャンミンの張り手をくらって、ハンドルを大きく切ってしまい、車がぐらりと蛇行した。

 

「あっぶねーな!」

 

「ユンホさんのせいですよ」

 

「ホントのこと言っただけ」

 

「ユンホさんったら...。

そんなに僕のことが好きなんですか?」

 

「......」

 

「......」

 

「...ああ」

 

「...え...」

 

「俺は、チャンミンが好きだ」

 

勢いにのって、言ってしまった...!

 

「......」

 

「......」

 

「僕も好きです...」

 

運転中じゃなければ、今すぐチャンミンをかき抱いてキスの雨を降らしたかった。

 

俺は助手席へ手を伸ばし、チャンミンの手を握った。

 

「僕は、ユンホさんが好きです」

 

チャンミンも俺の手を握り返す。

 

「俺も。

...ここで高速を下りるんだよな?

北工場までもうすぐだ」

 

「...ユンホさん...照れてますね?」

 

「悪いかー?」

 

「うふふふ」

 

 

 

 

「ユンホさん。

飴ちゃん、いります?」

 

(飴ちゃん!?)

 

「イチゴ味とピーチ味があります。

どっちがいいですか?

それとも、ミント味の方がさっぱりしますかね?」

 

「じゃあ、イチゴで」

 

唇の隙間に、とんとキャンディが押し入れられた。

 

チャンミンの指までしゃぶってしまいたいくらいだ(しないけど)

 

「ところでさ、なんでイチゴなの?」

 

「へ?」

 

「弁当箱、イチゴ柄だろ?

なんで?」

 

イチゴは好きな食べ物にランクインするけど、チャンミンに話した覚えはない。

 

「あー、それは...。

聞かない方がいいです」

 

「なんで?」

 

「ユンホさん、きっとヤキモチ妬いちゃいます」

 

「イチゴでか?」

 

「はい。

もし僕がユンホさんの立場だったら...ジェラ男になります」

 

「ヤキモチ妬いてもいいから、教えてよ」

 

「仕方がないですねぇ。

そこまでねだられたら、ユンホさんに弱い僕は口を割るしかないですね。

おほん。

僕には崇拝しているアーティストがいるって、お話しましたよね」

 

「お前がヲタ活してる地下アイドルのことか?」

 

「なっ、なんてこと言うんすかー!

ひどいですね、ヲタ活だなんて...うーん...そうかもしれませんね。

認めます。

彼らはもっとスターダムにのし上がってもおかしくないんです。だから僕らの応援が必要なんです!出待ちをした時、一緒に写真を撮らせてもらいました。ユンホさん、見ますか?あー、駄目です。きっとユンホさん、ヤキモチ妬いちゃいます。僕の肩を抱いてくれたんですよ。いい匂いがしました」

 

「イチゴの話!」

 

「話が反れましたね、僕の悪い癖です。

いつも友達に言われるんです。お前の話は前置きが長いって。友達ってのは、ヲタ活仲間です。本題の背景をまず説明しないといけないと思って、詳細を述べているうちに、前置きが本題になってしまうんですよねぇ...」

 

「イチゴ!」

 

「失礼しました。

彼らにはひとりひとりイメージカラーが決まってるんです。戦隊もののようにね。ヘルメットかぶって、ぴったぴたのスーツは着てませんよ。でも...それも...悪くないですねぇ...ぐふふ。おっと、また話が反れました。イメージカラーに合わせて、メンバーにはニックネームがあるんです。公式のものじゃなくて、僕らファンが勝手に名付けたものです。

僕のお気に入りのメンバーは、『レッド』なんです。でね、愛称が『イチゴちゃん』なんです」

 

「イチゴ...ちゃん...?」

 

その『イチゴちゃん』と苺の弁当箱がどう繋がるんだろう?

 

チャンミンの話のオチは、俺の予想を超えるものだから、ワクワクする。

 

「『イチゴちゃん』とユンホさんが...似てるんです」

 

「...へぇ...」

 

喜んでいいのか返答に困る。

 

「その『イチゴちゃん』と恋がしたい代わりに、俺にしたのか?」

 

「ほら、やっぱり!

ヤキモチ妬きますよ、って前もって忠告したでしょう?」

 

「ヤキモチかなぁ?」

 

「うふふ、そうですよ。

ヤキモチを妬いてもらえて、僕は嬉しいです。

『イチゴちゃん』を応援し始めたのは、ユンホさんを好きになった後のことです。

ステージの『イチゴちゃん』を見てると、ユンホさんの顔が浮かぶんです」

 

「...それで、あの弁当箱なのか...」

 

チャンミンの説明を聞かない限り、絶対にたどり着けない連想だった。

 

「ユンホさん!

帰りは温泉に寄っていきましょうよ!

ほら、あそこ!」

 

「しょうがないなぁ。

北工場行った後だぞ?」

 

「ラジャー!

そうそう!

こんなことになるかと思いまして、パンツも買ってきました。

歯ブラシと剃刀も買ってきました。

ユンホさんの分も、ちゃ〜んとあります。

僕とお揃いです...ぐふふふ。

それから~、靴下と...」

 

くそ真面目なだけに、抜かりがない。

 

どんな状況でも楽しんでしまえる太い神経の持ち主である、と心のチャンミン録にメモ書きを加えた。

 

ダッシュボードのデジタル時計は21:00を表示している。

 

俺はチャンミンに気付かれないよう、深いため息をついた。

 

長い夜は始まったばかり。

 

 

 

(つづく)

 

 

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(9)会社員-情熱の残業-

 

 

席について食事をする間も惜しくて、片手で食べられるものを適当に買い込んで車に戻った。

 

気をつけないと、積もった雪で足を滑らせてしまう。

 

「まずいな...」

 

車を離れた十数分のうちに、バンの屋根とフロントガラスに雪が降り積もっている。

 

「...遅いなぁ」

 

俺はイライラとハンドルを指で叩きながら、チャンミンの戻りを待っていた。

 

自動ドアから背の高い男が飛び出してきて、周囲をキョロキョロしている。

 

俺を探しているんだな、ワイパーを動かして雪をかき、運転席から手を振った。

 

「お!」と言った感じにチャンミンの顔が輝き、両手に下げたビニール袋を持ち上げて何かをアピールしている。

 

早く戻ってこいと手を振ると、チャンミンは大きく頷いた。

 

待てチャンミン...無防備に駆けだしたりしたら...。

 

「あ!」

 

すってんころりん。

 

だから言わんこっちゃない。

 

アニメのような、見事なコケっぷりを披露してくれた。

 

チャンミン...すまん...笑ってしまった。

 

「コケちゃいました」

 

てへへと後頭部をかく仕草に、か、可愛い...と胸がきゅんとする。

 

地面にちらばった買い物袋を両腕に抱きしめ、今度は転ばないようすり足で車まで戻って来た。

 

「お待たせしました!」

 

チャンミンは助手席に飛び乗ると、パンパンに詰まった買い物袋を俺におしつけ、コートに付いた雪を払っている。

 

転んだ拍子に乱れたチャンミンの髪にも、雪が積もっていた。

 

それを払ってやろうと手を伸ばしたら、チャンミンは首をすくめた。

 

暑いくらいに暖房をきかせていたから、頭の上の雪なんかすぐに溶けてしまう。

 

チャンミンは首をすくめたまま、目もつむっちゃって、あまりにも可愛かったから、彼の髪を梳く手を止められない。

 

前を通り過ぎた車のヘッドライトが、チャンミンの見開いた眼を舐めていった。

 

俺の手は自然とチャンミンのうなじに移り、その手に力がこもり、自分の方に引き寄せてしまっても仕方がない。

 

チャンミンの唇から5センチの距離で、「嫌?」と尋ねた。

 

「い、嫌じゃ...ないで...す」

 

チャンミンの返事を確かめて、俺は頬を伏せた。

 

一度口づけて、次はチャンミンの唇全体を食むように覆いかぶせた。

 

もう一度離して、チャンミンの上唇を、そして下唇を食む。

 

チャンミンの唇は引き結ばれたまま、固まっている。

 

チャンミンの指がかぎ型に曲げられ、そのまま静止している。

 

緊張しているのか?

 

「キャッ」という悲鳴に顔を起こすと、フロントガラスの向こうで女三人組の視線とぶつかった。

 

男同士のキスの何が悪い。

 

ワイパーを切って、雪が降り積もるままに任せた。

 

チャンミンの唇をこじあけて、舌を入れようか迷ったが、この様子じゃまだ早いかな。

 

きっと、歯を食いしばっているだろうしね。

 

チャンミンはキスの経験がないのだろうか...上手いとか下手のレベルじゃない、キスを受け入れる体勢になっていない。

 

「出発しようか?

時間がない」

 

チャンミンの上に伏せた上半身を起こし、シートベルトを締めた。

 

「ん?」

 

金縛りにあったかのように静止したままのチャンミン。

 

シートに深くもたれたチャンミンの視線は、ぽぉっとあらぬところに向けられている。

 

「おい!」

 

ぐらぐらと肩を揺すったら、「ああ!」と正気を取り戻し、落ち着かなさげに髪を梳き始めた。

 

こりゃ照れてるな、とくすっとしてしまう。

 

「向こうに着くまでノンストップだ」

 

「はい」

 

サービスエリア内を慎重に徐行し、雪が斜めになって降りしきる本線へ合流する。

 

「ユンホさん」

 

「ああ?」

 

「僕たち...キスしちゃいましたね」

 

口に出して言うか、普通?

 

仕掛けた俺の方が、照れてくる。

 

「...したな」

 

「キス...しちゃいました」

 

「ああ」

 

「ユンホさんから、キスしました」

 

「ああ」

 

「僕とユンホさん...2度目のキス...」

 

「ああ」

 

「キスしちゃいましたね」

 

「ああ」

 

「ふふふ。

ユンホさんからキス...」

 

「ああ」

 

「ユンホさん、僕とのキスどうでした?」

 

「いい感じじゃなかったかなぁ」

 

「よかったですか?」

 

「ああ」

 

「僕も...いい感じでした。

ドキドキしました」

 

「そりゃ、よかった」

 

「ふふふ。

キス...しちゃいました...ぐふふふ」

 

チャンミン...しつこい。

 

しつこいけど、乙女のように嬉しそうだし、俺も嬉しいよ。

 

「キス...ふふふ」

 

「おい!

俺たち仕事中なんだぞ?」

 

「わかってますよ。

只今、休憩中なのです」

 

 


 

 

サービスエリアを出て1時間ほど、ぺらぺらとチャンミンは饒舌だった。

 

へぇ...チャンミンはおしゃべりなんだと意外に思って、心のチャンミン録にメモった。

 

話の内容は大したことないが、チャンミンにしてみれば大事件らしく、事細かに説明してくれるのだ。

 

一応、どんな内容だったかをここでプレイバックしてみる。

 

「僕の趣味を披露しちゃいますね」

 

「いいねぇ。

教えてよ」

 

「僕、追っかけしてるんです」

 

「へぇぇ(そんな感じがしたから、意外じゃない)」

 

「追っかけしててハプニングに遭っちゃったんです。

 

誰の追っかけをしてるのか、って訊かないでくださいね。恥ずかしいですから。恋人のユンホさんにも内緒です。秘密がある男って魅力でしょ。だからっていう意味じゃありませんが、いくらユンホさんでも、引いちゃうと思うのでシークレットです。ただのミーハーじゃないですよ。アーティスト性が素晴らしいのです。おっと、こんな話がしたいわけじゃなくて、僕のハプニングです。その追っかけをしてるアイドルのライブがあったんです。あ!アイドルって言っちゃいました。そのアイドルの名前は秘密ですね。言っても多分、ユンホさんは知らないと思います。すごいんですよ、彼らは...あ!アイドルが男ってバレちゃいました。ユンホさん、引かないで下さいね。僕は男だから好きっていう意味じゃなくて、純粋に素晴らしいと思ったから、ファンをしているだけであって、誤解しないでくださいね。彼らとどうこうなりたいなんて、よこしまなことは妄想していませんからね」

 

「前置きはいいからさ、そのハプニング話ってのを教えてくれよ」

 

「おー、そうでした!

先週、ライブがあって行ってきたんです。アイドルとファンとの距離がすごいんですよ。団扇にねメッセージを書くんです。今回は縁に白いファーを付けました。冬ですからね。雪っぽくしてみたんです。彼らはちゃんと見てくれて、目立てば目立つほど見てくれて、指さしてくれるんです。でね、そんな時嬉しくって。次は何を作ろうかなぁって楽しいんです」

 

「で、ハプニングは?

うわ~、降るなぁ」

 

ワイパーを最速にしてもかき切れないべた雪で、前方の視界が悪い。

 

前のめりになっての神経をつかう運転と、一向に本題に入らないチャンミンに若干苛ついていた。

 

「前置きが長くてすみません。

地下鉄の乗り換えの時、バッグを落としてしまいまして、その時トートバッグだったのですが、中身をぶちまけてしまって...。

僕の恥部をさらしてしまったのです」

 

「チブ?」

 

「渾身の団扇を、公衆の面前にさらしてしまったことです」

 

「うわぁ...。

そりゃ、恥ずかしいね」

 

「僕のやってることが、世間一般的に恥ずかしいことだって認識してますからね」

 

「で、ハプニング話って...このこと?」

 

「はい

ユンホさん、ヤキモチ妬かないで下さいね」

 

「ヤキモチを妬く必要が、どこにある?」

 

「彼らもカッコいいですが、ユンホさんの方がカッコいいですからね」

 

「...なるほど...」

 

北工場まで、残り200㎞。

 

 

(つづく)

 

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(8)会社員-情熱の残業-

 

 

今の会社に転職する前は、競合他社の商品企画部にいた。

 

商品企画と聞くと大抵の者は「面白そう!」と羨ましがるが、「こんなものがあったらいいな」のイメージを形にしていくのは、そう楽しいものじゃない。

 

俺は雇われ人であるから、会社イメージと自社技術、予算とターゲットを常に念頭に置く必要がある。

 

企画部の面々の頭は固定概念で凝り固まっていて、「自分たちの会社に作れるもの」を前提に企画するから、どれもこれも無難で面白くないものしか生まれてこない。

 

採用を勝ち取るために、得意先の前でプレゼンをすることがある。

 

本来なら営業担当の仕事なのに、「お前は弁が立つから」と、営業でもなんでもない企画部の俺が出向く羽目になった時があった。

 

控室で自社のプレゼンの順番待ちをしていた時に、今の会社の営業部長と出会って、「うちは常に優秀な営業部員を欲しがってるんだ」と誘われた。

 

「この分野の営業は経験ありませんから」と謙遜すると、

「企画部こそ、かなりの交渉術が必要なところだよ。

開発部のプライドと情熱を汲んでやり、上層部を説き伏せられるだけの理論武装、最後には情に訴えかけたりしてさ。

金の計算もしないといけない。

突き返されたら、がっかりする開発部をなだめすかして改良品を作ってもらい、それをまた頭でっかちの上層部にお披露目する。

なかなか、大変だよ...うんうん」

 

「よく分かってますね」と、全くその通りのことを日々繰り広げていたから驚いた。

 

「私も企画出身だ。

だからユンホ君、君は営業に向いていると思うんだ」

 

誘われるまま前の会社に辞表を提出し、引継ぎ期間の2か月を経たのちに、この会社にやってきたのだ。

 

実際の営業職とは、気を遣うことも残業も理不尽だと感じることも多い。

 

少しでも好条件な注文を沢山とってくればいい、というシンプルさが合っているみたいだ。

 

俺が入社して直ぐ辞めた前任者のエリアを任され、新規顧客も獲得し、俺はまあまあな成績をおさめていった。

 

そして、チャンミンと出逢っちゃんだよなぁ...。

 

転職してよかったなぁ。

 

 

...なんてことを、つらつらと思いながら高速道路を走らせていた。

 

出発時にはちらつくだけのだったのが、ヘッドライトに照らし出される雪の塊が大きくなってきた。

 

スリップ事故など絶対に起こすまいと、ハンドル操作も慎重になり、首や肩が凝る。

 

社の出荷場を出てすぐ、チャンミンはこう宣言した。

 

「僕がナビになります!」

 

「...カーナビがある」

 

「車のラリーって知ってますか?」

 

「一般道とドロドロのコースを交互に走るやつだろ?」

 

「うーん...大体合ってますから、いいとしましょう。

ラリーでは助手席に『ナビゲーター』が座ります」

 

「へえ。

ドライバーだけじゃないんだ」

 

「はい。

『ナビゲーター』がコースの全てをインプットしているのです。

次のカーブまでの距離や深さ、そこに至るまでのスピードも全部、ブレーキを踏むタイミングまで、『ナビゲーター』がドライバーに指示を出しているのです」

 

「へえ、知らなかった。

お!

コンビニに寄るか?」

 

「結構です。

レースでの勝利の鍵は『ナビゲーター』にかかっていると言っても過言ではないのであります」

 

「あのな、チャンミン。

これはラリーでもレースでもない」

 

チャンミンを連れてきてしまったが、彼の出番は荷物の積み下ろしの時くらい。

 

あとは隣で大人しく、居眠りでもしてもらおうと思っていたのが、やたらと張り切るチャンミン。

 

「いいえ、ラリーです!

夜道、雪道、知らない道...3拍子揃っています。

『ナビゲーター』の指示があると、ドライバーの疲労も軽減できるのです」

 

チャンミンはかなり面倒くさい奴だが、本人には全く悪気はないんだ。

 

思っていることをストレートに出しているだけ。

 

「わかったよ。

チャンミン・ナビゲーター、よろしく頼むよ」

 

「合点承知の助!」

 

「......」

 

なんて、張り切っていたくせに、やけに静かだなと思ってちらっと助手席を確認すると、首を真下に折って眠っていた。

 

(『ナビゲーター』が寝てどうする?)

 

肩を突いて起こしたくなったが、ここは我慢だ。

 

俺はカーナビの案内に従って、目的地に向かって北上して行ったのだ。

 

 

「...ユンホしゃん...」

 

(しゃん?)

 

「ああ?」

 

「漏れる...」

 

「なんだって!?」

 

「...駄目...」

 

「我慢してろよ。

あと...5キロだ」

 

雪のつぶてで視界が悪く、正面から目を離せない俺は、ぞんざいな返答がやっと。

 

俺も尿意をもよおしてきたから丁度いい、ウィンカーを出して最寄りのサービスエリアに進路変更した。

 

建物に近い駐車スペースを見つけて、車を滑り込ませる。

 

ブレーキをかけた時、軽くスリップしたからヒヤリとした。

 

「着いたぞ!」

 

「......」

 

停車してすぐ、隣を見ると...あれ?

 

がっくりと首を折ったままの姿勢のチャンミンは、おねんねの時間のようだ。

 

ということは、今までのは全部...寝言?

 

「チャンミン?

起きろ」

 

チャンミンの肩を揺する。

 

「ユンホ...しゃん...」

 

か、可愛い...!

 

そういえば、寝言に答えたら駄目だって、どこかで聞いたことがあるなあ、とか思っていたら。

 

「...あん」

 

(あん?)

 

チャンミンの肩を揺する手が止まる。

 

「...だめっ...あん...」

 

「!」

 

「...おっきい...!」

 

「!!」

 

「無理...入らない...あ...」

 

「!!!」

 

「...駄目...漏れる...」

 

チャンミン...どんな夢を見ているのか、容易に想像がつくぞ...。

 

(『おっきい』って、アレのことか?)

(『入らない』って、アレのことだよな?)

(『漏れる』って何がだ?アレのことか、それともソレか、それともアッチのことか?)

 

もうしばらくの間、チャンミンの寝言劇場を聞いていたかったが、俺たちには時間の余裕がない。

 

「ユンホしゃん...」

 

「はいはい、俺はここだ。

チャンミン、起きろ!」

 

「ユンホしゃん...好き...」

 

「!!!!!」

 

俺はたまらずチャンミンに抱きついてしまった。

 

「う...うーん...うーん...苦し...。

ユンホさん!

何してるんですか!」

 

やっとで目覚めたチャンミンは、俺に抱きつかれて驚いたようだ。

 

「ユンホさん!

だ、だ、抱きつくなんて!

は、放してください!」

 

「悪い」

 

身体を起こすと間近に、チャンミンの顔が。

 

ルームライトのみで、表情まではわからず残念だ。

 

100%真っ赤な顔をしているハズ。

 

チャンミンの首元から、久しぶりに嗅ぐ彼の濃い匂いする。

 

「好き」って言われたりなんかしたら、抱きつくなと言われても無理な話だ。

 

「『ゆんほしゃん...好き...』かぁ...」

 

「?」

 

「何でもない。

よし、便所に行って、食べるもの買って、とっとと出発しよう!」

 

顔がにやけてきて、仕方がないったら!

 

 

(つづく)

 

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(7)会社員-情熱の残業-

 

 

「それは...はい...申し訳ありません...はっ...今すぐ伺わせていただきます」

 

事務所の戸口に立ったチャンミンは、慌てた風に手を振っている。

 

俺はそんなチャンミンを無視して、話を続ける。

 

「いえいえ...当方が...はい...今から...はい」

 

通話を切った俺はバッグを抱え、課員たちに「今日は直帰するよ」と声をかけた。

 

「ユンホさん、どちらへ?」

 

正面デスクのA子が、俺に尋ねる。

 

「C社へ。

今日中に欲しいというから、挨拶がてら届けに行ってくるんだ」

 

「じゃあ、私もー、行きます」

 

腰をあげかけたA子に、俺の方こそ慌ててしまった。

 

「それはっ、いいから。

俺だけでいいんだ」

 

「だってー、私も営業ですしー。

C社に行かれるのなら、途中でD社にも寄ってくれますかー?」

 

「ハックション!!」

 

派手なくしゃみの音に、俺とA子が戸口の方を見ると、背中を丸めたチャンミンが。

 

「ゲホゲホゲホゲホッ...!」

 

チャンミンの作戦を察した。

 

「A子ちゃん、ごめん。

チャンミンが体調悪くってさ、早退するんだって。

あいつを家まで送っていくから、寄り道は出来ないんだ」

 

「大丈夫ですよー。

私の方はー、17時までに行けばいいですからー」

 

「ゲホゲホッ...ユンホさん...僕、もう駄目です」

 

よろめいたチャンミンは、戸口にもたれかかってフラフラだ。

 

「大変だ!

病院に連れて行った方がいいかもしれない。

D社は病院とは逆方向だから、寄れないなあ」

 

腹を押さえたチャンミンは、床に片膝をついて上目遣いで俺を見ている。

 

「そういうわけで...」

 

俺はチャンミンの元に駆け寄り、彼の腕を首に回して抱きかかえた。

 

「行ってきます」

 

「...お大事に...」

 

急病人となったチャンミンの腰を抱いて、半ば引きずるように事務所を出た。

 

 

 

「お前な―。

やり過ぎなんだよ!

救急車呼ばれたらどうするつもりだったんだ?」

 

「ユンホさん」

 

「ん?」

 

「...手をっ、放してください!」

 

「悪い!」

 

チャンミンの腰を抱いていた手を放した。

「こ、ここはっ、職場なんですよ!

時と場所をわきまえてください!」

 

スケベ心を出して触ってきたみたいな言い方はよせよなー、と思ったけど、言わない。

 

俺もこのパターンに慣れてきたから、「はいはい」と言うだけにとどめた。

 

それにしても...。

 

女のものとは全く違う、くびれのない引き締まった筋肉...。

 

先程までチャンミンの腰を引き寄せていた手の平を、じぃっと見る。

 

胸が高まるのは何故だろう?

 

ちらりと隣のチャンミンを見ると、しかめっ面で階数ランプを見上げている。

 

俺はこいつのどこにエロスを感じるのだろう、などと心を探っていた。

 

「ユンホさん、着きましたよ」

 

「お、おう!」

 

チャンミンに背中を押されて、地下駐車場へと降り立ったのだった。

 

あらら。

 

ずんずんと先を行くチャンミンの両耳が赤くなっていて、こぶしを握った両手をぎくしゃくと振っている。

 

か、可愛い...。

 

「早く!

日が暮れてしまいますよ!」

 

小憎たらしいことを言う時は、大抵の場合照れているらしい、と心のチャンミン録にメモをした。

 

 

チャンミンは当然、ぬかりなく社用車の鍵を借り出してきていた。

 

バンだから後部座席はなく、荷台にバッグを放り込んだ俺は、運転席に乗り込んだ。

 

「お願いします」

 

助手席に座ったチャンミンは、早速カーナビを操作して目的地を設定し始めた。

 

チャンミンの両膝が内股になっているのを見て、チャンミンはホンモノのカマなのかどうか、急に気になりだした。

 

最初から言い切っているように、俺はチャンミンのことが好きだ。

 

恋愛対象として、好きだ。

 

これまで深く考えずにいたけれど、ベッドインしてからの流れが不安になってきた。

 

俺とチャンミンは付き合ってるんだから、近いうちに『そういう関係』になるわけで...。

 

そうそう!

 

チャンミンにはっきりと「好きだ」と言わないとな。

 

恋の媚薬の勢いで『お付き合い』が始まったことになってるし、「僕たちは『カップル』ですよね?」「そうだよ」、なあんていうやり取りで、そういうつもりでいる俺たち。

 

やっぱり、ズバリ口に出さないと駄目だよなぁ...。

 

「なあ、チャンミン。俺さ...お前が好きだ」「ユンホさん!ぼ、僕も好きです!...あっ...ユンホさん!運転中にキスなんて、駄目です!あっ...ああーー!!」とかなんとか...っておい!

 

「おっと!」

 

交差点を直進しそうになって、ハンドルを切って右折車線に入る。

 

「ユンホさん!

北工場はこっちじゃないです!

高速に乗るんですよ!」

 

チャンミンは俺の肩をつんつんと突く。

 

「分かってるよ!」

 

本社から車で10分の出荷倉庫に車を乗り入れた。

 

俺は車を降りると、ハッチを開けてカートを抱えて荷受け場に走る。

 

俺の行動が読めないチャンミンは、助手席に収まったまま首を傾げている。

 

目的のものをカートに乗せ、バンまで小走りで戻る。

 

「チャンミン、ぼーっとしてないで手伝え」

 

「はい!」

 

バンの荷台へカートに積んだ段ボール箱を積みこむ。

 

「ユンホさん!

頭がおかしくなったんですか?」

 

「おかしくなってないよ!」

 

「僕たちが運ぶ荷物は、北工場に配達されたものですよ?

これじゃないです!」

 

「わかってるよ!」

 

「じゃあ、どうして?」

 

疑問に思いながらも、俺の勢いにのせられて軽々と荷物を抱え上げるチャンミン。

 

スーツを脱いで(汚れるのが嫌なんだろう)シャツを肘までまくり上げている。

 

上げ下ろしの度に、チャンミンの一の腕が筋張っていて、やたら発達した筋肉に俺の手はついつい止まってしまう。

 

「これはな、カムフラージュなの。

用事もないのに車借りて行ったら変だろう?

C社なら北工場に近いし、あそこに行く為だって名目をたててるの。

あそこにはずっと顔を出していないし、納品しがてらサンプルを置いていくつもりなんだ」

 

「さっきの電話は、そういうことでしたか!」

 

「その通り」

 

「お主も悪よのぉ...」

 

「!」

 

今、何て言った!?

 

にたにたと笑うチャンミンだが、俺の方と言えば彼らしくない台詞にフリーズするしかない。

 

チャンミン、お前は全くもって退屈しないやつだ。

 

「じゃあ、僕はどうなるんです?

ユンホさんの納品と営業についていったら、変でしょう?」

 

「え?

チャンミンは急病で早退してるんだから、それでいいじゃん」

 

「まあ、そうですけど...。

明日の出社時間に遅れたら、変でしょう?」

 

「お前の明日は、病欠だ」

 

「ええーーっ!

無遅刻無欠勤が僕のモットーなんです」

 

「諦めろ。

よいしょっと...これで最後だ。

よし、行くぞ!」

 

突っ立ったままのチャンミンに声をかけた。

 

恐らく、明日遅刻、もしくは欠勤(仮病)するのが嫌なんだろう、難しい顔をしている。

 

「ユンホさんの為なら、どこへでもついていきます、って言ってたの、嘘だったのか?」

 

チャンミンを煽るつもりで、言ってみた。

 

「言い回しがちょっと違います。

『ユンホさんと一緒なら構いません』と言ったんです!」

 

「同じことだろ?

いちいち細かい奴だなあ」

 

「よく言われます」

 

「明日休むのが嫌なら、お前だけ社に戻るか?

ここからは俺一人でいいからさ」

 

チャンミンの反応が見たくて、本心とは裏腹なことを言ってみた。

 

「駄目です!」

 

予想通りの回答だ、とほくそ笑んでいたら...あれ?

 

顔を真っ赤にさせて、俺をぎりりと睨みつけている(全然、怖くないんだけど)。

 

「ユンホさんはっ!

僕と一緒にいるのが嫌なんですか!」

 

「だって、無遅刻無欠勤を維持したいんだろ?」

 

「そうですけど...。

でも、ユンホさんの為に、僕は不良社員になります!」

 

「はあぁぁ...」

 

俺はため息をつくしかないが、これからのロングドライブ、愉快なものになりそうだった。

 

 

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