(41)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

俺とチャンミンは、屋台で買った焼き芋をはふはふと齧りながら公園を歩いていた。

 

冬期間ということで、半分以上の屋台はシャッターを下ろしていた。

 

秋の頃、歩道を覆っていたイチョウの落ち場は、業者によって処分されたのか姿を消し、代わりに先週降った雪の名残が歩道脇に溶け残っている。

 

遊具のある一帯は、子供たちが遊びまわった足跡で雪が踏み固められていた。

 

冬の川は物静かだ。

 

魚たちも川底でじっとしているのだろう。

 

「寒いところで温かいものを食べるのって、幸せですね~」

 

チャンミンの口から『幸せ』のワードを聞くと、俺も幸せになる。

 

湯気でチャンミンの鼻が赤くなっていた。

 

「甘くて美味しいです」

チャンミンに紺色のダッフルコートがよく似合っていた。

ぐるぐる巻きにしたマフラーの下には、青いチョーカーを付けたチャンミンの細い首がある。

 

ほとんど付けることのなくなったチョーカーだけど、たまに思い出したかのように...俺を喜ばせるために...装着してくれる。

 

以前、チョーカーを飾るダイアモンドを人差し指で揺らしながら、「これを付けていれば、お金がなくても沢山お買い物ができますね?」と言っていた。

 

「欲しいものがあるのか?」と尋ねたら、

 

「今はありません。

いつか欲しいものが出来るかもしれませんね」と笑っていた。

 

「自由に買い物すればいいさ。

チャンミンのカードなんだから」

 

ひとりで外出ができるようになったチャンミンの為に、カードを渡してあった。

 

見上げると薄青い空が広がり、葉を全て落した木々の梢の隙間から高層ビル群が覗いている。

 

平日の公園は人気少なく、すれ違ったのはジョギング中の若い女性、犬の散歩中の老人、乳母車を押した女性で、その他はベンチに汚れた厚着の中年が腰掛けうな垂れていただけだ。

 

小さなものが好きなチャンミンは、彼らに声をかけてみては、乳母車の暴風カバーの中を覗き込んだり、茶色の小型犬の喉を撫ぜたりしていた。

 

「お兄さんの誕生日はいつですか?」とおもむろに尋ねられた。

 

一瞬、間が空いてしまった。

 

なぜなら、誕生日を尋ねられる経験が2度しかなく、そのうちの1度がチャンミンからのものだった。

 

慣れていないのだ。

 

俺の回答にチャンミンは「やった!」とその場でジャンプし、相好を崩して俺の腕にしがみついた。

 

「嬉しそうだね、どうして?」

 

「ふふふ。

僕の誕生日...お兄さんと同じ月です。

大発見です」

 

「そうなんだ!」

 

チャンミンに誕生日があったのか...と、反射的に思いかけた自分に反省した。

 

出逢ったばかりの頃、誕生日にチョコレートを買ってもらったと話していたではないか。

 

あの店出身というだけで、チャンミンは天涯孤独の、憐れで可哀想な身の内だと決めつけてしまう。

 

チャンミンが見せる笑顔はからりと明る過ぎて、まともな人生を送ってきた者のものだとはとても信じられなかった。

 

「誕生月が一緒かぁ。

凄いね!」

 

「一緒にお祝いしたいです。

誕生日パーティです。

テレビでやってました。

ケーキやフライドチキンや、美味しいものをいっぱい準備したいです」

 

ご機嫌顔のチャンミンは、がぶりと焼き芋にかぶりついた。

 

「そうだね」と賛同した直後、チャンミンが突如むせはじめた。

 

「大丈夫か!?

芋か?」

 

チャンミンの背中を叩いてやり、スタンドまで走ってホットコーヒーを買った。

 

「...すみません。

ひと口が大き過ぎました。

ぽくぽくしていて、飲み込めなくて...死んじゃうかと思いました」

 

と、涙目のチャンミンは頭を掻いて照れていた。

 

「そうだね、チャンミンの口は大きいからなぁ」

 

俺はチャンミンの手を引き寄せて、ポケットの中で指をからめた。

 

チャンミンの指は焼き芋とコーヒーで温かく、かじかんでいた俺の指先にじんじんと血が通ってきた。

 

 

誕生日、のひとことで、ある思いが強まった。

 

「プレゼントに何が欲しいですか?」と尋ねられて、さらにその思いは強まった。

 

「『今』と『これから』があれば十分だと思っていた。

俺にとっての過去とは、忘れ去りたいものだ。

代わりに、新しい思い出を作ってゆくのが理想だと考えてきた」

 

突如語り出した俺に、チャンミンは俺の顔をじぃっと見つめた。

 

ひと言も聞き漏らさないぞ、と、耳をそばだてている。

 

「愛情が深まるにつれ、そいつの過去を知りたくなる。

そいつが黙っているのは、口にしたくないからだろ?

愛しているのなら、そいつに過去を尋ねてはならない。

ところが俺は、チャンミンの過去を無視できるほど出来た人間じゃない。

チャンミン、ごめん。

お前が言いづらくても、俺はお前の過去が知りたい」

 

「...お兄さん」

 

俺とチャンミンはしばし、目を合わせた。

 

「俺は...チャンミンが知りたい」

 

「僕の過去って...大したものじゃないです」

 

チャンミンは小さくため息をつくと、視線を足元に落とした。

 

「それでも知りたい。

どうしても言いづらい事だったら、『言いたくない』と答えればいい」

 

公園の奥まった所まで来るといよいよ人気はなくなり、木立のどこかにいる小鳥のさえずりだけになる。

 

木々のいくつかに餌箱がぶら下がっていた。

 

「『昔のこと教えて』、と言われると困ってしまいます。

毎日が同じことの繰り返しで、区別がつかないせいで、何を話したらいいか分からなくて。

お兄さんに隠したいことは何もありませんよ。

質問してくれたら、何でも答えられます」

 

俺たちは手を繋いで、広大な公園の遊歩道をゆっくりゆっくり歩いていた。

 

「あそこに、座ろうか?」

 

前方の東屋を指さした。

 

近づく俺たちに、三角屋根に止まっていたカラスが飛び立った。

 

ここ数日間、誰も立ち入らなかった証拠に、初めて足跡を付けたのは俺たちだった。

 

俺の隣に座ったチャンミンの手の平に、例のものをそっと置いた。

 

「...これって...?」

 

チャンミンに渡したのは、あの店から見つかった茶色の封筒...チャンミン宛の手紙だ。

 

「お兄さんが...どうして?」

 

やはり見覚えがある物らしく、それを俺が所持していたことに驚いているようだ。

 

「俺は狡いからね、チャンミンの過去は既に知っているんだ。

お得意の方法を使ってね。

チャンミンの過去といっても、ごくごく一部にすぎないけれど」

 

「?」

 

「店で見つかったんだ。

それ...大事な物なんだろ?」

 

「さあ...どうでしょうか。

忘れていました。

どうせ読めないし...」

 

「読んでみたらどうかな?」

 

「これ...?」

 

「俺は読んだ方がいいと思うな。

一緒に居てやるから」

 

「......今?」

 

「その気になれないのなら、読みたくなるまで俺が預かっておいてやるよ」

 

チャンミンは激しく首を振った。

 

「いいえ...読みます。

でもここは嫌です。

ここは寒いから。

おうちで読みたいです」

 

「分かった。

帰ろうか?」

 

チャンミンの手をとった。

 

(つづく)
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(40)あなたのものになりたい(R18)

 

 

~チャンミン~

 

僕はお兄さんといると、どうしようもなくえっちで変態な男になる。

 

お兄さんの家には洋服や靴、バッグを収納する部屋があり、正面の壁に長身のお兄さんよりも高く、両手を広げた以上の幅がある大きな鏡が掛かっていた。

 

今日のえっちはここに決めた。

 

「お兄さん!」

 

僕に呼ばれて顔を出したお兄さんを前に、シャツをめくって下腹を見せたり、乳首を摘まんだり、既に痛いほどに勃ったおちんちんをハーフパンツの上から撫でさすってみせた。

 

「あっ...は」

 

自らの愛撫でも、腰が揺れてしまう。

 

お兄さんは唇をぺろっと舐め、口角だけ上げた悪い笑顔になり、その瞳はぎらついていた。

 

狂暴なケモノを前にした子羊となった僕は、恐怖と期待感でお腹の底からゾクゾクしてきた。

 

お兄さんは部屋の入り口から動かず、僕をニタニタ笑いで見つめているだけだ

 

「服...脱げよ」

 

僕の大好きな、低く掠れた声だ。

 

普段のお兄さんが、えっちなお兄さんへと切り替わった証拠だ。

 

「......」

 

「脱がないと挿れてやらない」

 

「...困り、ます」

 

お兄さんの囁きは、僕にとって抗えない呪文だ。

 

自動的に身体が動く。

 

脱いだTシャツとハーフパンツを床に落としたが、お兄さんは不満げに首を振った。

 

僕は頷き、最後の1枚を脱いだ。

 

暖房のよく効いていない衣裳部屋で、鳥肌だった胸で2つの乳首は固く小さく尖っていた。

 

お兄さんは全裸で突っ立った僕の側へ大股で近寄った。

 

そして、僕の顎をつかむと噛みつくようにキスをした。

 

「...はぁ、っく...ふっ、はぁ、はぁ...」

 

僕はお兄さんの首にぶら下がり、右に左にと頬を傾け直す彼の荒々しいキスについていくのに必死だった。

 

口内が快感で痺れはじめた頃、お兄さんは突如唇を離した。

 

かと思うと、お兄さんはいとも簡単に僕を四つん這いにさせた。

 

「!!」

 

乱暴に割ったお尻の中心によだれを落として潤いを足そうとした。

 

「これ...準備してました」

 

鏡の脇に用意しておいたチューブを指さした。

 

「エロに関して抜かりないなぁ。

さすがどスケベだ。

チャンミンの頭ん中はセックスのことしかないんだろう?」

 

「そんなんじゃ...ないっ...」

 

お兄さんは微笑むと、僕の耳元に顔を寄せて囁いた。

 

「大嘘つきものめ」

 

お兄さんの熱い吐息が耳たぶと耳の穴に吹きかかり、鳥肌がたった。

 

今日のえっちは僕がリードするつもりでいた。

 

それは、お兄さんは寝っ転がっているだけでよくて、またがった僕が唇、舌、手...そして、アソコを使って気持ちよくさせる。

 

目の前にあるこの大きな鏡に映る姿...僕に自由にされる姿...を見て興奮してもらいたかったんだ。

 

お兄さんのペースに流されそうだけど、今ならまだ僕のペースに戻せるかもしれない。

 

僕は跳ね起きて、お兄さんを肩を押して仰向けにし、彼にお尻を向ける格好でまたがった。

 

お兄さんのスウェットパンツにくっきり浮かんだおちんちんを、こしこしと生地の上から擦り、ズボンの上から甘噛みした。

 

「んっ」

 

こんなちょっとの刺激でお兄さんの腰が震えるものだから、張り切りたくなる。

 

じりじりとスウェットパンツを下ろし、ウエストゴムに阻まれて折れ曲がったおちんちんの根元にキスをした。

 

苦しそうで可哀想なおちんちんを自由にしてやり、びょんと飛び出したものを咥えるかと思いきや、何もしない。

 

お兄さんを焦らそうと、彼のおちんちんをじっくりと観察した。

 

舐めるように、浮き出た太い血管や色、シワや質感を観察する...もちろん、舐めたりしない。

 

シカンっていうプレイのひとつらしい。

 

先っぽから透明な雫が浮き出てきた。

 

お兄さんが興奮している証拠に、僕は嬉しくなった。

 

口の中に放り込みたいけれど、お兄さんを焦らす作戦の途中だから、ぐっと我慢する。

 

代わりに垂れ落ちたとろみを指ですくい、その指をしゃぶった。

 

「ぺちゃ...ちゅっ、ちゅっ」

 

指をおちんちんに見立てて、いやらしくしゃぶった。

 

鏡へと視線を誘導した。

 

鏡には、僕に馬乗りにされおちんちんを大きくさせているお兄さんが映っている。

 

僕はあの店で、数えきれない客たちの相手をし、彼らの興奮をかきたてるために数々のテクニックを駆使してきた。

 

その道では所謂、プロなのだ。

 

それならば、お兄さんとのエッチの時、その手腕をムカシトッタキネツカで発揮できるはずだ。

 

ところがそれが出来ないのだ。

 

お兄さんと肌を合わせると、僕の過去は浄化され薄汚い行為の記憶は遠のいてしまう。

 

大好きな人とひとつに繋がり合い、滅茶苦茶気持ちいいことをしたくて、我慢できずにおねだりしたり、大好きな人に辱められたくて、変な恰好をすることが大好きな僕。

 

でも、『犬』だった経験がそうさせたわけじゃないということを、お兄さんなら分かってくれているよね。

 

僕がえっちが好きなのは、『犬』の過去は全く関係ない。

 

お兄さんとのえっちが大好きだから、僕はいくらでもえっちになれるってだけだ。

 

こうやって、お兄さんを恥ずかしがらせようと今、頑張ってはいるけれど、上手に煽ることができているかどうか自信がないんだ。

 

昔どうやっていたのかなんて...頭も身体も覚えていない。

 

今この時、お兄さんのおちんちんを握る右手。

 

これはもう『犬』の手ではない。

 

大好きな恋人を愛する、恋人の手なのだ。

 

鏡に映るお兄さんとバチっと目があった。

 

お兄さんは口を半開きにさせて、「欲しい欲しい」と乞う眼で鏡の中の僕を見ている。

 

ふふん、と余裕めかして笑ったところ...。

 

「ああっ!」

 

勢いよく半身を起こしたお兄さんは、僕を羽交い絞めにしたのだ。

 

そして、僕を後ろから抱っこすると、鏡に向かって両膝を左右大きく開かせた。

 

「...っ」

 

「チャンミンの穴...ヤッてもいないのにもう口を開いていないか?」

 

「だって...」

 

そうかもしれない。

 

お兄さんをいたぶっているうちに、「お兄さんのを挿れて挿れて」とお尻の奥がウズウズしてきたから。

 

「さて、と」

 

お兄さんは床に転がっていたチューブを取り上げ、キャップを口に咥えて開栓した。

 

「さあ、始めようか?」

 

と言うと突然、お兄さんはチューブの口を直接、僕の入り口に突き刺した。

 

「うそっ...!」

 

突き刺したままチューブを絞り、僕の中に中身を注入してゆく。

 

「やだ...やだ...!

やだやだっ!

やめて、やめてよ、お兄さん!」

 

お兄さんは僕の「やだ」を無視している。

 

「えっ...!?

全部!?

やだっ...やだ、やだぁ!」

 

両脚をバタつかせると、「愛してる」なんて囁かれるんだ。

 

お兄さん、それは反則だよ。

 

大人しくなるしかない。

 

僕の後ろは徐々に圧迫感で苦しくなった。

 

「よーし、全部入った」

 

「やだ...苦しい」

 

力を抜いたら漏れ出てしまう。

 

「挿れるよ?」

 

「えっ、えっ...あ、ああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

返事をする前に、ずんと一気に貫かれたのだ。

 

満タン状態だった中にお兄さんのおちんちんが挿入されて、お腹の中ははち切れそうだ。

 

何度も何度も突かれるうちに、逆流する苦しい感覚が気持ちいに変わっていった。

 

お兄さんのおちんちんが引き抜かれるごとに、僕の穴から熱いゼリーが内腿に滴った。

 

その溢れ出る感じも快感だった。

 

ぴょんぴょんとお兄さんの上で跳ねる僕。

 

「チャンミン...見ろよ

繋がってるところ...丸見え」

 

「はい」

 

お兄さんのおちんちんが、僕のお尻に深く突き刺さっている。

 

僕のおちんちんはピンと上を向いて、ピストン運動に合わせて上下に揺れている。

 

生々しくいやらしい光景だった。

 

パンパンと、僕らの肌が打ち合う音。

 

「...っ。

...チャンミンっ...尻の力を抜けっ」とお兄さんは呻いた。

 

僕じゃなくて、お兄さんのおちんちんが大きくなり過ぎたせいですよ。

 

下半身が溶けてしまいそうだった。

 

 

 

(つづく)

 

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(39)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

今夜中に段取りをつけたい業務を終わらせるため、俺はベッドにPCを持ち込んでいた。

 

チャンミンはリビングでテレビを見ているようだった。

 

昼間、例の女性アシスタントから調査報告書があがってきたのだ。

 

チャンミンの過去に関するものだった。

 

チャンミンには過去の記録というものがほぼ皆無なため、調査は困難を極めていた。

 

あの店を出発点に探っていくしかなく、例の手紙が有力な手掛かりとなってくれた。

 

調査の続行を指示すると、「もう1件、厄介なことがありまして...」とアシスタントの表情が曇った。

 

「Dさんたちか?」

 

見当はついていた。

 

「はい」

 

「よこせ、と言うんだろう?」

 

「はい」

 

「君のところに訴えてもどうしようもないのにな。

迷惑をかけてすまなかった。

彼らは必死なんだろうが、こちらにとっては関係のない話だ」

 

俺が贅沢な暮らしを実現できたのも、俺を所有していた者から贈られた財産によるものだ。

 

血を分けた家族の頭上を通り越して、赤の他人...しかも卑しい『犬』に莫大な財産を譲ったのだから、俺を激怒し憎んで当然。

 

抗議と恨み節、嫌がらせをされる前に、彼らにはまとまった額を譲ったのだが、早々と使い果たしたのか、不足だったのか。

 

面倒ごとが起きるのが嫌ならば、手放してしまえばいいのだ。

 

贅沢な物に囲まれている暮らしを送ってはいるけれど、そのどれもに愛着も執着はない。

 

意固地になって富を手放さないのには理由がある。

 

それは失われた時と肉体、尊厳の代償だからだ。

 

「何か...されたのか?」

 

彼女は俯いたままで、俺の質問は的を得ていたようだ。

 

「物理的なことは今は未だ...。

あの口ぶりですと、ユノさんの身辺を探っているようでした。

店を買収した件も耳に入っているようでした」

 

買い手の情報が漏れないよう慎重に行動してきたつもりだったが、彼らにはつつぬけなことは最初から予想はしていたのだが...。

 

「分かった。

調査も含めて一旦、俺のことから手を引いてくれ」

 

「ですが...もう少しです」

 

「いや、君に何かあったらいけない。

事務所も移転して、住まいも変えた方がいい。

...一度、彼らと会ってみるよ」

 

「会って話がつくようなものでもないと思われます」

 

「会ってどうにもならないことは分かっているけれど、様子はうかがえるだろう?

君が言いたいことは分かっているよ。

『もういくらか渡せば、ひとまずのところおさまるのでは?』と。

ひとまず、というところがネックなんだよ。

しばらくしたらまた要求してくる。

まるで恐喝されているみたいじゃないか。

全額譲ったとしても、彼らは満足しない。

俺は正当な手続きで相続し、それをさらに増やした。

その分についても、『元本があったからこその収益だ』と、家族の権利をかざして欲しがるだろう」

 

俺を見る彼女の眼差しは、憐れみがこもっていた。

 

憐れまれても腹は立たない。

 

俺の所有者の元で働いていた人物だからかもしれない。

 

「彼らには恨みがあるんだ。

意固地になってケチでいるのは、彼らが許せないからなんだろうね」

 

「分かります。

私は一旦、休止します。

ユノさんも気を付けてください」

 

彼女は一礼すると、部屋を出て行った。

 

 

寝室に顔を出したチャンミンは、ベッドへ駆け寄り俺に抱きついてきた。

 

ぶんぶんと振る尻尾が見えるようだった。

 

上目遣いで俺を見るものだから、おねだりしたいことがあるのだろう。

 

もっとも、チャンミンが欲しがるものは実用的でささやかな物...例えば、徳用ポテトチップス(彼はスナック菓子が好物だ)、便箋セット、温感タイプの潤滑クリーム、よく切れる爪切り...ばかりだった。

 

「お兄さんは欲しいもの、ありますか?」

 

俺の予想と真逆の言葉に、すぐに答えが出てこなかった。

 

「お兄さんが欲しいものは何ですか?」

 

俺の傍らで正座をしたチャンミンは、ニコニコ笑顔で俺の答えを待っている。

 

あらためて尋ねられると、何も思い浮かばないものだ。

 

自由も金も所有しているのに、手に入れたいものは何かと問われると、何も欲しくないのだ。

 

なぜなら、現に今、大切な存在が俺の隣で笑ってくれている...これで十分なのではないだろうか。

 

それ以上に望むものが、何も思いつかない。

 

その可愛くて仕方がない大事なものが、俺から離れていかないように、俺は努力を続けなければならない。

 

俺が欲しいもの...チャンミンが幸福でいてくれること。

 

さらに欲を言うと、ずっと俺の隣で居てくれることだ。

 

「欲しいものはここにあるよ」と答えて、俺はチャンミンの鼻先を突いた。

 

「チャンミン、って言うんでしょう?

分かってますよ」

 

チャンミンは俺の指を払いのけると、ぷぅと頬を膨らませた。

 

「なんだ...わかってて質問したのか?」

 

俺は膝の上のPCをサイドテーブルに置き、「ここにおいでおいで」と毛布をめくりあげた。

 

「お兄さんの言いそうなことくらい、予想つきます」

 

チャンミンは穴倉に飛び込むキツネのようにスポンと俺の傍らにおさまった。

 

「そう言うチャンミンこそ、何が欲しい?」

 

「僕の欲しいものは、お兄さんしか思いつきませんよ」と、チャンミンは即答した。

 

チャンミンの答えは予想がついていた。

 

チャンミンが俺を欲し、必要としてくれる関係性を当たり前なものとして享受している俺だった。

 

「人間じゃなくて、物です。

何が欲しいですか?」

 

「物?」

 

過剰なくらいに揃っている寝室を見回してみた。

 

豊かさとは物の多さではなく、1つ1つの質...そういう意味での「揃っている」だ。

 

「そうだなぁ...」

 

腕を組み、両目をつむって大袈裟なまでに悩んでみせる俺を、チャンミンは瞳をキラキラさせて、上目遣いで待っている。

 

「チャンミンが俺にあげたい、と思ったものがいいなぁ。

お任せにする」

 

「...難しい注文ですねぇ」

 

俺の回答がお気に召さなかったようだ。

 

すると突然、チャンミンはするっと毛布の中にもぐりこんだ。

 

「チャっ...」

 

チャンミンが何をしようとしているのか察知した俺は、「よせ」と彼の頭を押しのけたが、俺の腰にしがみつき、股間に顔を埋めてしまった。

 

「はははっ。

くすぐったい、チャンミンっ!」

 

内股や鼠径部を唇で食むものだからくすぐったくて、ベッドの上を右へ左へと身悶えして転がった。

 

「どうですか?

ギブアップですか?」

 

「まだまだ」

 

チャンミンのおふざけも加速して、俺の脇腹に首筋にと甘噛みする。

 

「ギブアップですか?」

 

「んくくくくっ...。

降参、降参っ!」

 

俺の首筋を舐め回すチャンミンに四肢を絡め、彼の背中を叩いた。

 

じゃれあった結果、あっちこっち乱れ髪のチャンミンは、十分遊んで満ち足りた表情をしていた。

 

「仕方がないですねぇ」

 

チャンミンは俺の下から這い出ると、横たわって俺の脇に鼻先を埋めた。

 

きりっとした太い眉と少女のように密に生えたまつ毛。

 

俺はチャンミンの乱れた髪を梳かしつけてやった。

 

「もうすぐお兄さんの誕生日です」

 

「...?」

 

「お兄さんに誕生日プレゼントをあげたいのです」

 

「そっか...」

 

チャンミンの可愛らしい計画に、胸がこそばゆくなった。

 

 

(つづく)

 

 

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(38)あなたのものになりたい

 

 

~チャンミン~

 

朝晩の冷え込みが厳しく、日が短くなるにつれ、お兄さんとの散歩の時間も早まっていった。

 

真夏の深夜の散歩では、熱のこもった地面や薄着にサンダル履き、オフィス街を歩く者は僕らだけなのに、なぜか浮かれた空気が漂っている。

 

そのワケを探りたくて、飲み屋街へとお兄さんを引っ張っていった。

 

毒々しいネオンサインは、人々の欲を誘う。

 

暑くなるとみんな、あれがしたくなるみたいだ。

 

暑いせいで肌の露出が多い恰好で、男や女を誘っているんだ。

 

羽目を外したがっているんだ。

 

こういうことは、僕には分かるんだ。

 

その浮かれた空気と喧騒がオフィス街まで流れ込んできているせいで、無人なのにも関わらず、僕を興奮させるらしい。

 

お兄さんをビルとビルの隙間に連れ込んだこともあった。

 

僕はお兄さんの前でしゃがみ込み、彼のものを口にふくんだ。

 

お兄さんは僕の大胆な行動にびっくりしていた。

 

一転、冬の街。

 

オフィス街は暗く固く、よそよそしくて、足音がよく響くのは空気がきりっと引き締まっているからだと思う。

 

分厚いコートやマフラーに身を包み、足早にその場を去ろうとする人々で、空気だけじゃなく雰囲気までピリピリとしているように感じられた。

 

すぅっと息を吸ってみる。

 

その空気の冷たさに、血が通った温かい肉体を持つことを感謝した。

 

季節の移り変わりを肌で感じる...初体験だった。

 

「さむっ...」

 

マフラーに顎をうずめ、お兄さんと繋いでいた手を放して、彼の腕にしがみついた。

 

くんくんとお兄さんのコートの匂いを嗅いだ。

 

落ち着く匂いだ。

 

靴に踏まれ粉々になった落ち葉の残骸が、縁石の縁に固まっている。

「雪...見てみたいなぁ」

ぽつりとつぶやいたら、お兄さんは僕の肩を抱き寄せた...ちょっと強引な感じに。

 

「待っていれば近いうちに降るよ」

 

「雪だるま、作れますかね?」

 

「うちにはバルコニーがあるじゃないか」

 

「楽しみです」

 

 

 

「10ケースから全部空になったのは1ケース。

次のケースは8本空になったのだから、全部で12足す8イコール20本空になった。

120引く20イコール100本。

あと100本かぁ」

 

僕はパントリーに積み上げられたケースを前に、計算をしていた。

 

僕が間違って注文してしまい、イチゴのリキュールが120本届いたのは初夏のことだ。

 

当時の僕はかろうじて数字を認識できる程度で、文章を読むことが出来なかった。

 

お兄さんと幾晩もお酒を楽しみたかった僕は、1本じゃ足りないから10本注文することにしたのだ。

 

説明書きにあった1ダースの単位も知らなかったし、12本入りを見落としていた。

 

カートに乗せた10個のケースを、配達員さんは汗をかきかき運びこんだ日。

 

玄関に積み上がられたイチゴリキュールが詰まったケース。

 

自分はいったい何をやらかしてしまったのかと、ワケが分からなくなった。

 

「半年で20本飲んだから、20割る6イコール3本と余りが3。

1か月で3本と0.3本。

違う違う。

こんな面倒な計算はしなくてよくて...1年で40本と考えればいいんだ。

100割る40イコール2.5。

これを全部飲んでしまうのに2年半はかかるかぁ...」

 

2年半後もお兄さんの隣にいられたらいいなぁ...。

 

「さっきからぶつぶつとどうした?」

 

計算に必死になっていて、パントリーに入ってきたお兄さんに気付けなかった。

 

「全然減らないなぁと思って、計算していたんです」

 

「義務みたいに飲まなくていいんだ。

飲みたい時にちびちびと、ゆっくりと消費してゆけばいい」

 

「そうですね。

慌てなくていいんですね」

 

僕はお兄さんに抱きついて、彼の首筋をぺろぺろした。

 

「こらっ!」

 

「おに~さん。

えっちしたいです」

 

甘えた僕はお兄さんの首にぶら下がった。

 

 


 

 

~ユノ~

 

あの店を解体し、更地にする計画が実行された。

 

その際、ある注文を解体業者に依頼していた。

 

それは、パーソナルな物を発見したら破棄したりせず、必ず俺の元へ提出すること。

 

チャンミンをはじめとする『犬』たちは、着の身着のまま『犬』にやつし、自ら覚悟を持って店に来た者を除いて、私物を持ち込む余裕はそれほどない。

 

小さなロッカーは与えられているが、収納したい物などわずか。

 

いくつの頃から『犬』でいたのか定かじゃないチャンミンの場合、私物はほとんどないだろう。

 

前の買い主から用意されたTシャツとデニムパンツ、スニーカーだけだったし、チャンミンから「取りに行きたい」という要望は一度もなかった。

 

でも、もしかしたら何かチャンミンにまつわるものが出てくるかもしれない。

 

チャンミンの過去について知らないことだらけの俺は、もっと彼を愛したくて、彼を知りたいと思ったのだった。

 

 

報告があった。

 

チャンミンが店一番の売れっ子になり、ガラス張りのショーウィンドウに飾られる前、彼が寝床として使っていた寝台から見つかった。

 

それは、マットレスとフレームの隙間に隠された、ビニール袋にくるまれた茶封筒だった。

 

手紙だった。

 

粗末な便箋で、チャンミンの手によって何度も開かれたらしく、折り目が破れかけていた。

 

チャンミンの話は本当だった。

 

俺は今まで、チャンミンの一体何を見てきたのだ?

 

俺はただチャンミンを抱くだけで、彼の身体を堪能しただけだったのではないか?

 

チャンミンはこう話していた。

 

『捕まって...売られちゃったんですよねぇ。

家族とはずーっと会ってません。

でも、「頑張ってね」「チャンミンのおかげで、幸せに暮らせてるよ」って、手紙をくれたんですよ』

 

手紙の話はチャンミンが強がってついた嘘だと、思い込んでいた。

 

こうあって欲しいと、願望を口にしただけだと。

 

たった1通の親からの手紙。

 

手紙の話は本当だった。

 

チャンミンは文字が読めなかった。

 

だから、手紙の内容はチャンミンの想像と理想。

 

手紙の存在を信じなかった自分が情けなかった。

 

その手紙は読めなかった。

 

これはチャンミン宛の手紙だ。

 

俺が読むべきではない。

 

 

(つづく)

 

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(37)あなたのものになりたい

 

 

~チャンミン~

 

お兄さんについて知らないことばかりだ。

 

自ら教えてくれるのを待たずに、僕から尋ねてみればよいのかな。

 

この前、お店を訪れ『犬』を買った理由について教えてもらった。

 

苦しそうな表情で語るお兄さんは、罪の意識にサイナまれている。

 

それを和らげてあげるには、僕は何をすればいいのかだろうか。

 

お兄さんのことをもっと沢山、知ってあげることがそのひとつなのかなぁと、僕は考えたんだけど、間違っているのかな。

 

僕はお兄さんの「今」しか知らないし、これからもずっと「今」が続けばいいと願っている。

 

お兄さんの身体はすみずみまで知っている。

 

僕が知らないのは、お兄さんの「過去」だ。

 

お兄さんを苦しめているものは、「過去」なんだ。

 

過去のことは尋ねない...その訳は語りたがらない相手を想ってのことだったり、自分たちには「過去」など必要ないからだったり...。

 

でも僕は、そんな大人っぽい考え方は知ってはいるけれど、実行は出来ない。

 

教えてもらうには、僕の方からも教えてあげればいいんだ。

 

僕には過去なんてないようなものだったし、敢えてお兄さんに知らせる必要はないと思っていた。

 

知らせることでお兄さんにショックを与えてしまうのなら、知らせないでいたい。

 

でも、そういうわけにはいかなくなったんだ。

 

僕にとって都合の悪い情報であっても、お兄さんのことを知りたい。

 

だって、僕はお兄さんの恋人なんだから。

 

あの店で『犬』...僕を買った理由を教えてもらった時、僕は全然平気だった。

 

だからどんな内容でも、僕はヘイゼンとしていられると思う。

 

 

お兄さんに買ってもらったニットは肌触りが最高で、素肌に着てもチクチクしない。

 

暖炉を模した暖房器具の、揺らめく偽物の炎を飽きもせず眺めていた。

 

しばらくそうしていた後ハッとして、問題集に目を落とした。

 

近頃は計算問題に夢中になっていた。

 

お兄さんは何かを作っているようで、台所からスパイスの香りが漂ってくる。

 

ペンケースの隣にことりと、ガラス製のマグカップが置かれた。

 

深い赤色の液体が満たされ、何か実のようなものが浮いていた。

 

幸せだなぁ。

 

お兄さんの家に来てしばらくは、心地よい温かさで心を満たす感覚に慣れなかった。

 

その感覚とは幸福感で、僕みたいな人間が受け取る資格があるのかなと、戸惑う僕の表情に、お兄さんは「それでいいんだよ」と頷いてみせた。

 

今の僕はこの幸福感を、当たり前のように受け取り、味わっている。

 

いいのかなぁ、と不安になる。

 

お兄さんに買われたことで、無感動に生きる『犬』の人生は終わった。

 

イヤなことはずーっと続かないことを知った。

 

...ということは、その逆も有り得るんだ。

 

「熱いうちが美味しいよ」

 

お兄さんに促されて、カップに口をつけた。

 

「いい香りですね」

 

ホットワインが滑り落ちてすぐ、喉とお腹がかぁっと熱くなった。

 

「甘くて美味しいです、身体が温まります」

 

お兄さんはニコニコしながら、僕を見守ってくれる。

 

 

つい先ほどまで、僕は屋上庭園の草木が落とした落ち葉をかき集めていた。

 

風は冷たく乾燥していて、僕はマフラーを巻き直した。

 

肌で感じる季節感のうち、夏と秋は経験済で次は冬だ。

 

夏の暑さは新鮮だった。

 

冷暖房完備の環境で暮らしてきた僕は、全身を包み込む湿度高い空気、じっとしているだけで汗が吹き出し、眩しすぎて目を開けていられない空...庭園の植物たちは横へ上へと葉を伸ばしていて...夏とは生命の季節だと知った。

 

この頃からだったっけ。

 

チョーカーに汗じみを付けたくなくて、外す機会が多くなったのは。

 

この前お兄さんにそう指摘されて、僕は慌てて汚れた首を隠した。

 

「いや...隠さなくていいよ、そのままでいい」

 

お兄さんは僕の手を優しくほどいて、指と指とを絡め合わせた。

 

「しないで済む方が、俺は嬉しい」

 

「ホントですか?」

 

「ああ」

 

「嬉しい、です」

 

付けていない方が楽だって、僕も考えていたんだ。

 

 


 

 

~ユノ~

 

リサーチや雑務一般を依頼しているアシスタントの女性が我が家を訪れた。

 

彼女は俺の元所有者の時代から勤めているため、全てを知り尽くしており、信頼できる人物だ。

 

ただ、彼女の訪問日は、嫉妬心を一切隠さないチャンミンに、ヒヤヒヤすることになる。

 

今日は調査依頼していた件の結果報告の為の訪問だった。

 

彼女を伴ってリビングを通る際、チャンミンに声をかけたが、ゲーム中の彼はちらとも振り向かない。

 

今日は完全無視作戦か...。

 

俺は彼女に対して、信頼はしているがやましい感情は一切抱いていない。

 

そのことは口が酸っぱくなるほど言い聞かせたのに...仕方がない奴だ。

 

彼女に苦笑してみせると、彼女は「嫌われたままですね」と肩をすくめた。

 

 

一通りの報告を受けた頃、俺の感情は乱れていた。

 

胸がつまる、というか、いたたまれない、というか。

 

ポーカーフェイスを保っていられなくて動揺する俺を、彼女は見守っていた。

 

こんこん、とノックの音に、返事をする前にドアが開いた。

 

チャンミンだった。

 

トレーに乗せたカップと菓子を載せた皿がカチャカチャと、音をたててうるさかった。

 

リビングでじっと待っていられなくて、俺たちの偵察に来たのだろう。

 

カップを置く手が震えている。

 

コーヒーは薄過ぎるし、ソーサーになみなみとコーヒーがこぼれていた。

 

ミルクと砂糖は用意されていたが、スプーンがなかった。

 

皿に乗せられたドーナツは、先ほどチャンミンが食べていたものと同じだった。

 

「失礼しました」

 

チャンミンは会釈すると、ドアノブに手をかけるまで振り向いては、俺を上目遣いで睨んでいた。

 

「もうすぐ終わるよ」となだめたけれど、聞こえないフリをしてそのままドアを閉めてしまった。

 

子供っぽく正直で、賢くて優しいチャンミンが可愛くて仕方がない。

 

先ほど知った情報のこともあり、チャンミンなりに一生懸命な姿に胸をつかれた。

 

 

(つづく)

 

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