(27)僕らが一緒にいる理由

 

「......」

 

目をぱちくりさせる僕に、アオ君は自身の顔を指さし「似てるでしょ?」を繰り返した。

ドッキリ作戦は継続中らしく、2人は真面目な表情を崩さない。

僕は険しい顔でアオ君と夫を交互に見る。

 

「ユノも...いい加減にしてよ。

アオ君が10歳とかだったら、『ユノの隠し子』を疑ったかもだけどさ、

僕らはアラサー、アオ君は高校生、僕らは男。

僕を騙すなら、もっと練った嘘をついてよ」

僕に睨みつけられても、夫には笑いをこらえている様子がない点が気に入らない。

口を引き結び、あいも変わらずシリアスな表情をしている。

 

「今日はエイプリルフールだっけ?

嘘が下手過ぎる。

前ついた嘘の仕返しなの?」

 

実は、過去にお互いについた嘘がリアル過ぎて、大泣きしたエイプリルフールの年があったのだ。

 

僕から夫へは、こんな嘘をついた。

 

『男性でも妊娠可能にする研究開発が進んでいる。

その薬剤の治験に協力願えないか、と連絡があった。

手術も必要みたいだけど、僕頑張ってみるよ』

 

僕からの電話を受け、なんと夫は仕事を早退してきたのだ。

その時の喜びに溢れた笑顔を前にして、僕は『うっそだよ~ん、今日は何の日だ?』なんて、すぐには言い出せなかった。

やっぱり夫は子供が欲しいんだな、と、産めない自分が悔しかった。

その夜、あれは真っ赤な嘘だと伝えたら、『あり得ない話なのに信じてしまうなんて、俺は馬鹿だな』と、夫は泣きだしてしまった。

深く反省した僕は、心の奥底に隠しているウィークポイントを...ほんの一突きで出血してしまう程やわらかな箇所を暴くような嘘は二度とつかないと心に決めたのだ。

 

 

    

~夫の夫~

 

その年の俺は、『インポになってしまった』という嘘を用意した。

 

それを丸ごと信じた夫は、専門書を買い込み、医師の見解を求めて病院巡りをしていた。

 

 

~僕~

 

あの時の恨みをまだ引きずっていて、何年後しかの仕返ししようとアオ君と結託したのでは?と疑った。

 

「...チャンミン、アオ君の言うことは本当なんだ」

 

「ガチな話です」

 

2人は固唾をのんで、僕の反応をうかがっている。

 

「......」

 

僕の中にふと、こんな案が浮かんだ。

 

『信じたフリをして2人をからかい返そうか?』

 

からかうのは僕の番だ。

アオ君のとんでも話を信じたフリをすることにした。

 

「確かにアオ君はユノに似てるしね」

 

「だろ?

だから僕は正真正銘、ユノさんとチャンミンの間に生まれた子だ」

と、言い切るアオ君の言葉に、僕は「分かったよ」と頷いた。

 

「アオ君の話をひとまず受け入れるよ。

だから、もっと詳しく教えてくれないかな?」

 

「え...信じてくれたの?」と、アオ君は顔を輝かせた。

 

「うん」

 

「チャンミン?」

 

夫の方は、突如態度を変えた僕を信じられないとばかりに、僕の二の腕をつかみ顔を覗き込んだ。

 

「だってさ、アオ君もユノもマジな顔しちゃってるからさ。

信じるしかないじゃない。

僕はさ、これでも小説家だからね、頭が柔らかいの。

世界は不思議に満ちている」

 

訝しげな夫に、「ね?」と首を傾げてみせた。

 

「僕も一度だけ『オメガバース』設定で小説を書いたことがあるんだ。

アオ君はオメガバースって知ってる?

ユノは知ってるよね」

 

「知らない」と首を振るアオ君に、『オメガバース』について簡単に説明をした(ストーリーのアイデア出しをした為、夫は当然知っている)

 

「オメガバース...。

へぇ、そんな世界があるんですね」

 

「あるよ。

ただし、物語の世界だけどね。

でも、この世に起こってもおかしくないよ。

それで...僕が『産む』側なんでしょ?」

 

「うん。

僕はチャンミンの股から生まれた」

 

「やっぱり僕はそっち側なのね」と、僕はため息をついた。

僕は、「マジで信じたの?」と笑われる時を待っていた。

ところが一向にその時は訪れない。

騙されやすい僕を知っているから、今回もうまく騙せたと内心ほくそんでいるかと想像していたのに...。

信じたフリをしたことに、まだ気付いていないのだろうか。

 

「アオ君の話が本当ならば、アオ君はどこから来たの?

...例えばえーっと...『未来』からとか?」

 

「あくまでもそれは、小説や映画の世界の話だけどね」と心の中で付け加えた。

 

「未来?

違うよ」

 

アオ君は僕の問いを否定した。

やっぱり、さっき頭をかすめた可能性...アオ君はちょっと頭がおかしい子かもしれない...が真実味を帯びてきた。

例えば、宇宙人の陰謀説を信じるような。

そして、夫はアオ君の妄想に付き合っているだけかもしれない。

 

「違うの?」

 

「僕が未来から?

まさか!

この世界にいる限りチャンミンはユノさんの子を産むことはできないよ」

 

「未来じゃないなら、どこから?」

 

僕らのベンチ真上に設置されたスピーカーから、BGM(僕らが学生時代のヒットソング)が流されていた。

そのボリュームが低くなったかと思うと、迷子を知らせるアナウンス放送があった。

気付けば、柵沿いに並ぶベンチは満席になっていた。

アトラクションに散っていた客たちが、ランチタイムを迎えてわらわらと集結したのだろう。

園が誇るアトラクションの数と、広大な敷地のおかげで、平日であってもそれなりの集客はあるようだ。

『毎週水曜日はFAMILYデー。小学生以下のお子様は無料』との案内を夫の肩ごしの電柱に発見し、確かに子供連れが多いなぁと、今さらながら気付いたのだった。

僕は重箱を膝に抱えて、すとんとベンチに座り直した。

平日の遊園地。

日差しは眩しく暖かいけれど、風は冷たい。

チェック柄の赤い水筒。

迷子の特徴を繰り返すアナウンス放送。

ペンキを塗り直して間もない、原色鮮やかなベンチ。

有給休暇。

ありふれた光景なのに、普通とは言い難い。

同性カップルと素性があやふやな高校生が、平日の遊園地に遊びに来ている。

そして、あり得ないバカげた話を、さもあり得る話として扱っていた。

 

「それならば、アオ君はどこから来たの?」

 

アオ君はベンチに座り直すと、僕の方へと身体の向きを変えた。

僕とアオ君は間近で見つめ合った。

 

(あ......!)

 

納得した。

アオ君の顔立ちは強い印象を与えるものではない。

知り合ってすぐにアオ君と馴染めたのは、彼が漂わせる何かのおかげなんだろうと思っていた。

どこか懐かしい空気を、アオ君から感じ取っていた。

当時は説明できなかった『何か』の答えを見つけた気がした。

...アオ君の中に『僕』がいた。

そういう目で見ると、アオ君は僕に似ていた。

瞳の色や額の形、引き結ばれた唇。

見慣れた自分の顔だったから、気付けなかったのだ。

 

(嘘でしょ)

 

鼻の形、まぶたの形、色白の肌。

アオ君の中に『夫』もいた。

信じてもいいのかな...という考えに支配されかけ、頭がぼうっとした。

 

「う~~~ん...」

 

僕は頭を抱えてしまった。

 

 

(つづく)

(26)僕らが一緒にいる理由

 

「ええっ!?」

 

アオ君の爆弾発言に、僕はバネのように立ち上がった。

 

僕は言葉を失い、アオ君を穴が開くまで凝視していた。

 

次に夫を見た。

 

「...知ってたの?」

 

夫は苦笑して頷いた。

 

「ズルいよ!」

 

「そう言うと思った」

 

僕がどんな反応を返すのか、2人にはお見通しだったようだ。

 

「ちゃんと説明ができるようになったので、今、話しますよ」

 

僕は夫とアオ君の両方から肩を押され、ベンチにすとんと腰を下ろした。

 

「アオ君のご両親は、2人とも男なんだぁ...そっか」

 

「そういうことです」

 

「ユノには話せたんだから、僕にも話してくれたっていいじゃん。

だって...僕とユノも同じじゃん」

 

...子供はいないけれど。

 

「だからこそ、ですよ。

チャンミンたちがそうだから、言いにくかったんだ」

 

(あれ?

呼び捨てになってる。

夫がいる場では敬語、僕だけの時はタメ口と使い分けていたのに)

 

「なるほどね」

 

「『デリケート』な内容だから、アオ君の口から直接聞いた方がいい」と言った夫の言葉の意味に納得した。

 

「僕がここに来た理由は話しましたよね?

僕の意志を尊重し過ぎる両親が重いって」

 

「うん。

理解ある親、だって言ってたよね」

 

アオ君は僕の方をちらり、と見ると、「それが辛いんです」と言った。

 

アオ君は柵越しの眼下に広がる景色を、僕はアオ君の横顔を眺めていた。

 

ニキビひとつない肌はすべすべで、短いまつ毛は黒々と濃く、鼻筋は通っている。

 

やっぱり夫に似ていると思った。

 

あと2、3年経ち、青臭さが抜けた頃には、相当カッコいい男の顔になるのではないだろうか。

 

今日のアオ君は安全ピンを模したピアスをしていた。

 

これまで、アオ君のピアスに注目していたわけじゃなかったけど、遊び心のあるデザインのものは珍しかった。

 

「男同士だからって、珍しくない世界だけどさ。

付き合えばいいし、結婚すればいい。

好きにすればいいよ。

でも...」

 

アオ君は言葉を切った。

 

「子供を持つとなるとやっぱり、珍しい度が一気に上がるんだよね。

ねえ、チャンミン」

 

「ん?」

 

「チャンミンは子供が欲しい、と思ったことある?」

 

「子供!?」

 

「そう。

ユノさんとの間の子供」

 

「......」

 

僕は遠くのベンチで寛ぐファミリーに目を向けた。

 

お父さんとお母さんと小さな子供2人。

 

「考えたことないかも。

だって...不可能でしょ」

 

僕と一緒にいる限り夫は自身の子孫を残すことができない。

 

...だって僕は男だから。

 

「考えたって不毛な望みだよ。

ね?」

 

僕は同意を求めて、隣に座る夫に目をやると、彼は苦笑していた。

 

アオ君は淡々と語る。

 

「両親は一緒になりたくて夫夫になった。

子供が欲しかったから子供を持った。

望みが叶って大満足なんだ。

でもさ、僕はどうなる?」

 

「どうなるって...」

 

僕はアオ君に問われて困ってしまった。

 

「当事者が幸せになるのは結構だけど、そのせいで身近の者が不快な思いをしたら駄目だろう?」

 

「不快だなんて、そんな...」

 

「ふっ。

うちの両親みたいなのは全然珍しくないのは分かってる。

僕、小学校高学年からずっと、全寮制の学校に通ってたんだ。

同級生にも俺みたいな子はいた。

寮に入れたのは、両親なりの配慮だったと思う。

寮ならば親の顔は見えにくいからね」

 

「...そうだね、確かに」

 

「僕んちの家の近所は、年寄りばっか住んでるんだ。

だから考えが古くてさ。

顔を合わせれば挨拶をしてくれていても、陰ではいろいろ言ってただろうね。

僕のことを物珍しい目で見るんだ。

『あの子が...』ってさ。

両親はそういう奴らから僕を守るためなのか、寮に入れたんだよ」

 

「そういうことなんだ」

 

日差しは温かくても風は冷たくて、羽織っていたパーカーのファスナーを上げた。

 

夫は僕の視線に気づくとふっと微笑むと、手にしていたミカンを僕に差し出した。

 

「いらない、ありがとう」

 

僕は首を振った。

 

「ご両親と口喧嘩したことはあったの?」

 

「責めたよ。

自分らは大満足だろう?って。

恋愛して結婚するだけでいいじゃないか、って。

無理を押してまで子供を作るなんてさ。

エゴだって。

僕の気持ちは想像したことなかったのか?って」

 

「......」

 

「珍しくないけど、やっぱり珍しい存在だ。

チャンミンもそう思うでしょ?」

 

「う、うん...」

 

夫はどうなんだろうと隣に目をやると、彼は肩をすくめただけで、どうとでも取れる反応だった。

 

僕らの間で、この手の話題は上がったことはたびたびあったけれど、それはジョークのひとつとしてだ。

 

『ユノのことだから、女の子だったら溺愛しそう』とか。

 

『チャンミンに似たら、かなり可愛い子なんじゃね?』と言われて、ご機嫌になったりして。

 

「僕に散々責められてもさ、両親は全然、傷ついた顔をしていないんだ。

『仕方がないね』って。

『そういう人はある一定数は存在するものだから』って。

『俺たちは何も悪いコトはしていないんだから、堂々としていればいい』って」

 

もし僕が親だったとしたら、何て答えるだろうか?

 

話しながら感情的になってきたようで、アオ君の目は潤み真っ赤な顔をしていた。

 

「『堂々としていろ』って言っておきながら、『こんな親でごめんな』なんて謝るんだ。

グレてもよかったのに、謝られたらグレられないよ。

ズルいよ、ホント」

 

アオ君は手の甲で目元を拭った。

 

「僕は女子が好きだから、両親のことは理解できない。

...でも、僕は紛れもなく両親の子供なんだ」

 

(そうなんだ...)

 

「二人はとても仲がいい。

優しい。

僕のことを大事にしてくれる。

それは、僕に負い目があるからなんだと思ってた。

両親のことが嫌いになりそうだった。

僕のしたいことを何でもさせてくれたのも、罪滅ぼしなんだとずっと思ってた。

でも...。

家を離れたかったのに、いざ離れてみたら寂しくて仕方がなかった」

 

「寮を出たのは?」

 

「...両親が原因だよ。

好きな子がいたんだけど、両親のことでいろいろ言われてさ。

彼女は僕みたいな境遇の奴に偏見があるタイプの子だったみたいだ」

 

「そっか~」

 

僕は迷った。

 

アオ君の手を...太ももの上で拳を握る彼の手を握ろうか握らないかを。

 

嫌かもしれないと思い、アオ君の手の甲にそっと手を重ねるだけにした。

 

「両親に腹が立つんじゃなくて、その子に腹が立った。

両親を侮辱したその子に腹が立ったんだ。

この辺が今までの僕とは違うところだね。

...それで、いくつか問題を起こしちゃって寮を追い出された」

 

なるほど、そういう経緯で一人暮らしを始めたのか。

 

「アオ君は赤ちゃんの頃に、ご両親のところに来たの?

言いにくかったら言わなくてもいいよ」

 

僕は『養子』を念頭に置いて、アオ君に訊ねた。

 

「ふん。

言わなくていいよ、なんて言ってて、すげぇ聞きたくて仕方がないくせに」

 

「まぁ...そうだね」

 

すると、夫は僕の手を握った。

 

「さりげなくヒントをあげてたつもりなんだけど...?」

 

しんみりとしていたアオ君の表情が、いたずらっ子のようになっていた。

 

「え?

ヒント?」

 

アオ君の言葉の意味が全然、分からない。

 

夫はアオ君をたしなめるように軽く睨んだ。

 

アオ君は「すんません」と肩をすくめた。

 

僕を挟んで座る夫とアオ君は、視線だけで何やら会話をしている。

 

「何?

2人とも何!?」

 

「俺の両親...ユノさんとチャンミンだよ」

 

「は?」

 

いつもアオ君にからかわれっぱなしの、僕は笑って彼の肩を突いた。

 

「何言ってるの?」

 

僕をからかった後のアオ君はいつもへらへら笑っているのに、今日のアオ君は真顔だった。

 

「真面目な話ですよ。

僕の親はユノとチャンミンと言います」

 

「ユノ...アオ君ったら、こんなこと言ってるだけど?」

 

夫に目をやると、ゆるりとかぶりを振っただけだった。

 

(全くもって意味不明だ)

 

彼らは僕にドッキリを仕掛けようと、ふたりして何やら示し合わしのだと思った。

 

『もしかしてガチで信じちゃった?』とか言って。

 

どんなにあり得ない話でも、ひとまず信じてしまう僕だから、騙す側としてはからかいがいがあるだろう。

 

「も~。

ふたりして僕をからかわないでよ~」

 

「僕の両親は、ユノさんとチャンミンだって」と、アオ君は繰り返した。

 

「......」

 

ここでふと思った。

 

アオ君はちょっと頭がおかしい子なのかもしれない、と。

 

「分かった分かったよ。

もうおしまいにしようよ」

 

僕はベンチを立ち、「お昼にしようよ」と弁当の入ったバッグをとった(夫への贈り物の袋がバッグから見えそうになって、慌ててしまった)

 

「真面目な話ですって。

僕の顔を見て?

似てるでしょ?」

 

アオ君は自身の顔を指さした。

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

(25)僕らが一緒にいる理由

 

 

~夫の夫~

 

俺の夫は突拍子もないことを口にすることが多々あり、俺を面食らわせ、時に大笑いさせてくれる。

(考えることが仕事なだけあって、夫がどういう思考回路でそこ至ったのか、凡人の俺じゃあ理解に苦しむ時もある)

 

そこが夫の魅力のひとつである...ひとつでもあるが...。

 

「チャンミン、落ち着こうか」

 

こちらに身を乗り出してきた夫の表情は真剣そのものだ。

 

「マジで疑ってるの?」

 

(締め切り近くだったっけ?)

 

執筆が佳境に入った頃こそ、夫の言動がおかしくなりがちだからだ。

 

被害妄想が酷くなったり、幼子になったり、逆に冷酷無情な男になったりもする。

 

その時々の作品設定に影響される。

 

「アオ君は17歳だぞ?

俺が中学に入ったばっかりにデキた子ってことか?

まあ...そういう人もいるけどさ」

 

夫は表情を緩めると「何言ってるの?」と、呆れた風に言った。

 

「本気で疑うわけないじゃん。

ただカマをかけただけだよ」

 

「あ~、びっくりした」

 

「でも、マジで疑ってしまった瞬間はあったよ。

浮気疑惑が最近あったばかりでしょ?

内緒ごとを現在進行形で抱えられる人だとは思っていなかったから、あの時は凄く苦しかった...」

 

夫は、胸を撫ぜ下ろす俺を睨みつけた。

 

「これで確信したよ。

アオ君は訳ありっ子ってことをね。

赤の他人の僕が突っつきまわしたらいけない事なんだろうけどね」

 

「そんな風に思わなくていいさ。

...でも」

 

「ユノが悪い」

 

夫が投げ付けたミカンを、頭にぶつかる前に無事キャッチした。

 

「前にも言ったでしょ?

嘘が苦手なんだから、その場しのぎの適当なこと言ってるから、後になってボロが出て、僕に追及されるんだよ?

最初からホントのことを言ってくれればいいのに...」

 

「その通りだけど、説明が難しいんだよ。

俺の言葉足らずで、上手く伝わらない可能性が大だと思ったんだ」

 

もどかしさのあまり頭をガシガシと掻く俺の姿は、夫の好奇心をより刺激してしまっただろう。

 

「もったいぶらないでよ」

 

今夜の夫も、思考を巡らすあまり飛躍してしまった仮説をたて、真剣な眼差しで俺に問うてきた。

 

それが出来てしまう夫だから、常識的にあり得ない事柄でも何の抵抗もなく受け入れてくれると思われる。

 

アオ君の素性について、なぜ隠していたのか?

 

当分の間黙っていた方がいいと、アオ君に口止めをしたのは俺の方だった。

 

相手が夫となると、情報は少しずつ明かしていった方がよいと思ったのだ。

 

その為、夫が疑う隙の無い設定を、あらかじめアオ君と綿密に打ち合わせたりしなかった。

 

『いとこのコ』と当たり障りのない設定をしていたのも、例え巧妙な嘘をついたとしても、世界で最も俺に詳しい夫の目と鼻、耳はごまかせない。

 

俺たちの方から知らせなくても、夫の方からわずかな矛盾や違和感を感じとって追求して欲しかったのだと思う(感情的になり過ぎた夫が、事実とはかけ離れた答えを導き出す場合もある)

 

するっと俺たち夫夫生活に入り込んできた17歳との暮らしを、夫は日々楽しんでいるようだ。

 

俺も楽しんでいる。

 

最初からすべてを知らせてしまった方がよかったのかもしれない、と後悔していた。

 

でも、感情移入しやすくのめり込む質の夫の傾向を考慮すると、先入観を与えない今までのやり方が一番だったのだと、考え直すのだった。

 

先週末の朝、冬物を全部出すようにと夫から命じられた。

 

一度に洗濯できないため天気を見計らいながら、今日はニット類、今日は(夫はダウンコートまでを自宅で洗ってしまう。

 

部屋干し中のマフラーを見て、季節の移り変わりを感じ、そろそろ全部を打ち明ける頃合いだなと思った。

 

「ますます訳分かんないし、興味が湧いてきたんだけど?」

 

「ちゃんと話すって」

 

俺はミカンを半分に割ると、一方を夫に渡した。

 

コタツの天板にメモ用紙と何かの粗品で貰ったボールペンがある(映画鑑賞の際、主人公たちが隙あらばキスばかりしているものだから、面白がった俺たちはカウントしてはメモしていた)

 

所帯じみた光景。

 

10年間積み重ねてきた日常。

 

そこに現れた珍客。

 

「デリケートな話だから、アオ君から直接聞いた方がいいよ。

彼のことだから喜んで話してくれるよ」

 

真実を共有するのを引き延ばしてきたのは、夫のため、アオ君のため、自分のため。

 

「それならば、ちょうどよかった」

 

ニコニコ顔の夫はこう提案した。

 

「週末に僕ら、遊びにいかない?」

 

俺たちとアオ君とで、遊園地に遊びに出掛けることにした。

 

遊園地計画を知らされた翌日、俺は帰宅途中アオ君のアパートメントを訪ねていった。

 

「全部話してしまおうか?」と、提案してみた。

 

「分かりました。

でも、どのタイミングで話しましょうか?」

 

「出掛けた日の夕食の時はどうかな?」と提案してみたら、アオ君は「夕食ですか...」 とア言い渋った。

 

「あらたまり過ぎてマズイかな?」

 

「チャンミンさん的に、今回のお出かけは自分で仕切りたいそうですよ」

 

夫のことだから張り切っていそうだな、と思った。

 

そこで、次回アオ君が我が家に泊りに来た時にしよう、ということになった。

 

「外出先よりも自宅の方がいいと思います」

 

 

いい天気だった。

 

遊園地はわが家から電車で2時間の場所にある。

 

夫は弁当の仕込みの為、早朝5時から台所に立っていたそうだ。

 

俺が起床した7時には、御馳走が詰まった三段お重弁当がダイニングテーブルに置かれていた。

 

ピクニックシートとブランケット、水筒を入れたバッグを俺が、弁当を夫が担当し、待ち合わせの駅でアオ君と合流した。

 

チケットを買い遊園地へ入場するなり、アオ君は走り出した。

 

どの順で巡れば、効率よくアトラクションを巡ることができるかを、遊園地までの道中、夫とアオ君は意見を交わし合っていた。

 

俺はと言うと、前夜は残業で帰りが遅くやや寝不足気味だったため、彼らの会話を聞きながらうとうとしていた。

 

とても満ち足りた気分だった。

 

夫も走り出し、俺は子供のようにはしゃぐ2人の後を追った。

 

序盤からメインアトラクションを攻めるのが、2人が練りに練ったプランだった。

 

週末は混雑するからと、有休を取って正解だった。

 

平日の園内は空いていた。

 

俺は2人に引きずられる格好で、ジェットコースターだ、廃病院を模した恐怖の館だと、さくさくとアトラクションを制覇していった。

 

その結果、午前中のノルマをこなし終えた時点で、昼食まで1時間以上あった。

 

「たのむ...ちょっと休ませてくれ」

 

会場入りしてから初めて、俺たちは休憩を取ることにした。

 

外周に沿ってベンチが並んでおり、俺たちはそのひとつに腰掛けた。

 

夫は水筒を出すと、プラカップに注いだお茶を俺とアオ君に配った。

 

アオ君は自分のバッグから取り出したミカンを配った。

 

「アオ君も気がきくようになったね」

 

「チャンミンさんの近くにいると、自然とかいがいしくなっちゃいますよ」

 

「ミカンばっかり」

 

「箱で買っちゃったんですよ。

駅でミカン農家のおじさんが売ってたんです。

箱は山積みになってるし、おじさんが可哀想になってしまって...」

 

丘陵地にあるここは見晴らしがよく、眼下には果樹園が広がり、視界を遠くに転ずると俺たちの住む街の遠景が霞んで見えた。

 

日差しは温かいが風は冷たい。

 

嗄れた喉に、甘酸っぱいミカンの水気が美味しい(恐怖の館で大声を出したせいだ)

 

例の件は今度自宅で話そうと、アオ君と打ち合わせていたのに。

 

おもむろにアオ君はこう話し出した。

 

「俺の両親は男同士なんだ」

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

(24)僕らが一緒にいる理由

 

 

「従兄弟?

多いからなぁ」

 

従兄弟の人数を尋ねられた夫はひとりふたりと指を折ってカウントしてゆき、「...11人くらいかな」と答えた。

 

「それは多いね...」

 

「ああ」

 

夫はTV台の引き出しから爪切りを取り出した。

 

「じゃあ、一番年上の従兄弟っていくつ?

...あ~、ティッシュを敷いてね」

 

夫は僕が取って寄こしたティシュペーパーを敷くと、その上でパチンパチンと足の爪を切り出した。

 

色白で、ごつごつと頑丈で大きな足をしている。

 

「え~っと...40歳手前だったと思う。

10年以上は会っていないかもな。

あの人...どうなってるだろう...禿げてるかも」

 

くくくっと一人笑いしている夫を横目に、僕は思う。

 

大人になれば遠方に暮らす従兄弟とは自然と疎遠になりがちだが、旧家である夫の実家では、季節の節目や祭事ごとに親類縁者たちが集結する機会も多いだろう。

 

僕と夫夫となったことが発端で、夫は彼らと疎遠になってしまったのだ...と、しんみりしてしまったが、僕は疑問解消の続きに戻ることにした。

 

「じゃあ、一番年下は?」

 

「若いぞ~。

まだ5歳か6歳じゃないかな」

 

「2番目に若いのは?」

 

「...Jかなぁ。

20歳も飛ぶだろ?」

 

「......」

 

Jちゃんは確か、25歳だ。

 

5歳の子の次はJちゃん...アオ君は17歳。

 

僕はパチリ、とTVの電源を落とした。

 

「...アオ君って従兄弟の子供だって言ってたけど、従兄弟って誰?」

 

「え!?」

 

爪を切っていた夫の手が止まった。

 

「ユノの親戚関係を全部把握しなくてもいいし、今までも興味がなかったんだ。

でも、この前Jちゃんと会ったって話したよね?」

 

「あ、ああ」

 

Jちゃんにアオ君の教科書を見られてしまったついでに、夫の従兄弟たちについて探りをいれた件については話していなかった。

 

「その時に、ちらっと訊いてみたんだよ。

ユノの従兄弟について。

アオ君の両親がどんな人なのか興味が湧いてさ。

彼って不器用なのに如才のなさそうだし、人懐っこそうなのに内弁慶だ。

ふわっと、とらえどころがない感じでしょ?」

 

「まあ...そうだな」

 

「彼は『溺愛する両親から離れたくて、最終的にここにやって来た』って言っていたよね。

でも僕にはふわっとした違和感があったんだ。

不器用で、僕らの手助け無しじゃ心もとない子なのに、彼の両親の顔が全然見えないんだよ」

 

「女の子じゃあるまいに。

しょっちゅう電話がかかってきたりしたら、過保護だろ?

溺愛=過保護じゃないと思うけどなぁ。

アオ君をひとり立ちさせるために、一切手出しをしていないだけじゃないのか?」

 

「...そうかもね。

でもさ、僕、分かったことがあるんだ」

 

「何を?」

 

「ユノの従兄弟の中には、アオ君の親に該当しそうな人がいないってこと!」

 

足の爪を切り終えた夫はティッシュペーパーを捨て、爪切りを引き出しに戻した。

 

夫はこの一連の動作の間、言葉を探しているように見えた。

 

「いないって判断したのは?」

 

「ユノの従兄弟の最年長は38歳だって、Jちゃんが教えてくれた。

でも、アオ君本人が、『両親は50代後半』だって話していたんだ。

そうだったよね?」

 

「ああ」

 

「ユノの従兄弟の中には『アオ君の親』はいないことになる。

従兄弟の最年長が38歳。

でも、アオ君の両親は50代。

それならば、従兄弟なのかなぁ、って思ったんだ。

『従兄弟の子供』って僕がきき間違えただけの話でさ。

でも、ユノの話によると、高校生の従兄弟はいない」

 

僕は前のめりになって、夫の顔を真正面から見つめた。

 

「ねえ、ユノ」

 

ズバリ、核心を突くことにした。

 

「結局さ、アオ君って何者なの?」

 

「...うっ」

 

虚を突かれたような夫の表情から、「とうとう来たな」と覚悟の意志も感じられるかも...と深読みすることもできた。

 

「彼と付き合うのに、素性を知る必要はないけどさ。

僕に知られたくないのだとしたら、詮索すべきじゃないけどさ。

でも...僕とユノは夫夫じゃん。

隠し事したくないなぁ、って思ってるんだ。

僕ばっかり何も知らずに、3人仲良くしていられないよ。

ユノばっかりずるい!」

 

夫は子供っぽく駄々をこねる僕に弱いのだ。

 

「う~ん...」

 

迷っている証拠に、夫は口元を手で覆い視線をあちこちと彷徨わせている。

 

「謎を謎のままにしておけないのは、小説家の性かなあ。

はははは」

 

最後のダメ押しで、おどけてみせると、夫は「分かったよ」と、諦めたように肩を落とした。

 

「...大袈裟な話じゃないんだ。

いや...驚かせてしまうかもしれないと思って、敢えて伏せていたところもあると言えばある。

う~ん、何て説明したらよいか」

 

「...実はアオ君の両親が亡くなっているとか?」

 

「生きてるさ」と夫は首を振った。

 

「ユノの親戚の、誰かの隠し子とか...?」

 

「チャンミ~ン...。

どうしてそこまで話が飛躍するんだよ?」

 

夫はほとほと呆れたといった風にがっくりと、額に手を当てため息をついた。

 

「ユノがちゃんと教えてくれないからに決まってるじゃん。

想像だけがむくむくと膨らんでしまうんだ。

僕って小説家だから想像力豊かなの」

 

「まぁ...そうだな」

 

夫は僕から目を反らし、TVのリモコンをいじり始めた。

 

「説明しづらいんだよなぁ。

俺も最初、信じがたかったんだ。

知らなければ知らないで済む話だし」

 

「...なんだよ?

怖いなぁ」

 

胸がドキドキと、手は汗で湿ってきた。

 

煮え切らない引っかかったような言い方に、僕は焦れてきた。

 

「...僕、凄いことを考えてしまった」

 

「なんだよ、その悪い顔は。

怖いんだけど?」

 

「なんだよ~」

 

僕は顔を歪ませた夫に近づくと、彼の耳元に囁いた。

 

「アオ君って...『ユノの子』とか?」

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

(23)僕らが一緒にいる理由

 

(あれ?)

 

僕の視線の動きに、お店のお姉さんもアオ君の耳たぶに注目しかけた。

 

それに気づいたアオ君は耳たぶを手で隠してしまった。

 

「どうかした?」

 

「ううん、なんでもない。

痒いな、って思って」

 

「あ、そう」

 

気になってしまった微かな何かよりも重要な、夫の為の贈り物選びに意識を戻した。

 

お姉さんがおススメしたピアスは、カジュアルな服装でも合いそうな、気障になり過ぎないデザインだった。

 

「これは何の石ですか?」

 

やや太めのカフス型で、正面からは見えない位置...耳たぶの裏側辺りに漆黒の石がはめ込まれている。

 

「水晶です」

 

「へぇ。

水晶に黒いものがあるんですね」

 

夫の瞳の色と一緒だと思った。

 

ちょうど今朝、仕上がったばかりの新作作品であるのもいい。

 

オリジナルでオーダーしようにも、僕じゃあセンスに自信がない。

 

「シンプルでカッコいい。

耳元に近寄ってはじめて、石に気付く...」

 

「ユノさんなら似合いそう」

 

「ただ、こちらのポストは太めなので、細いタイプにお直しすることもできますよ」

 

お姉さんは、キャッチを外して、ポストの部分を見せてくれた。

 

「いえ、このままで大丈夫です」

 

若かりし頃、様々なタイプのピアスを楽しんでいた夫のピアスホールは大きい方だったし、できる限り早く手に入れたかったのだ。

 

「裏側にイニシャルを彫ることもできますよ。

お待ちいただければ、15分ほどで出来ます」

 

僕とアオ君は「是非」と頷いた。

 

 

帰り道、アオ君の耳たぶはすっぴんになっていた。

 

「あれ?

外しちゃったの?」

 

「ああ、うん。

膿んでたみたいだ。

ピアスってそういう時あるよね」

 

「分かるよ」

 

夫に無理やり開けられたピアスホールは、後日じゅくじゅくと膿んで困ったのだ。

 

僕のトートバッグの中には、ラッピングされた小箱が入っている。

 

予算を少しオーバーした買い物だったが、夫の驚く顔を想像すると顔が緩んでしまう。

 

最寄り駅に到着した時、僕はアオ君を商店街内にある喫茶店へ誘った。

 

レトロな内装のそこは僕と夫の行きつけの店で、美味しい珈琲を出してくれる。

 

バッグから紙袋を出して、青いリボンが結ばれた箱をそっとテーブルに置いた。

 

「いつ渡すの?」

「いつがいいかなぁ。

時期的に中途半端でしょ?」

 

これまでの10年間、プレゼントなんて何度も経験しているけれど、今は世間のイベントごとは過ぎてしまった時期にあった。

 

「...そうだ。

次の休みにみんなでどっかに行こうか?

遊びにいって、いいとこでご飯食べて...その時に渡すってのはどうかな?」

 

「みんな?

えっ!?

俺も側にいていいの?」

 

心底驚いた顔をしたアオ君に、僕は「いいに決まってるじゃん」と答えた。

 

「せっかくの夫夫水入らずのところに。

ラブホに行きたくても、俺がいたら邪魔っしょ?」

 

「...おい」

 

いつものごとくアオ君のエロがらみの軽口に、僕はきっと睨みつけてやった。

 

「どこがいいかな」

 

3人でゲームセンターやスーパーマーケットへ出かけることはあった。

 

「どこにしようか?」

 

僕らはカップが空になってしまった後もしばらく、あれやこれや候補地を挙げてみたりと雑談を楽しんだ。

 

 

行為を終え息が整うと、僕らは後始末にとりかかる。

 

夫は散らばったティッシュを集めてゴミ箱へ、シーツの上に敷いたバスタオルを丸めて洗濯機へ。

 

僕はマットレスの高さに目線を合わせ、シーツに汚れがないかチェックする。

 

2人まとめてシャワーを浴びて時間節約する(性的に満腹しているので、互いの身体にちょっかいを出すことはない...というより、ちょっかいを出してくる夫の手を払いのけているのは僕の方だ。

 

この間の僕らは口もきかず、やるべきことを速やかに済ませる。

 

色気もへったくれもない話だけれど、長年連れ添っているカップルはこんなものだと思う。

 

パジャマに着替えた僕らは映画の続きに戻ることにした(僕らの趣味のひとつにB級映画の批評会がある)

 

アオ君と喫茶店で別れた僕は、レンタルDVDショップでエロティックホラー映画をレンタルした(たまには僕セレクトも面白いんじゃないかと思ったのだ)

 

想像以上にどエロい作品だったせいで、僕らは序盤の辺りでエロい気分になってしまい、寝室へなだれこんだ...という流れだ。

 

ラストまで夫の手を握ってあげた(夫はコタツにもぐり込んでしまい、肝心のクライマックスを見逃している)

 

照明を点け、「ふう~」と恐怖から逃れた安堵のため息を深々とついた。

 

「ユノの従兄弟って何人いる?」

 

「従兄弟?

急にどうしたの?」

 

僕は唐突に質問を始めた。

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]