【14】TIME

 

~チャンミン~

 

 

「さあさあ、たんと召し上がれ」

シズクは、ビニル袋からどんどん取り出す。

​ダイニングテーブルじゃなくて、ここがいいとシヅクが言うから、床に座って彼女からの差し入れを食べることにした。

僕はあぐらを組んで、シヅクと対面して座る。

「ねぇ、シヅク...セレクトが妙というか、変わってるというか...」

「えっ?どこが?」

シヅクは、床の上に正座をして、グラスにスポーツドリンクを注いでいた。

​「飽きたらいかんと思って、バリエーション豊かにしてみたんよ」

ゼリー飲料レモン味、ゼリー飲料マスカット味、ゼリー飲料ライチ味、ゼリー飲料アップル味。

(おいおい)

プレーンヨーグルト、ストロベリーヨーグルト、ブルーベリーヨーグルト、アロエヨーグルト、オレンジゼリー、ピーチゼリー。

(おいおいおい)

「こいつら液体だからさ、めっちゃ重いのなんのって」

(おいおいおいおい!)

「あんたは、風邪っぴきでしょ?

冷たくてさっぱりしてて、​消化がよくて、身体への吸収がよくて、

ビタミンが摂れるっていえば、これらしかないでしょ?

シヅクさんの心遣いに、涙がでちゃうね、チャンミン?」

​さっき大泣きしていたシヅクは、真っ赤に充血した目を三日月にしてにっこり笑った。

僕はどう反応したらよいかわからなかった。

嬉しさ反面、呆れていたし、シヅクのズレっぷりや極端なとこに、どう反応したらよいかわからなかったのだ。

「......」

黙りこくっている僕の様子に、

「どうした、チャンミン?

頭が痛いのか、僕ちんは?」

シヅクは僕の肩に手を添えて、僕の顔を覗き込んだ。

(まただ。

​僕はこれに弱いみたいだ)

​さっきの涙でシヅクのアイラインはすっかり消えてしまっていて、目元がうんと幼い感じになっている。

呆れてた、なんて言ったけど、本当は、僕はじわじわと感激していた。

嬉しかった。

「私もいっただきまーす」

シヅクは、もう一つの袋から続々と食べ物を取り出し始めた。

「えっ...これ全部シヅクが食べるの?」

シヅクの体型を見、ずらり並んだ食べ物を見、絶句している僕。

「馬鹿もん!

んな訳ないだろ!

いろんな種類があって、迷ったから、全種類買ってみたまでのことよ」

最後にビールの缶が出てきた。

「おっと、あんたは飲んじゃいかんよ、風邪なんだから」

シヅクは手を伸ばす僕の手を、ピシャリと叩いた。

「痛いよ、シヅク」

僕はがっかりして、ストロベリーヨーグルトを選ぶ。

 

仕方なさそうにヨーグルトを食べる僕を見て、

​「余った分は、明日のチャンミンの朝食だ」

「えー、残り物ですか...」

「ままま、拗ねなさんな、あー、うまい!」

シヅクは、唐揚げをかじって、ビールで流し込んでと、美味しそうに消費していく。

​知らず知らず、ごくごくとビールを飲むシヅクの、白い喉から目が離せない僕。

「チャンミン」

シヅクが僕から目をそらし、ヨーグルトをすくう僕のスプーンを見つめている。

「はい」

「さっきはごめんね、その~、裸を見ちゃって」

「うっ」

僕は30分前のハプニングを思い出して、一瞬でカーっと顔が熱くなる。

今度は、真面目な表情で僕を見た。

​「でも、見てないからね!」

「最初に、見たって言ったじゃないか」

(こっぱずかしい姿を見られて...あぁ、あの時を消し去りたい)

​「だーかーらー、見たけど、見なかったことにしてやる、ってことよ」

(どうして、シヅクはケロッと涼しい顔でいられるんだよ?)

シヅクはビールを飲み終えて、ゼリー飲料のキャップを開けている。

「私に記録されたメモリを、消去してやった、って意味だよ」

​「意味わかんないよ」

「照れるな照れるな、可愛いやつだなぁ、チャンミン」

​シヅクはニヤニヤ笑っている。

「女の前で裸になるのなんて、何度もあるくせ...」

と言いかけて、シヅクはパッと手で口を押さえた。

「おっ、もうこんな時間だ!」

​シヅクはリストバンドを見て、勢いよく立ち上がると、

「そろそろ帰るね。

​ちゃんと薬飲んで、おりこうさんしてるんだぞ」

バッグを持って、玄関の方へスタスタ行ってしまう。

​その間、僕は何も言えず、(多分)真っ赤な顔をして、床に座ったままだった。

「チャンミン」

玄関へ向かう廊下の角から、シヅクは顔を出した。

「何?」

​「データがうまく消去できなくて、思い出すこともあるかも、ぐふふ」

「ちょっ、シヅク!」

わっははと笑いながら、「おやすみぃ」と言い残してシヅクは帰ってしまった。

(なんだよ、からかって)

​僕は頭を抱えて、髪をぐちゃぐちゃ混ぜる。

「はぁ...」

 

まったく、ため息ばかりついてる一日だった。

ハプニング続きで、頭がついていけないよ。

​はたと、大事なことを3つ思い出した。

その1、

シヅクにお礼を言うこと。

その2、

シヅクはどうやって、僕の部屋に入れたのか追及すること。

その3、

​シヅクから借りたマフラーを返すこと。

 

 

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【14】NO?

 

 

~情けない僕~

 

 

 

「先輩、腰が痛いんっすか?」

 

「いや、ちょっとね」

 

腰をトントンと叩くチャンミンを見て、後輩Sが心配する。

 

昨夜、寝室を締め出されたチャンミンは、リビングのソファで眠らざるを得ず、柔らかい座面に腰が沈んでしまったのがいけなかったらしい。

 

「先輩も三十路なのに、昨夜、頑張っちゃったんですか?」

 

後輩Sの言わんとすることを察して、チャンミンは彼の頭をはたいた。

 

(以前の僕だったら、『ば~か、お前こそどうなんだ?』とか言って、ニヤつけたのに...)

 

「午後から例の打合せがあるんだぞ。

さっさと資料をまとめておけよ」

 

「へいへい」

 

ぼやきながらデスクに向かう後輩の背中をみながら、チャンミンは今朝の出来事を思い出していた。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

今朝も、民ちゃんが用意してくれた朝食をお腹におさめた。

 

ぐちゃぐちゃの卵料理(味付けはグッド)、クリームチーズをたっぷり塗ったベーグルといったメニューだった。

 

今日の民ちゃんは、人と会う約束があると言って、隠しきれないウキウキ感を全身から出していた。

 

男を追って都会に出てきたという民ちゃんだ。

 

「例の好きな人?」

 

と聞いたら、ぎくりとした後ふにゃふにゃになる。

 

「そうなんですー」

 

ちょっとだけ胸がちくり、とした。

 

惚気ている民ちゃんに、ちょっとだけイラついた。

 

「今日から仕事を探すんじゃなかったっけ?」

 

ここに来た本来の目的を思い出させようとして、忠告めいた言い方をしてしまった。

 

「安心してください。

ちゃ~んと、今日からスタートしますよ」

 

民ちゃんは、リアの席に座っている。

 

リアは寝室から出てこない。

 

「それなりにあたりをつけているので、一か月もかからないかもしれません」

 

「そうなんだ」

 

「と言いつつ、面接はこれからなのでどうなるかは分かりません。

でも、出来るだけチャンミンさんに迷惑がかからないよう、早くここを出ていきますからね」

 

民ちゃんに出て行ってもらったら、僕は困る。

 

「だーかーらー。

迷惑とか、出て行かなくちゃとか、そういうこと考えるのはよせ、って昨夜言っただろ?」

 

「そうでしたね」

 

食べ終えた民ちゃんは、食器をシンクに運びながら言った。

 

昨夜のベランダで、「ここを出る」と言い張る民ちゃんを、僕はこんこんと説得したのだった。

 

肌に張り付くほど細身のデニムパンツを履いた民ちゃんのお尻に、釘付けになっていた。

 

僕もそうだけどお尻が小さい。

 

僕と少し違うのは、丸みを帯びているところ。

 

やっぱり、女の子なんだな...。

 

(ううっ...僕はどこを見ているんだ!)

 

「その言葉、後になって後悔しても知りませんよ。

そのうち居心地がよくなって、ずーっとここに居座るかもしれませんよ」

 

民ちゃんが、ずーっとここにいる。

 

民ちゃんと暮らす。

 

友人の妹とはいえ、赤の他人を一時的にせよ、自分のテリトリーに招き入れることは、僕にとってハードルが高い一件だ。

 

ところが民ちゃんと出会ったら、そんなハードルを知らぬ間に越えていた。

 

不気味なほど同じ姿形をした、女性版チャンミンのことをもっと見ていたいし、知りたくなった。

 

興味本位プラス、民ちゃんが持つ人柄と邪気のない笑顔の側にいたいと思った。

 

わずか二日で。

 

うん、そうだ。

 

民ちゃんは可愛い。

 

民ちゃんがとにかく、可愛いくてたまらないんだ。

 

 


 

 

「いいよ。

僕のところでよければ、ずっと居てもいいんだからね」

 

「へ?」

 

コーヒーのお代わりを僕のカップに注ぎながら、民ちゃんはきょとんとしている。

 

「家賃が浮くだろ?

この辺りは高いからね。

あの部屋をずっと使ってもらって構わないからさ」

 

「チャンミンさん...」

 

民ちゃんの口がへの字になって、眉毛も思いっきり下がった。

 

何か変なことを言ったかな、と不安になっていたら、

 

「チャンミンさん、大好きです!」

 

そう言って、民ちゃんが僕に抱き着いてきた。

 

「!!」

 

「ホントは、すごく心細かったんです。

人がいっぱいいて、地下鉄の乗り方もよく分からなかったし、昨日の牛丼屋もドキドキだったんです!

お兄ちゃんにも頼れないし。

昨夜、泣いちゃったんです。

チャンミンさんが優しい人でよかったです!

チャンミンさん、大好きです!」

 

民ちゃんの腕が僕の首にぎゅうっと巻き付いている。

 

「え、えっと...」

 

民ちゃんからいい匂いがして(あのシャンプーの香りかな?)、押し付けられた肩や腕が意外に華奢で、胸がドキドキした。

 

民ちゃんが口にした「大好き」に、恋愛感情が込められていないことは分かっていたけど、すごく嬉しかった。

 

僕は宙に浮いた手を、民ちゃんの背中にまわそうとした。

 

「兄弟で抱き合って、気持ち悪い...」

 

まわしかけた手が止まった。

 

顔を上げると、冷めた顔をしたリアがリビングに突っ立っていた。

 

「おはようございます」

 

屈託なく挨拶をする民ちゃんを無視したリアは、そのまま浴室に行ってしまった。

 

「......」

 

「チャンミンさんの申し出はありがたいです。

でも、リアさんとの邪魔はできません」

 

僕の首から腕をほどくと、民ちゃんは食べ終わった僕のお皿を片付け始めた。

 

「民ちゃん」

 

僕は民ちゃんの手首をつかんでいた。

 

「僕は、リアとは別れるつもりだ」

 

「え...?」

 

僕に手首をつかまれたまま、民ちゃんはフリーズし、僕の顔を真っ直ぐな眼差しで見つめていた。

 

「別れる...?」

 

「うん。

あ!誤解しないで。

民ちゃんが来たからが理由じゃない」

 

民ちゃんの手首が細くて、たまらなかった。

 

鏡に映った僕が、驚くほど透明な目で僕を見返していた。

 

何の思惑も隠していないその瞳が、僕の決心を揺るぎないものにした。

 

ぐずぐずと決心できずにいたこと。

 

リアにぶつけられた言葉が決定的にしたのは確かだ。

 

それ以上に、民ちゃんに居心地の良い環境を作ってあげたくて仕方がない気持ちを優先させたかったんだ。

 

民ちゃんは僕に手首を握られたまま、すとんと椅子に座った。

 

「お二人のことに口は出せませんけど、

チャンミンさんは、そう決めたんですね...。

私でよければ、相談にのりますね。

頼りないかもしれませんが、一生懸命考えますから」

 

そう言いながら民ちゃんは、僕の手の甲をさわさわと撫でるから、くすぐったくて仕方がなかった。

 

 


 

 

「この辺り、かな」

 

民は携帯電話に表示された地図を頼りに、電車で15分の距離のオフィス街をうろついていた。

 

約束の13時まであと15分。

 

(遅刻するわけにはいかないんですよ。

あ!

ここだ)

 

白いタイル張りの地上10階建てのビルが、目的地だった。

 

案内された通り、地下駐車場へのスロープを下りる。

 

車20台分はある駐車スペースに、見覚えのある黒い外車が停めてあった。

 

(この車に乗せてもらったんだな、私)

 

ふふふと微笑を浮かべた民は、身だしなみをチェックする。

 

しわ加工を施した、ガーゼ生地のゆるっと大き目の白いシャツ。

 

透け感があるので、中に黒のタンクトップを着ている。

 

昨日と同じ薄いグレーのデニムパンツに、青のモカシンシューズ。

 

(チャンミンさん、ありがとうございます)

 

実は、白いシャツと靴は、チャンミンの借り物だったのだ。

 

 

 

(つづく)

 

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【13】NO?

 

 

~情けない僕~

 

 

~チャンミン~

 

 

迫るリアを引きはがしたら案の定、リアは鬼の形相になって僕を蹴り飛ばした。

 

「私に恥をかかせる気?」

 

リアは寝室に駆け込むと、派手な音を立ててドアを閉めてしまった。

 

直後、ガチャリと鍵を下ろす音がした。

 

リアの誘いを拒んだ僕が寝室から締め出されたのか。

 

それとも、僕に拒まれたリアがリビングから締め出されたのか。

 

どちらも正解だと思った。

 

萎えたものを下着におさめると、浴室まで直行した。

 

しばらくの間、勢いを最強にしたシャワーに打たれていた。

 

あの言葉が決定的だった。

 

「チャンミンのくせに、私の誘いを断るつもりなのね」

 

全くもって、僕とリアの関係性を的確に言い現わした言葉だよ。

 

「?」

 

バスタブの縁に、見慣れないシャンプーボトルがあって、おそらくそれは民ちゃんのものだ。

 

髪を染めた美容院で購入したものだろう。

 

僕の口元が思わず緩んだ。

 

 


 

 

民は敷いた布団の上に、ぱたりとうつ伏せに倒れた。

 

(びっくりした!びっくりした!びっくりした!

初めてラブシーンを生で見た。

ドキドキする。

お客さんがいても構わないくらい、二人は熱愛中なんだ。

音くらいだったら、イヤホンでなんとかなるとしても。

あんなところをまともに...見せつけられたら...。

アイマスクがいるってこと?

勘弁してよー!)

 

むくっと顔を上げた民は、閉めたドアを振り返った。

 

そして、バスタオルに顔を押し付けた。

 

(見てしまった...かもしれない。

「かもしれない」じゃなくて、見てしまった。

リアさんの手の中のもの...!

生で見るの初めてなんですけど!

へぇ...あんな風なんだ...。

けっこうグロいんだ。

やだもー、かなりショックなんですけど!)

 

赤くなったり青くなっていると、バタンと戸を閉める大きな音が響いた。

 

(そうですよ。

『そういうこと』は寝室でお願いします)

 

民は起き上がると、携帯電話を持って部屋の掃き出し窓からベランダに出た。

 

「わぁ...」

 

生温かい夜だが、不快なほどではない夜気を吸いながら、田舎では見られない眼下の夜景に感動した。

 

(綺麗。

私は、都会にいるんだ。

お父さんとお義母さんを説得してここまで来てよかった。

頑張ろう。

ここで、頑張ろう)

 

民の目にじわっと涙がにじんできた。

 

民は、連なるテールライトや、高層ビルの屋上で瞬く赤い光を飽くことなく眺めていた。

 

(明日からどうしよう。

チャンミンさんのお家には、いられない)

 

民は兄Tに電話をかけた。

 

数コール後に、兄の大き過ぎる声を聞くと、懐かしくて民の目尻からぽろりと涙がこぼれた。

 

『おー、民か?

どうだ?

チャンミンには可愛がってもらってるか?』

 

「うん。

あのね、お兄ちゃん、トラブル発生なの」

 

『トラブル?

お前、何かしでかしたのか?』

 

「問題はね、似すぎていることなのよ」

 

『それのどこが問題なんだ?』

 

「あのね...」

 

『こらぁ!とっとと寝るんだ!

...すまん、ガキどもを怒鳴っただけだ。

出産まであと2週間だから、その時は頼むよ』

 

「う、うん...」

 

民は通話を切ると、ため息をついた。

 

(お兄ちゃんのところは、やっぱりそれどころじゃないか...)

 

ベランダに漏れる部屋の灯りが、ふっと何かで遮られた。

 

コツコツとガラス窓を叩く音に、飛び上がるほど驚いた民は後ろを振り返った。

 

「民ちゃん」

 

窓の戸口に立ったチャンミンがベランダへ出てくると、民の隣に立った。

 

「......」

 

民はチャンミンの顔をまともに見られない。

 

「民ちゃん」

 

(チャンミンさん。

私はどんな顔すればいいんですか?)

 

「(あんなところを見せて)ごめん!」

 

「私の方こそ(見てしまって)ごめんなさい」

 

コホンと咳払いをすると、民はそむけていた顔を戻した。

 

チャンミンの髪は濡れていて、シャンプーの香りを漂わせていた。

 

視線を落とすと、黒いハーフパンツから細長いすねが伸びている。

 

涙をにじませた民の顔を見て、チャンミンは発しかけた言葉をつぐんでしまった。

 

(泣いて...いた?)

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

「え...っと。

...済みましたか?」

 

民ちゃんは手すりにもたれると、僕を軽くにらんだ。

 

「へ?」

 

「あのー、そのー。

あれの邪魔をしてしまったから、無事に済んだかどうかって...」

 

暗がりだから確認はできないが、おそらく民ちゃんは真っ赤な顔をしているだろう。

 

「邪魔はしていないよ。

民ちゃんは、全然邪魔なんかしていない」

 

むしろ、民ちゃんのおかげで、深みにハマってしまうのを助けられた。

 

「リアとは...していないから」

 

「へ?」

 

「あんな感じだったけど、ヤッていないから」

 

「私が...いたからですか?」

 

「さっきも言ったけど、民ちゃんは邪魔していないからね。

変なものを見せちゃって、ごめん」

 

しばらく考え込んでいた民ちゃんは、「ああ、あれね」と頷いた。

 

「びっくりしちゃって...その。

初めて見たものですから。

ショックで」

 

そうなんじゃないかと思ったけど。

 

こんなこと言ったら民ちゃんに怒られるかもしれないけど。

 

民ちゃんは「生娘」ってことか...。

 

生娘という言い方もどうかと思うけれどね。

 

そうか...民ちゃんは、経験がないのか...。

 

やばい。

 

民ちゃんがますます可愛く見えてきた。

 

僕は身を引いて、手すりにもたれかかる民ちゃんを観察した。

 

民ちゃんにつり合う男っているんだろうか。

 

民ちゃんより背が高くて、身体も大きくてゴツい奴なら、民ちゃんの隣を歩いてもつり合うか...。

 

こんなことを考えていること自体が、民ちゃんに対して失礼なことだってことは分かってる。

 

民ちゃんがムンクの叫びのようなポーズをとった。

 

「トラウマになっちゃうかもしれません...。

あんなものを見せられて...」

 

そう言って民ちゃんは、しゃがみこんでしまったから僕は慌てた。

 

「ごめん!

ごめんな!

無理だろうけど、忘れて!」

 

民ちゃんの肩を抱いて、顔を覗き込んで何度も謝った。

 

「嘘です」

 

すくっと民ちゃんは立ち上がり、あっけにとられた僕は民ちゃんを見上げた。

 

「男版の自分のものなんだって思うことにしたら、わりと平気になりました」

 

「民ちゃーん...。

からかわないでくれよ」

 

「ふふふ」

 

僕も民ちゃんも、コンクリートの床に裸足で立っていた。

 

手すりの上に組んだ両腕にあごを乗せて、僕らは夜空を見上げた。

 

雲で月は隠れていたけど、いくつかの夏星は見られた。

 

「そんなつもりじゃなかったんだ」

 

「?」

 

民ちゃんが問いかけるような表情で僕を見つめている。

 

民ちゃんの涙の理由は何だったんだろう。

 

「民ちゃんがいたから、止めたわけじゃないんだ」

 

何を弁解しようとしているのだろう。

 

「リアとはもう...しないから」

 

どうしてこんなことを、民ちゃんに話しているんだろう。

 

 

 

(つづく)

 

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【12】NO?

 

 

~情けない僕~

 

 

(ふう...。

チャンミンさんとリアさんとの仲を裂くわけにはいかない。

やっぱりここにご厄介になるのは、やめた方がいいかもしれない)

 

「あれ?」

 

実家から送った荷物が、乱れていることに気付いた。

 

(え...どうして?)

 

洋服や下着、小物などが段ボール箱から飛び出している。

 

民が所有する唯一のワンピースは、畳んだ布団の上に投げ捨てられていた。

 

(誰が...?)

 

閉めたドアの向こうから、チャンミンとリアの言い争い(と言っても、一方的にチャンミンが責められている格好)が聞こえる。

 

(犯人はリアさんだ。

自分の家に、謎の箱が置いてあったら、気になるよね)

 

チャンミンがスペースを空けておいてくれたクローゼットへ、私物をひとつひとつ収めていった。

 

ワンピースはハンガーにかけ、積み上げた本を台にして、化粧水と目覚まし時計を置いた。

 

(二人の力関係が、なんとなく分かってきた。

私のせいで、チャンミンさんが責められてしまって、ごめんなさい)

 

着がえと下着を胸に抱きしめると、部屋のドアを開けた。

 

 


 

 

「私の服を片付けてしまうなんて、どういうことよ!?」

 

「メールで書いてたのは、そのことだったんだ」

 

「あそこは、私の衣裳部屋だったのよ。

これからどうすればいいのよ?

私に無断で動かさないでよ」

 

「勝手に触ったことについては、申し訳なかった。

一か月の間だから、辛抱してくれないか?」

 

「一か月だけでしょうね?」

 

「ああ」

 

チャンミンの返事に満足したリアは、ソファに横になって両脚を持ち上げて足先をぶらぶらし始めた。

 

むくみをとる体操だそうだ。

 

「お腹が空いたな」

 

「わかった」

 

チャンミンはリアに気付かれないよう、ため息をついた。

 

「何か作ろうか?」

 

「スムージー。

ヨーグルトは無脂肪で。

砂糖は使わないで、エリスリトール。

バナナは絶対に駄目。

アーモンドミルクがあれば、ヨーグルトはナシで。

氷は3つ。

プロテインとケールでお願い」

 

冷蔵庫から材料を取り出しながら、チャンミンはもう一度ため息をつく。

 

作り慣れているから、考え事をしながらでも手順は間違えない。

 

(僕はリアに押されっぱなしだ。

あんなに好きな女だったのに。

久しぶりに顔を合わせたというのに。

今は衝突を恐れて、ご機嫌取りだ)

 

ジューサーのたてる振動と轟音が、チャンミンのささくれた気持ちをなぜか鎮めた。

 

(民ちゃん、ごめん。

僕らの醜態を見せてしまった。

フォローしてやれなかった。

居心地が悪かっただろうに)

 

ガチガチになって正座をしていた民の姿を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになったチャンミンだった。

 

背を向けてスムージーを作っているチャンミンの背中を、リアは食い入るように見ていた。

 

(私の言いなりで、一途に待ち続けていて、女々しいところが残念だけど、

スタイルはいいし、顔もいい。

隣を歩かせたら、私と充分釣り合いが取れるし)

 

一日の労働でしわの寄ったワイシャツや、力をこめるたび筋ばる日に焼けた腕などを、リアはじーっと見つめる。

 

リアはフラストレーションを抱えていた。

 

(昨夜はあんなに熱かったのに、部屋から出ずに3日間過ごすはずだったのに。

今朝になって「帰れ」だなんて。

「帰りたくない」って、あの手この手で奉仕したのに!

それでも「帰れ」だなんて!

持て余したこの熱をどうすればいいのよ)

 

出来上がったスムージーにストローを刺して、チャンミンがリアの元へ戻ってきた。

 

リアにそれを渡すと、チャンミンはネクタイを外し、ダイニングチェアにひっかけておいたジャケットを取った。

 

ところが、洗面所に向かおうとしたがすぐに引き返してきた。

 

(民ちゃんがお風呂にいるんだった)

 

リアはじっくりとチャンミンの全身を眺める。

 

(『あの人』ほどじゃないけど、まあまあいい身体しているし、

『あの人』ほどテクニックはないけど、私を喜ばせようと一生懸命になってくれるし。

チャンミンと最後にしたのは、いつだったっけ?

3か月...いやもっと前...半年?

...とにかく!

私は、ムラムラしているのよ!)

 

隣でグラスの水を飲むチャンミンに、リアは飛びかかった。

 

「ちょっ!」

 

ごとんとグラスが転がり落ちて、ラグを濡らす。

 

チャンミンのシャツの襟もとを引き寄せると、唇を押し付けた。

 

「ん...リア!」

 

リアの両肩をつかんでひきはがす。

 

「チャンミンは...私を拒むの...?」

 

「う...」

 

泣きそうな悲しそうな顔をするリア。

 

チャンミンの腕の力が緩んだ隙に、リアはチャンミンのシャツのボタンを外し始めた。

 

「待て!

リア、待てったら!」

 

リアの手首をつかむと、再びリアは泣きそうな悲しそうな表情をする。

 

(チャンミンは、この表情に弱い)

 

脱がせたシャツをソファの向こうへ放り投げた。

 

「み、民ちゃんが!」

 

リアはチャンミンのベルトを外し始めた。

 

リアを力任せに突き飛ばすわけにもいかない。

 

「民ちゃんが...いるんだって!」

 

 


 

 

鏡の中の民が、眉と口角を下げている。

 

(私ったら、本当に男にしか見えないのかなぁ。

何がいけないんだろう)

 

湯上りで上気した頬に触れ、鼻筋をなぞり、ついでに鼻先を押し上げて豚鼻にした。

 

(チャンミンさんはあんなにカッコいいのに、私はブス。

眉毛を細くすればいいのかなぁ。

口紅つければ、女の子っぽくなるのかなぁ...)

 

以前、友人の真っ赤なグロスを借りて塗ったところ、とってつけたように似合わなかった時のことを思い出すと、首を振った。

 

(悲しくなってきた。

明日は、あの人との再会なのに。

少しでも可愛い姿を見てもらいたいのに)

 

うな垂れた民は、洗濯機の上に置いた黒いブラジャーを手にとった。

 

(ペチャパイだし...。

見れば見るほどペチャパイだ)

 

鏡の前で、両手で寄せたり上げたりしてみる。

 

(リアさんの胸、大きかったなぁ。

男の人というのは、大きい胸の人が好きなんだよね、うん。

チャンミンさんもやっぱり...)

 

民の頭にぼわーんと、リアの胸を揉むチャンミンの姿が浮かんだ。

 

(ダメダメ!

何を想像してるのよ!)

 

正面でホックをかけてぐるりと回すと、あるかなきかの胸をブラジャーにおさめた。

 

(湯上りにブラを付けるのって好きじゃないんだよなぁ)

 

家に居る間はノーブラで過ごすのが常だったが、チャンミンの忠告に素直に従うことにした民だった。

 

洗面所を出る前にふり返って、髪の毛が落ちていないか最終チェックをした後、照明を消した。

 

 

 


 

 

「リア!

民ちゃんが...民ちゃんが!」

 

チャンミンはリアの肩を押しのけたが、

 

「ミンミン、うるさいわねえ。

まだ出てこないわよ。

もしかしてチャンミン...、私が嫌なの...?」

 

と、リアが目を潤ませるから、チャンミンは黙るしかない。

 

 

(嫌とか、そういう問題じゃなくて!

 

その1。

半年ぶりにいきなり『そういうこと』をしたくなるリアに驚いていること。

 

その2。

ここはリビングで、もうじきお風呂から上がった民ちゃんに『そういうこと』を見られるかもしれないこと。

 

その3。

この理由が一番大きいぞ。

この場になって気付いたことだ。

僕の中に、リアと『そういうこと』はしたくない気持ちがあること、だ。

 

その4。

『その3』を理由にリアを拒みたいが、彼女を傷つけてしまうから拒みにくいこと。

 

その5。

これが、今の僕を大いに困らせている。

『その3』を挙げているくせに、悲しいかな反応してしまう僕の男の部分だ)

 

 

「あ!」

 

リアの手でファスナーを下ろされ、下着の中身をずるんと引っ張り出された。

 

 

「リアっ!

ダメだって!

あっ!

あ...!

ダメっ!

民ちゃんが!

あぅ!

民...ちゃ...んが!

あ...」

 

「お先で...し...た...?」

 

ソファで仰向けになったチャンミンと、湯上りの民の目がバシッと合った瞬間。

 

 

 

「!!!!」

「!!!!」

 

 

 

(ミミミミミミミミミミミミミンちゃん!!!)

(ひぃぃぃーーーー!!!)

 

 

民はバスタオルを頭からかぶって、絡み合う2人のソファの後ろを通り過ぎると、6畳間に飛び込んでピシャリと戸を閉めた。

 

 

(つづく)

 

 

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【11】NO?

 

 

~情けない僕~

 

 

~チャンミン~

 

 

リアの反応を気にして、嘘は言うのは止めにした。

 

民ちゃんを妹だなんて...。

 

付き合いたてから同棲を始めたばかりの頃は、メールも頻繁だったし、僕の過去の彼女に真剣に嫉妬していた。

 

自分こそ華やかな交友関係を送っているだろうに、僕みたいな地味な男に女性の影などちらつくことなどあり得ないのに。

 

最近も僕の携帯電話をチェックしているのかどうかは分からない。

 

仕事が忙しすぎて僕どころじゃなくなったんだろう。

 

家に帰れないくらい忙しいリアを、気長に待って、受け止めてあげられるほどの器が僕にはないみたいだ。

 

「え...大丈夫なんですか?

他人を寝泊まりさせるなんて、嫌がりませんか?

それも女の人を...。

そうでした!

私なら男の人に見えるから、『弟』にしましょうか?」

 

「だーかーら、自分のことを男みたいに扱っちゃダメだって。

それに、僕には弟はいないんだ」

 

「あの...」

 

民ちゃんが僕のシャツをつんつんと引っ張った。

 

「ん?」

 

「チャンミンさん...忘れていませんか?」

 

「何を?」

 

「私たち、双子みたいなんですよ?

赤の他人設定は、無理がありませんか?」

 

「う...(確かに)」

 

「ごちゃごちゃ考えずに、

ここは『妹』ということにしておきましょう。

それが一番、角がたたないですし、スムーズに納得してもらえますよ。

ほらほら、早くおうちに入りましょう」

 

「う、うん」

 

「わくわくしてきました。

チャンミンさんの妹ですか...。

リアさんを騙すんですね。

騙すなんて言い方は、よくないですね。

安心してください。

私の演技力は、かなりのものなんですよ」

 

それはどうだか疑わしい、と僕は思ったのだった。

 

 


 

 

チャンミンと民が揃って帰宅した時、リアはTVを観ながらペディキュアを塗っていた。

 

チャンミンの「ただいま」に対してリアは、アイスブルーに塗られた爪を満足そうに眺めていて、顔も上げずに「おかえり」と答える。

 

リアの視界にスラックスを履いた足が、続いてデニムパンツの足が入ってはじめて、リアは顔を上げた。

 

「ひっ!!」

 

(チャンミンが...二人いる...!)

 

「!!!!」

 

リアは大きな目をさらに大きく見開き、すっぴんでも美しく整った顔をこわばらせてフリーズした。

 

無言のままスーツを着たチャンミンと、隣のカジュアルな服装の民を交互に見る。

 

何往復もした後、「嘘でしょ...」とかすれ声でつぶやいた。

 

「説明するよ」

 

チャンミンはリアの前まで進み出て、リアの手から転げ落ちそうなマニキュアの瓶を取って、ローテーブルに置いた。

 

「この子をしばらく預かることになったんだ」

 

民もソファに座るリアの前に、両脚を折って座る。

 

「ご挨拶が遅れましたが、民といいます。

私は、チャンミンさんの...」

 

「双子なのね。

聞いてないわよ。

いるのって妹じゃなかったっけ?

あなたに双子の弟だか、兄だかがいるなんて、初耳なんですけど?」

 

「いいえ、私はチャンミンさんの...」

 

「どういうことよ?」

 

民の言葉を遮って、リアは隣に座ったチャンミンをキッと睨む。

 

(ひゃっ!

リアさんが怖い)

 

民の背筋が伸びる。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

これまでの僕は、リアには自分のことを包み隠さず教えていたんだった。

 

家族構成、家族の名前、卒業した学校名、好きな映画、趣味嗜好。

 

別れた彼女の名前、馴れ初めに始まり、何回目のデートで性交渉をもったのか、別れたきっかけは何なのか?

 

「私のどこが好き?」の質問には、ひとつひとつパーツを上げながら具体的に称賛しなければならなかった。

 

僕の言葉受けて、満足そうなリアを見ると幸福感でいっぱいだった。

 

尋ねられるまま答えていた自分も自分だよ。

 

当時は、僕のことが好きなあまり、僕のことなら何でも知りたいんだな、とプラスに捉えていた。

 

自分のことは、ほんの少ししか開示してくれなくて、わずかなりとも不満だった。

 

 


 

 

「双子に見えるかもしれないけど、そうじゃないんだ」

 

リアを前にすると口ごもってしまって、言いたいことの半分も口にできなくなってしまうチャンミンだった。

 

(帰宅するまでは、威勢のいいことばかり考えていたのに!)

 

チャンミンは、自身のことを情けなく思う。

 

そして、民のことを見るリアの表情が胡散臭げで、心の中で「民ちゃんごめん」と謝った。

(ここは下手に出て、なだめるように言わないと!

機嫌をもっとこじらせたら、「その子には出ていってもらって」か、「私が出ていく」になりかねない。

リアは留守がちだけど、この家はリアの家でもあるから、僕だけの権限で決められないんだ。

情けない、バシッと言えない自分が情けない)

 

2人のやりとりを民は、正座をして聞いていた。

 

(困ったな...。

リアさん、怒ってる。

当然だよね。

もしかして...チャンミンさんって、リアさんに頭が上がらないのかな)

 

恋人同士のやりとりに口を挟めない民は、辛抱強く話の決着を待つ。

 

(...今夜だけ泊めてもらって、明日お兄ちゃんに相談しよう。

ここを出よう。

私は歓迎されていない)

 

「民ちゃんは、女の子なんだ」

 

「嘘でしょ!?」

 

(嘘はつきたくないけど、民ちゃんの言う通り、今はこう説明するのが最善だ)

 

「嘘じゃない。

民ちゃんは、僕の...妹だよ」

 

「女ですって...!?

信じられない。

ねえ、あなた、立って見せて」

 

「はい!」

 

民は弾かれるように立ち上がる。

 

リアは、民の顔から、脚の先まで舐めまわすように観察した。

 

(まるで同じじゃない)

 

無表情のリアは、「回ってみて」と民に命じる。

 

「はい!」

 

素直にリアの前で、くるりと回って見せた。

 

「......」

 

(どう見ても『男』じゃない。

なるほど、あのワンピースの謎が解けた。

この子は『男』なんだけど、女物の洋服を着て『女』になる時があるのね。

見た目は男だけど、ハートは女なのかもしれない。

喋り方も、女っぽいし...)

 

考えにふけっていたリアは、チャンミンへの攻撃を再開した。

 

「チャンミン、今日は代休かなにかだった?」

 

「いや、仕事だったよ」

 

「ってことは、ソファで寝てたのは...そこの子ってわけなのぉ!?」

 

甲高いリアの声に、ソファに座るリアの前で正座をした民は、頷いた。

 

「はい、その通りです」

 

目前の民と、民の後ろに立つチャンミンを再び何度も交互に見るリアの顔が歪んでいる。

 

「昨日から、あのお部屋をお借りしております」

 

「...にしても、似すぎじゃない?

気持ち悪い!」

 

吐き捨てるように民に向かって言ったことに、チャンミンはムッとした。

 

「そんな言い方はないだろう!?」

 

「双子じゃないのに、ここまで似ることってあるわけ?」

 

「双子じゃないんだって!」

 

「あーもー、混乱する!」

 

(どうしよ、どうしよ)

 

正座した膝に乗せた手を、開いたり閉じたりしながら、民は話の結論がどうなるかをじっと待つ。

 

「それに、今日はずいぶんと帰りが遅いじゃないの!

食べるものがなくて、空腹で待ってたのよ」

 

(今日は特に、機嫌が悪い。

いい意味で感情豊か、悪い意味で気性が激しいリアとの応酬を、刺激的だと新鮮に受け止められたのも過去のことだ)

 

「家に居るなんて、珍しいな。

撮影はひと段落ついたんだ」

 

リアがぎくりとする。

 

(モデル業は開店休業状態とは言えない)

 

「悪い?

私が邪魔なの?」

 

「そういう意味で言ったんじゃないよ。

買い物もしてきてないし、ほら、果物とか鶏ささみとか、要るだろ?」

 

「最近は、フルーツは断ってるの。

糖質を制限しているのよ」

 

「そっか...知らなくて」

 

「知らなくて当然よ。

話をするのが久しぶりなんだから。

だからって、こういう大事な話を黙っていたんだ?

信じられない。

私を何だと思っているの?

私のことが邪魔なんでしょ。

ひとりでノビノビとやってるんでしょ?

私が居ない方がいいんでしょ?」

 

と、リアはまくしたてる。

 

「居ない方がいいなんて、思ってないよ」

 

(どうしよ...リアさん、怒ってる)

 

うつむく民を気の毒に思ったチャンミンは、民の耳元でささやいた。

 

「民ちゃん、ごめん。

僕がなんとかするから、お風呂に入っておいで」

 

チャンミンを見上げる民の助けを呼ぶような、すがるような眼を見て、チャンミンはいたたまれなくなる。

 

「はい。

お言葉に甘えて...。

それでは、お先に失礼します」

 

民は会釈をすると、着替えを取りに与えられた6畳間に避難した。

 

 

 

(つづく)

 

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