(2)Hug

 

 

 

ユノがチャンミンの実家まで連れてこられたのは、ユノが「ある役」に抜擢されていたからだった。

 

チャンミンの故郷で、春のお祭りが執り行われる。

 

過疎化が進む田舎町にありがちな人手不足の影響で、御旅(祭り行列)へは全員参加だ。

 

神輿、山車、鶏闘楽、ひょっとこ、鬼、巫女さん、稚児さん、太鼓、雅楽隊、旗持ち、獅子...など、役が割り振られる。

 

ところが、チャンミンの兄リョウタが祭りの2週間前に、修繕のため登っていた屋根から転落し、足を骨折してしまったのだ。

 

地区の中で余っている成人男性はいない。

 

町中の神社でいっせいに祭りが執り行われるため、他地区に住む親せきに応援を頼めない状況だった。

 

そこで、実家から

 

「チャンミン!

お前の友達でも誰でもいいから、連れてこい!

日当は出してやるから」

 

そんな無茶な要請を受け、チャンミンはユノを連れて馳せそんじることになったわけである。

 

 


 

 

〜ユノ〜

 

 

「絶対にい、や、だ!!」

 

「アルバイト代を払ってくれるって」

 

はっきり、きっぱり断ったのに、チャンミンの手を合わせての「お願いポーズ」にやられてしまった。

 

「ほら、この前の旅行のやり直しだと思って、ね?」

 

初めての旅行では、熱を出してしまって、観光することもチャンミンと熱い夜を過ごすこともできなかった。

 

そんなわけで、俺はチャンミンの甘い誘いにのってしまった。

 

俺はとことん、チャンミンに弱いのだ。

 

チャンミンも俺には甘いから、いい勝負。

 

俺とチャンミンは似たもの同士だから、仲良しなんだ。

 

 


 

 

「ひとつだけ条件がある」

 

ユノは人差し指を立てた。

 

「なんでも聞くよ」

 

「チャンミンのお父さんと同じ部屋で寝るなんて、嫌だからな!

チャンミンと同じ部屋で寝ること!

これが第一条件だ」

 

ユノの子供っぽい要求に、チャンミンはユノの頭を抱き寄せて、よしよししたくなった。

 

(なんて、可愛い子なの、この子は?)

 

ところが、ユノを引き合わせた時、

 

「チャンミン...お前。

高校生なんか連れてきて...」

 

と、チャンミンの家族一同、ユノを一目見て絶句してしまった。

 

ユノが実年齢より若く見えることは承知の上だったが、まさか高校生と間違われるとは。

 

「違うって、ユノは大人だから。

ユノは職場の後輩なんだ」

 

苦し紛れなことを口に出してしまったチャンミン。

 

(チャンミン!)

 

隣に立つユノは、チャンミンのトレーナーを引っ張る。

 

(ユノは黙ってて!)

 

チャンミンは、ユノの手を払う。

 

目を丸くした彼らに、「お付き合いしている人です」とチャンミンは言い出せなくなってしまった。

 

(知らない人から見れば、やっぱり僕たちは、ちぐはぐなんだ)

 

若すぎるユノと自分との年齢差に、ますますチャンミンは自信をなくしてしまった。

 

チャンミンの部屋に入った途端、それまで愛想笑いを保っていたユノがチャンミンに詰め寄るのも当然のこと。

 

「どうして『彼氏です』って紹介してくれないんだ!?」

 

「ごめんね、ユノ」

 

納得がいかないといった風のユノは、チャンミンをぎりりと睨みつける。

 

「会社の後輩って、どういうことだよ!

せめて、友だちって言ってくれればいいのに...」

 

「ユノが若すぎて、お父さんもお母さんもびっくりしてたから...」

 

チャンミンはユノに背を向けて、バッグから荷物を取り出して、チェストに収める。

 

「それに、約束が違うじゃないか!

どうして俺は、チャンミンのお祖父ちゃんと同じ部屋なんだよ?」

 

「お父さん、いびきがひどいんだ」

 

「そういう問題じゃない!

...ってことは...ふむ。

夜這いに行くしかないなぁ」

 

「駄目だって!」

 

「ドアが『ふすま』なところが、不安要素だなぁ...。

静かにしないと、聞かれちゃうね」

 

「ユノ!」

 

「だって、チャンミン。

セクシー下着持ってきてくれたんだろ?

ちーっちゃいパンツ。

...見ちゃった」

 

バババッとチャンミンの顔が赤くなる。

 

(しまった!

ユノの目は超高性能レーダーだったことを忘れていた)

 

無防備にバッグの中身を見せてしまった。

 

「安心して。

絶対に夜這いに来てあげるから。

待ってろよ」

 

「ユノったら...もう」

 

階下からチャンミンたちを呼ぶ声が聞こえた。

 

「衣装合わせするって。

ほら、下に行こうか」

 

チャンミンはユノを促して、部屋を出た。

 

 

 

 

仏間横の部屋の鴨居に、長着と袴が吊るされ、たとう紙に包まれた長襦袢が畳の上に広げられていた。

 

「あでっ!!」

 

「ユノ!」

 

鴨居に頭を派手に打ち付けてしまったユノは、うずくまった。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫じゃない...。

星が飛んでる...」

 

「おい!

とっとと、衣装合わせするぞ!」

 

床の間を背にしてあぐらをかいた初老の男が、手招きをした。

 

祭礼の役を務める彼はテツといって、チャンミンの妹の義父だ。

 

「お前は『旗持ち』だ」

 

「ええ?

旗を持って歩くだけ?」

 

ユノは祭りの役目を知ると、頬を膨らませた。

 

「地味」

 

「馬鹿たれ!

神さんの名を染めぬいた大事な旗なんだぞ。

罰当たりなことを言うんじゃない!」

 

「どうせやるなら、獅子をやりたいなぁ」

 

「馬鹿たれ!

1日2日の練習で、獅子を舞えたら、50年やってる俺らはどうなるってんだい!

第一、お前みたいなでかい奴が履ける股引きなんぞない!」

 

テツはユノの頭をはたいて叱りとばした。

 

「え?

俺の脚が長いってことですか?」

 

(ユノったら...)

 

呆れたチャンミンは、ため息をつく。

 

「ユノ、ほら、ね?

狩衣姿になれるんだよ?

僕と一緒だよ?」

 

チャンミンの役も旗持ちなのだ。

 

「着流し姿の方がよかった!

刀を腰に差したかった!」

 

ご機嫌斜めのユノは、いちいち文句を垂れていた。

 

(家族に『彼氏』だと紹介されなかったことを、根にもってるんだ)

 

「今夜、練習だからな」

 

ひと言言い終えて、テツは帰っていった。

 

チャンミンの母親セイコに、長着と袴を合わせてもらううち、ユノの気分は上がってきた。

 

「チャンミン!

似合う?」

 

ユノはチャンミンの前で、くるりとまわって見せる。

 

(子供みたいな顔して、ユノったら本当に可愛い)

 

袴が若干短すぎるが、腰を落として着付ければごまかせるだろう。

 

「俺に惚れなおした?」

 

衣装合わせを終え、着物を脱いだユノは、小首をかしげてにっこりと笑う。

 

「はいはい」

 

チャンミンは、ユノから顔をそむけて渋々答えた。

 

「早く服を着て!」

 

「チャンミン...もしかして照れてる?」

 

ユノの言う通り、チャンミンはユノの下着姿にドギマギしていた。

 

「今夜、たっぷりと見せてあげるからな...ふふふ」

 

「ユノ!」

 

チャンミンはユノの洋服を投げつけると、部屋を出ていったのだった。

 

(年下のくせに!

年下のくせに!

僕は、からかわれてばっかりだ!)

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

(1)Hug

HUG

 

ひっきりなしに浴びせられるお湯に、ユノは閉口していた。

 

のぼせて頭がくらくらしていた。

 

湯船に潜水していたケンタが、にゅうっと水中から頭を出した。

 

「おじちゃん、どうして毛が生えてるの?」

 

「えっ!?」

 

「僕んのは、つるつるなのに」

 

ケンタが大股を開いて、腰を振る。

 

(勘弁してくれ...)

 

ユノは、やれやれといった風に首を振った。

 

「おじちゃんも結婚してるの?」

 

「んなわけないだろ?」

 

「じゃあ、なんで毛が生えてるの?」

 

「えっ?」

 

(チャンミン...この子らは意味不明なことを言って俺を困らせます)

 

洗い場で髪を洗っていたソウタも、ユノにお尻を振って見せる。

 

(ったく、小学生男子ときたら)

 

「お父さんも毛が生えてるだろ?」

 

「おじちゃん、知らないのー?」

 

ケンタとソウタはゲラゲラ笑った。

 

「結婚すると毛が生えるんだよ」

 

「はあ?」

 

「とぅっ!!」

 

盛大な水しぶきをあげて、ソウタが飛び込んできた。

 

いったん底まで沈んだソウタが、湯船の底を蹴ってばねのようにジャンプする。

 

大揺れしたお湯が縁から、ざざーっと洗い場に流れ落ちた。

 

(結婚したら毛が生える?

小学生男子の会話は、理解不能だ)

 

「おじちゃん、チャンミン兄ちゃんと一緒に風呂入ったことある?」

 

「...ない」

 

(悲しいことに、ない!

お風呂どころか...お風呂どころか...)

 

ユノは、ぶくぶくと鼻まで湯につかった。

 

背の高いユノには湯船は狭く、曲げた膝が突き出ている。

 

「俺、入ったことあるもんね」

 

「いいなぁ」

 

小学生相手に、心底羨ましがるユノだった。

 

ケンタとソウタは得意そうだ。

 

「チャンミン兄ちゃんも毛が生えてるんだよ」

 

「うん、ボーボーなの」

 

「!」

 

ユノはすぐさま想像してしまって、赤くなる。

 

(ううっ...刺激が強い。

俺はまだ、見たことがない!)

 

「結婚したから、毛が生えたんだぜ」

 

ユノの視界が霞んできた。

 

(チャンミン...辛い...)

 

「ソウタ!ケンタ!

いつまで入ってるんだ!」

 

浴室ドアの曇りガラスに人影が写り、がらりと開いてチャンミンが顔を出す。

 

「お兄さんを困らせてるんじゃないだろうな?」

 

「チャンミン兄ちゃん!」

 

ソウタとケンタは、タオルを広げたチャンミンに突進していった。

 

「ちゃんと身体拭いてってー!」

 

チャンミンの制止むなしく、びしょ濡れのまま彼らは駆けていってしまった。

 

湯船にひとり残されたユノの顔は、茹でだこのように真っ赤だ。

 

「ごめんね、ゆっくりできなかったでしょ?」

 

ユノは前も隠さず、ざぶりと立ち上がった。

 

「ユ、ユノ!」

 

「ごめん...ギブアップ...」

 

そうつぶやいたユノは、チャンミンの膝めがけてどうっと倒れこんだのだった。

 

意識を失う直前、ユノの頭にちらっと違和感がかすめていた。

 

 


 

 

ユノはチャンミンの故郷に来ていた。

 

実家を継いだチャンミンの兄家族、両親、祖父母の9人、大家族だ。

 

チャンミンには妹が一人いるが、彼女は近所の家に嫁いでいた。

 

チャンミンの甥っ子にあたる、カンタ、ソウタ、ケンタは、訪れたユノをひと目見て、いい遊び相手ができたと目を輝かせた。

 

ユノを『おじちゃん』と呼び、射的の的にし、小学生とはいえ3人まとめて背中にしがみつき、彼ら全員が鬼になったかくれんぼで彼を追いかけまわした。

 

初日で既にユノは疲労困憊だった。

 

「俺は若い男だ。

おじちゃんじゃない!」

 

ユノは、煎餅をかじりながらぷりぷり腹をたてていた。

 

行儀よく正座をして、座卓が低すぎて猫背気味になっている姿が、なんとも可愛らしいのだ。

 

「あの子らは、俺をおもちゃにするんだよ?」

 

3人にさんざん髪をひっぱられて、ボサボサ頭になっている。

 

頭をよしよしとなぜたい衝動を抑えて、チャンミンはユノをなだめる。

 

「まあまあ、ユノ。

子供相手にムキにならないで、ね」

 

「仕方ないなあ。

チャンミンに免じて許す!」

 

すると、ユノの顔がふにゃふにゃと緩んだ。

 

「ケンタ君たちのおもちゃは嫌だけど...。

チャンミンのおもちゃには喜んでなるよ」

 

「ユノが言うと、いやらしく聞こえるんですけど...?」

 

「ふふふ。

チャンミンも、エッチだなぁ。

何を想像していたんだ?」

 

「こらっ!」

 

「ふふふ」

 

「こらー!」

 

赤くなったチャンミンはユノに飛びつこうとし、ユノはそれから逃れようと後ろに身をひいた。

 

チャンミンは、寝っ転がったユノの脇をくすぐった。

 

「あははは。

くすぐったい!!」

 

「これはどうだ!」

 

身をよじるユノを、もっとくすぐってやろうとチャンミンは、ユノの腕を押さえつけていたら...。

 

「夕飯が出来た...」

 

ふすまが開いて、チャンミンの母親セイコが顔を出した。

 

「わっ!」

 

はじかれたように、離れる2人。

 

「みんな待ってるから、早く居間に来なさい」

 

コホンと咳ばらいをしたセイコは、ぴしゃりとふすまを閉めて客間を出て行ってしまった。

 

「......」

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

保護中: Hug

このコンテンツはパスワードで保護されています。閲覧するには以下にパスワードを入力してください。

【番外編】NO?-ミンミンのクリスマス-

 

 

「民ちゃ~ん」

 

「はいはい」

 

「民ちゃ~ん」

 

「はいはい」

 

民ちゃんの背後に近づいて、彼女をうしろから抱きしめていた。

 

民ちゃんはぴったりとくっついた僕に構わず、ごくごくと水を飲んでいる。

 

「ねぇ、民ちゃん」

 

僕は民ちゃんの耳下に、鼻先をこすりつけた。

 

「はいはい、何ですか?」

 

民ちゃんは僕の彼女だ。

 

僕と同じくらい背が高くて、ボーイッシュだけど可愛い子だ。

 

民ちゃんの肩にあごを乗せて、何度も彼女の名前を呼んでいた。

 

ミニバー正面に取り付けられた鏡に、僕らの顔が映っている。

 

僕と民ちゃんは瓜二つの顔をしているから、並んだ2つの顔は双子以上。

 

はた目には、双子の青年二人がじゃれついているように見えるだろう。

 

でも、僕らは他人同士で、民ちゃんは女の子だ。

 

僕らの馴れ初めや、ここに至るまでの過程の説明は、長くなるから省略する。

 

要約すると、僕は民ちゃんに夢中だと言うこと。

 

僕らは昨晩、ホテルに一泊していて、ひとつベッドで眠った。

 

目覚めたところ、隣にいるはずの大好きな人がいなかった。

 

あれ...?と、部屋中を見回すと、ミニバーにしゃがみこんだ民ちゃんの顔が、冷蔵庫の灯りに照らされていた。

 

分厚いカーテンで外の様子は分からないけれど、ヘッドボードのデジタル時計で早朝だと知ったのだ。

 

「早起きだね?」

 

「喉がカラカラだったんです。

昨夜は飲み過ぎました」

 

民ちゃんはアルコールが苦手で、350mlのビールひと缶でべろべろになれる。

 

僕が持ち込んだシャンパンを、「美味しい美味しい」と、僕が止めるのをきかなかった民ちゃん。

 

グラス1杯のシャンパンで、大の字になって眠ってしまったのだ。

 

クリスマスイブにぴったりなアイテムでも、民ちゃん相手には相応しくなかった。

 

僕が悪かった。

 

「だろうね。

あ~あ、民ちゃんはさっさと寝ちゃうし、寂しかったなぁ」

 

かつて僕が贈ったパジャマを着た民ちゃんを、もっと強く抱きしめた。

 

「...チャンミンさんの言いたいことは分かってますよ」

 

「...嘘!?」

 

「チャンミンさんの暴れん坊が、私のお尻にあたってます」

 

「これは、寝起きの生理現象だから仕方ないよ」

 

「ふ~ん。

ホントにそれだけですかぁ?」

 

「......」

 

民ちゃんが指摘するように、それだけじゃない。

 

奮発してとったこの部屋は、民ちゃんへのクリスマスプレゼントだったのだ。

 

「クリスマスに欲しいものはある?」と聞いてみた。

 

そうしたら、「チャンミンさんと楽しく過ごせるだけで十分です」と、物欲のない民ちゃんは答えた。

 

非日常的な時間を過ごしたくて、こうしていい感じのホテルにいるのに、僕らのクリスマスイブは清い一夜だった。

 

僕も男だし、民ちゃんは可愛いし、焦れていた僕はこうして民ちゃんにくっついて甘えていたのだ。

 

こういう雰囲気を察してくれるかどうかは...期待薄だ。

 

「...しよ?」

 

「へ?」

 

「民ちゃん...しよ?」

 

「......」

 

「今から...しよ?」

 

「はっきり、言っちゃいますか?」

 

「うん。

民ちゃんとしたい」

 

「したくてたまらないんですか?」

 

「うん」

 

「したくてしたくてたまらないんですか?」

 

「うん。

分かるでしょ?」

 

「...確かに...すごいですね」

 

「民ちゃんでも分かる?」

 

「子供じゃないですからね」

 

「だから...しよ?」

 

「......」

 

「イヤ?」

 

「イヤじゃないですよ」

 

「駄目?」

 

「駄目じゃないですよ」

 

「ホントに?」

 

「嘘はつきませんてば」

 

「触ってもいい?」

 

「もう触ってるじゃないですか!?」

 

僕の手は民ちゃんのパジャマの裾の下に忍び込んでいて、彼女の平らなお腹を撫ぜていた。

 

すべすべの肌で、触っているととても気持ちがいい。

 

一応、いつ肘鉄をくらってもいいように、下腹に力を入れていた。

 

「あの...チャンミンさん。

私...寝ちゃったでしょう?」

 

「寝ちゃってたよね。

夜9時なのに」

 

「チャンミンさんへのクリスマスプレゼント、用意してたんです」

 

「僕に?」

 

期待していなかったけど、「あれぇ、プレゼントはないんだぁ」とちょっぴり残念だったのは確かだ。

 

「他に誰がいます?

チャンミンさんしかいないでしょう?」

 

僕の鼻先に触れる民ちゃんの耳が真っ赤になっていた。

 

か、可愛い...と思いながら、「プレゼントって何?」と尋ねてみたら、

 

「チャンミンさんが今、触ってます」

 

やっぱり、そうだったか!

 

指先に触れるものに、「あれ?」と思ったんだ。

 

レース生地の細やかな網地。

 

民ちゃんはいつも、つるっとシンプルな、黒オンリーの機能性重視の下着を付けている。

 

以前、民ちゃんにこんなことを言われた。

 

「想像してみてください。

チャンミンさんが可愛いブラジャーとパンツを付けてたら気持ち悪いでしょう?」

 

民ちゃんに言われるがまま、自分が紫色のすっけすけのランジェリーを身につけた姿を想像してみた。

 

その気味悪さに、思わず顔をしかめてしまった直後、

 

「ほら、変な顔してる。

でしょう?

私がセクシー下着を付けるってことは、そういうことです!」

 

民ちゃんを傷つけてしまったと気付いた時には遅かった。

 

その後フォローしてみたけど、取り合ってくれなかった。

 

民ちゃんは両手で顔を覆っている。

 

耳だけじゃなく、ほっぺも真っ赤になっている。

 

民ちゃん...可愛いなぁ。

 

ミニバーの鏡に映る民ちゃんのパジャマのボタンが、僕の指によってひとつひとつ外されていく。

 

そっとパジャマの上を脱がして、そのまま床に落とした。

 

民ちゃんの華奢な肩も背中もあらわになった。

 

う...か、可愛い...。

 

ワイヤーの入っていない透けた生地が、彼女のあるかなきかの、ほとんどないと言ってもいい胸をおさめている。

 

たまらなくなって、僕は民ちゃんを力いっぱい抱きしめて、彼女の喉に噛みつくようにキスをした。

 

「んんっ...」と漏らす民ちゃんの声が甘い。

 

普段はほにゃららと子供っぽい民ちゃんだけど、そういう時の彼女は大人の女性らしく色っぽい。

 

そんなギャップも民ちゃんの魅力だ。

 

僕の腕の中でくるりと身体の向きを変えると、僕の首にぎゅうっとしがみついてきた。

 

その気のスイッチが入った民ちゃんと、貪るようにキスをしながら、部屋中央に鎮座した巨大なベッドに背中からダイブする。

 

民ちゃんの手が僕の下着にかかり、僕も彼女のパジャマの下を脱がせる。

 

いつもなら下着もいっしょに脱がせてしまうことも多々あるが、今夜は民ちゃんの下着姿をとっくりと眺めたい。

 

仰向けに寝かされた民ちゃんは、両手で顔を覆ったまま「恥ずかしー!」を連呼している。

 

もじもじとこすり合わせている両膝のてっぺんに、キスをした。

 

見下ろす民ちゃんの身体がとても綺麗で、エッチな気持ちも忘れて見惚れてしまった。

 

民ちゃんは骨っぽい身体付きやペチャパイを気にしているけれどね。

 

今年のクリスマスプレゼントのルールは、『モノではなくコト』だったのだ。

 

だから僕は、リッチな気分で過ごす時を民ちゃんに贈った。

 

民ちゃんが僕に贈ってくれたものは、僕をとろとろで甘々な気分にさせてくれるもの。

 

きっと明日には、民ちゃんの下着はシンプルなものに戻ってしまうだろうけどね。

 

ブラを外そうと手を伸ばしたら、「駄目です!」と拒まれた。

 

「今さら...どうして?」と尋ねたら、

 

「せっかくの可愛いブラです。

付けたまま、です!」

 

民ちゃんの可愛いお願いに、胸がキュッとした。

 

30男でも大好きな人を前にすると、胸がときめく時があるのだ。

 

僕は頷くと、民ちゃんの長い前髪をかきあげ、小さな顔を両手で包み込んだ。

 

 

絶頂の瞬間、突いたヘッドボードに灯るデジタル時計。

 

時刻は、午前6時。

 

12月の日の出は遅いから、きっと外は未だ暗い。

 

民ちゃんには内緒にしてること。

 

実はもう一晩、この部屋をとっているんだ。

 

だから僕らは、たっぷり愛し合える。

 

 

 

(おしまい)

 

[maxbutton id=”15″ ]

[maxbutton id=”27″ ]

[maxbutton id=”2″ ]

 

【番外編】NO?-パジャマを脱ごうー

「はい、どうぞ」

 

民ちゃんに手渡された紙袋を前に、僕は自分を指さした。

 

「僕に?」

 

「はい、そうです」

 

民ちゃんは小首をかしげて、にっこりと笑った。

 

眉と細めた目尻が左右非対称に下がって、「う...可愛い」と心の中でつぶやいた。

 

湯上り民ちゃんは、化粧水を塗ったばかりの頬を光らせて、濡れ髪をターバンでまとめている。

 

「えー、なんだろう?

誕生日...でもないし...何なに?」

 

僕はワクワクとはやる心を抑えつつ、紙袋の中身を取り出す。

 

「え...これ...?」

 

ひと目見てドッキリした。

 

「はい、そうです」

 

「僕に?」

 

「日頃の感謝の気持ち、です」

 

「わざわざ、いいのに...」

 

「ふふふ。

チャンミンさん、早く着がえてくださいな」

 

「う、うん」

 

「......」

 

「民ちゃん」

 

「はい?」

 

「見られてると恥ずかしいから。

あっち...向いてて」

 

民ちゃんったら、くいいるように視線を注ぎ続けるから恥ずかしくなってきた。

 

「パンツを脱ぐわけじゃあるまいし...。

見せてくれるのなら、ありがたく拝見しますよ。

あ!

冗談ですよ、本気にしないで下さい。

一度見たことがあるから、十分です」

 

「うーん...」

 

僕は民ちゃんに背を向けてハーフパンツを威勢よく脱いだ。

 

続けて民ちゃんから貰ったものに足を通そうと片足をあげたが、爪先がひっかかりバランスを崩してしまった。

 

「うわっ!」

 

尻もちをつきそうになるのを、とっさに飛びついた民ちゃんの腕に支えられた。

 

コケるところだった...!

 

「おっちょこちょいのあわてんぼうさんですね」

 

「民ちゃんほどじゃないよ」

 

「むっ」

 

ボタンをかけ終えて、民ちゃんに披露した。

 

「ほら、着たよ」

 

おどけて空気のスカートの裾をつかんで、脚をクロスしてみせる。

 

「チャンミンさん...」

 

胸の前で両手を合わせた民ちゃんは、キラキラと目を輝かせている。

 

「素敵です。

似合ってます...!」

 

「ありがとう」

 

民ちゃんからプレゼントされたのは、太い縦じま模様のパジャマだったのだ。

 

何でまた、パジャマ...なんだ?

 

よりによって...これ、なんだ?

 

上等な生地と、着る時に目にしたブランドタグが気になった。

 

「高かったでしょ...これ?」

 

「金額の話なんて、無粋なことを言わないでください」

 

「そうだね、ゴメン...」

 

「予想を上回る似合いっぷりだったので、私は満足です」

 

「でもさ、どうしてパジャマなの?」

 

「ふふふ」

 

民ちゃんは僕の鼻先で人差し指を振って、思わせぶりに笑った。

 

「チャンミンさんに着て欲しいなぁ...って」

 

民ちゃんにやられたよ。

 

今度は、僕からの仕返しだ。

 

「民ちゃん」

 

「はい?」

 

「洗面所の、2番目の引き出し開けてみて」

 

「何ですか、突然?」

 

「いいから!」

 

「まさか...セクシー・ランジェリーですか?

チャンミンさんもエッチですねぇ。

エッチな恰好をさせて、私に何しようとたくらんでいるんですかぁ?」

 

「そういう想像をする民ちゃんの方が、エッチだってば。

いいから、行った行った!」

 

身体をくねらす民ちゃんの背中を押す。

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

民ちゃんが洗面所へ消えた。

 

 

「おー!」

 

民ちゃんの大きな声。

 

驚いてる。

 

可笑しくって嬉しくって、僕は笑いをかみ殺していた。

 

「チャンミンさん!」

 

民ちゃんが戻ってきた。

 

「え...?」

 

民ちゃんの怒った顔に、僕は固まった。

 

まずかった...のかな?

 

「ズルいです。

私はサプライズにめっぽう弱いんですよ。

サプライズを仕掛けた私が、サプライズ仕掛けられてどうするんですか!」

 

「民ちゃん、怒らないで」

 

なだめるように、民ちゃんの肩を抱いた。

 

「うっうっうっ...」

 

「泣かないでよ...」

 

布越しの民ちゃんの肩が薄くて、胸がギュッとなる。

 

「ごめん...そんなつもりじゃなかったんだ...」

 

ヘアターバンからくしゃくしゃと飛び出た、民ちゃんの髪を撫ぜる。

 

「そんなつもりで、私は大歓迎です」

 

「へ?」

 

「大歓迎です!」

 

民ちゃんは目尻を拭って、顔を上げた。

 

「チャンミンさんこそ、どうしちゃったんですか?

どうですか、似合いますか?」

 

僕の目の前でくるりと回って見せる。

 

ヤバイ...可愛い。

 

民ちゃんが着ているパジャマは、僕が着ているものの色違い。

 

民ちゃんのがワイン色で、僕のはネイビー色。

 

何の気なしにこれを見かけて、気付いたら「これをください」と言っていた。

 

民ちゃんも僕と同じことをしていたなんて。

 

色違いのパジャマ。

 

「新婚カップルみたいですねぇ」

 

鼻にしわをよせた民ちゃんが、「きゃー」と顔を覆って照れている。

 

か、可愛い...。

 

民ちゃんの言葉が嬉しくて、僕の顔も熱い。

 

「チャンミンさん、試してみたいことがあるんです」

 

「え...?」

 

「脱いでください」

 

「脱ぐ?」

 

「パジャマ交換です」

 

「なるほど...」

 

サイズが同じ僕らだからこそ、出来ること。

 

うん、と僕らは頷き合ったのを合図に、僕も民ちゃんも着ているものを脱ぎだした。

 

民ちゃんの肩があらわになって、ギョッとして顔を背ける。

 

「チャンミンさん、ズボン下さい」

 

「待って!」

 

目の前に突き出されたパジャマの上を受け取り、脱いだばかりのパジャマの下を手渡した。

 

僕らは一体何をやってるんだか。

 

僕が民ちゃんのために買ったパジャマを、僕が着て、

民ちゃんが僕のために買ったパジャマを、民ちゃんが着ている。

 

「おー!

赤い方も似合ってますよ」

 

「そう?

こっちに来て」

 

民ちゃんの手を引いて、二人並んで洗面所の鏡に映してみる。

 

民ちゃんがネイビー色の方で、僕がワイン色。

 

「...新婚カップルどころじゃないですよ」

 

同じ顔が並んでいる。

 

「カップルじゃなくて...」

 

その通り。

 

双子感が半端ない。

 

「鏡に映すとどっちが自分で、どっちがチャンミンさんなのか、分からなくなります。

新婚カップルには、全然見えません」

 

「そう見えなくたっていいじゃないか。

変な目で見る奴がいても、無視していよう、な?」

 

「はい」

 

民ちゃんは、鏡に映る僕らを交互に見比べている。

 

「チャンミンさんの赤い方も、いいですねぇ。

たまに交換しましょう」

 

「面白いこと言うね」

 

 

「そうだ!

チャンミンさん、こっちに来てください」

 

民ちゃんに手を引かれて寝室に戻る。

 

「うわっ!」

 

どんと、力いっぱい背中を押されて、僕はベッドにダイブする。

 

(民ちゃんは身体が大きいから、力持ちなんだ)

 

「チャンミンさーん、こっち向いてください」

 

「え!

写真?

写真撮るの?」

 

「ポーズとってください。

テーマは昼下がりのリゾートホテル、ですよ」

 

僕らが居るのはごくごく普通の、マンションの一室。

 

しかも、夜。

 

「枕にもたれて。

そうです。

何か飲み物を持ってた方がリアルですよね。

はい、これ持ってください。

おー、ぐっと良くなりました。

チャンミンさん!

顔がかたいです。

こっちは見ないで、自然な感じで。

くつろいだ感じでお願いします」

 

 

僕は、民ちゃんと旅先のホテルにいるところを想像した。

 

夜更かししたせいで太陽が高くなったころに目覚めた。

 

お揃いのパジャマを着た僕らは、ベッドの上でゴロゴロしているんだ。

 

きっちりパジャマを着ている時点で、昨夜は何もなかった、ってことか。

 

それならば、パジャマを交換しようって言って民ちゃんを脱がすか...?

 

「チャンミンさん!

顔がエロくなってます!」

 

「ごめん!」

 

「おー、いいですねぇ」

 

 

「この写真、SNSにあげますね」

 

「そのつもりだったの?

えー、やめてよ」

 

「安心してください。

これは『私でーす』って、アップしますから。

『髪切りましたー』って。

誰もチャンミンさんだとは、思いませんって」

 

楽しそうな民ちゃんを見て、僕も笑顔になった。

 

 

「あ...」

 

僕は民ちゃんの耳の下にキスをした。

 

民ちゃんはここにキスされるのが好きなんだ。

 

直立不動になった民ちゃんの首が真っ赤に染まっていて、可愛いんだから。

 

ミルクみたいな甘い香りを、胸いっぱいに吸い込む。

 

ここで押し倒したら、民ちゃんは怒るかな。

 

 

(『パジャマを脱ごう』終わり)

 

[maxbutton id=”15″ ]   [maxbutton id=”2″ ]