【BL短編】MOMO

 

「あなたのことはもう、好きじゃありません」

 

別れましょう、とチャンミンは言った。

 

そして、「ごめん」と謝った。

 

チャンミンは一体、いつから別れの言葉を口にする機会をうかがっていたのだろう。

 

一週間前?

 

一か月前?

 

全然気が付かなかった。

 

チャンミンが別離を考えていた側で、俺は呑気に冷蔵庫の新調を考えていたのだ。

 

料理好きのチャンミンの為に。

 

あっさりうなずけない。

 

4年だぞ?

 

「嫌だ」とはっきり口にした。

 

「俺はチャンミンのことが好きなんだ」

「嫌なところがあれば直すから」

 

「別れるなんて言うなよ、これまでうまくやってきたじゃないか」と懇願した。

 

けれど、無駄だった。

 

熟考型のチャンミンが下した決定は、最終決定事項なのだ。

 

チャンミンは情にほだされて決定をひるがえすような男じゃないことは、側に居続けた俺が知っている。

 

チャンミンと暮らした部屋に、俺は一人残された。

 

チャンミンのいない生活なんて想像できない。

 

息の根が止まるほど俺は苦しんだ。

 

耐えきれなくて、声が聴きたくてチャンミンの携帯電話を鳴らしてしまう。

 

「どうしたの?」って電話に出るから余計に俺は苦しい。

 

言葉が出なくて黙りこくってしまうと、聞きなれた声で「ごめん」と謝るのだ。

 

「ごめん、本当にごめん」って。

 

俺はもう、チャンミンの「恋人」じゃない。

 

チャンミンと過ごした濃厚な4年間、そう簡単に忘れらるものじゃない。

 

その記憶を上書きするための新たな恋...いいと思った男を見つけるのは簡単じゃない。

 

 

 

 

チャンミンとの思い出と気配を残した部屋に、俺は住み続けた。

 

かすかな期待もあった。

 

いつかチャンミンが、ふらっと戻ってきてくれるかもしれない、と。

 

どれだけ待とうと、彼は戻ってこないことはわかっていたのに。

 

チャンミンの性格なんか、よく知っているにも関わらず。

 

意地もあった。

 

敢えて苦しい状況に身を置いて、歯を食いしばって生きるのだ。

 

負けるもんか、と。

 

「時間が解決するさ」「新しい恋を見つけなよ」なんて、当人にしてみたら、なんて救いのないものだろう。

 

友人たちの失恋を慰めてきた自分の無責任さに、かつての自分を蹴り飛ばしたくなった。

 

仕事に没頭していれば、じくじく痛む心から気をそらしていられる。

 

1日1日を刻むように、痛みが和らぐのを待つのだ。

 

今までの失恋もそうしてきた。

 

でも...心の中では、たった1つの願いが灯り続けている。

 

その願いが、自分を苦しめているにも関わらず。

 

どうかお願いだ。

 

チャンミン、戻ってきて欲しい。

 

 


 

 

ソファを新調しようと、急に思い立った。

 

目障りになってきていた。

 

かつてチャンミンと一緒に選んだものだった。

 

この上で何度となく愛し合ってきた。

 

物には罪はないが、当時の情景が浮かぶようなものは一掃したくなったのだ。

 

奮発して既製品ではなくオーダー品を注文した帰り、喉が渇いて目についたカフェに入った。

 

(カフェモカにしよう)

 

カウンター上のメニューを見上げながら、自分の順番を待つ。

 

俺の前の客の会計が、なかなか済まないことに気付いた。

 

店員もその客も困っていた。

 

この洒落たカフェは、現金での支払いは受け付けていないのだ。

 

彼が差し出したカードは、高いエラー音を立てて拒否された。

 

それならばと、財布から紙幣を出しても店員から首を振られて、心底困っていた。

 

(外国人か)

 

俺の後ろで、イライラを隠そうとしない若い女性がいる。

 

見かねた俺は、「一緒に会計してください」と2人分の会計を済ませた。

 

彼は目を丸くして、店員からカードを受け取る俺の顔を凝視している。

 

その若い男の顔を真正面から見て、一瞬チャンミンに似てる、と思った。

 

注文した飲み物を受け取って、俺と彼はなんとなく一緒に店頭に置かれたベンチに並んで腰を下ろした。

 

彼の横顔を、ちらちらと観察していた。

 

浅黒い肌はなめらかだった。

 

長い首、長い前髪が片目を覆っていた。

 

国籍が分かりにくい、全人種のいいところを全部凝縮させたような顔をしていた。

 

洗濯を繰り返して薄くなったTシャツ。

 

開いた穴から、膝がのぞいていた。

 

きっとは着古した結果、擦り切れて開いてしまったのだろう。

 

でも、彼が身に着けるとファッションとして成立してしまう位、身体のバランスがよかった。

 

ぱっとこちらに振り向いた彼と、バチっと目が合った。

 

よく見ると、彼は全然チャンミンに似ていなかった。

 

どこにいても、チャンミンを探す俺だったから、背の高い男を見ると誰でもチャンミンに見えてしまうのだ。

 

それくらい、俺はチャンミンのことを引きずっていた。

 

「ありがとうございます。

出してくれたお金、今払います」

 

たどたどしく言うと、引き結んでいた口元を緩めてひっそりと笑った。

 

笑っているのに、哀しげだった。

 

 

 

 

彼の名は「モモ」と言った。

 

本名ではないかもしれない。

 

その可愛らしい名前を初めて聞いたとき、ぷっと吹き出してしまったが、俺が笑う理由が分からないモモは曖昧な笑いを浮かべた。

 

ひっそりと、哀しげに。

 

モモの来歴は分からない。

 

言葉が不自由なこともあるが、率先して自身のことを語りたがらなかった。

 

機械油が指の節を染めており、肉体労働の末硬くなった手の平に反して、短く切られた爪や細くて長い指が不釣り合いだった。

 

そう。

 

モモから受ける印象は、アンバランスさに尽きる。

 

散髪のタイミングを逃した長い前髪の下から、知的で思慮深い目元が見え隠れしている。

 

色褪せたシャツの背中は真っ直ぐで、迷いのない脚運び、破れた穴から覗く膝が上品だった。

 

膝頭に上品も何もないだろうけど、俺はそう思ったのだ。

 

俺の家に来ないか?と冗談めかして誘ったら、しばらく視線を彷徨わせて逡巡した後、こくりと頷いた。

 

捨て猫を拾ったかのようだった。

 

縋るような哀しげな眼で見上げられると、その思いは強まる。

 

そんな関係でも、俺は全然構わなかった。

 

枕が一つしかなかったから、俺とモモは身を寄せ合って眠った。

 

浅黒くなめらかな肌に鼻を押しつけると、モモの香ばしい匂いがする。

 

長いまつ毛を伏せて眠るモモを...眠っている時だけはあどけないのだ...誠心誠意をもって愛そうと思った。

 

 


 

 

なぜ別れを切り出してしまったのか、あの頃の自分の心理が未だに分からない。

 

一緒に住んでいた部屋を出た後、しばらくの間何度かユノから電話があった。

 

「別れたくない。

チャンミンがいないと駄目なんだ」と。

 

僕は首を横に振り続けた。

 

ユノのことは好きだったのに、彼との関係に疲れていた。

 

前向きで努力家で、からりとした明朗快活な性格のユノと、僕とは正反対だった。

 

花で例えると...ああ、駄目だ、全然出てこない...南国の...いや、高貴さも備えているユノだから薔薇かな...。

 

とにかく。

 

ユノの隣にいると、卑屈な思いと息苦しさを抱えるようになったんだ。

 

僕とはあまりにも違い過ぎる。

 

華やかで美味しそうな甘い蜜をたたえたユノに、吸い寄せられる者が多くて当然だ。

 

「俺にはチャンミンだけだよ」

 

嫉妬と不安を敏感に察したユノは、念を押すように何度も囁いてくれた。

 

「チャンミン以外には一切、指は触れていない」

 

でも、カチカチに凝り固まってしまった僕には、「自信をもて」の言葉は素通りしてしまう。

 

僕の心は冷えていった。

 

ユノの魅力が...明るくて温かくてまぶしさやらが、不快なものと成り下がった。

 

生活を共にして4年。

 

限界だった。

 

 

 

 

冬物のコートを新調しようと、街に出ていた。

 

大きな包みを抱えたユノを見かけた。

 

あの日、僕の前で顔をくしゃくしゃに歪めたユノ。

 

黒目がちの眼からあふれた涙が、ユノの白い頬を濡らしていて、後にも先にも、涙を流したユノを初めて見た日だった。

 

ユノは一人ではなく連れがいて、ユノと同じくらいに背の高い男だった。

 

垢抜けない、根暗そうな男だった。

 

男の背に添えられたユノの手に、愛情を感じた。

 

遠くにいるのに、分かった。

 

その男にユノは何かを言っていて、聞き取れなかったその男はユノに顔を寄せていた。

 

2人の距離が近い。

 

その男に包みを...クッションか枕のようなもの...を手渡している。

 

買い物の途中らしい。

 

ユノの笑顔が穏やかだった。

 

僕の大好きだった笑顔だ。

 

嫌だと思ったらどこまでも冷たくなれる僕は、その笑顔を凍り付かせたんだ。

 

酷い言葉を吐いた。

 

「そこまで言われてしまったら...致命的だな」と、ユノはひっそりと笑った。

 

ユノを傷つけてしまったことに、かすかな快感すら感じていたんだ。

 

自分が優位に立てたみたいで。

 

ところが今、僕の胸がズキッと、何かに刺されたかのように痛んだ。

 

包丁を突き立てられた活きのよい魚が、びちびちっと跳ねるみたいに。

 

ユノに別れを告げた時には、こうまで感じなかった程の鋭い痛みだった。

 

ユノは僕に何か酷いことを、したか?

 

いいや、何も。

 

それどころか、最後まで「好きだ」と言ってくれた。

 

ユノは、ここにいる僕に気付かない。

 

僕はその場に立ち尽くして、通り向こうの2人を姿が見えなくなるまで見送った。

 

通行人が邪魔くさそうに僕を避けて通り過ぎていく。

 

手放したのは僕の方だ。

 

胸を痛めなければならないのは、僕の方だ。

 

ユノの笑顔を守るのは、あの男なんだ。

 

 

(おしまい)

 

 

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【BL短編】Slave -手錠-

 

 

 

僕の恋人の名前はユノ、という。

 

ユノは、いい男だが束縛男だ。

 

異常なまでに嫉妬深い。

 

彼は背も高く顔もよく、かなりの高給どりで、完璧に近かった。

 

交際したての頃は、街中で自分の隣を歩く美しい彼が自慢だった。

 

こまめにくれるメールや電話、

忙しい合間をぬって会いに来てくれるし、

記念日のサプライズ、高価な贈り物、そして甘い言葉。

 

最高の恋人なのかもしれない。

 

けれども、徐々に露わになるユノの異常さに気付くまで、一か月もかからなかった。

 

 

 

「今日は何してた?」

「メールの返信が遅くないか?」

「先週渡したビタミン剤は、毎日飲んでるか?

最近、顔色が悪いようだから」

じんわりくるきめ細やかな思いやりは嬉しい。

 

「電話に出るのにどうしてそんなに時間がかかるんだよ?

何をしていた?

誰かと一緒なのか?」

「今夜も残業か?

嘘ついていないだろうな?」

 

朝目覚めてから眠るまでの間、そばにいなくてもユノの視線から逃れられない。

 

わずか2時間、連絡がとれなかっただけでも、ユノにとっては一大事だった。

 

携帯電話は手放せない、絶対に。

 

これまでの出来事を、思い出す。

 

 

 

 

ユノの嫉妬を、くすぐったく喜んでいられた頃の話だ。

ユノが出張で遠方に行っていたときのことだ。

商談の前後、手洗いに立った時、食事の時などの隙間時間を狙って、ユノはメールを送ってきた。

「珍しいものを見つけたから、お土産に買っていくよ」

​「仕事が忙しいのか?」

「ひとことでもいいから、返事をくれ」

 

僕はその日、クレーム対応に追われていて、メール返信ができなかった。

ユノからのメールに、ひとつひとつ返答できなかった。

面倒だった。

帰宅してテレビを観ながらビールを飲んでいたら、チャイムが鳴った。

「こんな時間に誰だろう?」と、インターホンのディスプレイを覗いた僕は、心底驚いた。

 

画質の悪いモノクロのディスプレイに、端正な顔が青白く光っていた。

ぞっとしている自分がいた。

インターホンのカメラを、睨みつけるユノがいた。

 

「出張じゃなかったっけ?」

動揺していて、チェーンがなかなか外せなくて、ドアを開けるまでに手間取ってしまった。

ドアが開くと、ユノは無言で部屋に入ってくるなり、力いっぱい僕を抱きすくめて言うのだ。

「お前が事故か何かに遭っているのかと心配したんだ。

もしくは、俺がいないのをいいことに、他の男に抱かれているのかって!

はらわたが煮えくり返りそうだった!」

「ちょっと待ってよ、そんなことするわけないでしょう?」

ユノは仕事を終えるとすぐ、片道4時間の出張先から僕の様子を確かめにきたのだ。

呆れる僕を、ユノは後ろから羽交い絞めにすると、床に押し倒した。

 

「お前からメールがなくて、俺は生きた心地がしなかった」

僕を見下ろす充血した目は、怒りの光が瞬き、ナイフのように鋭かった。

「ごめんなさい」

 

「俺はお前とひとつになっていたい、ずっと、ずっと」

ユノは僕のパジャマのボタンをひとつひとつ、ゆっくりと外していく。

猛禽類のように瞳をギラギラさせているのに、手つきが優しいから、余計ぞっとした。

しかし、僕は拒まない。

これから始まる行為を想像すると、恐怖心と欲望が攪拌するホイップクリームのように混ざり合って、ふわふわと泡立つ。

 

強ばった僕の身体から、力が抜ける。

 

甘くて乳脂肪がたっぷりな、ホイップクリームの出来上がり。

僕もユノのワイシャツを脱がせ、ベルトをするりと抜き取る。

指ですくったクリームを彼に差し出すと、ユノは僕の指ごと舐めとり咥える。

 

ユノは僕の顎を押さえて、付け根までクリームを塗りたくった指を、僕の唇にねじこんで出し入れさせた。

 

ユノの指が食い込む肌が、痛い。

 

ホイップクリームは、なくならない。

 

次々と、むくむくと湧いてくるのだ。

 

狂気すら感じる眼差しなのに、僕の身体を撫ぜるその手は優しくて、くらくらする。

堅いフローリングの上で、脱ぎ散らかされたユノのジャケットと僕のパジャマを下敷きに、交互に上になったり下になったり転げまわるのだ。

僕の身体もユノの身体も、境目がなくなって、ひとつの物体になってしまうまで。

 

僕の汗もユノの汗も、混ざり合ってどちらのものが分からなくなるまで。

正面からも、後ろからも、ありとあらゆる体位で。

僕の方こそ、彼に夢中だ。

「お前の中に溶けてしまいたい」

耳元でもらすユノの喘ぎ声を聞きながら、僕は彼の頭を抱きしめる。

​​

もし、本当に他の男に抱かれていたと知ったら、僕はユノに殺されるだろう。

汗だくになった僕たちがシャワーを浴びていると、再びユノは後ろから僕を抱きすくめてつぶやく。

「お前と離れていたくない」

「分かってます」

僕はユノの方に向き直ると、彼の可愛いお尻を両手でつかんで、爪を立てた。

ユノの嫉妬は、自分自身に自信がなくて、その不安を埋めるためのものではない。

 

ただただ、僕を自分のものにしたいだけだ。

自分の中に、僕を取り込んでしまいたいのだろう。

ユノの目には僕しか映っていない。

そんなこと分かっている

 

 

 

 

ユノは束縛男かもしれないが、暴力もないし、乱暴なことも言わない。

 

僕のアパートの鍵も要求しないし、携帯電話を盗み見ることもない。

 

けれども、少しの間連絡が取れなくなったり、休日を一緒に過ごせなかったりした時の、ユノの悲しみようが凄い。

 

がっくりと肩を落として、めいっぱい残念がっているユノの背中を見ると、キュウっと胸が痛くなる。

「ごめんね。

そばにいるから」

ユノの頭のてっぺんにキスをして、友人に断りの電話を入れる。

友人との通話中、心底嬉しそうにニヤニヤ笑っているユノを見つめながら思う。

大きくて、可愛い顔をした僕の彼氏。

僕に夢中な恋人。

ユノが僕の恋人になってから、途端に付き合いが悪くなった僕への友人たちのお誘いも、今じゃ無くなった。

僕は全然、寂しくない。

この世は、僕とユノの二人だけだ。

 

 

 

ユノと交際して3か月が過ぎたとき、彼は初めて僕を縛った。

ボトムスから抜いたベルトを僕の手首に巻き、自由を奪った。

きっかけは、職場の新年会の場にユノからの電話に出た時のことだ。

 

親しげに僕の名前を呼ぶ同僚の声が、電話越しにユノに聞かれてしまった。

 

「しまった」と思ったら案の定、しつこく店名を聞き出したユノは、僕を迎えにやってきた。

その場は一瞬で静まり返った。

 

男の恋人登場への驚きと、ユノの背中でゆらめく怒りの炎に皆、口がきけなくなったのだ。

 

ユノに腕を引っ張られる形で店を出た。

ユノの部屋に連れていかれるまで、彼は僕の手首から手を一度も離さなかった。

「俺のポケットに鍵があるから」

部屋の鍵を僕に取り出させると、片手で器用に開錠し、寝室に直行した。

ベッドに押し倒すなり、ボトムスから引き抜いたベルトをぐるぐると僕の手首に巻きつけたのだ。

​​

目を剥く僕に構わず、ユノは顔を傾けて僕の唇を奪うと、舌を差し込んできた。

その後は、ほとんど覚えていない。

僕の指に絡めたユノの指に力がこもるたび、僕も彼に応えるように握り返した。

巻かれたベルトは緊縛されていなかったから、手首を動かせば容易に外せたはずなのに、僕は縛られたままでいた。

 

ほどいてしまったら、ユノが繋ぎとめようとした僕の心と身体がばらばらになっていまいそうだったからだ。

「縛ってゴメン」なんて、ユノは絶対に言わなかった。

もしそんな言葉を口にされたら、僕は幻滅しただろう。

ユノは僕に依存しているのだろうか。

そうかもしれない。

「チャンミンがいないと生きてゆけない」は、心の奥底から叫んだ、ユノの真実の言葉だと思う。

 

いくらいい男だからと言っても、常にジェラシーの炎がめらめらと燃えている人は勘弁だと、大抵の人は思う。

 

けれども、僕はそうではない。

僕もユノに依存している。

ユノからの束縛は、イコール彼の愛情なんだと、僕の方も心の奥底から思っているのだ。

縛りたい男と縛られたい男。

この世はユノと僕の2人きり。

心も身体も彼のもの。

僕とユノの手首は、ひとつの手錠で繋がれている。

 

 

 

 

どんよりと灰色の雲が空を覆った、昼下がりのある日のことだった。

 

「チャンミンを窮屈にさせてしまっているな」

 

ことの後、2人して大汗をかいて乱れた呼吸をととのえながら、放心しているとユノは話し出した。

 

「でも、これが俺の愛し方なんだ」

ユノの視線は天井に結ばれたままだ。

「俺は謝らないよ」

下着をつけようと身を起しかけた僕のウエストは、ユノの長い腕にさらわれた。

 

「束縛してごめん、とは謝らない」

 

暗闇に彼の瞳が光っている。

「これが俺の愛し方だ」

ユノは僕の顎をつまんだ。

「もし、こんな俺のことが嫌いになったら、正直に言うんだ」

美しい顔をかたむけた。

「もし、こんな俺が嫌になったら...」

僕の首筋に唇を押し当てる。

「俺はお前を手放す。

もし、俺の存在がお前を不幸にしているなら、

俺のことは嫌いだと、はっきり言うんだ。

​俺はチャンミン...お前から離れる」

僕はユノの首に腕をからませる。

 

「お前には不幸になって欲しくない。

これが俺の愛し方だ」

​​

僕は、ユノの頭のてっぺんに唇をつける。

僕は、もしユノから手放されたら、死んでしまうだろう。

僕が束縛されて悦んでいることを、ユノは知っている。

ユノの胸に頬を押し付け、彼の匂いを嗅ぎながら、手首を縛られたまま僕は答える。

 

「これが僕の愛され方です」

 

 

柔らかい手首の皮膚に、固い革が食い込む。

 

 

いつの間にか降り出した雨が、窓ガラスを濡らしていた。

 

 

「お前の部屋に、カメラを付けてもいいか?」

 

 

僕はこくりと頷いた。

 

 

​ユノは僕を縛りつけている。

 

​僕もユノを縛りつけている。

 

 

(おしまい)

 

 

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【BL短編】彼のTシャツ

 

~ユノ~

 

 

身体を丸めて眠るチャンミンを起こさないよう、

 

マットレスを揺らさないよう、

 

そっとベッドから降りた。

 

すやすやと眠るチャンミンの寝顔があどけない。

 

夢を見ているのだろう、細かに震えるまぶたにそっと唇を押し当てた。

 

昨夜、俺たちが脱ぎ捨てていった衣服を、順番に拾い上げていく。

 

胸に沁みる甘い余韻。

 

ちょっとしたイタズラを思いついた俺。

 

きっと驚くだろうな。

 

そして、ちょっとだけ怒るだろうな。

 

でも、お前のことだから、最後には笑顔になってくれるはず。

 

 


 

~チャンミン~

 

目覚めたら隣にはユノはいなくて、半身を起こしてぼんやりした頭で昨夜のことを思い出す。

 

長期出張から戻ったばかりのユノに、性急に求められるまま身を預けた。

 

僕たちが抱き合うのは1か月ぶりだったから、それはもう...。

 

重だるい身体も、甘い余韻だ。

 

コーヒーのいい香りが漂ってくる。

 

床に散らばっているはずの下着を探したけれど、見当たらない。

 

困ったな。

 

「起きた?」

 

ユノが寝室に僕を呼びに来た。

 

「朝ごはんが出来たよ。

キッチンまでおいで」

 

慌てて僕は布団にもぐりこみ、顔だけ出した。

 

抱き合う時は、いくらだって裸の姿をさらけ出せるのに、一夜明けて、朝日の下では恥ずかしい。

 

「僕の服は?

とってくれる?」

 

とお願いしたら、

 

ユノったら、

 

「残念なことに...ないんだ」

 

って、困った顔で言うんだ。

 

「ない?」

 

意味が分からなくて、首をかしげていたら、

 

「全部、洗濯機に放り込んじまった。

俺のものも、お前のものも」

 

「ふふん」とユノは笑う。

 

「えぇぇ!?」

 

「俺のTシャツを貸してやるよ。

さあ、とっとと起きた起きた。

腹ぺこだ。

飯にしよう」

 

手渡されたTシャツに袖を通すと、ユの匂いに包まれて、甘やかな気持ちになる。

 

 

 

 

「いい眺めだ。

色っぽいなぁ」

 

お腹から下がすうすうする。

 

僕が身につけているものといえば、ユノのオーバーサイズの白いTシャツだけ。

 

「恥ずかし過ぎる!」

 

「チャンミン、その手を離して欲しいなぁ」

 

「やだよ」

 

「ちょっとだけ」

 

手を合わせてウィンクなんかしちゃって、ずるいよユノ。

 

渋々、ユノのお願いに応えてあげる。

 

「いいねぇ。

見えそうで見えない...ってことないか、もう見えてるな。

下からちょろっとはみ出してるとこが、そそる」

 

「タイムアップ!」

 

「ケチ」

 

「昨夜いっぱい見せてあげたでしょ?」

 

「もっと見たいのになぁ...」

 

ユノが引いてくれた椅子に、Tシャツの裾をぎゅっと引っ張りながらそろそろと腰かけた。

 

お尻がひやっとする。

 

「はい、コーヒー」

 

「ありがとう」

 

ユノが淹れてくれたコーヒーは、熱くて濃くて、インスタントなのにとても美味しい。

 

ベージュのニットを着たユノの広い背中を見つめる。

 

僕のために、美味しいものを作ってくれるユノの背中。

 

ぎこちない手の動き。

 

思わず手を出したくなったけど、ここは我慢。

 

ここで立ち上がったら、えっちなユノを喜ばせてしまって、朝ご飯どころじゃなくなるよね。

 

散らかったキッチンカウンター。

 

鼻歌を口ずさみながら、フライパンを揺する背中。

 

焦げてしまったパンの香り。

 

オーブンミトンをはめた手。

 

ちろりと舌を出して僕の方を振り返って、肩をすくめたユノ。

 

Tシャツの裾を握る僕のこぶしと、裸の太もも。

 

こういった、日常のちょっとした景色の1カットを、

 

ユノと過ごすひとときを、大切にしたいと思った。

 

 


 

~ユノ~

 

 

「乾燥機が壊れちゃったんだよなぁ。

乾くまでに...丸一日はかかるよ、きっと」

 

と、ほとほと困り切った表情をして見せたら、

 

「帰れないじゃないか!」

 

って当然ながら、チャンミンは怒った。

 

「困ったなぁ

どこにも出掛けられないなぁ」

 

そう言ったら、チャンミンは俺の作戦に気付いて、

 

「仕方がないなぁ」って苦笑した。

 

俺はチャンミンの、不貞腐れて頬をふくらませた顔が大好きなんだ。

 

眉毛なんて目いっぱい下がって、すげえ可愛い。

 

ブラインドを閉きった窓ガラスの向こうに、初冬の薄青い空が広がっている。

 

今日も寒くなりそうだけど、

 

ストーブをたいた暖かい部屋で、俺たちは一日二人きり。

 

さあ、何をして過ごそうか?

 

何をするって?

 

それはもう...決まってるでしょ?

 

(おしまい)

 

 

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【BL短編】橙ゲノム

 

彼は「じゃあ、またな」と片手をあげ、僕も同様に「またね」と返した。

 

くるりと背を向けて遠ざかってゆく彼の後ろ姿を、僕は見送った。

 

あっさりしているんだな...。

 

いい気分はしなかった。

 

間もなく、辺りは暗闇に沈んでゆき、代わりに等間隔に並ぶ外灯が浮かび上がってくるだろう。

 

男同士の帰り際なんて、こんなもの。

 

べつに一人でも帰れるけど。

 

パッとしないのはね、傍に彼が...ユノがいないからだ。

 

僕はふぅっと息を吐いた。

 

ユノはこれからあの人に会いにいく。

 

オレンジ色に染まった空が、街並みの濃いシルエットに切りとられている。

 

僕の願い...ユノの隣に僕が居られたら...。

 

僕の夢は夕空に跳ねた。

 

あの人に会ったりなんかしないで。

 

あの人に会いに行くユノなんか嫌いだ。

 

 

僕の出る幕はないってわかってる。

 

二人を前にした僕には、居場所がない。

 

ユノの背中を切なく見つめるたび、僕は小さく息をする。

 

僕の視線に気づいた彼は、「どうした?」って。

 

「なんでもない」

 

空が滲んできて、僕は慌ててユノに背を向けた。

 

次に振り向いた時には、僕は笑顔になっている。

 

危ないあぶない。

 

気を抜くと僕の本心が顔を出す。

 

「もういいかい?」って。

 

「想いを伝えてもいいだろ?」って。

 

でもね、僕じゃ駄目なんだ。

 

ユノとあの人との一部始終を、僕は友人として見届けてきた。

 

あの人との関係が壊れた時、ユノがどれだけ打ちひしがれたか。

 

ずっとずっと、あの人の存在がユノの中に生きていた。

 

あの人への想いをにじませたユノの横顔に、胸が苦しくなる。

 

あの人から別れを告げられた時のユノを思い出す。

 

「会いたい」とあの人にすがり、馬鹿みたいに泣いていた。

 

僕はそんなユノの背を撫ぜるしかなかった。

 

 

でもさ、今、あの人とやり直せそうなんだって、さ。

 

塞いでいたユノの表情がパッと明るく花開いた。

 

そのキラキラ輝く瞳に、僕の気持ちは壊れそうだ。

 

夕焼けに染まる街。

 

これは片想いだ。

 

ユノとの未来も願いも、どこかへいってしまった。

 

言えるわけないなぁ。

 

「ユノが好きです」

 

いつかこんな日がくることなんて分かっていた。

 

さよならしよう。

 

「好き」の気持ちは手放そう。

 

ユノにはやっぱり、あの人がお似合いだ。

 

僕はあの人に叶わない。

 

僕の視線に気づいて、ユノは振り返った。

 

「どうした?」って。

 

僕は「なんでもない」と答える代わりに、こう尋ねた。

 

「チャンミンに会いにいくんだろ?」

 

ユノははにかんで「ああ」と答えた。

 

言ってもいいだろ?

 

...無理だよ、僕じゃ駄目なんだ。

 

言ってもいいだろ?

 

...無駄だよ、チャンミンじゃなきゃダメなんだ。

 

泣いてすがってもいいだろ?

 

...駄目だよ、二人を困らせてしまう。

 

もう「さよなら」してもいいだろ?

 

うん、いいよ。

 

夕焼けが染める街。

 

ユノの後ろ姿はいよいよ見えなくなった。

 

 

(おしまい)

 

 

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(後編)次はどこいく?

 

 

~チャンミン~

 

 

天井のファンが回る涼しい部屋のベッドの上で、現地のTV番組を見ながらビールを飲んだ。

 

エアコンで冷えすぎた身体を温めようと、バルコニーに出る。

 

湿った生温かい空気に、プランターから漂う南国の花の香りにむせかえりそうだった。

 

手すりから身を乗り出すと、ライトアップされたプールが眼下に見える。

 

「泳いだら、怒られるかな?」

 

「泳いできたら?

ピーって笛を鳴らされて、ホテルの人に見つかったら俺だけ逃げるから」

 

ユノのニヤニヤ笑いに、「薄情者!」と言って僕は膨れるのだ。

 

ユノの小さな鼻が日焼けのせいで光っている。

 

旅はまだ中盤。

 

こんなに幸せで、バチが当たりそうだと思った。

 

 

 

 

目覚めたら、すぐ目の前にユノの寝顔がある。

 

まつ毛が長くてびっくりした。

 

おでこから鼻先まで、鼻筋を人差し指でなぞったら、パチッと目が開いて、その目がにっこりと笑った形になった。

 

「おはよ」のひとことが照れ臭かった。

 

ユノはふわあぁっと大あくびをすると、僕の頬っぺたにキスをしてくれる。

 

日焼けあとが痒いのか、ぼりぼりと背中をかきながらバスルームへ向かうユノの後ろ姿。

 

短い髪なのに、あっちこっちに寝ぐせができていて、僕はくすりと笑ったのだった。

 

僕は朝食ビュッフェ会場へ、スリッパを履いたまま行ってしまい、ユノに脇を肘でつつかれて教えてもらった。

 

泊数と着替えの数を見誤ったユノは、着られる服がなくなって、マーケットで調達することにした。

 

配色センスが独特で、変な柄のシャツを堂々と着ているから可笑しいんだ。

 

後頭部の髪がはねたままだったけど、可愛くて、面白かったから指摘しなかった。

 

どうせこの後、プールで泳いで濡れるだろうからね。

 

起床してご飯を食べて、泳いだりプールサイドで読書して、午後は部屋で昼寝して、涼しくなったらマーケットをひやかし歩く。

 

1着だけ持ってきたパリッとした襟付きシャツは、2日目の夜、ホテルのレストランで食事をとった時に1度着ただけ。

 

あとは、水着でいるか、Tシャツ短パンで過ごした。

 

僕らは、くつろいでリラックスした姿をお互いにさらしていた。

 

 

 

 

帰国前夜。

 

荷造り作業がおっくうで、寂しくて仕方がない。

 

「帰りたくないですー」

 

「帰るのやめようか?」

 

「明後日から仕事だから、無理です―」

 

「辞めちゃえば?」

 

「出来るわけないでしょ?」

 

とっくに荷造りを終えたユノはベッドに腰掛けて、僕の荷造り具合を面白そうに眺めている(ユノはバッグに持ち物を放り込んで、ファスナーを締めるだけ。僕はシワがつかないよう畳んだり、ポーチに入れたりと段取りで時間がかかってしまうんだ)

 

「ユノとまた旅行に行きたいな。

稼がないとね~」

 

「次の旅行代は俺が出すよ」

 

「そんな...悪いよ」

 

「だって、今の旅行はチャンミンの奢りだろ?

次は俺の番。

そうだ!

今回はお土産を好きなだけ買ってあげるよ」

 

「ホントに!?

じゃあ、ドライフルーツがいいです。

マンゴスチン、買ってください!」

 

「マンゴスチン?

なんだ、それ?

オレンジ色の?」

 

「それは、マンゴー。

マンゴスチンは、白くてプルっとしてる果物。

ユノ、ビュッフェで山盛りにしてたでしょ?

あれがマンゴスチン」

 

「ふうん。

いくらでも買ってあげる。

甘いぞ~?」

 

「いいの?」

 

「うん。

スーツケースに入りきらなかったら、もうひとつスーツケースを買ってマンゴスチンをぎっしり詰めて帰ろう」

 

その光景を思い浮かべたのか、ユノは鼻にしわをよせて、くくくっと笑った。

 

そんなユノを見ていたらウズウズしてしまい、おでこに頬っぺたに鼻に、そして唇にキスの雨を降らせた。

 

「もお!

じゃれつくなって!」

 

照れ隠しとくすぐったいのとで、ユノは大暴れする。

 

力ではどうしてもユノに負けてしまう僕は、彼の肩や二の腕をかぷっと噛んでやった。

 

「お!

これならどうだ!」

 

ユノに羽交い絞めにされた途端、僕は抵抗するのを止めた。

 

この後の流れはご承知の通り。

 

僕らは唇を合わせたまま、身にまとったものを全部脱いで、それらをぽーいってベッドの向こうに放り投げた。

 

日焼けで火照った熱い肌同士が、隙間なくぴったりと重ね合う。

 

先ほど互いに塗り合いっこした、カラミンローションの匂いがする。

 

水っぽい音、肌を打つ音。

 

ユノの呻き、僕の喘ぎ、「好き」の連呼。

 

室内が薄暗いのは、外が眩しすぎるから。

 

冷房が効きすぎて寒いくらいなのに、僕らだけは火の玉のように熱いのだ。

 

絶頂の瞬間、シーツを握りしめた僕の手の甲に、ユノの節くれだった大きな手が重なった。

 

僕たちの旅が、もうすぐ終わる。

 

1週間前の空港での出来事が、うんと遠い。

 

小さなスーツケースに、ドライフルーツが詰まっている。

 

マンゴスチンが大嫌いになるくらい、沢山食べてやるから。

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

『荷ほどきは終わりましたか?』

 

受話器から聞こえるチャンミンの声。

 

数時間前に別れたばかりなのに、俺は寂しさのあまり泣きそうになる。

 

「だいたい」

 

洗濯機の中で、南国の香りが染みついた夏服が洗われている。

 

明日から現実世界に引き戻される。

 

今日が終わるまでは、旅気分でいさせてくれ。

 

『楽しかったね』

 

「うん。

これまで生きてきたうちで、一番楽しかった」

 

『大袈裟ですねぇ』

 

チャンミンがふふんと、笑った。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

いい加減、マンゴスチンに飽きてきた。

 

嫌いになりそうだった。

 

誰かに分けてあげればいいのに、欲張りな僕は一人で食べるつもりだった。

 

人にあげたら、ユノとの思い出が減ってしまうから。

 

思い出が逃げないよう、スーツケースも腕が入る分だけしか開けなかった。

 

残りわずかとなった時、取り出しにくくなって初めてスーツケースのファスナーを全開させた。

 

「?」

 

ビニール袋に気付いた。

 

味もそっけもない白いビニール袋だった。

 

「これって...」

 

旅先のマーケットで、ユノが着ていた悪趣味なTシャツが入っていた。

 

南国ではマッチしていたのに、白々とした蛍光灯の日常の景色で見ると、奇抜な色使いは派手派手しい。

 

手にしたこれから、エキゾチックな風が吹いてきた。

 

あの時の空気、音、匂い。

 

汗ばんでベタベタなのに、ずっと手を繋いでいた。

 

ありありと思い出せる。

 

胸に抱きしめると、ユノの香りに包まれた。

 

鼻を埋めて、胸いっぱいに吸い込んだ。

 

犬みたいにくんくん嗅いだ。

 

鼻の奥がつんとして、胸がぎゅうっと苦しくなった。

 

「...あれ?」

 

折りたたまれた紙切れはホテルの便せんで、ユノの文字が並んでいる。

 

飛び上がるほど嬉しい言葉が綴られていた。

 

 

『次はどこいく?』

 

 

涙が出そう。

 

もう泣いちゃってるけどね。

 

ユノに電話をかけなくては。

 

次は寒い国に行こうって。

 

それから、僕もユノが大好きだよ、って。

 

3回発信音が鳴った後、

 

『お!

やっとで見つけた?』って。

 

「あれ...洗濯してませんよね?」

 

『うん。

洗ったら匂いが消えちゃうだろう?』

 

「ナイスです」

 

『チャンミンの好物を仕込んでおいたんだ。

そろそろ、チャンミンが寂しくなる頃合いだっただろ?

くんくんしてもらおうと思ってさ』

 

「うん

...次はパンツが欲しいです」

 

『...本気で言ってるの?』

 

「うん...本気」

 

『よし!

今から会いにいく』

 

「ホントに!?」

 

『ああ。

明日、休みを貰えたんだ。

会いに行ってやるから、そん時にたっぷり匂いを嗅いでくれ』

 

「やった!」

 

僕は跳ね起きて、エプロンを付けてキッチンに立つ。

 

「寒い国と言ったらどこがいいかなぁ」と、いくつもの国を頭に思い浮かべながら、お鍋の中身をかき混ぜていた。

 

 

 

(おしまい)

 

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