保護中: 大好きだった

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義弟(78)

 

 

~チャンミン17歳~

 

アトリエで抱き合う時はいつも、不意の来客や帰宅時間を気にしていた。

 

イベント先のホテルでは確かに素晴らしいものだったけれど、X氏のことで頭がいっぱいで、義兄さんをまるごと味わい尽くすまではいっていなかった。

 

今日は違う。

 

「ホテルに行きたい」

 

大人な発言に、たくさんの勇気が必要だった。

 

前に後ろにとひっくり返されるたび、違うところが刺激される。

 

繋がる角度を変えても、特に敏感なところを義兄さんはたちまち見つけ出して、そこばかり集中的に攻めるのだ。

 

「チャンミンはこれが好きだよね」と、視覚的にも僕を煽るのだ。

 

顎と両肩を床にぺたりとくっつけ、腰だけを高く突き出した姿勢。

 

真下へと義兄さんのものが突き落とされると、内臓にずんと響く。

 

埋められた義兄さんのものを肌ごしに感じとれるんじゃないかと、確かめようと下腹に触れてしまう。

 

義兄さんが言うには、僕は関節が柔らかいのだとか。

 

同じことをX氏にも言われたことがあって、一瞬彼の汚らしい顔が浮かびそうになって、その記憶を振り払った。

 

違う...X氏の時は無理やりのものだ。

 

義兄さんに身を任せると、僕の身体は軟体動物に変化して、彼の要望通りにどんな体位でも応えられるのだ。

 

身体を濡らしていたシャワーのお湯は、いつしか塩辛い汗に変わっていた。

 

浅黒い僕の肌と、興奮で上気した義兄さんの白い肌。

 

このコントラストに、ああ、僕らは抱き合っているんだと、実感するのだ。

 

気持ちがいい。

 

幸せだ、って。

 

ずっとこの時が続いて欲しいって。

 

最後には呼吸困難になってしまい、白目をむいてひーひー言う僕の背を撫ぜてくれる。

 

義兄さんは虚脱しきった僕の身体を、背後から抱きしめていた。

 

 

 

 

後始末も兼ねて、僕らはもう一度共にシャワーを浴びた。

 

義兄さんは僕の全身を、泡立てた固形石鹸を滑らせて洗ってくれた。

 

僕も義兄さんの全身を、真っ白な泡のクリームまみれにした。

 

僕らはずっと笑っていた。

 

笑い過ぎて、泡が口に入ってしまう。

 

義兄さんにその口を塞がれてかき回され舐めとられて、唇を離した彼は「美味しいものじゃないな」って、笑っていた。

 

義兄さんの目尻のしわを、カッコいいと思った。

 

 

 

 

「義兄さんにあげたいものがあります」

 

「なんだろう。

楽しみだなぁ」

 

義兄さんは飲み干したスポーツドリンクの缶をテーブルに置くと、姿勢を正して座り直した。

 

2か月越しにやっとで渡せるものだった。

 

ディパックから出したものを背中に隠した。

 

「遅くなってしまいました。

誕生日プレゼントです」

 

義兄さんの眼は期待の光でキラキラしていて、僕は急に自信がなくなった。

 

「どうぞ」

 

紙袋から、リボンをかけた箱を手渡した。

 

「僕の...気持ちです」

 

その箱は、義兄さんの大きな手に相応しい品格があった...僕にはそう見えた。

 

リボンを解く義兄さんの指を、僕はじぃっと見守った。

 

義兄さんの手は震えておらず、さすが大人だと思った。

 

ドキドキした。

 

怒られるかもしれない。

 

心臓が喉から飛び出そうだった。

 

ついに蓋が開いた。

 

義兄さんの瞳が一瞬拡大した。

 

すっと息を吸ったまま、呼吸を忘れてしまったかのように、義兄さんは箱の中身に視線を落としたまま、黙りこくっている。

 

やっぱり...。

 

気に入ってもらえるかどうかより、心配しなければならないのは、怒られることだった。

 

「チャンミン...お前はなぁ...」

 

怖くなった僕はうつむいて、咎めているだろう義兄さんの視線から逃れた。

 

「ここに座って」

 

義兄さんはソファの座面を叩いた。

 

僕にモデルを依頼した日は、義兄さんの隣に座るものかと、ソファの端っこに座ったんだ。

 

今の僕も、義兄さんが怖くて少し離れたところに座った。

 

「もっと近くにおいで」

 

僕の肩は義兄さんに引き寄せられ、僕の頭は彼の肩に押し当てられた。

 

「驚かせるんだから。

随分なものをくれるんだから」

 

「...ごめんなさい」

 

「なぜ謝る?」

 

義兄さんは箱の中のものをそぅっと取り出して、手首に巻いた。

 

手つきが丁寧だった。

 

「ありがとう」

 

義兄さんの背中に腕を回し、力いっぱい抱きしめた。

 

義兄さんは「高かっただろ?」とも、「どこからこんなお金を?」とも、一言も口にしなかった。

 

そのことが嬉しかった。

 

僕の頭は優しく何度も撫ぜられた。

 

僕の頭に置かれた義兄さんの手首から、秒針の音は聴こえない。

 

高いなんてひとことで済まされない程、高かったものだもの。

 

滑らかに針は時を刻む。

 

1年分のバイト代をはたいて買ったものだった。

 

高校生ひとりで足を踏み入れるには相応しくない店で、Mに付き添ってもらった。

 

いつか贈ろうと計画していた。

 

姉さんが贈ったブレスレットより、高価なものだ。

 

...多分。

 

 

(つづく)

 

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義弟(77)

 

 

~ユノ34歳~

 

 

その日は曇り空だった。

 

午前の早い時間にチャンミンの自宅まで迎えに行った。

 

行き先については譲り合いで、なかなか決まらなかった。

 

夏服でも買ってやろうかとショッピングセンターを提案したが、首を振られてしまった。

 

「どこに行きたい?」と尋ねると、チャンミンは「どこへでも」と答えた。

 

「義兄さんは行きたいところ、ありますか?」と尋ねられ、チャンミンと一緒なら行き先なんてどこでもよかった俺は、「どこへでも」と答えた。

 

「じゃあ、どうする?」

 

「ホテルに行きたいです」

 

あのイベント以来、素直になったチャンミンははっきりと言った。

 

「ドライブしてホテルに行って、ドライブして帰るのです」

 

「...わかった」

 

俺たちは会えば必ずヤラずにはいられない。

 

言葉の交わし合いが必要だとこれまでを反省したそばから、こうだ。

 

仕方がない...俺たちはこうするしか、愛情確認ができない。

 

 

 

 

自宅から2時間離れた場所、その手のところではなく、ミドルクラスのシティホテルだった。

 

俺たちは不倫カップル。

 

手ぶらの男同士が連れ立って、真昼間にチェックインする姿は不自然か...そうでもないか、兄弟、先輩後輩同士の場合もあるわけで...。

 

いくつもの言い訳を思い浮かべてしまう点が、悪いことをしている後ろめたさの意識があるせいだ。

 

案内を断り、キーを受け取った。

 

エレベータでも廊下でも、チャンミンの身体にはあえて一切触れなかった。

 

ただし、部屋のドアを開けるまでは。

 

この焦らしがこれからする行為への興奮を高めるのだ。

 

物欲しげなチャンミンの熱い目と目が合えば、「あと少しだ、我慢だ」の意を込めて見返した。

 

入るなり、互いの顔を引き寄せ舌を絡め合う。

 

チャンミンはディパックを床に落とした。

 

むしり取るように服を脱ぎ出すチャンミンを制した。

 

「慌てなくていい。

時間はある」

 

チャンミンにはこう言ったが、時間は限られていた。

 

俺たちの邪魔をするのは時間だけだ。

 

時間に追われながら抱き合うのはこれまでと変わらないが、俺たちの邪魔をする者はいない。

 

スマホの電源を落とし、仕事上の友人たちからの、そして妻からの連絡手段を絶った。

 

「風呂に入ろうか?」

 

「...僕と?」

 

「他に誰がいる?

一緒は嫌?」

 

「いいえ」

 

チャンミンは泣き笑いの表情で、首を振った。

 

 

 

 

シャワーの下に立った俺たちは、キスの続きを再開した。

 

頭上から降り注ぐお湯により、唇から垂れ漏れる唾液は流される。

 

「足をここに乗せて」

 

チャンミンは片足をバスタブの縁にかけ、俺の首に両腕を回した。

 

俺の手はチャンミンの背中から谷間の先端の間を何度も往復し、焦れたチャンミンに手首をつかまれ、そこへと誘導された。

 

中心点を探り当てた指でほぐし広げてゆくのだが、1か月ぶりにしては、そこは早々と指を飲みこんだ。

 

「ひとりでいじってたのか?」

 

俺の肩に額を押しつけていたチャンミンは、こくりと頷いた。

 

「俺を思って?」

 

「...はい」

 

「毎日?」

 

「義兄さん!」

 

睨みつけるチャンミンをなだめるように、額に口づけた。

 

笑みの形になった眼に、俺も微笑んでみせた。

 

ほぐしの段階でチャンミンの身体は、俺が腰を支えてやらないと崩れ落ちそうになっていた。

 

埋めた中で2本の指が蠢くごとに チャンミンの膝は小刻みに震えた。

 

チャンミンの勃ちあがったものも、ふるふると震えていた。

 

先端を濡らすとろみあるものは、水じゃない。

 

「義兄さんっ...早く...」

 

その頃にはチャンミンは立っていられなくなっていて、俺の胸にしがみついていた。

 

口は開きっぱなしになっている。

 

「チャンミンのお願いに応えてやるよ」

 

俺はチャンミンを肩に担ぎ上げた。

 

チャンミンはじっとしている。

 

過去にホテルの浴室で倒れていたチャンミンを、ベッドまで運んだことがあった。

 

X氏の一件だ。

 

あの時のチャンミンは唇を血で染め、酒に酔って朦朧としていた。

 

この子は出逢った時から今に至るまで、常に一生懸命だった。

 

危なっかしく不安定なこの子を、俺は全力で支えてやらないといけない。

 

俺の肩の上で大人しく身を預けるチャンミン。

 

むごいことにもうしばらくの間は...少なくともあと1年間は、チャンミンは我慢を強いられる。

 

たった今日一日の思い出が、今後耐えうるだけの支えになるはずはない。

 

そうであっても、今日一日は心を尽くして丹念に、愛そうと思った。

 

 

 

 

脱力したチャンミンを、優しくベッドに降ろした。

 

ベッドカバーが濡れるのも構わず、チャンミンを跨いで身体を伏せた。

 

額同士を合わせ、とろんと半眼になったチャンミンと目を合わせた。

 

「義兄さん...好きです」

 

「分かってるよ」

 

チャンミンの両目がうるんできた。

 

「今から泣くのか?

泣くのはこれからだぞ?」

 

「え...泣くようなこと!?

やだ...」

 

冗談のひと言を、チャンミンは違う意味にとったようだった。

 

「あまりにもよすぎて、チャンミンが泣いてしまうよ、って意味」

 

下がってしまった眉尻を、親指でもみほぐしてやった。

 

「...なんだ。

びっくりさせないでください」

 

「好きなだけ声を出していい」

 

「義兄さ...!」

 

チャンミンの口を手の平ですっぽり覆った。

 

「今日は『義兄さん』じゃない。

『ユノ』だ」

 

「......」

 

「呼べる?」

 

チャンミンはぷいっと顔を背けてしまった。

 

「...無理です。

癖になってますから。

それに...恥ずかしいです」

 

「ユノ、って呼ぶのが?」

 

「はい。

...それに。

僕は『義兄さん』と呼んでますけど、『義兄さん』のつもりでいませんから。

最初から、義兄さんは『義兄さん』じゃないんです。

...僕の中では。

義兄さんは『義兄さん』っていう名前なだけです」

 

「名前が『義兄さん』?」

 

「はい。

...ダメですか?」

 

俺は言いかけた言葉を飲み込み、「ダメじゃないよ」と答えた。

 

「1年後には『義兄』じゃなくなって、『義兄さん』と呼ばなくて済むんだぞ?」

 

と、チャンミンを喜ばせる台詞...過剰な期待を持たせるような台詞...は軽々しく口にできなかった。

 

チャンミンは分かっているようだった。

 

 

(つづく)

 

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義弟(76)

 

~ユノ34歳~

 

その日は曇り空だった。

 

午前の早い時間にチャンミンの自宅まで迎えに行った。

 

行き先については譲り合いで、なかなか決まらなかった。

 

夏服でも買ってやろうかとショッピングセンターを提案したが、首を振られてしまった。

 

「どこに行きたい?」と尋ねると、チャンミンは「どこへでも」と答えた。

 

「義兄さんは行きたいところ、ありますか?」と尋ねられ、チャンミンと一緒なら行き先なんてどこでもよかった俺は、「どこへでも」と答えた。

 

「じゃあ、どうする?」

 

「ホテルに行きたいです」

 

あのイベント以来、素直になったチャンミンははっきりと言った。

 

「ドライブしてホテルに行って、ドライブして帰るのです」

 

「...わかった」

 

俺たちは会えば必ずヤラずにはいられない。

 

言葉の交わし合いが必要だとこれまでを反省したそばから、こうだ。

 

仕方がない...俺たちはこうするしか、愛情確認ができない。

 

 

自宅から2時間離れた場所、その手のところではなく、ミドルクラスのシティホテルだった。

 

俺たちは不倫カップル。

 

手ぶらの男同士が連れ立って、真昼間にチェックインする姿は不自然か...そうでもないか、兄弟、先輩後輩同士の場合もあるわけで...。

 

いくつもの言い訳を思い浮かべてしまう点が、悪いことをしている後ろめたさの意識があるせいだ。

 

案内を断り、キーを受け取った。

 

エレベータでも廊下でも、チャンミンの身体にはあえて一切触れなかった。

 

ただし、部屋のドアを開けるまでは。

 

この焦らしがこれからする行為への興奮を高めるのだ。

 

物欲しげなチャンミンの熱い目と目が合えば、「あと少しだ、我慢だ」の意を込めて見返した。

 

入るなり、互いの顔を引き寄せ舌を絡め合う。

 

チャンミンはディパックを床に落とした。

 

むしり取るように服を脱ぎ出すチャンミンを制した。

 

「慌てなくていい。

時間はある」

 

チャンミンにはこう言ったが、時間は限られていた。

 

俺たちの邪魔をするのは時間だけだ。

 

時間に追われながら抱き合うのはこれまでと変わらないが、俺たちの邪魔をする者はいない。

 

スマホの電源を落とし、仕事上の友人たちからの、そして妻からの連絡手段を絶った。

 

「風呂に入ろうか?」

 

「...僕と?」

 

「他に誰がいる?

一緒は嫌?」

 

「いいえ」

 

チャンミンは泣き笑いの表情で、首を振った。

 

 

シャワーの下に立った俺たちは、キスの続きを再開した。

 

頭上から降り注ぐお湯により、唇から垂れ漏れる唾液は流される。

 

「足をここに乗せて」

 

チャンミンは片足をバスタブの縁にかけ、俺の首に両腕を回した。

 

俺の手はチャンミンの背中から谷間の先端の間を何度も往復し、焦れたチャンミンに手首をつかまれ、そこへと誘導された。

 

中心点を探り当てた指でほぐし広げてゆくのだが、1か月ぶりにしては、そこは早々と指を飲みこんだ。

 

「ひとりでいじってたのか?」

 

俺の肩に額を押しつけていたチャンミンは、こくりと頷いた。

 

「俺を思って?」

 

「...はい」

 

「毎日?」

 

「義兄さん!」

 

睨みつけるチャンミンをなだめるように、額に口づけた。

 

笑みの形になった眼に、俺も微笑んでみせた。

 

ほぐしの段階でチャンミンの身体は、俺が腰を支えてやらないと崩れ落ちそうになっていた。

 

埋めた中で2本の指が蠢くごとに チャンミンの膝は小刻みに震えた。

 

チャンミンのものも、ふるふると震えていた。

 

先端を濡らすとろみあるものは、水じゃない。

 

「義兄さんっ...早く...」

 

その頃にはチャンミンは立っていられなくなっていて、俺の胸にしがみついていた。

 

口は開きっぱなしになっている。

 

「チャンミンのお願いに応えてやるよ」

 

俺はチャンミンを肩に担ぎ上げた。

 

チャンミンはじっとしている。

 

過去にホテルの浴室で倒れていたチャンミンを、ベッドまで運んだことがあった。

 

X氏の一件だ。

 

あの時のチャンミンは唇を血で染め、酒に酔って朦朧としていた。

 

この子は出逢った時から今に至るまで、常に一生懸命だった。

 

危なっかしく不安定なこの子を、俺は全力で支えてやらないといけない。

 

俺の肩の上で大人しく身を預けるチャンミン。

 

むごいことにもうしばらくの間は...少なくともあと1年間は、チャンミンは我慢を強いられる。

 

たった今日一日の思い出が、今後耐えうるだけの支えになるはずはない。

 

そうであっても、今日一日は心を尽くして丹念に、愛そうと思った。

 

 

脱力したチャンミンを、優しくベッドに降ろした。

 

ベッドカバーが濡れるのも構わず、チャンミンを跨いで身体を伏せた。

 

額同士を合わせ、とろんと半眼になったチャンミンと目を合わせた。

 

「義兄さん...好きです」

 

「分かってるよ」

 

チャンミンの両目がうるんできた。

 

「今から泣くのか?

泣くのはこれからだぞ?」

 

「え...泣くようなこと!?

やだ...」

 

冗談のひと言を、チャンミンは違う意味にとったようだった。

 

「あまりにもよすぎて、チャンミンが泣いてしまうよ、って意味」

 

下がってしまった眉尻を、親指でもみほぐしてやった。

 

「...なんだ。

びっくりさせないでください」

 

「好きなだけ声を出していい」

 

「義兄さ...!」

 

チャンミンの口を手の平ですっぽり覆った。

 

「今日は『義兄さん』じゃない。

『ユノ』だ」

 

「......」

 

「呼べる?」

 

チャンミンはぷいっと顔を背けてしまった。

 

「...無理です。

癖になってますから。

それに...恥ずかしいです」

 

「『ユノ』って呼ぶのが?」

 

「はい。

...それに。

僕は『義兄さん』と呼んでますけど、『義兄さん』のつもりでいませんから。

最初から、義兄さんは『義兄さん』じゃないんです。

...僕の中では。

義兄さんは『義兄さん』っていう名前なだけです」

 

「名前が『義兄さん』?」

 

「はい。

...ダメですか?」

 

俺は言いかけた言葉を飲み込み、「ダメじゃないよ」と答えた。

 

「1年後には『義兄』じゃなくなって、『義兄さん』と呼ばなくて済むんだぞ?」と、チャンミンを喜ばせる台詞...過剰な期待を持たせるような台詞...は軽々しく口にできなかった。

 

チャンミンは分かっているようだった。

 

(つづく)

 

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義弟(75)

 

~チャンミン17歳~

 

ベッドにうつ伏せになった僕は、掛布団のストライプ柄を睨んでいた。

 

これほどまでに大好きになっていたなんて。

 

好きになり過ぎて、義兄さんの言葉や仕草の全部に、僕は容易に揺さぶられる。

 

義兄さんの全部を感じとろうと、全身のセンサーの目盛りは常に最大だ。

 

過去の恋愛と比較したくてもそれはできない。

 

だって、義兄さんが初めてだったから。

 

恋ってワクワクするけど、苦しいものなんだと知った。

 

不安に押しつぶされそうになったり、泣いたり、責めたり...笑ったり...目まぐるしい。

 

激しいアップダウンにへとへとになってリタイヤしたくても、それが出来ない。

 

寝返りをうち、真っ暗の室内で灯る天井の常夜灯を見上げた。

 

「......」

 

家族たちが寝静まった真夜中。

 

住宅街の夜は静かだ。

 

暗闇に幸せや喜びの光がぽつんぽつんとあって、それはとても頼りない瞬きだ。

 

その光を頼りに、障害物にすねをぶつけたり転んだりしながら、僕は前進する。

 

高校生の僕には、「恋愛とは何ぞや?」を悟るには経験値が乏しすぎる。

 

同級生や後輩、先輩...せいぜい、身近なところで彼氏彼女を作って恋愛ごっこ。

 

僕は大人で凄い人と恋愛をしている。

 

自分が誇らしかった。

 

自身の容貌を鼻にかけて、周りを小馬鹿にしていたのは、気が小さい故に臆病さを隠すためだったんだ。

 

今の僕は違う。

 

同級生も教諭も両親も、僕の視界から消えていた。

 

僕の世界を占めているのは義兄さんだけ。

 

僕には義兄さんしかいない...。

 

自分の中に1本、義兄さんという太く確かな頼もしい柱ができた。

 

 

僕の手は前に及ぶ。

 

お風呂のお湯がしみて痛むそこは、触れるのが辛かった。

 

義兄さんと比べて僕は若い。

 

どろりと手を汚したものを、ティッシュペーパーで拭き取りながら思った。

 

無限に湧いてくるこれを、僕は持て余している。

 

 


 

~ユノ34歳~

 

Bを乗せた車は自宅へと向かっていた。

 

Bは無言で、眠ってしまったのかと助手席を横目でうかがうと、彼女の視線はサイドウィンドウの向こうにあった。

 

かと思うと、思い立ったかのように旅先の出来事を語り出す。

 

「...それでね、値切ったんだけど頑固でね、譲らないのよ。

話にならなくて、お店を出ようとしたら、お店の主人は追いかけてきたの」

 

「へぇ」

 

「ユノのお土産はいつも通り、免税店のもので...ごめんなさい」

 

「いいさ」

 

Bの話に相づちをうち、笑いを挟んだ。

 

俺への土産は、B気に入りの高級ブランドの財布だった。

 

それから、「お揃いにしたから」とついで買いしたスマホカバーは、俺の機種には装着できないものだった。

 

買い替えたことをBには話していなかったから、仕方がない。

 

前のスマホは、チャンミンが壊してしまった。

 

アトリエで絡み合っていたある日、俺の動きに耐えかねて逃れたチャンミンが、床に転がっていたそれの上にまとも落下したのだ。

 

蜘蛛の巣模様のヒビがはしった無残なそれに、怒るどころか大笑いしたのだ。

 

まるでサイズの合わないケースと端末に、俺とBとの間に齟齬が現れているようで、なぜだか安心した。

 

Bから離れる理由がひとつ増えたと、俺は密かに喜んだのだった。

 

申し訳ないと、妻へと向ける懺悔の気持ちを持ってはいけない。

 

これからの俺はどこまでも、冷酷であるべきなのだ。

 

 

チャンミンの下校時間に合わせて、彼が通う学校の正門前に車を停めた。

 

俺もチャンミンも男だ。

 

加えて親戚同士で、特に不自然な状況じゃない。

 

週末に会う約束をしていたが、その日まで待ちきれなかったのだ。

 

イベントから既に一か月が経っていた。

 

多忙を極めていたせいで、ドライブの約束を3度も延期していた。

 

絵画の価格が跳ね上がり、会期中は猶予してもらっていた仕事に追われていた。

 

副業のウェイトが高い現在の状況を、チャンミンの為にも少しずつ逆転させてゆきたかったのだ。

 

X氏との対峙も控えている。

 

引き受けている依頼を、ひとつひとつ片付けてゆく。

 

ひとつひとつ、身軽になっていく。

 

 

10代の顔は、その者本来の骨格は薄い脂肪で覆われ、表情をつくる筋肉も柔らかい。

 

子供時代から大人への移行期、わずか1、2年間しか見られないの貴重な時。

 

今のチャンミンは、既に大人の顔になりつつある。

 

15歳のチャンミンと出逢ったばかりの俺だったら、そのことを寂しく惜しんでいただろう。

 

作品制作のインスピレーションを与えてくれる対象物として、チャンミンを見ていたのだから。

 

今の俺は、一刻も早くチャンミンには大人になってもらいたかった。

 

 

懐かしいな。

 

正門から吐き出される、制服姿の若者たちを眺めていた。

 

えんじ色のネクタイに真っ白なシャツがまぶしい。

 

30を過ぎた俺には、高校生の彼らは異世界の生き物だ。

 

彼らが何を考え、何が彼らの中で流行っているのか、俺には分からない。

 

未来しか見えていない頃。

 

俺自身の10代と比較するたび、ぞっとするのだ。

 

何度も何度も、俺を苦しめるのだ。

 

チャンミンは17歳だと、俺と17年も年が離れていることを。

 

彼らの若さが眩しすぎて、俺はサングラスをかけた。

 

チャンミン!

 

二人組だったりグループを作ってそぞろ歩く彼らと距離を置いて、ひとりで歩いていた。

 

上の空な無表情だった。

 

前を歩く学生たちの間をぬって、足早に前に出た。

 

俺に気付かず行ってしまいそうで、呼び止めようと車を降りかけた時。

 

勢いよくチャンミンが振り向いた。

 

チャンミンは迷う間もなく、こちらに駆けてきた。

 

予定外の遭遇に目を丸くするのはチャンミンの方だったが、今のは俺の方が目を見開いていた。

 

シャツの中で泳ぐほど細身の半身と、子ども子供した後頭部を見せていたのに、振り向き、俺の姿を認めた時のチャンミンときたら...。

 

恋人の顔をしていた。

 

年齢差など関係ないのだ。

 

時おり子供っぽい言動を見せるけれど、抱き合いほほ笑み合う時は年齢という概念は消えている。

 

俺は俺で、チャンミンはチャンミンだ。

 

15歳のチャンミンと出逢った時から、彼の年齢は最初から関係なかった。

 

俺も自身の年齢を忘れた。

 

この発見が、俺の罪悪感を薄めてくれる。

 

「...義兄さん。

お久しぶりです」

 

助手席に座ってすぐ、チャンミンは汗で光るうなじをハンカチで拭った。

 

エアコンの風量を最強にすると、車を出した。

 

「会いたかったです」

 

「ああ」

 

どこに行こうか全く、考えていなかった。

 

会いたかったのだ。

 

それだけだ。

 

(つづく)

 

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