(11)恋人たちのゆーふぉりあ

 

 

~ユノ~

 

 

俺は元気がなかった。

 

先日、チャンミンのケツとご対面して、ヤル気を失ってしまったことじゃない。

 

そりゃあ、びっくりしたよ。

 

ショックだったさ。

 

女の子も同じものを持っているのに、袋をぶらさげたチャンミンのそこは、女の子のものとは違ったものに見えてしまった。

 

はたと、「俺は何をしようとしているんだ?」と冷静になってしまったのだった。

 

「男で悪かったな!」と、枕を投げつけたチャンミン。

 

最後はチャンミンは笑いで締めくくってくれた。

 

緊張していたからだと誤魔化してしまった理由も、チャンミンには分かっていたのだろう。

 

男同士の恋とは、うまくいかないものなんだなぁ。

 

好きなんだけどなぁ。

 

湧き上がる性欲と愛情をチャンミンの肉体にぶつけられなくて、俺はフラストレーションを抱えていた。

 

話を戻すと、元気がなかったのはチャンミンが原因で、それがまた、「男同士の恋とは、うまくいかないものなんだなぁ」とボヤいてしまった理由のひとつである。

 

今日の昼間のことだ。

 

チャンミンに手を振り払われた。

 

バチン、と音がするほど勢いがあった。

 

チャンミンの肩に腕を回した時だ。

 

俺から背けたチャンミンの頬は赤くなっていた。

 

「なるほど」と俺はぴんときた。

 

チャンミンの頬を赤くさせていたのは、羞恥と怒りだと分かった。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

僕という人間は、からかいやすい空気をまとっているのだろう。

 

中高と表立っていじめられはしないけど、いじられることは多かった。

 

「やめろ!」ときっぱり拒絶する勇気がなくて、へらへら笑っているものだから、その後もいじられるのだ。

 

大学デビューなんて華々しいものじゃなくても、モテてモテて困るほどじゃなくても、進学した僕は普通に恋をして...。

 

今になって思えば、その恋心は淡く浅いものだったと分析している。

 

だって、ユノとの恋が強烈過ぎて...。

 

地元の子らは都会へと旅立ってゆき、地元にとどまった数少ない同級生たちには、僕をいじった彼らが含まれていなかったせいもあるだろう。

 

入学以来は、誰かに小馬鹿にされたりいじられたりすることもなく、ほどよい距離感で典型的な友人関係を築いてきたつもりでいた。

 

僕は複数人でつるむのは得意ではないけど、友人が全くいないわけではなかった。

 

サークル内でも知人に近い友人が複数人いた。(ここでDと出会ったのだけど)

 

親友といってもいい同学科のE君とF君を得た。

 

今学年が開始してからは、休憩時間はユノと過ごす機会が増えたけど、学部が違っていたから、べったり彼と一緒という風でもなかった。

 

ところが入学後初めて、仲間外れを経験することとなった。

 

そのスタート地点は、6人1組で行われたグループワークの時間だった。

 

グループの中でさらに2人組になった際、僕はいつものようにE君とペアになった。

 

E君は難しい顔をしていて、僕と目を合わせようとしない。

 

その時点で、「もしかして...」とピンときていたけど、機嫌が悪いだけだ、思い過ぎだとその嫌な予感は無視した。

 

それぞれ仕上げた課題を、ペア同士で1枚の用紙にまとめる段階で、その用紙を覗き込んだ時だった。

 

E君がすっと身を引いた。

 

キャスター付きの椅子ごと、後ろに下がった。

 

「え?」って。

 

僕の傷ついた表情に悪いと思ったのだろう、E君は戻ってきたけれど、さっきより身体を遠ざけている。

 

僕の悪い予感は当たった。

 

誤解を解こうと、言い訳しようと、講義後、真っ先に教室を出て行ったE君を追った。

 

E君に並んだとき、彼は前を向いたままこう言った。

 

「チャンミン...悪いけど俺、そういうのは勘弁して欲しいんだ」

 

「...そういうの、って?」

 

「知らなかったよ。

俺をそういう目で見てもらうの、マジ勘弁なんだよ」

 

「...え」

 

心がどんどん冷えていった。

 

「お前とは今まで通りには...いかない。

悪いけど...俺、無理なんだ」

 

僕は何も言えなかった。

 

よく考えてみれば、『誤解を解く』って、なんの誤解だ?

 

事実なのだから、その誤解を解きようにないのに。

 

E君は「悪いな」と言い置いて、走り去ってしまった。

 

これは始まりに過ぎない。

 

ユノだ。

 

ユノが原因だ。

 

この日、ユノはアルバイトで不在だった。

 

ユノと顔を合わせずに済んで、ホッとしている自分がいた。

 

ユノは悪くない。

 

僕も悪くない。

 

分かってはいても、この日の僕はユノに会うなり、彼を責めてしまいそうだった。

 

 

 

 

僕は一昨日から塞ぎ込んでいた。

 

帰宅後も、ぐずぐずとベッドに寝っ転がり、ゲームに没頭することで、渦巻くモヤモヤをやり過ごそうとしていた。

 

今日はユノと夕飯を食べる予定だったのも、断った。

 

「チャンミン」

 

ばあちゃんが部屋のドアから顔を出していた。

 

「ユノ君が来てるわよ」

 

「うーん...風邪気味だって言って、帰ってもらって」

 

僕はそれだけ伝えると、背中を向けて中断したゲームに戻った。

 

ゲーム画面なんて目に映っていなかった。

 

ユノの名前に鼓動が早くなっていた。

 

僕の態度がおかしいと気付いて、僕を心配して訪ねて来てくれたんだ。

 

嬉しいけど...嬉しくない。

 

昨日、ユノの手を振り払ったことを、怒りに来たんだ。

 

階下でばあちゃんの声がぼそぼそと聞こえる。

 

「ごめんなさいね」と謝っているのだろう。

 

それから、「突然、すみませんでした」とユノは謝って、帰ってしまうと思う。

 

僕の鼓動は早いままだ。

 

強烈な寂しさが胸を襲った。

 

ユノが帰っちゃう!

 

ゲーム機の電源を落とした直後、ドアの向こうがうるさい。

 

階段をどかどか上る音。

 

ユノだ!

 

ドアが開く前に、僕は飛び起きた。

 

「ユノ!」

 

背後にばあちゃんがいるかもしれないのに、僕はユノに抱きついた。

 

勢いが強すぎたみたい。

 

僕に押されてユノの後頭部が、真向いの廊下の壁にゴツンといい音を立てた。

 

「いってぇな!」

 

「ごめん...」

 

ユノはがしがし頭をさすりながら、「入れ」と僕を室内へと促した。

 

「座りなさい」

 

ユノは教師みたいな口調でベッドを指さした。

 

「はい!」

 

僕は生徒の返事をして、従った。

 

「チャンミンに話がある」

 

仁王立ちしたユノの怖い顔に、「やっぱり」と僕は首をすくめた。

 

「怖い話じゃないから、安心しろ」

 

ユノは僕の隣に座ると、肩を抱いた。

 

それだけで肩の力が抜けた。

 

 

(つづく)

 

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(10)恋人たちのゆーふぉりあ

 

 

~ユノ~

 

 

いざ決行の今宵。

 

俺の部屋を訪ねてきたチャンミンは、なんとも神妙な表情だった。

 

濡れ髪なのは、入浴してきたからなんだろう。

 

かくいう俺も入浴を済ませたばかりで、首にバスタオルをひっかけていた。

 

俺たちはベッドにもたれ発泡酒を飲みながら、無言でテレビを見ていた。

 

ハーフパンツを穿いたチャンミンの膝小僧は骨っぽく、同じくハーフパンツ姿の俺の膝も固くがっちりとしている。

 

すね毛も生えている。

 

Aちゃんやその他過去の彼女の、白く丸みを帯びた膝頭と比較する目で見比べてしまうのだった。

 

「......」

「......」

 

それはドキュメンタリー番組で、野生のハンドウイルカの交尾シーンを世界的有名なダイバーがカメラで捕らえたものだった。

 

「......」

「......」

 

当然のことだが、決定的瞬間だの感動の出産シーンだの、全く頭に入ってこない。

 

このままじゃ俺たちは、膝を抱えたまま朝を迎えてしまいそうだった。

 

「...やってみようか?」

 

チャンミンの返事を待たず立ち上がった俺は、数種類並んだものから『LOVEジェリー・イチゴの香り』を選んで手にとった。

 

「ふぅ...」

 

チャンミンに背を向けて、Tシャツを脱いだ...どうしようか迷った挙句、パンツは穿いたままでいることにする。

 

「チャ...」

 

ふり返って即、俺は絶句した。

 

全裸になったチャンミンが、膝を抱えて卵になっていた。

 

「......」

 

愛のささやきも前戯もすっ飛ばして、いきなりこれ。

 

チャンミンの傍らに腰掛け、クソ真面目な横顔の彼を見下ろした。

 

気持ちを落ち着かせようとしているのだろう、背中が大きく上下している。

 

チャンミンの背中に触れると、ビクッとその肌が震えた。

 

「大丈夫か?」

 

「ユノこそ、怖いんでしょ?

今日は止めておく?」

 

「いや...」

 

傍らに置いたゴムを開封し、それを指サックのように人差し指に装着した。

 

俺はぐるぐる肩を回し、指の関節を鳴らした。

 

「ちょっと!

力仕事じゃないんだって!」

 

「気合を入れてるんだ」

 

俺はそこをのぞきこんだ。

 

きゅうっと小さな入口。

 

自身のサイズを思い浮かべなくても、到底入りそうにない小さな入口だ。

 

指先でつん、と突くと、「ひゃっ」とチャンミンの小さな叫び声。

 

チャンミンの反応が面白くて、つんつん続けて突いたら、「僕で遊ぶな!」とキックが飛んできた。

 

「ごめん。

行くぞ?」

 

潤いを追加した指を、中心点にぴとっと押し当てた。

 

反対の手で左右に押し広げた。

 

くにくにマッサージする要領で、指先でもみほぐしてゆく。

 

「......」

 

チャンミンが今、どんな表情をしているのか、彼の腰と肩が邪魔して確認できない。

 

苦痛を我慢しているのなら可哀想だ、身を乗り出して見ると、やっぱり固く目をつむり、手首で口を覆っている。

 

「止めようか?」

 

「駄目っ!」

 

チャンミンはイヤイヤするように首を振った。

 

 

 

 

俺の指がそこに呑み込まれた時の感触は衝撃だった。

 

「やった...!」

 

トンネル掘りたちは発破を繰り返し、ついに堅い岩盤にとっかかりの穴を穿つことに成功した!

 

あとはつるはしを振るって、掘り進めるのみだ。

 

薄いゴムを通して、チャンミンの内部の熱が伝わってきた。

 

きゅうきゅうと俺のひとさし指を締め付ける。

 

俺の指はさしたる抵抗なく、第一関節まで埋められていったわけなのだが...。

 

チャンミンのそこは、俺の指を異物だと判断して押し出そうとしている。

 

「......」

 

人さし指を数センチ刺した状態で、俺たちは無言だった。

 

動かせない。

 

指1本でこのきつさ。

 

いざ、本命のものによる開通式となると、責任重大だ。

 

トンネル堀りたちはこの小さな穴を覗き込んで、今後の工程について相談し合っている。

 

この程度の穴のサイズじゃ駄目だと、首を振っている。

 

第一関門、突破した。

 

突破したのはいいのだけど...。

 

 

 

 

「今日はここまでにしようか?」

 

緊張と焦り、男の身体を前にして、俺のムスコはしなだれている。

 

とてもとても、色っぽい気分になれなかった。

 

小道具を取り寄せてはしゃいでいた俺たちだったのに...。

 

「初めてだったから緊張したんだよ。

ほら、僕の方だってユノとおんなじでしょ」

 

チャンミンの指摘通り、彼のも項垂れていた。

 

「すぐにできるものじゃないって、書いてあったし」

 

しょんぼりしている俺に、チャンミンは言葉の限り尽くして慰めてくれる。

 

「次、頑張ろう」

 

「...うん」

 

今夜はとてもとても、しごき合いっこをできる空気じゃなかった。

 

「平気」を繰り返していたチャンミンも、「今夜はここまでにしよう」の俺の言葉にホッとしたんじゃないかな。

 

「......」

 

突然、チャンミンは無言になってしまった。

 

「どうした?」

 

「ユノは...僕が男だから?

女の子じゃないからでしょ?」

 

押し殺したドスのきいた声だった。

 

「チャンミン?」

 

「女の子じゃないから、僕のことが嫌なんだよ」

 

「はあ?」

 

わっとばかりチャンミンは伏せてしまった。

 

「えっ?

泣いてるのか?」

 

チャンミンの裸の背中がひくひくと痙攣している。

 

でっかい卵になったチャンミンのあそこは、丸見えになっている。

 

チャンミンを泣かせてしまった!

 

「女の子じゃなくて悪かったな!」

 

枕が飛んできた。

 

「チャンミン!」

 

肩でそれを受け止める

 

「穴が一個たりなくて悪かったな!」

 

次は俺のハーフパンツが飛んできた。

 

その次はチャンミンのパンツが飛んできた。

 

「男で悪かったな!」

 

俺はチャンミンが投げつけるものを順番に受け止め、彼は投げるものがなくなると、再び伏せって泣き出した。

 

「うっうっ...うっ、うっ...」

 

「チャンミンが男だからって...そんなんじゃない。

チャンミンが男でよかったと思うよ」

 

この言葉は真実だ。

 

チャンミンが女の子だったらよかったのに、なんて一度たりとも思ったことはなかった。

 

チャンミンの背中をごしごしこすった。

 

「俺が逆になろうか?

それならうまくいくかもしれない」

 

「それは許さない!」

 

「今夜のは俺が悪いんだ。

気合が入り過ぎたんだな...ハハハ」

 

「僕のを見て、引いちゃったんでしょ?」

 

答えは「YES」だったけど、絶対に言ったらいけない言葉だ。

 

「まさか!

な?

機嫌直せよ」

 

「......」

 

嗚咽の震えが止んだ。

 

「うっそ~!」

 

「!!」

 

ばあっと、俺を仰いだ100%の笑顔。

 

涙なんて一滴もこぼれていない。

 

「お前っ!」

 

安心したのと悔しいので、俺はチャンミンに飛び掛かった。

 

「嘘つくなんて、ひどいなぁ!」

 

「あはははは!」

 

「びっくりするじゃないか!」

 

「くくくくっ...!」

 

「このやろっ!

お尻ぺんぺんだ!」

 

「いってぇな!

ユノ!

馬鹿ぁ!

アハハハ!」

 

笑い疲れてしまった俺たちは、そのままベッドを分け合い、朝まで眠ってしまったのだった。

 

 

(つづく)

 

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(9)恋人たちのゆーふぉりあ

 

 

~ユノ~

 

次の週末まで俺たちの予定は合わない。

 

俺の講義がある日はチャンミンが空いていて、チャンミンのアルバイトがある日は俺が暇でと、恋人たちに意地悪するのだ。

 

「僕なりに準備してみるよ」と言って、チャンミンはローションとプラグを持って帰宅していった。

 

それ系のサイトで仕入れたハウツー通りに、チャンミンは『拡張』に精を出すのだろう。

 

想像するだけでゾッとする。

 

俺だったら怖くて絶対に出来ないから、チャンミンは凄いなぁと尊敬してしまうのだ。

 

ベッドにゴロリと横たわり頭の下で腕を組んで、俺は天井を睨みつけた。

 

ここまでの準備をしないといけないものなのだろうか。

 

大袈裟にとらえてしまってるんだろうな。

 

おかしな流れになってしまったが、これは一種の遊びだと捉えよう。

 

小道具を共に選び注文し、届いたもの1つ1つにコメントをはさみながら、驚いたり顔を見合わせて笑ったり。

 

事前準備から俺たちのプレイは始まっているのだ...うん、そう思おう。

 

チャンミンのはしゃぎっぷりも無理はない。

 

あれはカラ元気、チャンミンだって怖いのだ。

 

数日前の、泣きだしそうな表情のチャンミンを思い出して、「俺が男ばっかりに、ごめんな」と心の中でつぶやいた。

 

不思議とチャンミンが女の子だったらいいのに、とは思わなかった。

 

俺が男でごめんな。

 

 

 

 

俺はカフェテリアで課題のレポートを仕上げていた。

 

昼には未だ早い時間帯とあって、カフェテリアは空席が目立ち、時間をつぶす学生たちが思い思いに過ごしている。

 

受講講義が午後からの俺は、カフェテリアの奥まったテーブルを確保して、チャンミンを待っていた。

 

張り出された『本日のランチ』に、今日は何を食べようかなぁ、チャンミンは何を選ぶかなぁと予想してみたり。

 

「遅いな...」

 

1時限目は既に終わっているはずなのに、チャンミンは現れない。

 

電話をかけてみたが、出ない。

 

「しょうがないなぁ」

 

チャンミンに早く会いたくて仕方がなかった俺は、リザーブドのつもりで教科書を広げたまま、席を立った。

 

迎えに来た俺に、パッと顔を輝かすチャンミンの顔を想像しながら。

 

チャンミンが受講している教科棟を目指して、イチョウ並木を早足に向かっていた。

 

(いた!)

 

そぞろ歩く学生たちの頭ひとつ分飛び出た、ひょろりと長身のチャンミンを発見。

 

建物前の階段で女の子たちと会話中のようだった。

 

当の本人は自覚無しだが、チャンミンはわりといい男だから、女の子たちに声をかけられても当然の光景だが...。

 

「!」

 

その女の子たちの中に、見知った子...Aを見つけてドキリとした。

 

Dちゃんもいた。

 

「くそっ...」

 

あそこで何があったのか、チャンミンが何を言われたのか想像がついた。

 

彼女たちに背を向けて、チャンミンは並木通りへ出た。

 

「チャンミ~ン!」

 

気づけばチャンミンの名前を呼んでいた。

 

俯いていたチャンミンが俺の呼び声に、はっと顔をあげた。

 

固かった表情が、ふにゃと歪んだ。

 

「チャンミン!」

 

チャンミンはごしごし手首で両目をこすると、俺の方へ駆けだした。

 

「ユノっ!」

 

俺も駆けてゆき、チャンミンと合流するなり彼の肩に腕を回した。

 

この程度のスキンシップは、大して目立つようなものじゃない。

 

ただし、彼女たちの目にはそうは映っていないだろう。

 

なにせ俺とチャンミンがパンツ一丁で抱き合っているところを、ばっちり目撃したのだから。

 

彼女たちは肩を組む俺たちの後ろ姿に、好奇と軽蔑の入り混じった視線を注いでいるだろう。

 

彼氏を男に獲られたなんて屈辱的なことと捉えるのではなく、彼女たちはひとつのハプニング話として、面白おかしく友人たちに暴露していたのだろう。

 

チャンミンの顔は何もかもが真っ赤だった。

 

充血した目、鼻の頭も両頬も赤く染まっていた。

 

「今日のランチはハンバーグだって。

チャンミンはもちろん、大盛りだろ?」

 

「...うんっ」

 

これ以上肩を組んでいたら、人目を気にするチャンミンが可哀想だ。

 

腕を下ろし、ほどよい距離を置いて肩を並べて歩く。

 

「レポートをやっててさ、分かんないところがあって。

チャンミンに教えてもらおうと思ってたんだ」

 

「ばかぁ。

ユノんとこの数式を僕が解けるわけないじゃないの」

 

「数学じゃないのだ。

英語なのだ」

 

「あれ?

必須科目は2年で終わったんじゃないの?」

 

「レポートは英語で書かなくちゃいけないんだよ~」

 

「添削する教授は実は読めなくて、院生に訳してもらってたりして...ふふっ」

 

先にチャンミンを席につかせ、俺は自販機まで走った。

 

「これでほっぺたを冷やせ」

 

「うん...」

 

チャンミンはすん、と鼻をすすった。

 

俺が買ってきた2本の缶ジュースで両頬を挟むと、「ありがと」とにっこり笑った。

 

 

 

 

「これより、アレを始める」

「メス」

 

...みたいな流れになりそうだった。

 

エッチの開始の合図とはムードと勢いに任せるのが、たいていの場合なんだろうけども。

 

ま、いいか。

 

これが俺たちだ。

 

いざ実行の場所は、もちろん俺の部屋。

 

じーさんとばーさんと同居するチャンミンの部屋でなんて、無理無理。

 

カラーボックスでドアを塞いだとしても、

「アップルパイを焼いたの。いかが?」なんて、ばーさんがドアの向こうから声をかけそうだ。

 

まっぱで挿入中だったりしたら大変だ。

 

俺とチャンミンは並んでベッドに腰掛けていた。

 

ドキュメンタリー番組のナレーションが重々しすぎて、リモコンを取り上げ消した。

 

困った...性欲が消えてしまったようだ。

 

ヤるかヤらないかで、ここまで悩むとは。

 

チャンミンは初、俺も経験豊富じゃない。

 

たまたま好きになった奴がチャンミンで、たまたまチャンミンが男だっただけのこと。

 

とは言え、俺はチャンミンのことを女子っぽいなんて思えないし、彼はれっきとした男だ。

 

女の子だったら、タイトなパンツ姿のむっちりしたお尻や太ももなんかに、ムラっとする。

 

大学構内という公共の場でちらちらと、チャンミンの薄っぺらく小さな尻を見てしまっていることは否定しない。

 

だからと言って、それでムラムラとはしないんだよなぁ。

 

ところが、上になり下になりと抱き合っていると、「この男が欲しい!」と欲してしまうのだ。

 

愛情と異性や同性、性欲の関係性について、じっくりと探ってしまうあたり、俺らしい。

 

「ねぇ」

 

「んー?」

 

「今日は止めておく?」

 

「いや...」

 

俺は首を振り、傍らに置いたゴムを開封し、それを指サックのように人差し指に装着した。

 

チャンミンは背を丸めて横たわっている。

 

俺の指は震えていた...。

 

 

(つづく)

 

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(8)恋人たちのゆーふぉりあ

 

 

~ユノ~

 

「例のモノが届いたぞ」のお知らせから15分後、チャイムが鳴った。

 

ドアを開けると、はあはあ呼吸荒々しいチャンミンが立っていた。

 

自宅から走ってきたのだろう、額を汗で光らせ、頬は真っ赤に上気している。

 

俺の住むアパートと祖父母と3人暮らしのチャンミン宅は、間に大学の広大な敷地を挟んでいる。

 

大学構内を突っ切るのが最も近道だが、それでも片道2キロはある。

 

ワクワクを隠し切れない風に、瞳を輝かせているチャンミンに、「知らせてやるんじゃなかった」と後悔していた。

 

興味を持ったものにはどん欲そうなチャンミン、取り寄せたこれらを「今すぐ試してみよう」なんて言い出しそうだったからだ。

 

「見せてよ」

 

「あれ」

 

俺はベッドの上のモノを、顎で指す。

 

俺がぶっちっぎった段ボール箱の残骸に、チャンミンは「ユノったら...待ちきれなかったんだね」と笑っている。

 

「どれどれ...」

 

チャンミンはベッドに腰掛け、ひとつめの箱を開封し始めた。

 

「酒飲む?

発泡酒しかないけど?」

 

「いらない。

ありがと。

へえぇ...想像してたよりも小さいね」

 

何とコメントをしたらいいか困惑中の俺は、台所に引っ込んだ。

 

冷蔵庫からウーロン茶とスナック菓子をとって引き返した時には、チャンミンは件のグッズを布団の上に陳列していた。

 

「カラフルだね。

いかがわしいものには全然見えない」

 

「エロさを軽減するためじゃねぇの?」

 

俺はチャンミンの足元に胡坐をかいた。

 

「まずはこれで『拡張』するんだよね」

 

ワインオープナーのような蛍光色のそれを、チャンミンはワインのコルクを抜くような手つきで持っている。

 

「...使ってみる?」

 

「俺が!?」

 

目を白黒させた俺を、チャンミンは舌をちろっと見せて「冗談」と笑った。

 

「びっくりさせるなよ~」

 

「ははは!」

 

外国製らしいそれの説明書きが中途半端な翻訳文だったせいで、怪しい空気の濃度を高めていた。

 

チャンミンは、1本の紐に大小さまざまな玉がくっ付いているものをぶら下げてみせた。

(それは半透明の飴玉みたいで、用途を知らされていなければ、見た目は綺麗だ)

 

「これってホントに必要なのか?」

 

「若葉マークの僕らには早いね。

おいおい使うでしょう」

 

ケチャップみたいなチューブに入ったもの、軟膏みたいなチューブに入ったもの、ドレッシングみたいなボトルに入ったもの...。

 

「いっぱいあるね。

試してみて、気に入ったやつを見つけようよ」

 

「こんなものに頼らないといけないなんて、不便だなぁ」

 

俺は先日、指先に触れたチャンミンのそこを...乾いたままのそこを思い出して言った。

 

「『滑りと潤いを足します』...だって。

うふふ」

 

くらり、と眩暈がした。

 

俺たちは何かが間違っている。

 

ベクトルがズレている。

 

流れに任せて状況に応じて...ではなく、小道具をまず揃えようとしている点。

 

本格的な珈琲の淹れ方をマスターしたいと思った男がいる。

 

足りないものを必要に応じて揃えていくのではなく、最初に必要な道具を全部揃えてしまった。

 

ドリップコーヒーを淹れたこともなく、インスタントコーヒーの味しか知らないくせに、珈琲専門店で買った豆を、自身の手で挽こうとしている。

 

(ここで言うインスタントコーヒーとは、ひとりエッチだったり、ブツのしごき合いっこをいう)

 

なんと、その男は一度も究極な珈琲を味わったことがないのだ。

 

(ここで言う究極の珈琲とは、究極のエッチで得られる快感と幸福感をいう)

 

ゴールを知らないくせに、その過程を重視してしまった男...つまり、俺たちのコト。

 

「なぁ。

俺は...お前とえっちがしたくて付き合ってるんじゃないんだぞ?」

 

この手の話となると食い気味になるチャンミンに、引っかかっていたんだ。

 

「ユノ...」

 

「俺は...チャンミンとヤリたいよ。

でもさ...道具が使いたいわけじゃないんだ」

 

「ユノ...?」

 

チャンミンは俺の肩を抱き、項垂れた俺を覗き込んだ。

 

「そればっかりじゃないよ。

えっちがしたいからユノと付き合っているわけじゃないよ」

 

拗ねた俺をなだめるように、チャンミンは俺の背中をポンポン叩いた。

 

「どうしてもヤりたいわけじゃないから。

しごき合いっこでも十分。

ユノを誤解させてごめんね」

 

「...うん」

 

すん、と鼻をすすった。

 

「でも...やっぱり...」

 

俺は腰を上げ、

 

「ヤりたい!」

 

力任せにチャンミンをベッドに押し倒した。

 

「ひゃああ!」

 

チャンミンははしゃいだ悲鳴をあげ、俺の両腕の間で三日月型の眼で見上げている。

 

「でしょう?」

 

「うん。

したい」

 

額をくっ付け、くすくす笑いをこぼし合った。

 

「玩具で遊ぶみたいに、ヤろうよ。

実験みたいにさ」

 

「そうそう」

 

「課題みたいに?」

 

「そうそう。

研究みたいに?」

 

「研究ってエロ過ぎないか?

何を研究するんだよ?」

 

「あははは」

 

俺たちの手はそろそろと、互いのそこに落とされる。

 

かたどるように衣服の上から撫でさする。

 

上では濃厚なキス、反面下ではソフトタッチで焦らし合う。

 

先端を引っかいたり、さおをガシガシしたり。

 

たまらくなって、互いのブツを引っ張り出すしかなくなるのは、いつもの流れだ。

 

タマの熱気と手の平の汗、漏れ出るエロい汁。

 

後半ではキスどころじゃなくなり、互いの頭を抱え込み、互いの肩に荒々しい息を吹きかけ合う。

 

2本まとめてフィニッシュ。

 

「はあはあはあはあ...」

 

しごき合いはいい...確かにいい。

 

...でもね、足らない。

 

 

お取り寄せしたモノのメインディッシュは、俺たちでもそれが何たるか承知している。

(実際に使ったことはない。すべてはエロ動画から仕入れた知識だ)

 

ジェルとセットになったミニマシン。

 

「『塗布された箇所の感度をあげます』...だって」

 

と、チャンミンは付属のチューブを箱から出した。

 

「これを注入してから...マシンを突っ込んで...そして、スイッチを入れる...ん?

不親切だね。

電池が付いてないや。

買っておかないと...」

 

「そんなはずはない。

充電タイプがいい、って言ってたのはチャンミンだろ?

見せてみろ。

ほら」

 

コントローラー下のUSB端子を指さしてやった。

 

「便利だね」

 

説明書きを読んでいたチャンミンは、箱を表にひっくり返した。

 

「『恋人たちのEuphoria』」

 

「えふふぉ...ゆーふぉりあ...?」

 

「検索してみて」

 

「えっと...陶酔、幸福感」

 

「へえぇ...。

気の利いた商品名だね」

 

「陶酔か...。

ヤッてヤッてやりまくって、飽きてきた時に使おうか?」

 

「ヒヨコな僕たちには、大人過ぎる道具だもんね」

 

 

(つづく)

 

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(7)恋人たちのゆーふぉりあ

 

 

〜ユノ〜

 

 

宅配便で届けられた箱。

 

配送中に開いてしまっては困るモノ。

 

無地箱に不信を抱いた家族が、うっかり開封してしまってはいけない箱。

 

何重にも貼られたガムテープに苛ついて、やけになった俺はカッターナイフで箱を切り裂いて開封した。

 

「......」

 

チャンミンと共にセレクトしたこれらのもの。

 

入荷待ち商品だったため、到着までに1週間待ったこれらのもの。

 

女の子相手の時はゴムさえあれば事足りたのが、お相手が同性同士になっただけで、これだけのものが必要になるなんて。

 

ますます世の常識と外れたことをしているんだと、アレへの抵抗心が増してしまった。

 

深刻に大袈裟に考え過ぎているのだろうか。

 

チャンミンにいたっては、ケロっとしている。

 

俺はとはいえば...そう、やはり怖気付いているようだ。

 

説明書を読みこみながら、俺はため息をついた。

 

「はあ...」

 

世の同性カップルはどうしているのだろう。

 

いいや!

 

女の子相手でもプレイのひとつとして楽しむカップルはいるそうだし...。

 

そうだそうだ、何も特別なことをしているわけじゃないのだ。

 

俺はスマホを取り出し、チャンミンに電話をかける。

 

「来たぞ」

 

「いよいよだね。

見せてよ。

今から行ってもいい?」

 

「夜中だぞ?」

 

「どんなだか見てみたいんだ。

今から行くね」

 

「待てっ...」

 

「明日にしようぜ」を言わせない勢いで、電話は切れてしまった。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

新学期が始まってすぐのことだ。

 

こんなことがあった。

 

予想はしていた。

 

ユノとの待ち合わせ場所であるカフェテリアへと、構内のイチョウ並木道を早歩きで向かっていた時だ。

 

教科棟から出てきた女の子集団の中に、僕の前カノDがいた。

 

加えて、ユノの前カノAちゃんもいた。

 

フッたのかフラれたのか、どちらとも言える僕とDの別れ。

 

僕は交際経験が乏しく、過去のカノジョとばったり遭遇した時の、振る舞いが分からない。

 

それでも、とても気まずい思いをするんだろうな、ってことくらい想像がついた。

 

彼女たちを無視して、ここを立ち去ってしまえばよかったのに...。

 

足を止めてしまったせいで、立ち去るタイミングを逃してしまった。

 

彼女たちと目が合い、ギクッとしてしまった自分がショックだった。

 

悪いことをしている意識があったからだと思う。

 

AちゃんとDは軽蔑の混じった怒りの眼差しを、僕に向けている。

 

これに関しては仕方がない。

 

彼女たちには酷いことをした。

 

お泊りデートの最中に、互いの彼氏同士が浮気をした上、行為の真っ最中(実際はしていないんだけど)を目撃してしまった。

 

ショックだっただろうな。

 

ショックだっただろうけど、ごめん、あの時の僕とユノは止められなかったんだ。

 

僕が怯んでしまったのは、二人と連れだっていた女の子たちも僕に注目していることだ。

 

彼女たちが僕に注ぐ眼差しは、好奇と嫌悪の混じったものだった。

 

恥ずかしかった。

 

ここで目を反らしてしまったら、僕の後ろめたさを証明してしまう。

 

プライドにかけてDと目を合わせたままでいた。

 

「......」

 

ここにユノが居てくれたら...。

 

ユノには余裕の振る舞いをしていたけれど、実際は僕の方がビクビクしていた。

 

僕らの初エッチについて、身構えていたユノの背中を叩いて、気分を盛り上げていた僕だったのに。

 

ああ...開き直っていないって証拠だね。

 

ユノだったら、彼女たちをちらっと横目で見ただけで、「ふん」って、スタスタと通り過ぎてしまっただろうな。

 

早く僕と合流するのが待ちきれなくて、緩んだ表情を崩さないままで。

 

「!」

 

Dが僕の方へと近づき、キッと見上げ睨みつけた。

 

教師に叱られた生徒とは、なんとも情けない顔をしているものだけど、まさしく今の僕はそうだっただろう。

 

「!!!」

 

パチン、の直後、左頬がカッと熱くなった。

 

僕は頬をはられたのだ。

 

ぱちん!

 

ついでに、もう片方も。

 

じんじんと熱く痛む頬を押さえた僕に、Dは言い放った。

 

「最低。

キモイんだけど?」

 

今まで聞いたことのない、低くどすのきいた声。

 

「キモイ」の言葉に、羞恥心ゼロ、腹も立たなかった。

 

スカッとした。

 

DとAちゃんに、決定的な光景を目撃させて、決定的に破局した2組のカップル。

 

決定的だったのにも関わらず、引っかかっていた。

 

ユノが「泣いているだろうな」と、Aちゃんの気持ちを気遣っていた。

 

あの時は、そんなユノに腹を立てた。

 

その時までの僕は、Dの機嫌を損ねないように必死で、正直言って緊張感を伴う交際をしていた。

 

無意識にDに対して腹を立てていたから、冷酷でいられたんだ。

 

でもそれは上っ面のものだったんだ。

 

僕には気の小さいところがあって冷酷になりきれず、別れたハズなのに、忘れ物をしたみたいに気が晴れなかったのだ。

 

「そうだよ。

キモイと思ってくれて結構だ」

 

きびすを返し、僕は立ち去った。

 

すっきりした。

 

これで正真正銘、僕とDは別れられた、と思ったから。

 

後方から、彼女たちが「キモイよねぇ」「別れて正解」「初めて見た。ホントにいるんだね」のひそひそ声。

 

ううん、僕に聞かせているんだ。

 

これには傷ついた。

 

「あ...」

 

通りの向こうから手を振っているのは、ユノだった。

 

安堵のあまり、じわっと涙が浮かんだ。

 

「うっわ~」と、彼女たちの嫌悪と好奇の声が聞こえたけれど、聞こえていない。

 

僕はユノに恋してる。

 

実感した。

 

こちらに向かって駆けてくるユノの元に、僕も走り出した。

 

 

(つづく)

 

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