(8)会社員-情熱の残業-

 

 

今の会社に転職する前は、競合他社の商品企画部にいた。

 

商品企画と聞くと大抵の者は「面白そう!」と羨ましがるが、「こんなものがあったらいいな」のイメージを形にしていくのは、そう楽しいものじゃない。

 

俺は雇われ人であるから、会社イメージと自社技術、予算とターゲットを常に念頭に置く必要がある。

 

企画部の面々の頭は固定概念で凝り固まっていて、「自分たちの会社に作れるもの」を前提に企画するから、どれもこれも無難で面白くないものしか生まれてこない。

 

採用を勝ち取るために、得意先の前でプレゼンをすることがある。

 

本来なら営業担当の仕事なのに、「お前は弁が立つから」と、営業でもなんでもない企画部の俺が出向く羽目になった時があった。

 

控室で自社のプレゼンの順番待ちをしていた時に、今の会社の営業部長と出会って、「うちは常に優秀な営業部員を欲しがってるんだ」と誘われた。

 

「この分野の営業は経験ありませんから」と謙遜すると、

「企画部こそ、かなりの交渉術が必要なところだよ。

開発部のプライドと情熱を汲んでやり、上層部を説き伏せられるだけの理論武装、最後には情に訴えかけたりしてさ。

金の計算もしないといけない。

突き返されたら、がっかりする開発部をなだめすかして改良品を作ってもらい、それをまた頭でっかちの上層部にお披露目する。

なかなか、大変だよ...うんうん」

 

「よく分かってますね」と、全くその通りのことを日々繰り広げていたから驚いた。

 

「私も企画出身だ。

だからユンホ君、君は営業に向いていると思うんだ」

 

誘われるまま前の会社に辞表を提出し、引継ぎ期間の2か月を経たのちに、この会社にやってきたのだ。

 

実際の営業職とは、気を遣うことも残業も理不尽だと感じることも多い。

 

少しでも好条件な注文を沢山とってくればいい、というシンプルさが合っているみたいだ。

 

俺が入社して直ぐ辞めた前任者のエリアを任され、新規顧客も獲得し、俺はまあまあな成績をおさめていった。

 

そして、チャンミンと出逢っちゃんだよなぁ...。

 

転職してよかったなぁ。

 

 

...なんてことを、つらつらと思いながら高速道路を走らせていた。

 

出発時にはちらつくだけのだったのが、ヘッドライトに照らし出される雪の塊が大きくなってきた。

 

スリップ事故など絶対に起こすまいと、ハンドル操作も慎重になり、首や肩が凝る。

 

社の出荷場を出てすぐ、チャンミンはこう宣言した。

 

「僕がナビになります!」

 

「...カーナビがある」

 

「車のラリーって知ってますか?」

 

「一般道とドロドロのコースを交互に走るやつだろ?」

 

「うーん...大体合ってますから、いいとしましょう。

ラリーでは助手席に『ナビゲーター』が座ります」

 

「へえ。

ドライバーだけじゃないんだ」

 

「はい。

『ナビゲーター』がコースの全てをインプットしているのです。

次のカーブまでの距離や深さ、そこに至るまでのスピードも全部、ブレーキを踏むタイミングまで、『ナビゲーター』がドライバーに指示を出しているのです」

 

「へえ、知らなかった。

お!

コンビニに寄るか?」

 

「結構です。

レースでの勝利の鍵は『ナビゲーター』にかかっていると言っても過言ではないのであります」

 

「あのな、チャンミン。

これはラリーでもレースでもない」

 

チャンミンを連れてきてしまったが、彼の出番は荷物の積み下ろしの時くらい。

 

あとは隣で大人しく、居眠りでもしてもらおうと思っていたのが、やたらと張り切るチャンミン。

 

「いいえ、ラリーです!

夜道、雪道、知らない道...3拍子揃っています。

『ナビゲーター』の指示があると、ドライバーの疲労も軽減できるのです」

 

チャンミンはかなり面倒くさい奴だが、本人には全く悪気はないんだ。

 

思っていることをストレートに出しているだけ。

 

「わかったよ。

チャンミン・ナビゲーター、よろしく頼むよ」

 

「合点承知の助!」

 

「......」

 

なんて、張り切っていたくせに、やけに静かだなと思ってちらっと助手席を確認すると、首を真下に折って眠っていた。

 

(『ナビゲーター』が寝てどうする?)

 

肩を突いて起こしたくなったが、ここは我慢だ。

 

俺はカーナビの案内に従って、目的地に向かって北上して行ったのだ。

 

 

「...ユンホしゃん...」

 

(しゃん?)

 

「ああ?」

 

「漏れる...」

 

「なんだって!?」

 

「...駄目...」

 

「我慢してろよ。

あと...5キロだ」

 

雪のつぶてで視界が悪く、正面から目を離せない俺は、ぞんざいな返答がやっと。

 

俺も尿意をもよおしてきたから丁度いい、ウィンカーを出して最寄りのサービスエリアに進路変更した。

 

建物に近い駐車スペースを見つけて、車を滑り込ませる。

 

ブレーキをかけた時、軽くスリップしたからヒヤリとした。

 

「着いたぞ!」

 

「......」

 

停車してすぐ、隣を見ると...あれ?

 

がっくりと首を折ったままの姿勢のチャンミンは、おねんねの時間のようだ。

 

ということは、今までのは全部...寝言?

 

「チャンミン?

起きろ」

 

チャンミンの肩を揺する。

 

「ユンホ...しゃん...」

 

か、可愛い...!

 

そういえば、寝言に答えたら駄目だって、どこかで聞いたことがあるなあ、とか思っていたら。

 

「...あん」

 

(あん?)

 

チャンミンの肩を揺する手が止まる。

 

「...だめっ...あん...」

 

「!」

 

「...おっきい...!」

 

「!!」

 

「無理...入らない...あ...」

 

「!!!」

 

「...駄目...漏れる...」

 

チャンミン...どんな夢を見ているのか、容易に想像がつくぞ...。

 

(『おっきい』って、アレのことか?)

(『入らない』って、アレのことだよな?)

(『漏れる』って何がだ?アレのことか、それともソレか、それともアッチのことか?)

 

もうしばらくの間、チャンミンの寝言劇場を聞いていたかったが、俺たちには時間の余裕がない。

 

「ユンホしゃん...」

 

「はいはい、俺はここだ。

チャンミン、起きろ!」

 

「ユンホしゃん...好き...」

 

「!!!!!」

 

俺はたまらずチャンミンに抱きついてしまった。

 

「う...うーん...うーん...苦し...。

ユンホさん!

何してるんですか!」

 

やっとで目覚めたチャンミンは、俺に抱きつかれて驚いたようだ。

 

「ユンホさん!

だ、だ、抱きつくなんて!

は、放してください!」

 

「悪い」

 

身体を起こすと間近に、チャンミンの顔が。

 

ルームライトのみで、表情まではわからず残念だ。

 

100%真っ赤な顔をしているハズ。

 

チャンミンの首元から、久しぶりに嗅ぐ彼の濃い匂いする。

 

「好き」って言われたりなんかしたら、抱きつくなと言われても無理な話だ。

 

「『ゆんほしゃん...好き...』かぁ...」

 

「?」

 

「何でもない。

よし、便所に行って、食べるもの買って、とっとと出発しよう!」

 

顔がにやけてきて、仕方がないったら!

 

 

(つづく)

 

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(7)会社員-情熱の残業-

 

 

「それは...はい...申し訳ありません...はっ...今すぐ伺わせていただきます」

 

事務所の戸口に立ったチャンミンは、慌てた風に手を振っている。

 

俺はそんなチャンミンを無視して、話を続ける。

 

「いえいえ...当方が...はい...今から...はい」

 

通話を切った俺はバッグを抱え、課員たちに「今日は直帰するよ」と声をかけた。

 

「ユンホさん、どちらへ?」

 

正面デスクのA子が、俺に尋ねる。

 

「C社へ。

今日中に欲しいというから、挨拶がてら届けに行ってくるんだ」

 

「じゃあ、私もー、行きます」

 

腰をあげかけたA子に、俺の方こそ慌ててしまった。

 

「それはっ、いいから。

俺だけでいいんだ」

 

「だってー、私も営業ですしー。

C社に行かれるのなら、途中でD社にも寄ってくれますかー?」

 

「ハックション!!」

 

派手なくしゃみの音に、俺とA子が戸口の方を見ると、背中を丸めたチャンミンが。

 

「ゲホゲホゲホゲホッ...!」

 

チャンミンの作戦を察した。

 

「A子ちゃん、ごめん。

チャンミンが体調悪くってさ、早退するんだって。

あいつを家まで送っていくから、寄り道は出来ないんだ」

 

「大丈夫ですよー。

私の方はー、17時までに行けばいいですからー」

 

「ゲホゲホッ...ユンホさん...僕、もう駄目です」

 

よろめいたチャンミンは、戸口にもたれかかってフラフラだ。

 

「大変だ!

病院に連れて行った方がいいかもしれない。

D社は病院とは逆方向だから、寄れないなあ」

 

腹を押さえたチャンミンは、床に片膝をついて上目遣いで俺を見ている。

 

「そういうわけで...」

 

俺はチャンミンの元に駆け寄り、彼の腕を首に回して抱きかかえた。

 

「行ってきます」

 

「...お大事に...」

 

急病人となったチャンミンの腰を抱いて、半ば引きずるように事務所を出た。

 

 

 

「お前な―。

やり過ぎなんだよ!

救急車呼ばれたらどうするつもりだったんだ?」

 

「ユンホさん」

 

「ん?」

 

「...手をっ、放してください!」

 

「悪い!」

 

チャンミンの腰を抱いていた手を放した。

「こ、ここはっ、職場なんですよ!

時と場所をわきまえてください!」

 

スケベ心を出して触ってきたみたいな言い方はよせよなー、と思ったけど、言わない。

 

俺もこのパターンに慣れてきたから、「はいはい」と言うだけにとどめた。

 

それにしても...。

 

女のものとは全く違う、くびれのない引き締まった筋肉...。

 

先程までチャンミンの腰を引き寄せていた手の平を、じぃっと見る。

 

胸が高まるのは何故だろう?

 

ちらりと隣のチャンミンを見ると、しかめっ面で階数ランプを見上げている。

 

俺はこいつのどこにエロスを感じるのだろう、などと心を探っていた。

 

「ユンホさん、着きましたよ」

 

「お、おう!」

 

チャンミンに背中を押されて、地下駐車場へと降り立ったのだった。

 

あらら。

 

ずんずんと先を行くチャンミンの両耳が赤くなっていて、こぶしを握った両手をぎくしゃくと振っている。

 

か、可愛い...。

 

「早く!

日が暮れてしまいますよ!」

 

小憎たらしいことを言う時は、大抵の場合照れているらしい、と心のチャンミン録にメモをした。

 

 

チャンミンは当然、ぬかりなく社用車の鍵を借り出してきていた。

 

バンだから後部座席はなく、荷台にバッグを放り込んだ俺は、運転席に乗り込んだ。

 

「お願いします」

 

助手席に座ったチャンミンは、早速カーナビを操作して目的地を設定し始めた。

 

チャンミンの両膝が内股になっているのを見て、チャンミンはホンモノのカマなのかどうか、急に気になりだした。

 

最初から言い切っているように、俺はチャンミンのことが好きだ。

 

恋愛対象として、好きだ。

 

これまで深く考えずにいたけれど、ベッドインしてからの流れが不安になってきた。

 

俺とチャンミンは付き合ってるんだから、近いうちに『そういう関係』になるわけで...。

 

そうそう!

 

チャンミンにはっきりと「好きだ」と言わないとな。

 

恋の媚薬の勢いで『お付き合い』が始まったことになってるし、「僕たちは『カップル』ですよね?」「そうだよ」、なあんていうやり取りで、そういうつもりでいる俺たち。

 

やっぱり、ズバリ口に出さないと駄目だよなぁ...。

 

「なあ、チャンミン。俺さ...お前が好きだ」「ユンホさん!ぼ、僕も好きです!...あっ...ユンホさん!運転中にキスなんて、駄目です!あっ...ああーー!!」とかなんとか...っておい!

 

「おっと!」

 

交差点を直進しそうになって、ハンドルを切って右折車線に入る。

 

「ユンホさん!

北工場はこっちじゃないです!

高速に乗るんですよ!」

 

チャンミンは俺の肩をつんつんと突く。

 

「分かってるよ!」

 

本社から車で10分の出荷倉庫に車を乗り入れた。

 

俺は車を降りると、ハッチを開けてカートを抱えて荷受け場に走る。

 

俺の行動が読めないチャンミンは、助手席に収まったまま首を傾げている。

 

目的のものをカートに乗せ、バンまで小走りで戻る。

 

「チャンミン、ぼーっとしてないで手伝え」

 

「はい!」

 

バンの荷台へカートに積んだ段ボール箱を積みこむ。

 

「ユンホさん!

頭がおかしくなったんですか?」

 

「おかしくなってないよ!」

 

「僕たちが運ぶ荷物は、北工場に配達されたものですよ?

これじゃないです!」

 

「わかってるよ!」

 

「じゃあ、どうして?」

 

疑問に思いながらも、俺の勢いにのせられて軽々と荷物を抱え上げるチャンミン。

 

スーツを脱いで(汚れるのが嫌なんだろう)シャツを肘までまくり上げている。

 

上げ下ろしの度に、チャンミンの一の腕が筋張っていて、やたら発達した筋肉に俺の手はついつい止まってしまう。

 

「これはな、カムフラージュなの。

用事もないのに車借りて行ったら変だろう?

C社なら北工場に近いし、あそこに行く為だって名目をたててるの。

あそこにはずっと顔を出していないし、納品しがてらサンプルを置いていくつもりなんだ」

 

「さっきの電話は、そういうことでしたか!」

 

「その通り」

 

「お主も悪よのぉ...」

 

「!」

 

今、何て言った!?

 

にたにたと笑うチャンミンだが、俺の方と言えば彼らしくない台詞にフリーズするしかない。

 

チャンミン、お前は全くもって退屈しないやつだ。

 

「じゃあ、僕はどうなるんです?

ユンホさんの納品と営業についていったら、変でしょう?」

 

「え?

チャンミンは急病で早退してるんだから、それでいいじゃん」

 

「まあ、そうですけど...。

明日の出社時間に遅れたら、変でしょう?」

 

「お前の明日は、病欠だ」

 

「ええーーっ!

無遅刻無欠勤が僕のモットーなんです」

 

「諦めろ。

よいしょっと...これで最後だ。

よし、行くぞ!」

 

突っ立ったままのチャンミンに声をかけた。

 

恐らく、明日遅刻、もしくは欠勤(仮病)するのが嫌なんだろう、難しい顔をしている。

 

「ユンホさんの為なら、どこへでもついていきます、って言ってたの、嘘だったのか?」

 

チャンミンを煽るつもりで、言ってみた。

 

「言い回しがちょっと違います。

『ユンホさんと一緒なら構いません』と言ったんです!」

 

「同じことだろ?

いちいち細かい奴だなあ」

 

「よく言われます」

 

「明日休むのが嫌なら、お前だけ社に戻るか?

ここからは俺一人でいいからさ」

 

チャンミンの反応が見たくて、本心とは裏腹なことを言ってみた。

 

「駄目です!」

 

予想通りの回答だ、とほくそ笑んでいたら...あれ?

 

顔を真っ赤にさせて、俺をぎりりと睨みつけている(全然、怖くないんだけど)。

 

「ユンホさんはっ!

僕と一緒にいるのが嫌なんですか!」

 

「だって、無遅刻無欠勤を維持したいんだろ?」

 

「そうですけど...。

でも、ユンホさんの為に、僕は不良社員になります!」

 

「はあぁぁ...」

 

俺はため息をつくしかないが、これからのロングドライブ、愉快なものになりそうだった。

 

 

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(6)会社員-情熱の残業-

 

 

ドンドンとドアを叩かれ、ドキッとした俺は書架棚の陰に隠れる。

 

「ユンホさん!」の声にホッとし、鍵をかけているんだから隠れる必要はないと思い至ったのだ。

 

「開けてください!!

大変です!!」

 

チャンミンの剣幕に慌てて開錠すると、勢いよく開いたドアが俺の額を直撃した。

 

「いってぇ!!」

 

額を押さえてうずくまる俺に、「す、すみません...」とチャンミンは駆け寄る。

 

頭を上げると、俺の肩を抱くチャンミンと間近で目が合った。

 

う...か、可愛い...。

 

整髪料でテカテカな頭を見なければ、チャンミンの真ん丸お目目はヤバイ。

 

チャンミンに見惚れていると、彼は眉をひそめてしまう。

 

「何ですか?

じろじろ見ないでください」

 

ぷいっと顔を背けてしまったチャンミンもやっぱり可愛くて、しつこくじぃっと見つめていたら...。

 

「ユンホさん!」

 

思いっきり俺の顎を押しのけて、チャンミンは怖い顔をして言う。

 

「こ、ここは職場ですよ!

見境なく、ぼ、ぼくに、キッ...キスをするなんて!」

 

「してねーよ!」

 

「しようとしてたじゃないですか!

エッチな顔して僕を見てたじゃないですか!」

 

チャンミンは俺に背を向けて立ち上がり、乱れてもない髪を撫でつけている。

 

「チャンミンが可愛くて、見惚れてただけだって!

キスだってさ...もうしたじゃん。

俺たちは“交際”してるんだろ?」

 

「ホントですか!?」

 

くるりと振り向いたチャンミンの弾ける笑顔。

 

「ホントですか、って。

さっき自分で言ってただろう?

俺たちは“お付き合い”してるんだろ?」

 

「え...えっと、あれは、ユンホさんの気持ちを知りたくて、カマをかけてみただけです」

 

「はあ?」

 

なあんだ、チャンミンも確信が持てずに、まわりくどい方法で俺の気持ちを探っていた訳だ。

 

ダサい見た目と、カチカチの融通がきかなさそうな仕事ぶりに、恋愛に関して初心なんだろうと判断していたが、そういう小手先も使えるのか...甘く見てはいけない人物だ。

 

「カマなんかかけなくてもさ、分かってるくせに」

 

つんつんとチャンミンの腕を突いたら、「じゃれつかないでください!」と振り払われた。

 

両耳を真っ赤にさせたチャンミンは、顔を手で仰ぎながら、つかつかと入り口まで引き返すと、ガチャリと鍵を下ろした。

 

鍵をかけるってことは...もしかして、チャンミン!

 

堅物のくせに、なかなかどうして情熱的な奴だ(『ユンホさん、二人っきりになれましたね。ここなら滅多に人は来ません』って、俺は床に押し倒されるのか!?...っておい!)

 

せっかくのこの機会。

 

今週末の『デート』ではっきりさせようと計画していたが、予定変更、繰り上げだ。

 

ずばりの言葉をチャンミンに伝えなくては...と、口を開きかけたら...。

 

「はい、そこまで!」

 

「へ?」

 

「ここは職場で、勤務時間中です。

浮ついた話は、職場から離れた時にしましょう」

 

切り替えるように大声を出すと、俺が床に広げた伝票の束にため息をつく。

 

「ユンホさん。

ぐちゃぐちゃにしちゃって...後で並べなおすとき、苦労するのはユンホさんですよ?」

 

「無意味に散らかしてるんじゃないって。

得意先別に仕分けしてるの」

 

胡坐をかいた俺にならって、チャンミンは両膝を折って正座をする(正座!?床の上だぞ?)

 

「さて、ユンホさん。

見つかりましたか?」

 

「見つかるも何も、送り状そのものがない」

 

「...やっぱり。

そうなんじゃないかって思ったんですよ」

 

「?」

 

「今回の件で、ユンホさんは2つのミスを問われます。

その1。

納品場所を誤って指示をした件」

 

「納品の度に、指示なんか出さないぞ。

いつものことだし。

それに南工場しか送ってないものを、今回だけ行先が北工場に変更になってたら、出荷係もおかしいと思うだろう?」

 

「思うでしょうね。

手口は単純です」

 

足がしびれたのか、くずした座り方がカマっぽくて、目を離せずにいたらぎろりと睨みつけられた。

 

「教えろよ」

 

「後でゆっくり説明してあげますよ」

 

つんと、顎を斜め上に向けたチャンミンは、得意げだ(いちいち勿体ぶる奴だ。面倒臭い奴だけど、チャンミンだから許す)

 

「その2。

先日に引き続いてのミス。

今度こそ責任が問われるでしょうね」

 

「だろうね。

件の伝票はここにはない。

ないものはない。

証拠隠滅だろうね、どうやって業務課から持ち出したのやら...

そんなことより。

大事件って何?」

 

「ああっ!

ユンホさんのせいですよ、もー!

変なことをするから...」

 

「何もしてねーだろ!?」

 

変なことも何も、チャンミンの顔をまじまじと見ていただけのこと。

 

それを変な意味で捉えたのはチャンミンの方じゃないか、と言いたかったが止めといた。

 

ごちゃごちゃと話が長くなりそうだったから。

 

ひとまず目の前のトラブルに集中することにする。

 

「大事件ってなんだよ?」

 

「転送は無理でした」

 

「えええーーー!!

どうしてそれを先に言わないんだ!?」

 

「だって、ユンホさんがキスしようとしたから...」

 

「してねーよ」と言いたかったが、同じことの繰り返しになるからぐっと堪えて、チャンミン発言を無視することにする。

 

「転送できないって、どういうことだ?」

 

まずいぞまずいぞ!

 

何事にも鷹揚な俺だが、こればっかりはピンチだ。

 

「北工場は僻地にあります。

配送業者は山を下りてしまいました。

もし転送して欲しければ、トラックをチャーターすることになります」

 

「う...」

 

「そこで僕は解決法を思いつきました!」

 

「?」

 

「今から北工場へ向かいましょう!」

 

「へ?」

 

「荷物をピックアップして南工場へ運びましょう」

 

この窮地を抜け出すには、この方法しかない...しかないが...。

 

「...遠いよ」

 

長距離運転だ...所要時間は往復10時間...。

 

「安心してください。

僕も一緒です」

 

「チャンミンが!?」

 

「はい。

交代で運転しましょう」

 

にこにこと楽しそうに言うから、がっくり来ている俺もヤル気が出てきた。

 

「僕とドライブデートですよ、うふふふ」

 

ピンチをイベントのひとつにしてしまうなんて、チャンミンは俺以上にポジティブシンキングの持ち主らしい。

 

「ユンホさんは車を借りてきてください。

商用バンが空いてるはずです。

あれなら全部積みこめるでしょう」

 

「日付が変わっちゃうぞ?

残業手当も深夜手当も出ないぞ?」

 

「ユンホさんと一緒なら、構いません。

このピンチを僕らで乗り越えましょう!」

 

チャンミンは俺の手を握って、ぶんぶんと上下に振った。

 

「お、おう!」

 

「軍手も持っていった方がいいですね。

途中で夜食を買いましょうね。

そうそう!

お泊りグッズも持っていかないと、ぐふふふ」

 

大きな独り言をつぶやき、忍び笑いをこぼすチャンミン。

 

「遊びに行くんじゃないんだぞ?」

 

すると、チャンミンはきょとんとして、

 

「分かってますよ。

仕事で行くんですよ。

いるものリストを挙げていただけです」としれっと言う。

 

「お!

雪がちらついてきました。

今すぐ向かいましょう」

 

チャンミンに引っ張られ、備品庫を出た。

 

チャンミンとロングドライブ、車内で2人きり、6時間越えの残業がこうして始まったのだ。

 

 

(つづく)

 

 

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(5)会社員-情熱の残業-

 

 

「あの...ユンホさん。

次のお休みは、何か予定はありますか?」

 

 

「んー。

溜まってる洗濯物を片付けたり...食料品の買い出しに行ったり...。

ジャージやスニーカーが欲しいから、探しに行こうかなぁ、とか」

 

 

俺は天井を見上げて、やることリストを挙げてみた。

 

 

媚薬の夜、チャンミンの鍛えた二の腕を目にして、俺も筋トレでも始めようかと決意したのだ。

 

 

「そのプランに、僕も加わっていいですか?」

 

「へ?」

 

チャンミンの言葉に、俺は勢いよく彼の方を振り向いた。

 

 

両腿の上に置いたこぶしをぎゅっと握って、チャンミンは俯いている。

 

 

チャンミンの照れがストレートに現れる耳が、真っ赤になっていた(か、可愛い)

 

 

「ユンホさん!」

 

 

俯いていた顔を勢いよく上げて、俺に真剣な眼差しをぶつけてくる。

 

 

「僕とっ!

デートしてください!!」

 

 

「チャンミン!

声がでかい!」

 

俺はとっさにチャンミンの口を塞いで、周囲を見回した。

 

 

案の定、何人かはこちらに注目している。

 

 

「でぇと?

俺、とか?」

 

「はい...嫌ですか?

僕はご承知の通り、面白げのない人間です。

僕と逢引きだなんて、つまらないかもしれませんが...」

 

 

語尾が消え入りそうで、再び俯いてしまったチャンミン。

 

 

俺はチャンミンの肩を叩いて、腿に視線を落としてしまったその顔を覗き込んだ。

 

 

チャンミン...面白げがないどころか、ツッコミどころ満載なお前は面白すぎる。

 

 

俺は始終、あたふたドキマギさせられて、退屈しないよ。

 

ご当人にしてみたら、全部ガチでやっているから、からかえないけどな(チャンミンを傷つけてしまう)

 

 

「よし!

俺とデートしよう」

 

「ホントですか!?」

 

「あでっ!」

 

 

勢いよく上げたチャンミンの額に、俺の額がまともに衝突してしまう。

 

 

「ああぁ!

すみません...」

 

 

チャンミンを強く意識し出した「おでこゴッチン事件」を、懐かしく思い出した。

 

 

「大丈夫だ」と、額をさすりながら俺は、にかっと笑ってみせた。

 

 

「...これが、『いいニュース』です」

 

 

これのどこが『いいニュース』なのかピンとこなくて、でも「?」な表情を見せたらいけないと思い、チャンミンの続きの言葉を待つことにした。

 

 

「さっきも申し上げた通り、『いいニュース』というのは、あくまでも僕にとっての『いいニュース』なのであります。

 

 

毎日僕のお弁当を食べてくれるユンホさんのことだから、デートのお誘いを承諾してくれると思ったのであります。

 

 

あの...僕の勘違いでなければいいのですが、僕らはその...交際しているわけでしょう?」

 

 

ス、ストレートに来た!

 

 

「僕らの初デートのお誘いですので、きっとユンホさんは喜んでくれるのでは...と。

そして、承諾の回答を得られた僕は、感謝カンゲキ雨あられになるのです。

ですから、僕にとって『いいニュース』なのであります」

 

チャンミン...お前の思考は先読みし過ぎて、複雑だな。

 

「すみません!

お手洗いで気持ちを確かめあった僕らです。

キッ...キッ...キ、キ、キスをしましたし...。

そろそろ、次のステップに進む時が来ているのでは...と?」

 

チャンミン...お前は凄いよ。

 

お茶をこぼして股間を濡らしてしまった状況下で、こんな発言ができるとは!

 

チャンミンは上目づかいで...まつ毛が長いな...か、可愛い...俺をじぃっと見つめた。

 

「間違っていますか...?」

 

「間違ってないよ。

その通りだ」

 

タイミングを見計らっていた俺は、チャンミンに先を越された。

 

「明後日でいいですか?

待ち合わせの時間や、何をするかは今夜決めましょう。

それでよろしいですか?」

 

「了解」

 

チャンミンとデート!

 

トイレで迫られたアレは、チャンミンの「本気」だったんだ!

 

やった...!

 

ぞくぞくと喜びが湧いてくる。

 

 

「では、お次の『悪いニュース』をお話したいと思います」

 

 

俺はコントのように、ガクッとしてしまった。

 

 

言いたいことを言ったら、その場の雰囲気は無視して、即話題を切り替えられる無神経さがある、と心のチャンミン録にメモ書きが加わった。

 

 

「聞きたくないなぁ...」

 

「いいえ!

そういう訳には行きません。

業務上の報告です」

 

 

どうせまた、俺がしでかしたミスの指摘かよ...と腐った気持ちで、テーブルに頬杖した。

 

 

「B社宛の納品分のことです」

 

「嫌な予感がするなぁ」

 

 

B社に関しては、大きな失敗をしたばかりだったため、緊張が高まる。

 

 

「南工場に納品するはずが、北工場に行ってしまった可能性が非常に高いのです」

 

 

「はあぁぁぁ?」

 

俺は叫んで、ガタガタっと派手な音をたてて立ち上がった。

 

 

「なんで先にこのことを教えてくれないんだよ!」

 

 

「ユンホさんが、選択したんでしょう?

『悪いニュース』は後から聞きたいって」

 

 

「そ、そうだけどさぁ」

 

 

「配送業者には転送ができないか、只今問い合わせ中です。

悪いニュースを先に言ったとしても、回答が来るまではどうにもできませんから、安心してください」

 

 

「う―...」

 

「ユンホさんの選択は、結果として正しかったわけです。

こんなトラブルを先に知ってしまったら、僕のデートのお誘いどころじゃなくなりますからね。

もうすぐ...」

 

チャンミンは腕時計を確認する(黒の革バンドのフェイスの大きいもの)

 

「返答が来るはずです」

 

「どうやって知ったんだ?

南工場から連絡があったのか?」

 

 

「はい。

僕が電話に出てよかったです。

あの時、課長もD先輩も事務所にいましたから。

バレずに済んでよかったです」

 

 

「え...。

もしかしてチャンミン、皆に知られずにうまいことやろうとしてた訳?」

 

 

「当然ですよ。

配送違いなんて、あってはならないことです。

あんなことがあったばかりです。

ユンホさんの立場は、僕が守らなければなりません!」

 

チャンミンは「任せろ」といった感じに、自身の胸を叩いた。

 

真面目にそう言っているようだった。

 

「今回の件が発生してしまった原因を、只今追求中です。

配送業者の管理画面と自社の出荷指示書を照らし合わせていたのです」

 

なるほど。

 

事務所内で俺に声をかけられるのを拒んだり、PCを指さしていたのはこのことか。

 

 

「さっき、俺のバッグを指していたのは、何だったわけ?」

 

 

「あれは、お弁当を食べましたか?の意味です」

 

 

「......」

 

 

「お!

ズボンも乾いたところです。

僕は事務所に戻ります」

 

 

「俺は...?」

 

 

「業務課へ行って、出荷伝票の現物を借りてきてください」

 

 

「わかった」

 

 

「くれぐれも、事務所で広げないように!

資料室か、備品倉庫でやってくださいよ」

 

 

「おっけ」

 

 

大股で食堂を出ようとしたチャンミンの長身が、ぴたり、と止まった。

 

 

「ユンホさん。

僕はユンホさんのミスだとは、決して思ってはいませんから」

 

 

「ああ」

 

 

南を北と間違えるはずはない。

 

 

方向が真逆だし、そもそも北工場に納品したことは、過去に一度もないのだ。

 

 

異常なくらいミスが連発していることにもっと、疑問をもつべきだった。

 

 

犯人捜しは後回しだ。

 

 

今やるべきなのは、この事態を収拾させることだ。

 

 

堅物チャンミンがいるから、心強い。

 

 

大丈夫だ。

 

(つづく)

 

 

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(4)会社員-情熱の残業-

 

 

箸を上げ下げする動作に合わせて、チャンミンの頭が動く。

 

「......」

 

もぐもぐと咀嚼する俺の口を、チャンミンはじぃっと凝視している。

 

「......」

 

ちらりと隣を見ると、お祈りポーズをとるチャンミンと目が合う(何かに集中していると、口がぽかんと開いてしまうのが、チャンミンの癖らしい)。

 

「食べづらいんだけど...?」

 

やんわりとした苦情はチャンミンには通じない。

 

「それ...苦手ですか?

隅によけてますよね?」

 

「んー...苦手...じゃ...ないよ」

 

「嘘はいけませんよ。

明日からそれはナシにします」

 

「え!?

明日も作ってくれるの?」

 

俺たちは夫婦か!?と、心の中で突っ込みを入れてしまったが...。

 

「迷惑ですか...?」

 

チャンミンの表情が、一瞬で泣き出しそうなものになる。

 

「まさか!

感謝カンゲキ雨あられ、だよ」

 

(ウメコ、サンキュー。

 

媚薬の効果が未だ残っているなんて、俺はもう思わない。

 

チャンミンは元から、俺に対して淡い恋愛感情を持っててくれたんだ、そうに違いない!

 

そうじゃなきゃ、とっくに媚薬が消えた今になっても、愛情弁当の差し入れが続くわけない。

 

未だ面と向かって、気持ちの確かめ合いをしていないんだよなぁ。

 

明日当たり、飲みに誘おうかなぁ...おっと!

 

酔いに任せて、は嫌だ、素面じゃなきゃ意味がない。

 

飲み屋は駄目だ...とは言っても、夜はどの店も酒を出すしなぁ。

 

酒が好きそうなチャンミンのことだ、俺の意図など読めずにがぶがぶ飲みそうだ。

 

『ユンホさ~ん、僕、飲みすぎちゃった。てへ。歩けません。どこかで休憩していきませんか?」』とか...っておい!どうして思考がそっちへいってしまうんだ、俺は?

 

そっか!

 

仕事帰りにどこかへ行こうとするから駄目なんだ。

 

もっとプライベートな時間...休日だよ!

 

休みの日にチャンミン会うのはどうだ?

 

...なんて誘ったらいいかな...王道の映画か?

 

男2人並んで座って、ポップコーンを摘まみながら映画鑑賞か...変だよなぁ。

 

待てよ...チャンミンはどんなジャンルが好きなんだろう?

 

イメージ的に、社会派ノンフィクションものの重いやつかなぁ...ラブコメだったら、それはそれで面白いな。

 

『ユンホさん、僕とこんな恋をしてみませんか?』って、耳元で囁いて手を握ってさ...)

 

想像が膨らんでしまい、つい箸が止まってしまっていた。

 

「...ユンホさん?」

 

「あまりに美味くて、さ」

 

「好き嫌いは駄目、とは言いませんから。

僕らは大人です。

好きなものだけ美味しく食べましょう」

 

「そうだな」

 

「炒り卵...タラコを入れてみたんです...どうですか?」

 

「うん、美味い」

 

「鶏そぼろに隠し味が入っているんです。

何だと思います?」

 

「さあ...なんだろ...マヨネーズ?」

 

「違います!

もっとよく味わってみてください」

 

「んー...美味い、としか言えないなぁ。

...ん?」

 

口角が思いっきり下がり、眉間にしわがよってるから、どうやら俺のコメントがお気に召さなかったらしい。

 

つまり、具体的な褒め感想を待っているのか。

 

俺は目を閉じ深く頷きながら「美味い」と言った。

 

「冷めても美味いように、味付けもしっかりしてる。

箸休めのレンコンの甘酢漬けもシャキシャキとした歯触りがいいね。

枝豆の茹で加減もちょうどいい。

飯の間にごま油を塗った海苔が挟んであるのも、味の変化になって食べ飽きないな」

 

本気でコメントをしてみたら、チャンミンは揃えた指で口を覆い、目を真ん丸にしている。

 

「よかった...です」

 

俺こそ「よかった」だよ...脳みそ総動員の感想に、合格スタンプをもらえて。

 

「嬉しいです...。

明日も頑張ります」

 

チャンミンは両手で頬を挟んで、身をくねくねとよじる(か、可愛い)。

 

チャンミンに監視されながらの息詰まるランチタイムを終えた。

 

「俺に伝言って何?」と、チャンミンが食堂まで俺を追ってきた目的を尋ねた。

 

「はい。

僕はサボりたくてここにいるわけじゃありません」

 

チャンミンは、前髪の分け目を撫でつけ整える。

 

よく見るといい男なのになぁ...。

 

眉毛はきりっとしているし、鼻筋も通っている。

 

ヘアスタイルが全てをマイナスに転落させている。

 

その方がいいか...普通っぽくなったら、実はいい男だってことがバレてしまう。

 

ダサくしてろよ、チャンミン。

 

「いいニュースと、悪いニュースと二つあります。

どちらから聞きます?」

 

「いいニュース」と俺は即答した。

 

「ええぇっ!?

悪いニュースから聞かないんですか?」

 

「お楽しみは後に残しとく派か、チャンミン?」

 

「...そ、そうかもしれません」

 

「俺はいいことは先に楽しみたい

いいニュースを教えてくれ」

 

「......」

 

「どうした、チャンミン?」

 

「一般的に言って『悪いニュース』を先にききたがるものでしょう?

ユンホさん、予定外の回答をしないでください」

 

「二択にしたのはチャンミンだろう?

いいニュースって、なに?」

 

「そうでした。

自分から言っておいて今さらですが。

いいニュースだと判断したのは、僕ですので、ユンホさんにとっていいニュースとは限らないわけです。ユンホさんにお弁当を褒めてもらって嬉しくてつい、調子にのってしまいました。あの...もしご迷惑でなければ、僕はいくらでもお弁当を作ります。面倒じゃないです。どうせ自分のものも詰めますので、そのついでです。あ、違います。ユンホさんのがついでという意味じゃなくて、僕の分はユンホさんのお弁当の残りを詰めているので。お弁当箱どうですか?苺柄が可愛くて昨日仕事帰りに買ったんです。お揃いでお弁当包みも買いました。明るい気分になってもらいたくて。苺柄にしたのには深い意味はありません。嘘です。深い意味はあったんです。でもそれは恥ずかしいので今は言えません。もし聞きたければ、教えてあげますけど、ユンホさんが引くかもしれないって、ちょっと不安です。お弁当の話じゃないですよね。いいニュースと悪いニュースの話でしたね。いいニュースとは僕にとってのいいニュースです。ユンホさんに伝えた時点ではよいニュースではないのですが、ユンホさんの返事次第ではいいニュースになるわけです。いいニュースの『いい』は僕視点のことですので、すみません...変なこと言ってすみません。ですから、さっきの僕の発言は忘れてもらいたいです...と言っても、ユンホさんのことだから、そういう訳にはいきませんよね。ここまで引っ張っておいて、今さら無しにはできないってことは承知しています。でも、急に恥ずかしくなってしまって、さっきの発言は忘れていただきたく...。

休憩中のユンホさんの貴重なお時間を割いてしまい、申し訳ありません。

でも、事務所では言いにくくて、ここまで追いかけてしまいました。

えっと...」

 

チャンミンは腿に握りしめた手を乗せ、床に視線を落として一気に、ぼそぼそと早口でしゃべっている。

 

「ごちゃごちゃ言ってないで、早く言えったら」

 

「勤務時間中に言うべきではない内容でした」

 

「余計に聞きたくなってくるじゃないか」

 

チャンミンの言う「いいニュース」の見当がつかない。

 

プライベート面での接触は未だない俺たちだから、仕事関係のことかな、と思った。

 

新提案する予定の商品企画が通ったのかなぁ...それとも、足を引っ張るだけだった後輩Z君が初めて注文をとってきたとかかな、それとも...といいニュースの候補を巡らせた。

 

「仕事の話じゃ...ないのです...」

 

「へ?」

 

 

(つづく)

 

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