~チャンミン~
民ちゃんは僕の正面までにじりよると、正座をした。
「チャンミンさんへお願いがあるんです」
「いいよ。
僕にできることなら、何でも」
民ちゃんに弱い僕のことだ、大抵のことなら応えてあげられる自信がある。
民ちゃんの手が伸びてきて、僕の手と繋いだ。
「ユンさんに...して欲しいことがあって」
「ユンに?」
「はい。
ユンさんに、私とチャンミンさんはお付き合いしていることを伝えて欲しいのです。
チャンミンさんの口から」
なるほど...。
民ちゃんの気持ちは既に自身にないことを知っても知らなくても、ユンは意に留めないだろう。
僕の口から「民ちゃんの彼氏は僕、チャンミンだ」と宣言してやれば、ある程度の牽制にはなる。
なぜなら、僕は仕事の発注者の立場にあるからだ。
ユンにとって僕は得意先、非常識なことはしにくい。
「いいよ。
次に会った時、ユンに話しておくよ」
仕事の話の前後に出すには相応しくない話題だけど、構いはしない。
「民ちゃん...ホント、ごめん」
僕はあらためて民ちゃんに謝った。
最後まで話を聞いてみて、民ちゃんが「かつてユンが好きだった」とまず話し始めたわけがわかったのだ。
順を追って話そうとする民ちゃんを遮り、ヤキモチを妬いて彼女を傷つける言葉を吐いた。
民ちゃんよりも僕の方が余程、子供っぽい。
「はい、これで私の話はお終いです。
最後まで聞いてくださりありがとうございます」
ぺこり、と民ちゃんはお辞儀した。
「ねぇ。
敬語はいいよ」
僕らが初めて会った時の関係性だと、民ちゃんが敬語になるのは分かるけれど、今はそうじゃない。
民ちゃんが僕に気を遣って敬語のままでいるとしたら、悪いなぁと思ったのだ。
「カノジョが敬語なんてさ...変じゃないかな?」
「変...ですか?」
僕の言葉に民ちゃんは考え事をしているようだ、一時停止している。
「もっと気楽にさ」
と、民ちゃんは突然立ち上がった。
「?」
「なあ、チャンミン」
「へ?」
「お前に見せたいものがあるんだ」
「民...ちゃん?」
民ちゃんはぽかんとする僕を振り返った。
「なんだ、チャンミン?
蛇が蚊を飲み込んだみたいな顔をして?」
「...民ちゃん、言葉の使い方間違ってるよ」
「じゃなくて、棒を飲み込んだ顔をして?
うーん...違うなぁ。
そうそう!
ひょっとこみたいな顔をして」
「そりゃあ...びっくりするよ」
「ふん。
チャンミンに見てもらおうと思ってさ」
民ちゃんはクローゼットから、紙袋らしきものを取り出した。
そして、どかっと胡坐をかいて座った。
「お前が好きそうなものだ」
「あのね、民ちゃん。
何も男言葉にしなくてもいいんだよ?
僕が言ったのは、敬語は使わなくてもいいんだよ、っていう意味。
僕は構わないんだけど...民ちゃんが窮屈じゃないかなって?」
民ちゃんの男っぽい容姿と男言葉は、それほど不釣り合いでもない(絶対に彼女には言ってはいけないことだ)
「...窮屈じゃないですよ。
私にとってチャンミンさんとお話するのは、この言葉遣いしか考えられないのです」
「う~ん...そうだね」
「私が急に、『チャンミンってさ、...顔がエロいんだけど?』って言い出したら...落ち着かないでしょう?
『チャンミ~ン、勃ってるってば!』とか?」
「あのね、民ちゃん...。
どうして例文がそういう系なわけ?」
「あはははは」
大きな口で笑う様子に僕はホッとした。
交際わずか1週間で初めての喧嘩、仲直りは翌日に持ち越さずに済んだ。
リアと付き合っていた時は、気の強い彼女の機嫌を損ねないよう先回りに行動していた。
激しい言い争いに発展するのが嫌で、言い控える時も多かった。
険悪ムードになってしまうと、それを平常モードに戻すために相当な努力が必要だった。
ああ、ダメだ。
リアと民ちゃんを比べたらいけない。
「...チャンミンさん?」
思考から戻ってみると、民ちゃんに間近から覗き込まれていて、その近さにドキンとした。
室内は常夜灯を付けただけで、とても暗い。
だから余計に嗅覚と触感が敏感になる。
民ちゃんの首筋から漂う香りだとか、体温だとか...どうしても色っぽい方面に行ってしまいがちな僕だ。
「電気つけようか?
暗いよね」
腕を伸ばして天井灯のスイッチを入れた。
パカパカっと点滅の後、白々と室内は明るくなり、目に映るものが全て生っぽく感じられる。
パジャマ姿の僕のカノジョ、カノジョが寝ていた布団...。
「民ちゃん...これ?」
民ちゃんの膝に乗ったビビッドピンクの紙袋に、僕は問うような視線を送った。
最初はプレゼントなのかな、と思った。
ところが真剣な表情で、民ちゃんはこう言うんだ。
「相談ついでに、チャンミンさんに選んでもらいたいものがあるんです」
民ちゃんは紙袋から出したものを右と左、僕の前にぶら下げてみせた。
「紐とレース。
どちらがいいですか?」
「...民ちゃん」
目の前で揺れる小さな下着は、僕の男を刺激するには十分過ぎるほどだ。
それ以上に胸をドキドキさせたのは、僕に選んで欲しいと頼むカノジョの可愛らしさだ。
(つづく)