(9)ハグを邪魔されてーチャンミンの夜這いー

 

 

右にケンタ、左にソウタ。

 

間にチャンミン。

 

カンタは、ソウタの隣で行儀よく布団をかぶってすーすーと寝息をたてている。

 

(どうしてどうして、みんな僕の邪魔ばかりするんだ!)

 

 

発端は、就寝前のこと。

 

灼熱の痛みから回復したチャンミン。

 

「“お兄さん”、ごめんなさい...」

「“お兄さん”にキックしてごめんなさい!」

 

チャンミンの急所を蹴り飛ばしたことを申し訳なく思ったのか、二人は泣いて謝った。

 

(おー!

初めて“お兄さん”って呼びましたね)

 

「もう謝らなくていいよ。

(僕は優しい男だから)もう怒ってないよ。

でも、二度とあんなことをしないように!」

 

ところが、いつまでも泣き止まない彼らをなだめようと、チャンミンは

 

「TVゲームしよっか?

“お兄さん”は強いんだぞー」

 

と、誘ってしまった。

 

そうやって始まった、ゲーム対戦。

 

ところがうっかり、チャンミンは本気を出してしまい、彼らをこてんぱんにやっつけてしまった。

 

再び大泣きした彼らの機嫌をとらなくなってしまったチャンミン。

 

結果、チャンミンは、子供部屋で就寝することになってしまったのだった。

 

(こんなことで、僕はめげませんよ)

 

ぐずぐずと起きていたソウタが寝入ったのを確認すると、チャンミンは布団を抜け出す。

 

子供部屋は1階、ミミの部屋は2階。

 

(僕が大事に守ってきた“純潔”を、ミミさんに捧げにゆきますから)

 

チャンミンは3人を起こさないよう、ふすまを開けて廊下へ出た。

 

 


 

 

(チャンミン遅いなぁ)

 

落ち着かなくて横になったり、起き上がったり、時計を見たり。

 

(もう11:30じゃない!

明日は早起きしなくちゃいけないのに!)

 

ミミはチャンミンを待っていた。

 

(髪は下ろしてた方がいいよね。

靴下は脱いでた方がいいよね。

唇がカサカサ!

リップクリームを塗らなくっちゃ!)

 

ミミはパジャマのズボンを上げて、ふくらはぎを確認した。

 

(ムダ毛処理...OK!)

 

それから、パジャマの袖をまくって腕を確認していると、すすーっとふすまが開いた。

 

(チャンミン!)

 

「ミミさん」

 

開いたふすまの隙間からチャンミンが顔を出した。

 

「お待たせ、です」

 

素早く部屋に滑り込む。

 

チャンミンは、ゆるっとしたTシャツとハーフパンツ姿だった。

 

「遅くなってごめんなさい。

ソウタ君がなかなか寝てくれなくて...」

 

そう言うと、パジャマ姿のミミから1m離れて、ベッドに腰かけた。

 

(この微妙な距離はなんなの!?)

 

(パジャマのミミさんが、可愛いんですけど!)

 

「あの...」

 

隣のミミを直視できないチャンミンは、もじもじ動かす足の指を見ながら声をかける。

 

「眠いですか?」

 

「ううん、大丈夫」

 

「ミミさんは、疲れているんじゃないですか?

準備で忙しかったし」

 

「チャ、チャンミンこそ、眠いんじゃないの?

ほら、今日はいろいろあったし」

 

「......」

 

(き、緊張します...

ミミさんにえっちなことを言って、困らせていたのに、

今の僕には、その勢いと余裕が枯れています!)

 

(参ったな。

こんなシチュエーション、初めてじゃないくせに、

チャンミンが恥ずかしがっているから、こちらまで緊張しちゃう)

 

「......」

 

「そうそう!」

 

ミミがパチンと手を叩いたので、チャンミンはビクッとする。

 

「そこ...大丈夫?」

 

「へ?」

 

「そこ」

 

「そこ?」

 

「そこだってば!」

 

ミミは、あごをしゃくってみせる。

 

「そこ?」

 

「だから、チャンミンの...そこ」

 

「そこ、じゃわかりません」

 

「......」

 

「はっきり言ってくれないと、分かりません」

 

チャンミンのニヤニヤ顔に、ミミは、チャンミンがとぼけていることに気付く。

 

「チャンミン!」

 

(ミミさんをからかうのは、楽しいです)

 

「くくく。

大丈夫です。

目ん玉ぶっ飛ぶかと思いましたが」

 

チャンミンを睨んでいたミミだったが、「目ん玉がぶっ飛ぶ」様をしてみせるチャンミンに、笑ってしまった。

 

1mの隙間を埋めようと、チャンミンはミミにぴったりつくように、座りなおした。

 

ぎしっと、ミミのシングルベッドがきしんむ。

 

(お?)

 

チャンミンはベッドの上を何度もはずんで、ギシギシとたてる音を確認した。

 

「けっこう...音がしますね」

 

「古いからね。

中学生のときから使ってるの」

 

「困りましたね」

 

「音が気になるって言うんでしょ?」

 

(チャンミンが言いそうなことくらい、予想がつく)

 

「それも、そうですが。

うーん」

 

チャンミンはあごに手を当てて、何かを考えこんでいる。

 

「ミミさん...

初めてのえっちは、このベッドでしたか?」

 

「!」

 

「馬鹿!

チャンミンの馬鹿!」

 

「どうなんですか?」

 

(この子ったら、何を言い出すのよ)

 

「本気で僕は気になっているんですよ?」

 

(ずばり聞いちゃうわけ?)

 

「で、どうなんですか?」

 

チャンミンは、ずいっとミミに顔を近づけた。

 

あまりにも真剣な表情なので、ミミの心にイタズラ心が湧いてきた。

 

「...そうよ」

 

「え...!」

 

チャンミンは固まる。

 

「嘘、嘘!

冗談だってば!」

 

「ミミさーん、ひどいです」

 

「ごめんね、ごめんね」

 

ミミは、抱きついてきたチャンミンの頭をよしよしと撫ぜる。

 

先ほどまでぎこちなかった二人の空気が、ほぐれてきた。

 

「...えっと」

 

 

(真夜中!

寝室!

大人!

二人きり!

ベッド!

条件はすべて揃った!)

 

ミミの胸に頭を押し付けていたチャンミンは、顔を上げると

 

「やっと...この時が来ました」

 

(シム・チャンミン!

「男」になります!)

 

ミミの肩を押して、ベッドに押し倒そうとすると。

 

「待って!

チャンミン、ちょっと待って!」

 

ミミは力いっぱい手を突っ張って、チャンミンのあごを押しのける。

 

「あうっ!」

 

プロレス遊び中に転んで、打ち付けてしまったあごをさする。

 

「ごめん、そんなに痛かった?」

 

「僕は全身、ボロボロなんですよ...」

 

「ごめんね」

 

「そんなことよりも、何ですか?

今さら、NOですか?」

 

(僕は、なけなしの勇気を振り絞って、必死なんですよ)

 

若干ふてくされたチャンミンは、髪をかき回す。

 

「そうじゃなくて、その前に、

チャンミンに話しておきたいことがあるの」

 

「今じゃなくちゃ、駄目なんですか?」

 

「うん」

 

「聞きますよ。

どうぞ、お話しください」

 

チャンミンは手のひらを向けて、ミミに早く話すよう促した。

 

「本当はずっと前に、チャンミンに話しておかなくちゃいけないことだったの。

 

あのね...。

あのね...」

 

(そうですか、

ミミさんの告白ですね)

 

「言いにくかったら、今じゃなくてもいいんですよ」

 

チャンミンはミミの手を取ると、指をからませた。

 

緊張の汗でべたついたミミの手が、さらりと乾いたチャンミンの手の平に包み込まれる。

 

「今じゃなくちゃ、いけないの。

でね...」

 

ミミを見つめるチャンミンの目は、この上なく優しい。

 

ミミは、鼻からすっと息を吸うと、

 

 

「私...バツイチなの」

 

 

「ええええ!」

 

 

チャンミンは、繋いだ手を離すと後ろにとびすさった。

 

目も口も大きく開いている。

 

あまりのチャンミンの驚きように、ミミも固まる。

 

(やだ!

もしかして、知らなかったの?)

 

「もう知ってるかと思ってた」

 

「いいえ!

初耳です!」

 

「幻滅した?

 

嫌でしょ?

 

嫌よね?」

 

ミミは泣き出しそうだった。

 

(お願いチャンミン、

嫌じゃない、って言って)

 

目も口を大きく開けていたチャンミンは、ふっと肩の力を抜くと、

 

「全然」

 

小首をかしげると、目を半月型にさせた。

 

「ホントに?」

 

「ほんとほんと」

 

 


 

 

この子ったら...。

 

チャンミンの驚き方が、あまりに大げさで嘘っぽかった。

 

その後の、「バツイチくらい大したことないですよ」の余裕ある態度もわざとらしかった。

 

知ってたくせに。

 

ホントは知ってたくせに、初めて聞いた風を装ってくれたんだね。

 

誰かから聞いたんじゃなくて、私が打ち明けたことにしてくれたんだね。

 

 


 

「幻滅なんてしませんよ」

でも...正直に言っちゃうと、

嫌ですよ、やっぱり」

 

「だよね...」

 

ミミはがっくり肩を落とすと、チャンミンはミミの頭を撫ぜた。

 

「嫌だよね。

逆の立場だったら、すごく嫌だもの...」

 

「ミミさんがどうこう、ってことじゃないんですよ。

僕以外の誰かを好きだったこと、その事実が嫌なんです。

ミミさんの過去の男たちに、僕は嫉妬しているんです」

 

「チャンミン...」

 

「器が小さい男でごめんなさい」

 

(この子ったら...)

 

「離婚してくれてありがとう、ですよ。

じゃなきゃ、僕はミミさんと付き合えませんでしたから」

 

「チャンミーン!」

 

ミミはチャンミンの頭を胸に抱え込んだ。

 

昼間したように、ミミはチャンミンの頬を包み込んで、唇を寄せようとした。

 

「ストップです!」

 

チャンミンに両肩を押されて、引きはがされた。

 

「何よ!?」

 

「よだれが出てます。

僕が美味しそうなのはわかりますが、

ひとまず抑えてください」

 

「何ですって!?」

 

「しーっ!

ミミさん、うるさいです。

みんなが起きちゃいます」

 

(今度は私の方が“お預け”なの!?

やりたくて仕方がなかったのは、チャンミンの方じゃなかったわけ?)

 

「何よ...」

 

「実はですね、

僕の方も、ミミさんに打ち明けたいことがあるんです」

 

急にあらたまった感じに、チャンミンは話し出した。

 

 

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(8)ハグを邪魔されてーバンビは悲ちいー

 

 

(長い一日だった)

 

どっと疲れが出たチャンミン。

 

いざ薬局へと勇んで出かけようとしたら、ケンタたちに見つかってしまった。

 

「これでお菓子を買ってあげたら、おとなしくなるから」ってヒトミさんから駄賃をもらってしまったチャンミン。

 

彼らを連れて一緒に出掛ける羽目になってしまった。

 

目を離すとどこかへ行ってしまうケンタたちを見張りながらの、大人な買い物は困難極まった。

 

(「アレ」ひとつ買うのに、こんなに苦労するとは。

 

紙袋に入った「アレ」が気になって仕方がないケンタ君たちの気を反らせるのに、こんなに冷汗をかくとは)

 

 

「ミミさん」

 

チャンミンは、ドアひとつ隔てた向こうへ声をかける。

 

「一緒にお風呂に入っていいですか?」

 

シャワーの音で聞こえないのか、返事はない。

 

チャンミンは脱衣所に体育座りをしていた。

 

大家族の入浴タイムは、分刻みだ。

 

順番に次々と入らないと、真夜中になってしまう。

 

「僕は、ミミさんの次に入ります」

 

と、ミミとの関係を隠す必要がなくなったチャンミンは、大胆になっていた。

 

曇りガラスの戸の向こうに、肌色がちらちらしている。

 

チャンミンは、ごくりと唾を飲み込む。

 

(この扉の向こうに。

ミミさんの「裸体」が!)

 

「一緒に入ってもいいでしょう?

ミミさん、ずるいです。

僕は全てを見せたんですよ?」

 

(ミミさんの次の台詞は、分かりますよ。

 

『今夜、見せてあげるから今は我慢して!』でしょ?

 

ぐふふふ)

 

シャワーの音が止み、湯船にジャボンと浸かる音がした。

 

(お!

 

『せっかくだから、チャンミンも一緒に入る?』

ですか?)

 

 

「今からそっちへ行ってもいいですか?

公認の仲になったことですし」

 

パシャパシャと湯が跳ねる音がする。

 

「もう行っちゃいますよー」

 

チャンミンは、急いでTシャツを脱ぐ。

 

湯船から上がるザバっという水音がした。

 

(おー!)

 

曇りガラスに映る肌色が、近づいてきた。

 

チャンミンの胸は高まる。

 

ガラガラっとドアが開く。

 

 

 

「おらぁ!」

 

 

 

「!」

 

 

 

「さっきから何ごちゃごちゃ言ってるんだ!」

 

 

 

「!!!!」

 

 

 

「チャンミン!

そこにいたんだ」

 

脱衣所を覗いたのはトレーナー姿のミミ。

 

「今からみんなで、ドーナツを食べるんだけど?」

 

浴室で怖い顔をしたゲンタと、チャンミンを探しにきたミミとを交互に見た後、チャンミンはうわっと膝に顔を伏せてしまった。

 

「やだ...チャンミン、

なに裸になってるの?」

 

「どうしてミミさんは、そこにいるんですか!」

 

「チャンミンを呼びにきたのよ。

早いもの勝ちだから、好きな味を選んだ方がいいよって」

 

「どうしてミミさんは、お風呂にいないんですか!?」

 

「友達から電話がかかってきちゃったから、おじいちゃんに先に入ってもらったのよ」

 

(僕はゲンタさん相手に、あんなこと話してたんですか?

穴があったら入りたいです)

 

「うっうっうっ...」

 

「やだ...チャンミン、

泣いてるの?」

 

 


 

 

就寝前のおやつタイム。

 

居間でTVを観ながら、家族仲良くドーナツをかじっていた。

 

チャンミンは、ミミの隣に陣取って満面の笑顔だった。

 

「ミミさん、まだ食べますか?

太りますよ」

 

「うるさいなぁ」

 

「ミミさんが太っちゃっても、僕は全然OKですけどね。

抱き心地がよくなります」

 

「チャンミン!」

 

チャンミン発言に、一斉に大人たちの注目が集まる。

 

(調子に乗って!)

 

うんざりしたミミが台所に移動すると、チャンミンも後をついていく。

 

「ったく、金魚のフンみたいな奴だ」

 

ゲンタは、ずずずっとお茶をすすって言う。

 

周囲の浮かれた雰囲気にのって、子供たちの興奮は絶好調だった。

 

カンタは、金打ちの練習で留守だ。

 

「おじちゃんはねー、ミミちゃんのお風呂を『のぞきみ』しようとしたんだよー」

 

「おじちゃん、へんたーい」

 

「あれはっ!

こほん...ちょっとした...手違いです」

 

両耳を真っ赤にさせたチャンミン。

 

突然、ソウタがチャンミンの背中に、飛びついてきた。

 

「おじちゃんと一緒に寝る」

 

「えっ?」

 

(マジかー)

 

「いけません!

お兄さんは、明日は早いの」

 

叱りつけるヒトミの言う通り、明日の御旅(おたび)行列は早朝5時出発だ。

 

着物の着付けもあるので、遅くとも3時半には起床しなくてはならない。

 

ケンタたちは心底がっかりした顔をしている。

 

(今夜は大事な『任務』があるんです。

もう邪魔はされませんよ)

 

「“お兄さん”とプロレスごっこしようか?」

 

チャンミンはとっさに提案してしまった。

 

「わーい!」

 

「その代わり、”お兄さん”は一緒に寝られないからな」

 

ケンタもチャンミンの脚にしがみつく。

 

 

チャンミンがモンスター二人を連れて居間を出ていくのを見送ると、セイコはしみじみと言う。

 

「チャンミン君は、面白い子だねぇ」

 

「普段は静かな子なんだけど、ここに来て楽しんでるみたいだよ」

 

(あんなに笑ってるチャンミンを見るのは、初めてかもしれない。

無邪気過ぎて、さらに年下に見えてしまう)

 

「そろそろ、寝るね」

 

ミミはすくっと立ち上がると、洗面所へ向かったのだった。

 

 


 

 

一方、広間で子供たちととっくみあいの最中のチャンミン。

 

「痛い痛い!

髪の毛をつかむのは、反則だよ!」

 

腰にタックルしてきたソウタを、突き飛ばさないよう抱きかかえて、畳の上に倒す。

 

開いたふすまの隙間から、通り過ぎるミミが見えた。

 

(お!

ミミさん!)

 

「ちょっと待ってろよ。

“お兄さん”は、トイレに行ってくるから」

 

(僕は、ミミさんに話があるんだった)

 

ミミを追いかけようとしたら、

 

 

 

「あでぇっ!」

 

 

 

チャンミンは派手に転んでしまった。

 

畳に寝っ転がったソウタが、チャンミンの足首をつかんだからだ。

 

チャンミンは顎をさすりながら、うつぶせで倒れた身体を起こした。

 

「その技も反則だって!」

 

「おりゃー」

 

ケンタは飛びかかってチャンミンを突き倒すと、チャンミンの上に馬乗りになった。

 

「やめろー!」

 

チャンミンはいい加減うんざりしてきた。

 

プロレスごっこをしようと誘ったことを、深く後悔していた。

 

(ミミさん...助けてください。

この子らは、僕をおもちゃにするんです)

 

 


 

 

ミミは洗面所の鏡に映る顔を見つめていた。

 

(20代に...見えなくもない。

笑うと目尻にしわは寄っちゃうけど、優しそうに見えるよね。

ほうれい線はないし)

 

顔を左右に向けて、ためつすがめつ顔をチェックする。

 

(やだな。

どう見ても、チャンミンと同年代には見えない)

 

パジャマのパンツをめくって、お腹を見る。

 

(そんなにお腹は出ていないけど...)

 

ぐっとお腹を引っ込める。

 

昨日今日と、3度目撃したチャンミンの裸を思い出す。

 

(やだな。

チャンミンはあんなにいい身体をしているのに、それに引き換え私ときたら...。

彼とは釣り合わないのかな...。

自信がなくなってきた...)

 

パジャマの衿の中をのぞくと、パープルのブラジャーが。

 

(気合が入りすぎかな。

ちょっと派手かな...

やっぱりいつもの下着に、着がえよう)

 

部屋に向かおうとしたが、もう一度鏡の自分を見る。

 

(それから、

やっぱりあのことを、自分の口からちゃんと話そう。

チャンミンも、私の告白を待っているんだと思う)

 

「よし!」

 

洗面所の電気を消して、廊下へ出た瞬間...。

 

 

 

 

 

「はうっ!」

 

 

 

広間の方から、大声が。

 

(この声は、チャンミン!)

 

慌てて広間へ向かおうとすると、ケンタとソウタがこちらへ走ってくる。

 

「ピーポーピーポー」

 

「どうしたの!?」

 

ミミはすれ違いざまに、ケンタを捕まえて、問いただした。

 

「おじちゃんが、死にそうなんだ!」

「大変なんだ!」

 

「ええぇ!?

死にそう?

あんたたち、何したの!?」

 

(無茶をして骨でも折ってたら、どうしよう!)

 

さっと青ざめたミミが、広間に駆けつけると...。

 

チャンミンが、畳の上にうずくまっている。

 

「チャンミン!」

 

「うぅ...」

 

チャンミンは脂汗を浮かべて、うめいている。

 

「大丈夫?

どこ?

どこが痛い?」

 

「う...」

 

チャンミンはあまりの苦痛に、ミミの質問に答えられないようだ。

 

(出血はない)

 

「死にそうだって!?」

「救急車呼んだ方が!?」

 

ケンタたちに呼ばれて、居間にいた大人たちも駆けつけてきた。

 

その後ろから、こわごわケンタたちが顔を出している。

 

「あんたたち、お兄さんに何したの?」

 

ヒトミは子供たちを叱りつけた。

 

「居間に運ぶか?」

 

「頭を打ってたら、動かさない方がいいな」

 

「毛布持ってこい!」

 

チャンミンは、蒼白になった頬をゆがめ、目をぎゅっとつむっている。

 

「うぅ...」

 

(どうしよう!)

 

「どこだ?

どこを怪我した?」

 

「救急車呼ばなくっちゃ」

 

ヒトミはポケットからスマホを出して操作する。

 

脇に座って泣きそうになっているミミをどかすと、ショウタはうずくまった姿勢のチャンミンの肩を起こそうとした。

 

「お...」

 

ショウタの動きが止まった。

 

「救急車は呼ばなくていい!」

 

ショウタは立ち上がると、廊下のケンタとソウタにデコピンをする。

 

「しばらくすれば治る!」

 

「お父さん!」

 

 

 

「タマをやられただけだ」

 

「タマ?」

 

「死にそうに痛いはずだが、

しばらくすれば、治まる!」

 

「やだ...」

 

「こいつらに蹴られたんだろうよ。

しばらくそこに寝かしとくんだ。

ほら、みんな戻った戻った」

 

ショウタは、家族を急かすと広間を出て行ったのだった。

 

後に残されたミミは、チャンミンの頭を膝にのせ、苦しむチャンミンの背中をさすってやる。

 

確かにチャンミンの両手は、股間を押さえている。

 

「ミ、ミミさん...。

星が、星が飛びました...」

 

(チャンミンったら、

昨日に続き今日まで...。

可哀そうに)

 

「僕のが...負傷しました」

 

涙をにじませたチャンミンは、ミミを見上げてつぶやいたのだった。

 

(どうしてみんな、僕を邪魔するんですか!)

 

 

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(7)ハグを邪魔されてーチャンミンの忘れ物ー

 

 

さっきのキスで、火がついていた二人。

 

車内におさまると、高ぶる気持ちが抑えられず、吸い寄せられるようにキスを再開した。

 

初めての深い深いキスにとまどっていたチャンミン。

 

自分の口の中で踊るミミの舌に、ぎこちなくからめていただけだったのが、ミミを味わっているうちに、勢いがついてきた。

 

(ヤバいです。

ミミさんがエロいです)

 

チャンミンはミミに両頬を挟まれたまま、ミミはチャンミンにうなじを引き寄せられて。

 

途中息継ぎをしながら、顔の角度を変えて唇を重ね直す。

 

(ミミさん...

 

僕はどうにかなっちゃいそうです...)

 

チャンミンもミミの口内に、舌を伸ばす。

 

(気持ちが...いいです...)

 

 

「ぷはっ」

 

ミミが、チャンミンから唇を離した。

 

(え?)

 

チャンミンの目はとろんと夢心地なものになっていた。

 

そんな顔がミミには色っぽくみえてしまう。

 

「もっと、もっとキスしたいです」

 

ねだるチャンミンの口調は子供っぽい。

 

ミミを引き寄せようと伸ばすチャンミンの手を、ミミは押しとどめた。

 

「ミミさーん」

 

チャンミンは、頬を膨らませる。

 

「ほらね、こんなところだし!

また見られちゃうかもしれないし」

 

ミミはキョロキョロと辺りを見回してみせて、チャンミンもつられて対岸を確認する。

 

あの中学生たちはいなくなっていて、代わりに祭り太鼓と旗竿を積んだ軽トラックが通り過ぎていっただけだった。

 

山を貫く高速道路の橋げたから、高速で行き交う車の音が山々に反響している。

 

平和な田舎風景。

 

明日はお祭り、町中がうかれていた。

 

 

甘い雰囲気を消すかのように、ミミは

 

「お母さんを手伝わなくっちゃ!」

 

と言った。

 

(危なかった。

こんなキスしてたら、止められなくなる!)

 

ミミは乱れた後ろ髪を整え、火照って紅潮した頬をパシパシと叩いた。

 

「僕も、テツさんを迎えにいかなくちゃ、です」

 

(危なかった!

車の中でいたすには、僕の経験値が圧倒的に不足してます!)

 

チャンミンは、グシャグシャと何度も髪をかき上げた。

 

「今、何時?」

 

チャンミンに強引に引っ張られてきたミミは、手ぶらだった。

 

「えっとですね...1時半です」

 

後ろポケットからスマホを取り出して、時刻を確認した。

 

 

「......」

 

「まだ時間がありますね」

 

「うん...」

 

「......」

 

 

二人の視線が 同じ一点で止まっていた。

 

高速道路のインターチェンジ脇の、ショッキングピンクの建物。

 

 

(『気まぐれバナナ男爵』...。

 

なんて...ストレートな...!)

 

チャンミンの喉がごくりとなった。

 

「......」

 

(行く?

 

あそこに行っちゃう?

 

どうしよう!)

 

 

(初・ラブホですか!?)

 

 

「...ミミさんは、あそこに行ったことあるんですか?」

 

「なっ!

なんてこと言うのよ!

あるわけないでしょ!」

 

「ホントですかぁ?」

 

チャンミンは目を細めて、ニヤニヤする。

 

「もしそうだったら、生々しいですね」

 

ミミの顔が、一気に赤くなる。

 

「馬鹿!」

 

ミミは、チャンミンの耳を引っぱる。

 

「痛いです」

 

ミミの手から逃れようと身をよじるチャンミンに、ミミはのしかかる。

 

「痛い痛い!」

 

短く刈りあげたもみあげから、ぴんと立つ耳が可愛らしくて仕方がないミミ。

 

「ミミさんったら、じゃれつかないでくださいよ!」

 

 

 

「おーい!」

 

 

 

「!」

「!」

 

 

二人は弾かれたように離れた。

 

チャンミンたちの車の脇に、一台の軽トラックが横付けされた。

 

助手席側から、テツが顔を出している。

 

 

「俺は乗せてってもらうから。

迎えはいらんからな」

 

 

テツは、チャンミンの隣に座るミミに気付く。

 

「ミミ!

こいつに手取り足取り教えてやれよ!」

 

「!」

 

ガハハハと笑うと窓から手をひらひらさせ、テツの乗った車は走り去ってしまった。

 

「......」

 

「テツさんにも、バレてるのね」

 

ぼそっとつぶやくと、ミミは肩を落とす。

 

 

(手取り足取りって...。

恥ずかしくて、穴があったら入りたい...)

 

 

「そう...みたいですね」

 

チャンミンはとぼける。

 

(実は、僕からバラしたなんて言ったら、ミミさんに殺される)

 

 

「あのですね、ミミさん」

 

「ん?」

 

「ここじゃ狭いですし、

2時間じゃ足りないんで」

 

 

チャンミンは、キリっと表情を引き締めた。

 

 

「今夜、夜這いにいきます!」

 

 

「!」

 

 

「絶対に行きますから、ミミさん、待っててくださいね」

 

 

「わ、わかった」

 

ミミが頷いたことに満足したチャンミンは、

 

「それじゃあ、おうちに帰りましょう」

 

エンジンをかけて、シフトレバーとクラッチペダルを確認した後、車を発進させた。

 

「シートベルト!」

 

「ごめん!」

 

「ミミさーん。

えっちなことで頭がいっぱいなのは分かります。

しっかりしてくださいよ」

 

「こらっ!」

 

「ぐふふふ。

楽しみですねー」

 

ウキウキと鼻歌を歌いながらハンドルを操作するチャンミンの耳は、また真っ赤になっていた。

 

(チャンミンったら、可愛いんだから)

 

 


 

 

午後4時。

 

台所は戦場だった。

 

ミミ、祖母カツ、母セイコは、煮物の鍋を焦げ付かないよう火加減に神経をつかい、赤飯用の小豆を水に浸し、大量の天ぷらを次々と揚げていた。

 

チャンミンもビールケースの運搬や、広間に座卓を広げ、座布団を並べたりと、率先して手伝った。

 

(楽しい!)

 

チャンミンの心はウキウキ弾んでいた。

 

(みんなが忙しそうで、文化祭の前日みたいだ。

 

それに...それに...

 

ぐふふふ。

 

今夜は...今夜は...!)

 

チャンミンの脳裏に浮かんだイメージ図はあまりにも大胆で、敷いた座布団に突っ伏してこみあげる笑いを閉じ込めた。

 

(そうだ!)

 

チャンミンはむくっと頭を上げると、荷物を置いてある仏間へ向かう。

 

 

 

 

(ない!)

 

リュックサックの中を、逆さにしてみても探しているものは見つからなかった。

 

(ない!)

 

常日頃、持ち物を絞り込めずにバッグをパンパンにしているミミをからかっていたチャンミンだ。

 

絞り込むどころか、一番大事なものを置いてくるなんて。

 

チャンミンの顔色がさーっと青ざめた。

 

(どうしよう...

 

荷物を入れるバッグを、行きがけに取り換えたんだった。

ボストンバッグにするか、リュックサックにするか迷ってて。

多分その時、置き忘れてきたんだ!)

 

わーっと泣き出したい気持ちを抑え「よし!」と声を出すと、台所にいるミミの元へ向かった。

 

 

 

「ミミさん」

 

コンロの前に陣取って、山菜の天ぷらを揚げるミミの耳元でチャンミンはささやく。

 

「何?」

 

額に汗をかきかき、油の匂いに酔ったミミは不機嫌そうだ。

 

「ミミさん!」

 

チャンミンは、ミミの袖を引っぱる。

 

「危ない!

火傷しちゃうじゃない!」

 

「ミミさんに、相談があります」

 

「相談?

聞いてあげるから、どうぞ」

 

「いや...ここではちょっと...」

 

隣に立つチャンミンは、もじもじしている。

 

「ここでは、話せないんです」

 

「えー?」

 

「お願いです、ちょっとだけ」

 

申し訳なさそうに手を合わせるチャンミンを、ミミは放っておけない。

 

「おばあちゃん、ここお願い。

すぐに戻ってくるから」

 

カツに火の番を頼むと、ミミは渋々チャンミンについて台所を離れた。

 

 

 

 

「相談ごとって何?」

 

「ミミさん、そんな怖い顔をしないでください」

 

勝手口まで連れてこられたミミは、なかなか話し出そうとしないチャンミンにイライラする。

 

「ミミさん、

近くに薬局ってあります?」

 

「薬局?

やだ、チャンミン。

お腹が痛いの?

食べ過ぎないで、ってあれほど言ったじゃない」

 

 

空腹だったチャンミンは帰宅するなり、セイコが作り置いたおにぎりを5個も平らげていた。

 

「違いますって」

 

チャンミンはずいとミミに顔を近づけた。

 

「念のため、ミミさんに聞きますが、

ミミさんって、もしかして、もしかしてですよ。

アレって持ってませんよね?」

 

「アレ?」

 

ミミはきょとんとする。

 

「アレです」

 

「アレ?」

 

「そうです、アレです」

 

「アレじゃ分かんないわよ」

 

「そのー、『今夜』使うものです」

 

「......」

 

「持ってませんよね?」

 

チャンミンの言う「アレ」が何だかを、ミミは悟る。

 

「も、持ってるわけないでしょう!」

 

「ですよね。

持ってたら、ちょっと嫌です」

 

チャンミンは腕を組んで、うーんとうなって目をつむる。

 

「困りました。

アレがないと、できません」

 

「相談事って、『そのこと』?」

 

「はい、そうです」

 

「信じられない!

薬局って、『そのこと』?」

 

「はい、そうです。

忘れてきたんです。

ずっと前から用意していたのに、うちに置いてきちゃったみたいです」

 

「信じられない」

 

「悪いですか?」

 

心外だと言わんばかりに、チャンミンは鼻にしわをよせた。

 

「ミミさんのお父さんって、持っていないですよね?」

 

「馬鹿!

チャンミンの馬鹿!」

 

ミミは真っ赤になって、チャンミンの腕をつかんで揺する。

 

「冗談ですってば」

 

「チャンミン!」

 

はははっと笑ったチャンミンは、すぐに真面目な表情になってミミの耳元でささやく。

 

 

「今から、調達してきます。

車を貸してもらえますか?」

 

「チャンミンってば、『そのこと』しか考えていないわけ!?」

 

「はい、そうです。

僕は若くて健康な男ですので」

 

しれっと答えるチャンミン。

 

「アレがないと、今夜できないんですよ?

ミミさんも困るでしょう?」

 

ミミはため息をつくと、額に手をのせてしばらく天井を見上げる。

 

(相談事っていうから、何だろうと思ったら。

まさか、そんなことだとは...。

この子ったら、

予想外なことを言って私を慌てさせるんだから!)

 

「お母さんの車を使ったら?

鍵はついたままだから。

薬局は、ショッピングセンターの裏にあるよ」

 

「助かります」

 

ひゅっと口笛を吹くと、チャンミンはミミの額にキスをした。

 

「すぐに戻ってきますからね」

 

「はいはい、ごゆっくり」

 

勝手口から外へ出たチャンミンが、すぐに戻ってきた。

 

「忘れ物?」

 

「1箱で足りますかね?」

 

「チャンミン!」

 

「冗談ですってば。

いくら若くても、12回は無理です」

 

目を半月型にし、緩んだ口元をこぶしで隠したチャンミンは、可笑しくてたまらないといった風だ。

 

 

(やっぱりチャンミンのペースに振りまわされてる!

年下のくせに!

年下のくせに!)

 

 

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(6)ハグを邪魔されてー初めての深いキスー

 

 

 

「ミミさん、あのですね...」

 

とチャンミンは言いかけたが、その次の言葉は飲み込んだ。

 

テツにくぎを刺されたことを、思い出したからだ。

 

「......」

 

「やっとで、二人きりになれましたね」

 

「ホントにそうだね」

 

(チャンミンが言いかけて止めた内容って、何だろう?)

 

「チャンミン、ごめんね」

 

チャンミンのジャージのファスナーを上げ下げしながら、ミミは言う。

 

「大勢で、うるさくて、ゆっくりできないでしょ?」

 

「ミミさんと二人になれないのは、大いに不満ですが...楽しいですよ」

 

チャンミンは、ミミの髪に頬を埋めた。

 

(ミミさん...いい匂いです)

 

「皆さん、いい人たちですね。

僕はよそ者なのに、気さくで。

ゲンタさんには、何度怒鳴られたことか」

 

くくくっと胸が揺れる。

 

「ミミさんは、こんな家族の中で育ったんだなぁって、知ることができてよかったです」

 

チャンミンが話すたび、ミミの首筋に温かい息がかかった。

 

 

「最初は、嫌でたまらなかったんです。

ミミさんのご家族に会う心の準備ができていませんでしたし、

それも、お祭りに参加するだなんて。

せっかくのお休みは、ミミさんとのんびり過ごしたかったのに、

沢山の知らない人に囲まれるなんて、気が重かったんですよ。

 

でも、

来てよかったと、思っていますよ」

 

「強引に連れてきてごめんね」

 

「僕の方こそ、ごめん、です」

 

 


 

 

『彼氏』ですって、紹介されなかったことにムカついて、

 

ミミさんが言わないのなら、バラしちゃえって、いっぱいふざけました。

 

ミミさんったら、本気で焦るんですから。

 

それを見て、ますます意地悪な気持ちが湧いてきて。

 

でも、テツさんの話を聞いて、僕がいかに軽率だったか知りました。

 

抵抗なく、年下の僕を紹介しづらいミミさんの気持ちが分かったんです。

 

それを受け入れがたい家族の心情を、僕は知らなかったんです。

 

堂々としていないミミさんに、イラついてました。

 

どんなことでも受け止める、って胸をはったけど、実はちょっとだけ自信をなくしたんです。

 

だから、無性にミミさんをハグしたくなったんです。

 

「ごめんなさい」の気持ちと、

 

「僕を信じて」の気持ちと、

 

不安な気持ちを打ち消したくて。

 

ずっとミミさんのことが好きだったけれど、僕はミミさんのことをよく知らないことに気付きました。

 

ミミさんは、あまり自分のことを話さないから。

 

いつも僕だけがペラペラ喋ってて。

 

僕にホントのことを話したら、僕が引くと思ったんですか?

 

そんなに頼りないですかね。

 

それくらいで、僕が引いちゃうって怖かったんですか?

 

年下だからですか?

 

あ!

 

やっぱり僕も、年の差を気にしていたみたいですね。

 

ミミさんが、僕を信用して、打ち明けてくれるのを待ちたいです。

 

あ!

 

やっぱり、待てないかもしれません。

 

嫉妬の気持ちが湧いてきましたから。

 

僕は若くて、人生経験が不足しているから「待てません」

 

ミミさんと僕との間の「壁」を僕がぶち壊していきますよ。

 

覚悟しておいてください。

 

 

 


 

 

「僕は、人生経験が乏しいですけど、心はドーンと広いつもりです。

だから、

どんなことでも受け止めますよ」

 

そうつぶやくと、チャンミンはミミの首筋に唇を押し当てた。

 

温かく湿りを帯びたそこから、じじっと痺れが走る。

 

 


 

 

「受け止めますよ」というチャンミンの言葉。

 

そうか。

 

家族の誰かから、聞いちゃったんだね。

 

気安くバラすような人たちじゃないから、チャンミンを試す意味で彼に教えたんだろうな。

 

私を心配して。

 

打ち明けるのは「今じゃない」、もっと私たちの仲が深まってからって思っていた。

 

お母さんが心配した通りだよ。

 

幻滅されるんじゃないかって、怖かった。

 

私に対して抱いているだろうイメージを壊すのが怖かった。

 

だって、チャンミンは、あまりに若くて、ピカピカな新品なんだもの。

 

自分はなんて汚れているんだろうって、卑屈になっていたみたい。

 

ごめんね、チャンミン。

 

チャンミンの腕が力強くて、固く引き締まっていて、本当にドキドキする。

 

参ったな。

 

からかったり、照れたり、駄々をこねたり。

 

大人っぽく、男らしくされると、困ってしまう。

 

片耳はチャンミンの胸に、もう片方はチャンミンの腕に塞がれているから、川の音は遠い。

 

チャンミンに閉じ込められて、なんて心地よいんだろう。

 

 


 

 

「チャンミンに謝らなくちゃいけないことがあるの」

 

ミミは口を開く。

 

「初めて家族に会わせた時、

『彼氏です』って紹介できなくてごめんね」

 

「その気持ち、今の僕なら理解できますよ」

 

チャンミンは、ミミの首筋に唇をあてたまま喋ると、ふふふと笑った。

 

「チャンミン、くすぐったい」

 

「ミミさん、いい匂いがします」

 

(チャンミンがふざけてくれないと、調子が狂ってしまう)

 

 

ふぅっと一呼吸ついて、ドキドキする気持ちを落ち着かせて、ミミは続ける。

 

「お母さんにとっくの前に、バレてた」

 

「そりゃそうでしょう。

ミミさんは分かりやすいんですから」

 

「チャンミンがバラしたんじゃないの」

 

「大正解です。

いいじゃないですか。

堂々としましょう」

 

「うーん...。

今さら恥ずかしいなあ」

 

「皆にバレてますって。

堂々と『いちゃいちゃ』しましょうね」

 

 


 

あなたの隣を歩くのは、うんと若くて、可愛い子が似合うのは分かってる。

 

でもね、私だってすごいんだから。

 


 

 

「チャンミン」

 

「なんですか?」

 

「キスしていい?」

 

「へ?」

 

突然のミミの台詞にチャンミンは、固まってしまう。

 

 

(ちょっと...聞きました?

 

ミミさんが、「キスしたい」って。

 

聞きましたか?

 

初めてなんですけど!

 

ミミさんがこんなこと言うの、初めてなんですけど!)

 

 

「......」

 

 

光が当たって茶色く透けたミミの瞳に見惚れていると、ミミの片手がチャンミンのあごに添えられた。

 

 

吸い寄せられるように、二人の唇が接近した。

 

軽く触れるだけのキスを、1回、2回、3回。

 

4回目で、二人は深く深く口づけた。

 

 


 

 

ミミさん...。

 

 

気持ちがいいです。

 

 

とろけそうです。

 

 

ゾクゾクします。

 

 

キスが上手すぎます。

 

 

さすが『元・人妻』です。

 

 

『ひとづま』...色っぽい響きですねぇ...。

 

 

こんなエロいキス、『元・夫』としていたんですか?

 

 

おー!

 

 

僕は何を想像しているんですか!

 

悔しいです。

 

僕のジェラシーの炎がメラメラです。

 

 

あ...。

 

 

キスだけで昇天しそうです...。

 

止められません。

 

 

今すぐ、「もっと先」へ進みたくなりました。

 

 

あ...!

 

 

そんな風に、歯ぐきをぐるってやられると...

 

 

き、気持ちいいです。

 

たまりません。

 

 

 

ミミさん。

 

 

大変です。

 

 

僕のが暴れ出しました!

 

 

僕の暴れ馬が、手綱をとらせてくれません。

 

 


 

 

「おい、見ろよ!」

「ひゃあぁ!」

「キスしてるー!」

 

 

 

「!」

「!」

 

 

弾かれるように離れた二人。

 

川向こうの土手沿いを、自転車に乗った中学生がチャンミンたちをはやし立てている。

 

 

「ヒューヒュー!」

 

こちらを指さし、顔を見合わせ、遠くの友人たちを呼びよせている。

 

女子中学生は口を覆って、きゃーきゃー。

 

 

「はあ」

 

チャンミンは、大きくため息をつくと、立ち上がるミミに手を貸し、

 

 

「車に戻りましょう」

 

「う、うん」

 

チャンミンもミミも、リンゴのように真っ赤になっていた。

 

(ゆっくり二人きりになれないんだから...もう...)

 

 

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(5)ハグを邪魔されてー初めてのドライブー

 

 

チャンミンはフードコートで、セイコとラーメンを食べていたミミを見つけた。

 

ショッピングセンターでは、翌日の祭りのために食料品を買い込む家族たちでごった返していた。

 

バーベキュー用の肉や野菜、缶ビールの箱、スナック菓子などを積み上げている買い物カートが行き来している。

 

祭り当日の夜は、どの家庭でも親せきを呼んでの宴会を開く。

 

その間を巧みにすり抜けながら、チャンミンの登場に目を丸くしているミミとセイコの側まで、小走りで近づく。

 

ミミたちも、周囲より頭ひとつ突き出た長身と、頭にタオルを巻いてジャージ姿のチャンミンを、早い段階で見つけていた。

 

(日ごろ意識していない私だけれど、

 

チャンミンは、雑踏の中に混じると、スタイルのよさが際立つんだよね。

 

カッコいいなぁ)

 

「ミミさん!」

 

つかつかと、ミミとセイコのテーブルの前まで来ると、

 

「セイコさん、こんにちは」

 

セイコに挨拶をすると、チャンミンはぽかんと口を開けたミミに、ずいっと顔を近づけた。

 

「僕に見惚れるのは分かりますが、

ミミさん、立ってください!

行きますよ」

 

「へ?

行くって、どこに?

今、ランチ中なのよ」

 

「僕はまだ、お昼を食べていません!」

 

「じゃあ、一緒に食べていく?」

 

「そんな時間はありません」

 

席を詰めようとするミミの手を、チャンミンはギュッと握る。

 

「チャンミン!」

 

隣に座るセイコの視線を意識して、ミミはチャンミンの手を振りほどこうとするが、チャンミンの握る手の力は増した。

 

「離して!」

 

「ミミさんに、用事があるんです!」

 

「こんなところで何してるのよ?

準備は?

テツさんは?」

 

「テツさんは神社です」

 

「買い物の途中なのよ。

チャンミンこそ、放っぽりだしてきていい訳?」

 

「こちらはほとんど終わりましたよ。

みんな、適当にだべってました。

僕ひとりいなくなっても、全然大丈夫です」

 

「用事って何なのよ?」

 

「あーもー!

ミミさんはうるさいですね。

お口にチャックをして、僕についてきてください」

 

見かねたセイコが助け舟を出す。

 

「買い物したものを車まで運んでくれたら、行っていいわよ。

夕方までに戻っておいでね」

 

「お母さん!」

 

「セイコさん、ありがとうございます」

 

ミミの手を握っているのにも関わらず、動じていないセイコに内心チャンミンは驚いていた。

 

(バレてるな、これは)

 

 


 

 

駐車場で車のトランクをバタンと閉めると、チャンミンはセイコに会釈した。

 

「ミミさんをしばらく、お借りします」

 

チャンミンはミミの手を握って、ぐいぐい引っ張っていく。

 

「ちょっ!

チャンミン、どうしたの?」

 

くるっと振り返ったチャンミンの目は鋭かった。

 

「ミミさん!」

 

「?」

 

「とにかくひと気のないところへ行きましょう」

 

「ひと気がないところって...!

チャンミン、落ち着いて!

今は昼間だから!」

 

チャンミンが急に立ち止まったため、その背中にミミが衝突してしまった。

 

「止まんないでよ!」

 

ミミは、チャンミンを睨みつける。

 

「やだなぁ、ミミさん」

 

くるりと振り向いたチャンミンの表情が、ふにゃふにゃと緩んでいた。

 

「何を想像してたんですか?

ひと気のないところで、

何をしようって、想像してたんですかぁ?」

 

「うっ...!」

 

「屋外で 僕らの“初めて”をしようってんですか?

ぐふふふ。

ミミさんも、えっちですねぇ」

 

目を半月型にさせて、チャンミンは肘でミミをつつく。

 

「え、えっちなのは、どっちよ!」

 

ミミは首まで真っ赤になっていた。

 

「ははは!

ミミさんは可愛いですねぇ

僕の可愛い“彼女”ですねぇ」

 

そう言って先を歩くチャンミンの耳も真っ赤になっていて、ミミは吹き出した。

 

(大胆なことを言いながらも、ホントは恥ずかしくて仕方がないくせに)

 

チャンミンの均整のとれた後ろ姿の後を追いながら、ミミはそう思う。

 

(そんなチャンミンが、私は大好き)

 

 


 

 

「やだ、チャンミン...

これに乗ってきたの?」

 

駐車場に停められた軽トラックを見て、ミミは笑った。

 

「はい、そうですよ」

 

チャンミンはミミのために、助手席のドアを開けてやる。

 

(ここまで軽トラックが似合わないとは)

 

長い脚を無理やり押し込んだため、膝小僧はダッシュボードに当たっている。

 

「ドライブしましょうか」

 

シートベルトを締めると、助手席のミミに笑顔を向ける。

 

「テツさんは、乱暴な運転をしているんですね。

クラッチを繋げるのが難しいです」

 

そろそろと発進させると、念入りに左右確認をした後、満車状態の駐車場から国道へ出た。

 

「よく考えれば、プライベートなドライブって初めてですね」

 

「確かにそうね」

 

開けた窓から吹き込む風で、ミミの髪はもみくちゃにされる。

 

準備に大わらわな大人たちや、自転車で走り回る子供たちをあちこちで見かけるのは、祭り前日のせい。

 

「ミミさんを助手席に、何度も乗せましたね。

ミミさんったら、真っ青な顔をしてグリップを握ってましたよね」

 

「そうだったね」

 

ミミは、シフトレバーを握るチャンミンの手の甲を、くるくると撫でた。

 

「くすぐったいです」

 

「チャンミンは上手いのか下手なのかよく分かんない教習生だったなぁ」

 

「運転が下手なふりをしてたの、気づいてましたか?」

 

「やっぱり?

私の時だけ、滅茶苦茶下手なんだもの。

他の先生の時は、すいすい運転しちゃって」

 

「『ミミ先生』を困らせてみたかったんです」

 

「私の教え方が悪いんだろうかって、真剣に悩んだんだよ」

 

「ミミさんを見ていると、つい意地悪したくなるんですよ」

 

「とんだ『不良生徒』だったわよ。

ホント、振りまわされたんだから」

 

「ははは!」

 

「卒業するまで、9か月もかかるなんてね」

 

「少しでも長く、ミミさんに習っていたかったんですよ」

 

窓に肘をつけ頬杖をついたミミは、生真面目な顔で運転をするチャンミンを見つめる。

 

「あまり見られると、緊張します。

ミミ先生、僕の運転はどうですか?

合格ですか?」

 

チャンミンの両耳は真っ赤になっていた。

 

 


 

 

そうだった。

 

ひとつ車内で、何十時間も過ごしたんだった。

 

礼儀正しくて、ユーモアたっぷりな話し方で、ふいにハンドル操作を誤らせるからこちらは冷汗をかいて。

 

こんな風に助手席に座って、真剣な面持ちのチャンミンの横顔を見ていたんだった。

 

この子ったら。

 

本当に綺麗な横顔をしている。

 

私に向けられる澄んだ瞳は、出会った頃から全然変わっていない。

 

やだな、感動する。

 

 


 

 

「この辺がいいですね」

 

河原の土手際の草むらに、車を乗り入れた。

 

ギッとサイドブレーキを引くと、チャンミンは運転席を降り、ぐるっとまわって助手席のドアを開けた。

 

「どうぞ」

 

差し出されたチャンミンの手をとって、ミミは草地に足を下ろした。

 

(スポーティーな車じゃなくて、軽トラックなんだもの)

 

チャンミンの気障な仕草に、ミミはくすくす笑った。

 

コンクリート製の土手に二人は腰をかけた。

 

数メートル下を流れるその川は、上流にあたるため流れは急で、ごろつく岩の間を白いしぶきが散っていた。

 

チャンミンは、ミミの手をとると指を絡めた。

 

(チャンミンったら、何を言い出すんだろう)

 

ふざけた空気がふっと消えたチャンミンの横顔に、ミミはドキドキしながら彼の言葉を待つ。

 

チャンミンは頭に巻いたタオルを外すと、

 

「ミミさん」

 

泣き出しそうな顔でミミを 振り返った。

 

前髪が立ち上がり、形のいい額がむき出しになって、その下の直線的な眉が下がっている。

 

「まずは、ハグさせてください」

 

「へ?

チャ...」

 

しまいまで言わせず、チャンミンはミミの腕を引き寄せ抱きとめた。

 

勢いよく、ミミの頭がチャンミンの固い胸に押し付けられた。

 

「ミミさん...あのですね」

 

 

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