【28】NO?

 

~帰りたくない~

 

~民~

 

 

天井に鏡がはめ込まれていた。

 

黒い服を着た男の人に組み敷かれているのは、脚を揃えて寝そべった私。

 

チャンミンさんが、私の首にキスをしている。

 

鏡の中の私と目が合った。

 

びっくりした顔をしている。

 

それから...なんて私は大きい身体をしているんだろう。

 

「押し倒されても文句は言えないよ」と言った時のチャンミンさんの顔が、

「美味しいものを食べさせないとね」と言ったユンさんの顔と重なって、ドキッとした。

 

チャンミンさんは、私と同じ顔をしているのに、私みたいにあやふやな顔じゃないの。

 

「男みたいな、女みたいな」どっちつかずの顔とは、違っていた。

 

しっかりした男の人の顔をしていた。

 

とてもカッコよくて、驚いた。

 

チャンミンさんを無理やりホテルに連れ込んで、「押し倒されても...」の言葉を聞くまで、チャンミンさんは男の人なんだって意識していなかった。

 

チャンミンさんなら「大丈夫」だって、兄妹みたいに居られるって。

 

私みたいなオトコオンナを、どうこうしたい人なんて存在しないって、思い込んでいたから。

 

私ってば、お子様だ。

 

ネオンピンクの照明の逆光の下でも、面持ちが真剣で、熱に浮かされたみたいな眼差しで、ちょっとだけ、怖いと思った。

 

覆いかぶされて、耳の下にチャンミンさんの熱い唇が押し当てられていた。

 

唇の位置をちょっとずらしてキスをして、また唇の位置をずらしてキスをするの。

 

首筋がぞわぞわってして、こんな感覚は初めてだったし、心臓が壊れそうにドキドキした。

 

私のバージンを奪うのは、チャンミンさんなんだ!

 

私には好きな人がいるけれど、チャンミンさんが相手ならいっか、って悠長なことを考えていた。

 

恋人と別れて、今のチャンミンさんは荒れているんだ。

 

男の人って、こうやって寂しさを癒やすのね(何かの小説で読んだことがあったの)

 

チャンミンさんに押し倒されても、全然嫌じゃないことにびっくりした。

 

どうしてだろうね。

 

「?」

 

ぴたっとチャンミンさんの動きが止まった。

 

私のおでこにチュッとキスをしたのち、チャンミンさんは私の隣にごろんと横になった。

 

「へ?」

 

「...ってな風に、

襲われちゃうから気を付けて」

 

チャンミンさんは、困ったような笑顔で、私の頭をくしゃくしゃっとした。

 

「びっくりした?」

 

「チャンミンさん...冗談がきついです。

びっくりしましたぁ...」

 

さっきまでチャンミンさんの唇が当たっていたところを、指でさすった。

 

「ホントに気を付けてね。

自覚していないようだけれど、民ちゃんは女の子なんだよ」

 

「チャンミンさん」

 

「ん?」

 

「私でも、男の人を「その気」にさせることができるんですね」

 

「当たり前でしょうが?」

 

私の隣のチャンミンさんが呆れ顔だった。

 

私の胸はまだ、ドキドキしていた。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

押し倒すフリをした。

 

『フリ』なんかじゃなくて、半分は本気だった。

 

民ちゃんが可愛過ぎた。

 

唇にキスしそうなのを抑えて、民ちゃんの耳の下にキスをした。

 

危なかった。

 

僕の荒れた心を気遣った、民ちゃんの温かい心を踏みにじるところだった。

 

今夜の民ちゃんに、僕は救われたというのに。

 

本当に、危なかった。

 

必死で膨れ上がった欲を抑え込んだ。

 

それにしても...心配事が増えた。

 

民ちゃんったら、僕に押し倒されても抵抗しないんだ。

 

息をのんでじっとして、されるがままだったんだ。

 

駄目だよ、民ちゃん。

 

その場の空気に流されて、なんでも受け止めてしまう子だから。

 

そんな民ちゃんが心配だった。

 

「ねえ、民ちゃん」

 

「はい?」

 

僕らはくの字になって、向かい合わせに寝転がっていた。

 

「今日は、ありがとう」

 

「お礼はさっき言ってもらいましたよ」

 

「助かった。

民ちゃんのおかげで」

 

「うふふ」

 

半乾きの民ちゃんの髪がボサボサになっていたから、僕は手ぐしで梳かしつけてやった。

 

形のよい、小さな頭だった。

 

気持ちがよいのか、民ちゃんは目を細めていた。

 

しばらくもしないうちに、民ちゃんのまぶたがにっこり笑った形を保ったまま閉じてしまった。

 

なぜか僕の目に、じわっと新たな涙が湧いてきた。

 

今の今まで忘れていたけれど、民ちゃんには好きな人がいるんだった。

 

男の子みたいな顔と、183㎝の身長を持つ民ちゃんが不憫だった。

 

僕の目には、女の子にしか見えないけれど、周囲はそうは見ていないだろうから。

 

フリだとはいえ、押し倒すような真似をして、ごめん。

 

民ちゃんの恋は、うまく実を結ぶのだろうか。

 

民ちゃんは振り向いてもらえるのだろうか。

 

ごめん、僕は民ちゃんの恋を応援できなくなった。

 

だからといって、民ちゃんの幸せを邪魔するようなことはしないから、安心して。

 

相談にはいくらでものってやる。

 

でも、そいつが民ちゃんに値しないようなポンコツ男だったり、民ちゃんを傷つけるような奴だったら、僕が許さない。

 

リアとの別れは哀しい。

 

哀しいけれど、僕の本心に従えたことに満足している。

 

今の僕は、民ちゃんとフェアな立場で向き合える。

 

...ところで。

 

僕の「別れたい」に、リアは同意していなかった。

 

そこが気がかりだ。

 

これで終わったわけじゃないってことか。

 

 

(つづく)

 

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【27】NO?

 

 

~帰りたくない~

 

 

「!!」

 

突然、チャンミンの耳に冷たいものが押し当てられて、チャンミンは飛び起きる。

 

「お水ですよー。

冷蔵庫の中も無料ですって。

冷たくて美味しいですよー」

 

「民ちゃん...それ」

 

チャンミンは民を一目見ると、思わずぷぷっと吹きだした。

 

薄ピンク色のシャツ型ガウンは、民が着るとつんつるてんだった。

 

「変...ですか?」

 

甘ったるく安っぽいボディーソープの香りを漂わせていた。

 

「変じゃないよ」

 

(変どころか...可愛い)

 

チャンミンはベッドの上にあぐらをかいて座り、民から受け取ったミネラルウォーターをあおった。

 

からからに干上がったチャンミンの喉を、冷えた水が滑り落ちて潤していく。

 

民はチャンミンの隣に座ると、ごくごくとオレンジジュースを一気飲みして、ぷはーっと息を吐いた。

 

「さて、と。

さっぱりしたところで、チャンミンさんのお話を聞きましょうか?」

 

ハイテンションだったこれまでとうって変わって落ち着いた、いたわるような口調だった。

 

「大丈夫じゃないですよね。

辛いですね」

 

「......」

 

チャンミンは頭をとんと、民の肩にもたせかけた。

 

民はチャンミンの頭を撫ぜながら、静かに話し出した。

 

「私はフラれてばかりだから、フる側の気持ちは想像するしかできません。

誰かと両想いになったことなんてありません。

誰も私を、カノジョにしたくないみたいなんですよ、悲しいかな。

でも、お付き合いしていた人との関係を終わらせるのって、大変なんだろうなぁ、って思います」

 

チャンミンの鼻先は、合成繊維の布越しに民の細い鎖骨を感じていた。

 

「......」

 

「私でよければ話を聞きますよ。

せっかく同じ顔をしているんですから。

独り言だと思って、お話しくださいな。

楽になりますよ」

 

「民ちゃん...」

 

チャンミンの目から、ぶわっと涙が湧いてきた。

 

チャンミンは堰を切ったかのように、リアとの出会いから同棲を始めるまでの経緯、その後の虚しい日々まで、全部、民に語っていた。

 

チャンミンの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

 

「別れたいと口に出さなければ、今までのように暮らしていけたのに...」

 

(リアへの恋愛感情は消えてしまったけれど、リアと過ごした1年を思い出すと、胸が切なくて苦しいんだ)

 

「チャンミンさんは、今までの暮らしに戻りたいんですか?

もしそうなら、今ならリアさんとやり直せるんじゃないんですか?」

 

チャンミンは激しく左右に首を振った。

 

「...別れなくちゃいけなかったんだ。

僕はもう、リアの彼氏でいたくなかった」

 

(悲しいのは、僕らは『終わってしまった』、という事実だ)

 

「チャンミンさんは、そう決めたんでしょ?

自分の気持ちに正直でいることは大事、だと私は思ってます」

 

肩を震わせて泣くチャンミンの背中を、民はポンポンとあやすように優しく叩いた。

 

「失恋は...辛いですねぇ」

 

(民ちゃんの言う通りだ。

別れを告げたのは僕の方からだったとしても、やっぱりこれは失恋なんだ)

 

民のガウンに次々と溢れるチャンミンの涙が染みを作った。

 

(民ちゃんの前で泣いてしまった。

僕の色恋沙汰を赤裸々に暴露してしまった。

甘ったれた姿を見せてしまった。

民ちゃんなら全てを受け止めてくれそうな、安心感がある。

目の前にいるこの子に惹かれてしまうのは、僕と同じ顔をしているからか?

違う。

僕と同じ顔をしているからこそ、僕と違う部分がつまびらかに分かるんだ。

僕にはない美点が、宝探しのように次々と発見できるんだ)

 

「ほらほら、涙を拭いてくださいな」

 

民はガウンの裾を引っ張って、チャンミンの顔を拭った。

 

民の黒いショーツが目に飛び込んできて、チャンミンはここにきて初めて、自分たちがどこにいるのかをリアルに認識した。

 

(ラブホテルの円形ベッドの上...。

ヘッドレストの上には、ティッシュペーパーの箱とコンドームが2個並んでいて...。

なんていう光景だよ)

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

「民ちゃん...パンツ見えてる」

 

「わっ!」

 

民ちゃんは短すぎるガウンの裾をかき合わせ、枕を引っつかんで膝の上に抱きしめた。

 

「民ちゃんときたら無防備過ぎるよ。

相手が僕でよかったね。

僕じゃなかったら、民ちゃん押し倒されてるよ」

 

ネオンピンクの照明の下でも、民ちゃんの顔がボッと赤くなったのが分かった。

 

「ここがどういうところか...分かってる?」

 

民ちゃんに全てを打ち明けて、胸のつっかえが取れた僕は余裕を取り戻してきた。

 

民ちゃんに意地悪をしたくなってきた。

 

「押し倒されても文句は言えないよ」

 

民ちゃんの肩がビクッとした。

 

「ごめんなさい...。

そういうつもりじゃ、なかったんです」

 

警戒心のない民ちゃんに、僕は複雑な心境だった。

 

民ちゃんに『そういうつもり』が全然なかったことは、よく分かってる。

 

「チャンミンさん、お家に帰りたくないって言ってたし、

辛そうだったから、元気になってもらおうと...」

 

民ちゃんは本当に、お泊り『だけ』するつもりだったんだ。

 

「分かってるよ」

 

垂れ下がって片目を覆った前髪を、耳にかけてやった。

 

分かってはいたけど、寂しいなぁ。

 

民ちゃんと今夜、どうにかなってしまったら困るけど、何もないってのもなぁ。

 

「ありがとう、民ちゃん」

 

民ちゃんは、目を伏せたまま「どういたしまして」とつぶやくように言った。

 

妖しいピンク色の照明が民ちゃんの顔に、妖しい影を作っていた。

 

僕のとは違う、ややふっくらとした頬のラインや小振りの顎に気付いて、胸が苦しくなった。

 

僕と同じ顔をしているのに、どうして民ちゃんは男じゃないんだよ。

 

どうして女の子なんだよ。

 

民ちゃんの目には、僕は『男』として映っていないんだろうか?

 

知らず知らずのうちに握りしめていた手をほどいて、民ちゃんの肩にかけた。

 

「ひゃっ!」

 

力任せに民ちゃんを仰向けにベッドに押し倒した。

 

真ん丸の目で僕を見上げる民ちゃんが可愛すぎて。

 

民ちゃんの首筋の、柔らかくて薄い皮膚に僕は唇を押し当てた。

 

ミルクのようないい香りがする。

 

押し当てるだけじゃ足りなくて、柔く食んだ。

 

無防備過ぎる民ちゃんを、滅茶苦茶にしたくなった。

 

 

 

(つづく)

 

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【26】NO?

 

~帰りたくない~

 

 

「はいはーい。

 

チャンミンさん!

 

もうすぐ帰りますよー。

 

今、向かってますよー。

 

何か買って帰りましょうか?

 

え?

 

え?

 

今からですか?

 

もう23時ですよぉ。

 

明日は休みですけど。

 

うーん、いいですよ。

 

え?

 

どこにいるんですか?

 

え?

 

それじゃあ、分かりません。

 

駅の裏ですか...。

 

裏ってどっちの裏です?

 

北口がどっち側なのかが、既に分かんないんですよ。

 

待ってくださいよー、今地図を見てますから。

 

おー、分かりました。

 

デパートがある反対側ですね。

 

今から向かいますね。

 

うーん...どうやってそっちへ行けばいいんですか?

 

地下道?

 

その地下道がどこにあるのか分からないんですよ...あっ!

 

線路の下のところですね...。

 

ありました...薄気味悪いんですけど。

 

大丈夫ですか、ここ?

 

カツアゲとかされませんよね...。

 

ストップ?

 

ここで?

 

こんな不気味なところで待つんですか?

 

嫌です。

 

駅に戻っていいですか?

 

早く来てくださいよ。

 

チャンミンさん、走ってるんですか。

 

はい、急いでくださいね。

 

あ!

 

チャンミンさん、発見です!

 

ここです!

 

チャンミンさ~ん!」

 

携帯電話を耳に当てたチャンミンと、民が合流した。

 

サーモンピンクのシャツに白のスキニーパンツ姿(全身チャンミンからの借り物)の民と、黒い部屋着にビーチサンダル姿のチャンミンだった。

 

「民ちゃん...」

 

民を一目見た途端、駆け寄ったチャンミンは安堵のあまり民にしがみついてしまった。

民の二の腕をつかんで肩に額をつけたチャンミンを、民はまじまじと見つめていたが、ため息をついた。

 

「チャンミンさん。

酔っぱらってますね。

真っ赤ですよ」

 

「民ちゃん...」

 

「お酒臭いですよ」

 

「......」

 

「もう遅いですから、お家に帰りましょうよ、ね?」

 

「帰りたくない」

 

「へ?」

 

「帰りたくない」

 

チャンミンは民の肩に額を押しつけたままつぶやいた。

 

「チャンミンさん...」

 

「今夜は、家に帰りたくない」

 

「リアさんと何かあったんですか?」

 

「......」

 

「...そうですか」

 

察した民は、肩の上のチャンミンの頭に手をおいた。

 

チャンミンの洗い髪が民の頬をかすめ、チャンミンがかいた汗の匂いに民はドキリとした。

 

民にとってのチャンミンは、大人で余裕がある頼もしい人だったから、民の肩にすがるチャンミンの行動にとまどってもいた。

 

「チャンミンさんもリアさんも辛いですね...。

そうですか。

帰りたくない、ですか...」

 

よしよし、とチャンミンの後頭部を撫ぜた民は、

 

「朝まで飲みますか?

でも、あいにく私はお酒が強くないんですよ。

知ってますよね?」

 

民の肩に伏せたままのチャンミンは、身動きしない。

 

「チャンミンさんも、たっぷり飲んだみたいだし。

これ以上は、よくないですよ」

 

「帰りたくない」

 

「困りましたね...」

 

民は周囲を見回していたが、

 

「いいこと思いつきましたよ」

 

チャンミンの肩を叩いた。

 

「あそこ!

あそこにお泊りしましょう!」

 

「泊まる!?」

 

チャンミンの顔が素早く持ち上がった。

 

(ミミミミミミミンちゃん!?)

 

民が指さす先に チャンミンはフリーズした。

 

深酔いしたチャンミンの頭でも、民ちゃん発言が突拍子もないと認識できた。

 

「私、入ったことがなかったんですよね、ああいうところ」

 

民は自身の思いつきに満足そうで、声が弾んでいた。

 

「民ちゃん...」

 

「後学のために、見学してみたいです。

さささ、チャンミンさん行きましょう」

 

チャンミンと腕を組むと、民は元気いっぱい歩き出した。

 

「そんなの、よくないよ」

 

(今の僕は民ちゃんと『そういう関係』になるわけにはいかないんだって!)

 

「民ちゃん...駄目だよ」

 

民に引きずられまいと抵抗するチャンミン。

 

「チャンミンさーん。

お家へ帰りたくないって駄々をこねたのは、チャンミンさんですよ」

 

「民ちゃん、僕らは...まだ」

 

「チャンミンさん!

何を想像しているんですかぁ?

チャンミンさんも、えっちですねぇ。

お泊りするだけです!」

 

「うっ...」

 

「そんなに嫌なら、お家に帰りましょうか?」

 

回れ右をして歩き出そうとする民の腕を、チャンミンは引っ張る。

 

「帰りたくない...」

 

「ほらね?

行きますよ!」

 

ふんと民は鼻を鳴らすと、チャンミンの肩に腕を回してずんずん歩き出した。

 

(全くチャンミンさんときたら、甘えん坊さんですね!

私がしっかりしないと!)

 

(そうだった。

民ちゃんは大きい身体してるから、力持ちだったんだ...)

 

チャンミンは民に引きずられるようにして、怪しくライトアップされたアーチの下をくぐったのである。

 

 


 

 

「さてさて、チャンミンさん!

どのお部屋にしましょうか?」

 

チャンミンは民の足元でしゃがみこんでいた。

 

「おー!

すごいですよ、プールがありますよ、このお部屋!

...でも、お高いですね。

もうちょっと、リーズナブルなところにしましょうね」

 

「好きなところを選んだらいいよ」

 

「了解です」

 

ぐらぐらする視界の端で、民がパネルに並ぶ写真の中から品定めをしている。

 

後から入ってきた20代カップルが、民とチャンミンの姿を見てぎょっとしたようだった。

 

民は後ろに下がって、彼らに先を譲った。

 

カップルは、民とチャンミンをちらちらと不躾に見ている。

 

(そうだった。

僕らは双子に見えるんだった。

いろいろと誤解されてるんだろうなぁ)

 

チャンミンはとろんとした目付きで、20代カップルをエレベータの扉が閉まるまで見送った。

 

(僕は全然構わないけれど)

 

「ピンクのお部屋にしました。

ほら!立ってください!

行きますよ」

 

チャンミンは差し出された民の手を握った。

 

点滅するライトを頼りに、目当ての部屋を探し当てドアを開ける。

 

「わあぁ...!」

 

目をキラキラ輝かせて立ち尽くす民をすり抜けて、チャンミンは中央に据え付けられた円形のベッドに倒れこむ。

 

(メンタルが弱っていると、駄目だな。

あれっぽっちの量でここまで酔っぱらうとは!)

 

合成繊維のすべすべするベッドカバーに、じっとり火照った横顔をくっつけて、部屋の設備を1つ1つチェックする民を、ぼーっと眺めた。

 

「サービスでご飯が食べられますよ。

あとで注文しましょうね」

 

ラミネートされたメニューを手に、ワクワクを隠し切れない民が歌うように言った。

 

「さて、と。

チャンミンさんはお風呂はどうします?」

 

「家でもう入ってきた」

 

チャンミンはくぐもった声で答える。

 

「了解です。

私はお風呂に入ってきますね」

 

民はチャンミンのビーチサンダルを脱がせ、ベッドカバーでチャンミンを包んだ。

 

「チャンミンさんは、寝ててくださいね」

 

そう言って民はバスルームに消えた。

 

「ひゃー。

すごいですよ、チャンミンさん!

お風呂、広いですよー。

ライトアップできるんですねぇ」

 

チャンミンはうとうとしながら、民のはしゃぐ声を聞いていた。

 

「一緒にはいりませんかぁ?」

 

(は!?)

 

チャンミンの目が瞬時で開く。

 

「冗談でーす」

 

(民ちゃんったら...全く。

僕は一体どうして、『今』、『民ちゃんと』、『ラブホテル』にいるんだ?

民ちゃんは悪くない。

一人になりたくて街に出てきたのに、独りは寂しくて、民ちゃんを呼び出してしまった。

民ちゃんの顔を無性に見たくて...。

僕が『帰りたくない』と言い張って、民ちゃんを困らせたくて。

民ちゃんったら...解決方法が面白すぎる)

 

 

(つづく)

 

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【26】NO?

~チャンミン~

 

民ちゃんは今、僕の部屋にいる。

床に正座し、両腿にこぶしを握ってカチンコチンになっている。

これから起こり得ることを思えば、民ちゃんの緊張も理解できる。

けれども、あんな風に緊張感丸出しにされると、僕にまで伝染し、グラスに飲み物を注ぐ 手がプルプルと震えてしまうのだ。

今夜、僕とカノジョは、初めてのアレをするために会っている...なんなんだ、この状況は。

 

「はい、どうぞ」

 

僕は民ちゃんにグラスを手渡すと、ローテーブルを挟んで彼女の真向かいに座った。

 

(僕の部屋で家具らしい家具はローテーブルだけだ。ソファを買うなら、民ちゃんとゆったり並んで座れるよう3人掛けサイズがいいな)

 

僕が飲んでいるのがノンアルコールドリンク(民ちゃんと同じ飲み物。彼女はお酒が弱い)だと知り、民ちゃんは

「あれ?

チャンミンさんは飲酒しないのですか?」と尋ねた。

 

「ああ...これね。

素面でいたいから」

「あらま!」

 

民ちゃんは驚きの声を上げ、パッと後ろに飛び退いた。

その目は大きく見開かれ、口を両手で覆っている...オーバーアクションはいつもの民ちゃんだ。

 

(言っちまった...)

 

民ちゃんを刺激する発言をしてしまった。

 

(あれ...?)

 

普段だったら、民ちゃんはニタニタ笑って僕をどスケベ扱いする(スケベな点は否定できない。男とはそういうものなのだ)

ところが今夜の民ちゃんは、無言のまま僕を凝視するだけなので、調子が狂う。

この後、何を言えばいいのか。

 

「そ、そうですよね。

アルコールが入ってしまいますと、記憶に残らない場合がありますからね。

私たちの記念すべき夜ですもの。

チャンミンさんには覚えていて欲しいですし、酔いにまかせて抱いて欲しくなんかありません」

「......」

「逆に私の方が、適度にアルコールを摂取した方がいいかもしれませんね。

リラックスした身体で、チャンミンさんに抱かれることができます」

「そ、そうだね...」

 

僕をからかっている台詞ではなく、民ちゃんは至極真面目に言っているだけに、こちらは反応に困る。

夜方面の意味合いの「抱く」や「抱かれる」の言葉は、「愛している」の言葉と同様、日常会話であまり使うことがない。

照れくさくて、発音するのにも勇気がいる。

そこで、「今日の恰好はいつもと違ってて、いい感じだね」と、僕は早々に話題を変えることにした。

民ちゃんが女性らしいふわふわとしたトップスに、ワイドパンツを合わせている姿は、スリムなシルエットのコーディネートを見慣れている分、新鮮だった。

 

「はい。

お洒落してみました」

 

民ちゃんは照れた風に肩をすくめて言う。

はにかんだ笑顔を見られただけで、ご馳走様だ。

 

「チャンミンさんこそ、着替えたどうです?

いつまでもスーツ姿じゃ、くつろげないのではないですか?」

「あ、うん...そう、確かに、そうだね、うん」

 

僕だって、民ちゃんを挙動不審だと笑えない。

「寝室で着替えてくるね」と、僕は寝室に引っ込んでスーツを脱いだ。

僕はここで、今さらなことに気づいたのだ。

 

敷布団なのだ。

 

リアと同棲していた部屋を出て、独り暮らしを始めた時、いかれた僕は 家具を揃えるならば、民ちゃんとの暮らしを想定したものにしようと、密かに夢見ていたのである。

一緒に眠るのなら大きなベッドがいいと、保留にしていた結果がこうだ。

シングルの敷布団か...これはこれで、侘びの雰囲気が出ていいかもしれないが...敷布団か...。

民ちゃんの背中が痛いかもしれない、僕の膝も痛くなるかもしれない。

どうして今の今まで、気付かなかったのだろう。

 

僕は案外、ロマンティストな男のようだ。

(カノジョとはスーパーに一緒に買い物をし、並んでキッチンに立ち、思い思いの時間を過ごす。ベランダでワインを飲みながら雑談をして、ベッドに入る、理想の交際...)

 

「チャンミンさ~ん」

 

僕が着替えに行ったまま戻ってこないから、民ちゃんに呼ばれてしまった。

ジャージの上下に着替えた僕は、顔を出すなりふざけて民ちゃんにこう言ってみた。

 

「ねえ、民ちゃん。

すぐにご飯にする?

それともお風呂?」

 

民ちゃんも負けていない。

 

「それとも『僕』?」

「民ちゃん!」

「あはははは」

 

民ちゃんは身をのけぞらせて、大笑いした。

 

「からかわないでよね」

「チャンミンさんったら、ガッチガチなんですもの。

私はともかく、チャンミンさんは百戦錬磨なんでしょう?」

「百戦錬磨って...?」

「ところでチャンミンさん」

 

民ちゃんはひょいひょいと僕を手招きした。

 

「ん?」

「キスされるのかなぁ?」なんて呑気なことを期待しながら、顔を寄せると...。

「これまで何回、エッチしたことがありますか?」

「はあ!?」

「言いたくないですか?

ですよね?

普通、訊くものじゃあありませんよね。

分かってます。

自分が変だってこと、ちゃんと分かってますから」

 

しょぼんと頭を垂れてしまった民ちゃんを見て、ここは正直に答えるべきかどうか、真剣に悩んでしまった。

これはガチで聞いているぞ、と。

 

「...嫉妬してしまいます。

だって...」

「終わったことはもう、覚えてないよ」

(って言っても、慰めにならないよなぁ)

 

でも、この言葉は本当のことで、覚えているのは事実だけで、デティールはぼやけてしまっているし、記憶にないと言い切ってもいいかもしれない。

今の恋と過去の恋、想いの比重、記憶の内訳。

心に占める位置関係。

民ちゃんには理解できないだろうなぁ、と思った。

この幼さは民ちゃんの魅力なんだろうけど、男によっては重く感じる者もいるだろうな。

僕は丸ごとオーライなんだけど。

 

(何も知らない彼女に手取り足取り...。

なんだよ、このエロい考えは!)

 

「チャンミンさ~ん」

「!」

 

民ちゃんに呼ばれて、僕の意識はいま現在に引き戻された。

 

「カウントは終わりましたか?」

「へ?」

 

きょとんとする僕に、民ちゃんはやれやれと呆れた風に首を振っている。

 

「チャンミンさんったら。

数えきれないほどなんですね。

あ。

ごめんなさい!

質問を間違えました。

エッチの総トータル回数じゃありませんでした。

さすがに数えるのは難しいでしょうから。

教えて欲しかったのは、過去に抱いてきた女の人の数でした」

 

「はあ...」

(民ちゃんときたら...)

 

僕は額に手をあて、がっくり首を折った

僕はしばし迷った末、「本当に知りたいの?」と訊ねた。

手を伸ばして民ちゃんの手を握った。

 

「僕にはそりゃあね、付き合っていた彼女は何人かいたよ。

民ちゃんから教えて欲しいと訊かれたら、隠さず教えてあげる。

隠すほどいないし、隠す理由もない。

でも、教えてしまったことで、民ちゃんはいい思いをしないんじゃないかな?

僕はそこを心配しているんだ」

「......」

 

民ちゃんは上目遣いでじっと、僕を見つめている。

いつ見ても綺麗な眼だなぁ、と思った。

 

「ほら、覚えてるでしょ?

僕なんて、民ちゃんがユンに片想いしていたって知っただけで、あの有り様だよ?

とても苦しかったから、民ちゃんを同じように苦しめたくないんだ」

僕は繋いだ手の指と指を絡めた。

 

「今の僕には、民ちゃんしか見えてないし、民ちゃんと出逢った時からの記憶しかないよ。

でも、不安なんだよね?

僕がそう言っても、全部は信じ切れないよね?」

 

(あ...)

 

民ちゃんの鼻の下が伸び、顎がしわしわになっている。

 

(泣いちゃうかも...)

 

民ちゃんはすん、と鼻をすすった。

 

「知りたいような知りたくないような...これからチャンミンさんと何回すれば、歴代の彼女さんを追い越せるか...。

そんなことを考えてしまって...」

「追い越すとか追い越さないとかなんて...」

「も~、すごい緊張しているんです!

私じゃチャンミンさんを満足させてあげられるかどうか、自信がなくなってしまって...。

呼吸も浅いし、変な汗をかくし、肩も凝っています」

「リラックスして。

大丈夫だから」

 

僕は民ちゃんの肩を揉んだ。

 

「ホントだ。

肩がガチガチだよ」

「あ~、いい感じです。

もうちょっと強くてもいいです。

チャンミンさんって肩もみ上手いですね~」

 

(なにやってんだ、僕らは?)

 

僕に肩を揉まれてぐらぐらゆれる頭、僕の目の前にさらされた、民ちゃんの細い首、白いうなじ。

 

(綺麗だなぁ...)

 

よかった...民ちゃんの不安の焦点は、『今』にある。

僕が心配するほど、民ちゃんは僕の過去に嫉妬していないんじゃないか、って思ったんだけど...楽観的過ぎるかな?

 

「民ちゃんにはリラックスしてて欲しいんだ」

「はい。

『僕に身をゆだねていればいいよ、僕が全部やってあげるから。

僕が気持ちよくさせてあげる』

...って、言わないんですか?」

 

「民ちゃん!!」

 

(つづく)

【25】NO?

 

 

~帰りたくない~

 

 

 

「はいはーい。

 

チャンミンさん!

 

もうすぐ帰りますよー。

 

今、向かってますよー。

 

何か買って帰りましょうか?

 

え?

 

え?

 

今からですか?

 

もう23時ですよぉ。

 

明日は休みですけど。

 

うーん、いいですよ。

 

え?

 

どこにいるんですか?

 

え?

 

それじゃあ、分かりません。

 

駅の裏ですか...。

 

裏ってどっちの裏です?

 

北口がどっち側なのかが、既に分かんないんですよ。

 

待ってくださいよー、今地図を見てますから。

 

おー、分かりました。

 

デパートがある反対側ですね。

 

今から向かいますね。

 

うーん...どうやってそっちへ行けばいいんですか?

 

地下道?

 

その地下道がどこにあるのか分からないんですよ...あっ!

 

線路の下のところですね...。

 

ありました...薄気味悪いんですけど。

 

大丈夫ですか、ここ?

 

カツアゲとかされませんよね...。

 

ストップ?

 

ここで?

 

こんな不気味なところで待つんですか?

 

嫌です。

 

駅に戻っていいですか?

 

早く来てくださいよ。

 

チャンミンさん、走ってるんですか。

 

はい、急いでくださいね。

 

あ!

 

チャンミンさん、発見です!

 

ここです!

 

チャンミンさ~ん!」

 

携帯電話を耳に当てたチャンミンと、民が合流した。

 

サーモンピンクのシャツに白のスキニーパンツ姿(全身チャンミンからの借り物)の民と、黒い部屋着にビーチサンダル姿のチャンミンだった。

 

「民ちゃん...」

 

民を一目見た途端、駆け寄ったチャンミンは安堵のあまり民にしがみついてしまった。

 

民の二の腕をつかんで肩に額をつけたチャンミンを、民はまじまじと見つめていたが、ため息をついた。

 

「チャンミンさん。

酔っぱらってますね。

真っ赤ですよ」

 

「民ちゃん...」

 

「お酒臭いですよ」

 

「......」

 

「もう遅いですから、お家に帰りましょうよ、ね?」

 

「帰りたくない」

 

「へ?」

 

「帰りたくない」

 

チャンミンは民の肩に額を押しつけたままつぶやいた。

 

「チャンミンさん...」

 

「今夜は、家に帰りたくない」

 

「リアさんと何かあったんですか?」

 

「......」

 

「...そうですか」

 

察した民は、肩の上のチャンミンの頭に手をおいた。

 

チャンミンの洗い髪が民の頬をかすめ、チャンミンがかいた汗の匂いに民はドキリとした。

 

民にとってのチャンミンは、大人で余裕がある頼もしい人だったから、民の肩にすがるチャンミンの行動にとまどってもいた。

 

「チャンミンさんもリアさんも辛いですね...。

そうですか。

帰りたくない、ですか...」

 

よしよし、とチャンミンの後頭部を撫ぜた民は、

 

「朝まで飲みますか?

でも、あいにく私はお酒が強くないんですよ。

知ってますよね?」

 

民の肩に伏せたままのチャンミンは、身動きしない。

 

「チャンミンさんも、たっぷり飲んだみたいだし。

これ以上は、よくないですよ」

 

「帰りたくない」

 

「困りましたね...」

 

民は周囲を見回していたが、

 

「いいこと思いつきましたよ」

 

チャンミンの肩を叩いた。

 

「あそこ!

あそこにお泊りしましょう!」

 

「泊まる!?」

 

チャンミンの顔が素早く持ち上がった。

 

(ミミミミミミミンちゃん!?)

 

民が指さす先に チャンミンはフリーズした。

 

深酔いしたチャンミンの頭でも、民ちゃん発言が突拍子もないと認識できた。

 

「私、入ったことがなかったんですよね、ああいうところ」

 

民は自身の思いつきに満足そうで、声が弾んでいた。

 

「民ちゃん...」

 

「後学のために、見学してみたいです。

さささ、チャンミンさん行きましょう」

 

チャンミンと腕を組むと、民は元気いっぱい歩き出した。

 

「そんなの、よくないよ」

 

(今の僕は民ちゃんと『そういう関係』になるわけにはいかないんだって!)

 

「民ちゃん...駄目だよ」

 

民に引きずられまいと抵抗するチャンミン。

 

「チャンミンさーん。

お家へ帰りたくないって駄々をこねたのは、チャンミンさんですよ」

 

「民ちゃん、僕らは...まだ」

 

「チャンミンさん!

何を想像しているんですかぁ?

チャンミンさんも、えっちですねぇ。

お泊りするだけです!」

 

「うっ...」

 

「そんなに嫌なら、お家に帰りましょうか?」

 

回れ右をして歩き出そうとする民の腕を、チャンミンは引っ張る。

 

「帰りたくない...」

 

「ほらね?

行きますよ!」

 

ふんと民は鼻を鳴らすと、チャンミンの肩に腕を回してずんずん歩き出した。

 

(全くチャンミンさんときたら、甘えん坊さんですね!

私がしっかりしないと!)

 

(そうだった。

民ちゃんは大きい身体してるから、力持ちだったんだ...)

 

チャンミンは民に引きずられるようにして、怪しくライトアップされたアーチの下をくぐったのである。

 

 


 

 

「さてさて、チャンミンさん!

どのお部屋にしましょうか?」

 

チャンミンは民の足元でしゃがみこんでいた。

 

「おー!

すごいですよ、プールがありますよ、このお部屋!

...でも、お高いですね。

もうちょっと、リーズナブルなところにしましょうね」

 

「好きなところを選んだらいいよ」

 

「了解です」

 

ぐらぐらする視界の端で、民がパネルに並ぶ写真の中から品定めをしている。

 

後から入ってきた20代カップルが、民とチャンミンの姿を見てぎょっとしたようだった。

 

民は後ろに下がって、彼らに先を譲った。

 

カップルは、民とチャンミンをちらちらと不躾に見ている。

 

(そうだった。

僕らは双子に見えるんだった。

いろいろと誤解されてるんだろうなぁ)

 

チャンミンはとろんとした目付きで、20代カップルをエレベータの扉が閉まるまで見送った。

 

(僕は全然構わないけれど)

 

「ピンクのお部屋にしました。

ほら!立ってください!

行きますよ」

 

チャンミンは差し出された民の手を握った。

 

点滅するライトを頼りに、目当ての部屋を探し当てドアを開ける。

 

「わあぁ...!」

 

目をキラキラ輝かせて立ち尽くす民をすり抜けて、チャンミンは中央に据え付けられた円形のベッドに倒れこむ。

 

(メンタルが弱っていると、駄目だな。

あれっぽっちの量でここまで酔っぱらうとは!)

 

合成繊維のすべすべするベッドカバーに、じっとり火照った横顔をくっつけて、部屋の設備を1つ1つチェックする民を、ぼーっと眺めた。

 

「サービスでご飯が食べられますよ。

あとで注文しましょうね」

 

ラミネートされたメニューを手に、ワクワクを隠し切れない民が歌うように言った。

 

「さて、と。

チャンミンさんはお風呂はどうします?」

 

「家でもう入ってきた」

 

チャンミンはくぐもった声で答える。

 

「了解です。

私はお風呂に入ってきますね」

 

民はチャンミンのビーチサンダルを脱がせ、ベッドカバーでチャンミンを包んだ。

 

「チャンミンさんは、寝ててくださいね」

 

そう言って民はバスルームに消えた。

 

「ひゃー。

すごいですよ、チャンミンさん!

お風呂、広いですよー。

ライトアップできるんですねぇ」

 

チャンミンはうとうとしながら、民のはしゃぐ声を聞いていた。

 

「一緒にはいりませんかぁ?」

 

(は!?)

 

チャンミンの目が瞬時で開く。

 

「冗談でーす」

 

 

(民ちゃんったら...全く。

 

僕は一体どうして、『今』、『民ちゃんと』、『ラブホテル』にいるんだ?

 

民ちゃんは悪くない。

 

一人になりたくて街に出てきたのに、独りは寂しくて、民ちゃんを呼び出してしまった。

 

民ちゃんの顔を無性に見たくて...。

 

僕が『帰りたくない』と言い張って、民ちゃんを困らせたくて。

 

民ちゃんったら...解決方法が面白すぎる)

 

 

(つづく)

 

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